[Stockholm syndrome]...be no-w-here

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2023.03.13
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かつて「貧乏人は麦を食え」と発言して炎上した政治家がいたが、麦なら穀物だからまだマシだ。
これからの政治家は「貧乏人は虫を食え」と言う時代になる。

昆虫食に関しては、ここ数年ゲテモノ食いの一環として度々ブームになるのを眺めながら、「こうやって少しずつ国民の抵抗感を和らげて、いずれはスーパー等で普通に販売しようという魂胆なのだろう」と分析していたが、それは飽くまで何十年後かの話だと思っていた。
ところが、今年に入って俄にコオロギ論争が巻き起こり、進展の早さに驚いている所だ。

先ず、僕は虫が大嫌いなので「絶対に食べたくない」という個人的な意見がある。
次に、僕に限らず多くの人達が昆虫食に対して拒絶反応を示すのは、遺伝的ないし本能的に人間が虫を「食べ物」と見なして来なかった歴史があるからだと考えている。

狩猟、漁猟、農耕、牧畜、栽培…、これらは全て食料の歴史である。
人類は常に、いかに安定して食料を調達し確保し、そしていかに安全で美味しく食べるかという事に惜しみない努力を傾けて来た。
また、人類はこれまでに幾度となく飢饉や食料難に襲われて来たが、世界を見渡しても昆虫を食べる文化は育っていない。
あったとしても局所的だ。

もし、本当に昆虫食が安心・安全で美味しいなら、人類は進化の過程できっともっと虫を食べているはずだし、その養殖方法や加工方法が発達していなければおかしい。
しかし、現実にそうなっていないのは、数千年から数万年にわたる生存戦略の中で、人類が経験的に「虫は食べない方が良い」もしくは「食べたくない」と判断した証拠だろう。
その記憶が遺伝子に残っているから、僕達は本能的に虫を食べたくないと思うのではないか。

現在、論争の中心になっているコオロギは、漢方医学大辞典に「微毒があり、特に妊婦には禁忌」と書かれているらしい。
これは、明らかに人類が自ら経験して得た知識である。
(当然、そこには犠牲が伴ったろう)
そして、未来の人間が同じ失敗を繰り返さないよう、書物に記して残したのだ。

元農林水産大臣の山田正彦は、集英社オンラインの記事の中で「コオロギの品種や加工方法に関わらず、これまで食べられて来た歴史が無い以上、何が起こっても不思議ではなく、安易に口にするのは危ない」と指摘している。

「2018年9月に内閣府の食品安全委員会のホームページで『欧州安全機関、新食品としてのヨーロッパイエコオロギについてリスクプロファイルを公表』という情報が出されています。そこには動物衛生と食品安全において、著しいデータギャップが存在していて様々な懸念点が挙げられていました。
『総計して、好気性細菌数が高い』『昆虫及び昆虫由来製品のアレルギー源性の問題がある』『重金属類(カドミウム等)が生物濃縮される問題がある』などです。この件については様々な議論がされていますが、わざわざリスクの挙げられているコオロギを食べる必要がないと思っています」

参照記事:
集英社オンライン …〈 コオロギ食論争に元大臣が警鐘



更に、昆虫食に対する拒絶反応は単に生理的なものだけでなく、今の政権に対する不信や疑心も大きく影響していると思う。
これまで誰も打った経験が無いコロナワクチンの接種が始まった時、政府と専門家はその効果と安全性ばかりを喧伝し、そこに潜むリスクについては全く説明しなかった。
(「思いやりワクチン」という嘘まで捏造した)
しかし、現実はどうなったか…。
彼らはいつも、実際に問題や被害が発生するまで「安心です」「安全です」しか言わない。

これまで食べられて来た歴史が無いものを摂取して健康被害があった時、一体誰がどうやって責任を取ってくれるのか…。
そんな疑念が国民に芽生えても不思議はない。

ワクチンによる健康被害が報告された時「俺はただの運び屋だから責任を取る必要は無い」と発言した政府が、まともな対応をしてくれるとは思えない。
(今度は「俺はただの試食係だから責任を取る必要は無い」と答えるのではないか…笑)
コロナ対策と同様、昆虫食に関しても誰も責任を取らない構図が最初から出来上がっているのだ。

そもそも、昆虫食が食料危機の解決策として妥当なのかという疑問もある。
本当にSDGsが目的なら、年間500万トンを超える食品ロスや、先進国の中で最低水準の食料自給率(38%)など、昆虫食より先に取り組むべき課題は幾らでもあるはずだ。
少子高齢化に歯止めが効かず、将来的な人口減少が避けられない状況に鑑みれば、寧ろそちらに注力するのが本筋だろう。

しかし、そうした課題が解決されないまま、いかにも昆虫食が目指すべきゴールであるかのように推奨して来るから、まともな国民の反発を招き「コロナ対策と同様、SDGsも所詮は利権ビジネスなのだろう」と疑われるのだ。
(まあ、実際そうなのだから仕方が無いが…)
「嫌なら食べなければ良い」という意見も一部にあるが、それでは「来るべき食料危機に備える」というSDGsの趣旨と矛盾するし、いずれは勝手な理屈で強制される羽目になるだろう。
皆それに気付いているから、今この段階でこれだけの反論が出るのだ。

結局、僕達が疑っているのは昆虫食やSDGsそれ自体ではない。
それに携わる人間の性根なのだ。
もしかすると、僕達が本当に直面している「未来の食料危機」とは、「量」ではなく「安全性」の問題なのかも知れない…。



因みに、冒頭の「貧乏人は麦を食え」という発言は、1950年当時に大蔵(現在の財務)大臣だった池田勇人によるものだ。
国会で「所得の少ない方は麦、所得の多い方は米を食うというような経済原則に沿った方へ持って行きたい」と答弁したところ、「貧乏人は麦を食え」と報道されて世間から猛批判を浴びた。

今なら「所得の少ない方は虫、所得の多い方は肉を食うというような経済原則に沿った方へ持って行きたい」というのが、自民党政権の本音だろう。
昔も今も、権力者の考える事は同じなのだ。





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Last updated  2023.03.17 19:00:21


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