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秋の紅葉を見に、軽井沢へ週末旅行。私たちが軽井沢に行くと、決まって雨が降るのだけれど、今回はみごとに晴れました!念願のレンタサイクルでの軽井沢巡り。「ここはオーストリアに似ているね~。」と、家族みんな大満足。子供達が大好きな馬にも乗り、いざ帰路へ。ところが、日曜日の夕方ということで、大渋滞に巻き込まれたのでした...。子供達は疲れて熟睡していたので渋滞でもよかったのですが、はずかしながら私がトイレに行きたくなり...。ところが、パーキングも高速の降り口も、行けども行けどもないのです!のろのろのろのろ進む車の列。週末高速1000円の影響か?それにしてもこの渋滞はすごすぎる...するとラジオで「車5台の事故のため渋滞」との情報。週末の帰りに事故なんて起こすなよ~周りには観光バスが壁のように走っている。中にトイレがない小さなバスが、途中緊急停車をし、中から男性達が急いで降りてきた。「私も男だったら」とこれほど男に生まれたいと思った日はありませんでした。すると目の前に「パーキング 3km先」の看板が!GPSで目的地をパーキングに定め、距離を確認。2.9km......2.8km.....1kmがなんと長いことか。目を覚ました子供達が、「ママー、大丈夫?」「ママー、降りてやったら??」といい加減なことを言い出すし。でももう返事を返す余裕もありませんでした。あとは、ご想像におまかせします、ということで...。もう二度とあんな苦しい思いはしたくないデス。
2009年11月09日
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ふとしたことで、自分達がまだ結婚しておらず、恋愛をしていた頃の話になりました。「あの頃は、メールも携帯ももってなかったよね~。」今考えると本当に大昔のように聞こえるけれど、私たちが学生だった頃はインターネットもメールも出始めたばかりのころで、携帯電話も持っている人の方が少なかったのです。今では距離的に離れていても、メールや携帯でいつもつながっていられるけれど、その頃遠距離恋愛だった私たちの通信手段といったら「手紙」でした!フランス留学中に知り合った今のダンナ様とは、知り合って5ヶ月ほどの頃に、彼の兵役のせいで離れ離れ。今はもう廃止になりましたが、その頃はフランス人男子はみな10ヶ月間の兵役につかなければならなかったのです。リヨンで学生をしていた私たちですが、彼はトゥールの兵舎にとばされてしまいました。そうして離れ離れになってしまった私は、悲しみのあまり、二日おきに手紙を書いていました(笑)。(今思うとたぶんかなり変なフランス語で、読む方は笑い転げていたんだろうな~。)ある日、所属部隊が変わったというので、彼から電話で新しい兵舎の住所を教えてもらいました。「ドゥジエム レジマンだよ。」しかしこれが、「Deuxieme regiment(第二連隊)」なのか、「Douzieme regiment (第十二連隊)」なのか、そのころの私には聞き分ける能力など無く、勝手に「第二連隊」宛にせっせと手紙と送り続けていたら、「あて先間違えばかりが続いて迷惑だ。罰としておまえは反省室へ。」と、彼が一日、反省室に閉じ込められてしまったこともありました。(私のミスなのに、可哀想....。)それから私が日本へ1年間帰った時も、やはりお互いの自宅にEメールなどはなく、(大学にはありましたが)、通信手段は手紙か、週に一度の電話でした。今もしまた恋愛をしたら、会えない時の距離感がちがうんだろうなぁ。きっとSkypeなんかで、一晩中話をしたりするんだろうなぁ。あの頃はテレホンカードの度数が減っていくのを気にしながら、公衆電話で泣いたりしてたのに。恋愛だけでなく、留学生にとっても日本との距離感はずいぶん変わったに違いない。私がフランスに留学していた頃はネットなんてまだ普及していなかったから、日本の情報はパリの日本人むけ情報誌「OVNI(オブニ)」に一行程度のっているのを楽しみに読むか、大学の図書館でアエラをむさぼり読むぐらい。あのころの日本はすごく遠かった....。というわけで、なんだかひどく昔話になってしまい、自分達が昔々の人間になった気がしましたが、インターネットや携帯がどれだけ私たちの生活や恋愛の距離感を変えたのか、あらためて考えさせられたのでした。にほんブログ村****************************************************南仏プロヴァンスの石鹸屋「LA MAISON DU SAVON」リニューアルオープンしました!
2009年11月05日
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