マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2018.04.25
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カテゴリ: 文化論
~『西郷どん展』を観に~



 NHK仙台放送局で『西郷どん・全国巡回展』をやってると言うので、先日観に行った。自転車で行けば冒険にも運動にもなる。そして公共の場所なので無料のはず。おまけにブログネタになれば、メデタシメデタシではないか。そんな訳でえっちらおっちら出かけたのだが、ちと様子が違った。そのことはいずれ触れることにしよう。

 私が向かったのは、旧の建物。ところが会場は新しい会館だとのこと。まあさほど離れていないので、少し引き返せば済む。そしてこれが新しい放送局。我々の支払う料金で建てたにしては、超豪華な建物だった。権威の象徴でなければ良いが、と一老人は危惧したのだった。



 1階のロビー内にこんな幟(のぼり)がたくさん立っていて、場所は直ぐに分かった。期待してすぐさまそこへ向かったのだが。



 おうおう。西郷どんが笑っとる。殿はさすがに立派じゃ。正助どん(大久保)も篤姫さまもおらっしゃる。今年の大河ドラマは、これじゃこれじゃ。



 こいじゃ、こい。番組の冒頭に出て来るシーン。西郷どんが空に向かって飛び上がる場面じゃ。



 左から正助さ~、西郷どん、糸さ~が演技の時に着ちょる着物じゃ。美しか~!!💛



  これは衣装を担当された方のデッサン。こうしてイメージを作っちょるんじゃ。



 畏れ多くも殿斉彬公の衣装じゃ。黒マント、ボタン付きのシャツなど、さすがは西洋文化を一早く取り入れた英明なお方。服装もそれなりに気を遣ったんじゃなあ。



  左は土佐の漂流民のジョン万次郎。右は愛らしい篤姫様かのう。



 赤山靭負は確か西郷どん達の先生だったかのう。謂れのない罪で、確か切腹をされたはずじゃが。



 西郷どん(左)と正助どん(右)の着物。どちらも薩摩藩の下士(下級武士)じゃったどん、やがて明治維新の立役者になって行く。西郷どん、正助どん、気張れ~!!



 西郷どんが初めて江戸へ上る際に、殿から拝領した脇差。束に「丸に十」の島津家の紋。もちろんレプリカなんじゃが。



  西郷どんが脇差を拝領したシーン。「西郷、お前は今日からわしになれ」。だったかな?



 西郷どんが同志で京から追放された僧の月照と心中する図。歌舞伎になったんじゃろうか?
月照は薩摩湾で命を落とすが、西郷どんは一命を取り止め、やがて奄美へと流される。



 西郷どんの2番目の妻となった愛可那(あいかな)。奄美大島に流された西郷どんのお世話をし、2子を生した。後に西郷どんが徳之島に流された際は、2人の子を連れて会いに行ったものの、夫はさらに遠い沖永良部島に流される。長男の菊次郎は無事成人し、明治に入ってから京都市長に就任。あいかなの「かな」は島の言葉で「美しい娘」を意味する。沖縄と共通の言葉だ。



 勝海舟(右)と会談する西郷どん。官軍サイドの中心人物となった西郷どんは、江戸城を無血開城させるために勝と話し合った。もし談判が物別れになれば、多数の江戸の住民が死に、世界一人口が多い都市(当時)は焼け野原になったことだろう。この無血開城には篤姫の勝に対する説得も大きく作用したはず。こうして我が国最大の危機は2人の大人物によって救われ、日本は近代国家へと向かう。チェスト~!!気張れ~!!<続く>





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Last updated  2018.04.25 14:37:03
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