FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 昼ドラファンタジー転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍 0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光 0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう 1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て 0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて 1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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「お祖父様、ごめんなさい・・」「いいんだよ。淳子さんと昨日、激しく口論したそうだね?」コーヒーを一口飲んだ利尋(としひろ)は、そう言って千尋を見た。「どうして、それを・・」「ごめん、俺が祖父ちゃんに話しちゃった。」「君達親子の関係が、危(あやう)いというよりも、崩壊寸前であるということは前から知っていたよ。君は、淳子(あつこ)さんが女である娘の君を憎んでいると思い込んでいるのだろう?」「ええ。あの人は、昔からわたしにばかり辛く当って・・良く言うじゃないですか?“女の敵は女”って。」「君は淳子さんを誤解しているよ。彼女はね、母親不在の家庭で育ったんだ。」「どういうことですか、それ?」祖父の言葉を聞いた千尋は、思わず彼の顔を見た。「淳子さんのご両親は幼い頃離婚していてね、淳子さんは父親に引き取られたんだ。けど、その父親がとんでもない奴だったんだよ。毎日女を家に連れ込んでは、幼いわが子の前で平気でセックスをするような男だった。」 千尋は初めて、淳子の壮絶な過去を知った。 淳子の両親は幼い頃離婚し、彼女は父親に引き取られたが、彼はギャンブルや女に溺れ、当時小学生だった彼女の前で平気でセックスに励むだらしがない男だった。淳子を引き取ったのは、我が子への愛情故ではなく、単に世間体を守る為だけだった。父親らしいことを全くしない、仕事が無い日は一日中家で女とセックスをするか、酒を飲むことしかしない彼を密かに憎みながら、淳子は家事を黙々とこなす日々を送っていた。そんな中、父親が再婚相手として連れて来たのは、彼がいれあげていた20代のキャバクラ嬢だった。「なんだよ、コブつきかぁ。ま、いいや。」継母となった彼女は、淳子に無関心で、一日中家を空けていた。 育児放棄された淳子は、いつも薄汚れた服で学校に行っている所為で苛められ、中学校に上がる前に不登校になった。「おい淳子、甘えてんじゃねぇぞ!早く飯作れ!」「たっちゃん、そんなに怒鳴ったら駄目だって。」 夕飯の支度をしようと淳子がスーパーから帰宅すると、継母がそう言って彼女に近づき、突然淳子の後頭部を拳で殴った。痛みに呻く淳子を、彼女は執拗に殴り、蹴った。「おい、そんな事やったら・・」「死なせない程度に殴ってんのよ。無給の家政婦には、自分の立場ってもんをこうやって思い知らせないとね。」「いい事考えるじゃねぇか、お前。」「でしょう?」 その日から、淳子は中学を卒業するまで、毎日父親と継母に殴られ、罵倒された。「あんたこんなことも出来ないの?愚図だねぇ。」「ったく、家政婦として家事を仕込もうとしているのに、俺達の言う事を聞かないのならさっさとここから出てけ!」「ごめんなさい、ごめんなさい・・」 家でも学校でも、淳子は居場所が無かった。いつしか彼女は、離婚して離ればなれになった実母に会いたいと思うようになった。 中学を卒業した翌日、アルバイト代が入った封筒と、預金通帳と印鑑を持った淳子は夜明け前に実家を出た。彼女は忌まわしい過去を断ち切るかのように、二度と故郷には戻らなかった。にほんブログ村
2013年10月17日
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「奥様、母親のわたしが言うのもなんですが、娘はとんだじゃじゃ馬でしてねぇ。一応女性としての嗜みであるお茶やお花は習わせましたが、長続きしなくて・・」「あら、そんな事はお気になさらなくて結構ですわ。それよりも、和明本人が千尋さんと結婚したいと申しておりますので・・」 淳子の言葉を聞いた和明の母・敏江はそう言って笑いながらちらりと千尋の方を見た。「どうなさったの、千尋さん?さきほどから食べていらっしゃらないようだけど・・」「申し訳ありませんが奥様、わたしは和明さんとは結婚したくはありません。」「まぁ、どうして?もしかしてあなたも、会社が危ない事を誰かから聞いたのね?だから、和明と結婚するのを躊躇って・・」「いいえ、違います。実は数日前、和明さんと神戸でお会いしました。そこで彼は、わたしに500億を寄越せと言ってきたのです。」「まぁ・・」千尋の言葉を聞いた敏江は絶句し、驚愕の表情を浮かべながら和明を見た。「和ちゃん、あなたそれ本当なの?」「ええ。俺は会社を救いたかった・・だからこの女が持っている遺産目当てに・・」「馬鹿な事を!千尋さん、うちの馬鹿息子があなたに迷惑を掛けてごめんなさいね。もうこのお話はなかったことにして頂戴、ね?」「わかりました。」「お待ちください奥様、娘は・・」「淳子さん、あなたよくこんな事を平気で出来るわね!?母親として最低ですよ!」「和明、どういうことか後で詳しく聞かせて貰おうか?」「親父・・」「では、わたくし達はこれで失礼致します。」 和明達が出て行った後、部屋は静寂に包まれた。「千尋、あんたは一体何を考えているの?あんたは今、あたしの顔に泥を塗ったのよ!?」「いい加減被害者ぶるのは止めていただきたいわ、お母さん。大田さんをけしかけてわたしと和明さんが“偶然”新神戸駅で会うように仕向けたのはお母さんよね?」「そ、それは・・」「お母さんがわたしの事を気に入らないってことは、昔からわかっているわ。けれど、こんなのあんまりじゃないの!」千尋はそう言って淳子を睨み付けると、部屋から飛び出していった。「ただいま・・」「お帰りなさい。あれ、母さんは?」「知らないわ、あんな人。どうしてあの人は、わたしのことが気に入らないのかしら?わたしが、女だから?」「姉ちゃん、多分それは違うと思うよ?」「純、あたしはあの人ともう一緒に暮らすのは無理だわ。今度ここに来る時は、あの人のお葬式がある時ね。」 千尋は自分の部屋に入って振袖を脱ぐと、ベッドに横になった。 淳子は一体何故、自分を憎んでいるのだろうか?その答えを考えている内に、千尋はいつの間にか眠ってしまった。 翌朝、千尋がリビングに降りると、そこには利尋(としひろ)の姿があった。「お祖父様・・どうしてうちに?」「千尋ちゃんが淳子さんと揉めたって、純君からSOSメールが来てね。僕でよければ、話を聞くよ?」千尋はそんな祖父の言葉を聞いた途端、その場で泣き崩れた。にほんブログ村
2013年10月16日
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「土方さん、今日はもうあがっていいよ。」「わかりました。お疲れ様です。」 千尋がバイト先のカフェから出て来ると、そこへ和明が現れた。「また会いましたね。」「和明さん、いつからわたしのことを尾(つ)けていたんですか?」「尾けていたなんて、わたしはそんな・・」「あなたと結婚はしたくないと、お昼にはっきりと言いましたよね?あなたも納得してくださった筈なのに、どうして・・」「だったら、500億寄越せよ、俺に。そうすればお前に付き纏うのをやめるからよ。」突然和明が乱暴な口調でそう言って千尋を睨み付けると、彼女のバッグを掴んだ。「そんなところに、500億はないわよ!警察を呼ばれない内に、さっさとわたしの前から消え失せて!」「畜生!」和明は千尋を乱暴に突き飛ばすと、そのまま雑踏の中へと消えていった。「土方さん、大丈夫だった?」「大丈夫です。」「警察に届けなくていいの?ああいう類の奴は、しつこいよ?」帰宅した千尋は、溜息を吐いてリビングのソファに腰を下ろした。その時、リビングの電話がけたたましく鳴った。どうせ母からだろうと思った彼女は、その電話を取らなかった。『千尋、お母さんよ。あんた明後日東京に帰っていらっしゃい。あなたに会わせたい人が居るのよ。』母からのメッセージを聞いた後、千尋は和明の事を仕組んだのは母の仕業であることを確信した。 その真偽を確かめる為、数日後千尋は東京へと戻った。「お帰りなさい。留守電のメッセージ、ちゃんと聞いてくれたのね?」「ええ。お母さん、わたし・・」「あらいやだ、こんな時間!千尋、普段着で相手の方に会うのは失礼だから、振袖に着替えて来なさい。」「わかったわ・・」 淳子に和明との関係を問い詰めようとした千尋だったが、淳子は突然千尋をリビングから追い出した。「姉ちゃん・・」「純、ただいま。どうだったの、大学の話は?」「母さん、あっさりと俺の事を許してくれたよ。でも・・」「でも?」「母さん、姉ちゃんを厄介払いする気満々だよ。姉ちゃんのお見合いの相手、誰なのか俺、知ってるよ。」「あたしもよ。亀崎ジュエリーの御曹司・亀崎和明でしょう?あんたを新神戸駅で見送った時、わたし彼に会っているのよ。」「へぇ、そうなんだ。それで?」「彼、あたしが曾お祖母様から相続した500億の遺産を狙っているわ。亀崎ジュエリーって、今危ないんでしょう?」「うん。株価は下がっているし、負債が溜まってその返済に追われているらしいよ。銀行からは融資を打ち切られたって。」「そう・・」「姉ちゃん、どうするの?」「どうするもこうするも、彼との縁談は断ったんだから、向こうのご両親にもその事を伝えるつもりよ。」「そう・・気を付けてね。」「わかったわ。」 数分後、千尋と淳子は、和明と彼の両親が待つ赤坂の料亭へと向かった。にほんブログ村
2013年10月16日
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純が家を出てから4週間後、彼は千尋に説得され、実家に戻った。「ただいま。」「お帰りなさい。」「母さん、大学の事なんだけど・・」「あんたの好きになさい。母さんが勝手な事を言って悪かったわね。」そう言った淳子は、何処か嬉しそうな顔をしていた。「何かあったの?」「あら、わかる?あのねぇ、千尋の結婚がもうじき決まりそうなのよ。」「姉ちゃんの?相手は誰?」「亀崎ジュエリーさんって、知っているでしょう?そこの社長さんの息子さんが、千尋の事気に入ってくださったのよ。これで、やっとあの子から解放されるわぁ。」「ねぇ、それ姉ちゃんには話したの?」「話してないわよ。和明さんには、神戸で千尋に会ってくるようにって連絡したから、今頃二人は会っている筈だわ。」「母さん、何で姉ちゃんを厄介払いしようとするの?いつも母さんは姉ちゃんの事、蔑ろにしてきたよね?」「わたしは、あの子が幸せになれるように、和明さんとの縁談を決めたのよ。それの何処が悪いっていうの?」「母さん・・」「純、お腹空いたでしょう?今日はあなたの好物を作っておいたからね。」最後まで笑顔を崩さずにそう言った淳子を見て、純は彼女が何処か不気味に見えた。彼女は、姉を本気で厄介払いしようとしている。 千尋と淳子の親子関係が上手くいっていない事に純が気づいたのは、彼が中学に上がってすぐのことだった。『どうして薙刀部になんか入ったのよ!』『わたし、お箏はもうやめたの。これからは母さんの言いなりにはならないわ。』高校に入学し、薙刀部に入部したことを告げた姉と、それを聞いた母がリビングで口論しているのを聞いた純は、母が彼女に対して恨み言をぶつけているのを見た。『淳史はいい子だったのに、何であんたはわたしの言う事をきかないの!?』『あなたが思い描いている理想の女性像なんてクソ食らえよ。』『親に向かって何てこと言うの!?』母が千尋の頬を平手で打つのを見て、純は思わず顔を背けた。だが千尋は母を睨み付けると、平手で彼女の頬を打ち返した。『何するのよ!』『わたしは、やられた分を返しただけよ。今まであなたの暴言や暴力に耐えてきたけれど、もう限界。あなたがやった分だけ、やり返しますからね。』そう言って母に啖呵を切った千尋がリビングから出て来たのを見た純は、彼女の頬が赤く腫れていることに気づいた。どう言葉を掛けようかと迷っていた時、千尋はそっと純の肩を叩いてこう言った。『あんたは何も心配しなくてもいいのよ、純。これはあの人とあたしの問題なんだから。』 それから千尋と淳子の間には深い溝が生まれ、淳子は千尋の事を諦めてしまったのか、今度は純に理想の息子像を押しつけるようになった。『あなたはお姉ちゃんみたいにならないでね。』 夜眠る時、淳子は純の耳元でそう呪文のように何度もその言葉を呟いていた。自分を裏切ったら許しはしないと脅しているかのように。 やがて純は、常に母の顔色を窺(うかが)いながらいつ彼女の癇癪玉(かんしゃくだま)が破裂し、彼女に暴力を振るわれるのではないかという恐怖に震える日々を送った。にほんブログ村
2013年10月16日
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「これは、奇遇ですね。」「ええ。大田さん、そちらの方は?」「こちらは社長のご長男でいらっしゃる和明様です。和明様、こちらの方が土方千尋さんですよ。」「大田から話は聞いているよ、初めまして、亀崎和明です。」「土方千尋です。」「こんな所で立ち話もなんですから、カフェにでも行きましょうか?」「ええ・・」 数分後、千尋は大田達に連れられて駅前のカフェに入った。「大田さん、この前のお話はお断りした筈です。それなのに何故、神戸にいらっしゃるのですか?」「実は今回神戸に来たのは、あなたと和明様を会わせる為です。」店員にホットコーヒーを三人分注文した後、大田はそう言って自分の隣に座っている和明を見た。「わたしと和明さんを会わせて、何かあなたにメリットがあるのですか?」「ええ。実は、和明様があなたの事を気に入りましてね、是非自分の妻にしたいとおっしゃって・・そうですよね、和明様?」大田にそう尋ねられた和明は、頬を少し赤く染めながら、彼の言葉に静かに頷いた。「申し訳ありませんが、わたし結婚の事はまだ考えておりません。」「誰か、お付き合いされている方でもいらっしゃるのですか?」「そんな人は居ませんが、わたしにはまだやらなければならないことがあるのです。」一瞬脳裏に内山の顔が浮かんだが、千尋はそれを振り払うと和明にそう言った後、彼に向かって頭を下げた。「・・そうですか、あなたが僕と結婚したくないのなら、諦めます。お時間を取らせてしまって、申し訳ありません。」「ええ。では失礼致します。」千尋がそう言って伝票を掴もうとすると、和明が彼女の手を押さえた。「ここはわたしが払います。」「ありがとうございます。」 千尋がカフェから去った後、和明は舌打ちしながら大田を睨みつけた。「おい大田、話が違うじゃねぇか。土方の曾孫娘は、俺と結婚したがってるってあいつの母親から聞いて、わざわざ神戸まで来たのによ。」「申し訳ありません、和明様・・」「ったく、お前ぇは昔から使えねぇなぁ。まぁいいや、何としてでもあの女から500億奪ってやるか・・」 亀崎ジュエリーはバブル崩壊後、何とか持ちこたえていたが、長年積りに積もった負債は会社の経済状況を逼迫(ひっぱく)させ、今や老舗高級宝飾店というブランド名だけで会社が保っている状態だった。 次期社長である和明は、何不自由ない生活を送り、酒と賭博、女に溺れては借金を重ねていた。 亀崎ジュエリー現社長・将太と力を合わせてきた大田は、会社を潰したくない一心で、千尋に近づいた。彼女が就職活動で苦戦している事を知り、コネ入社を持ちかけたが、彼女はそれを拒否した。そして和明との縁談も断った。他に打つ手はないものか―そう思いながら大田が溜息を吐くと、和明がじろりと彼を睨んだ。「シケた面するんじゃねぇよ。俺が何とかしてやるからよ。」「和明様・・」「俺は親父の跡を継ぐんだから、会社の危機を救わないといけないのは長男としての義務だろ?」「ええ、そうですね・・」 大田は、和明の事がいまいち信用できないでいた。にほんブログ村
2013年10月16日
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千尋と純が警察署から出て行った後、純から事情を聞いた刑事は、彼のストーカーである猪野千夏(いのちなつ)が居る取調室へと向かった。「さっき、君にストーカーされている子から話を聞いたよ。彼は君とは付き合っていないって言っているんだが・・」「そんなの、嘘です!だってわたし、彼と・・」「いつまで嘘を吐くつもりだい?そうやっていつまでも自分の罪を認めないようじゃ、罪は軽くなるどころか、重くなるばかりだぞ?」刑事にそう言われ、千夏は俯いた。「君が彼の子を妊娠しているというのは嘘だろ?彼は、君に指一本触れていないと言っていた。ならば君のお腹の子の父親は、誰なんだ?」「・・義理の父です。お母さんとは籍を入れてないけれど。」「詳しく聞かせて貰おうか、その話?」 千夏の両親は彼女が幼い頃に離婚しており、母親が再婚したのは彼女が中学2年の頃だった。今まで母子家庭で苦労してきた母親の再婚をはじめは喜んでいた千夏だったが、次第に義父の好色な視線が自分に注がれていることに気づいた彼女は、何度も母親にその事を訴えた。だが、母親はお前の気の所為だと言ってまともに取り合わなかった。その結果―「中学3年の時、家でわたしが留守番をしていると、あの人が突然帰って来たんです。あの人はわたしを見るなり、ソファにわたしを押し倒して・・」千夏は唇をワナワナと震わせながらそう言うと、嗚咽した。「辛い事を聞いたね・・」「いえ、いいんです。あの人は、それからわたしを何度も犯しました。高校を卒業したら就職してあの人から離れよう、そう思った時に・・」「妊娠に気づいたんだね?」刑事の言葉に、千夏は静かに頷いた。「生理が遅れていることに気づいて、近所の産婦人科に行ったら、7週目に入っていました。最初は堕ろそうって思いました、けど・・」「彼なら何とかしてくれるんじゃないかって思ったんだね?だから、君は・・」「もうわたしは、彼に迷惑を掛けたくありません。子どもも諦めます。お願いです刑事さん・・あの人を逮捕してください!」「わかった・・」 千夏が義父に乱暴されていた事、そして彼の子を妊娠していて、中絶した事、彼女を乱暴していた義父が警察に逮捕されていた事を、純は後になって知った。「これからどうなるんだろう、彼女・・」「それはあたし達にはわからないわ。でも、我が子よりも男の方を選ぶなんて、酷い母親も居たものね。」千尋はそう言うと、玄関先で純を激しく詰っていた厚化粧の女の顔が脳裏に浮かんだ。 若い男の機嫌を取りたくて、娘を生贄(いけにえ)にしたあの女は、今どんな気持ちなのだろうか。「姉ちゃん、色々とありがとう。これから、母さんとじっくりと話し合ってみるよ。」「わかった。気を付けてね。」「うん、またね。」 数日後、新神戸駅で東京行きの新幹線に乗り込む弟にそんな言葉を掛けた千尋は、彼が乗った新幹線が見えなくなるまで、彼に手を振った。千尋が新幹線のプラットホームを後にしようとした時、彼女はそこに大田が立っていることに気づいた。彼は、しきりに隣の青年と何やら話し込んでいた。千尋の視線に気づいたのか、大田は彼女に満面の笑みを浮かべながら、青年とともに彼女の方へとゆっくりと近づいて来た。にほんブログ村
2013年10月15日
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「どちら様ですか?」 純がそう言ってドアの向こうに居る“誰か”に声を掛けたが、相手は返事をしなかった。「姉に何かご用ですか?」「あんたでしょう、うちの娘を誑かしたのは!?」ドアの向こうから女性の声が聞こえ、純はドアの向こうに立っているのがあのストーカーの母親だということに気づいた。「うちに何の用でしょうか?」「あんたの所為で、娘が大変な目に遭っているのよ!どう責任を取ってくれるつもりなの?」「お言葉ですが、俺はお宅の娘さんに一方的につきまとわれていたんです。」「娘が嘘を吐いているというの!?」ストーカーの母親は、そう言うとドアを蹴った。「早く開けて中に入れなさいよ!あんたに話があるのよ!」「これ以上騒ぐと警察呼びますよ!」「開けなさいったら!」金切り声で喚く女の声を聞きつけた千尋が玄関先へと向かうと、弟は溜息を吐いて千尋に向かって口を動かした。“ストーカーの母親”「開けなさいったら~!」「姉ちゃん、どうしよう・・」「彼女の話を聞いてみましょう。ただ、彼女がおかしなことをしたらすぐにあなたが警察を呼んで、いいわね?」「わかった。」千尋がドアを開けると、そこには怒り狂ったストーカーの母親が立っていた。「娘さんから、何を吹き込まれたのですか?」「あんた達があの子を陥れて、警察に連行されたってあの子から聞いたのよ!」「一度、あなたの娘さんはわたしの部屋に無断で上がり込んだ挙句、キッチンで勝手に夕飯を作っていました。それに彼女は、弟のフェイスブックにしつこくメッセージを送りつけていました。」「あの子は、あんたの弟が好きなのよ!付き合っているっていうのに、あの子に冷たくしたあいつが悪いんじゃない!」「それは誤解です。どうかお引き取り下さい。」「嫌よ、あんたの弟にはちゃんと責任を取って貰わないとわたしの気が済まないわ!」「責任?何のことでしょう?」「とぼけたって無駄よ、娘を孕ませたのはあんたの弟でしょう?」「純、それは本当なの?」「俺は彼女に指一本触れちゃいないよ!それ以前に、彼女とは付き合っていないよ!」「弟はこう言っていますが・・」「嘘よ、そんなの!」ストーカーの母親はそう叫ぶと、純に殴りかかった。 数分後、千尋の通報を受けた警察官が部屋に到着した。「あなた方にも詳しい話を聞きたいのですが、宜しいですか?」「わかりました・・」 警察署で、純は以前から高校のクラスメイトにつきまとわれたり、フェイスブックに自分との結婚を迫る内容のメッセージを毎日送りつけられたことを刑事に話した。「俺、彼女を妊娠させたことなんてありません!あの子とは付き合っていません!」「そうか・・」「刑事さん、彼女は本当に妊娠しているんですか?嘘を吐いているんじゃないんですか?」「それは、君には関係のないことだ。もう帰っていいよ。」にほんブログ村
2013年10月15日
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「最近姉ちゃん、楽しそうだね?何か良い事でもあった?」「まぁね。」純からそう尋ねられ、千尋はそう言って鼻歌を歌いながらパスタを茹(ゆ)でた。「もしかして、良い人でも見つかったの?」「うん。この前英文学科の子達に誘われて合コンして知り合った人よ。何だか彼とは気が合うの。」「いいねぇ、今度俺に紹介してよその彼氏。」「まだお友達よ。たまにランチする友達。」「姉ちゃん、恋愛には奥手だったよね?確か高校の時に付き合っていた彼氏とは結局Hもしないまま別れちゃったじゃん?」「そういうことは結婚してからするものだと、曾お祖母ちゃんが言ってたわ。むやみに自分を安売りするなって。」「結婚前にセックスしてるカップルなんか、沢山居るよ。まぁ、それが原因なのかどうかわからないけど、最近できちゃった結婚するカップルが4組のうち1組だもんね。」「わたし、絶対にできちゃった結婚はしないつもり。相手の事をちゃんと思いやって、妊娠したら妻子を養う覚悟を持った人ならいいけど、ただ快楽を得たいがままにセックスして、女性に中絶を迫るような男は最低よ。」「そうだよな。でもさぁ、兄貴みたいに嫁さんの出産に姑を立ち会わせるような旦那はどうなの?女にとって出産は命がけの仕事だぜ?その瞬間には夫に傍に居て欲しいっていうのが当たり前なんじゃないの?」「そうね。だから義姉(ねえ)さんはお兄ちゃんに愛想を尽かしたんだわ。向こうはどうして昔の事を蒸し返すのかって怒ってるけど、彼女にとって出産時の恨みは一生の恨みだったのよ。」「妊娠・出産時に嫁さんを大切にしないと一生恨まれるっていうのはよく言うけれど、本当だな。」「まぁ、まだ内山さんとは真剣にお付き合いする事は考えていないわ。ただ、その時が来たら彼には避妊して欲しいとちゃんと言うつもりよ。」千尋はそう言うと、茹であがったパスタを皿の上に載せ、その上に市販のミートソースをかけた。「ねぇ純、あんたいつまでここに居るつもり?もう学校だって始まってるんでしょう?」「そうだよなぁ・・今はバイトが楽しくて仕方がないけど、高校を卒業しないと・・」「あの人とは、家を出てから連絡を取ってるの?」「取っていないよ。向こうも俺の事もう諦めてるみたい。」「そう。あたしは、あんたの事で干渉するつもりは全くないわ。けどね、ちゃんとけじめをつけてからでも、進路の事を考えた方がいいんじゃない?」「うん、わかったよ。」「それと、あのストーカー、あなたの事をまだ完全に諦めていないと思うのよ。」「どうしてそう思うのさ?」「今日大学の近くにあるとんかつ屋さんでお昼を食べた後、大学に戻ろうとしたら、あの子があたしのことを正門前で待ち伏せしてたのよ。」「嘘、マジで!?」姉の言葉に驚いた純は、パスタを危うく喉に詰まらせるところだった。「マジよ。あの子、あたしのことに気づいて純君と別れたくない、彼は運命の人だって一方的にあたしに泣きついてきたのよ。」「それで?」「警察を呼んだわよ。不審者に付き纏われて困ってますって。そしたらあの子、バッグを振り回してわたしに殴りかかって来たの。その後彼女はパトカーで連行されていったわ。」「俺、一旦実家に戻ろうかな?母さんと顔を合わせるのは気が重いけど・・」「そうした方がいいわ。何かあったらあたしが助けてあげるから。」「サンキュー、姉ちゃん。」 二人が洗い物をしていると、玄関のチャイムが鳴った。「誰かしら?」「俺が出るよ。」にほんブログ村
2013年10月15日
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「土方さんのお爺さんって、あの『ミューズ』の会長さんなんでしょう?」「ええ、まぁ・・」内山の言葉に少しうろたえながらも、千尋はそう言って彼に愛想笑いを浮かべた。「就職活動、どうなってますか?」「内山さんは?」「俺も内定まだ一つも貰ってないです。一体自分の何処が駄目なんだろうって、落ち込んじゃうな・・」「わかります、それ。友達が次々と内定貰っているのを見て、嫉妬したりするんですよねぇ。」「その後、自己嫌悪に陥る。まぁ、他人と比べても無駄なのにね。」二人が楽しそうに話していると、内山の前に店員がロースかつ定食を置いた。「美味しそうですね。」「ええ。ここのとんかつは絶品ですよ。とくにロースが。」「内山さんは、この店の常連なんですか?」「高校の時からラグビーやってて、よく先輩達に連れられてこの店で昼飯食ってましたから。」「そうなんですか。」「土方さんは、高校で何か部活やってましたか?」「ええ。薙刀(なぎなた)をしていました。母からは筝曲部に入れって言われましたが、わたしお箏(こと)は全く駄目だったんで、どうせやるなら薙刀の方がいいなって思って。」「土方さん、お箏習ってたんですか?」「小学校に上がった時から、母に習いに行けって言われて仕方なく近所の教室に通っていました。でも中学に上がる前に辞めました。弟も一緒に習っていたんですけど、筋が良いみたいで・・」「そうなんですか。習い事と言えば、普通ピアノを連想するんだけどなぁ・・」「うちは母親も祖母も、曾祖母もお箏を習っていたから、娘のわたしにも習わせたかったのかもしれません。母は、自分が抱く理想の女性像をわたしに押し付けようとしたんだと思います。」千尋は溜息を吐いた後、少し冷めた緑茶を一口飲んだ。「うちの母って、見栄っ張りで、父親が弁護士だからその事を鼻にかけて、ご近所の奥さん方の事を自分専用のメイドか使い走りにしか思っていなくて・・その所為で今は近所には誰も友達が居ないんですけど、自業自得ですよね。」「まぁ、よくドラマや小説なんかで、社宅を舞台にしたものってあるでしょう?あれ、自分の旦那の地位イコール、自分の地位だって思ってる嫌な婆が出てきますよね。千尋さんのお母さんは、その婆と同じタイプかな?」「そうですよ。母は、自分が絶対に正しいと思い込んで、わたしの意見なんか聞こうともしない。それが嫌で、わざわざ神戸の大学に進学したんです。もう母と一緒に暮らしたくなかったから。」 千尋の話を、内山はロースカツに手を付けようともせず、静かに聞いていた。 彼女の母親は、夫と一緒に惣菜店を営んでいていつもパワフルで、それでいて義理人情に厚い自分の母親とは正反対の性格をしていることがわかった。 そしてそんな母親を、千尋が心の底から憎んでいることも。「すいません、こんな話をしちゃって・・」「いえ、いいですよ。たまには赤の他人に自分の親の事を愚痴ってもいい。さぁ、頂きましょうか?」「ええ・・」 千尋はいつの間にか自分の前に置かれている海老カツ定食を見て、笑った。「今日はご馳走様でした。」「また愚痴を吐きたかったら、いつでも呼んでください、待ってますから。」「はい、わかりました。」「じゃぁ、俺あっちなんで。」 とんかつ屋の前で内山と別れた千尋は、スキップをしながら大学へと戻っていった。にほんブログ村
2013年10月15日
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「何でって・・姉ちゃんの帰りが余りにも遅いから心配してさ。近くの公園の前を通りかかったら、変質者に襲われている姉ちゃんを見て、思わずこれでこいつを殴っちゃった。」純はそう言うと、公園近くの資材置き場に置いてあった鉄パイプを千尋に見せた。「どうする、こいつ突き出す?」「そうした方がいいわね。新たな被害者を出さない為にも。」地面に失神して伸びている変質者を冷たく見下ろしながら、千尋は純とともに近くの交番へと向かった。「被害届、出されますか?」「ええ。」「こいつ、婦女暴行の前科があったんですよ。この間仮出所したばかりなんですけど・・また刑務所送りですね。」調書を書いた後、二人は交番を後にした。「ああいう奴を野放しにしてたら、泣き寝入りする子が多くなるよね。大体さぁ、日本はああいう奴に対して甘いんだよ。更生する気ない癖に、平気で嘘吐いて仮出所が認められるんだからさぁ。」「あんた、弁護士になったら?」「なりたくないって言ってるじゃん!」「まぁ、その問題は後で話し合うことにして・・あんた、もうバイトは決まったの?」「探しているんだけど、なかなかいいのが見つからなくてね・・」「あんた、もしかして時給低いのは嫌だとか思ってないでしょうね?」「だってさぁ・・」「だってもクソもないわよ。あたしの所に世話になっている以上、下宿代はちゃんと貰うからね!」「わかったよ・・」純はそう言って項垂れた。 翌日、昼にバイトを終えた千尋が帰宅すると、リビングには何処か嬉しそうな顔をした純が居た。「姉ちゃん、バイト決まったよ!」「何処に決まったの?」「駅前のラーメン屋!時給860円!」「ふぅん、いいじゃない。でも言っとくけど時給高い分、重労働だからね。すぐに根を上げたら、ここから追い出すからね!」「わ、わかったよ・・」 ラーメン屋でバイトする事になった純は、はじめは仕事がきつくて慣れなかったが、次第に仕事に慣れてきてバイトが楽しくなってきた。「ただいま。」「お帰り。どう、バイトは?」「順調。これ、今月の下宿代。」「サンキュー。さてと、これからあたしは大学だから、留守番お願いね。」「わかった、行ってらっしゃい。」 千尋が午後の講義に出席すると、そこには合コンで会った内山の姿があった。「内山さん、お久しぶりです。あの時は、すいません・・」「いえ。」「それよりも、社会心理学の講義、受講していたんですね?」「ええ。それよりも土方さん、講義の後少し時間ありますか?」「ありますよ。」「そうですか。」 講義が終わり、千尋が教室を後にすると、内山が外で彼女を待っていた。「じゃぁ、行きましょうか?」「はい。」 内山とともに千尋が入ったのは、大学の近くにあるとんかつ屋だった。「すいません、こんな所しか知らなくて・・」「いえ、わたしとんかつ大好きなんで。」「そうですか、良かった。」内山は千尋の言葉を聞くと、嬉しそうな顔をした。にほんブログ村
2013年10月14日
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「すいません、遅くなりました。」 純のストーカー騒動で、千尋は大田との約束の時間に遅れてしまった。「いえ、いいんですよ。さぁ、こちらへどうぞ。」大田はそう言うと、千尋に微笑んだ。「あの、お話というのは何でしょうか?」「あなたは、確か我が社の採用試験をお受けになられましたね?」「ええ。でも落ちました。」「実は、その事でお話があるのです。うちに入社しませんか?」「それは、コネ入社しろということですか?」「ええ、まぁ・・」大田が言葉を濁したのを見て、千尋は椅子から立ち上がった。「申し訳ありませんが、その話はお断り致します。」「お待ちください・・」大田の制止する声を無視して、千尋はレストランから出て行った。 “あんたさぁ、このまま内定貰えなかったらお祖父さんの会社に就職すればいいじゃない。”成人式に出席する為に帰省した千尋に向かって、淳子はそんな能天気な言葉を彼女に掛けた。就職活動に苦戦しているのは確かだが、だからといってコネで祖父の会社に入社したくはなかった。どうせ就職するのなら、自分の力で内定を貰いたい―そう思いながら必死に頑張っている娘の姿など知らずに、淳子は平気で彼女を傷つけるような言葉を言い放ち、その数分後には忘れてしまう。(あの人は何もわかってないのよ!) 淳子はいつも千尋の事を否定する。それは、彼女が女だから。『姉ちゃん、今何処?』「南京町。今から帰るから。」『わかった。』千尋はスマホをバッグにしまうと、マンションまで歩いた。あと少しでマンションに着くという時に、千尋は誰かが自分の後をつけている事に気づいた。「誰?隠れていないで出て来なさい。」そう言った彼女が背後を振り向くと、誰も居なかった。千尋は警察を呼ぼうとバッグからスマホを取り出そうとした時、黒いフルフェイスのヘルメットを被った若い男が彼女を背後から羽交い締めにした。「誰か、助けて~!」「大人しくしろ!」自分の口を塞ごうとする男の手を噛んだ千尋は、間髪入れずにヒールで男の足を踏みつけた。痛さに喘ぐ男の腕が一瞬弛んだ隙に、千尋はそこから逃げ出した。「このアマ、ふざけやがって!」だが数メートルもしない内に、千尋は男に再び捕えられた。もう駄目だ―そう彼女が思った瞬間、背後で鈍い音がしたかと思うと、男が脇腹を押さえて地面に蹲っていた。「姉ちゃん、大丈夫?」「純、何でここに?」にほんブログ村
2013年10月14日
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カフェでの喧嘩事件から数日後、里華は退学処分となった。彼女は千尋を公共の場で侮辱したほか、自分の非常識な行為をスマホで撮影し、それをツィッターに投稿していたようで、学長はもう彼女を退学させるしかないと思ったのだろう。「あんたは、何も悪い事してないんだから、今回の学長先生の処分は間違っていないと思うよ?」「そうかなぁ・・でも、ちょっと後味が悪いっていうか・・」学食で亜理紗とランチを食べながら千尋がそんな事を話していると、里華の取り巻き達が自分を睨んでいることに気づいた。「里華は自業自得じゃん。ネット上で無防備に顔晒してさ。今じゃぁ顔さえわかれば住所やバイト先だって簡単に調べられるんだよ?そんな事知ってて、あんな写真載せたんだからあいつが悪いに決まってるじゃん。」亜理紗はそう言うと、千尋に里華がツィッターに投稿した写真を見せた。 そこには、バイト先のファストフード店のハンバーガーを齧(かじ)り、満面の笑みを浮かべている彼女の姿があった。「これじゃぁ、退学になっても仕方ないね。」「でしょう?だから、あんたは気にしなくていいって。」亜理紗がそう言って千尋の肩を叩くと、バッグの中に入れていた彼女のスマホが鳴った。「ちょっとごめん。」千尋がスマホを取り出すと、スマホの液晶画面には、“大田”と表示されていた。「もしもし、土方です。大田さん、何かわたしにご用でしょうか?」『突然で申し訳ないのですが、今夜7時に南京町で会っていただけませんか?』「わかりました・・。」一体亀崎が自分に何の用だろう―そんな事を想いながら、千尋が大学から帰宅すると、玄関先に見慣れないハイヒールが置かれていた。「ただいま。」「姉ちゃん・・」「どうしたの、純?」 千尋がリビングに入ると、純が何処かバツの悪そうな顔をしながらキッチンを指した。そこにはエプロンをつけた見知らぬ女性が、フライパンで何かを炒めていた。「あの子、誰?」「俺のストーカー。」千尋は赤の他人に勝手に家に上がり込まれた怒りに身を震わせながら、女性の華奢な肩を叩いた。「純君、ご飯すぐに出来るから・・」そう言いながら笑顔を浮かべていた彼女は、千尋に気づくとその顔を瞬時に強張らせた。「初めまして、純の姉です。弟から、あなたは彼のストーカーだと聞きましたが、事実なのですか?」「違います、あたしは純君と付き合って・・」「嘘だ、そんなの!この女、宅配便だって言って勝手に家に上がり込んで来たんだ!」純はそう叫ぶと、女の腕を掴んで彼女を部屋から追い出した。「純君痛いよ、放して!」「もう二度と来るな、今度来たら警察呼ぶからな!」純は女のハイヒールとバッグを彼女に投げつけると、彼女の鼻先でドアを閉めた。「純君、開けてよ~!」「どうするの、これ?」「捨てちゃっていいよ。あいつが作った飯なんか、食いたくない。」千尋は女が作っていたチャーハンをゴミ箱に捨てると、シンクの近くに置かれていたスーパーのレジ袋を掴むと、ドアチェーンを掛けてドアを半開きにした。「お姉さん、わたし・・」「これ、持って帰って頂戴。今回は大目に見るけど、二度目はないと思いなさい。」女は無言で千尋からレジ袋を奪うと、ハイヒールを鳴らしながら部屋の前から去った。にほんブログ村
2013年10月14日
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高校生の時から愛用しているメーカーの新商品がコスメコーナーに並んでいるのを見た千尋は、マスカラを手に取り、それをカゴに入れた。亜理紗が居る雑誌コーナーへと向かうと、彼女が何やら顔を歪めながら一冊の週刊誌を立ち読みしていた。「何読んでるの?」「千尋、これ・・」亜理紗はそう言うと、千尋にその週刊誌を手渡した。その表紙には、祖父の顔写真と『華麗なる一族の裏の顔―土方利尋の黒い過去―』という派手なタイトルがつけられていた。 コンビニの前で亜理紗と別れ、千尋は先程購入した週刊誌の記事を読んだ。“土方利尋は10代の頃、パンパンをしていた。”“米軍上層部の愛人をしていた。”「何だよ、これ・・酷ぇな。」「こんなの、全部出鱈目(でたらめ)に決まってるじゃない。」「そうだよな。姉ちゃん、おやすみ。」「おやすみ、純。」 翌日、千尋が大学へと向かうと、大学の正門前にマスコミが殺到していた。「あ、来たぞ!」「土方さん、お祖父様の事は事実なんでしょうか?」「今回の事でコメント、お願いします!」 彼らは千尋の姿を見つけるなり、一斉にマイクやICレコーダーを突き出して彼女を取り囲んだ。「道を空けてください!」「通行の邪魔になりますから、退いてください!」千尋はマスコミにもみくちゃにされながらも、警備員に助けられながら大学の中へと入った。「千尋、さっきは大丈夫だった?」「うん・・」「あんなの、気にしなくていいよ。人の噂は七十五日っていうでしょう?」「気にしてないよ、あんな出鱈目・・」亜理紗にそう励まされた千尋は大学構内にあるカフェへと向かうと、中に居た学生達が千尋の姿を見るなり、彼女に冷たく刺々しい視線を送った。「あんたは何も悪い事をしてないんだから、堂々とすればいいよ。」「うん・・」 千尋が空いている席に座って亜理紗を待っていると、カフェに里華達が入って来た。「あ、誰かと思ったら、パンパンの孫娘じゃん!」「今、何て言ったの?」千尋は怒りを滾らせた目で里華を睨み付けると、彼女の前に立った。「あれ、マジだったの?まぁあんたの爺さん、色々と悪い事してたようだし、あんたも問題起こさないうちにやめた方が・・」「ふざけるな、このクソ女!」千尋はそう里華に怒鳴ると、彼女の頬を平手で打った。「何すんだよ!」「お祖父様を馬鹿にするな、何も知らない癖に!」数分後、カフェで取っ組み合いの喧嘩をした千尋と里華は、学長室に呼ばれた。「どっちが先に手を出してきたんだい?」「この女が・・」「違います、先生。彼女が、千尋のお祖父さんのことを侮辱したんです。」亜理紗はそう言うと、バッグの中からICレコーダーを取り出し、それを再生した。「ここに録音されている会話は事実なのかな、相山さん?」「そ、それは・・」にほんブログ村
2013年10月14日
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「じゃぁ、自己紹介からってことで!あたしは英文学科の相山里華です!」「同じく英文学科の深山愛です。」「教育学科の中嶋亜理紗です。」「同じく教育学科の土方千尋です。」女性陣の自己紹介が終わると、今度は男性陣が自己紹介を始めた。「T大の経済学科の、宮田佳和です、宜しく!」「心理学科の佐々木信弘です。」「日本文学科の里田剛です。」「情報学科の内山真一です。」「宮田さんって、就職先何処か決まっているんですか?」「大手銀行に内定貰いました。」「へぇ、いいなぁ。あたし、一個も内定貰ってないんですよぉ~!」そう言って悲劇のヒロインぶっている里華に、甘えるなと千尋は内心毒づいた。「土方さんは?」「わたしもまだ貰ってません。アパレルとか百貨店とか受けたんですけどね・・」「ふぅん、それじゃぁ、土方さんはファッション関係とかそういうの希望してるんだ?」「ええ、まぁ・・」「教師になる気はないの?今のご時世、公務員って安定してると思うよ?」「そりゃ民間企業と違って、倒産する心配はありませんからね。でもわたし、教師になるつもりは全くありませんから。わたし、デザイナーになる為に今の大学に入ったんです。」「じゃぁ、何で教育学科に?」「服飾学科に入ろうとしたら、母が反対したんです。」「わかるな、それ。俺だってさ、大学行く時に医大に行けって散々親から言われたけど、ジャーナリストになりたくて情報学科に入ったもん。」 内山真一はそう言いながら、ワインを一口飲んだ。「ねぇ千尋、トイレ行かない?」「うん・・」里華の“トイレコール”は、メイク直しをしながら女子トークしようという意味だ。「ねぇ、さっき千尋さぁ、内山君とイイ感じだったじゃん?」「まぁね。里華はどうなの?」「宮田君さぁ、ちょっとチャラいっていうか・・まぁそれがいいんだけどね。亜理紗は?」「あたしは・・微妙かな?」「後半戦、頑張ろう!」「お~!」里華達は女子トイレでスクラムを組んだ後、宮田達が居るテーブルへと戻った。「これからどうします?」「カラオケでも行かない?俺、EXILE得意なんだよねぇ~!」「へぇ、楽しみ~!」 レストランを出た後、里華達は宮田達とカラオケボックスに入ったが、宮田の歌は騒音レベルの音痴だった。「ちょっとヤバくね?」「あたし、トイレ行って来る。」「あたしも~!」 そそくさと里華達は宮田達を個室に残し、女子トイレではなく受付の方へと向かった。「今回は失敗だったね。」「そうだね。それじゃ、あたし達こっちだから。」「うん、じゃぁね。」 里華達と別れ、亜理紗と千尋は溜息を吐きながら駅前のコンビニに入った。「じゃぁあたし、あっちに居るから。」「うん、わかった。」千尋は亜理紗と雑誌コーナーの前で別れると、コスメコーナーの方へと向かった。にほんブログ村
2013年10月13日
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冬休みが終わり、千尋は久しぶりに大学に行った。「千尋、おはよう。」「おはよう、亜理紗(ありさ)。試験もうすぐだね。」「そうだねぇ。それよりさぁ、内定はとれた?」「まだ・・アパレルとか百貨店とか受けたけど、全滅。亜理紗は?」「あたしも化粧品とか、ホテルとか受けてみたけど駄目だった。やっぱり、自分が希望する職種で何がしたいかっていうのをちゃんと伝えないと、内定取るの難しいみたい。」 二時限目の講義で、千尋は友人の亜理紗とそんな話をしながら、溜息を吐いた。このまま、就職先が決まらなかったらどうしようか―そんな憂鬱な気持ちを抱えながら、千尋は心理学の講義を受けた。「まぁ、暗い顔してたら幸せが逃げていっちゃうよ!お互い頑張ろう!」「そうだね。」亜理紗は大学に入った時からの付き合いで、彼女とは何でも腹を割って話し合える仲だ。「千尋は、教員採用試験受けるの?」「受けないよ。あたし、教師になる気はないもん。」「そう。あたしさぁ、このまま就職先決まらなかったら、教師になろうかなぁって思ってるんだ。あたし、子ども好きだし。」「でもさぁ、今教師って大変だよ?モンスターペアレントだって居るし・・」「そんなの、今に始まったことじゃないじゃん。やる前から悪い事ばかり想像してたら、何も出来ないって!」マイナス思考の千尋とは対照的に、亜理紗は常にプラス思考だ。そういう正反対な性格だからこそ、亜理紗とは上手くいっているのだと千尋は思った。「お昼、どうする?外に行く?」「今お金ないし・・学食にしようか?」「そうだね。」 二人が学食へと向かうと、ランチタイム前だったので席がすぐに見つかった。「ねぇ、千尋は彼氏とか居ないの?」「居ない。高校の時付き合ってた人居たけど、もう過去の人だし。」「そうなんだ。まぁ、あたしだって居ないけどね、彼氏。英文学科の子から、合コンに誘われたんだけど、千尋も誘われた?」「うん・・余り行きたくないけど・・」「いいじゃん、新しい恋を見つけるチャンスだよ。つまんなかったら適当な理由付けて途中で帰ればいいし、ね?」「そうだね。」 その週の金曜日、千尋はクローゼットからシックな深緑のワンピースを取り出した。アクセサリーを真珠のネックレスにするか、ルビーのペンダントにするかどうか迷った結果、千尋はルビーのペンダントを付けることにした。「それじゃぁ純、行って来るね。」「頑張れよ、姉ちゃん!」弟に玄関先で送りだされ、千尋は亜理紗達との待ち合わせ場所であるJR三ノ宮駅前にあるビブレへと向かった。そこには既に、ファミレスで千尋に声を掛けて来た英文学科の子達と、亜理紗が彼女を待っていた。「千尋、来てくれてサンキュー!」「何処行くの?」「三ノ宮駅の近くにあるイタ飯屋。それじゃ、メンバー揃ったから行こうか!」「う、うん・・」 数分後、千尋達は三ノ宮駅前にあるイタリア料理店へとやって来た。「こっち、こっち!」 奥のテーブルでそんな声がしたかと思うと、一人の男子学生が千尋達に向かって嬉しそうに手を振っていた。にほんブログ村
2013年10月13日
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淳子がパート先から帰宅した所を見計らって、純は音大に行きたい事を彼女に告げると、彼女は無言で純の頬を平手で打った。「俺、弁護士になんかなりたくない。本格的に邦楽を学びたいんだ。」「何を馬鹿な事を言っているの?あんたは、お父さんの跡を継がないと駄目でしょう?」「今はそんなの関係ないだろう?俺は・・」「あんたは現実を知らないから、そんな甘ったれたことが言えるのよ!好きな事をして飯を食える人は、ほんの一握りなの!そんな馬鹿な事言ってないで、今の内に司法試験の勉強でもしなさいよ!」純は淳子の言葉を聞いた後、荷物を纏めて家を飛び出し、神戸の姉の所へと向かったのだった。「まぁ、あの人の言う事も一理あるわね。でも純、あんたは本格的に邦楽を学びたいんでしょう?」「ああ。俺、兄貴みたいに親の敷いたレールの上を歩くような人生、送りたくないんだ。自立したいんだよ、母さん達から。」「そう思うんだったら、家出するんじゃなくて、これから先どうしたいのかじっくりと考えた方が良いわよ?自立するにしろ、働かないとね。暫くここには置いてあげるけど、勝手に冷蔵庫の物を漁らない事と、わたしの私物を触らない事、この二つを守ってくれればいいわ。」「わかった。着替えは持って来たから、姉ちゃんに迷惑は掛けないよ。」「そう。それじゃぁ、これ。」千尋はそう言うと、純に部屋の合鍵を渡した。「ここはオートロックだけど、近頃物騒だから、留守にする時はちゃんと戸締りをしてね。それに、いつもドアチェーンを掛けておいて。」「うん。姉ちゃん、風呂入ってもいいかな?」「いいわよ。あんた、ご飯は食べたの?」「まだ食べてない。外で食べようかと思ったけど、お金が足りなくて・・」「そう。じゃぁ後でファミレスに行きましょう。わたしが奢ってあげるわ。」「姉ちゃん、ありがとう!」 数分後、千尋は純と国道沿いにあるファミレスで遅めの夕食をとっていた。「兄貴が、姉ちゃんのバイト先に来たの?」「意地張ってないで戻れって言われたわ。どうせあの人に泣きつかれたんでしょうね。お兄ちゃんはマザコンだから。」「その所為で、兄貴は今離婚調停中だもんな。そりゃぁ義姉さんの出産のときに、分娩室に母さんを入れようとしたからね。旦那ならともかく、姑に出産を立ち会わせたくない嫁さんの気持ち考えてやれって、俺が一度兄貴に言ってやったんだけど、兄貴の奴“ガキは口を挟むな!”って俺に怒鳴ったんだぜ?まぁ、義姉さんは兄貴とさっさと別れて、幸せになって欲しいよ。」純はそう言葉を切った後、コーラを一口飲んだ。「姉ちゃん、大学の方は大丈夫なの?」「あんたに心配されなくても、ちゃんと単位は取れているわよ。卒業まであと一年しかないから、これから頑張らないとね。」「就職活動はどうなの?」「あんまり良くないわ。アパレルとか百貨店とか受けてみたけど、駄目だった。」「焦らない方がいいよ。」「あんたに言われると、少しムカつくわね。」千尋がそう言って純を睨み付けると、彼は笑いながらコーラをまた一口飲んだ。「あ、千尋じゃん!」 不意に入口の方から声がしたかと思うと、数人の女子大生達が千尋達のテーブルへとやって来た。彼女達は、千尋と同じ女子大に通っていた。「千尋、その子あんたの彼氏?」「いいえ、弟よ。」「なんだ、つまんない。あのさぁ、今度の金曜、空いてる?」「空いてるけど・・」「合コンに来てくれないかなぁ?一人都合が悪くて来れなくなっちゃってぇ。」「・・考えておくわ。」「サンキュー、じゃぁまた大学でね!」 彼女達が去った後、千尋は溜息を吐いてソファから立ち上がると、飲み物を取りにドリンクバーへと向かった。にほんブログ村
2013年10月13日
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(な、何なの!?) 突然自分の前に停車したリムジンを睨みつけながら、千尋はリムジンの脇を通り抜けようかどうか迷っていた。その時、リムジンから一人の男性が降りて来た。近くの商店街から漏れる灯りの下で、千尋はどこか狐のような顔をした男を見た。「すいません、車退(ど)かしていただけないかしら?通行の邪魔になるんですけど。」「すいません・・あなたをお引き留めしようとして、このような迷惑行為をしてしまいました。」男はそう言うと、千尋に頭を下げると、彼女に一枚の名刺を手渡した。“亀崎ジュエリー専務 大田義秋(おおたよしあき)” 亀崎ジュエリーは、曾祖母や彼女の両親が贔屓にしていた銀座の老舗高級宝飾店だ。その宝飾店の専務が、自分に一体何の用だろうと思いながら、千尋は大田を見た。「大田さんとおっしゃるのね?わたしに何かご用かしら?」「あなたは、土方千尋さんですよね?荻野千尋様の曾孫さんでいらっしゃる・・」「ええ。わたしは荻野千尋の曾孫ですけれど、それが何かお宅とは関係があるのかしら?」「実はですね、少しあなたとお話したいことがございまして・・」「手短に話していただけませんこと?わたし、今忙しいんです。」千尋の言葉を聞いた大田は少しバツが悪そうな顔をした。「申し訳ございません。では後日、こちらから連絡を差し上げますので、失礼致します。」そう言った後、大田は千尋に一礼してリムジンへと戻っていった。(変な人ね・・) マンションの駐輪場に自転車を停めた千尋がエントランスへと向かうと、誰かがエントランスの前で体育座りをしていることに気づいた。その人物の顔を良く見ると、それは東京に居る筈の弟・純だった。「純、あんたどうしたの?」「姉ちゃん、突然で申し訳ないんだけど・・暫く泊めてくれないかな?」「東京で・・というより、あの人と何かあったんでしょう?」千尋がそう言って弟に尋ねると、彼は静かに頷いた後、俯いた。「まぁ、これでも飲んで。」 純とともに部屋に入った千尋は、彼の前にホットココアが入ったマグカップを置いた。「有難う。」「純、あの人には黙っておいてあげるから、何があったのか話して。」「・・反対、されたんだ。」「何を?」「俺、音楽の道に進みたいんだ。でも、母さんが反対していて・・」純はホットココアを一口飲んだ後、千尋に母と口論した末に飛び出したことを話し出した。「俺、本格的に邦楽を学びたいんだ。大学も、邦楽が学べる所に行きたいと思ってる。」「そうなの。あんたは昔から、お箏(こと)を弾くのが好きだったものね。わたしはからっきし駄目だったけど。」「母さんは、俺を弁護士にさせたがってる。だから、俺から音大に行きたいって話を切りだした時、あの人突然俺のことを殴ったんだ。」にほんブログ村
2013年10月13日
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きっかけは、中学に入って間もない頃に行われた頭髪検査だった。“お前、染めただろ?” そう言うと、千尋の担任教師は、彼女の胸元に竹刀を突き付けた。“違います、地毛です。”“嘘吐くな!”本当の事を言ったのに、彼からそう怒鳴られ、頬を張られた。彼からのいじめが始まったのは、その頃からだった。 いつも定期テストで千尋は良い成績を収めていたが、彼は千尋がカンニングしたと疑い、教壇の前に正座されて一時間延々と説教された。クラスメイトの財布がなくなると、真っ先に彼は千尋の鞄を検めた。“わたし、何も盗んでなんかいません!”“お前は嘘吐きだ!”何故自分だけがこんな理不尽な目に遭わなければならないのかと、千尋は毎日ベッドの中で悔し涙を流した。担任の顔を見たくなくて、千尋は泥棒扱いされた次の日、初めて学校を休んだ。はじめは心配してくれた淳子だったが、休む日が増えると千尋が仮病を使っているのではないのかと疑うようになった。 千尋は遂に、淳子に担任に容姿を理由に苛められている事を話した。だが―「あんたが悪いんでしょう?あたしに迷惑掛けないでよね!」必死の思いで打ち明けたのに、淳子はそう言って千尋を冷たく突き放すと、部屋から出て行った。その後、淳子は嫌がる千尋を学校へと連れて行った。彼女の様子がおかしいことに気づいた曾祖母と祖父が、学校に抗議の電話を入れ、教育委員会にも担任の事を報告した。 その結果、担任は僻地(へきち)の学校に異動する事になり、千尋は残り二年間の中学校生活を楽しく過ごせた。 もしあの時、曾祖母と祖父が助けてくれなければ、あのまま千尋は不登校になっていただろう。淳子は、一度として千尋に救いの手を差し伸べてくれなかった。何故なら―彼女は自分以外の女を憎んでいるから。「もう過ぎたことだろ、忘れろよ。」「お兄ちゃん、馬鹿じゃないの?お義姉(ねえ)さんがお母さんと同居したくない理由、ちゃんと聞いてあげたの?」「そ、それは・・」そう言って言葉を濁す兄を見ると、千尋は彼が母の分身のように見えた。自分がした事は棚に上げ、他人の粗を探す。最も醜く、下劣な人間なのだ、母と兄は。「お兄ちゃんは、一生あの人のご機嫌取りでもしてれば?お義姉さんはもう、お兄ちゃんのこと見限っていると思うけど。」「千尋・・」「殴りたいのなら殴れば?今忙しいから、話がないのならさっさとここから出て行って!」 妹の言葉に淳史は唇を噛むと、そのまま店から出て行った。 レジ締めの作業と、店の戸締りを終えた千尋が寒さに身を震わせながら自転車で自宅へと帰っていると、突然一台のリムジンが千尋の前に停車した。にほんブログ村
2013年10月12日
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「へぇ、そうなんですか・・」千尋がそう言うと、久美はニコニコしながら彼女の両肩を掴んでこう言った。「だから、応援してくれるわよね、わたしの恋!」「えっ・・」久美から信じられない言葉を聞いて、千尋の顔が少し強張った。彼女は自分の母とは数歳違うものの、50代の筈だ。西田は千尋よりも3歳年上である。二人が並ぶと、恋人同士というよりは、親子に見える。「すいません、わたしゴミ出し行ってきます。」そう言葉を濁した千尋は、逃げるように厨房から出て行った。(そんな事言われても、何て返せばいいのよ!)外にゴミを捨てに行った千尋は、溜息を吐くと暫くゴミ置き場の前でこれからどうしようかと考えていた。久美に“頑張って下さい”なんて言えない。かといって、“身の程知らず”と、彼女を罵る事も出来ない。「土方さん、悪いんだけど今日は僕の代わりに、閉店の作業してくれるかな?」「わかりました。」「悪いね。少し急用ができちゃって・・」そう言って西田は申し訳なさそうに両手を胸の前で合わせると、カフェから出て行った。冬休み中で良かったと思いながら、千尋は店内の清掃に取りかかった。 モップで床を彼女が磨いていると、ドアベルが鳴り、カフェに一人の女性客が入って来た。「申し訳ありませんがお客様、もう閉めますので・・」「遼君、何処?」「は?」「ここで遼君がバイトしてるって聞いたから・・遼君を呼んで来て。」彼女が言う“遼君”とは、数日前にここを辞めた東谷遼のことだ。「申し訳ありませんが、東谷はここを辞めました。」「辞めたって・・いつ?」千尋の言葉を聞いた女性客は、そう言って彼女を睨んだ。「数日前です。」「何で、わたしに何の相談もなしに・・」彼女はブツブツと独り言を言うと、店から出て行った。 変な人だなと思いながら、千尋が店内の清掃を終えてレジ締めの作業をしていると、ドアベルが再び鳴った。「申し訳ありません、もう閉めますので・・」「千尋、こんな時間までバイトか?」そう言ってカフェに入って来たのは、千尋の兄・淳史(あつし)だった。「しょうがないでしょ、先輩の代わりに閉店作業しなくちゃいけなくなったんだから。それよりもお兄ちゃん、何の用?」「お前さ、母さんからの着信シカトしたろ?」「あの人、何だって?500億を自分に譲れって言ってきた?」「千尋、いい加減意地を張るのは止めろよ。母さんはなぁ・・」「お兄ちゃん、まだ母さんの事庇ってるの?わたしが中学の時、先生に苛められていたことを言ったら、あの人何て言ったと思う?“お前が悪い。迷惑を掛けるな”って。」「それは・・」「結局あの人はさぁ、わたしなんか要らなかったのよ。あの人にとって、自分以外の女は全て敵だもん。」千尋はそう言うと、中学一年の時に、自分を苛めていた担任教師の顔が脳裏に浮かんだ。にほんブログ村
2013年10月12日
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「おはようございます!」「おはようって・・もう昼だけどね。今日は休まなくて大丈夫なの?」 千尋がバイト先のカフェへと向かうと、同僚の西田実がそう言って厨房から出て来た。「ええ。家でボーっとしてるよりも、身体を動かした方がいいかなぁって。」「そう。それにしても千尋ちゃんに、前から聞きたい事があるんだけど・・」「何ですか?」「その髪、本当に地毛なの?」西田はそう言うと、バレッタで纏めた千尋の金髪を見た。「ええ。」またか、と千尋は内心そう思いながらも、西田に笑顔を浮かべた。 曾祖母の血を受け継いでいる彼女は、金髪翠眼という日本人離れした容姿の所為で、中学校の頃は教師から一方的に不良扱いされ、辛酸を舐めた。“お前、その髪染めてるだろ?” これは地毛だと何度も説明しても、担任教師は千尋を不良扱いして事あるごとに彼女を苛めた。 テストの点が良ければ、カンニングの疑惑を掛けられ、クラスで何か物がなくなると泥棒扱いされた。 だがクラスメイト達や他の教師達が千尋の容姿について理解してくれていた為、陰湿ないじめには発展しなかった。 高校は曾祖母の母校である女学校―現在は中高一貫の私立女子校に進学したが、そこでは容姿の事は何も言われなかった。「そうなんだ。」「中学の時、担任の先生が、わたしのこと一方的に不良って決めつけて迷惑したんですよね。高校では、全くそんな事言われなかったのに。」「ごめんね。気を悪くしたのなら、謝るよ。」「いいですよ、いつものことなんで、慣れました。」千尋はそう言うと、レジへと向かった。「いらっしゃいませ。」「カフェラテひとつと、クラブハウスサンドイッチひとつね。」「かしこまりました。カフェラテおひとつ、クラブハウスサンドイッチおひとつですね。840円になります。」「じゃぁ1000円で。」「160円のお返しです。」「有難う。」 ランチタイムを少し過ぎ、千尋は汚れた食器を洗いに厨房へと向かうと、そこには千尋と同時期にこのカフェにバイトとして入って来た林久美が居た。「あら、土方さん。今日休みじゃなかったっけ?」「いいえ、今日は出勤ですけど?」「あら、そう・・」千尋は何故か、久美が苦手だった。母と同年代だからか、久美と一緒に居ると、何故か母に監視されているような気がするのだ。「ねぇ土方さん、あなた西田君の事どう思っているの?」「え?」「だってあなたと西田君、付き合っているんでしょう?」「わたし、付き合っていません。」「あらぁ、そうなの。それじゃぁわたしの勘違いね。」久美は年甲斐もなく舌をぺろりと出してそう言うと、真顔になって千尋を見た。「じゃぁ、わたしが西田君を貰ってもいいのよね?」「それは、どういう・・」「わたし、西田君の事前から気に入っていたのよぉ~、あなたが西田君と付き合っていないのなら、わたしにもチャンスがあるじゃない?」久美は千尋に同意を求めるかのように、潤んだ目で彼女を見た。にほんブログ村
2013年10月12日
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「もう、あの子ったらスマホの電源切ってるわ!」 淳子が何度も千尋のスマホに掛けても、『電源が入っていないか、電波が届かない場所に居る為、掛かりません。』というお決まりのアナウンスが流れるばかりだった。「千尋の事は、放っておいてやれよ。」「何よあなた、いつも千尋の肩を持つのね?あなたはあの子が500億を相続してもいいっていうの!?」「いいも悪いも、もう決まった事だろう?それに千尋がどう500億を使おうか、俺達には関係のないことだ。」千尋の父・慎治はそう言うと、淳子を見た。「あなた、これから純にいくらお金がかかると思っているの?あの子は来年受験なのよ!」「純の受験費用は、俺達が出せばいいことじゃないか?まさかお前、千尋に集(たか)る気じゃないだろうな?」「そんなこと、思っていないわよ!」そう淳子はヒステリックに夫に向かって怒鳴ったが、その目は少し泳いでいた。「うるせぇなぁ、まぁた姉ちゃんの事で揉めてんの?」 一階での騒ぎを聞いたのか、二階から次男・純がそう言って降りて来て、ジロリと淳子の顔を見た。「純君、ごめんね。」「お袋、もう姉ちゃんのことは放っておけば?それに俺、受験はしないから。」「まぁ、あんた何てこと言うの!それ、本気なの!?」「本気だよ。俺、弁護士になる気ないから。どうせ行くなら、専門学校に行った方がマシだよ。いいよね、親父?」「・・好きにしろ。」「母さんは認めないわよ!あんたは弁護士になって・・」「そういうのもうやめてよね、うんざりする。」純はそう言って冷たい目で淳子を睨むと、溜息を吐いた。「お袋さぁ、俺達の為、俺達の為っていつも言ってるけど、本当は自分が親戚の伯母さん達に褒められたいだけで、ちっとも俺達や姉ちゃんの事全然考えていないじゃん?」「親に向かって何てことを!」「自分が敷いたレールを歩かなかった姉ちゃんをこの家から追い出したのは誰?一度自分の胸に手を当ててよく考えてみたら?」純はそう言って淳子に背を向けると、再び二階にある自分の部屋へと戻っていった。「何なの、あの子!あたしがどれ程・・」「もう止せ、淳子。もう純も淳史も大人なんだ。放っておいてやれ。」「三人とも、まるで自分一人で育ったかのような顔をして!もう知らない!」ヒステリーを起こした淳子はそう言ってハンドバッグを掴むと、リビングから出て行ってしまった。「全く、あいつは相変わらずだな・・」 一人残された慎治はそう呟くと、新聞を折り畳んでそれをマガジンラックにしまうと、ゴルフバッグを担いで駐車場へと向かった。彼が玄関から外へと出ると、既に淳子はパートに出掛けてしまった後だった。「親父、何処行くの?またゴルフ?」「まぁな。留守番、頼んだぞ。」「オッケー、気を付けてね。」「ああ。」 父の車が駐車場から出て行くのを見送った純は、窓から離れてパソコンの前に座った。フェイスブックにログインすると、自分の元に一通のメッセージが来ていることに彼は気づいた。(またあいつかよ・・)純は溜息を吐くと、メッセージを読まずに削除した。にほんブログ村
2013年10月12日
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「わたしに何かご用ですか?」「あの・・隣、宜しいですか?」「別に構いませんけど?」そう言って千尋は隣の座席に置いていたショルダーバッグを退かして膝の上に置くと、男は平然とした様子でその上に腰を下ろした。(何なの、この人?普通“ありがとうございます”くらい言うもんじゃないの?) 先程自分を助けてくれた男性とは違い、席を譲って貰って当然という態度の男を見て、千尋は少しムッとした。「君さぁ、何処までなの?」初対面の癖に馴れ馴れしく自分に話しかける男に、千尋は彼に対する不快感がますます募っていった。「新神戸までですけど?」「そう。俺名古屋までなんだ。」「そうですか。」自分に話しかけてくるなというオーラを全面に出しながら、千尋は男から視線を外すと、閉じていた文庫本を開いた。 新幹線が名古屋まで停車する間、男は一方的に自分がどんなに偉大な人間かを千尋に話した。だが千尋は、男の話など聞きたくなかったので、完全に彼を無視していた。『名古屋~、名古屋です。降りるお客様は、お忘れ物のなきよう・・』 千尋は男が無言で席から腰を浮かし、新幹線から降りてゆくのを見て、これでやっと静かになったと溜息を吐いた。 名古屋から新神戸までの旅は、煩い男が居なくなって快適なものとなった。『新神戸、新神戸です。』 千尋は網棚の上からキャリーバッグを下ろすと、そのまま新幹線から降りた。 彼女が改札を抜けようとした時、彼女の背後から軽快な足音が聞こえたかと思うと、誰かに肩を叩かれた。「あの、忘れ物ですよ。」「ああ、すいません・・」千尋が振り向くと、あの男性が自分のショルダーバッグを両手に抱えて立っていた。 キャリーバッグを網棚から下ろすのに必死で、ショルダーバッグを座席に置いてきてしまったことに千尋は気づかずにいた。「ご迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ないです。」「いえ。でも間に合って良かった。」「このお礼は必ずさせていただきますので、お名前と携帯の番号を・・」「いえ、いいです。それじゃぁ僕はこれで。」「せめて、お名前だけでも!」そう言って千尋は男性を引き留めようとしたが、彼は千尋の言葉が聞こえなかったのか、そのまま彼女に背を向けて去っていった。(素敵な人だったわ・・名前だけでも聞けばよかった。) タクシーに揺られながら下宿先のマンションへと向かう途中で、千尋はそう思いながら溜息を吐いた。「ありがとうございました。」 タクシーの運転手に代金を払い、千尋はマンションのエントランスへとキャリーバッグを引き摺りながら入っていった。 エントランスで暗証番号を押してロックを解除し、住民専用のエレベーターに千尋が乗り込んだ時、ショルダーバッグにしまっていたスマホが鳴った。「もしもし?」『千尋、あんた今何処なの!?』「何処って、神戸だけど?」『今すぐに東京に帰って来なさい!あんたが相続する遺産のことで話があるの!』 千尋はそっとスマホを耳元からはなすと、そのままスマホの電源を切った。にほんブログ村
2013年10月12日
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「さっきの女性達の騒ぎようを見る限り、このまま彼女達が君を放っておかないことはわかるだろう?」「ええ。あの人達、曾お祖母様が亡くなられた後だというのに、厨房で誰が多く曾お祖母様の遺産を貰えるのかという話をしていたんです。」「そうか。全く、今は金、金、金・・物欲主義で満ち溢れた世の中になったものだねぇ。わたしがまだ学生だった頃は、金よりも絆を大事にしていたものだよ。」利尋(としひろ)はそう言うとソファに腰を下ろし、溜息を吐いた。「これから、千尋ちゃんはどうしたいんだい?」「暫く、考える時間を下さい・・」「そう言うと思っていたよ。500億を突然相続する事になって、まだ心の整理がついていないのだろう?じっくりと考えて、答えが出た時にまたいらっしゃい。」「はい、ではこれで失礼致します、お祖父様。」 祖父の部屋から出た千尋は、そのまま親族達が居るメイン=ダイニングの前を通り過ぎ、玄関ホールから外へと出ようとしていた。その時、彼女の背後で荒々しくドアが開いたかと思うと、先程自分を睨みつけていた女性がやって来た。「あんた、どんな手を使ってあの婆さんを騙したの!?」「わたしは騙してなんかいません。わたしは、何も知らなかったんです。」「嘘おっしゃい!」そう言った女性の顔は怒りで醜く歪んでいた。彼女とまともに話し合っていても時間の無駄だと判断した千尋は、ドアを開けて外へと向かった。「ちょっと、何処行くのよ!まだ話は終わっていないわよ!?」「申し訳ありませんが、あなたに割いている時間はないんです。新幹線の時間がありますので、これで失礼致します。」 意味不明な言葉を喚き散らす女性を無視し、千尋はタイミング良く自分の前にやって来たタクシーに乗り込んだ。「東京駅まで、お願いします。」数十分後、タクシーから降りた千尋は、予めコインロッカーに預けてあったキャリーバッグを引き摺りだすと、そのまま新幹線乗り場へと向かった。ショルダーバッグから切符を取り出し、自分の座席番号が書いてある席へと千尋が向かうと、そこには先客が居た。「すいません、ここわたしの席なんですが?」「あ、申し訳ありません。」雑誌をアイマスク代わりにしていたサラリーマンは、そう言って慌ただしく荷物を纏めて千尋の席から去っていった。「よいしょっと・・」サラリーマンが去った後、千尋が網棚の上にキャリーバッグを置こうとしたが、なかなか奥まで入れられない。キャリーバッグを網棚の上に置くのを彼女が諦めかけたその時、すっと誰かの腕が彼女の背後から伸びて来た。「有難うございます。」「いえ・・少し困っていらっしゃる様子だったので・・」千尋がキャリーバッグを網棚の上に置くのを手伝ってくれた男性に礼を言うと、彼は少し照れ臭そうな顔をして頭を掻いた。「あの、何かお礼を・・」「いいえ、結構です。僕は、当然のことをしたまでですから。」男性は千尋に一礼すると、隣の車両へと移動した。(世の中、捨てたもんじゃないわね。) 東京駅を発車した新幹線が新横浜に着いた頃、千尋は誰かに肩を叩かれた。「あの、すいません・・」「何ですか?」 千尋が読んでいた本から顔を上げると、通路には一人の男が立っていた。にほんブログ村
2013年10月12日
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「お祖父様、千尋です。」「どうしたんだい、千尋ちゃん?またお母さんに小言でも言われたの?」「ええ。」「まぁ、淳子(あつこ)さんは昔から君に辛く当ってきたからねぇ。」「・・母は、わたしの事が嫌いなんです。昔から、そうでしたもの。」「それは違うと思うよ。血が繋がっている者同士何も遠慮しないから、つい辛く当たってしまうんだよ。余り気にする事はないよ。」「わかりました・・」千尋はそう言って祖父を見ると、唇を噛んだ。「もしかして千尋ちゃん、お母様の遺産のことで何か言われたの?」「いいえ、そんな・・」「お母様は、もう遺産相続のことは弁護士さんと相談して遺言書を作成してあるとこの前言っていたよ。だから淳子さんには、四十九日の法要まで待つようにとわたしが言っていたと伝えておきなさい。」 曾祖母の四十九日の法要が行われた後、土方家の親族は全員メイン=ダイニングに集められた。「ねえ、こういうシチュエーション、ドラマで見た事があるわ。」「もしかして、あたし達に大金が転がり込んでくるかも!」「千尋、あんたちゃんとお義父様にお願いして来たの?」「ええ、したわよ。」「ふん、どうだか。あんた、信用できないもの!」千尋の母・淳子はそう言って鼻を鳴らすと、弁護士と利尋(としひろ)が部屋に入って来たのを見て姿勢を正した。「それでは、土方千尋さんの遺言状を公開いたします。」 土方家の顧問弁護士・高田がそう言って鞄から千尋の遺言状を取り出すと、それを静かに読み上げた。「千尋さんの総資産4000億円の内、その半分に当たる2000億円は慈善団体に寄付する。そして残りの500億円は、曾孫である土方千尋さんに全て相続させる。」 まさに、青天の霹靂とはこの事だった。 曾祖母の莫大な遺産を突然相続する事になった千尋は、鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情を浮かべながら、高田弁護士を見た。「あの・・その遺言状は本物なのですか?」「ええ。ここに千尋さんの署名と捺印があります。」「ちょっと、こんなのあんまりじゃない!」「不公平よ!」 厨房で遺産相続の話をしていた女性達が一斉に椅子から立ち上がると、千尋を睨みつけた。「静粛に!もうこれは決まったことです。高田先生、わざわざお忙しい所をお越し下さり、ありがとうございました。」「いいえ。」「先生、千尋はわたしの娘です!せめて千尋が大学を卒業するまで、遺産はわたしが管理するということで・・」「お言葉ですが淳子さん、千尋さんは既に成人されております。遺産を相続する、しないは御本人が決めることです。ではわたくしはこれで失礼致します。」高田はそう言って呆気に取られている淳子に向かって一礼すると、メイン=ダイニングから出て行った。「あんた、お義父様に何言ったのよ?」「わたしは何も言ってないわ。」「千尋ちゃん、静かな所で二人きりで話がしたいから、わたしの部屋にいらっしゃい。」 千尋は背後で自分に向かって何かを喚き散らしている淳子を無視すると、祖父とともにメイン=ダイニングを後にした。にほんブログ村
2013年10月12日
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2008年1月、東京。「成人おめでとう、千尋ちゃん。」「ありがとう、曾(ひい)お祖母(ばあ)様。」この日、成人式を迎えた土方千尋は、曾祖母(そうそぼ)・千尋の見舞いに行った。晴れ着姿の曾孫(ひまご)を嬉しそうに見つめた彼女は、そっと千尋の手を握った。「これ、成人祝いに。」「曾お祖母様、こんな高価な物、頂けません。」千尋はそう言うと、曾祖母の母親の形見であるルビーのペンダントを曾祖母に返そうとした。しかし彼女は、それをそっと千尋に握らせてこう言った。「あなたに、持って欲しいのよ。あなたはわたくしと同じ名を持つ可愛い曾孫ですもの。大切にして頂戴ね。」「はい・・」「あの人が逝(い)ってしまってもう6年も経つのねぇ。随分とわたくしも長生きをしたものだわぁ。」窓から外を眺めながら、曾祖母は何処か昔を懐かしむかのような目をしていた。「また来るわね。」「ええ、いつでもいらっしゃい。待っていてよ。」 それが、千尋が曾祖母と交わした最後の会話だった。 曾祖母は数時間後、静かに息を引き取った。「まさか、お母様がこんなに早く亡くなられるなんてなぁ。もう少し長生きしてくださるのかと思ったのに・・」 千尋の祖父・利尋(としひろ)はそう言った後、ハンカチで目元を押さえた。「千尋ちゃん、お母様と何を話したんだい?」「わたしの晴れ着を、とても綺麗だとおっしゃって・・」「そうかい。千尋ちゃんは、お母様にとって特別な存在だったものねぇ。」「そうですね。お祖父様、何か手伝えることはありますか?」「配膳を手伝ってくれないか?」「わかりました。」 千尋がそう言って祖父に頭を下げ、配膳をしに彼の部屋から出て厨房へと向かうと、スウィングドア越しに、女性達の姦(かしま)しい話し声が聞こえた。「ねぇ、ここの財産、誰が多く貰えるのかしら?」「あら、うちに決まっているじゃないの。お義祖母(ばあ)様の介護を一番したのは、うちだもの。」「何言ってるのよ、うちに決まってるじゃない!」「まぁ、誰がお義祖母様の遺産を多く貰えるのか、今から楽しみね。」「そうね。」 曾祖母が亡くなったばかりだというのに、彼女の遺産を誰が多く貰えるのかどうかという話で盛り上がっている彼女達の態度に、千尋は不快感をおぼえた。「千尋、今まで何処に居たの?」「お祖父様の所だけど?」「そう・・ねぇあんた、これから先、どうするつもりなの?」「え?」「“え?”じゃないわよ!就職先はもう見つかったのかと聞いてるの!」「それは、まだ決まってない・・」「そんな事だろうと思ったわ!全く、あんたって子は昔からそう!」「お祖父様の所へ行って来ます。」「そう。じゃぁついでに言っておいてよね、遺産のこと!」 千尋は母親に背を向けると、リビングを出て再び祖父の部屋へと向かった。にほんブログ村
2013年10月12日
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1932(昭和7)年12月10日、満州。歳三と千尋が新天地・満州へと移住してから9年の歳月が過ぎた。 歳三は大鳥とともに巨大な縫製工場を建設し、彼らの事業は軌道に乗りつつあった。「旦那様、お気を付けて行ってらっしゃいませ。」「ああ。千尋、お前ぇがこんな時に家を空けてばかりで済まねぇな。」「何をおっしゃいます。旦那様は日々、外で戦っておられるのです。出産は女の戦です。わたくしは、大丈夫です。」「そうか・・」 寒さが身に沁みるようになった日の朝、玄関先で歳三は千尋に送りだされながら、心配そうに彼女の大きく迫り出した下腹を見た。 結婚16年目にして、千尋は漸く歳三の子を授かった。臨月に入った彼女は、時折下腹の張りが強くなっていることを感じながらも、夫に心配はさせまいと、それを黙っていた。「じゃぁ、行って来る。」「ええ・・」歳三を笑顔で見送った後、千尋は今までにない下腹部の強い張りと激痛に襲われ、その場に蹲った。「しっかりなさってくださいませ、お嬢様!」「さぁ、しっかり息むんだよ!」「う~!」 数分後、彼女はまさと産婆に産室へと連れられ、新しい命を産みだそうとしていた。額には汗が滲み、幾度となく嘔吐感が込み上げて来たが、千尋は吐く事を必死に堪えていた。「吐きたいのかい?我慢しないで吐いちまいな!」「すいません・・」眉間に皺を寄せ、獣のような声で呻きながら、千尋は陣痛に耐えていた。「そら、頭が出て来たよ、もう少しだ!」千尋は渾身の力を振り絞ると、新しい命を産み落とした。「おめでとう、元気な男の子だ。」疲労困憊(ひろうこんぱい)した千尋は、産婆が抱いている赤ん坊を慈愛に満ちた目で見つめた。だがその直後、再び彼女に陣痛が襲った。「もう一度息むんだ、そら!」一人目の子どもを産んだ数時間後、千尋は二人目を出産した。「二人とも、立派な物がついてるねぇ。こりゃ大物になりそうだ。」産婆はそう言うと、豪快な笑い声を上げた。 千尋が出産したという知らせをまさから聞いた歳三は、昼休憩中に会社を出て自宅へと戻った。「旦那様・・」「良く頑張ったな、ありがとう。」 布団に寝ている千尋は、歳三を見ると嬉しそうに笑った。「若旦那様、元気な男のお子様たちですよ。抱いてやってくださいませ。」「ああ・・」網代籠(あじろかご)に寝かされた双子の男児を見た歳三は、そっとその一人を抱いた。「名前は、どうなさいますか?」「そうだな・・俺とお前の名前を一文字取って、先に生まれて俺に抱かれているこいつが明歳(あきとし)、後に生まれたやつが利尋(としひろ)ってのはどうだ?」「良い名ですね・・」「ああ。」結婚16年目にして授かった双子、明歳と利尋は、やがて日本の政財界とファッション界をリードする存在となるが、まだ彼らと、彼らの両親はその事を知る由もなかった。「お母様が生きていらしたら、お喜びになったことでしょうね・・」「お義母様は、きっと天国で喜んでくださっているだろうさ。」「そうですね・・それよりも、明歳はあなたにそっくりですね。」「それを言うなら、利尋はお前に似て可愛いじゃねぇか。」「まぁ、男に可愛いなど・・将来はあなたに似て美人となるのかしら?」「それを言うんじゃねぇよ。俺が若い頃、見た目で散々嫌な目に遭ったの、知ってるだろう?」「申し訳ありません。」両親のそんな会話を聞いているのかいないのか、二人の息子達は始終嬉しそうな声を出しながら笑っていた。 2002年8月15日、一代にして小さな呉服問屋から始め、大企業へと成長させた土方商會初代会長・土方歳三は110歳の天寿を全うした。 妻・千尋との間に双子の息子を授かった彼は、晩年は4人の孫と、5人の曾孫達に囲まれ、彼らと千尋に見守られながら、眠るように静かに息を引き取った。―第二章・完―にほんブログ村
2013年10月11日
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「旦那様、申し訳ありません。会社も大変だというのに、倒れてしまって・・」「今まで無理をしていたんだ、倒れて当たり前だろう?」「ですが・・」「お義母様の納骨も済んだのだから、ゆっくりと休むがいい。」「わかりました。」 過労で倒れた千尋は暫く入院する事となった。「千尋様、お加減は如何ですか?」「大丈夫です。それよりも信子さん、皆さんにご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ないと伝えておいてくださいな。」「ええ、皆さんには必ず伝えますわ。それよりも千尋様、この間はわたくしを庇(かば)ってくださってありがとうございます。」「礼を言われるほどのことはしていませんわ。わたくしは、当然の事をしただけです。信子様、お仕事の間、貴司(たかし)ちゃんはどちらにお預けになっていらっしゃるの?」「実家に預けております。向こうには子どもが好きな妹が二人と、母が居りますから、助かります。」信子はそう言葉を切った後、少しバツの悪い顔をして俯いた。「千尋様に、このようなお話をしてはいけませんでしたわね・・すいません。」彼女は、千尋が流産し、不妊に悩んでいる事を知っていた。「信子様、わたくしは平気です。このまま子どもが授からないとしても、夫婦二人で生きていけばいいのです。」「千尋様・・」「わたくしは、旦那様が外にお子をお作りになられても文句が言えぬ立場ですから・・寧ろ、石女(うまずめ)のわたくしを貰ってくださり、旦那様には感謝してもしきれません。」 千尋はそう言って、自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。 一方、歳三は震災で被害を被った会社の業務を建て直す為、日々奮闘していた。「社長、大鳥様がお越しになられました。」「わかった。」 仕事が一段落し、歳三が応接室へと入ると、ソファには大鳥商會(おおとりしょうかい)の会長・大鳥圭介が座っていた。「久しぶりだね、土方君。今日ここに伺ったのは、君にいい話を持って来たからなんだ。」「いい話?」「そうだよ。先(ま)ずはこれに目を通してくれ。」「わかった・・」大鳥から封筒を受け取った歳三は素早くペーパーナイフでその封を切り、書類に目を通した。「ふぅん、悪い話じゃねぇなぁ?」「そうだろう?」そう言うと、大鳥は歳三を見て笑った。「旦那様、どうされたんですか?こんなに早い時間にいらっしゃって・・お仕事の方は・・」「千尋、お前ぇに話があって来たんだ。」「わたくしに?」「ああ・・急な話で済まないんだが、俺と一緒に満州へ行ってくれねぇか?」「満州、でございますか?」 歳三から満州行きの話を聞いた千尋は、驚きの余り暫く放心してしまった。「千尋、どうした?」「本当に、行かれるのですか?」「ああ。」「では、お供させていただきます。」にほんブログ村
2013年10月11日
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東京府内に甚大な被害を齎(もたら)した震災であったが、幸い西田侯爵邸と荻野伯爵邸、そして土方邸は震災の被害を免れた。その西田侯爵邸の中庭では、被災者達の為に華族の婦人や令嬢達が炊き出しを行っていた。「皆さん、こちらへ並んでください。」「どうぞ。」彼女達が握った500個の握り飯は瞬く間になくなってしまった。「握ってもすぐになくなってしまうわね、これじゃぁキリがないわ。」「ええ。」「千尋様、少し休まれたらどう?ここに来てから5時間も立ちっぱなしじゃないの。」「まだ少しだけ、お手伝いしたいの。」「そう。何かあったら、わたくし達に言って頂戴ね?」「ええ、わかったわ。」千尋は額の汗を手拭いで拭うと、握り飯を作った。「奥様、こんな所にいらっしゃったのですか?」「佐々木さん・・」歳三が経営している会社の従業員・佐々木と再会した千尋は、彼が着ているシャツが泥まみれになっていることに気づいた。「どうなさったの、その格好は?」「ああ、これですか?実は、横須賀の実家が地震で倒壊して・・母が梁(はり)の下敷きになりました。必死に母を救おうとしたのですが、火が家に迫って来て・・」「まぁ・・お悔やみを申し上げますわ。」「ありがとうございます、奥様。奥様もお母様を亡くされたばかりでお辛いでしょうに・・」「いいえ、わたくしよりももっと辛い方が沢山いらっしゃいます。わたくしは、その方達の力になりたいのです。」「強い方ですね、あなたは。社長が惚れこむのもわかる気がします。」「まぁ・・」「では、僕はこれで。」佐々木はそう言って千尋に頭を下げると、西田邸から去っていった。「千尋様、今日は手伝ってくださってありがとう。」「いいえ、信子様。わたくしは看護婦ではないから、怪我人のお世話は出来ないけれど、炊き出しのお手伝いは出来ますわ。」「わたくしも、お手伝い致します。」博章の妻で、彼が勤務している病院で看護婦をしている信子は、そう言うと割烹着を着て千尋達とともに炊き出しを行った。「あら、あなたどうしてこちらにいらっしゃるの?」「ここは華族の方達が炊き出しをなさる所ですのよ?」千尋とともに炊き出しを行っている信子を見て、華族のご婦人達がそう言って彼女を追い出そうとしていた。「炊き出しを行うのに、華族も平民もありませんよ。こんな時にまで家柄に拘るだなんて・・」「まぁ、何て無礼な方なの!」「所詮は財産目当てで西田家に嫁いだ癖に!」「わたしの妻は、決してそのような卑しい考えを持った女性ではありませんよ。あなた方は正直邪魔ですから、どうぞお引き取り下さい。」 病院から戻ってきた博章はそう言ってご婦人達を睨み付けると、彼女達はそそくさと西田邸から去っていった。「千尋様、申し訳ございません・・わたくしが至らないばかりに、千尋様に嫌な思いをさせてしまって・・」「どうぞ信子様、あんな方達の事はお気になさらないでくださいな。さぁ、炊き出しを続けましょう。」千尋はそう言って信子を励ますと、炊き出しを続けた。 美千留の四十九日の法要を終えた後、被災者達の為に炊き出しを行っていた千尋はとうとう、過労で倒れてしまった。にほんブログ村
2013年10月10日
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「博章(ひろあき)さん、お母様はどちらに!?」「こっちだ、千尋ちゃん。」 翌日、千尋は歳三とともに母・美千留(みちる)が搬送された病院へと向かった。「お母様!」「千尋・・良かった、無事だったのね・・」ベッドに仰向けで寝かされた美千留は、苦しそうに呻いた後、そう言って千尋に微笑んだ。「一体お母様に、何があったの?」「伯母様は、倒壊した建物の瓦礫(がれき)の下敷きになってしまったんだ。」「助かるの?」千尋の問いに、博章は首を横に振った。「覚悟をしておいた方がいい。」「そんな・・」博章の言葉にショックを受けた千尋は、その場にへたり込んでしまった。「旦那様、どうしましょう、お母様が・・」「俺がついている。だから、お義母様のところへ行こう。」「はい・・」 「歳三さん・・後のことは、宜しく頼みます・・」「わかりました。」「流産の事で、あなたを酷く詰ってしまってごめんなさいね。」「いいえ、もう過去の事ですから・・」「お母様、流産したのはわたくしの所為です。親不孝なわたくしを、どうか許してください!」「もう自分を責めるのはおやめなさい。過去を振り返っては駄目。あなたには歳三さんが居るじゃないの。たとえこの先子どもが出来なくても、夫婦二人で力を合わせて頑張るのですよ。」「はい、わかりました・・」「千尋、辛い時こそ笑いなさい。」美千留はそう言うと、千尋の頬を優しく撫でた。「強く・・生きるのですよ。」美千留はゆっくりと目を閉じて、眠るように息を引き取った。「お母様、しっかりなさってください、お母様!」「千尋ちゃん・・」 母を看取った後、千尋が憔悴しながら病院から外へと出ると、そこには地震によって倒壊し、瓦礫と化した建物と、火災によって焦土と化した東京の街が広がっていた。そして病院の前には、火傷を負った者達が長蛇の列を作りながら医師の診察を待っていた。 その中には、背に息絶えた子を背負った若い母親の姿があった。(わたくしだけが辛いのではない・・自分が悲しむ暇があったら、他人の不幸を目に向けよと、お母様は最期にわたくしに教えてくださったのだわ・・)千尋はそっと、手の甲で涙を拭った。「博章さん、何かわたくしに手伝えることは出来ますか?」「千尋ちゃん・・無理しなくていいよ。」「わたくし、この震災で傷ついた方達の力になりたいのです。」「そう・・」博章は千尋の言葉を聞いた後、彼女に白い割烹着を渡した。「今、家の中庭で被災者達に炊き出しをしているんだ。そっちを手伝ってくれないか?」「わかりました。」 千尋は博章から割烹着を受け取ると、それを着て西田侯爵邸へと向かった。にほんブログ村
2013年10月10日
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1923(大正12)年9月1日。 千尋が流産してから7年の歳月が過ぎたが、彼女は未だに不妊に悩んでいた。 毎年この季節になると、彼女は夫の実家へ農作業を手伝いに来ていたが、子どもらを連れた親族の女性達を見るたびに、流産した子が生まれていれば今頃子どもと歳三と三人で幸せな生活が送れたのではないのかと思うと、流産した自分を責め、憂鬱な気持ちになった。「千尋さん、すいません。子ども達の面倒を見て下さって。」「いいえ、子どもが居ないわたくしが一番暇なんですもの。これ位しないとね。」「そんな・・」 農作業を終えた育実(いくみ)が千尋に子ども達の面倒を見てくれた礼を言うと、彼女はそう言って溜息を吐いた。「育実さんはいいわねぇ、四人もお子さんが居て。末っ子の春ちゃんなんか、今可愛い盛りじゃないの?もしあの子が生きていたら、春ちゃんと同級生になっていたのかもしれないわねぇ。」「千尋さん、すいません・・あの時、わたしが・・」「いいのよ。わたくし、あなたを責めているんじゃないわ。ただ、あなたが今旦那さんと上手くやっているのかどうか気になっただけよ。」千尋はそう言うとさっと立ち上がって部屋から出て行ってしまった。 結婚した当初、年が近いということもあり、千尋と育実は実の姉妹のように仲良くしていたが、千尋が流産してしまったのをきっかけに、二人の間には深い溝が出来てしまった。「母ちゃん、どうして泣いてるの?何処か痛いの?」「母ちゃんは大丈夫だから、春は姉ちゃん達と外で遊んでおいで。」 末娘の春が心配そうに自分の顔を覗きこんでいるのを見て、育実は無理に彼女に笑顔を浮かべ、そう言って彼女を自分から遠ざけた。「もうお昼にしましょう、皆さん。」「そうね。育実さんもどうぞこちらへ。」「はい・・」「ああそうだ、歳三さん達を呼んで来て頂戴な。わたくし今手が離せないのよ、お願いね。」「わかりました・・」昼食の準備をしている千尋を台所に残して、育実は外で作業をしている歳三を呼びに行った。 その時、不意に激しい揺れに襲われ、育実は悲鳴を上げて地面に蹲った。「おい、大丈夫か!?」「ええ・・でも、千尋さんが台所に・・」「何だって!?」歳三が血相を変えて千尋が居る台所へと向かうと、彼女は無事だった。「千尋、怪我はないか?」「ええ。それよりもさっきの揺れは・・」「かなり大きかったな。家の方が安全だ。」「そうですわね・・」 この日、神奈川県相模湾沖で発生したマグニチュード7.9の地震は、東京府を中心に甚大な被害を及ぼした。 東京府に於けるこの震災の死者数は、約7万人だった。「お父様とお母様達は大丈夫かしら?」「大丈夫だ。」 その日の夜、千尋の元に一通の電報が届いた。“ハハ、キトク。スグニカエラレタシ。”にほんブログ村
2013年10月10日
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「千尋、もう身体の方は大丈夫なの?」「お母様・・」「こんなに痩せてしまって、可哀想に。全く、歳三さんはあなたがこんな状態だっていうのに、深川の料亭で酔い潰れていたのよ!」「若旦那様にはわたしも失望しましたよ。お嬢様のことを心配していれば、深川で芸者遊びなどしないでしょうに!」「まぁ、そんな事が・・」「あなた方夫婦の問題には口を挟みたくはないのだけれど、もう歳三さんと離縁した方が、あなたにとってはいいんじゃないかしら?」「そうですわね、お母様。子どもが居ない方が、後腐れなく彼と別れられますもの・・考えておきますわ。」「早く退院できるといいわね、千尋。あなたが帰ってきたら、沢山あなたの好きな物を作ってさしあげますからね。」「お嬢様、気を落とさないでくださいませ。」「ありがとう、お母様、まさ。またいらしてね。」「ええ。」 二人が病室から出て行った後、千尋は溜息を吐いた。(もう土方様とは終わりね・・)彼と離縁するのなら、子どもが居ない方がいい。どんなに彼との子どもを望んでも、授からないものは望んだって仕方が無いことだ。歳三には、自分と別れて子どもが産める健康な女性と再婚して欲しい。「お義母様、お話とは何でしょうか?」「今回の事で、あなたと色々とお話したいのよ。たとえば・・あなた達夫婦の今後について。」「お言葉ですが、俺は千尋と別れるつもりはありません。」「あら、そんな事を本気でおっしゃっているのなら、深川で芸者遊びなどしない筈だわ。」「そうですとも。大体若旦那様はお嬢様に対して配慮が無さ過ぎます。流産したお嬢様を放ったらかしにしてパーティーに行かれるなんて非常識過ぎますわ。」「あれは仕事で仕方無く・・」「仕事を口実になさるなんて、酷い方ね、あなたって。あの時あなたがこんな薄情な方だとわかっていたら、千尋とは結婚させなかったでしょうに。」「お義母様・・」「わたくしを、“母”と呼ばないで頂戴!」美千留がそう歳三に向かって声を張り上げると、清隆がリビングに入って来た。「どうした、美千留?」「あなた、聞いて下さいな!歳三さんったら、流産した娘のことを気遣いもせずに深川で芸者遊びをなさっていたんですのよ!」「それは誤解です、俺は・・」「美千留、一方的に歳三君のことを悪いと決めつけるのは良くないぞ。彼の話もちゃんと聞いてあげなさい。」「あなた、歳三さんのお味方をなさるおつもりなの?自分の娘が酷い目に遭わされたというのに、何故彼の肩を持つのです!?」「美千留、落ち着かんか!わたしはそんな事を言っているんじゃない!」「もうあなたとはやっていけませんわ!あなたとは離縁致します!」美千留は清隆を睨み付けると、リビングから出て行ってしまった。「すいません、お義父様、俺が・・」「千尋が流産したことで、君が気に病んでいることをわたしは知っている。歳三君、冷静になって今後の事をじっくりと考えるんだ、わかったな?」「はい・・」にほんブログ村
2013年10月10日
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「わたくしと、付き合ってください。」「は?」突然初対面の相手にそう言われた歳三は、思わず薫子の顔を見た。「わたくし、今まであなた様のことをお慕い申し上げておりました。どうか、わたくしと・・」「済まねぇが、俺には妻が居る。」「あなたが既婚者でも構いませんわ。どうせビジネスでお相手の方と結婚されたのでしょう?」「それはそうだが・・」「愛のない結婚生活を送られて、あなたは幸せなのですか?」「あんた、勘違いしているようだな?」「え?」「確かに妻と結婚を決めたのは、仕事上でのことだった。だが、俺は彼女を愛している。彼女も、俺の事を愛してくれている。」「そんな・・」「あんたと無駄な時間を過ごしている暇はない、じゃぁな。」曲が終わらぬ内に歳三はそう言って愛子から手を離すと、そのままパーティー会場から出て行った。 その日は何だか気分が晴れなくて、歳三は深川の料亭“みやま”へと向かった。「あらぁ、歳さん久しぶりだねぇ。」「おう、誰かと思ったら巽吉(たつきち)じゃねぇか?」一人で歳三がちびちびと酒を飲んでいると、深川芸者の巽吉が座敷に入って来た。「歳さん、あんた伯爵家のお姫さんと結婚したんだって?お人形のように可愛らしい嫁さんを放っておいて、芸者遊びにうつつを抜かしていいのかい?」「今夜はとことん飲みたい気分なんだ。済まねぇが巽吉、膝貸してくれねぇか?」「わかったよ。酒の弱いお前さんがここに飲みに来るってのは、きっと何か訳があってのことなんだろう?」「まぁな・・」「あたしがあんたに膝を貸すのは一晩だけさ。お天道様が東の空に昇ったら、とっとと家に帰るこったね。」「うるせぇ、そんなこたぁわかってらぁ・・」歳三は巽吉にそう憎まれ口を叩きながら、そっと目を閉じた。「歳さん、起きておくれよ。」 翌朝、巽吉が歳三を揺り起したが、彼はなかなか起きる気配がなかった。「あらあんた、まだ帰ってなかったのかい?」「そりゃぁこんな状態じゃ、帰れないよ。女将さん、歳さんを布団に寝かしとくれ。あたしゃぁもう帰るから、後のことは宜しく頼んだよ。」「はいはい、わかったよ。」 数分後、美千留は深川の料亭“みやま”から連絡を受け、まさとともに泥酔している歳三を家まで連れ帰った。「歳三さん、しっかりしてくださいな!」「若旦那様、起きて下さい!」「何だよ、うるせぇな・・」 歳三が二日酔いで痛む頭を擦りながら目を開けると、そこには美千留とまさが冷たい目で自分を睨んでいた。「お義母様、俺は・・」「あなた、“みやま”さんで酔い潰れていたんですって?千尋が大変な時に、何をしているの!?」「申し訳、ありません・・」「お酒で憂さを晴らすのは結構ですけどね、せめて他人に迷惑が掛からないようにしてくださいね!」美千留はそんな言葉を歳三に投げつけ、まさとともにリビングを出ると、そのまま千尋の見舞いに行った。にほんブログ村
2013年10月10日
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「申し訳ありません、わたしの所為で・・千尋さんに何てお詫びすればいいのか・・」 千尋の病室の前で、育実(いくみ)はそう言って歳三に土下座した。「あれは誰のせいでもねぇ。不幸な事故だったんだ。」「けど、わたしが・・」「自分を責めるな。」歳三はそう言うと、育実の背中で泣きじゃくる赤ん坊を見た。「今日は帰れ。」「わかりました。」 育実が病院から出て行った後、歳三は千尋の病室へと入った。ベッドの上に横たわっている千尋は、虚ろな目で天井を見つめていた。「千尋。」「来て下さったんですか。大したおもてなしも出来ずに、申し訳ありません。」千尋はそう言ってベッドから起き上がろうとすると、歳三が慌てて彼女の元へと駆け寄ってきた。「無理するな、まだ本調子じゃないんだから。」「そうですね。旦那様、申し訳ありません。漸く授かった赤ちゃんを、わたくしが・・」最後まで言えずに、千尋は涙を流しながら歳三に流産したことを何度も詫びた。そんな妻の姿を見た歳三は、そっと彼女を抱き締めた。「お前は何も悪くない。だからもう、自分を責めるな。」「お願いです、子どもを産めないわたくしとすぐに離縁してくださいませ。それが、あなたにとって最善の・・」「離縁なんてするか!お前ぇ以外の女なんて抱けるか!」「旦那様・・」 千尋は歳三の胸に顔を埋めながら、嗚咽を漏らした。「歳三さん、千尋の様子は?」「塞ぎ込んでいます。流産してしまったのは自分の所為だと・・俺に謝ってばかりで・・」「今回は残念だったけど、大丈夫よ。自然に待っていればまたあなた達の元に赤ちゃんが来てくれるわ。」「俺もそう思いたいです、お義母さん・・」 歳三は美千留と話をした後、完成した新居へと向かった。千尋と結婚し、彼女の好きなデザイナーの家具や調度品を揃え、内装も彼女好みにした新居の中に入った歳三は、リビングに入ると溜息を吐いてソファに腰を下ろした。彼女と一緒にここで暮らせる日は、いつになるのだろうか。「歳、聞いたぞ、千尋さんのこと、残念だったな。」「昨日見舞いに行ってきたんだが、あいつ、俺に謝ってばかり居るんだ。子どもを流してしまって申し訳ない、自分と離縁してくれって・・」「今はそっとしておいてやれ。子は天からの授かり物だと言うじゃないか?」「そうだな・・」 千尋が流産してから2週間後、歳三はパーティーで勇とそんな話をしていると、華やかなドレスを纏った一人の女が彼らの前に現れた。「もしや・・あなたは、土方歳三様?」「ああ、そうだが・・あんたは?」「初めまして、わたくしは菱田薫子と申します。一曲、わたくしと踊って頂けませんか?」「済まねぇが、今はそんな気持ちじゃないんだ。」「いいじゃありませんか。」 菱田薫子はそう言うと半ば強引に歳三の腕を掴み、踊りの輪の中へと入った。にほんブログ村
2013年10月10日
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1916(大正5)年12月。 千尋は4ヶ月ぶりに、歳三の実家へと来ていた。「千尋ちゃん、良くきてくれたわね。」「ごめんね、忙しいのに。」「いいえ・・」あの姦しい女性達は、千尋に対して不躾な質問をぶつけてこなかった。どうやら、喜六や為次郎達、そして彼女の夫たちが彼女達をきつく締めあげたようであった。「千尋さん、良く来たね。」「ご無沙汰しております、為次郎お義兄様。」「歳は相変わらず仕事で忙しいのかい?」「ええ。師走に入ってからは、連日職場に泊まり込んで、家には殆ど帰ってきておりません。」「全く、親の法事にも顔を出さないなんて、親不孝な弟を持ったもんだ。」為次郎はそう言って溜息を吐きながら、千尋が淹れた茶を飲んだ。彼は盲人だが、三味線の師匠として生計を立てていた。「千尋さん、今日は朝から立ちっぱなしで疲れただろう?何かお腹に入れておくといい。」「わかりました。」 千尋はそう言って為次郎に頭を下げて台所へと向かうと、そこには赤子を背負っている育実(いくみ)の姿があった。「千尋さん、お久しぶりです。」「育実さん、お久しぶりね。お元気そうで何よりだわ。」「四人も子どもを抱えていたら、寝込む暇もありません。ご飯、さきほど炊けましたから、どうぞ。」「ありがとう、頂くわ。」千尋はそう言って炊きたてのご飯を櫃(ひつ)から取り出し、食欲をそそる筈の匂いと湯気が立ち込めた瞬間、彼女は突然吐き気に襲われて両手を口で覆い、流しへと向かった。「大丈夫ですか、千尋さん?」「ええ。最近、吐き気やめまいがしたりして・・風邪かしら?」「千尋さん、月のものはありましたか?」「そういえば、今月もなかったわ。まさか・・」「おめでたですね、おめでとうございます。」体調を崩して寝込んでいたのは風邪の所為ではなく、妊娠の所為だと気づいた千尋は、嬉しさの余り涙を流した。(漸く、歳三さんの子を産める・・母親になれるのね、わたくし。)まだ膨らみが目立たぬ下腹をそっと千尋が撫でていると、突然勝手口から出刃庖丁(でばほうちょう)を持った男が台所に乱入してきた。「育実、家に居ないと思ったらこんな所に居やがったのか!」「あんた、帰って頂戴!」「穀潰しの女ばかりを産みやがって、この役立たずが!」育実の夫が出刃庖丁を振り翳しながら彼女の方へと突進した時、咄嗟に千尋が彼女の前に立った。「おやめください!」「退け、女!」 男に殴られ、千尋は流しの角に強く腹を打ちつけた。内股から粘(ねば)ついた血が流れ落ちるのを感じ、彼女はそのまま気を失った。「千尋、大丈夫か?」「旦那様、申し訳ありません。」「謝るな・・」 その日、千尋は漸く授かった歳三の子を流産した。にほんブログ村
2013年10月09日
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「聞いたわよ。博章さん、ご結婚されるそうね?」「ああ。式は2ヶ月後だ。是非千尋ちゃんにも参列して欲しいな。」「喜んで。でも驚いたわ、あなたは当分結婚しないと思っていたのに。どうして急にしようと思ったの?」「実は・・この事は誰にも言っていないんだけど、彼女は今、妊娠2ヶ月なんだ。」「まぁ、それはおめでとう。」「親父からは、“順序を間違えている”と散々怒鳴られたよ。来年の4月には父親になるなんて、まだ実感が湧かないんだ。」「お相手の方はどちらに?」「あいつは最近悪阻が酷くて、寝込んでいるんだ。余り無理をしないように言っているんだけどね。」「流産しやすい時期だから、気を付けてあげてね。」そう言って博章に愛想笑いを浮かべた千尋だったが、その笑みが少し引き攣っていることに歳三は気づいていた。「なぁ、無理して笑わなくてもいいんだぜ?」「何のことです?」「とぼけんなよ。さっき、泣きそうな顔をしていたじゃねぇか?」 帰りの車の中で、歳三がそう言って千尋を見ると、彼女はハンカチで目元を押さえていた。「何だか、博章さんにも先を越されてしまったわ・・」「幸せなんてものは他人と競うものじゃねぇ。余り根詰めると、こうのとりが来てくれねぇぞ。」「そうですね。」 お茶会の後、歳三は千尋を連れて病院へと向かった。「先生、わたくしは普通に妊娠できますか?」「ええ。検査の結果、あなたは普通に妊娠・出産が可能な身体ですよ。」「ですが、わたくしは胸を・・」「それも心配要りません。一番心配すべきことは、出産後に結核が再発することですね。」そう言った医師は、千尋に微笑んだ。「先生・・もし、妊娠中に結核が再発したら、わたくしは出産に耐えられますか?」「大丈夫です。」「そうですか、先生のお言葉を聞いて安心いたしました。この度はお忙しい時間をわざわざわたくし達の為に割いてくださってありがとうございました。」「いいえ。あなた方はまだ若い。希望はありますから、自然に任せましょう。」「はい・・」 2ヶ月後、千尋と歳三は博章の結婚式に参列していた。「おめでとう、博章さん、文さん。末永くお幸せにね。」「ありがとう、千尋ちゃん。」「文さん、博章さんの事を宜しく頼むわね。」「わかりました。」 披露宴で新郎新婦に祝福の言葉を掛けた千尋は、二人の笑顔を見るだけでも嬉しかった。「お母様、お酌をして参ります。」 千尋はそう言うと、椅子から立ち上がって新郎新婦、それぞれの親族に酌をして回った。「何だか元気そうで良かったわ、あの子。」「ええ、そうですね。」にほんブログ村
2013年10月09日
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千尋がゆっくりと目を開けると、歳三が背後から自分を抱き締めたまま眠っていた。 床に散らばった自分の寝間着や歳三のシャツやズボンを見た千尋は、昨夜彼と激しく愛し合った事を思い出して顔を羞恥で赤く染めた。「旦那様、起きて下さい。」「なんだよ、うるせーな。」歳三はそう言って舌打ちすると、また腰を振って千尋の中を擦った。「ああ!」「お前の中は気持ちよくて堪らねぇ。もっとこうしていたいぜ。」「お戯れを・・早く抜いてくださいませ。」「駄目だ。またおったっちまった。」自分の中で、彼のものが質量を増すのを感じた千尋は、潤んだ瞳で彼を睨んだ。「そんな顔しても、抜かねぇぞ。」歳三は千尋の腰を掴んで自分の膝上に乗せると、激しく上下に腰を振った。「ああ~!」 朝から歳三に激しく抱かれ、千尋は腰の疼きを感じながらもダイニングへと入ると、美千留は何処か嬉しそうな顔をして歳三と千尋を見ていた。「どうなさったの、お母様?」「昨夜は仲直りしたのね、二人とも。」「聞こえていたの?」「勿論ですとも。あなたの声がわたくし達の部屋まで聞こえて、びっくりしてしまったわ。」「お父様は、何ておっしゃっていたの?」「“夫婦円満にはセックスが一番だ”とおっしゃっていたわ。」「まぁ、お父様がそんな事を・・」 昨夜の情事を両親に聞かれていたのかと思うと、千尋はまともに母の顔を見る事が出来なかった。「歳三さん、余り娘を苛めないでやってくださいな。」「すいません、お義母さん。昨夜は酒を浴びるように飲んで、酔った勢いでしてしまったものですから、お義母さん達にもご迷惑をおかけいたしました。ですが、千尋の中が余りにも心地いいもので、つい長居してしまいました。」「やめてください、朝からそんなお話をなさるのは!」「まぁ、いいじゃないの。歳三さん、どうやら千尋との身体の相性は良いようね?」「ええ。子どもが出来なくても、彼女と離縁することは考えておりませんから、ご心配なさらず。」「こんなに早く仲直りするとわかっていたのなら、わたくしが気を揉む必要はなかったわね。」「お母様・・」「さてと、わたくしはそろそろ出掛けなければね。今日はお友達のお茶会に行かなければならないのよ。」美千留はそう言って笑うと、千尋と歳三を残してダイニングから出て行った。「千尋、バターを取ってくれねぇか?」「どうぞ。」「ありがとう。」歳三は千尋からバターを受け取ると、彼女の中にバターを塗りたくり、それを舌で舐めた。「旦那様、昨夜から変ですわ。」「ここ数日間お前を抱いてねぇんだ。気が狂いそうになって当たり前だ。」歳三は千尋をテーブルの上に押し倒すと、彼女の陰部を舌で愛撫した。「すっかり遅くなってしまいましたわね。」「ああ。」「あなたの所為ですよ?わたくしは嫌だと言ったのに・・」「喜んでいたじゃねぇか。」「そ、それは・・」「もう着いたぞ。」 朝食を食べ、濃厚な時間を過ごした二人が向かったのは、西田侯爵家のお茶会だった。「千尋ちゃん、久しぶり!」「博章さん、お久しぶりですわ。米国から無事ご帰国されて何よりです。」 千尋がそう言って母方の従兄・博章に挨拶すると、歳三は眦を上げて博章を睨みつけた。にほんブログ村
2013年10月09日
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「ねぇ千尋、いい加減歳三さんのことを許してさしあげたら?何も彼は悪気があってあなたに病院へ行こうなんて言ったのではないのだから・・」「そんなこと、わかっていますわお母様。このまま不妊の原因が判らずに子を授かるのを待つのは嫌なのです。」「だったら・・」「歳三さんには、外でお子様を作っていただくしかないと思うの。その方が、ベストな方法だと思うのよ。」「千尋・・」少し自棄を起こしている娘を見て、美千留は少し不安になった。「あなたはそれでいいの?もし歳三さんがそうしたとしても、あなたは彼を許せるの?」「ええ。だって仕方が無いじゃないの。」千尋はそう言うと、深い溜息を吐いた。 その日、歳三は仕事で会合に出席しており、彼が帰ったのは午前零時を回った頃だった。「お~い、帰ったぞ!」「あなた、どうなさったんですかこんなに飲んで!」玄関先で泥酔した歳三を見た千尋は、慌てて彼をリビングのソファに寝かせると、水を汲みに台所へと向かった。「旦那様、お水を・・」千尋がそう言って歳三に水が入ったコップを差し出すと、彼は唸りながらクッションを抱えて眠ってしまった。「旦那様、起きて下さい。このような所では寝ては風邪をひきますわ。」千尋が歳三を揺り起そうとした時、不意に彼の腕が千尋の腰に伸びてきたかと思うと、あっという間に彼女は歳三に組み敷かれた。「だ、旦那様?」歳三は千尋に覆い被さると、彼女の胸に顔を埋めた。「いけません・・そんな・・」歳三から逃れようとした千尋だったが、彼は千尋の陰部へと指を挿し込み、中を激しく掻き回した。そこからは、彼女の愛液が溢れ出て、太腿を濡らしていた。「なんだ、俺のことを思って自分で慰めていたのか?」「そんなことは・・」「じゃぁ、何でこんなに濡れてんだ?もしかして、乱暴にされるのが好きなのか?」「おやめください、旦那様・・」歳三はズボンを乱暴に脱ぎ捨て、怒張している己のものを千尋の中へと宛がった。「あ、あぁ!」「良く締まる・・すぐにイッちまいそうだ!」歳三は千尋の奥まで腰を進め、自分のものが入ったのを確かめると、激しく動き始めた。「旦那様~!」千尋は痙攣しながら、絶頂を迎えた。「ずるいぞ、俺より先にイクなんてよ。」一度自分のものを千尋の中から抜くと、彼女を四つん這いにさせ、歳三は再び彼女の中へと入った。「あぁ、いい!」「後ろだと感じるのか、ええ?どんな風に感じるのか、言ってみろ!」「旦那様のものが、中で擦れて気持ちがいいです!」「そうか・・そんなに気持ちがいいのか。」歳三はフッと笑うと、ますます腰の動きを速めた。「あ、あぁ~!」自分の中で歳三の欲望が爆ぜるのを感じた千尋は、そのまま気を失った。にほんブログ村
2013年10月09日
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「だって、わたし達は、ねぇ・・」「そうよ、何も悪い事は・・」「黙れ!」歳三はそう言うと、拳で床を殴った。さっきまで姦しかった女性達は、ビクリと恐怖に身を震わせた。「あんたらには俺達夫婦のことには口出ししないで貰いてぇな?それに、妊婦をこき使うなんざ止めるんだな!」「育実ちゃんは、嫁の務めをちゃんと果たして・・」「どうせお前らが無理強いしたんだろうが!てめぇらがまだピンピンしている内は、てめぇらのことはてめぇらでやりやがれ!」こめかみに青筋を立てながら、歳三はそう女性達に怒鳴ると、そのまま千尋の方へとやって来た。「帰るぞ。」「だ、旦那様・・」「歳、済まなかったな。」「兄貴が謝るようなことじゃねぇよ。育実、家まで車で送ってやるからお前ぇも来い。」「はい・・」 数分後、車の後部座席に乗った千尋と育実は、気まずそうに外の風景を窓から眺めていた。「あの、すいませんでした・・あたしが・・」「わたくしが悪いのです。子どもが産めぬ嫁など、実家に送り返されることが当たり前ですし・・」「いい加減自分をそうやって卑下するのは止めろ。」「旦那様・・」千尋が少し驚いたような顔で歳三を見ると、彼は憤怒の表情を浮かべていた。「あの婆どもは、歳を取ったっていうのにこれっぽっちも成長してねぇ。」「仕方ないでしょう、あの性格はもう変わりませんから。」育実はそう呟くと、溜息を吐いた。「まぁお前ぇも四人目がもうすぐ産まれるってのに、あの婆どもに振り回されて災難だったな。この事はお前ぇの旦那にも報告しておくから、お前ぇは腹の子の事だけを考えてやればいい。」「すいません、歳三さん。送ってくださって、ありがとうございました。」 育実を家まで送り届けた後、再び車内は重苦しい空気が流れた。「なぁ千尋、今度病院へ行かねえか?」「どうして、そのようなことを?」「ちゃんと専門の医者にかかって、不妊の原因が判れば・・」「そうすれば、わたくしが妊娠出来たらあなたは幸せなのですか?」「そんなつもりで言ったんじゃ・・」「今わたくしが、どんな気持ちでいるのかわかりますか?わたくしは、育実さんやつねさんを見て羨ましいと思いました。それと同時に、彼女達に黒い感情を抱きました。どうしてわたくしは彼女達のようになれないのだと・・」「悪かった、もう言わねぇ。」「3年経ってもわたくしが妊娠しなかったら、離縁してくださいませ。そしてちゃんとあなた様の子が産める女性と再婚なさった方が、あなたの為です。」 多摩での一件以来、千尋と歳三は結婚して初めて寝室を別にした。「千尋、一体どうなさったの?」「お母様、子が産めない女は価値がないものなのかしら?」「そんな事を言うものではありませんよ。自然に任せればいいじゃないの。」 美千留は千尋の心中を慮(おもんばか)ってそんな言葉を掛けたが、それは千尋にとっては何の慰めにもならなかった。にほんブログ村
2013年10月08日
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「歳、こんなに綺麗な嫁さん貰うなんてあんた果報者よねぇ!」「あなた、おいくつなの?」「16です。」「まぁ、道理で肌のきめが細かいと思った!」「またあんた、あたしが若ければって思ってんでしょ!」「うるさいわねぇ。」 姦(かしま)しい女性陣に囲まれ、千尋は彼女達にたじたじになりながら彼女達の話に相槌を打った。「ねぇ千尋さん、まだお子さんはいらっしゃらないの?」「ええ。」「まぁ、その内出来るわよ!あたしなんかポンポンと5人も産んだもの!」「あんたは産み過ぎなのよ!」「そういえば、あんたの嫁さん、今度は四人目だって?多産なのはあんたに似たのねぇ。」「育実(いくみ)ちゃん?あの子なら、向こうに居るわよ?」「育実ちゃん、ちょっと来て~!」 どうにか女性陣から逃げ出そうとした千尋だったが、彼女達はなかなか千尋を解放しなかった。「この人が歳のお嫁さんで、千尋さんよ。まだ16なんですって。」「初めまして、育実です。」 女性陣達に呼ばれ、千尋の前に自分と変わらぬ年頃の少女がやって来た。「育実さん、おいくつなの?」「18です。」「そうなの。それじゃぁわたくしよりお姉さんなのね。」「ええ。」「千尋さん、育実ちゃんのお腹に触ったら?」「そうよ。幸せなことはうつるっていうでしょう?」無神経な女性達の言葉が、千尋の胸に深く突き刺さった。「あの・・わたくし、外の空気を吸って参ります。」愛想笑いを浮かべたかったが、どうしても笑う事が出来なかった。 妊娠できないことを気に病んでいることを、彼女達は知らない。あの言葉は全く悪気のないものだと知りながらも、千尋は悔しさと怒りでどうにかなってしまいそうだった。 人気のない所へと向かった千尋は、そこでひとしきり泣いた。泣き腫れた目蓋を冷たい水で洗っていると、誰かがやって来る気配がした。「どうしたんだい、そんなに泣いて?」「あの・・」千尋がゆっくりと背後を振り向くと、そこには着流し姿の男が立っていた。華奢でありながらも、均等に筋肉がついた身体と、切れ長の目は、何処か歳三に似ていた。「あなたが、歳のお嫁さんか。初めまして、わたしは為次郎といいます。」「旦那様の、お兄様・・」みっともない所を見られてしまったと、千尋が羞恥で顔を染めると、そっと為次郎が彼女の頬を撫でた。「また色々と子どもの事で言われたんだろう?無理して笑わなくてもいいんだ。」「すいません・・」「歳だって、あなたの気持ちは良く解っている筈だ。」「失礼致します、お義兄様。」為次郎に頭を下げた千尋が広間に戻った時、歳三の怒声が襖越しに聞こえた。「子どもの事は夫婦の問題だ、あんたら婆が口出しすることじゃねぇ!」千尋が恐る恐る襖を開けて広間の様子を窺うと、そこにはあの女性達が歳三の前で正座して彼に怒鳴られているところだった。にほんブログ村
2013年10月08日
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「昔散々浮名を流していたお前が、まさかこんなに早く身を固めるとはなぁ。その上、8歳下の伯爵令嬢を娶るなんて・・」「年の事は言うなよ、勝っちゃん。まぁこれで、あんたの仲間入りをしたってことだ。」「まだ新婚さんなんだろう?さぞかし千尋さんを毎晩可愛がっているんだろうな?」「ああ。ただ、可愛がり過ぎて千尋が一度体調を崩して寝込んじまってな・・」「おいおい、盛りがついたガキじゃあるまいし、ほどほどにしておけよ。その調子だと、すぐに子どもが出来そうだな。」「それが・・千尋は、子どもが出来にくい体質なんだ。」勇と酒を飲みながら、歳三はそう言って溜息を吐いた。「あいつは子どもの頃胸を病んで、その後遺症で子どもが出来にくい体質だってことを気に病んでるんだ。さっき客間でつねさんが赤ん坊に乳をやっているの、羨ましそうに見ていたからなぁ・・」「そうか・・これは、お前達夫婦の問題だから、俺は何も言えねぇよ。自然に出来るのを待った方がいいんじゃないか?お前の方は、全く異常がないんだろう?」「ああ。多分千尋は嫌がると思うが、一度病院に行って調べてみようと思うんだ。」「そうだな、そうするといい。」歳三がそんな話を勇としていると、つねの部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえた。「よく泣く子だなぁ。」「まぁな。つねは最近寝不足気味でなぁ、俺も何か手伝いたいんだが、“あなたのお手を煩わせる訳には参りません”の一点張りで・・」「俺がちょっと様子を見て来る。」 歳三がつねの部屋に入ると、そこには千尋が瓊(たま)を抱きながら困惑した様子で彼女をあやしていた。「どうした?」「どうやら、お腹が空いているようなのですが、わたくしは乳が出ませんし・・」「つねさんは?風呂か?」「ええ。」「まぁ千尋さん、ごめんなさいね。この子ったら、最近夜泣きが酷くて・・」二人が困っていると、丁度風呂から上がったつねがそう言って瓊(たま)を抱き上げ、彼女に乳をやった。「つねさん、申し訳ございません。」「いいえ、わたしの方こそごめんなさいね。」 翌朝、勇達とともに朝食を食べた歳三は、千尋を連れて実家へと向かった。「近藤さんの家からご実家まで、近いのですか?」「まぁな。実家は二番目の兄貴が継いでいる。まぁここに戻るのは8年振りだけどな。」歳三はそう言いながら、実家の前で車を停めた。「あらぁ歳さん、帰ってきたのね!」「久しぶりだな、歳。その人がお前のいい人か?」 門の中へと歳三が千尋を連れて入ると、次男の喜六とその妻、なかが二人を出迎えた。「初めまして、お義兄様。千尋と申します。」「こんなところで立ち話も何だからさぁ、中に入って頂戴よ。為次郎兄さんも待ってるから。」「わかったよ。」 数分後、喜六達とともに土方家の居間へと入った千尋は、そこで初めて夫の兄姉達や親戚と対面した。「あらまぁ、綺麗なお嫁さんだこと!」「まるで美人画から抜け出たようだわねぇ!」女性達がそう言ってジロジロと千尋を見つめると、彼女は少し不安がり歳三の方を見た。「大丈夫だ、何もしやしねぇよ。」歳三は千尋の不安を和らげるために、彼女の手をそっと握った。にほんブログ村
2013年10月08日
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「歳は当分結婚しないだろうと思っていたら、いつの間にか伯爵家のお姫(ひい)様を貰っていたなんてねぇ。あたしゃぁ、あの子を見た瞬間腰を抜かしちまいそうになったよ。」「千尋さんでしたっけ?お綺麗な方でしたよね。」「そうかい?何処かよそよそしいし、お高くとまってそうであたしゃぁ好きじゃないね。」 千尋が浴室へと向かおうとしたとき、台所の前でふでがそう女中と話しているのを聞いた。「あのお姫(ひい)さん、噂に聞いたところによると子が出来にくい体質なんだろう?いくら父親の会社を建て直す為に歳があの子を貰ったのは仕方がないことだけどねぇ・・」「いいじゃありませんか、千尋さんと歳さんは仲が良いようですし。」「まぁ、うちの嫁には相応しくないのは確かだね。つねは良くやってくれているし、子が産める身体だからねぇ。歳が外にガキを作っても文句は言えない立場だろうよ。」「おかみさん・・」 二人の会話を聞いてしまった千尋は、逃げるようにそこから立ち去った。 子どもが出来にくい体質であること、その事で葦爾との縁談が壊れた事で、千尋は深く傷ついた。歳三と結婚し、なかなか妊娠できない事に対して、千尋は歳三に負い目を感じていた。もし彼が外に女を作り、その女との間に子どもが出来ても、子どもを産めない自分は文句が言えない立場にある。頭ではわかっているのに、そのことを他人から言われると千尋は悔しくて涙を流した。「お風呂、先に頂きました。」「千尋さん、ごめんなさいね。無理にあなた達を引き留めてしまって・・」「いいえ。つね様、どうぞお風呂に入ってくださいな。その間わたくしがお子様を見ていますから。」「そうですか、では宜しくお願い致しますね。」つねはそう言って千尋に頭を下げると、布団に寝かせている瓊(たま)をチラリと見て部屋から出て行った。彼女が部屋から出た後、千尋はそっと瓊(たま)を抱いた。彼女はじぃっと千尋を見ると、嬉しそうに笑った。(つねさんは、幸せそうでいいな・・) 女にとって一番の幸せは、愛する男の子を産むこと―それが出来ぬ自分は、歳三にとって価値のある女なのだろうか。3年経っても子が出来ぬ時は、自分から離縁を切りだそう―そう千尋が決意した時、腕に抱いていた瓊(たま)が突然泣き出した。「どうしたの?」千尋はそっと彼女の襁褓(むつき)に触れると、そこはまだ乾いていた。「もしかして、お腹が空いているの?」瓊(たま)は千尋の言葉を理解しているかのように、口をモゴモゴと動かして再び泣いた。(どうしよう・・)にほんブログ村
2013年10月08日
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「おぉ歳、よく来たな!」「勝っちゃん、久しぶりだなぁ!」 歳三が千尋と共に彼の実家がある多摩に向かうと、そこでは歳三の親友である近藤勇が自宅の前で彼らを待っていた。「お前が結婚したって聞いて、驚いたぞ!」「何だよ、そんなに驚く事かよ?」「当たり前だろう!早く奥さんを俺達に紹介してくれよ!」「ったく、せっかちな所は相変わらずだな。」歳三はそう言って舌打ちすると、助手席側のドアを開けて千尋に手を差し出した。「足元に気をつけろよ。」「わかりました。」ドレスが汚れないよう、千尋は慎重に車から降りると、歳三とともに勇の元へと向かった。「初めまして近藤様、荻野千尋と申します。」「どうも。歳、別嬪な奥さんを貰って良かったじゃないか!千尋さん、おいくつですか?」「16になります。」「歳、お前ってやつぁ・・」「勝っちゃん、誤解すんなよ!」「千尋さん、外は暑いから中で麦茶でも飲みながら話しましょう。」「え、ええ・・」 数分後、二人は近藤家の客間で近藤の妻・つねとともに麦茶を飲みながら、楽しい時間を過ごした。「千尋さん、歳のことをどうぞ宜しくお願いしますね。こいつはぁ色々とそそっかしい・・」「余計な事を言うなよ!」歳三がそう言って勇を睨んだ時、廊下から赤ん坊の泣き声が聞こえた。「つね、また瓊(たま)がお前の乳を欲しがってるよ!早くあげておやり!」勇の養母・ふでがそう言いながら孫娘を抱きながら客間へと入ると、そこには歳三と見知らぬ女が居た。「あらぁ、歳じゃないか!その子は一体どうしたんだい?」「土方様の奥様の、千尋様ですよ、お義母様。」「へぇ、そうかい。なかなかの別嬪じゃないか。それよりもつね、瓊(たま)に乳をやっておくれ!あたしゃぁ忙しいんだよ!」「申し訳ございません、お義母様。」つねはそう言って姑から娘を受け取ると、着物を肌蹴させて乳を娘に飲ませた。「まぁ、可愛らしい赤さんですこと。」「残念だから、夫似です。女の子なのに・・」「いいじゃないか、顔の美醜など。健康に育ってさえくれればそれでいいんだ。」「そうですわね・・」千尋の顔が急に曇ったのを見た歳三は、咄嗟に彼女を連れて客間から出た。「もう帰るか?」「いえ、大丈夫です。」「無神経だったな、お前にあんな所を見せたなんて・・」「わたくしは平気です。そろそろ戻りませんと、近藤様達が心配致しますから・・」「そうだな。」 その日は日帰りで来た歳三と千尋だったが、ふでと勇に泊まっていけと言われたので、近藤家に泊まることになった。「お風呂、先に頂きますね。」「ええ、どうぞ。わたしは、娘から目を離せませんから。」にほんブログ村
2013年10月08日
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沼田葦爾は、朝の清々しい空気を吸いながら、恍惚とした笑みを浮かべた。 昨日3年振りに再会した千尋の身体は素晴らしいものだった。また彼女を隅から隅まで味わいたい―そう思った彼は、股間が熱くなるのを感じた。「先生、荻野です。」「入りなさい。」「失礼致します。」朝から彼女をまた抱けるなんて何という幸運に恵まれているのだろう―そう思いながら葦爾が千尋を部屋に迎え入れようとドアを開けると、突然彼女の背後に立っていた男から拳で顔面を殴られた。「何をするんだ!」「そりゃぁこっちの台詞だ。よくも人の女房に手ぇ出しやがったな。この落とし前はちゃんとつけさせて貰うぜ?」歳三はそう言って葦爾の胸倉を掴むと、彼を部屋から引き摺りだした。「やめろ、殺さないでくれぇ!」「ふん、千尋に酷いことをしていた癖に、良く言うぜ。千尋が受けた痛みを、お前にも味あわせてやらぁ!」「誰か来てくれ、殺される!」葦爾が助けを呼ぶと、たちまち守衛が飛んできた。「どうなさったんですか、先生?」「この男が、僕を殺そうと・・」「俺は何もしてねぇよ。」歳三はそう言って守衛を睨むと、腰を屈めて床に蹲っている葦爾の耳元にこう囁いた。「次は容赦しねぇからな。」「ひ、ひぃ~!」恐怖のあまり葦爾は、その場で失禁してしまった。 数日後、千尋が女学校に登校すると、嘉那子から葦爾が退職した事を知った。「いい先生だったのに、残念ね。」「そうね。」「新しい先生が見つかるまで、暫くは自習していなさいって。何だかつまらないわねぇ。」「そうねぇ・・今度の先生も、素敵な方だといいけれど。」葦爾が女学校から居なくなり、千尋は瞬く間に元気を取り戻していった。「千尋、もう大丈夫か?」「ええ。」「明後日なんだが、俺の友人がささやかなパーティーを開くんだ。お前も一緒に行かねぇか?」「是非お供させていただきます。」「結婚してから全然会っていなかったからな、勝っちゃんには。」歳三はそう言うと、千尋の唇を塞いだ。「なぁ、いいだろう?」「ええ。」「辛かったら、言えよ。」「いいえ、もう平気です。」「そうか・・」歳三はいつもよりも前戯に時間を掛けると、ゆっくりと千尋の中へと入った。「もっと奥まで・・」「大胆な事を言うようになったな?」千尋は喘ぎながら歳三の背中を爪で引っ掻いた。やがて彼女は、快楽の海へと溺れた。にほんブログ村
2013年10月08日
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「どうしたんだ、その顔は?」「ちょっと、柱に顔をぶつけてしまって・・」 千尋が部屋に入ると、読んでいた本から顔を上げた歳三は、彼女の顔が異様なまでに腫れあがっていることに気づいた。「誰にやられたんだ?」「いえ・・本当にぶつけただけです。」「そうか。」歳三はそう言うと、千尋の着物の懐から手を入れ、彼女の乳房を揉んだ。そのまま着物を脱がそうとした時、彼女は突然悲鳴を上げて暴れた。「どうした、落ち着け!」「すいません・・わたくし・・」「無理強いはしねぇよ。今夜はゆっくり休め。」「そういう訳には参りません。せめて口だけでも・・」「いいんだ、そんなことをするのは。」歳三はそう言うと、千尋の頭を撫でた。 真夜中、隣で歳三が寝ていることを確かめた千尋はゆっくりとベッドから降りると、浴室へと向かった。寝間着を脱いで裸になると、葦爾から受けた折檻の痕が生々しく残っていた。(旦那様には、言えない・・) こみ上げてくる涙を必死に堪えながら、千尋は身体と髪を洗った。「千尋、どうした?」「だ、旦那様・・」 浴室から出た千尋は、トイレに立った歳三の姿を見て驚き、思わず身体を覆っていたバスタオルを落としてしまった。慌てて歳三に背を向けてバスタオルを拾おうとした彼女は、彼に背中の傷を見られてしまった。「どうしたんだ、これは?」「これは・・」「誰にやられたんだ!」「あなたにだけは、知られたくなかったのに・・」千尋はそう言うと、その場で泣き崩れた。「今日、フランス語の先生に3年振りにお会いしたんです。」「そいつが、前の縁談相手か?」「ええ、そうです。先生のお母様が、わたくしの身体の事を知って破談にしたのです。先生とはそれで縁が切れたと思っていたのですが・・」 部屋で歳三に傷の手当てをして貰いながら、千尋は静かに葦爾と出会った頃のことを彼に話し始めた。「お前をやったのは、あいつなんだな?」歳三の問いに、千尋は静かに頷いた。「あの方は、人を痛めつけることで快感を得ているんです。3年前も、あの方に人気のない所に呼び出されて、乱暴されそうになりました。」「千尋、どうして俺に黙っていた?」「知られたくなかったからです。」「俺はお前の夫だろう?」「申し訳、ございません・・」「謝るな。」 歳三は隣で眠る千尋の寝顔を見ながら、一度その男に会ってみようと思った。「旦那様、あの・・」「お前は心配するな。俺があいつと話をつけてやる。」「旦那様・・」 翌朝、千尋を車で女学校へと送った歳三は、そのまま車を駐車場に停めて彼女と共に校舎の中へと入った。「あいつの所へ案内しろ。」にほんブログ村
2013年10月08日
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加虐描写があります。苦手な方はご注意ください。「結婚したと聞いたよ?」「ええ。」「君はてっきり、僕と結婚するのかと思っていたよ。」「ですが、先生との縁談はとうに壊れました。」千尋がそう言って葦爾を見ると、彼は彼女の言葉を聞いて苦笑した。「そうだったね。母が僕達の結婚を許してくれなかったんだっけ・・」 数年前、千尋は葦爾と結婚する筈だった。だが、千尋が妊娠できにくい身体であることを知った葦爾の母親が、一方的に“この縁談はなかったことにしていただきたい”と言って破談にしたのだった。まだその時千尋は13歳で、結婚というものがどういうものなのか解らなかったし、結婚したら男と女がセックスして子どもを作ることなど全く知らなかった。「先生は、まだ独身でいらっしゃいますか?」「ああ。母が厳しくてね。君の旦那様は、どんな方なんだい?」「とてもお優しい人です・・」「そう。」葦爾はそう言って千尋の腕を掴むと、彼女の唇を塞いだ。「何をなさいます!」「別にいいだろう?」「お止め下さい!」千尋は抵抗したが、葦爾は彼女をソファの上に押し倒すと、袴を脱がした。「いや、やめて!」「こんな所には誰も来やしないよ。大人しくするんだ!」欲望に滾った榛色の双眸に見つめられた千尋は、恐怖に震えた。彼の指が、千尋の中へと入った。「何だ、濡れてないじゃないか・・」葦爾はそう言って舌打ちすると、ズボンの前を寛がせて天を衝くほどに怒張している己のものを千尋の中へと宛がった。「痛い、いやぁ~!」「すごい締め付けだ・・」葦爾は千尋の両足を強引に開かせ、彼女が痛みで泣き叫んでいるのを無視して、激しく腰を振った。やがて彼はブルブルと震えながら千尋の中に欲望を放った。ゆっくりと彼が己のものを千尋から抜くと、子宮内に収まりきれなかったスペルマがドロリと千尋の太腿を濡らした。「これから毎日ここに来るんだ。」「嫌です・・」「そうか・・聞きわけが無い子には、もっとお仕置きをしなければね・・」葦爾はそう言って舌なめずりをすると、机の引き出しから革製の手錠がついた鎖を取り出し、千尋の両手首にそれを巻くと、彼女を近くの柱に縛りつけて立たせた。「今度は、後ろからだ。」「嫌ぁ~!」 全てが終わった後、外はもう暗くなっていた。千尋の白い肌には、葦爾によって鞭打たれた痕は生々しく残っていた。「もう、僕には逆らわない方がいいよ。わかったね?」千尋の髪をそっと撫でると、葦爾は傷ついた彼女を置いてそのまま部屋から出て行った。 何とか服を着て、裏口から帰宅した千尋は、葦爾に殴られて腫れた顔を冷やす為に顔を洗おうとした時、運悪くまさに見つかってしまった。「お嬢様、どうなさったのですか、その顔は?」「お願いまさ、誰にも言わないで・・」「ですが・・」水で濡らした手拭いを腫れた頬に押し当てると、千尋はまさにそう釘を刺して部屋へと向かった。にほんブログ村
2013年10月08日
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「ええ。実はわたくし、幼い頃胸の病に罹ったことがありまして・・その後遺症で、子が出来にくいだろうとお医者様から言われました。」千尋はそう言うと、歳三に向かって頭を下げた。「3年経っても子が出来ぬのなら、どうかわたくしと離縁して下さいませ。わたくしはあなたが外にお子をお作りになられても、文句が言えぬ立場ですから・・」「馬鹿な事言うな、子が出来ないってだけで、離縁する馬鹿が何処に居る?」 この時代、不妊は女性が原因であると決めつけられ、3年嫁しても子が出来ぬ女は、夫側の親族から離縁を言い渡されるのが当たり前であった。「俺だって、若い頃は胸を患った。だが今はピンピンしてらぁ。男としての能力だって元気だぜ。別に子が出来なくたって、夫婦二人で共に白髪が生えるまで仲睦まじく暮らせばいいことだろう?」「旦那様・・」千尋は嬉しさの余り、涙を流した。「何も泣くこたぁねぇだろう?」「わたくしは、あなたとご結婚して良かったです。」「俺もだ。」 歳三は、何があっても千尋を守ってみせると誓った。「新居が完成するまで、こちらでお世話になります。」式の翌日、歳三は新居が完成するまで千尋の実家で暮らすこととなった。「そんなに堅くならないでいいのよ、歳三さん。主人の会社の危機を救ってくださっただけでも有り難いのに、千尋を嫁に貰って下さって感謝しているんですよ。」「そうだ、歳三君。これからはわたしの事を実の父親だと思ってくれていいのだよ?」「そうですか・・」 歳三と結婚し、女学校へと復学した千尋は、登校するなり友人達が彼女の方へと駆け寄ってきた。「千尋さん、土方様との結婚生活はどうなの?」「毎晩愛されて、お身体が辛いのではなくて?」「まぁ皆さんったら、そのような事をおっしゃって・・」「それよりも、今日から新しいフランス語の先生が来られるのですって!」「まぁ、そうなの。それは楽しみだこと。」 二時限目、千尋達が新しく来たフランス語の教師の事で盛り上がっていると、教室にその教師が入って来た。「初めまして、沼田葦爾(ぬまたよしちか)と申します。」そう言って千尋達に挨拶した男性教師は、年は30代前半で、少し癖のある亜麻色の髪と、榛色の瞳が陽の光に反射する度に美しい輝きを放っていた。「沼田先生って、素敵な方ね~!」「何でも、仏蘭西(フランス)に留学されていたんですって!お洋服もお洒落で素敵だわ!千尋様も、そう思うでしょう?」「あ、ごめんなさい・・少しぼうっとしていて気が付かなかったわ。」「もう、千尋様ったら。新婚気分で少し浮かれているんじゃなくって?」 放課後、嘉那子とともに千尋が廊下を歩いていると、向こうから葦爾がやって来た。「西条君、少し君のお友達を借りていいかな?」「ええ、構いませんわ。」 数分後、千尋はフランス語講師室へと葦爾に招き入れられた。「まだ片付いていないけれど、どうぞ。」「お邪魔いたします。あの先生、わたくしに何かご用でしょうか?」「とぼけないでくれよ、僕と君が以前どういう関係だったか、君自身がよく解っているだろう?」 葦爾は、そう言うと血に飢えた狼のような目をして千尋を見た。にほんブログ村
2013年10月07日
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1916(大正5)年8月。 荻野伯爵家令嬢・千尋と、土方歳三は帝国ホテルで華燭の典をあげた。「千尋、とても綺麗よ。」「有難う、お母様。」純白の花嫁衣装に身を包んだ千尋は、そう言ってはにかんだ。「土方様、娘の事をどうか宜しくお願い致しますね。」「ええ、任せてください。」披露宴には、千尋の女学校の友人達や、歳三の友人達も出席していた。「千尋さんに先を越されてしまったわ。」そう零したのは、嘉那子だった。「嘉那子さんだって、そろそろ縁談のひとつやふたつあるんじゃなくて?」「それがね、全然ないのよ。わたくしの理想に叶う相手が居ないんですもの。」「まぁ、そうなの・・」嘉那子が結婚相手の男性に求める理想が高いことを知っている友人達は、そう言葉を濁すと、新郎新婦の方へと向かった。「千尋さん、この度はおめでとう。」「有難う。」「暫く女学校に復学されるのは無理ね。」「そうね。子どもが生まれたら忙しくなるものね。」「ええ、そうね・・」友人の言葉を聞いて千尋の笑みが少し引き攣っていたのを、歳三は見逃さなかった。「二人とも、どうぞ末永くお幸せにね。」「ええ。今日はきてくださってありがとう。」「いいえ。」 友人達と別れた後、千尋はまさに連れられて新婚初夜を過ごす為の部屋へと向かった。「緊張されていらっしゃるのですか、お嬢様?」「ええ。わたくし、土方様と既に深い仲になったというのに、おかしいわね・・」「夫婦となられて初めて過ごす夜ですもの。緊張なさって当たり前ですわ。」「そうね・・」まさと千尋がそんな話をしていると、寝室のドアを誰かがノックする音が聞こえた。「お嬢様、土方様がお見えになられましたよ。」「そう・・」「では、わたくしはこれで。」まさはそう言って歳三に一礼すると、部屋から出て行った。「あの・・不束なわたくしですが、どうぞ宜しくお願い致します。」「そんなに畏まらなくてもいいだろうが?」歳三は緊張で顔を強張らせている千尋を抱き締めると、そのままベッドに彼女と共に倒れ込んだ。「今夜は寝かせねぇから、覚悟しておけ。」「はい・・」その日の夜、千尋は歳三に激しく抱かれ、そのまま彼の胸に頭を預けて眠ってしまった。「千尋、起きているか?」「ええ・・」「少し無理させちまったな。まぁこの調子だと、お前をすぐに孕ませちまうかもしれぇが・・」「あの、その事でお話がございます。」 真顔で千尋が歳三を見ると、姿勢を正した。「わたくし、子が出来ぬ体質なのです。」「それは、確かなのか?」にほんブログ村
2013年10月07日
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翌朝、カーテンの隙間から朝日が漏れ、千尋は眩しさに目を細めながら呻いてベッドから起きようとすると、歳三が彼女の腕を掴んで自分の元へと引き戻した。「まだ起きるのには早いだろ?」「ですが・・」「今更何を恥ずかしがっていやがる?もう俺達は共寝をする仲になったんだから、ゆっくりしようぜ?」「そんな・・」千尋は頬を羞恥で赤く染めながら歳三を睨むと、彼はそっと彼女の頬を撫でた。「これでも、俺と結婚したくないか?」「いいえ。これでわたくしが妊娠したら、責任を取って貰います。」「そうか・・」 身支度を整えた二人が帝国ホテルを出て、荻野邸へと向かうと、リビングには千尋の帰りを待つ清隆と美千留の姿があった。「ただいま戻りました。」「まぁ、二人とも朝帰りとは・・」「結婚前の男女が、はしたない!」清隆はそう言うと、椅子から立ち上がると千尋の頬を打った。「あなた、何をなさるのです!?」「千尋、わたしはお前を男の前で簡単に股を開くようなふしだらな娘に育てたつもりはない!」「お父様、申し訳ございません・・」「荻野さん、今回の事はわたしが悪いのです。」「あなた、お願いですから気を鎮めてくださいませ。千尋、土方様とともに自分の部屋に行きなさい。」「わかりました、これで失礼致します。」「待て千尋、まだ話は終わっておらんぞ!」父の怒声を背中に受けながら、千尋は歳三とともにダイニングを出た。「顔は腫れてねぇか?」「ええ。土方様・・」「何も言うな。今回お前ぇの親父さんを怒らせたのは、俺だ。嫁入り前の娘に手を出されたら、誰だって怒るだろうさ。」「お父様は、今回の結婚を白紙に戻すのかもしれません・・」「大丈夫だ、俺に任せておけ。」「はい・・」ほんの二週間前には歳三に対して嫌悪感しか抱かなかった千尋だったが、今は彼の事が心の底から愛おしいと思うようになっていた。「千尋、お父様がお呼びですよ。」「わかりました。」 着替えを済ませた千尋が父の書斎へと入ると、彼は険しい表情を浮かべて腕を組みながら窓の外を眺めていた。「お父様、失礼致します。」「千尋、そこへ座れ。」「はい・・」千尋はソファへと腰を下ろすと、清隆はゆっくりと椅子から立ち上がり、彼女前に立った。「土方君との結婚のことだが、結納を交わした後で破談にすると周囲があることない事噂をするだろう。」「ではわたくしは、土方様と結婚しても宜しいのですね?」「ああ。だがな千尋、土方君と夫婦になるのなら、お前の身体のことはまだ彼に伝えていないのか?」「それは・・」「夫婦間で秘密を持つのはいかん。何ならわたしの方から土方君に説明するが・・」「お願いです、それはやめてください。わたくしの身体のことは、わたくしが彼に説明いたします。」「そうか・・」「では、失礼致します。」 千尋は清隆に向かって頭を下げると、書斎から出て行った。にほんブログ村
2013年10月07日
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「おい、何を・・」 突然自分のものを口に含んだ千尋を見て狼狽した歳三は、彼女を退かそうとしたが、千尋は喉奥にまで彼のものを含んでそれをきつく吸いあげた。「う・・」歳三のものが脈打つと同時に質量が増したのを感じた千尋は、苦しげに呼吸をしながら彼のものを舌で愛撫した。「千尋、もう止めろ・・」歳三は快感に身を震わせながらも、千尋を止めようとした。だが耐えきれずに、彼は千尋の口の中で欲望を迸らせてしまった。「千尋、済まねぇ・・」そう言って歳三が済まなそうな顔で千尋を見ると、彼女は喉を鳴らして彼のものを全て飲み干した。「今度は、上手くできました。」「そうか・・ドレスを着ろ。」歳三の言葉を聞いた千尋は、彼に抱きついた。「お願いです、わたくしをあなた様のものにしてくださいませ。」「千尋・・」「わたくしは、あなた様のことがはじめから嫌いでした。けど今は違います。あなた様となら、わたくしは夫婦(めおと)となりたいと思います。」彼女の真っ直ぐな瞳に見つめられ、歳三は一瞬たじろいだが、そっと彼女の頬を撫でた。「本当に、お前ぇを抱いていいのか?」「ええ。」「優しくするからな・・」歳三は、そう言って千尋を抱き締め、彼女の首筋を甘噛みした。 彼が彼女の陰部に舌を這わせると、千尋は声を上げなかったものの、ビクリと身体を震わせた。「声は我慢するな。」「いえ・・」千尋は声を我慢していたが、歳三が自分に覆い被さってきたのを見て悲鳴を上げた。「どうした、急に怖くなったか?」「いいえ・・」「力を抜け。」歳三はそう言って千尋の額にキスをしながら、彼女の中へとゆっくりと入っていった。 彼のものが自分の中へと入った時、余りの痛さに千尋は涙を流した。「大丈夫か?」「大丈夫です・・だから、続けてくださいませ。」「わかった。」奥まで歳三が突き進むと、千尋の白い太腿には破瓜の血が垂れていた。「動くぞ。」歳三が腰を動かすと、千尋は堪え切れずに声を漏らした。「まだ痛いのか?」「いいえ、もう痛くはありません。ですが、何だか解らないのです。」「そうか。痛くねぇんならいい。」歳三はそう言って再び腰を振り始めた。彼が動く度に、彼のものが自分の内壁に擦れて気持ちが良かった。「千尋・・」「土方様!」歳三とひとつとなった時、千尋は彼の腕に抱かれながらゆっくりと目を閉じた。にほんブログ村
2013年10月07日
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歳三が昇降機から出てパーティー会場へと向かうと、そこから次々と人質が出て来た。「おい、一体どうなっていやがる!?」「先程、勇敢なお嬢さんが、わたくしたちを解放しろと犯人達に言ってくださったのよ。」歳三は会場から出て来た一人のご婦人を呼び留めると、彼女は千尋が自ら人質となったことを知った。「彼女は、今何処に?」「さぁ、わかりませんわ。」「どうも、有難うございました。」歳三はそう言ってご婦人に一礼すると、会場の中へと入ろうとしたが、扉には鍵が掛かっていた。(畜生、一体中はどうなっていやがる!) 歳三が扉の前に右耳を押しつけ、中の様子を知ろうとしていると、中から伸晃の声が聞こえた。「千尋様、あなたは何故、このような勇敢な行動を取られたのですか?」「わたくしは、あなた方の道を正す為に自ら人質となりました。それだけです。」「そうですか。あなたは、これから何をしてくださいますか?」「どういう意味ですの、それは?」「今この場で口約束だけを交わしても、あなた方はそれをすっかり忘れてしまう。本当に貧者達を助けるつもりがあるのなら、行動で示してください。」「わかりました。」千尋はそう言うと、歳三から贈られた10カラットのダイヤモンドのネックレスに触れた。このネックレスの値段は歳三からは聞いていないが、かなり高価な物であるということが千尋には解っていた。彼女はネックレスの留め金に手を伸ばすと、ネックレスを外してそれを伸晃の前に差し出した。「これを売れば、沢山の方が救えることでしょう。どうか、持って行ってくださいませ。わたくしには、勿体ない品ですから。」「有難うございます、千尋様。あなたのご協力に感謝致します。」伸晃は千尋からネックレスを受け取ると、仲間の男達に目配せして会場から出て行った。「千尋!」「土方様・・」「大丈夫か、怪我はねぇか!?」「ええ。」 伸晃達が帝国ホテルから去った後、歳三は千尋の元へと駆け寄り、彼女の無事を確認して安堵の溜息を吐いた。「土方様、ダイヤのネックレスを鈴木様に渡してしまいました。申し訳ありません・・」「いや、いいんだ。ネックレスなんざいくらでも買える。だがお前ぇの命は、誰にも買えねぇもんだ。」「土方様・・」歳三の言葉が胸に響き、千尋は彼に抱き締められながら涙を流した。 騒ぎが収まった後、歳三は予約した部屋へと千尋と二人で入ると、彼はタイを緩めて千尋をベッドに押し倒した。「土方様・・」「なぁ千尋、知ってるか?男が女にドレスを贈る時は、女のドレスを脱がす為だそうだ。」歳三は千尋にそう言いながら、彼女のドレスを脱がし始めた。「狡いですわ、土方様・・わたくしだけ裸になるのは嫌です。」「そうか。なら、お前ぇが俺の服を脱がしてみろ。」千尋は震えながら歳三のシャツのボタンに手を伸ばした時、歳三に唇を奪われ、口内を彼の舌で蹂躙(じゅうりん)された。苦しくて呼吸できずに千尋が歳三の背中を叩いたが、彼はそのまま千尋のドレスを腰の位置までさげた。「どうした、手が止まってるぞ?」意地の悪い笑みを自分に浮かべた歳三を見た千尋は、彼のシャツのボタンを引きちぎると、ズボンの前を寛がせて彼のものを口に含んだ。にほんブログ村
2013年10月07日
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