仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2026.04.23
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カテゴリ: 宮城

今朝の河北新報に出ていた。涌谷藩志会が主催した講演会(18日、約140人)で、佐藤憲一さんが話したとの事。

あきる野市の寺に、政宗の弟が住職を務めたという資料が残り、義姫と政宗の手紙を見ても仲が悪い様子がない。当時の伊達家は存続の危機もあり、政宗は一人だけの弟を寺に逃がしたのではないか。義姫も自分が悪者になることで藩の安泰を祈った可能性もある。

このような内容だったようだ。新聞記事には、政宗と再会した時の義姫の年齢と近くなり、義姫の気持ちが理解できる、という参加者の感想が載っていた。歴史だけれど、身近に感じられるところが、非常に興味深い。

佐藤さんの説などについては、下記の記事に以前書きました。

■関連する過去の記事
政宗毒殺未遂と小次郎生存説 (2016年5月2日)
再び政宗毒殺未遂事件を考える (07年10月12日)
政宗毒殺未遂事件を考える (07年6月28日)





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最終更新日  2026.04.23 08:45:26
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