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今日、午後3時NHK、 Eテレで放送されました。いがうえの語り部の会の辻野和彦さんが芭蕉に関係する各所を案内していました。公開録画の会場には一緒に行っていたのですが会場では写真が数枚紹介されただけで残念に感じていられたようですが、放送ではビデオでロケの模様が数分流れ説明の声も流れていたので安心しました。会場も何回も映り私自身も何回か見切れていました、気恥ずかしくおかしな気分のものです。かたやきの割り方が間違っていたのが気になったり知人のお菓子屋さんが出演していたのではらはらして見ていたり、句に季語がないように感じたりしたのを思い出しました。季語は金屏風の屏風が冬の季語だったようです。
2014年12月21日
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全国高校駅伝が始まった中畑選手はやはり出場できなかった今年6月に左足を痛め、11月の県大会では7区を務め、区間新の快走で復活をアピールしました。しかし、県大会後の練習で逆の右足を痛めてしまい出場できませんでしたが1区の下選手は持ちタイム全国6位の選手この選手がキーポイント。やった、今見ています、下選手1位でタスキを渡しました。2区の1年生塩澤選手、持ちタイムは伊賀白鳳の中では四番目の選手ですがさすがに荷が重かったか5位に落としました。3区、近藤選手5キロ、持ちタイム14分19秒の選手ですが9位に落ちました。4区、角出選手伊賀白鳳の中では2番目の持ちタイムの選手ですが14位に落としました。この後の選手は持ちタイムが20秒ほど遅いので心配です。5区外岡選手ひとつ順位を上げて10位に6区市川選手順位変わらす10位アンカー北村選手がんばって10位キープ、入賞を逃したのは残念ですが、タイム的にはよくやったといえるのではないでしょうか。
2014年12月21日
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松本零士さんデザインの太陽系モニュメント漫画家の松本零士さんがデザインし、伊賀市が近鉄から譲り受けたものの、設置場所が二回変更になった「太陽系モニュメント」の移設先が、伊賀鉄道茅町駅(伊賀市上野茅町)の駅舎に近い空き地に先日決まり駅舎の後方で、線路と県道の間に設置されました。国道の向かいはイオン伊賀上野店といった方が分かりやすいかもしれません。12月3日にアップした上野市駅前の星野鉄郎とメーテルのモニュメントとセットになっているもので、ゆめが丘に置かれていたのですが昨年、星野鉄郎とメーテルのブロンズ像は上野市駅前に移設済みですがこの太陽系モニュメントは宙にういていたのですがやっと着地しました。中央の青い車輪が太陽を表現していて一番小さいのが水星で輪があるのが土星ですので真ん中左が地球ということになります。999は太陽系を飛び越えて銀河系の各惑星が舞台ですがモニュメントになりにくいのでしょう。いがうえのかたりべの会案内申請はこちらからhttp://www.igaueno.net/sansaku/kataribe/
2014年12月14日
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全国高校駅伝二年連続三位の三重県立白鳳高校陸上部 来週21日行われる全国高校駅伝の壮行会が昨日地元の市文化会館で行われ壇上に並ぶ選手を 代表し、中畑亮人選手(三年)が 「昨年は三位で悔しい思いをして、今年は優勝を目標に掲げて頑張ってきた」と振り返った。 その上で「闘魂と絆の伊賀白鳳らしい駅伝をして、必ず優勝して帰ってきます」と誓いました。 中畑選手は昨年トップグループ4人でラストの競技場まで入ってきて惜しくも3位になった そのランナーですが3年になった今年は期するものがあるでしょう、故障をしているという ウワサがあるのですが大丈夫でしょうか。 側道が近所のみなさんの散歩道になっていて目が合うと挨拶してくれますので自然と応援し たくなります。 いがうえのかたりべの会案内申請はこちらから http://igaueno-guide.org/volunteer/
2014年12月13日
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伊賀市でおこなわれた三重県観光ボランティア協議会 地元の伊賀市のボランティアも入れると100人以上が出席した、協議会です。 市長も出席して盛大に開かれました午前中は来賓の挨拶と愛知淑徳大学・奈良大学・ 中部大学等非常勤講師、早川由美さんの講演「三重での芭蕉さん」がおこなわれました。 午後は市内案内をしました。 その案内道の寺町です。 藩主藤堂家の代々の墓所がある上行寺、伊賀越仇討で知られる河合又五郎が 弔われている万福寺、重要文化財に指定されている本尊阿弥陀如来坐像がある念仏寺 大津事件の犯人警官、津田三蔵が眠る大超寺など七つ寺院があります。 この通りは電線が地中化されていて電柱がないので雰囲気が違います。 その後通った武家屋敷(旧赤井邸) 重厚な外観の長屋門は江戸末期のもので、上野城下でも数少なくなった武家住宅の遺構 となっています。 赤井家は元丹波黒井城主でしたが明智光秀の来攻で落城したあと藤堂高虎に千石で 召抱えられたが明治維新時には70石になったようです。 この家自体は寛永7年(1854年)の絵地図には友田岩男320石の屋敷になっていて 規模としては中級から下級武士の屋敷のようです。 いがうえのかたりべの会案内申請はこちらから http://igaueno-guide.org/volunteer/
2014年12月06日
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伊賀市、伊賀鉄道上野市駅前伊賀鉄道、上野市駅前の松本零士さんの「銀河鉄道999」の主人公、星野鉄郎とメーテルをモチーフにしたモニュメント。ブロンズ製で鉄郎が約52cmメーテルが約90cm高さ1mの台座の上にマント姿の鉄郎と、帽子の下から長い髪をなびかせたメーテルが並んで、たたずんでいる。ブロンズ像の左には「時間は夢を裏切らない」という例の槙原敬之さんとの盗作問題で有名になった言葉が記されている説明板がある。松本零士さんは伊賀出身ではないのですが忍者列車(忍者塗装)のデザインをしていて伊賀鉄道の前身、近鉄の幹部と姻戚関係にありその縁のようです。いがうえのかたりべの会案内申請はこちらからhttp://igaueno-guide.org/volunteer/松本零士氏が2023年2月13日お亡くなりになりになりました。松本零士さんは伊賀出身ではないのですが忍者列車(忍者塗装)のデザインなどをしていて伊賀鉄道とは関わりがありますので書き書き添えさせて頂きたいと思います。伊賀鉄道との関わりは伊賀鉄道の前身、上野高校出身の当時の近畿日本鉄道専務取締役(後に副社長就任)と姻戚関係にありその縁のようです。1997年忍者列車デザイン伊賀線の松本零士氏がデザインされた忍者列車は1997年に運行が始まりました。1997年(平成9年)10月、上野新都市(ゆめぽりす伊賀)の街開きを記念して、近畿日本鉄道が漫画家の松本零士氏がデザインした忍者塗装(青色)にエンジ色から変更した。その後、ピンク色(くノ一)の編成が追加され、青色の忍者列車は緑色に変更された。1998年モニュメント銀河鉄道999のモニュメントは新都市「ゆめぽりす伊賀」の1998年、ゆめが丘の町開き1周年記念として総合スポーツ施設「県立ゆめドームうえの」の芝生広場に、設置されました。2009年12月には旧車両の老朽化により新しい「忍者列車」青色の列車を加えピンク、緑の新車両出発式と試乗イベントがあり、松本零士さんも式典に出席されました。また201号の運転台側乗務員用出入口のドア横に松本零士の直筆サインが書かれている。200系はステンレス鋼製であるため、フィルムによるラッピングとなった。2013年銀河鉄道999モニュメント上野市駅前に移設2014年銀河鉄道999太陽系モニュメントを茅町駅構内移設
2014年12月03日
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