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先日、何年かぶりに寝込むほどの風邪をひいた。幸い熱の方はわりとすぐに下がったのだが、その後しばらくはノドの腫れと咳が続いた。そんな折、とある蔵元からお酒のサンプルが届いたので、早速試飲してみた。ところがこれがひどい代物だった。これは毎年同じ時期に出される「季節限定酒」で、私も毎年必ず口にしているモノなので言ってみれば"定点観測"的な試飲である。だから毎年の違いがよく判るわけだが、今年のは例年に比べても飛び抜けて酷いと思った。しかしこの蔵のことをよく知る私には、これほど極端に味が落ちるとは信じられなかった。ところがそのサンプルの残りを今日試飲してみたところ、これが印象が全然違っていたのである。まあ、特別良いとは言わないまでも、ほぼ例年と同レベル、という感じだった。これでやっと解った、前回の試飲の時に不味く感じられたのは、直前にひいた風邪のせいだ。体調の悪い時に酒の味が違って感じられるというのは、よく知られた定説である。私もそれを知らなかったわけではないが、実際に今まで風邪をひいてる時に酒を飲むということをあまりしたことが無いので、気が付かなかったのだろう。ここまで顕著な違いがあるとは、正直思ってもみなかった。今回試飲した酒と、それを造った某蔵には、悪いことをした。昔から日本には「卵酒」で風邪を治すという"民間療法"まがいの風説があったり、「風邪なんか酒飲んで寝れば治る!」という精神論が跋扈したりしているものの、やはり風邪をひいたら酒は止めとけ、という意識が支配的だとは思う。私の妻なども、必ずそう言う。もちろんそれは、体を気遣っての発言なわけだが、私はこれをあえて酒の立場で読み替えてみた。風邪ひいてる時に飲む酒は本来の味じゃないから、それは酒に対して失礼だ!少なくとも味の良し悪しを判定するのなら、まずは己の体調を整えるべし!酒を売るプロとしての自戒を込めて.....。
2016年04月28日
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今回の熊本地震は、本震の前の「前震」などという耳新しい言葉が出てきたり、余震でも震度5~6レベルのものが続いたりと、いろんな意味で今までの常識を超えるもののようだ。一刻も早く収束し、住民の皆さんが普通の生活に戻れるようになることを願うばかりだ。こういう地震が起こると「明日は我が身」と思ってしまう。その流れで防災グッズの点検や飲み水の確保など、出来ることはすぐにやるのだが、安全確保のための施策というのはそうそうすぐには手を付けられない。特に店の中となるとなおさらだ。考えてもみたらウチみたいに、比較的重量のある瓶モノばかりを扱っている業種としては、地震対策なんて有って無いようなものかもしれない。瓶の落下防止を講じようとすれば、お客さんが商品を手に取る時の妨げになってしまう。よしんば瓶の落下を食い止められたとしても、陳列されている瓶同士がぶつかり合って割れてしまうのまでは防ぎようがない。もうこうなると、これは酒屋の宿命と、諦めるしかないのかもしれない。せめて地震保険を商品にも掛けておくくらいか(できるのかな?今一度確認しておこう)。そういえば東日本大震災で被災されたとある酒屋さんの話を何かで読んだことがある。棚の商品はもちろん全部落ちて割れてしまったが、片付けの面倒さよりもむしろ、臭いのすさまじさに生きた心地がしなかったという。そりゃそうだ、単一の商品ではなく、日本酒・焼酎・ビール・ワインと混ざっているわけだから。そういう光景を想像すると、たぶん私などしばらく何も手に付かないに違いない。茫然自失のまま立ち直る気力すら失って、店の再開もままならないかもしれない。そして今回の熊本地震で被災した酒屋さんの中にも、これをキッカケに店を閉めてしまうところが何軒かは出ることだろう。何とも切ない話だ。被災した同業者を何らかの形で支援する機会があれば、微力ながら協力したいと思う。
2016年04月19日
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何だかほんとに息苦しい世の中になってきたなあ。連日報道される、各界著名人の不祥事、しくじり、つまづき。そしてそのニュースを、まるで鬼の首を取ったかのように伝えるマスコミ。そしてそれに乗じて、ここぞとばかりに罵声を浴びせるネット民。もちろん極めて悪質なものもあるが、ちょっとした気の緩みが招いたようなものもある。また、何でこれがこんなに問題になるのか、というレベルの些細なものも少なくない。もちろん有名人なりの"有名税"ということでもあるのだけれど。で、マスコミやネット民にやり込められてしまうと、概ね再起不能になってしまう。下手をすると社会的に抹殺されてしまう例も少なくない。でもそれでいいんだろうか?失敗してしまったものはしょうがないとして、そこからのリカバリーが可能なことを、我々は認めてやらなければいけないと思う。こういうことを言うと「甘い!」と言う人がいるが、人間ってそもそも失敗するものなんだから。どうも社会全般に「寛容」の精神が不足していると思う。他人の過ちに対して、我々はもっと寛容になるべきだ。それは別に罪を見逃すということではなく、法に触れることであればそこは司法に任せ、あとは外野がいたずらに騒ぎ立てないことだ。寛容でなくなった世の中が、若者たちを失敗のリスクにおびえさせ、小さくまとまったつまらない人間に仕立て上げている、とも言えるのではないか。
2016年04月12日
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