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今日は暑かった。とにかく暑かった。ぐったりとした身体に、熱いブルースを聴くのもどうかと思うが外出中の仕事の合間に聴きまくっている。勿論ウォークマンで。「ラブユーライブ」でミックが歌っている、マデ゛ィ・ウオーターズの「マニッシュ・ボーイ」を汗かきながら聴く。76年、録音。このライブは非常に好きでよく聴く。たくさんの前で歌うミックもかっこいいが、比較的少人数で歌いまくるミックもいい。このアルバムは「レット・イット・ブリード」と同格なまでに好きです。
2002.07.31
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バディ・ガイが出た日比谷公会堂のライブでも思ったんだけど、アンプリファイアドしたブルースハープの音色はリードギターに全然負けてない。誰でも手軽に吹けてあんなにちからずよい楽器は早々あるものじゃあない。日本のブルースハープ奏者で妹尾隆一郎と言う人がいるがこの人の音は実に素晴らしい。「メッシン・アラウンド」という1976年度の名盤を聴くとなるほどと思ってしまう。ギターでは塩野伸二、近藤房之助、内田勘太郎も演奏しているアルバムである。このアルバムにも入っている、リトル・ウオーターの作った「ジューク」は熱い。勘太郎の「レッド・ザ・グット・タイム・ロール」のスライドギターはエルモア・ジェームスバリだし・・・とにかくみんな若くて元気がある。
2002.07.30
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NHK教育番組でナスターシャ・キンスキー出演の「テス」を見てしまった。この映画はあたりでした。NHK教育番組のPRODUCTION NOTESを借りて「今のままでいて」で注目を集めたナスターシャが、恋人だったロマン・ポランスキー監督に起用されて、世界的な大スターへと飛躍した作品。「イングリッド・バーグマンの顔とブリジット・バルドーの肉体を持った’80年代最も有望なスター」と謳われた。作品自体も高い評価を受け、1979年のアカデミー撮影、美術、衣装デザイン賞。フランスのアカデミー賞ともいうべきセザール賞では作品、監督、撮影賞を獲得した。 男と女の愛憎劇なんだけど、この主人公の持つ気性の激しさ、弱さ、打算、いちづな愛、丸ごとひっくるめて素晴らしい作品でした。おかげで今日は少し寝不足が尾を引いてます。
2002.07.29
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今日は「デキシー・チキン」ではなくてハウリン・ウルフのカバー曲が入っている「ハウ・メニィ・モア・イヤーズ」のアルバム。「フォーテイ・フォー・ブルース」はハウリンの十八番。このアルバムでライク-ダーがスライドを弾いている。リトル・フィートの曲作りはとてもしゃれていて、ブルースを意識しなくても万人に愛される。リーダーのローウェル・ジョージのスライドも天下一品。ポップでありながら黒人音楽の要素も入っていながら、フォーク、ゴスペルも歌っている。日本では ローウェル・ジョージの協力がなかったら矢野顕子のアルバムはなかったかもしれない。サザン・オールスターズの桑田もリトル・フィートに初期のアルバムは影響を受けている。アルバムのジャケツトも個性的です。
2002.07.28
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72年録音「I feel so bad」シカゴ・ブルースのギター職人エディ・テイラー。僕はこの人の声とギターが大好きだ。ジミーリードを支えるギタリストとしてリード、サイド、どれをとってもうなるブルースを聴かせてくれる。このアルバムはお買い得です。相模川 8:50~16:00 15cm~21cm 鮎19匹。やっと台風から解放されて鮎の夏がやってきた。釣りまくるぞ!
2002.07.27
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昨日偶然NHKで演奏している陽水を見つけてしまいました。「飾りじゃないのよ涙は」のアレンジがジャズになっていてしびれてしまいました。なんか陽水元気ですよね。マウント富士のロックコンサートにも出る予定になってたり、うれしい限りです。僕は陽水の声が特に好きです。そして曲。「妻がねじれた時」「マイハウス」極上のポップです。「少年時代」は古典になってしまいました。山口百恵に提供した「クレージー・ラブ」を聴くたびうーん陽水、良いなあ。少しおじさんしてるかも知れませんがこの曲はR&Bの名曲だと思います。
2002.07.26
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いまアルビンリーがどうしているのか知らないし、まったく興味もないのだけどロック&ブルースバンドとしていけてます。このアルバムは予想以上に拾い物でした。とにかくギターが上手です。そしてのりがいい。有名なウッドストックの「アイム・ゴーイング・ホーム」他「50.000マイルズ・ビニース・マイ・ブレイン」「チュ-チュ-・ママ」等々ロックン・ロールしているナンバー多数ありとにかく楽しい。
2002.07.25
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なんと言いましょうか。歳を取るに従って期待を裏切ってゆくロックアーチストが多い中でベックははるかに期待以上の音を出してくれる。やっぱ、ストラトキャスター万歳!マディ・ウオーターズの「ローリン・アンド・タンブリン」もやってくれちゃたりしてうれしいよお。バックにデジタルビートが使われるのは前作「フー・エルス」でもあったけどなんちゅうか単なるテクノぽいのとは次元が違うんだな。これが・・おじさんパワー侮るべからず!なんなんだ。この素晴らしさは、ちょっとべた褒めかな。
2002.07.24
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ウッド・ストックを見てからというもの夏にはサンタナが似合うと信じこんじまった。それも初期の暴力的ともいえるラテンのリズムに乗って弾きまくるカルロス・サンタナのギターとグレッグ・ローリーのキーボードが入っているアルバムに限る。初期のⅢアルバムまでにはその暑気払いのパワーがあると信じている。暑さに対してクーラーで乗り切るというのではなく、真正面からいどんでいくすがすがしさを感じる。「ソウル・サクリファイス」には特にそのパワーを感じてしまう。まさに圧倒的!拍手喝采!サンタナは「ブラツク・マジック・ウーマン」と「哀愁のヨーロッパ」だけじゃないと主張している曲です。
2002.07.22
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真夏にはジャズがよく似合う。暑気払いと似ていて迫力のある音を聴いて夏を乗り切ろう!この気持ちは非常によくわかる。大西順子は小柄だがその夏場を乗り切る迫力がある。ビアノの鍵盤を叩く力ずよさ。スイングする爽快感。エリントン、ミンガスのカバーも結構やっておりそれがまたいい。とにかく大好きなピアニストでありまーす。大西順子は1986年、ボストンのバークリー音楽院に学び、1989年、卒業後ニューヨークに移る。 アップタウンのオーキーズ(ライブハウス)の飛び入り演奏で認められ、1991年、ジョー・ヘンダーソンらと世界ツアーに参加。 1993年、デビュー・アルバム「WOW」を発売し、大ベストセラーとなる。1994年、ニューヨークの名門ジャズクラブ「ビレッジ・バンガード」に日本人初の自己グループを率いて一週間公演。スイングジヤーナル誌のジャズメン・オブ・ザ・イヤー、コンボ・オブ・ザ・イヤー、ピアノ・オブ・ザ・イヤーの4部門で4年連続第1位を獲得。聴衆を魅了する力強いピアノタッチとドライブ感は「格闘技」とも評される。 人気、実力共にナンバー1のジャズピアニストとして世界的を舞台に活躍中。アルバムは「WOW」 「CRUISIN’」「JUNKO ONISHI LIVE AT THE VILLAGE ANGUARD」 「JUNKO ONISHI LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD」 「 PIANO QUINTET SUITE」 「 PLAY,PIANO,PLAY」 等々これは何処の音楽紹介でも書いてあることです。その中でもやっぱり「WOW」 は秀逸です。かの寺島靖国も絶賛しているアルバムです。ピアノがスイングするとかっこいい―んです。
2002.07.21
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どうしても新幹線に乗ることが多い。そのため読書とウォークマンは手放せない。今回は「プロレス至近距離の真実」ミスター高橋の書いた本とつかこうへいの「つか版・女大学」を読んだ。つかさんは映画「ゴー」の主人公と同じ国に生まれた。しかし彼は「民族を意識した事はない、民族に目覚めた事はない、俺は韓国人を売り物にして賞を取らなかった」という名台詞を吐いて、「蒲田行進曲」を書いた。この「女大学」はとにかく女性を痛烈に愛する日記を書いていてとにかく笑わせる。ミスター高橋の本は新日本プロレスを愛する人なら是非読んで欲しい事柄がいっぱい書いてある。トランクに出世の色があるというのはとてもいい話だ。確かに猪木もハルク・ホーガンも色を持っていた。タイガー・ジェット・シーンの真面目さについてもこの本を読むまでは知らない事が一杯あった。箸の持ち方がうまい外国人は日本に早く溶け込もうというあかしだがら出世するというのは、なかなかの洞察力だ。閉じ込められた空間にいると、音楽も外の風景と溶け合ってとてもいい感じになる。今回はトム・ウエイツばっか聴いていたためか町が外国になってしまった。
2002.07.20
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陽水のファーストは衝撃的だった。陽水のレコードはMDになっても売れ続け、CMにも曲が度々流れすっかりメジャーになった。陽水は好きなので聴き続けているのだが、とうとう「カバー」まで出してしまった。ショッキングな事は何もおきないが「嵐を呼ぶ男」が楽しくてつい聞き惚れてしまった。今週の金曜まで大阪出張となります。
2002.07.16
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イーグルスもカバーした曲「オール55」で始まるこのメロディが流れる度、ロサンゼルスという街に行きたくなってしまう。デビューが1973年。その独特の嗄れ声で一回でも聴いたら絶対に忘れる事が出来ない歌唱力を持っている。ヴァン・ヘイレンもジェフ・ベックカバーしたジョン・ブリムのブルースの古典「アイスクリーム・マン」も歌っておりこのアルバムには深い味わいがある。まさにするめのようなファーストアルバム。たくさんのトム・ウェイツのアルバムを聴いたけど今だこのアルバムを越える出来にあっていない。古い壁紙の貼ってあるポスターを見てなんとなく安心するようなレトロさもかねそなえてます。
2002.07.14
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この小説はファンタージーだと龍本人も書いているがリアリティがある。「改革を行うためには基本的には法律を変えなくてはならない。教育に限らず、法律の改正という複雑な手続きを前提にしない空疎な議論が多すぎる」会社で言うとこの法律の部分が定款という事になろうが、今の日本の政治が、会社が死のうとしているならそこの部分を前提にして話していかないと結局何も変わらないと思う。この点は大賛成だ!幹が腐ってきているのに枝葉を補修しようという部分が多すぎると思うからだ。バブル崩壊しても、日本全体が今のままで何とかなるだろうとやってきた。金融、ゼネコン等々・・。無茶苦茶な税金を浪費しそれで救えたかといえば結局末期がんの患者に大量のステロイド剤を投与しただけのことだった。出口のない閉塞状態。インターネットが普及した時、たくさんの雇用が創出されるかと思ったが、一部の成功者を除いて、失業の増加を抑えるまでにはいたらなかった。ドラツガーが言うように、今の日本の状況は希望的にいえば明治維新の前兆のような状態かも知れない。日本人はある時今まで作ってきた価値感をあっさり捨て去る事をやってきた国民性を持っているからだ。しかし今の所は何もおこらない。龍は中学生の作った組織アスナロを通して、未来の日本に対する希望を創造しようとしていた。今の価値観に合わないものがあれば新たに作ってしまおう。究極が自分たちで貨幣を作ってしまおう。そして実際に作ってしまった。しかしそういった創造行為はひどく疲れるものだとポンチャンを通して語らせている。「安心できる物に囲まれて暮らすほうが平凡だけど幸福なのだとは思わない。ただ確かな事があるような気がした。それは無駄な事の繰り返しは俺たちを安心させる。しかし悲しい」この繰り返しが変革できない要因の一つである事は確かだろう。しかし、安心感だけでやっていたら国、会社、学校はつぶれてしまう。学校は「新興宗教や原理主義者たちのテロとか、核燃料の事故とか、あるいは将来僕たちが社会参加してゆくためにどうやってサバイバルしてゆくかという事まで含めて、普通学校というところはリスクを特定してくれて、そのリスクを管理するための訓練とか勉強を行うところだと思う」学校はどういうことを教えてゆくところだという事に関して龍は15歳の中学生に語らせる事で一つの答えを出している。その点にリアリティを感じ、自分の中・高時代を含めて足りなかったものをこのセリフは代弁してくれている。今を語っているがゆえにこの本はずっしりした重みを与えてくれる。
2002.07.13
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政治、会社、ありとあらゆる会議の世界について言える事。龍のこの本を読んでいて今最高に盛り上がっている長野の知事田中氏の脱ダム宣言を思い出した。個人的には治水以上に自然破壊を止めようとする脱ダム宣言は鮎釣をしている僕にとっては大賛成です。しかし抵抗勢力。既得権にしがみつく人達。この人達は脱ダムをやられると、途端に今まで約束していた金銭にまつわる部分においてつじつまが合わないことがでてくる。反対!は誰でも言える。危機意識がない人に限って想像力が不足している。だから未来を想定できない。日本の経済、会社、役員連中、全てにいえるのだが、上に立つ人間は以下の事が出来ていないとだれもホントのところでついていかない。うわべはへつらっているが本音はケッ!て言っている。「脱ダムをする事で、しないことでどれだけの被害が出て、誰の責任の下で、どのような対策を実際に実行していて、それがどのような効果を上げ、もし効果があがっていない場合にはどのような代案があり、対策の効果があがらず失敗した時は誰がどのような責任を取るのかということが常に明らかにされていない。意図的に明かされないのでなくイマジネーションが欠如しいるため常に曖昧に話され、最後まで断固たる決意でやってゆくのかということが、常に不足されたまま会議が進行してゆく」リーダーと呼べる人は実際のところすごーく少ないと思う。そうでなければ、日銀にしたって会社の役員にしたって、官僚にしたってもう少しましな行動を取っているはずだ。サラリーマンやっていると特にこの点が丸裸にされる。イマジネーションを働かせるというのは何も音楽、芸術の世界だけに限ったことではない。小説の世界だってそうであるように、イマジネーションは全ての人間界の中において非常に重要な物だ。特に会社において顕著であり、この欠如した人達がトップに付く事ほど不幸な事はない。危機意識がイマジネーションを作る。この本は、不登校を題材に扱っているに関わらず、会社の危機を救うにはどのような方法を取ったらいいのかという点も想像させてくれる。
2002.07.10
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テーマが、大蔵省の税制審議会が国債の利息や証券の売買に関する源泉税の撤廃について結論をだすとか出さないとかいった、事より、カミュとかジュネを論ずる事より、今の中学生が登校拒否をしている現実、中学生は今の日本に対して何かを目に見える形で訴えているのではないかという点に視点をむけパシュトゥーンで「日本は死んだ」と語るナマムギを中心にして出口を探そうとする龍の視点は今を語るパワーを感じる。闘いの世界に身を置く小説を書き続ける龍は閉塞状態の毒にも薬にもならない小説に対して常に「これでいいのか」を投げつける。龍本人も後書きで書いているように「私は中学生の反乱を通して、現代の日本社会の危機感と適応力のなさを示したかっただけで、中学生であれ、だれであれ、期待などしない」このくだりは考えされる。要はこの状態で「おい、お前達生き残れるのか」と読んでる読者に訴えかけられているようで耳が痛くなった。集団不登校は今や現実のものとなった。イジメも現実のものとなっている。学力偏重も今や空虚な物となっている。出口は何処にあるのかかつて「コインロッカーベイビーズ」でキクとアネモネに語らせたようにダチュラをもって生きている実感を取りもどそうとしたように、「生きる」とはなんなのか?その事を今目に見える形であらわしている中学生の不登校で問題定義をした龍は凄い。しかし本人もその結果を期待してはいない。そこに出口が見つからない闇が覗いている。
2002.07.03
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突然ですがゴスペルです。初めてこの人の名前を知ったのが17歳の時でした。高野悦子と言う人が「20歳の原点」と言う本を死後出した時、シンクレアールと言う京都のジャズ喫茶でマハリア・ジャクソンを聴いたというくだりが本の中に書かれていました。その時の高野悦子の本に衝撃を受けたのは言うまでも無い事なのですが、ゴスペルという音楽に、無性に興味をその時覚えたのでした。聴いた事のないジャンロだったからでしょう。高野悦子の苦悩が、癒される瞬間にマハリアの事が書かれていたからかもしれません。そして初めてこの人の音楽を聴いた時あまりの声量の凄さと歌の持つ力に打ちのめされて、ゴスペルって凄い。エルビィスが誉めるだけの事はあるとうなづいたものでした。キリストについて書かれた歌が多いのですが、なんというか神にちかずこうとする音楽ってのは心が洗われる気がします。お勧めは「ニューポート1958」。マハリアの躍動がライブで伝わってきますよ。
2002.07.01
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