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【2月23日(木曜日) 旧壬辰二月二日 甲寅 先負 月齢1.2】昨日は旧二月の朔日だった。旧暦でも二月になった。それかあらぬか、天候も少しだけ春の気配になった。外は冷たい雨が降っている。春の迎え雨になるのだろうか?福岡伸一さんの「動的平衡2」(2011・12月;木楽舎)を読んで、「マターナルRNA」(Maternal RNA)という言葉を知った。Maternalを日本語にすれば、「母の」、「母方の」、「母らしい」という意味だ。RNAは「リボ核酸」。だから「マターナルRNA」は「母方のリボ核酸」ということになる。※ 最近知ったが、「マターナルRNA」という名の核酸ドリンクというものが販売されているらしいが、それとここでの話とは関係が無い。生きとし生けるものの生命活動は、遺伝情報を保持しているDNA(デオキシリボ核酸)に依存している。元々一個の受精卵が、分裂を繰り返して分化していって、心臓ができ、骨ができ、血液や髪や手や足ができる。それらの情報は全てDNAに「書かれて」ある。DNAはいわば生命の設計図だ。DNAに「書かれて」ある情報は、具体的にはたんぱく質の合成処方だ。生き物の体の基本はたんぱく質だ。たんぱく質は体の構成要素であるだけではない。代謝など生体内の化学反応を起こさせる触媒として働くたんぱく質。抗原抗体反応を司り免疫機能を果たすたんぱく質。摂取した栄養の輸送や貯蔵などロジスティクスに携わるたんぱく質。そして、生体内の通信や情報伝達に関わるたんぱく質。・・・等々、生命の活動はたんぱく質の多様な活動に他ならない。そしてたんぱく質の材料になるのはアミノ酸だ。たんぱく質の種類は構成アミノ酸の数や組み合わせ方によって数千万にも及ぶ。しかしそれの構成材料になるアミノ酸はたった20種類である。この20種類のアミノ酸のどれをどう組み合わせて、どのたんぱく質を作るか。それを記述してあるのがDNAなのだ。つまり、このDNAの設計図は「静的」である。「どこで、いつ、どれくらい」という動的な情報は書かれていない。福岡さんはDNAを楽譜(スコア)に喩えている。なるほど、スコアはどのタイミングでどの楽器がどの音程を、どれほどの強さ、長さで演奏されるのかは書かれてあるけれども、それはあくまでも静的なものだ。スコアは楽器と演奏者と、そして指揮者を得て初めて動的なものとなり、音楽として響き渡る。DNAに書かれている情報がたんぱく質として実際に実現される時、DNAの情報→RNAに伝達(転写RNA)→伝達された情報を翻訳して実行(たんぱく質の産生)する、という現象が起きている。これは音楽になぞらえれば、例えばヴァイオリンのパートの演奏に相当する。各パートの楽器を組み合わせて交響曲を演奏するには、先ず全パートを網羅するスコアとしての表現が必要だ。更にはそれぞれの楽器の演奏の仕方を調整する必要がある。そのためには交響曲の場合、それぞれの楽器と演奏家とは別個に、指揮者の存在が必要となる。遺伝子の世界では、遺伝子A、B、Cのそれぞれの情報の発現順序やタイミングを決めてやる仕組みが存在しなければならないということである。いわばスコアである。ヒトとチンパンジーのゲノムの相違はたった1.23%だそうだ。逆に言えば両者で約99%ものゲノムは共通なのだ。ならば何故チンパンジーは時としてヒトになったりしないのか?これは同じ遺伝子であっても、それぞれの発現(活性化)の順序とタイミング、そして強さが、ヒトとチンパンジーでは異なるからだという。つまり同じベルリンフィルが同じベートーヴェンの第五交響曲のスコアで演奏しても、カラヤンが指揮する時とバーンステインが指揮する時には、それぞれに異なる音楽になるのと類似である。細胞の場合はこれよりドラスティックで、指揮者が変わるとヴァイオリンとオーボエの演奏順序が入れ替わったりもする。そして、この指揮者に相当する役割をマターナルRNAが果たしているのだという。このマターナルRNAは受精とは関係しない。女性の体内で卵細胞が形成された段階で、他の物質と共に卵細胞の環境として用意されているのだ。そして卵細胞が受精して受精卵になると、新たに作られたゲノムに対して、その上に有る各遺伝子の発現の仕方の引き鉄を引くのだ。つまり、マターナルRNAは、オーケストラを前に指揮棒の最初の一閃を与えるのである。かくしてチータはチータになり、決してターザンにはならない。ヒトも時としてチンパンジーになったりはしないのである。つまり、マターナルRNAは母親を通じてのみ娘へと継承されていく。そしてそれを受け継いだ娘は、新たに卵細胞環境を整え、更に次の世代のゲノムの発現をコントロールするのだ。母から娘に引き継がれていくという意味ではこれも遺伝子だといえる。但し受精によって父方のそれとシャッフルされる遺伝子ではない。マターナルRNAは、セントラルドグマにおけるように、DNA配列の変化を伴わない。つまり生き物は遺伝子変化に因らなくても変わり得るのだ。ダーウィン以後、遺伝子の突然変異によってのみ、生き物は変化(進化)するとされてきた。突然変異は本質的に無目的で、偶発的で、ランダム(全方位的)なものだ。だから、その後環境によって淘汰され、絞り込まれた結果が、現世生物なのだと。福岡さんは、それだけでは、セントバーナードとチワワの違いは説明できないという。どちらも遺伝子として見れば同じ犬だ。巨大なセントバーナードとチビのチワワの違いは、犬として共通に持っている各遺伝子が発現する順序、タイミング、そしてその強度が変化する事によって理解できる。それをコントロールしているのは、マターナルRNAを含む卵細胞環境なのだと。つまり生物の多様性とそれによる生命の柔軟性は、そして個体の側から言えば「個性」は、母から娘への卵細胞環境の継承の結果なのだ。生命のもう一つの「歴史」は、女性の歴史でもある。長々と書いてきたが、さてこれからが今回のブログの本題だ。家系というものがあって、これは男子、それも長男によって継承されることになっているのは多くの国で共通である。男の本性は環境への挑戦と変革だ(だった)。それが目指すところは、権威と権力だ(だった)。そして権威と権力のもたらすものは、富と豊かさである。この最後の成果物は、生活の安寧を与えるものだから、「功労者」としての男を軸に「家」と言うものの系図が描かれて来たのかも知れない。しかし今では昔とは状況が変わってきている。最早「競い合い、奪い獲って、我が物にする」という風潮はかつてほど賞賛を集めない。環境に対しても、「開発」つまり挑戦や変革よりも、保全や継承の方が重んじられる時代だ。外交や政治の世界でも、かつての挑戦力や強い指導力よりも、きめ細かい合意と調整の才の方が重視される。昔流の「男らしい」政治家などに目にかかるのはもう難しい。文明の成熟につれて、社会全体は概して「女性化」しつつあるようだ。今や挑戦と変革よりも調和と保全、そして継承だ。「調和、保全、継承」は、本来男性より女性に備わっている資質である。そうなると、この際家系というものも母系を中心に見直した方が良いのかもしれない。上に述べたように、遺伝の世界でもDNAの継承においては男女互角。遺伝子の発現に際しては男の出る幕は無いのだから。今日東宮殿下が誕生日を迎えられた。東宮は52歳におなりだそうだ。東宮家には男の子がいらっしゃらない。それで女性皇統の話題がそろそろ活発化しようとしている。先ずは皇族の女子が結婚しても皇籍を離脱しないようにする辺りから議論が始まるようだ。私は第一次ベビーブーマーの片割れとして、学生時代はよく「運動」していた。その「運動」の中では「帝国主義」の象徴としての天皇制に反対する部分もあった。しかし段々「大人」になって来て、日本人には皇室という存在が必要だと宗旨替えをした。日本人には確たる「軸」が無い。キリスト教やイスラム教のような「国教」を持っていない。これは一面幸いな事でもある。しかし、「日本人」としての倫理観や帰属意識、易しく言えば「国をいとおしむ心」、つまり「軸」を共通して持つには、やはり天皇制はあった方が良いと、今では思っているのだ。その皇統の継承が危うくなりそうだというので、議論が萌芽しようとしている。その際には女性の皇統継承もむしろ積極的な意味で考慮するほうが良いと私は思う。女性天皇は日本の歴史では前例の無い事ではない。推古天皇を始めとして既に10代8人おわしましたのだ(いずれも男系女性天皇ではあるが)。それに何より最新の遺伝学においても、科学的根拠は用意されつつあるのだから。(註)語彙の理解をはっきりさせるために:【ゲノム】=ヒトならヒト、チンパンジーならチンパンジーたらしめている遺伝子の総和。発見に至る歴史的経緯で染色体と呼ばれることもある。【遺伝子】=たんぱく質合成に関する情報が書き込まれている単位でゲノム上にある。ゲノム上の遺伝子の位置を示したものは遺伝子地図と呼ばれる。遺伝子は全ての生物においてDNA上に塩基配列の組み合わせとしてコード化(=記述)されている。【DNA】=遺伝子情報を担う物質。デオキシリボース(五炭糖)と燐酸、塩基からなる、二重ラセン構造の物質である。塩基はA=アデニン、G=グアシン、C=シトシン、T=チミンの4種類である。遺伝情報(たんぱく質製造処方)はこの4種類の塩基の配列の仕方によってコード(記述)されている。
2012.02.23
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【2月4日(土曜日) 旧壬辰一月十三日 乙未 先勝 月齢11.8 立春】 今日は立春。 部屋を掃除して昨晩撒いた炒り豆を見つけて、拾って思わず口に運んでしまう・・・なんて方もいらっしゃるかも知れない。(私はそうだった。思いがけず見つけた炒り豆は何故か格別美味しいのだ。) 今では節分の行事は2月にしか行われないが、昔は四季の節分ごとに行われていた。節分は元来、「立」を冠する節気、つまり立春、立夏、立秋、立冬の、それぞれの日の前日の事を言う。 昔の人は季節が移り変わる刹那には邪気(つまり表象としては「鬼」ですな)が漂い出してくると信じていた。それで、各節分の日の夜には宮中では邪気祓えの行事が行われていたのだ。その内に、特に立春の前日の節分会が他を圧して民草の間に流布し、定着して行き、節分と言えば2月の行事になった。 節分には「柊鰯」といって、ヒイラギの枝にイワシの頭をさして門口に飾ったり、「鬼打ち豆」を投げたりするが、これらも元々は宮中行事での仕来りに由来する。昔は豆に限らず、米やかち栗など所謂五穀なども用いられ、更には炭なども撒かれていたようだ。炭などを撒かれたら、鬼はいよいよ迷惑しただろうと思う。 宮中の行事が、時代が下るにつれて民草の間に広がっていく例はひな祭りなどにも見られるが、節分の邪気(鬼)祓えの行事も室町時代の頃から徐々に民間に広まっていったらしい。能や茶の湯など、日本の伝統文化の多くは室町時代にその起源を持っているものが数多くある事を思えば、室町時代というのは中々大したものだと思う。 ところで、春の節分に豆を撒いて鬼を祓い、福を迎え入れる行事は、実は日本固有のものだというのは意外である。中国や他の国では節分に特別な行事を執り行う習慣は無いのだ。わが国の伝統習慣の多くが中国に由来するものである事を思えば、日本だけにしか無い豆撒きというのは、少し偉そうに見えてくる。 節分は日本だけの行事だが、立春の方は中国など幾つかの国ではお祝いの行事が行われている。立春を祝うのは概して冬の長い北国方面で盛んなようで、冬が漸く峠を迎え、季節が春に向かい始める喜びを思いやると、この日を祝いたくなる気持ちは大いに肯える。 太陰太陽暦では、「立春正月」といって、この日が旧暦の元旦になる年がある。太陰暦では新月(朔)の日に暦の月が改まる。月齢の周期は約29日だから、太陽暦である「立春」(太陽の黄経が315度)との相関は年々ずれていく。今年の場合には立春は旧暦の一月十三日だが、およそ30年毎に旧正月元旦が立春と重なる事が起きるのだ。これを立春正月又は「朔旦立春」といい、最近では1954(昭和29)年と1992(平成4)年がそうであった。因みに次の「朔旦立春」の年は2038年、今から26年後のことだ。 立春にはそういう特別な意味も付随する。この日が丁度元旦にならなくても、立春は「正月節」にあるため、旧暦でも新暦でも、お正月以来の初々しくお目出度い雰囲気が少しは残っている頃だ。そういう事情もあって、他の三つの「節分」の行事は廃れてしまったけれど、2月の節分だけは、年中行事として今に残るようになったのかもしれない。 禅寺では、立春の早朝に山門に「立春大吉」と書いた札を貼ってこの日を寿ぐことが行われる。中国では、北京など北方地域で、立春の日に春餅(チュン・ビン)を食べる習慣がある。さてこの春餅、小麦粉を水に溶いて、丸く薄くクレープのように焼いたのを油で炒めたものだ。これに色々な料理を包んで、ちょうど北京ダックを食べる時と同じようにして食べるのだ。 人数に応じた枚数の春餅を用意し、後は皆でテーブルについで色々料理を選びながら、自分でそれらを包んで食べる。春を待つ北国の人々の喜びが感じられるではないか。それより何より美味しそうだ。 中国では北京などに春餅専門店もあり、立春の日にはそういう店は随分混雑するそうだ。私自身は未だ見つけていないけれど、日本でも、東京や横浜、それに神戸などには、春餅を出す店がきっとあるはずだ。いつか何人かで連れ立って是非行ってみたいと思う。 さて、立春といっても「今日から春」ではない。逆に今は一番寒い頃だ。これから、「雪や氷が融け出して、降るものも雪から雨に代る頃」の雨水、「土中に冬篭りしていた虫などが、土を啓(ひら)いて外に出てくる頃」の啓蟄と、徐々に季節は進んでいく。 世の中はまだまだ乾燥して寒い日が続くし、インフルエンザも大流行中である。方々にはくれぐれもお気をつけられて、ご自愛の上、春に向われるようお祈り申し上げたい。
2012.02.04
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