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国民投票って虚しいな....イギリスのEC離脱を問う国民投票の一部始終を見ていて思った。もちろん法的に認められた手段ということで問題は無いのだろうし、それほど頻繁に行うものではない“最後の手段”としての認識はされているのだろう。それに国歌の一大事を、誰もが納得いく形で決着つけるとすれば、現時点ではこれに勝る手段は無いのかもしれない。投票率が低ければ、その有効性が問題になるだろうが、今回の72.2%なら問題はなさそうだ。それだけ正当な手段であっても、国民投票にはある種の虚しさがつきまとう。今回と逆の結果になったとしても、同じように感じたことだろう。その虚しさの正体を考えると、ひとつにはやはり国民を大きく二分してしまう怖さがある。日本でもたとえば大きな課題(原発誘致とか)を抱えた自治体の首長選挙なんかになると、その町や村を二分した戦いになって、どちらが勝ってもしこりは残る。住民同士の付き合いの深さや親密度とは別の次元で、嫌悪の感情が芽生えることもあろう。それに、これは実施の仕方にもよるだろうが、“一発勝負”の怖さというものもある。ひとりひとりが熟慮に熟慮を重ね、いろんな立場の人との対話も重ね、最終的に導き出した結論なら問題ないと思うが、特に日本で国民がそこまで成熟しているかどうか疑問だ。その時々の社会の雰囲気や、執拗なプロパガンダに流されないとも限らない。重要な案件だからこそ、“一発勝負”はコワイ。しかもその結果は覆すことはできないから、あとで事態が悪い方に転ぶようなことがあっても、誰も責任を持ってはくれないのである。いずれ日本でも、国民投票が行われる可能性はあるだろう。おそらくは憲法改正に関する事項になるだろう。今から一抹の不安を感じずにはいられない。
2016年06月26日
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過日、大学時代の同窓会があった。専攻単位のごくささやかなものだが。で、その時撮った集合写真を、幹事である私が全員に送ることになっていた。最初はプリントアウトしたものを郵送しようと思っていたのだが、「いまどきはデータで送ればいいんじゃない?」という声を聞き、確かにそうだなと思った。私も日々の業務の中で、PCやスマホを通じて画像のやり取りを頻繁に行っているからだ。結局その声に従い、メールで送ることにした。幸い参加者全員のアドレスは分かっているし、カネも掛からないから良策だと思った。ということで、参加者全員に添付メールで写真を送った。しかし問題はここからだった。まず一斉送信した中で、何通かがすぐに戻ってきた。いずれも携帯のメアドのものだったから、これは察しがついた。スパムメール対策として、PCから送られるメールをすべてブロックするフィルターを携帯やスマホに掛けているのだろう。これは仕方ないので、私のスマホから改めて送り直すしかない。ただ無事に送信できた人からも、ガラケーで見られないので改めてPCの方に送ってほしい、とのリクエストがいくつかあった。彼らにも改めてPCのアドレスを聞き、再度PC宛に送った。ただこれらの過程で写真の添付を忘れてしまったりしたこともあり、かなりゴタゴタした。しかし一番厄介だったのが、そうこうしている中で、誰に届いて誰に届いてないのかがよく分からなくなってきたことだ。実はこの同窓会用に、普段使っているのとは別のメーラーで専用のアドレスを立ち上げて使用していたということもあり、使い勝手が分からず、混乱に拍車をかけてしまった。こんなことならおカネは掛かっても、プリントしたものを郵送した方がよっぽど楽だったかな、と思わないでもなかった。
2016年06月18日
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舛添都知事の、政治とカネの問題をめぐって、辞任せよとの声がかまびすしい。確かに政治家として由々しき問題には違いないが、猪瀬前知事のこともあるし、こんなことでそう簡単に首都のトップがクルクルと入れ替わるのも、またどうかと思う。それにどうせ辞任→選挙になったところで、また大衆受けの良さそうな人がぞろぞろと出て来るだけだろう。ところで東京というのは、人口規模から見ても、それだけでひとつの国家レベルだ。ということは、直接選挙で選ばれる都知事は、さながら一国の大統領みたいなものでもある。現在日本のトップ=首相は、いわゆる「間接選挙」で選ばれているが、他国のような「直接選挙」を待望する声も少なくない。首相の不祥事や疑惑が明るみになると、必ずそういう声が湧きあがる。しかし東京都の様子を見るにつけ、もし日本の首相選びが直接選挙になったら、一体どうなるんだろう、と思わずにはいられない。知名度優先の候補者がずらりと並び、選挙はさながら人気投票。就任したらその政治的本質とは全く違う部分で叩かれ、任期いっぱい持たずに辞任....。かつて日本の首相は交代があまりに早いと、海外から笑われることもあったようだが、もしもこんな状況になったら笑われるどころか、バカにされかねないだろう。間接選挙が必ずしも理想的だとは言わないが、直接選挙というのは、選ぶ有権者の側にも一定の「選んだ責任」というものが発生すると思う。決して具体的に言い表せる責任ではないが、それくらいの覚悟で投票すべきものと心得る。
2016年06月10日
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先日クルマで走行中、進行方向に向って右側の店に入りたいと思ったところ、対向車線のクルマが途切れず、悶々として待っていたら、1台のクルマがパッシングして、道を譲ってくれた。私は軽い会釈と短いクラクションでそれに応え、無事その店に入ることができた。日常よくある光景だが、今話題の人工知能搭載の自動運転が一般化されるであろう近い将来、こういうケースではどういった対応になるんだろう?素人考えだと、人工知能に人間臭さなど求めるべくもない、という気もする。人工知能に「融通」というものが利かないとしたら、私はなかなかその店に入れないだろう。ただひょっとしたらそういった融通も、ある程度プログラムに組み込まれているのかもしれない。ではその場合、パッシングやクラクションなどの意思表示はどうするんだろう?別に私は、人工知能に否定的なわけではない。ただ、人工知能が“万能”だと信じてしまうと、意外な落とし穴があると思えてならない。でも自動運転というものは、人工知能が万能である、という前提があってはじめて成り立ちうるものではないだろうか?。
2016年06月06日
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