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東向島の東武博物館を見学し、再び東武線で2駅先の「堀切(ほりきり)」で下車。堀切と聞いてパッと思い出す人もいるかもしれませんが、かつてTBSテレビで放映された学園ドラマ「3年B組金八先生」の舞台となったところである。走っている車両や景色の細部は変わったが、大まかに当時の面影があり、ドラマの光景がよみがえってきます。北千住の2駅手前の堀切駅は各駅停車(浅草~北千住各駅に停まる準急も含む)のみ停車で、駅舎も北千住方面の西口と浅草方面の東口の2か所が存在する。改札内で双方のホームの行き来は出来ないので要注意。金八先生ではこの西口がよく使われたようだ。堀切を通る列車は浅草~北千住の区間運転が主になる。金八先生放送時はセージクリーム色の8000系などだったが今は10000系などのステンレス車がメインになっている。停車はしないが特急スペーシアも通る。東武伊勢崎線から地下鉄半蔵門線を経由して東急田園都市線中央林間まで直通する急行(堀切は通過)も走っているので、東急の車両も見える。この辺は金八先生放送時とは大きく変わったところだ。浅草方面に直結する東口。堀切から荒川沿いに牛田寄りに歩いたところに京成線の鉄橋がある。そこから浅草方面に向くと、少し曇っていたがスカイツリーが見える。今現在ここで金八先生がやっていたらスカイツリーも映ることだろう。金八先生のオープニングのような路地も眺められる。金八先生が登校して登場人物やスタッフロールが流れそう。果てしなく続く土手には桜中学の生徒が登校したり、金八先生と大森巡査のやりとりも見えそう。川岸では野球やサッカーなどのスポーツをノビノビとやっている光景が広がる。土手から子供が段ボールを敷いて下に滑り降りる光景も見られそう。金八先生の第1回の放送から40年以上が経つが今でも語り継がれているドラマといえ、いろんなエピソードや名言を思い出す。先日、たまたまParavi(パラビ)で金八先生スペシャル「イレ墨をした教え子」を見たときの最後の金八先生の言葉「人は生きているんではない、生かされている」が印象に残っている。普段、自分の力でここまで生きているように思えるけど、実はいろんな人の力で今の自分があるのを考えさせられた。自分が病気になった時に助けてくれた人、人生に絶望したときに力になってくれた人などなど、直接的間接的問わず多くの人の世話になり、また、ひょっとしたら自分も間接的にでも誰かの力になって命を救っているかもしれない。自力だけで生きようとしてもどこかで挫折していたのではと考えてみた。今後、この様な後世に語り継がれるドラマや映画が出来るのを期待したい。「オトクなきっぷ」「おすすめの列車」などをまとめたサイトを作成しました。鉄道旅行の参考になれば幸いです^^生きていてよかった(特別編) 3年B組金八先生ベストセレクション [ 相田みつを ]カツランド 黒髪ロン毛 金八先生 アキバ系 モノマネ カツラ ウィッグ メンズ 男性3年B組金八先生 第1シリーズ 初回限定BOXセット [DVD] 新品3年B組金八先生 第2シリーズ(9) [DVD] 新品 マルチレンズクリーナー付き
2021.09.24
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【9月12日】この日は東武鉄道で発売されていて、伊勢崎線の北千住~押上・浅草及び亀戸線が乗り放題の「台東・墨田東京下町周遊きっぷ」を使ってフラリと出かけてきた^^詳細は東武鉄道サイトおよび自作サイト乗り鉄お役立ちガイド参照^^;東武鉄道公式サイトまずは浅草から伊勢崎線で3駅目の「東向島」で下車。東向島駅は昭和63年までは「玉ノ井」と名乗っていた。改称から30年以上がたち、駅名標が変わっても玉ノ井の表記は残ったままだ。この名前に愛着があるんだろうか?駅の高架下には東武博物館がある。今は15時半までの営業のようだ。入り口の駅名標にも玉ノ井の表記が。。目の前が東武博物館の入り口になってる。入館料は大人210円(交通系ICカードなら200円)で、気軽に訪問できる。東武博物館のサイトその名の通り東武鉄道にちなんだ展示がされている。ED101形電気機関車は昭和3年にイギリスで製造されたようで、どことなく外国っぽいイメージ。昭和26年に製造された特急型車両5700形。一部の車両は正面が2枚窓でマーク周辺の模様から「ネコひげ」と呼ばれたそうだ。車内は現在に比べると劣ってしまうが、多分当時はデラックスな分野だったことだろう。5700形が展示されている場所はホームのような形になっており、奥にはスカイツリーも見える。時代を超えた対面だ。浅草~西新井電化と同時に大正13年に製造されたデハ1形5号電車。東武鉄道とはだいぶかけ離れて旧型国電のような感じ。明治32年に東武鉄道開業に合わせてイギリスで製造された5号蒸気機関車。何とか復元させてSL大樹として走らせたら面白いが(ヾノ・∀・`)ナイナイ博物館の外には特急DRC(デラックスロマンスカー)の先頭車半分が保存されている。国鉄のボンネット型特急車両にも雰囲気が似ているが、特に正面はユニークな顔つきをしている。館内からはDRCの車内に入ることも出来る。昭和35年製造で、国鉄をはじめ特急車両は普通車にリクライニングがない時代にグリーン車に近いグレードの座席を使っているのは、デラックスの名にふさわしい。DRCと同じ位置に日光で走っていた路面電車200形も保存されている。車両と車両の間に1つの台車がある連接車なのが特徴。車内は木の内装で味がある。貫通幌が広く、隣の車両も見えてカーブなどは楽しいことだったろうな。
2021.09.17
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世間では新型コロナのワクチン接種が始められ、我が川越市の59歳~45歳では7月中旬に接種券が郵送され、8月より川越市内の医療機関で予約・接種が行われる段取りでした今回はスマホの予約サイトより予約しようと思ったが、案の定予約開始時はアクセスすらできない状態だった><恐らく電話もつながらないと思うし。。。気がつたときは予約の枠がいっぱいになり、予約ができない状態になってしまった。それでも、ひょっとしたらキャンセルがあるかもしれないと思って、こまめにサイトをのぞいてみた。実際、ピーク時に列車の指定席を取るとか、観光列車などの人気列車、一昔前なら寝台特急北斗星など簡単には切符が入手できないケースもある。しかし、根気よくアタックすればキャンセルが出て取れるときもしばしある。(もちろん最後まで取れない時もあるが)それを思い出して、ある日、予約サイトを覘いても取れなくて残念に思ってい、その約20分後にのぞいてみたら9月6日で比較的近い場所でキャンセルで空きが出たと表示された^∇^早速予約の手続きをして、その約3週間後の9月に接種の日を迎えることになった。正直、この様な接種は久しぶりだし、どういったものか不安はあった。会社の人などの事前情報では1回目はそんなに副反応などは出ずに問題なく過ごせるとのことでいくらか安心した。接種当日に接種場所に向かい、検温、問診の後に接種を受けると、大した痛みもなく本当に接種したのかなと思うくらいだった。2回目の予約をして、15分ほど待機の後、帰ることが出来た。僕は症状は大丈夫だったが、近くにいた人の中にはちょっと気分が悪くなった人もいて、あの様になるケースもあるんだなと実感した。接種後、しばらくは何の問題もなかったが、夜に風呂に入った頃から接種した場所が少し痛くなりそこを意識すると余計に痛みを感じるようになった。といっても生活に支障はなく少し感じる程度だが。寝るときも打った側に寝かえりを打つと少し痛いので寝かえりには気を使った。翌日以降も特に問題なく、会社にも出社できた。問題は3週間後の2回目で、多少は何かしらの症状が出るのは覚悟するつもりだ。でも、それが済むと感染に対する不安は減り、安心した生活が送れそう。もちろん絶対感染しないわけでないので対策は続け、ワイワイした行動は慎むが。。ワクチン接種に関してはいろんな意見があるようだが、前例がない状態で開発し短期間で国民の約半数が接種したのは素人目線ながら改めてすごいことだと思う。今後、万が一日本に同様の感染症が来た時も今回のことを教訓にスムーズな対策が出来る様に祈りたい。【おまけ】JR川越駅に展示されているペットボトルキャップアート。川越市のキャラクター「ときも」がゴルフをプレイしている様子で、先日のオリンピックにちなんだようだ。残念ながらオリンピックは無観客で盛り上がりに欠けたが、なんだかんだでオリンピック、パラリンピックともに実現できて何よりであろう。「オトクなきっぷ」「おすすめの列車」などをまとめたサイトを作成しました。鉄道旅行の参考になれば幸いです^^
2021.09.10
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