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走墨作品展、今週末が3点目、課題作品の提出締め切り。自由作品でエネルギーを使い果たしたのか、なかなか思うように書けなかったり、集中力が続かなかったり。色紙のサイズの画仙紙に、八木重吉の詩の一説を書く。墨は青墨と普通の濃墨の2つを、それぞれ2つの硯にすり、濃さを調節するための水を入れるお皿を置き、筆置きには筆2本。今回は青墨用に太い筆と、濃墨用に極細の筆の2本を使う。太い筆は、普段の稽古からも一番よく使っている筆で、安心感がある。細い筆は猫の毛の筆で、非常にやわらかい線がかける。太筆には自然の大らかさと真摯なピュアな姿をたくし、細筆はそんな自然を見つめながら抱く願いを、ささやき声のように走らせたい。色紙大の枠内に、小宇宙を描き出したいという野望は、案外難しく、苦心している。
2008.10.15
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遠視の風景。子供のころから遠視だったらしい。狭いところは平気だけれど、視界が迫っているのは苦手だ。遠くの焦点。近いものは流れ行き、どこともない虚空を感視する。近いものは二重にだぶって、私の視点の背後に追いやられる。私には近いものは近しくない。遠いものが近しい。私の視界をふさがないで。いつも奥行きを見せていて。遠くをいつも焦がれてしまうのは、私の精神も遠視だからなのだろうか。
2008.10.14
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渋谷Bunkamuraでのミレイ展の後、新宿へ移動。コヨーテさんからのお誘いで、11月8~9日、東京ビッグサイトで開催されるデザイン・フェスタVol.28の、コヨーテさんのブース「コヨーテ・ラボ」内に私も「アトリエ・マーシェンカ」としてちょこっと出展することになっている。その準備&打ち合わせ。ハンズでずいぶんいろんな寄り道しつつ買い物を済ませ、その後ベトナム料理のお店で食事しながら、打ち合わせをした。通されたテラス席はお客さんも少なく、賑やかな店内と違って落ち着いてしゃべれたのでよかった♪生春巻きや鶏のグリルや、ナッツののっているサラダ、私の大好きなフォー(コヨーテさんはせっかくのパクチーをよけてた)、謎のデザート(笑)、濃くあま~いベトナムコーヒーなどなど楽しみつつ、ブースのパネルや机のこと、ディスプレイの仕方、当日の搬入などいろいろ話し合った。コヨーテさんとはブログでの交流から始まって、リアルでも仲良くしてもらってるけどただ遊んだり飲んだりだけじゃなくてこうした、ものを創ったり発表したりするイベントに一緒に参加するのは初めて。誘っていただいて感謝・感謝♪ほかにデザイナー仲間、イラストレーター仲間はたくさんいるだろうに・・私でいいのだろうか・・せめて恥ずかしくないくらいにはオリジナルグッズを準備しなくちゃな~。初めてコヨーテさんのアイデアノートを見せてもらった。完成された絵しか見たことなかったけど、そこには素の、より生き生きした描線があった。さすがだなあと思う反面、共感もしたりして、こんなことだけでもとても刺激になる。人がものを創る過程を見るのは非常に興味深いなあ。デザイン・フェスタに向けての私の準備は、走墨作品展の作品を提出した後、本格的に始まる。これまでできているキャラクターグッズの発注や新たなデザインのグッズ化、編集や調整など。ばたばたしそうだけど、限られた時間内でやれるだけやってみよう。走墨作品展にデザイン・フェスタ。この秋はなかなか充実している。たくさんの人にパワーをもらい、そして自分なりのパワーを具現化する。
2008.10.04
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渋谷Bunkamuarに「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」を見に行った。もちろん、「オフィーリア」を見に行ったのだが、ミレイと言えば愛らしい少女などを描いたファンシー・ピクチャーも楽しみにしていた。ところが意外にも後期の風景画が非常によくて私にとっては、ミレイのまた違う魅力を教えてくれた展覧会だった。「両親の家のキリスト」羊が窓から押し合いへし合い、窓から家の中を見ているのが何とも言えず、ユーモラスでかわいい。本来は人物たちの写実的な表現と、主題の表現方法の新しさが注目すべき作品のようだけど、かわいい羊にばかり目が行ってしまう・・・(^^;)「マリアナ」小さな作品。青衣がまぶしいほど美しい。腰のベルトの緻密な点描がロイヤルブルーをより引き立てる。腰に手を当て、のびをするように上体をねじっているポーズにやるせない感じが漂う。「オフィーリア」この作品をこんな間近で見られるなんて感激。水を含んだドレスのすその淡いもろい柔らかさ。水面に差し出している両手をふちどる水の、白い繊細な光の粒。生死のあわいを漂うオフィーリアの白い顔と対照的に生き生きとした周囲の緑の色。緑や草木はオフィーリアをのぞきこむように周りに配置されており、まるで川がそのまま棺であって、遺体に花があしらってあり、草木たちはそれを囲む葬儀の参列者のようにも見える。彼女の虚ろな目には何が映っているのだろう。もう現世ではなく、死の情景だろうか。ハムレットや家族のことだろうか。短い人生の記憶の断片だろうか。哀れだけれど、自然に抱かれている図にも見える。植物は、決して背景ではない役割を果たしている。「しゃべってくれ!」一瞬の幻影を見てしまった男の、必死さと哀しさ。もの言えぬ亡霊の女の美しさ、もの言いたげな唇、諦念を浮かべたまなざしが印象的。「初めての説教」「二度目の説教」教会で牧師の話を聞きながら眠ってしまう子供の姿が本当に愛くるしい。ふせたまつげ、ぶらんと脱力した足、口角が落ちた口元、ぷっくりした頬。背景や服装の色が格調高く重々しく、かえって子供の幼さ、やわらかさが引き立つ。2枚組みとなっているこの作品の、子供をユーモアたっぷりに生き生き描く手法は、後のノーマン・ロックウェルを思わせる。ロックウェルは影響を受けていたのだろうか?最後のコーナーにはスコットランドの風景画が数点。「吹きすさぶ風に立ちはだかる力の塔」こんな風景を見たことあるような気になってしまう。雲った空、グレイの海、かなたの夕映え。そんな空にシルエットとなっている孤独な塔。遠い夕刻、思わず神にすがりつきたくなるような心細さ。何かが胸にたぎってくるような気持ち。「露にぬれたハリエニシダ」エニシダのスモーキーな緑色に、露をあらわす白い点描が印象深い。淡いオレンジ色の不思議な光にもやめく森。柔らかく潤湿な空気。森の向こうへ吸い込まれていきそうな不思議な感覚。あの向こうに何があるのだろうか。雰囲気はだいぶ異なるが、横山操の絶筆作品と同じ死出の旅を思わせる。ミレイのほうはずいぶん明るくあたたかさを帯びたいざないの情景だけれど。「穏やかな天気」明るく落ち着いた美しい風景画。湖水に映る秋の風景、紅葉、手前の枝にちょこんととまっているカワセミ。「寒さの後の小春日和を、嵐の後の凪をお待ちなさい」というシェイクスピアのヘンリー4世からの引用文が添えられている。タイトルを決めることにとても労力を払っていることがキャプションに書かれていたが、そんなところに妙に共感したりする。「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」は10月26日まで。
2008.10.04
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