2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全21件 (21件中 1-21件目)
1
わが子達は2人とも小学生。この春ようやく一段落ついて、私自身の暮らしや生き方を省みることが出来るようになってきた。今日、友人ともうすぐ3歳になるSちゃんとお出かけをした。電車のターミナル駅まで行って、目的の買い物をして、食事をして、帰りに途中下車して大きな公園と博物館(のようなところ)に行こう、と計画を立てた。レストランで、途中下車した公園のなかで、幾度となく気に入らないことがあったようで、Sちゃんはそのたびに地面にひれ伏して自己主張。自分の子だったら、"イラッ"としてしまっただろうに、人の子という適度な距離感からか、全然腹が立たなかった。それどころか、なつかしいなぁ、かわいいなぁとさえ思えた。本人は必死で怒っているのにね。一度は、気を紛らそうとして言った言葉で、余計に怒らせてしまった。(あはは、ごめんよー)うちの子は2歳違いなので、上の子が3歳近い頃には下の子もいてこんなにゆっくり付き合えなかったし、下の子が3歳近い頃には、上の子の幼稚園の送り迎えで時間が束縛され、やはりゆっくり付き合えなかった。上の子が2歳半、下の子が6ヶ月の頃が一番しんどかった。ゆっくりじっくり付き合う余裕もなく、イライライライラしていた。何も自分のペースで出来やしない。2人を乗せて自転車を漕いでいるか、車を運転しているとき以外は。自分の身なりなんて、全く構ってられなかったし、いつまでこの日々が続くのか、ばかり考えていた。甘えたでわたしから離れない上の子を3年保育にしようと考えたのも、このままイライラしている母と共に丸1日過ごすより、ちょっとでも離してわたしの気分転換をする方が、彼のためにはいいんじゃないかと思ったからだ。実際、そうだったし。上の子を幼稚園に入れても、卒園するまで、両腕に二人を抱っこする日々は続いた。けれど、一人でもいないという貴重な時間のおかげで、また幼稚園の先生方や先輩お母さん方の温かい眼差しに、ずいぶん気が楽になっていたのだろう。子どもの成長と共に。公園からの帰り、疲れと眠気もあったSちゃんは、抱っこもいや、降りても歩かない状態になってしまった。友人もわたしも小学1年生が帰る時間が気になっていた。友人に「無理やり抱っこして泣かせてもいい?」と許可を得てから、無理やり抱っこ!いやなことして、ごめんよー。許してー。暴れる暴れる!負けるかー!それでも、なんだか、かわいいのよねー。途中で交代したりしながら、やっとのことで駅にホームに連れて行くことが出来た。涼しい電車に乗って座席に横になると、間もなく眠ってしまった。よく頑張ったなぁー。わたしも今でこそ、悠々自適に日々を過ごせているけれど、必死に子供に体当たりしていた時期もあったのよね。そんなことを思い出せて、感謝な時でした。子育て一段落終った、のではなくて、まだまだ周りに子供がいるわよー!できる事をしていこう。
2004.06.29
コメント(6)
今日は仕事日。暇だった。でも、待つのも仕事のうち。作業をしている間だけが仕事ではない、と、自分に言い聞かせ、間の時間を耐え忍んだ。必要なときに、確実に作業していく。それを求めてくる人のために。それにしても、暇すぎて、どっと疲れた。
2004.06.28
コメント(0)
自分ひとりで、平和を願っていたって、祈っていたって、本当に平和なんか来るのかと思っていた。毎日のように報道される戦争のこと、人質のこと、捕虜虐待のこと、民間の人を巻き込むことを承知で実行される空爆・・・。この国に限らない。過去何千年と続いてきた膨大な数の様々な戦争。人類の歴史で何十億人もの人々が犠牲になってきたという。一人一人には生活があったし家族も友人もある。突然引き裂かれるのだ。ニュースを見聞きするたびに、言葉にならない悲しみに襲われ、人間のすることの愚かさを感じている。ただ、無力な自分に失望し、涙を流し、嘆くだけだった。なぜ?!何のために?!今日の礼拝メッセージは、戦争の話から始まった。話が始まって間もなく、涙が溢れ出る共に身体が震え手足の力が抜けていった。魂が震えていた。今まで漠然と感じていたことが、意味整然と牧師の口からの言葉となって、魂を揺さぶった。礼拝終了後も、しばらく立つことができなかった。戦争は、決して国と国の間にだけあるのではない。一人一人の中にまず平和をつくることが大事なんじゃないかと。一人一人の心に平和があったら、戦争はなくなる。人間が自分の心を治めている限りは、心の中の戦争はなくならない。人間が国を治めている間は、国と国との戦争も・・・。人間が正しく善悪を判断できるのか。人間の支配の"終わりの日"には、平和が来る。クリスチャンは、自分で心を支配することを手放し、神様に全てをゆだねるとき、心の平安が与えられる。心に平安がある人と人の間には平和がある。まずは一人一人の平和。家族と、友人と、ご近所の人と、買い物で出会った人と、道ですれ違った人と、車の運転中に目を見て合図をした人と、それぞれの間にまず平和をつくることが出来たら・・・。各地の生協をつないでの"ピースリレー2004"が5月7日に東京を出発し広島、長崎を目指して日々行進している。わたしも生協の委員の一人として役割が回ってきた。リレー参加は今年初めてだし、型どおりするだけなのだけれど、こんなことをしても平和なんて来るのかなという戸惑いがあったし、心をこめてするのは無理かもと思っていた。しぶしぶ引き受けたものの、あまり気乗りがしなかった。けれど、今日平和の本質がわかった。遠く離れた国のことだけじゃない。自分自身の心の中にあるもの。ピースリレーでの役目に対しての、心が備えられた。ハレルヤ!いよいよ今週。元気に参加できそうです。「平和を作り出す人たちは、さいわいである。 彼らは神の子と呼ばれるであろう。」マタイによる福音書5:9わたしは心から平和を望む。
2004.06.27
コメント(0)
母から電話があった。久しぶりだ。普段わたしの方から電話をかけることはめったにない、よっぽどの用事でもなければ。それすら、親に頼りたくないと強がっているので、めったにない。どうしてもすがりついたのは、4年ほど前、娘が喘息で入院したときぐらいかも。母からの電話だとわかると、いつも何を話そうか、緊張する。でも不思議と、今日は心穏やかに話を聞き、話をすることが出来た。以前とは何かが変わりつつあるのかも。母の日に思うという日記に書いたように、わたしの心の奥底には、長年自分でも気づかなかったわだかまりがあって、1年ほど前に掘り起こされた。それ以来心の葛藤からか、母と対面したり話したりするのに構えてしまうのだ。それなのに、不思議と。母の口調も、いつになく穏やかだった、ように感じた。ただ、話をしていて自分の言った言葉が、後からむしょうに心に引っ掛かった。母のことを、一瞬、躊躇しながらも「あなた」と。後から思うと、なんて冷たい娘なんだろう。子供に「お母さん」って呼んでもらえない母親は、なんて寂しく悲しいだろう。なんてことを言ってしまったんだろう。なんで素直に「お母さん」って呼べないんだろう。わだかまりの根は、深そうだ。-----関係ないけれど、今日、市議会の議会運営委員会で「議会場に日の丸を掲揚する」ことが、採決されたそうです。(26日の新聞記事にも小さく載っていたね)
2004.06.25
コメント(2)
子供と話をしていると「大きくなったら・・・。」という話がよくでてくる。わたしも、子供のころは「大きくなったら・・・。」ということをよく考えていたのだろう。いざ大きくなって、就職したり結婚したり出産したりということをくぐりぬけていくにつれ、「大きくなったら・・・。」なんて思いもしなくなっていた。もちろん、大人はこれ以上からだが大きくなることはないだろう。毎日どんどん目の前に現れる物事に対処するのが精一杯の生活になってくる。あるとき、子供に「お母さんは大きくなったら、何になりたい?」と訊かれた。思わぬ質問に「そうねー。」とごまかしながら、「絵を書く人。」と答えた。子供にとっては、将来とは大きくなることなんだ。きっと、からだに限らず。では、からだが大きくならない大人には、将来はないのか?そんなことはないだろう。この会話がきっかけになって、自分の将来の夢について目を向けることが出来た。夢を持つこと。それ以来、ああなりたい、こうなりたいと、夢がいっぱい沸いてくる。いつ実現するかは、わからないけれど、夢を持ち続けていると、実現しそうな気もする。そう気づくと、なんだかうきうきしてきた。いくつになっても、死ぬ間際でも、夢を持っていられたらいいだろうなぁ。
2004.06.24
コメント(0)
親しい友人たちと、そんな話になった。いろいろな視点からの意見があった。・トラブルや、中傷などの書き込みが怖い。・あれしたこれした、って言うだけの日記はほかの人が読んで面白いのかなぁ。・日記や詩などの感想が書いてあると、嬉しくなる。・個人的な日記と、どう違うん?・キーボードで書くほうが手っ取り早い。・・・わたしもいざHPを持とうかと考え出した頃は、いろんなことを考えて随分悩んだ。始めは、一つの掲示板だけを借りていた。掲示板群があって一人の管理人さんが管理していた。アパートのように。そこで、日々の思いを、また、社会の出来事、内面の葛藤、講演会の感想などを気のむくままに書いていた。ときどきそれらに対して感想を書き込んでもらうと、とても嬉しかった。知っているハンドルネームの人ばかりだった。何人かの友人がHPを持っていることは知っていたし、そこには随分お邪魔した。それで満足だった。けれど、あるとき、「もっと多くの人が見るところでHPをつくってみたら?」という、思いがけない一言をかけられた。悩んだよ。ネットでの人のつながりの広がりは魅力的。でも、わたしの考えに反感を持つ人も多いはず。トラブルに巻き込まれるのも怖い。けれど、作ってみようかなという思いは、なくなるどころかどんどん強くなってきてしまった。子供の幼稚園を通じて、また数年間の生協活動などを通して、学んだこと、気づかされたことを多くの人と共有したい。楽天なら簡単と言うのも聞いていた。つくってみて、駄目なら辞めればいいや!と思い、ある日とうとう作成しちゃった。始めのうちは、何を書いていいやら。試行錯誤で書いては消し、書いては修正し・・・。1年経つ頃にやっと自分の中で、こんな感じかな、というものが出来てきたように思う。専門家ではないので、ほかの人がどのように観ているかは、全くわからないけどね。今、このHPを通して願うことは、こんなところでしょうか。・読んでくださる人が、"ほっ"としてくれたらいいな。・希望をもって生きることの喜びが伝わればいいな。 (日々、悩み困惑しつつも・・・)・生活や社会について、自己主張するのではなく、あなたはどう思う?と、考えるきっかけのひとつになれば いいな。・"詩"をとおして、何か感じてくれたらとっても嬉しい。なぁ~んて、理想ですよ、理想。今の。日記と言うより、エッセイを目指してはいるんですがね。さて、ほかの人は(神様は)どう感じていらっしゃるのかな。まだどんどん変わっていくかもね。いつまで続けられるかな。でも、何をすべきか、優先順位を見誤らないように・・・。
2004.06.22
コメント(14)
子供たちのことではありません。今日は朝7時現在で"暴風警報"が出ていたようで、学校は休校になりました。(朝からテレビを見ていたのに、警報を見逃し、"注意報"だけだと思って学校に行く支度をさせていた。友人から電話があって、警報が出ていたと知りました。見逃した自分にショック・・・)でも、今日は仕事の日。午前中だけとはいえ、子どもたちに留守番をさせなくてはならない。1時間ぐらいなら留守番したことはあるが、長ければ3時間半。少々不安だったが、「夏休みは仕事のときお留守番する。」と言っていた子供たちを信じることにし、いつもどおり仕事に出かけた。注意事項をいくつか。テレビ見たりパソコンしたりして、だらだらしてたらあかんよ。仕事場の電話番号。どうしても、帰ってくるまで待てない用事があったら、かけてね。何かあったら、2件隣の友達のうちか管理人さんに言ってね。警察の電話番号知ってるね。玄関のチャイムが鳴っても、出なくていいからね。電話は、誰からか聞いておいてね。おなかすいたら、食パンをトースターで焼いて食べてね。お茶は水筒にあるし。さいわい、台風のせいで仕事もさほど忙しくなく、1時間ちょっと早く帰らせてもらえた。職場の皆さんが気遣ってくれたのが嬉しかった。行くときには風も雨もほとんどなかったが、帰るときには雨も降って時々突風のように強い風が吹いた。それを見越して歩いて行っていたので、無事に帰りついた。帰ったら、二人で結構仲良く過ごしていたようで、おなかが減ってパンを焼こうとしていたところだった。良かった。この分なら、夏休みも大丈夫かな。夕方、風と雨が少しましになった頃、丸一日家にいたであろう数人の子供たちが家の前の公園に出てきた。雨の中、野球をやっている。台風の余韻の風を身体いっぱいに受けながら。元気だなぁ。今日は夏至。7時ごろ外を見たら、空がオレンジ色になっていた。西の空を見ると、"今日は夏至なんだよ!"といっているようなオレンジ色の太陽が。ふと南東の空に目を移すと、台風の名残の雲にかかる虹。きれい・・・。またしばらくすると、再び雲が空いっぱいにかかっていた。
2004.06.21
コメント(6)
以前母の日に思うことを書き記したので、公平を期して父の日に思うことも書いてみる。父といえば、わたしの父、主人の父、父としての主人、そして天の父(神様)が思い浮かぶ。それぞれについて細かく書くことは出来ないので、わたしの父について。父は、無口だった。今でも無口だ。余計なことは言わない。車の運転免許を取ったときには、「お父さんが許可を出すまでは、一人で乗るな。」結婚を決めるときには、「もっといろいろな人と付き合ってからにしろ。」結婚後わたしがフルタイムで、土日のシフトも入れて働き出したときには、「家族との時間が少なくなる。」激しく怒られた記憶はない。小学生頃までは、毎年海へ家族旅行に連れて行ってくれた。家族が集まることを最大の楽しみにしている。もちろん、私自身思春期の反発もあった。いったい何を考えているのかわからなかった。そして何年もそんな感情を引きずっていた。きつい冗談を言うことが多かった。それが普通だと思っていたが、結婚後、主人にそれがかなり人を傷つけていたかもしれないことを教わった。ミッション系の高校大学を卒業した父が、小3の頃にわたしを、近所の教会の日曜学校に通わせた。父が通っていたわけではないが、子供にいいだろうと思ったのだろう。そして数十年経ち、わたしは子供たちを教会附属の幼稚園に通わせ、気がつけば自分自身がクリスチャンになっていた。不思議だなぁ。語り合うことはなかったけれど、ずっと見守ってくれたのだと、今になって感じる。そして、思春期から抱いていた反発やイライラも、いつの間にか消えていた。口に出すのは恥ずかしいが、感謝している。-----夜、あるテレビ番組を観た。ローマ法王のヨハネ・パウロ2世の言葉が印象に残った。「神の名において殺すなかれ。平和はつくるもの。」
2004.06.20
コメント(0)
昨日のこと。以前から娘の口から名前が出ていた友達が、初めてうちに遊びに来た。どんな子かなとわくわくしながら出迎えた。いくら、先入観とか色眼鏡はいけないと頭ではわかっていても、第一印象というのは与えられてしまうものだ。まず彼女の首から下げられていた携帯電話に目がいった。(1年なのに、携帯もってる・・・どんな家庭の子だろう)家に上がるときに黙って入った。話してみると、かわいいしぐさ話し方の子。生意気なことを言うわけでもない。正直、すこしほっとした。夕方食事の支度をしながら、「○○さん、何時まで遊んでいいの?」と訪ねると、「7時。お母さんと約束した。」途中幾度か時間を気にしていた。そして幾度か「ちょっと失礼。」といって離れた部屋に入り、携帯で何かをしていた。「7時までに帰ったらいいの?」「違う、"7時に"帰る。」(そ、そんな、言い切ってもらったって・・・)「うちはもうそろそろ(6時過ぎていたので)夕ご飯やねん。暗くなるし、そろそろ帰ったら?」「7時に帰るの。」(・・・・・)結局、7時になってその子が帰る気になるまで、夕食の配膳が出来なかった。たまたま昨日は夜8時からわたしが自治会の会議に顔を出さなくてはならない予定だったので、いらいらしてしまった。いくら日が長くなってきた今日この頃と言えども、昨日は曇っていて既に薄暗かった。数日前には近所で強盗未遂傷害事件があったばかりだ。さらに、帰りしなに彼女は「いつ泊まれるん?」と訊いてきた。「え?泊まるん?おうちの人に聞いてみないと・・・。」「お母さんは、何でも『いいよ、いいよ』って言うねん。」「でもさあ、直接お話しないと・・・。」「じゃあ、はい!」(と言って、携帯を差し出してくれた。こちらも、たじたじだ)その子やその子の家庭がいいとか悪いとかではなく、あまりにも理解できなくて、どうしていいものかわからなかった。うちの門限(友達のうちは6時)は、早すぎる?遊びに来た子に我が家を合わせなくてもいいとは思いつつ、帰る気にさせるためにどうしたらいい?怒って追い出すのもなんだし・・・。「また明日ねー。(土曜日だよー)」彼女が帰った後も。心の中にもやもやしたものを抱いてしまった。笑顔ではにかみ、CMソングなどを上手にキーボードで弾き、シャボン玉ではしゃぐ、かわいい子なのに。
2004.06.19
コメント(8)
結局、昨日の議会運営委員会で議論され、昨日の採決は見送られたようです。21日の本会議後、議会運営委員会が開かれ審議される模様。継続審議に持ち込むことが可能になったそうです。十分に論議して欲しいです。
2004.06.18
コメント(0)
今朝、ベーコン&チーズ入りのパンを焼きたくて、昨夜から材料を量り準備をしていた。具入りのパンは、タイマーセットできないため、3時に起きてスイッチを入れ、30分ほど経って具入れブザーが鳴ったら具を入れてまた寝ようと計画した。朝にはほっかほかのベーコンチーズ入りパン!のはずだった。いいにおいで目覚める。ホームベーカリーをのぞくと、なんだか小さい。ふと思い出した。「イースト(パン種)を入れ忘れた!!!」仕方なく、初めて作った種無しパンを朝食に・・・。味はおいしかったが、やたら噛み応えのあるパン。はぁ~、しっぱいしっぱい。娘が「パンは全部おいしいよ。」「失敗は成功の元だよ。」と慰めてくれる。やたら大人っぽいことを言ってくれる、小1の娘に元気が出ました。
2004.06.17
コメント(2)
明日、某市議会では、議会場に日の丸を掲揚するという議案が議会運営委員会で採決されるらしい。6月1日に議案として提出され、明日決定される見込みらしい。初めてこの事を聞いたときには、日本に属する市の議会なんだから、市旗と一緒に掲げたら?でも、なぜ今ごろそんなことを言いだすんだろうぐらいにしか感じていなかった。しかし、掲揚反対の意見を聞くと、なるほどなぁと思う。日の丸の下に過去行われてきたことを考えると、日の丸掲揚というのは思想、良心及び信条の自由、表現の自由、などの侵害にあたるという。日の丸にある種の抵抗感を持つ人にとって、議場でそれを見上げながら論議するということは似て以降を覚えるのかもしれない。議場は、色々な思想信条信仰をもつ人たちが自由に意見を述べられなければならないところだから。問題は、とくに報道もなく市民にほとんど知らされていないということだ。議会なんて遠い世界のことと感じるわたしたちにとっては、どちらでもいいことなのかもしれない。けれど、そこで市民の権利を守ろうと議論している人たちにとっては重大なことになりうる。なぜ今。有事関連7法案も成立した。多国籍軍にも参加する。非戦闘地域で。多国籍軍の指令を拒否できる、日本独自の指令系統で。武力攻撃はしない。自分たちはそう思っていても、外から見れば明らかに多国籍軍の一員だ。武器も備えている。言いようのない不安。どのようにして国を守っていくのか。どのようにして人道支援していくのか。おそらくこのまま、採択されるのだろう。平和を祈るのみ。
2004.06.16
コメント(4)
日曜日がやってきた。毎週のこと。毎週ちょっとした心の葛藤がある、日曜の朝。今日、礼拝に行ってもいいかなぁ?最近家族で遊びに行く時間とってないなぁ。今日は梅雨の晴れ間、爽やかでいい天気。今日家族で行楽すれば、また来週からしばらく礼拝に出られるな。今日はお手伝いもないし。心の中の問答。で、朝から「今日どうする?」と提案。本当は昨日から決めておきたかったが、主人は試合で丸一日居なかったのだ。夜は疲れきっていたし。「どっか行くー。」と子供の声。「どこ?こないだ言ってた、関西サイクルスポーツセンターは?Sちゃんも自転車に乗れるようになったし。」「行くー。サイクルジェットコースター乗りたい」」「いやー。どっか、キッズパスポートに載っている所!」ここでも攻防だ。キッズパスポートというのは、大阪府の小学生に配られている冊子で、親子で遊びに学びに行ける施設の紹介と、スタンプを集めたら10個ごとにプレゼント(シール)がもらえるというもの。昨年から始まった制度で、小3の息子は昨年来スタンプを集めまくっていた。小1の娘はそれを見ながら、自分も1年になったら貰えると楽しみにしていたのだろう。そして先週末、とうとう学校から貰ってきた。さっそくスタンプを押してもらいたかったのだ。さぁ、ここから子供たちの攻防。行き先が決まらない。主人が娘に「教会に行って心を静めてきたら。」なんてことを言い「慈しみ深き」を鼻歌のように歌いだす。内心、教会に行ってもいいの?でもせっかく家族でどこかに行こうという気分になっているのに、と思う。しばらく言い合いをして・・・結局りんくうタウンに行くことになった。「ジェットコースター!」とのたまう息子。やれやれ、やっと決まった。お茶の用意だけして、お弁当はどこかで買おう。りんくう公園は海と山と橋と飛行機と電車とが見え、心地よい海風に吹かれてゆったりしたときを過ごせた。住んでいる街とは空の青さが違うように思えた。この心地よいひとときに感謝しつつ。昼食後りんくうパパラへ行ったが、遊園地の人ごみと、遊具に乗っている子供を見ていたのとで、気分が悪くなり頭痛がしてきた。りんくうプレミアムアウトレットモールにも初めて行ってみた。普段ブランド物には縁がない生活をしているので、ウインドウショッピングだけ。ただ、普段用の腕時計が欲しいなと思っていたので、CITIZENとG-SHOCKの店に入ってみた。片落ちとはいえ、この値段!ゆっくり探して買いたかったが、子供たちにはつまらない。主人もわたしも疲れていたのもあって、子供たちの帰りたいコールにおされて、帰路に着いた。帰り道は渋滞。やっとの思いで家に着き、ぐったり。夕食は、簡単そうめん。お土産は、あれこれ言いつつも家族で一緒に過ごした時間と、ひどい頭痛だった。(次の日の午前中続いた)
2004.06.13
コメント(2)
メインの講演に先立って、ピースリレー2004(5月7日東京出発~8月6日広島へ、8月9日長崎へ)を実際に歩いてこられた方の話があった。今年ピースリレー2004年に自費で(約45万円)東京から約90日リレーコースを全部歩く22歳の青年K君という人がいるそうだ。彼はイラクで拘束された高遠さんの知人だそうで、彼の話として高父さんの活動紹介があった。彼女はイラクの、親を亡くした子供たち、ストリートチルドレン(麻薬、窃盗、殺人までも)を集めて、食材をもってきて一緒に食事を作る活動をしていた。子供たちは地域の大人からも見放され、食べ物にももちろん飢えているが愛情に飢えていた。そんな子供たちが、その活動を通じて高遠さんのことを「お母さん」と呼ぶようになっていたという。国は人道支援の名目で自衛隊派遣をしたが、本当の人道支援とはこういう草の根の活動なのではないか、という話だった。さて、本題の大原穣子さんというドラマなどの方言指導のお仕事をされている方。彼女は仕事のかたわら、方言指導の仲間の方と共に、日本国憲法を方言で言い換えるという活動をされている。冒頭の、「憲法は本棚に飾っておくものではなく戸棚にしまっておくものでもなく、くらしにとってもかかわりの深いものなんです。」という彼女のことばが印象的だった。堅苦しい条文を観ても読む気もしないし、また読んでみても意味がすっとわかりにくい、じゃそれぞれの地方のことばに直してみようと、活動を始められ、本やCDも作成されている。始めに憲法11条(基本的人権の尊重)を広島弁で、憲法24条(個人の尊厳、両性の平等)を大阪弁で、憲法25条(生存権)を京都弁で話してくださった。続いて方言とは。その土地で生活と共にずーっと受け継がれてきた大切な文化、遺産だということ。母の胎内にいるうちから聞いていて、生活の中で周りの人々に話し掛けられて12歳頃までに身につくことばがその人の母語だという。ただテレビが普及した現在は、その大切な方言はドラマの中でしか残っていない。第2次世界大戦に日本が負けてできた「新しい憲法の話」を学校で教わったときの新鮮な喜び。(このときに、まるっきり違う価値観を教える側として三浦綾子さんがいらしたことを思い出す)終戦50余年、他国に責められず、国の名によって人を殺したことがないのはこの憲法(第9条)のおかげだという。憲法9条は日本の国だけのものではなく、世界の国々の人々のためのものであるという。EC憲法にこの9条の内容を盛り込みたいとイタリアの首相が発言したそうだ。憲法については、20年以上も昔、学校で大事なところを読んだ覚えはあるけれど・・・。今、憲法改正(改悪?)論が湧き上がっているが、今ある憲法がいったい何をいおうとしているのか、どれだけ暮らしに関わっているものなのか、知っておかなくてはならないと思った。
2004.06.12
コメント(4)
総代会は、生協組合員による最高意思決定機関。年に一度、組合員の代表である総代による議決が行われる。朝9時半受付10時開始。予定終了時刻は13時。でも途中、ごちゃごちゃあって、昨年より荒れ模様。30分遅れた。13時終了予定だったので、昼食休憩なし。お茶、トイレ休憩の為の5分の休憩も取らずにぶっ続け。最後の採決の頃には、みんな思考回路がちゃんと作動していなかったんじゃないだろうか。いよいよ採決の時にはほっとしたもんだ。14時から子供会の定例会があるので、帰りに昼食用のパンを買って、子ども会定例会に持ち込む。17時過ぎまで話し合い。議題は、先週のミニスポーツフェスティバルの反省と7月の夏祭り子供会ブースについて。17時半に共同購入の受け取りをして、そこから夕食準備。かなり疲れているけれど、休んでいる間はない。子供会定例会って、どうして毎度毎度こんなにだらだら時間がかかるんだろう。一応議長進行係のわたしがうまく進めていないんだろうなぁ。子供たちと接するのは楽しいんだけれど、役員の話し合いって、苦手・・・。あぁ、疲れた。
2004.06.10
コメント(2)
子供たちが卒園した幼稚園の母の会恒例の講演会があった。卒園した後も、講演会に行きたくて、ずうずうしくも情報を頂き、出席した。園に入ったとたん、懐かしい顔、顔、顔。先生方やお母さんたち。子供たちも日焼けして一回り成長を感じた。ああ!ここってなんて居心地がいいんだろう!(まだ、知っている顔が多いからかもしれないが)講演会は礼拝をもって始められた。黙祷、賛美、聖書朗読。今日の聖書箇所は、「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くのである。」コリント人への第2の手紙 4:18その後、母達の有志のゴスペルコーラスグループ・グレイスによる賛美。3月まであの中で歌っていたんだなぁ。4月からは新メンバーがたくさん参加しているので、半分以上は知らない方だったが、歌っている声、表情、それを聞き涙する人たち、そのどれにも魂が揺さぶられ、知らぬ間に涙が溢れそうになっていた。みんな、ありがとう。さて、本題の講演会はいよいよ開始。主観も入れながらまとめてみようと思う。絵本はもともと子供のためのもの。古い絵本「かしこいビル(1926年)」「ピーターラビット」などももともとは大人から親しい子供への絵手紙だった。「絵本」は、目的を持って読むものではない。楽しむためのもの、そして、コミュニケーションの手段の一つである。しいて言えば、"絵本にしかできないこと"は、ある。それは"絵を読む"ということ。そしてそれは、字が読めるようになってからでは出来ない、大人にはできないこと。子供にとって絵本とは、表紙から裏表紙まで丸まるが絵本。決して、中の話の始まりから終わりまで、だけの絵本ではない。たとえば、「11匹のねこ」シリーズで、表表紙に猫が11匹描かれているのは2冊だけ。後は10匹しかいないことに、子どもはちゃんと気づく。後の一匹は・・・裏表紙にちゃんといる。(知らなかった・・・)字の読めない子供は、耳からことばを聴きながら"絵を読む"ことで、主人公になれる。主人公と喜怒哀楽を共にできる。それは、人の気持ちがわかる心が育つことにつながっていく。これは字の読めない、この時期にしかできないこと。字が読めるようになると、失ってしまう世界。字が読めるという目に見えるものを得たために、主人公とともに喜怒哀楽を味わうという、目に見えないものを失ってしまう。なのに、周囲の大人は、字が早く読めるようになることをいいことと思い、早く覚えさせようとしている。字が読める子供は、絵本(のお話)を読んでいるのではなくて、字を追っているだけ。子供は知識欲があるから、字を追いたがることも自然なこと。そういう時期もある。けれど、小学生になっても中学生になっても(何歳になっても)本を読んであげて欲しい。人間は、目に見える便利さを得て、目に見えないいろいろなものを失ってきた。現代社会には、心を病んでいる人が多い。心の問題はもっと見えない。目に見えないところに目を注がなければ。本離れの原因にはテレビとインターネット。テレビをなくすことはもう出来ないだろうが、付き合い方は各家庭できちんとルールを作るべき。ネット社会で、情報量が溢れている。けれど、選ぶことは難しい。(少年による痛ましい事件に関して)評論家の意見もあれこれ見聞きするが、それらを証明できるものは何もない。子供は自分で情報をコントロールできない。それをしてやるのは親、あるいは周りの大人の責任。長く読み継がれる絵本は子供が選んできたもの。大人がいいだろうと思うものを子供は裏切るもの。(これぐらいの年齢の子にいいだろうと思うと赤ちゃんが喜んだり)子供によいもの(絵本)を出会わせる人が必要。親や大人の責任。ベストセラー絵本に共通するものがある。それは「行って冒険して帰ってくるもの」冒険してハラハラ子ながらも帰ってくることで安心できる。何回も読んでほしがる。ドキドキするけど、かえって来れることを知っているから。大人には、知っている話を何度も読んで欲しい、ということは出来ない。子供は、安心できる結末の話を、安心できる人の声で安心できる人のひざで読んでもらっていると、とても幸せなんだ。-----お話の途中で、実際に絵本を読んでくださった。ほかにも絵本こぼれ話と共に紹介してくださった絵本があった。「かしこいビル」(わかりやすい、ありえない話、楽しい)「100万匹のねこ」「ちいさいおうち」「もりのなか」(行きし帰りしものの絵本の真髄!)「こぐまちゃんのほっとけーき」(実は最後のページの話は原作と差し替えられていた!)「かえるがみえる」「わにが わになる」「11匹のねこシリーズ」「はなのすきなうし」(思わず買っちゃった!)「わたしのワンピース」(作者は、子供が描くような絵を書くために1ページのために100枚づつ絵を描いて、その中から子供が一番描きそうな絵を選んでいった)帰りに絵本販売があって、どれもこれも買いたくなった。1冊にとどめたけれど。
2004.06.09
コメント(8)
ダイヤモンドは高価だ。希少価値がある。なぜか。ダイヤモンドが出来あがるには、厳格な条件が必要だ。何百度もの高温。地下何千メートルもの高圧。長い年月。(どれくらいのスケールか、忘れた)地か深いところから原石を掘るのもたくさんのエネルギーが必要。やっとのことで掘り起こした原石が輝くダイヤモンドになるには原石に合ったカットで丹念に磨かれなければならない。それらの厳しい条件があったときにやっと出来上がる。それらの条件下にあるとき、ダイヤはどう思うだろう。「ああ、飛び切り綺麗なダイヤモンドになれる!」と、喜んでいるのではないか。昨日の礼拝メッセージでこんな話を聞いた。人が厳しい試練にあっているとき、こう思えるだろうか。この試練を潜り抜けたら、自分が磨かれ、ぴかぴかの姿になれる!「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」 1コリント 10:13 どんな状況にあっても喜んでいられるだろうか。そうなれればいいなと思う。
2004.06.07
コメント(10)
何気なく娘の髪の間に見つけた白い粒。よく見るとたくさんある。よく髪を掻き分けてみると、なにやら動くものが。指ではさんで摘み取ってみる。こ、これは"頭ジラミ"!図鑑で調べると、全くその通りの形。毎日家族4人で寝ているので、息子の頭も見ると、いた!卵はあまりないようだ。あしたさっそく薬を買ってきて、駆除しなければ!何となくわたしの頭も痒いような・・。
2004.06.06
コメント(2)
4月から準備を進めてきたスポーツフェスティバル。去年までの場所が使えず、今年はマンション前の公園を使うことになった。公園といっても運動場のように広い場所はなく、真ん中に大きな木がありそれを囲むように同心円状にレンガが敷いてある。公園の周囲に遊具があって、土の所もある。その地形を生かした競技を考えてきた。子供たちのアイデアで同心円を使ってボール3つの転がしドッジボール。(外野と内野)学年ごとと大人の大縄跳び。ダンボールの中に入って這うキャタピラリレー。幼児パン取り競争。パン食い障害リレー。今年は5月から雨が多くて天気が心配だったが、当日は晴れて暑かった。一応雨天メニューも考えていたが、週間天気予報で何とかいけそうだとわかって、細部は詰めないでいた。細かく段取りや大人の役割分担を考えていたので、進行も順調。店と設営や大縄回しなど、お父さんたちの手伝いもあった。競技が進んでいくと、高学年の子供たちが「なんかお手伝いしたい。」と言いに来てくれた。とても嬉しかったので、急遽、幼児パン取り競争のパンをぶら下げる棒を持ってもらい、パンの補充もしてもらうことにした。こんなに自分から喜んでお手伝いしてくれるんなら、大人の(役員以外の)お手伝いを頼まなくてもよかったな。もっと子供を使ったほうがいいと思った。高学年の子供たちは、学校での縦割り行事が多いおかげなのか、手伝いや低学年の子達の面倒を見ることに抵抗はないようだ。スケジュールは順調に進み、盛り上がるところは盛り上がったように感じた。リレーでは、低学年のおっとりした子が遅かったので、声を荒げる子もいたが。最後に[楽しかった?」と訊くと、「うん!」という返事の中に「面白くなかった~。」という声もあったにはあったが、仕方ないかな。また今度楽しんでね。出来れば、どんなのだったら楽しいのか教えてもらいたいな。ま、怪我人もなく終れて、役員としてはほっとした。子供会員数58名中、申し込み57名、当日参加55名という出席率。みんな楽しみにしてくれているんだなぁ、と思うと元気が出てくる。子ども会の行事は大人が中心に内容を決めているが、もっともっと子供たちと一緒に考え、進めていきたいと、改めて思った。そして、大人たちだけで考えているより子供たちも一緒に考えた方が、楽しそうな気がする。何より、近所の子供たちと顔見知りになれるのが嬉しい。中には、会うたびに挨拶をしてくれる子もいる。嬉しいよー。また、子供たちとの壁新聞作りと次の行事に向って、元気を出そう!-----夕方は、先週に引き続きテニス。人数が少なかったので、へとへとになるほど練習できたぞー。(ゲームの形には、まだまだ?!)今日はスポーツの日だ。疲れたぁ~。
2004.06.05
コメント(2)
先月は、"ネット掲示板書き込み騒動"で懇談が中止になったため、今日が今年度初めての学級懇談。1年と3年どちらに行こうかなと直前まで悩みつつ、1年の方へ。あぁ、身体が2つ欲しい。参加しない人の方が多いけれどね。わたしは毎回楽しみにしている。先生の雰囲気がわかるチャンス!クラスの保護者(ほとんどがお母さん)と顔見知りになれるチャンス!実際に今3年の息子が1,2年で同じクラスだった子のお母さんとは、会えば挨拶だけでなくいろいろな話を出来る仲になった。そのお母さんとは、また1年で同じクラス。わたしより5歳ほど若く(ちょっと羨ましい)、しっかりした子育てをしている3人の母だ。さて、1年の懇談は、初めての子供のお母さんの出席が多く、12人ほどだった。(多く感じるよ)先生から、学校の方針などについての説明があった後、保護者側から気になることなどの話をざっくばらんに出しあえた。初めての子を持つあるお母さんが、「時々遊びから帰ってきたときに、子供が友達とトラブルがあったようで、元気がないときがある。訊いても子供は言いたがらないし、どのように接したらいいのか。一度はトラブル相手のこの家まで行ったこともあるのだが。元気がないのを見ると自分がかっとなってしまって訊きたくなる。」と心配そうにおっしゃった。彼女は、子供には誰とでも仲良くしてもらいたいと思っておられるようだ。この相談に対してあるお母さんは、「ちょっと時間を置いてみたら?」わたしも「うちの3年の子も学校でいやなことがあったこともある。心配な気持ちもよくわかる。だから心配してるよってことは伝えたらどうかな。『心配してるから、言いたくなったら教えてね、待ってるよ。』って待ってみたらどうかな。」と言ってみた。きっと第3者だから言えること。そして、またほかの話題にうつった。わたしは「娘の左利きのこと、学校で右手で頑張っているようだが、学校ではどのようにしているのか。(親は右手を教えたことがない)」などを尋ねた。ほかの保護者や先生からお話してもらって、学校で強制しているわけではないとわかり、安心した。こんな場で、普段思っていることを先生やほかの保護者に言うって、いろんな意見を聞くことが出来ていいねぇ。先生からの話としては、おうちでお手伝い(自分の仕事として決めて)どんどんやらせて欲しい。雑巾もまともに絞れない子が多いそうだ。うちでは、夫の主導のもと、「子供は家の働き手」という合言葉があって、できることはすこしずつさせようとしている。配膳、上靴洗い、風呂洗い、洗濯物を自分の引き出しに入れる・・・。まだまださせたいこと。洗濯物たたみ、皿洗い、"片付け"(これがなかなか)、雑巾がけ、布団上げ下げ・・・。もっとありそうな気がしてきた。まだまだできるなぁ。懇談が終り、先のお母さんがほっとした表情でわたしに話しかけてきた。「ちょっと楽になれた。自分の感情が高ぶっていたみたい。やってみる。」なんだかとっても嬉しかった。自分も当事者だったときには、心配で問い詰めたくなる気持ちもよくわかる。でもきっとその子も、自分の中で自分の感情を処理することを学んでいるのかもしれない。第3者のわたしは「親と子は別の人格だからお互いに100%全てわかりあうことはないとけれど、子供も親もきっと一緒に成長するチャンスだよ!」と思う。どうか、この親子が共に成長する機会とされますように。
2004.06.04
コメント(2)
公開前から気になっていた。でも色々なうわさを聞いて、最後まで目をそむけずに観る自信が持てずにいた。でもやはりわたしにとっては観るべき映画だと気を取り直して、今日の日ようやく観る時間が与えられた。平日の朝一だったので、街は人通りが少なく夕べの余韻(路地のごみとか)が残りまま今日の商品を配達するトラックが狭い路地を行き交う。はじめていく映画館に向けて地図を頼りに早足でさまよう。ふと気がつくと、映画館を通り過ぎていた。やばい、急げ。あと○○分で始まる。10分前に着いて、はぁはぁいいながら券を買う。館内はガラガラ。平日の朝だからかな。水曜日なのに。はじまる前からドキドキ。次回映画の予告編の間も早まる気持ち。ようやく観る時間ができたことへの感謝。始まった・・。・・・・・終了後、しばらくぼーっとして身体が思うように動かせない。感想なんていう言葉は全く浮かんでこない。まさに、キリストの受難をその場で体感したという感じ。あるときはユダになり、あるときはペテロになり、サタンになり、あるときは大祭司・立法学者になり、ピラト、ピラトの妻、ヨハネ、マリア、マグダラのマリア、民衆、ヘロデ王、民衆、バラバ、百人隊長、シモン、罪人・・・。様々な背景の人たちが出てきて、場面ごとにその人たちの心のうちを共有する。共有できるということは、自分の中にもそのような心があるのだろう。そして、その人たちに向けられた数少ないイエス様のセリフ。それらが全てわたしに向けられたものだった。その人たちに向けられたイエス様の視線、消して怒りの色ではなく、暴行によって腫れあがってはいたが、慈しみ、哀れみ、愛に満ちた目。わたしを包み込むような眼差しが1回1回わたしの心を捕らえる。イエス様につけられた傷の一つ一つがわたしの行いからできたものと感じた。あるいは、自覚していない暴行もあるかもしれない。傷から流れる血。わたしの罪の意識を拭い去るために。あの眼差しでわたしを見つつ受けてくださった。裂かれた身体、流れ出る血。(そういえば、石畳に飛び散った血を母マリアが拭き取る場面があったなぁ。)ピラトが妻に「真理とは何か。」と問う場面。妻は「あなたにはわからない。」と答える。ピラトは「わたしの真理は・・・。」と答える。真理とは?わたしの真理、○○さんの心理、なんてあるのだろうか、それを"真理"と呼べるのだろうか。印象に残ったシーン。映画の間ずっと手を握り締めていたような気がする。終ってからの脱力感を抱いたまま映画館を出る。外は晴れ渡ったさわやかな風が肌をなでる。今までのねばっとした空気との落差が激しい。そして、若者の行き交う街。空気のギャップ。この映画は「よかった」とか「つまらなかった」とか「わかった」とか「わからなかった」という次元のものではないと思えた。目や頭ではなく、心で、魂で、さらには霊で感じるもの。自分が目の前のイエス様とどう対面するか。イエス様の「受難」を目の当たりにして、彼との関係が近くなったような気がした。最後の場面で、さもあたりまえのようによみがえられた彼は、いま、墓穴から出て(見えないけれども)わたしとともにおられるはずだ。無性にパンとぶどう酒を頂きたくなった。彼のことを思いながら。(昼時だったので思わずカフェに入ってしまいました)
2004.06.02
コメント(4)
全21件 (21件中 1-21件目)
1

![]()