[Stockholm syndrome]...be no-w-here

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2024.06.28
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かつて、英国の元首相ウィンストン・チャーチルはこう言った。

「実際、民主主義は最悪の政治形態だと言える。これまでに試みられたあらゆる政治形態を除いての話だが」

独裁国家に限らず、民主主義であろうが、共産主義であろうが、社会主義であろうが、古今東西の権力者達は皆、好き勝手な事をしたがるものである。
完璧な政治形態など、この世には存在しない。
その中で唯一、民主主義だけが「選挙」という手段によって国民の意見を反映できる点で、他よりも多少マシというだけである。
だからこそ、その唯一の手段を賢く最大限に利用しなければ、国民は自らの自由や権利を守る事はできない。 

逆に言えば、民主主義において国民が自由や権利を奪われる時、それは国民の無知や怠惰が原因なのであり、それは国民の過失・責任という事になる。
民主主義の本質とは「国民主権」にあるのではなく、「最終的に全ての責任、代償を国民が背負う」というものだからである。
その意味で、まさしく民主主義とは最悪の政治形態なのだ。
(権力者が負う責任は、単に個人の汚職に対してだけである)

これまで、民主主義の意味も価値も理解していない日本人は、「国民が一番偉い」という表層にだけ気を取られ、最も重要な「全ての責任は国民が負う」という本質を完全に見落として来た。
いや、そこに気付かないように教育(=洗脳)されて来たと言うべきか。
しかし、バブル経済の崩壊後、失われた30年の崖っぷちに立たされ、岸田文雄という最低最悪の指導者を目の前にした今、日本人はようやく現実に気付きつつある。
(まあ、そうは言っても、本当にごく一部の人達だけだが…笑)

福沢諭吉は、政治について「悪さ加減の選択」という言葉を残した。
これを、政治学者の丸山眞男はこう換言した。

「政治にベストを期待すると幻滅あるいは失望に転化する。よって悪さの程度が少しでも小さなものを選択するという事である」

完璧な政治形態が存在しないのだから、当然この世に完璧な政治家も政府も存在しない。
何より、日本人の頭の悪さ、民度の低さを考えれば、その中から立候補して来る政治家に完璧さを求める方がそもそも無茶な話だ。
(今回の東京都知事選が、その事を如実に表している)
映画やドラマじゃあるまいし、理想的なリーダーやヒーローなど現れるはずがない。

ならば、選挙で投票するのは、完璧(best)な政治家ではなく、少しでもマシ(better)だと思える政治家という事になる。
選挙毎にそれを繰り返す事で、少しずつ政治の質を上げて行くしかない。
面倒だが、それしか手段は無いのだ。
そして、その責任は最終的に全て「国民」が背負う事になる。

「民主主義」とはそういうものである。

後悔したくないなら、今からでも賢くなるしかない。





それにしても、 宝塚中心だったこのブログが社会派に転向してから 約1年が経ったが、思った以上に書く事があるものだ(笑)。
その前年には、イーロン・マスクが「言論の自由」を唱えてTwitter(現「X」)を買収した。
2023年になると、そこに発言の場を奪われたたタッカー・カールソンや及川幸久が参加し、僕もそれに導かれるように「X」を利用するようになった。
(因みに、アカウントを作っただけで、投稿した事はまだ一度もない)

最初こそあまりの情報量の多さに混乱したが(笑)、次第にそれぞれの情報を選別するコツを掴み、今では必要な情報が向こうから自然と入ってくるようになった。
情報は「X」から、知識はYouTubeからという使い分けもできるように。
怪我の功名と言おうか、及川幸久がYouTubeから追放された事で、僕は新たな武器を手に入れる事ができた(笑)。

これも運命なのかなと思う。





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Last updated  2024.06.29 20:11:31


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