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◎昨日の日記はそれにしても唐突だ。いきなり大学院でMBAなんて。その前に病気を治せ、と。年収400万円の仕事もできずにいるのに、それ以上のことをいきなり考えるな、と。結婚だの、両親の今後等を考えるのもいいが、まずは親への借金を返せ、と。もしも、現在、一応の健康があり、コツコツ働いていたならば、経営学を学ぶことを考えてもよかったと思う。うつ病になる人の病前性格は、完全主義者が多い。そして物事を二分割で考える傾向がある。物事のあいまいさを嫌い、すべてをはっきりさせようとして、己のあいまいな部分にもメスを入れて、どうにもならなくなっていく。悪循環だ。◎今日は、おもいきりの寝坊。アパートでは、起きて家族と朝食を摂らなくてよいし、静かなのでゴミ収集車の音がするまで眠っていた。目覚めるまでは安寧であった。目覚めて、焦燥感が襲ってくる。「早くよくなってくれよ」という父の言葉が痛い。突然、話が変わるが台風で水浸しになった家屋。あれは悲惨だ。なにから手をつけたらいいのかわからないだろう。でも人間はどうにかこうにか後片付けをしていくものだ。私の場合はそれを見つつ、悲観し、動かない。いっこうに水は引けない。身体を動かすためにポスティングのアルバイトでもしようかと考えはするが実行に至らない。◎アパートの部屋にはときどきゴキブリが出現する。たいてい眺めながら、そのままスルーする。殺そうという気にならない。触りたくないし。あるとき、少々の元気があって、ゴキの野郎を殺そうと思い立った。ベチャリと潰すのが気持ち悪いので、週刊誌を丸めてなるべく潰さないように注意しながら叩いた。何度か逃げられながら追いかけ、週刊誌が当たると、ゴキブリは足が一本もげ、ひっくり返り、そのままの姿勢で足をバタバタともがいていた。その後のとどめを刺そうという気持ちにはなれなかった。大げさに言えば「殺生」という仏教的な概念が押しとどめたのかもしれない。ゴキブリはしばらくバタバタとやり、そして動きがとまった。「お、死んだかな」と思うとまた動き出す。ゴキブリの嫌な動きだ。ティッシュで取りにいってガサガサとされた時の気持ち悪さといたら、もう。動いたり止まったりという行動が続いた。私はそいつの行動はほおっておくことにした。そして、翌日、ゴキブリは1メートル近く離れたところで死骸で発見された。あお向けで。その生命力に驚く。死んだゴキブリを拾うという行為はとても憂鬱で2日ばかり放置した。ゴキは死後、やや干からびて小さくなった。ゴキブリを一匹殺したがために憂鬱な気分を味わうハメになった。もう、殺さないぞ。気にしないことにする。一匹、二匹と殺したところで、問題の解決にはならない。ゴキブリホイホイ等の設置という案も当然浮上したが、結局、ゴキブリの嫌な姿を見る点では一緒だ。とにかく、私が発見しなければ、問題にならないのだ。ゴキブリ以外においても、知らなければ心の平静は保たれたのに、という出来事はあろう。執着がいけないのだ。このように一歩一歩、お釈迦様に近づきたいものである。
2005年09月30日
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本日、精神科に受診する。たいへんな混みぐあいであった。ときどき思う、精神科(心療内科)はすいているところがいいのか、混んでいるところがいいのか。私は担当医とは大変に長い付き合いであるので、また、最初から話をするのが面倒なのでずっとそこに通っているが、別に医者を変えたっていいんだよな。『イン・ザ・プール』っていう小説を知っている人は少ないかな。伊良部という名前のへんな精神科医がキーマンなのだが、そこはほとんど患者がいない。そんなクリニックも困るかな。以前に、ウェブ日記で知り合った女子大生が診察のたびに20分以上も話をしていることを読んで「それって、自由診療?」と聞いたことがある。ふつうの診察であった。今日の私はいろいろ話したかったのだな。なにしろ、昨日の自殺衝動の件を話さなければいけないし。こういう話は相手が医者でも気を使うものだ。先生が嫌がっているの、わかるもん。そこまで関わりたくないっていう本能のような回避が、非言語的に表れてるもの。「そんな話はしないで!」と言われたら話さないが、ならば、どこで話せばいいのか。本日の私は、この居場所のなさやら、経済的困窮や、家族問題等を、どこかで告白したいのですと、いった。近所の人でもなんでもいいんですよね。誰かがいてほしい、と。その告白の対象に相対している医師は含まれないのだ。あくまでも医療の世界ですから。そんなことをいちいち受容していたら命がいくつあっても足りないのだ。でも、先生、そのあたりの割り切りはプロフェッショナルですね。待合室には患者が待っているし。先生は少々疲れ気味で、目にうっすらと涙をためていたが、椅子から立ち上がり、トントンとカルテを叩いて(これにて終了。)の合図をした。十分聞いてくれましたよ、先生。5分は長いです。いつも2分くらいだから。この先、年収400万円で妻子も持たずにいるのは嫌だ!と先生にいったってしょうがないよな。福祉の世界は超フラット社会。人並みの年収が欲しければ経営者になるしかない。その経営者のなり方がはっきりしない世界で、雇われ経営者の場合は理事長先生に気に入られた、といったたいへん閉鎖性の高い、理にかなっていない世界なのだ。かつて、大きな病院の理事長に「NO!」といってすぐにクビになってしまった経歴のある私に、茶坊主のような振る舞いで、狭苦しい病院という籠の中で強いものにこびへつらうことなど、到底無理だ。正当な理由で、階段を上る道はないのか。(どんどん話が横へ展開するが気にせず)正当な理由でもって、経営者になる道はあった。福祉業界12年のこの私がこの先15年いようが20年いようがなし得ないことを2年間で可能となる方法があった。経営学修士課程(いわゆるMBA)の取得である。大学院は都内には山ほどある。東大もあれば一橋もある。そんなところに入るのはまず無理であろう。私も望んでいない。私が望むのは、医療・福祉・保健の領域における経営学であり、出身者は公営病院の事務長になったり、福祉施設の施設長になったり、福祉の起業家となる、そんな大学院。そんな私にとっての理想的な大学院がひとつあった。ネットでみつけた。それが偶然にも私が卒業した大学なのである。学部は違うが。5人採るって。そのコース。その大学院は5コースあって全部で25人の定員なのだ。どんな人が学んでいるかといえば、医師、病院経営者、公務員が多く、30代、40代の人が多い。ピッタリじゃん。「先生、私は入院中にベッドでそんなことを考えていたんです。このままのじぶんはもったいないって、ノートにメモを書いているんですよ。今日の不安と焦燥の私がこんなことをいうのはへんだけれど、平常心でベッドにいたときは、そのように思っていたのです。苦労が報われないシステムは嫌だ、そんな福祉のシステムをこの私が変えていくことができたなら…(ムニャムニャ)」精神科医もたいへんな職業だな。
2005年09月29日
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何か、ささやかな夢を持ちたくて、ふとマックってどうかしら?と考えてみた。思えば、コンピュータなるものに初めて触ったのは1993年。印刷会社の制作部門に在籍していた私はデザイナーの女の子より手とり足とりで「クリック」「ドラッグ」を教わった。私はコピーを作成するにあたり、じぶんのルポ(東芝のワープロ)を持ち込んでいて特に不便は感じなかった。フロッピーで入稿することもなかったし。結局、紙が大事であった。マックなるものを使ってみたのは、企画書を作成するのにサムネイル等、見た目がかっこよくできると思ったから。見た目のハッタリ。それが仕事だと思っているディレクターもいた。当時の私は、本当はPCなど必要でなく、エンピツと紙、そしてホワイトボードがあれば、イイタイコトはなんでも表現できると思っていた。この考えは現在でも同じだが。「イラストレーター」や「クウォーク?」だかの使い方を覚えたら、場合によってはデザイナーに御願いすることもなくひとりでビジュアル面においてもできそうだと思った。とはいっても当時のマックは高価であり、一人1台なんてとても無理。印刷業界ならではの道具という認識であった。その後、私は広告の世界から福祉の世界へと転職。95年にウィンドウズ95なるOSが発売されるとPC業界はかつてない盛り上がりをみせた。ちょうど、その頃、私はマックのパフォーマ5220を購入。初めてのPCであった。価格も高いし、カッコイイし、物欲所有の満足度は高かったが、振り返れば、ろくに活用できなかった。モデムが内臓されてないしまた、ブラウザがなくて(マックなんとかってのがあったけれど難しくて)インターネットに接続することができなかった。でも、スイッチを押して「ジャーン!」という例の音がなって立ち上がっていく姿はかっこよかった。ハロー!なんてでたっけ。PCと対話するような暖かさがあり、またクリックのもちっとした感触がよかった。PCは以来、外付けモデム56Kとメモリも16Mから48Mに拡張し、ネスケかなんかでページをめくるのがわかるほどのスピードをじっと見つめながら、エロサイトを見たものだ。98年になって、PCとは無縁の福祉業界にもITのイノヴェーションはやってきて、日誌等をウィンドウズで書くようになった。最初はとまどった。なんか、マックとは感触がちがうのだ、うまくいえないが。もっちりとした感じがなくて人間味がない。この頃はマックのシェアは5パーセントを切っていた。以来、PCといえばウィンドウズを差し、マックはヲタクな人かマスコミ関係者に限られた道具だという認識に至った。アップルはいつ潰れるかと思いつつもiMac,iBookとヒット商品を作り、現在はiPodでOSの垣根すら越えた。立派なもんだ。そもそも、ウィンドウズはマックの模倣である。動きもXPより軽そうだし、なにしろノートン先生なぞをインストしてもっさりした動作にイライラしなくてすむ。ウィンと併用してマックも1台ほしいな。それで、なにかジンセイがかわらないかなあ。ウェブデザインを練習してみるとか。絵を描いてみるとか。写真を加工するとか。マカーの方へ、10年ぶりのマック購入希望者にとってのよいセレクトがありましたら教えてください。ウィン機はB5サイズのノートですCDドライブのみ外付けで所有。プロバイダはヤフーBBのワイヤレス。マック初心者はマックminiはいいかeMacか、imacか。なにがよいでしょ?昔のコピー「小学生になろう。」の考えを継承しているマシンは何でしょう。とにかく、マックを使うがあまりに、いろいろな専門的知識を学習しなければならない、というのは嫌なんです。それは、そもそもアップルの思想に逆行するものだと、私は思っているのですよ。ジョブズだってでしょ。※デジタル画像に興味あり。マックで作曲やシンセの音を記録するのも夢があるiTunesはウィンで使っています。ブログ(楽天広場)の使用に困ることもあるかもしれませんね。無線LANの利用の際は、ステーションをまた別に購入しないといけないのかなmac miniの長所と短所も知りたい
2005年09月28日
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(みなさん、今日の私の言動は人を不愉快にする場合があるので、ヘヴィな気持ちになりたくない人は読まないでほしい)己の自殺念慮の気持ちを記録しようと思うからだ。結論からいえば、私は死にませぬ。約束します。ただ、気分を書きとめておきたいという思いがあって、これは、まあ、いいのではないかと思いまして。後々に振り返ったときの材料になるので。じっとしていられないのだ。焦燥感が支配する。これだけ考えて問題の解決にならないのだから、もうだめだと思ってしまう。どうしてもオール・オア・ナッシングな思考になる。仕事、家族、金と重要な項目の解決方法がまったくわからない。自殺する人はこのような状態のときに「死んだ方がまし」だと思ってビルの屋上から身を投げたりするのだろう。そういう人の心境が、今の私にはよーく、わかる。アパートにいても落ち着かず、実家にいてもつらい。居場所がない気分なのだ。(アパートにいる方がずっといいか。)大切な人に心境をいえないのか?という問いかけに対しては、やはり自殺念慮を抱く人はこのいやな気持ちを知り合いにコピペしたくないから何もいわないのだろうと推察する。私は言ってしまったが。あと、大切な人という対象がきわめて少ないという悲しい現実もある。しかし、この気持ちは確信的な気持ちではなくて、衝動的であり、冷静になれば「間違いである」と考え直すことができるのだな。自殺の9割はうつ病の人らしい。ということは9割の自殺は回避できたかもしれないのだ。それだけに、本人も家族・友人もやりきれないだろう。一人の自殺が周囲の人に与える影響は大きく、家族を不幸にする。自殺する人には、そんなあてつけな気持ちでする場合もあろう。まったく身勝手な行為である。私自身についての処置については、とりあえず明日木曜日に精神科の予約があるので、そこで先生に経過報告するだけだ。今、手元にないので服用できないが、セルシンがあれば焦燥は収まるかもしれない。もう半年も前から受診のたびに「キーパーソンがいなくて困っている。」と打ち明けているが、医療の現場においては投薬をどうするかが問題で、セラピーについては管轄外だ。主治医もあまり積極的にカウンセリングを薦めない。「お金が高いでしょ」と先生はいう。確かにそのとおりだし、先生はそもそもカウンセリングについての有効性についても疑問なのだと思う。この点でも私は同意なのだな。精神分析は日本の精神科医療においては時代遅れである。あまり有効だとは思われていない。私は、精神分析は足裏ツボマッサージのようなものだと思っている。痛いところはよくわかる。「心臓・肝臓、痛いでしょ?ヨクナイネ。性欲のところはダイジョウブネ」といわれたところで、肝臓がよくなることはないのだ。単純な理由によるうつは、わりと回復の計画が予定通りにいく。しかし、現在のじぶんのようなコンプレックスなケースだと、治すのは難しい。ただ薬を飲んで休んでいればよいということではない。うつ病は社会的な病気であり、要因が家族や職場といった外的要因にあるならば、そちらを調整せねばならない。が、そんなこと、赤の他人が首をつっこむだろうか。最後の手段は宗教なのだろうか。私は仕事で、以前に末期のがん患者のおっさんが、なんとか宗教的観念で安寧を保とうとしているのを垣間見たことがある。その人は外観に似つかわしくなくキリスト教だった。私は仏教だろうな。禅寺か?一日でねをあげることは間違いないな。
2005年09月28日
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体調が悪く、泣き言になるので、更新できずにいる。※ 大阪大学より来てくれた方、ありがとう。ちなみに、どんなキーワードでたどり着いたのか知りたいな。ときどき学校のサーバー経由のサクセス履歴が見受けられるが、学生さんがどんな経緯でここにやってくるのか、気になる。不安・焦燥感が強い。どうしたらよいのかわからぬ。ハリケーンに例えればレベル4といったところか。カウンセリングについてググってみたが、何がなんだかわからぬ。ヒーリングとか波動なんていったカウンセリングもあり、砂金をみつけるような作業に思えてくる。今の私には、きちんと予約をして一人で相談に行ける人はそれだけで立派にみえる。
2005年09月28日
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ネスカフェはこれまでにも名作CMを制作してきた。「コリアン先生、遠藤周作」なんて30年以上前のCM、今でもよく記憶している。♪ダバダー、ダーバ、ダバダー、ダバダー。2~3日前から流れ出した、ネスカフェのCMはなにげによい。メグ・ライアンが出ているやつ。凄いよ、ライアン、顔にしっかりと刻まれた皺。そして、セーターの下で揺れるおっぱい。ノーブラだな。あのCMのポイントはつりがね型と思われるおっぱいが重力に逆らうことが叶わず、かなり低いポジションにおいてゆらゆらしている点。ジンセイの肯定ですよ。(追記:犬と戯れるという作為的おっぱいゆらり)彼女が何歳なのかは知らないが、結構な年齢だ。大物のハリウッド女優はそれを形成外科的処置もせずに、ありのままの姿をお茶の間に見せている。ネスカフェ黒ラベルのイメージにピターリとくるなあ。CMプランナー/広告代理店はよくぞメグさんを口説いたものだ。企画書や絵コンテで意図(その、ありのままのジンセイを飾らずに楽しもうよ)を知って、同意したんだもんな。この広告のコンセプトがわかりにくい人へ、ま逆な人物を挙げてみます。それは、黒木 瞳ネスカフェの懐の大きさをあらためて感じた作品なのでした。※ (ネスレのサイトでこのCM、観られます。)
2005年09月25日
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本日も情緒不安定あり。I君宅へ訪問する約束も守れず。サンデープロジェクト10:00~を観ようと思いつつうたた寝をしたら15:00過ぎまで熟睡してしまったのだ。身体のだるさ、不安・焦燥感に支配されっぱなしの一日だった。経済的困難をどう解決しようかと思案するほどに、身体は固まってしまう。このような人物は、どのようなかたちで援助されうるのか、自らがケースワークの専門家でありながら考え付かない。保健センターに訴えて保健婦が訪問したところでしょうもないし。市や県の精神関係の相談所に電話をかけたところでなんの解決にもならないし。セラピストという人たちはこの国にはいないのか。いますよ、心理カウンセラーのような人達なら。私はが望むのは、生活全体のニーズをつかんでケアプランを作ってくれる人。高齢者におけるケアマネージャーのような人。いないよな。難しいものな。これができれば、年収1000万円もらってもいいよな。そんな価値、日本人は認めないよな。そんな専門性、わからんよな。相談に応じるだけでレセプトとして報酬を請求できる例外は精神科診療だ。ただ、医学の中での診療には限界があって、社会的機能の点での介入は、医学はしない。そんな面倒で、大変で報われないことはしない。だから、私はこうして本日も夜明け前の心境のままなのだ。
2005年09月25日
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こんばんは、自称ロック通のおぎーのです。BCRやクィーン、キッスといった時代よりロックを聴いてはや27年。齢40にして未だ関心は衰えず、バンドをやりたいと口だけ唱えながら、ギターに触れることもない毎日を送っている。CDを何枚持っているかがよくわからんが、結構もっている。あのCD聴こう!と思えどなかなか見つからず、結局みつからないこともあるくらいある。今日は、ロック少年少女たちへ「コレ、知ってる?」とひとつ、薀蓄をたれようとすることにした。その名はティーンエイジ・ファンクラブ。スコットランド、グラスゴーのバンドだ。結成は90年。私が初めて耳にしたのは92年の2nd『バンドワゴネスク』の「ザ・コンセプト」から。92年は湾岸戦争の年。オルタナティブ・ロックが華やいだ頃で、ニルヴァーナのネヴァーマインドもこの年。そのほか、ダイナソーjRやパール・ジャム、スマパン、UKにおいてはクリエーションレーベルが全盛。マイ・ブラッディ・バレンタインや(オアシスはもう少しあとか、)ライドもそうか、とにかくロッキング・オンがよく売れていた時代だ。ディストーションの効いたギターサウンドがキーポイントだ。オルタナの特徴として、エフェクトのない静かな音から轟音へと飛ぶ緩急のついたサウンドがあげられる。カート・コバーンは「オレが最初。」って言ってたが、真偽のほどはわからない。そんな轟音サウンド全盛時代に「ザ・コンセプト」がFMでガンガンかかり、メタルな音に誘われてCDを買った。ところが、彼らはオルタナとは一線をおくバンドだった。「土砂流れ」の風景ではなくて「手の行き届いた芝生」の風景なのであった。メロディが美しく、歌うことに重きをおいていた。カントリーが大好きな人達なのだった。だから、その静かさに少々当てが外れた気もしたものだ。これまでTFCは9枚くらいかな(わからん)アルバムを出しているが、その中でもこの『グランプリ』をお薦めしたい。4枚目、95年発売だ。珠玉の曲のオンパレードというか、いわゆる捨て曲がない。みんないい曲。なかなかそんなアルバムには出会えないものだ。TFCを紹介するにあたり、最初、ベストアルバム『ヒット大全集』を挙げようと思っていた。これもお買い得のその名に負けないアルバムだが、『グランプリ』も決してベストに負けていないのだ。不思議なもので、TFCの何枚かのアルバムは集大成ともいうべきベストに楽曲の質で負けていない。それだけポップなのです。友人のI君へ(といきなり、個人的なお便り)。※彼はレスポールが好き、ウォーミーなギターサウンドが好きな私と同様のロックおじさんだ。ちょっと、だまされたと思って聴いてみてくださいな。音が凄く凝っていて通向きなのよ。ギターはギブソンの335が主だと思う。アンプもマーシャルじゃなくて、古臭い音を発するのですよ。録音も田舎のお城を借りてスタジオにするのだ(グランプリの場合)1曲目のイントロで、キター!ですよ、きっと。つうことで私信でもってこのコーナーを終わりとするが、このログを目にしたTFCファンは必ず一言コメントすべし!もしもサマーソニックのライブを観た者はその感想を書き込むべし!業務連絡、以上。※追記『グランプリ』がなかったら3ndの『サーティーン』これも同じくらいよい。TFCの入り口はこの2枚だと思う。
2005年09月23日
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毎度毎度、PCに向かって日記を書くにあたり、私はあまりネタをあらかじめ考えないようにしている。アドリブでふと出た言葉がそのときの心理状態を表すと思うからだ。(ブログという世界になり、ネットの公共性といおうか、じぶんの発言に対する責任を感じなければならないのは承知しているのだが、出発点が2002年のライコスダイアリーである。『秘密の恋愛』カテゴリーである。今思えば、特殊な世界であり、ブログ大爆発後のITの進化にあっては、あのような閉鎖性のある、また、強いリレーションをもつサイトは現れないであろう。いい大人の世界にあっては。3ヵ月後には確固としたグループができていた。オフ会も盛ん、会員制コミュニティを通して、みなさん、秘密の会話をするのある。もちろん、セックスカンケイの話が中心。)話がそれた。今日の私はウェブ日記的な愚痴になりそうなのだ。今日はネタをあらかじめ考えていました。先週の入院の出来事である。◎おさらいすると私は12日頃より喉の痛みを感じて、夜間診療を受けるまでに悪くなり、14日に併設された公立の病院に入院した。13日の午前に耳鼻咽喉科の外来受診をしたのだが、じつは外来において、一騒動起こしていたのである。13日。初診の際に私の痛みは情緒を不安定にさせるほどだった。イライラするのだ。誰だってそうだろう。名前が呼ばれて入室すれば、医者はせいぜい30歳くらいの女医であった。別に女医だからどうとか、若いからどうとか、そんなことを考えている余裕はない。とにかく口をあけるだけだ。女医(リカコ先生)は手際よく道具を使いながら(歯科の器具に似ているかな、先は鋭敏)、まず内視鏡を入れるために鼻空に麻酔をし、その後、内視鏡を鼻から入れる。写真を撮り、膿んでいるかどうかを確認するために軽く切る。婦人科の椅子にも似た怪しさのある椅子は、座ると「もう、うごけんぞ」という雰囲気をかもし出し、医者は動きも言葉も早く、鋭利な道具を鼻や喉に差し込んでくる。何をされるかわからない私は当然のように身構えて少なからず緊張する、たぶん誰もがそうだろう。外来は大変込んでいて、鼻への麻酔、内視鏡、喉をみる、といったひとつひとつの行為のたびに一度待合で待たされた。リカコ先生は、熱心に朝顔を観察する小学生のように覗き、そして話をする。『扁桃腺と、その外側にも腫れがあるので、そうすると、膿があれば手術しなければなりませんから、2週間くらいかかるかしら…。入院したほうがいいかな…。外来で毎日点滴を受けることもできるけど…。入院したほうが安全でしょう…。いま休職中ですか…。菌が残っていると再発することもあります…。今は個室しか空いてないので、個室に入院して四人部屋が空いたら移ることもあります。』私は個室という語にひっかかった。差額ベッド代はいくらかかるだろうか。早口の先生に尋ねようかとも思ったが、まず医者には差額ベッド代がいくらなのか知っている者はいないと経験上思ったので聞かなかった。この時点で私は1日じっくり考えて、それで入院するかどうか決めようと思った。診察後に点滴(抗生物質)を受けて横になると、気が抜けたのかダルさは極限に達し、点滴を終えた私は“やはり今日中に入院したほうがいい”と思った。外来のナースにその旨を伝えたが、先生はもういないとのことだった。しかたなくタクシーで自宅へ帰る。父に状況を説明し、入院の用意をしてもらった。よく14日、外来診察。私の喉は昨日に比べるとだいぶよくなっているようだった。声も出るようになったし。私は入院の意志があることを説明した。すると、『今は個室がうまっています。四人部屋ならあるかな』という意外な展開。まあ、ベッドは毎日動くものだ。朝顔観察する先生は昨日に比べて今日の喉がよくなっていることに気をよくしている様子で、私の入院の意志表示に対して『?』といったリアクションがあった。早口でいろいろ話していたがきりがない。先生は思ったことをそのつど言葉に出しているので、患者としても追っていくのがたいへんであった。(結局、何なのか。はっきりしないのだな)昨日の話とはだいぶ内容が違うので、そのあたりを差し向けたが、意に介さない様子でイラだつ私がなぜ、イライラしているのかまったく関心を持っていない様子だった。一度、待合室に出され、再度名前が呼ばれた。いつもは1番なのに、今回はなぜか3番。なんでかな、と入室すると。研修医と思われる若い男がにっこりして、「点滴しますので腕を出してください」といった。ここで、私は感情を抑制することができなくなり、ぶち切れた。「おまえ、点滴って何を打つつもりだぁ?オレが今、水分がどれだけ摂取できているか、食事は何なら摂れるか、おかゆか、ゼリーか、嚥下の状態をふつう聞くだろ?ちゃんと問診しろよ!」檄高する私に、周囲の1番、2番も含め、耳鼻科外来は静まり返り、科長と思われる50代の女医も耳をダンボにして私の様子を伺っていた。ナースは凍っていた。私が言いたかったのは、問診をきちんとして患者の生活状況も含めてインテークしろということなのだ。また、現在の状況を説明し診療のプランをきちんと示せと。私が通う歯医者は診療計画をきちんと説明してくれる。「お痛みありますか?」なんて痛みに「お」をつけるほどに丁寧だ。研修医は私に罵られながらも笑顔で、点滴の針を刺しにいった。ここではずしたら火に油をそそぐことになったであろうが、彼は上手だった。彼は、運が悪かった。本当はリカコにいってやりたかったのだが。パーテーション越しに彼女も耳にしているから、いいか。再度、1番に呼ばれて、リカコ先生と対峙した。私は怒りが収まらず、とにかく怒鳴り飛ばしたい気持ちでいっぱいなのだが、リカコのヤツは決してじぶんに落ち度があったことを認めようとはしなかった。「入院と簡単にいうけどね、入院するほうも準備をしたり家族に世話をしてもらったり、いろいろ大変なんだよ。」このくらいのことを言ってもバチはあたるまい。『水分は摂れているといったから』とリカコは言い逃れをした。私が言いたいのは、その水分はどうやって摂取しているのかということだ。水なのか、ゼリーなのか。トロミなのか。私は、昨日から重要なメッセージをいっている。ウィダー・イン・ゼリーなら、どうにか飲み込むことができる、と。朝顔の観察もいいが、患者が言葉で訴える情報でいろいろなことがわかるだろう。また、食事の摂取量をアセスメントすることは内科であれ、外科であれ、なんであれ医療においては重要だろう。私はリカコが座っている椅子を蹴ってやりたかったが、入院することが目的なのでそこは我慢した。親父にも診察に入ってもらって昨日、私が父にどんな話をしていたかを説明してもらった。本日のベッドは結構うまっているらしい。がだ。私は入院が必要だと判断した。リカコだってそれがいいといったじゃないか。しばらく、リカコと私は「いった、いわない」の不毛な言い争いをした。リカコはカルテにそう書いてあると抜かしやがった。「そのカルテ、読んでみそ?」と切り替えしたかったが、なにしろ病人だからそこまで機転が回らなかった。「ベッドがないなら、作れ!」とベッドのやりくりで苦労したことのある私はいってやりたかった。ずいぶんもったいぶったが、病棟の婦長がやってきて、私は入院することになった。ベッドはあったのである。◎待合室で待ちながら、私はほかの患者さんの様子を観察していた。患者というものは医師に対しては非常に気を使い、へりくだっている。「よろしくお願いします」といった言葉をあちらこちらから聴いた。あたりまえといえばあたりまえだが。医師が患者に怒ることはあっても、患者が医師に怒鳴るなんてこと、普通はないものね。私自身が医療と関係する職に在籍しているので、なにをされたら病院や医者が嫌がるか、そのあたりは体感として知っている。でも、リカコ先生に対しては優しい気持ちであったのだ、ほんと。若い先生に対してはベテラン以上に敬意を表するように、心がけている。「意思の疎通がうまくいきませんでしたね。」と私はいうほかなかったのだが、意思の疎通、コミュニケーション能力って何事にも重要なことだ。つうことで、怒りとともに入院することになった。救われたのは、病棟のスタッフの質が高かったことだ。よい接遇だった。この病院は税金でやっているだけあって、ハード面(設計とか)もよくナースはナースコールが繋がるPHSを肩から提げていて、効率よく動き回っていた。ちょっとはスッキリしたぞ、これで。患者って立場が弱いなあ。苦情をいう人の心理がわかって勉強になりました。
2005年09月22日
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えんえんと長い文章を書き連ねているブロガーは、ほとんどが暇人であろう。と、皮肉な書き出しである。経済的な活動をしないでブラブラしているこの私にはブログという公開オナニー(私の場合はね)はうってつけだ。とにかく、日々の過ごし方がわからないのだから。◎今日は昨日の妙なテンションとは異なって、不安・焦燥感が支配しているのだ。反動だろうか。昨夜の夜更かしによる寝坊がまずいけなかった。ゴミ収集車の回収の音で目が覚めたのである。夜間にゴミを出しておけばよいものを、そんな段取りをしない私はゴミだしに失敗し強い敗北感を抱いた。洗濯・掃除といった本日の予定を消化することができない。ノラ・ジョーンズ、ティーンエイジファンクラブをヘヴィローテーションで聴く。とにかくPCの前に座って、楽天広場の管理ページを見たりする。しょっちゅう見たところでリンクを貼っている人が次々と更新していくわけもなく、しばらくするとみんな見終える。次に、音楽カテゴリーのテーマへと飛ぶ。じぶんの好みのワードがひっかかったタイトルを見るとそこへ飛んでいき、はじめての相手に、なれなれしくコメントする。楽天のブログだけじゃ退屈なのでよそにも行く。頻度としては「はてな」、「goo」、「ライブドア」、「アメーバ・ブログ」といったところか。最近はトラックバックやブログサーチのおかげで、いつの間にかよそ様へいってることも多い。失礼を承知で正直に申し上げると楽天では凄い!と思うブログにはめったに出会えない。◎リンクをさせていただいている『幻泉館日録@楽天』は凄いですね。(実名をあげてしまってすいません。ほとんど自動筆記に近いものでして。許してやってください)ほぼ毎日、浜辺の夕陽がアップされている。これが、うまいのだ。夕陽は毎日やってくるが、夕陽は日々に表情が違う。私は日課として幻泉館主人の撮った写真を眺める。じつは入院していた病院が浜辺にあって、病院の食堂から夕陽を見ることができた。そのときにご主人がなぜ毎日夕陽を撮影するのかがわかった気がしたのである。私は家の者にデジタルカメラを持ってくるようにいいつけようかと思ったくらいだ。1回、この日記でもやってみたかった『夕陽が好き@あいうえお道場』というのを。ご主人はいくつものブログに参加されているということなので、この夕陽画像を見る人が1日に何千人もいるのだ。雑誌に掲載されそうなブログだ。また、このブログには夕陽画像のほかに70年代のカルチャーについてさまざまなネタが出てくる。なんか、下駄を鳴らしてヤツが来る、といった風情なのだ。さらに、ご主人が大好きなボブ・ディランの自伝を翻訳して載せている。そしてコメントも。私はディランのことはよく知らないのだが、確かにボブ・ディランは文章がうまい。英語が苦手な私でもそのあたりはなんとなくわかるのである。一冊の洋書をコツコツと訳す。これはいい趣味ですよ。お金もかからないし。じつは、私もインスパイアされて頭の中にある企画がある。タランティーノの「パルプ・フィクション」を訳してみようかな、と。タラちゃんの脚本はウィットに富んでいるし、生きた英会話の勉強にもなるし。結局、実行には至りませんが。思想的視点に立てば、ご主人のご意見は私とは異なるところも多い。でもね、なるほど、そんな角度から考えているのかと刺激を受けることも多いのです。(リンクされてある日本国憲法の誕生というサイトは素晴らしい。日本人なら1回よむべし。@国会図書館でしたね)現在の右傾化する社会において彼がブログで平和を訴えることには価値がある。お金で買えない価値があるのだな。本当は、沖縄だより、ゼットンの独り言といったおもしろブログを紹介するつもりだったのだが、自動筆記なゆえにこうなる。これで、いいのだ。
2005年09月21日
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§1アパートに帰還する。◎これこれ2ヶ月の放置。部屋に戻るのが怖くてずっと避けていた。本日、耳鼻咽喉科への外来受診の後(おかげさまで日曜日に退院できました)そのままクルマをお部屋へ走らせた。まず、ドア付近に散乱する郵便物やポスティングの類を拾ってDKのテーブルへ。なんとパソコンがオンのままであった。郵便物をひとつひとつ開封する。下水道をずっと払ってないのだ。請求書が何通かあったが、もういつのことやらどれが何月やらよくわからん。一度、おじさんが集金に来たことがあったな。それで銀行口座の引き落としを勧められるのだな。結局、そのままで、口座引き落としの葉書が何通かきて溜まっている。ガスの請求書と「止めますよ」という通知書もあり。えい!と気合を入れて近所のローソンへ払い込む。よし、とばかりに窓口へ電話したら、その請求は、払ってあったのであった。ガス栓をひねるとちゃんと出る、なんだ。でも口座の引き落としにはなっていなかった。とすると、かすかなあの記憶は下水道の口座引き落としであったのであろうか。とにかく、私は請求書と向き合った。フリーペーパーに目を通しながら、ちゃんと請求書も開封した。これだけでも、一歩、前進だと思いたい。テーブルにはグラスがひとつ、牛乳を残したあとだ。2ヵ月後にはどうなっているでしょうか。冷蔵庫の中にはパックの牛乳がひとつ、どうなっているでしょうか。とりあえず、グラスをキッチンハイターにつける。DK周辺には、納豆に似た臭いがなんとなく漂っていた。もちろん、窓は全開にして通気をして辺りを見回すが臭いの元がわからない。結局、わからずじまい。気になるなあ。NHK解約モンダイ◎そうそう、NHKの口座振替の案内と3か月分の請求書が来ていた。結構な金額なのだなNHKも。これまで私は受信料を払っていたのだ。ホントに情けない声と表情のおじさんが集金に来るのだもの。哀れで払っていた。それが彼の営業スタイルだろうが。しかし、今回は作戦を変えてみた。まず、お客様センターへコールする。それで例の請求書が来ていることを告げ、さらにもうこの住所にはいないから解約してくれと嘘を言ってみたのだ。じつは今年の3月から引越しをして実家に住んでいる、だから払わないとはっきりいってみた。電話の向こうの若い女性は感じのよい口調で、実家の住所を尋ねてきたのできちんといった。それで、終了。NHKのデータファイルから私のファイルが消えた、かな?けっこうあっさりしたものであった。私はNHKを嫌っているわけではないし、できれば受信料を払いたいと思っている。しかし、今の私にはその余力はない。担当のおじさんは私がまだアパートに住んでいるのを見つけてやってくるかもしれないが、その時には正直に言おうと思う。「申し訳ないがNHKの受信料を払うほどの経済的な余裕がないんです」と。一人前の人間になることができたおりにはこちらから連絡します。そして堂々とNHKを観ることになるのです。一山あった郵便物の類がなくなると私は少し充実感すら覚えた。やればできるじゃないか。過ごし方がわからない◎つけっぱなしのPCの状態もなんだかへんだった。無線LANを使っているのだがアダプターの接触が非常に悪い。ヤフーのサポートセンターにPHSより電話をする。やっと繋がっておねえさんに説明すると、ちがう番号を教えられた。そこに掛けなおすとPHSは繋がらないのだ。がっくりだ。口腔外科へも予約の電話をしたが、テープが回っていた。精神科クリニックへも予約の電話を入れたが今週はもういっぱいとのこと。ようやくこうして予約の電話ができるほどになったというのに、この有様だ。今日の私はのべつ幕なしで、出来事を書き飛ばしている。このテンションもなんかへんじゃない?とにかくキッチンのテーブルに向かいつつ、私はなにかをしなけれなならなかった。掃除、洗濯、整理整頓とやることは山ほどあるが、それはボチボチやればいい。本日の目標は部屋で過ごすことにあるのだ。わかります?この気持ち。じぶんの部屋にいることに慣れようという気持ち。わかります?家族カンケイがおかしいの◎この何ヶ月か、私は経済的困難さより実家(老父・老婆)に帰っていた。それで何をしていたかといえば何もしない日々であったのだ。オフクロの介護のためにヘルパーがやってくる時間には必ず四畳半の部屋に引き込んでいた。顔を会わせたくないのだ。私と両親の関係は妙な共依存の関係にあるのだ。家事を行う短気な親父がすることは飯を食わせること。まったく動かない者がカロリーだけ摂っていればどうなるのかわかるだろうが、親父はわからない。早い話が正しい親子関係を形成することが難しいのだ。このごろ初期の痴呆の兆候すらあって、私の神経は癒されないのだ。脳梗塞の後遺症で片麻痺の老婆と短気の父。この夫婦関係もふつうではない。しかたなくくっついているしかないのだな。老婆は言葉で爺を挑発し、そのたびに父は挑発に乗る。夕ご飯に毎回繰り返される儀式をこちらは見ていなけりゃならない。私の病気にいいはずがない。現在、私の経済は父の管理下にある。とっくに破産しているのだ。だから、どうしても実家に居ついてしまう。「お前に、***まんえん使ったよ。」とボヤかれれば子とはいえ自責の念を感じる。うつ病患者に、いってはいけないことなのだが。※日記とはいえ、私のことを知っている人も読んでくれるのでこんな恥ずかしいことは書きたくないのだが、勢いで書いちゃっているので許してほしい。なにかをしていないと。どう過ごしたらよいかわからないのだ。§2四人部屋の病室を回想するカーテン越しの会話◎今回、アパートに帰還するきっかけとなったのは、皮肉にも扁桃腺炎による入院であった。独身で一人っ子の私には頼る者が老父しかいない。4人部屋の病室には、隣に20代の新婚らしいサラリーマン、向かいには20代前半の営業職である独身の男がいた。若夫婦のサラリーマンは整形外科での入院だ。脊髄の病気らしく(腫瘍ができるような)前回の手術も最近らしい。ルックスは薄めというかミスチルの桜井系だと思ってくれ。痩せぎすで、おとなしい性格。夕方になるとやってくる彼の嫁さんは、一言で言うと押しかけ女房タイプ。ブスといったら失礼だが、かあちゃんボディだ。その嫁さんはその日の仕事の出来事をあれやこれやとしゃべり続ける。口調はけっこうかわいい系。話の内容から店員さんのようだ。夫は、「うん、うん。」と95パーセント相槌を打っているのだ。嫁さんは今日あった不愉快な出来事(この私にはほんの些細などうでもよい事)を病室でしゃべりつつける。カーテンの向こうにはオレが寝そべっているのだな。できれば、ちょっとは気を使ってほしいのだな。嫁さんが気を使っているのは、私への静寂への配慮ではなく、話の内容を聞かれたくないというところからくるものであった。しばし、静寂が訪れる。カーテンがゆらゆらと波を打った。「なんだよw」とか小さな笑い声が病室に響き渡るのである。『…。そんなこといってアタシを馬鹿にして。もう、帰るからね。』と嫁さんはいうが、もう帰るってこれで何回目だ。なかなか帰らないのだ。亭主は結構な苦痛を伴う病気なのだ。オペの1両日は個室にいたし、全身麻酔するような、3時間半もかかるような、病名は知らないが、虫垂炎よりはずっと重たい病だ。ミスチル桜井の病気を心配するのは嫁さんだけではなく、もちろん両親も心配し、お昼頃にお母さんが見舞いに来る。その母さんと嫁さんのキャラが似ているのだ。嫁と姑のキャラのカンケイについて母さんも、「うん、うん」相槌を打つ息子を相手に、愛犬のラブが最近ずいぶんと衰えてきたとか、ミツコサン(嫁)の妹が美容室の面接に行ったが労働条件が悪いのでやめたとか、ミツコサンの親御さんが孫の出現に多大な期待を持っている等…。『孫といわれてもねえ、あなたたちも大変なんだし。キョウコサン(妹)だっていくつも年が違わないんだから、キョウコサンが先でもいいわよねえ。(中略)レオパレスって冷蔵庫とかついてるんでしょ。あれなら身軽に引っ越せるわねえ(なんか話が飛びすぎ)』夕方になると嫁さんがやってきて、床頭台の扉を開けて衣類の配置が雑になっていることに気づき(母さんがやった)文句を言い始めるのだ。えんえんとミスチル一族について書いているが、なんでこんなにくだらないことをわざわざ忙しい皆さんを前につづっているかといえば、平凡な暮らしの幸福を感じるからなのだ。我が家にはないサザエさんのようなドラエもんのような日常がここにはあった。ミスチル桜井は20代の青年にして、この私よりもずっと大人なのだ。彼は社会人として定職に就き、自制心を培い、押しかけ女房の嫁さんに家計を預けて、なんとかやっている。特にエリートとかIT産業とかでなくとも、職縁のつきあいを中心としたサラリーマン生活をやっている。本当にえらいことだと思う。その若さならば、私ならかあちゃんボディの積極的な勝ち犬の戦略に乗らずに月1回の合コンを楽しみとする毎日を行っていそうなのだ。身を固めた桜井はえらいし、育てたかあちゃんもお父様もえらい。愛犬ラブもえらい。私には当たり前の親子関係が羨ましかったのである。※駄文に最後までつきあってくれた方、読んでくれてありがとうね。
2005年09月20日
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ノラ・ジョーンズのセカンドアルバムを買った。もうだいぶ経つが、とてもいい。感想を一言でいえば「ゆるい」。ファーストもゆるかったがさらにゆるーい仕上がりである。自然体といってもよいか。自宅録音といってもよいか。ベースはエレキからウッドベースに変わったし、アダム・レヴィのギターも手数はますます少なくなりゆるい運指だ。世界で1000万枚以上売る音楽というものは、たいがいそれなりの戦略があるもので、もちろんビートルズにしたって友達がガレージでバンドをするような音ではない。ノラの場合は戦略がみえないのだな、そういう戦略かもしれないが。前作も隠し味としてあったが、今回はカントリーミュージックの色が濃くなっている。ジャズとカントリーの融合が斬新なのか、よくあることなのか、ジャズシーンの知識皆無の私にはわからないが、現在、アメリカではカントリーがちょっとしたブームなのだそうだ。元祖巨乳アイドル、かのドリー・パートンも1曲参加してノラとデュエットしている。御大を相手に動揺もなく、まったりとノラサウンドの中に溶け合っている。ドリーの出すぎたキャラクターをちょうどよく抑えている。ファーストは日本で記録的に売れたらしいが、このアルバムもお薦めだ。どうぞ、みなさんも聴いてみてください。彼女のボーカルにはダウナー系の麻薬のような癒しがある。ジャニス・ジョップリンを引き合いに出していたブログを見つけたが、あながち間違っていない。攻撃性を取り払ったジャニスかな。名盤といってもよいでしょう。
2005年09月19日
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やたらめったらトラックバックしやがって、みんなが迷惑してるんだよ。思わず、行きそうになるじゃないか。いって、登録して、いいことなんか、あるわけないんだよ。メールアドレスがいろんな業者に流れて、迷惑メールで受信箱がいっぱいになるんだよ。それにしても、デリバリーボーイなんて虫のいい商売なんか、あると思っているやつ、いるのかな。女は男と違ってセックスするのに対価を支払う必要はない。よほどのケースでないかぎりない。身体障害者の女性であっても、セックスのお手伝いは男性のボランティアがやる。福祉の人だ。出会い系サイトですらセックスを得ることができないとしたら、それはどういう女か。ちょっと考えてみろ。ぞっとするじゃないか。※ (ここで新しい切り口を思いつく)50歳以上を対象とした出会い系サイトがあってもいいな。あるのだろうが、いわゆるシニアの結婚紹介所みたいなものだろう。もっと即物的なサイトを望む大奥様は潜在的ニーズがあるかもしれぬ。デリバリーボーイに登録する若者よ。どんな婆さんがやってきても、きちんとエスコートせよ。このブログへの投稿は大歓迎だ。
2005年09月18日
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12日より激しい扁桃腺の痛みあり。はじめはクーラーの風を直接受けたのか、風邪かと思い布団に横になってじっとしていたが、ぜんぜんよくならない。13日未明に耐えられなくなり夜間診療の受診をすることにした。唯一の頼みが、親父。痛みのためにイライラがつのり攻撃的な性格になった状態で父にほとんど出ない声で「だんどり、考えろよ!空気よめよ!」と指示する。そもそも介助とか相手を慮る能力が著しく低い男なのだ。嫁さんなり、愛人なり、なんなりいればこんなことにならずに済んだのに。夜間診療の医師がデクノボウであれば、攻撃的に「わかる人を呼んでくれ」とメモに書くつもりでいた(声がでない)医師は咽頭を覗いてほぼわかった様子で、親父に朝になって行くべき病院についてもこっそり教えてくれていた。私はといえばベッドで点滴を受け、ボルタレン座薬をナースに入れてもらい、じっとしながらA病院にしようかB病院にしようか、各病院のケースワーカーの顔を思い出しながら考えていた。耳鼻咽喉科のケースって一度もやったことがなかったのだ。結局、隣接の公立病院にいった。(医師が父にこっそり言ってくれた)「紹介状は?」紹介状なんかもってなくともオレは自己紹介できる。なんてことは言わなかったが夜間診療の医師も「紹介状」1通に3000円もするの馬鹿らしいでしょ?とたいへん合理的考えがあり書いてもらうことはなかった。みなさん、「紹介状」って中になにが書いてあるか知っていますか。『***さんをこのわたくしめが紹介します。』なんて書いているわけではない。簡単な医療情報が書いてあるだけ。そんなの自分でメモをかけば済むのだ。これを「自己紹介」と勝手に命名した。その公立病院は紹介状持参を原則としている。こんなことをするのは町のお医者さんの営業に差し障ることがないようにとの暗黙の了解なのだ。医師会の都合であって、患者本位のことではない。受付で新患相手にオームのように同じ事を繰り返すナースに蹴りを入れたくなった。ということで本日より入院し、状態が悪ければオペだ(怖いっす)2週間は入院するので更新するのは退院後に。まったく呪われた40歳なのだ。
2005年09月13日
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世間は小泉劇場の話で持ちきりだが、民主党の情けなさを今更嘆いてもしかたない。私は嘆くことなくスッキリした気分。解散時の私の願いは自民の大勝か大敗のいずれかであったので。今回は共産党・社民党にスポットをあててみたい。毎回、選挙結果をみて絶妙だと納得するのだが、この二つの共産9、社民7という数字には意味がある。憲法改正問題や社会保障制度についての政策の対立軸になるからだ。「大きな政府」を標榜する勢力も必要である。今後、憲法改正の議論が活発になる。その時に自民・公明・民主の3党だと議論が盛り上がらないと思う。独裁的な政治を心配する人は保守勢力にもたくさんいる。憲法9条についての改正案が国民投票まで上がっていった際に、国民には十分に考えるだけの資料が必要だ。共産・社民はわかりやく国民に説明してくれるだろう。志位さんも福島さんも弁舌がわかりやすい。次回の選挙で大きな勢力になる可能性はあると思っている。特に、民主党の横路さんの一派と社民が一緒になれば、けっこうな勢力になるだろう。4年後くらいにはまったく新たな政党制ができればなあと、ちょっぴり夢をみたくなるのだ。
2005年09月12日
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うう、眠い。がだ、とりあえずスピード重視でエントリーするか。20時になり各放送局の出口調査の結果がでた。自民の300議席を超える大勝という結果。これにはビックリ。TBSを観ていたが筑紫キャスターの様子がおかしい。こんな結果になるとはまったく予想していなかったのだろう。リベラルな筑紫さんはやや頭がフリーズぎみで精細を欠き、「大丈夫かいな」と心配するほどにヘロヘロだった。一方、久米宏は水を得た魚のように、冴えた質問を各党の幹部にしていた。番組として、これは久米の番組だった。相変わらず彼は反射神経が早かった。なぜ、民主党のひとり負けになったのか。敗因を、小泉劇場のワンフレーズポリティックスに対して、愚直なまでに岡田党首は各分野の政策を訴え続けた。それが国民に伝わらなかった。党首はそう思っている様子。が、それは問題の所在としてたいした原因ではないと私は思っている。私は、民主党が掲げていたマニフェストの評価すなわち通信簿がきちんと票として表れたのだと思っている。政策の実行をなによりも重視する民主党が政策における通信簿を×と評価された。そう思っている。残念なのは民主党に自覚が低く、小泉劇場というイメージ戦略にやられたと思っていることだ。ちがうのよ、有権者はそこまで愚かじゃないのよ。私はこれまで民主党に投票しつづけてきた。政権交代こそが政治を変える唯一の手段だと思っていた。しかし、一連の小泉のけんか手法。これは一種の政権交代なのだと極端にいえばそういっちゃう。この与党が3分の2を占めるという状況。この中でどのようなガラガラポンが起きるのかまったくわからないが、グダグダの民主党はその左と右の同居に耐えられずに分解していくだろう。これは希望的な推測だ。選挙の結果が出る度に、「絶妙なバランスだ」といつも納得、感心してきた。しかし、今回の結果は「えええええ!」ってかんじ。しかし民意はしっかり受け止めなければ。マスコミによる官製情報による自民の勝利、なんてことをいう人を私は信用しない。イメージ戦略は選挙の重要な要素だ。民主も自民も土俵は同じ。ここで民主は負け惜しみをいってはいけない。これまで民主に投票してきたこのおぎーのに失敬だ。
2005年09月11日
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ぼんやりTVの画面を観ていたら、テレビのCMで『ニュー・シネマ・パラダイス』が挿入で使われていた。あのサウンドトラックとトトの顔で一瞬にして記憶が戻り、感情失禁してしまった。まだまだ容態は思ったようにいかない。ほんの数秒の音と映像。それで泣く。それは病気のせいとして、映画が公開された時、すなわち1989年当時、なぜ私はあの映画で泣いてしまったのだろうか。1989年、私は新橋にある広告代理店で、求人広告の制作の仕事をしていた。わかる人にはこれでわかるであろう。インターネットなぞなく(日経テレコンという電話回線を使ったデータシステムがありました。利用料がべらぼうに高いのだ)、ワープロすら使わずすべて原稿用紙への手書き、デザイン制作でマックを使うこともなく紙と糊と定規でレイアウトをしていた時代。求人倍率は上昇し続け、企業は慢性的な人材不足、よって求人誌のページは厚くなるばかり。深夜残業も増えるばかり。制作職は平均年齢24歳くらい、会社全体の平均年齢が26~7歳、平均勤続年数は1年半。ようするにほとんど子供による会社だった。今に例えればIT企業はこんなかんじかな。誰もが広告の世界で成功したいと夢をみて、お互いにライバルで、そして飲み屋で夢を語り合った。足が臭くなるほどに徹夜をしていた僕らが、なんとか時間をやりくりして観に行きたいと思った映画、それが『ニュー・シネマ・パラダイス』だった。ある者が20:30の最終回の上映に間に合って映画を観る。次ぎの日にそいつは、その映画がいかに素晴らしいかを熱く語り、その話に影響された者がなんとか最終回に間に合って…、といった具合に映画の評判は口コミで拡大し、さらに2回観るやつが出現し、みんなが少なくとも1度は観るようになると今度は映画の詳細について(あのカットは、さあ…)語りだす。15人くらいのチーム全員が『ニュー・シネマ・パラダイス』を共有していた。社内の広告賞を取り続ける才気ある者も、私のようにうだつがあがらずいつクビになってもおかしくないものも(クビ切りは日常茶飯事、毎週のように送別会や歓迎会がある会社だった)、映画を語る熱に先輩も後輩もなかった。僕らの行動には共通点があって、銀座のシネスイッチで映画を見終えるとしばらくシートで呆然とし、ふら~っと夜の人気のない銀座にでると、夢遊病者のように新橋まで歩いてしまうのだ。(銀座で地下鉄になぜか乗らない)私の告白に「オレもそうだった」と次々に同調者が現れた。あれはなんだったのだろう。シチリアを出るトトにアルフレッドはぜったいに戻ってくるな、と強くいう。アルフレッドはトトにさまざまな訓話をするが(たいていが映画の台詞)そのなかで「自分のすることを愛せ。」という言葉があって、私の先輩はその言葉をいたく気に入っていた。(彼は今も広告の仕事をしているのだろうか)アルフレッドのトトへのメッセージがクライマックスで公開されて、そこで観客は泣いてしまうのだが、その理由をどうしてもここで文章化して表現することができない。あのラストは反則だよ、なんて嘆いてみせる者も、その後ノーカット版がビデオで出るとやはりラストはあれでないとダメだということになる。じつは私は映画前半、トトが捨てカットのフィルムを電灯にかざしながらひとり遊びをするシーンでもって半泣きになっていた。これも理由がわからない。結局わからぬまま、これでおしまい。(追記)そうか、あるメディアの虜になってしまうという点では僕らといっしょなのか。
2005年09月11日
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昔のはなし。告白すれば私は経済学部に在籍していたのだ。「在籍していた」という表現がもっともふさわしい。なにしろ1年生次においての取得単位がゼロだったので。まだ春先で履修届を出してまもない頃、ある教室で先生よりカール・マルクスさんの有名な言葉を拝聴した。『すべては疑いうる』と。この言葉を耳にして、このぼんくら学生はあろうことかマルクス先生を疑ってしまったのである。まず資本論を読むことをやめた。内容が難しすぎるうえに、その内容にまちがいがあるかもしれないとすると、なんでそんなに不毛なことをせねばならぬのか。千葉にある巨大テーマパークでアルバイトを始めると、活発な女の子たちと知り合いになれるわ、お客様の楽しい思い出フォトにいっしょに写るわ、シャッターを押すわ、20:15には花火を見てるわ、で、薄暗いオフィスビルのような校舎に行く気持ちがなくなってしまった。思い起こせば、私の厭世的人生はこのときにスタートしたといってもよい。みなさんにはどうでもいい話なのだが。マルクス先生の世界に行くことはなかったが『すべては疑いうる』という言葉だけは脳内にしっかり記憶され、現在にいたっている。話はそれだけ。どうぞ、このデクノボウのいうことを疑ってくださいませ。人間は嘘をつく生き物ですので。
2005年09月10日
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この一週間は選挙モードだった。もともとがただの個人的な日記ウェブだったのに、評論家気取りというか、TVのコメンテーターというか、偉い人みたいであった。エロい人だったのに。気持ちいいのだ、この手のブログって。2003年がブログのはじまりでインテリな方が質の高いブログをどんどんエントリーしてきた。大学の先生等、きちんとした方は必ずソースをまず出してそれに対してコメントしている。トラックバックがいくつも付き、コメントも10以上付く。1日のアクセスが1000はあるだろう。で、ほぼ毎日更新されるのだ。みなさん、凄い意欲だと常日頃思っていた。寝る間も惜しんでブログに費やしている人たちなのだ。そんな社会派ブロガーの皆さんの意欲が少しわかってきた。TBされると嬉しいのだ。相手のブログも見に行き、場合によってコメントをしたり、こちらもトラックバックする。TBつながりで同じ匂いのするブログがリンクされて、相乗効果でアクセス数があがる。私のサイトはたかが200とか300くらいのヒット数だが、これが1000、2000となれば、ますますニュースを追いかけて、日々、更新していくことになるのだろう。私のブログはプロフェッショナルを求めず、よってニュースソースをきっちり出してそれに対して評論するようなことはしない。あくまでコラムあるいはエッセイの域を出ない。それを守っている。なぜかと言えば面倒だし、言質を問われるリスクも増える。それにソースにコメントが限定される、そのようなことを窮屈に感じるからだ。誰かが作った資料について解説をする、これはまさしく先生の仕事である。私はそんなスタイルよりもじぶんの直観にたよりたい。かつてナンシー関はいった。『わからないことはわからない。』名言である。どこまでも己の感じる印象、嗅覚、ねたみ、そねみ、いぶかり、先入観に任せて、ある命題をあげたらとりあえず結論づけてしまう。そんな文章のスタイルをこれからも続けていきたいな。橋本治のように。
2005年09月10日
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昨日、自民党案に反対と書いたが、よくよくよーく考えて賛成することとした。今朝の朝刊で自民党案と民主党案を比較し、図式もよくみて考え、民主党案ではとてもダメだと思った。妥協を重ねた案にしても自民党案の方がずっといい。民主党の郵政公社を当面維持し、8年で郵貯・簡保のお金を半減するという案。これではまったくてぬるい。まだまだ規模がでかすぎる。将来的には郵貯・簡保を民営化または廃止とうたっているが、具体性に欠ける。今回の選挙向けに付け焼刃で考えたような印象を受けた。そもそも、民主党は解散前まで本気で郵政問題について取り組んでいなかった。やっていたのかもしれないが、ぜんぜん伝わってこなかった。自民党の反対派たちの動向を眺めながらの様子見をしていたわけで、解散についても見通しが甘かった。まさか、小泉が本当に解散するとは思っていなかったのではないか。民営化反対の人の中で、公社では黒字を出しており公務員といっても税金は1円も使っていないじゃないかと主張する人がいる。民営化されたら赤字だぞと。一見、妥当に思う。が、黒字というのは郵貯・簡保の莫大な預金額による利益を郵便制度に補填しているからだろう。郵貯という貯金箱で郵便局員の人件費をまかなっているのではないだろうか。昨日、元・郵便局員さんのブログを読み、その仕事の“お役所ぶり”を知ってショックを受け、もう一方で「やっぱりな」とも思った。今からでも遅くない。10年かけて民営化してJRのように再生させないといけない。アメリカ陰謀説についてのブログもとても多い。毎年、アメリカは金融や農産物の輸出等、アメリカにとっての国益となることをいろいろ求めてくる。小泉および竹中は陰でアメリカとつながっているかのような話がたくさん出ているが、私にはトンデモ本の類に思える。一見、もっともらしいが。そもそも外交というものは笑顔でお互い握手をしながらテーブルの下では足を蹴りあっているようなものだ。外交は鉄火場だ。銀行にしたって金融庁の管理下にあり、何かあればすぐに業務改善命令だ。外資に安売りすることを役人が許すわけがない。金融機関にとって、金融庁による監査ほど怖いものはない。またしても大企業のお偉いさんが黒塗り社用車で伺いに上がり、一歩、財務省の中に入れば七曲署のような雰囲気の事務所で丸椅子に座らせられることになる。(丸椅子に拘ってたりして)37歳の課長補佐にコンコンと説教されるハメになるのだ。今回の騒動の裏には、郵政省と財務省のテリトリー争いという見方があるが、これはまあ正しい。しかし、これまでのようにいいように官僚が運用することはできなくなり民間の裁量で運用することになるのだから、現在の状況よりはずっと健全化されるはずだ。本日の郵政談義はここまで。
2005年09月09日
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つい数分前まで、自民の郵政民営化に賛成していたが、考えを改めることにした。私は現在の法案に反対します。理由は、内容が悪い。4事業を完全に分割しないといけない。詳細は難しくてわからないが、とにかくエクセレントな法案でないといけない。継続審議にするべき。綿貫さんらの考えに同意しているのじゃないですよ。その逆。民営化には賛成だが、法案には反対だ。(どこかの政党と同じになってしまった)有権者が郵政についての判断を決めるのは、とても難しいことだ。経済についてのそうとうな知識を必要とするし、学者によって意見がまったく違うし。ただ、郵貯を解体する必要はあると思う。230兆円なんて巨額なお金を国有しているのはおかしい。お金は流通させてこそ生きるものだ。アメリカの陰謀論を唱える人もいるが、まったくのナンセンス。そりゃアメリカの市場は歓迎するでしょうよ。(いや世界の市場が大歓迎でしょう)国のお金をアメリカに盗られると思っている人も多いようだが、そもそもそのお金は国のお金ではなくて預金者のものでしょ。ハゲタカファンドうんぬんといった話は、フックにはなるが世界の経済を考えるとあほらしい。市場に流れるお金は流れているわけで、誰かが取るということではない。貸す人と借りる人がいるだけでしょ。銀行はお金を集めて誰かに貸して利ざやをかせぐ。その繰り返しでしょ。お金を借りたい人が借りやすくなれば、事業を運営しやすくなるでしょ。(なんか、まちがいあるのかな)今まで、日本は巨大な貯金箱に郵貯を集め、人々はそれで安心していたのだが、ちょくちょく下の蓋をはずして道路やなんやら公共事業のために引き出していた。預けている人はその辺の情報をよく知らなかったわけだ。無駄遣いをしていたので、貯金箱の中身は目減りしていて、もしも皆さんが預金を引き出そうとしても、だいぶ足りないのだな。運用の仕方がデタラメだったってこと。このお金の流れはイカンザキなのだ。小泉首相のいう改革とは、この貯金箱のインチキを禁止すること。道路や特殊法人といった先に貯金箱のお金をいかないようにする。「郵政改革はすべての改革の本丸」と小泉首相がいうのはこういうことだ。自民党で民営化に反対していた人は、蓋をはずす何がしかの力があり、中身のお金の行く先と利害関係にあるわけだ。「田舎の郵便局がなくなる」だの「ユニバーサルサービスを維持するために…」等々、声高に叫んでいる人はじつは蓋に関心があるのだ。自民党案よりも民主党案の方が、郵便局の規模の縮小に積極的らしい。(これ、全国の郵便局の数を縮小するってことじゃないですよ)郵便局の組合の人は支持する民主党がリストラするなんていうと反対するに違いないのだが、岡田党首は説得するという。そんなの無理だろうとちょっと前まで思っていたが、うーん、一度もまかせないで信用しないのもなんだかな、という気持ちが沸き起こってきたのだ。9・11まであと3日。3日あるとまた考えも変わるかもしれぬ。本日の郵政談義はここまで。
2005年09月08日
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最初に彼らの音楽を聴いたのは3ヶ月くらい前のことであろうか。スカパーの音楽チャンネルを流していたら『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』のPVを偶然観ることとなった。MTVってくだらん!とぼやくオッサンのハートにサンボの音が揺さぶりをかけてきたのだ。雑誌から目を離して、むむむっと視線をテレビに移すと、眼鏡をかけた秋葉系の男がジャンプをして『ジャン!』と曲が終わった。かっこええ。ロックにうるさく、いつもいい音楽を探しながらもなかなか出会えずにいる私はこの男に釘付けになった。ジャンプした足がハードルを飛び越えるように開いていたのである。「これは本物のロックだ」と確信した。サンボについてはその1回きりの経験で、存在を忘れかけていたが、今年のフジロックでの評判がとてもよく、ライブに行きたくなった。先週、ドラマ『電車男』を初めてみたら、エンディング曲に『世界は…』が使われていて、メンバーが登場してPVと同様なノリで画面に映っていた。それを観て、またグッと来てしまった。邦楽バンドに釘付けになることなんて、ここ20年ほどなかったのに。彼らの音楽は楽曲のよさと演奏のうまさにつきる。(といいつつ1曲しか知らないのだが)粗いのだ。いまどきレコードであんなに粗く作るとは確信犯である。ライブパフォーマンスに自信があるのだろう。3ピースバンドだもんね。レスポールをやや上の位置に抱え込むように構えてコードをかき鳴らす眼鏡の男。名前は知らないが、彼はロックがなんたるかをよく知っているということはわかる。彼の姿になぜか若き日のポール・ウェラーを連想した。外見はぜんぜん違うのだが。
2005年09月07日
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Infoseek総選挙2005のログに「憲法9条についても考えようよ」のログをトラックバックしたら、削除されてしまった。公職選挙法に抵触しそうなことを書いてしまったらしい。なにがいけなかったのかわからない。どこか、特定の政党や候補者を支持したり誹謗することを書いているのかな。自民や民主が9条について選挙の争点にしていないことは、新聞にも書いてあることだし。護憲と改憲のどちらの考えかに偏らないようにしたつもりだが。じぶんはどちらかといえば改憲だとじぶんの考えを述べたのがいけなかったのか。ブログのタイトルだけで内容を読みもしないで削除するなんてことは、インフォシークさんほどのサイトがするわけないし。よく、わからないのでもう1回TBしてみるか。
2005年09月07日
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このところ選挙カンレンの文章を書いているが。それよりじぶんのことをしっかりせい!っていうもうひとりのじぶんがいる。政治談義は芸能談義と同じで、知り合いのことをあれこれいうわけではないから人間関係を壊さない。公明党についてだけ気をつけていればよし。それで、好き勝手なことを述べているわけだが、そのまえに心の病どうした?だ。依然として引きこもりでアパートにいけずにいるのだ。日中は現実逃避の惰眠をむさぼる。漠然とした恐怖があるのだ、外界に対して。日課はさまざまな夢をみることで、毎日ホントにけったいな夢をみる。これが精神衛生上によいのかどうかはわからない。フロイトなら夢判断をするのだろうな。精神分析の父・フロイトさんの膨大な著作をろくに読まずにいうが、リビドー説はだいぶ怪しい。精神分析の妥当性はかなり低いなと勝手に思う。効能は占いくらいのものか。白衣の先生に、『その夢は***の象徴なのだ』と言われて、「はあ」とうなずき、「オレがいま***なのは**というトラウマのせいなんだよ」と納得する。でも、患者にしたら理由はどうでもいいから治りたいのだ。どうしたら、治るか、方法論は私の頭の中にはある。◎うつ病等のメンタルヘルス系のデイサービスに通う。送迎つきで。入院病等も隣接されている。ソフトボール療法等、なにげなく身体を使うようなプログラムがあって楽しむ。インターネット・ケータイの利用はもちろん可能。入院しながら会社へ通うプログラムも充実。下宿しているような感覚で。セラピストやカウンセラーも充実。社会復帰プログラムをしっかりやる。具体的にいえば役所への書類作成・提出も代行してあげる。ケアプランを作成し、ときどき見直す。ナースには若くてきれいな人を(以下略)財力があったら、真面目な話、こんな施設を作ってみたい。高齢者福祉にできて医療にできないことないと思うのだが。最後の1行以外は実現可能なのになあ。
2005年09月07日
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毎日新聞の本日の社説で、今こそ憲法9条を選挙の争点にすべきだといったことが書かれていた。自民党も民主党も改憲についての話は口をつぐんでいる。9条や靖国は争点にしたくないのがよくわかる。社民党や共産党は護憲を主張。9条を改悪させると日本は再び戦争に行くことになりますよ、と訴えている。私の政局予想では次ぎの次ぎの選挙も近いので、そのときまでに、国民は9条についてどうするか真剣に考えたほうがよいと思う。最近のNHKの調査では護憲と改憲が双方49パーセントという興味深いアンケート結果を示していた。全体のムードとしては『現実に即した文章に変えたほうがいいんじゃない?』という考えが若い世代を中心にじわじわ沸き起こっている。私の世代は、学校において、日本は戦争を永久に放棄した素晴らしい憲法ですよ、と教えられ、武器を放棄すれば世界が平和になると子供心に思った世代である。朝鮮半島にしても北朝鮮に重工業が盛んで南は農業国、と中学の地理には書かれていた。70年代において北朝鮮の情報はほとんど伝わっていなくて、たまに新聞に載る情報はまさに「地上の楽園」だった。一昔前は憲法9条を変えるなんて、右翼な人の主張だった。一方、いまのムードをとても警戒する人たちも大勢いる。先の戦争を経験した世代やラブアンドピースの運動を体験した人たちに多い。9条が改変されてなし崩し的に日本が戦争に参加していくのではないかと危惧している。現在は戦前だ、という人もいる。『マガジン9条』というサイトを知り、興味深く読んだ。護憲派は右傾化する日本の現状をなんとか阻止しようと啓蒙活動を積極的に行っている。で、この私はどちらかといえば改憲派なのである。いや改憲派と名乗りたくはないな。右翼な人たちと一緒にはされたくなのだ。本当は護憲でいたいのだが、よくよく世界を考えると「しっかり護憲!」とのん気にいってられなくなってなってきた。私の解釈では現在の憲法では自衛隊は違憲だ。憲法という国のかたちのベーシックな約束事と大きくねじれた自衛隊の存在。平和憲法も自衛隊の設置もアメリカの意向によりできた。それが50年後にもなっても整合性がなくその時々の政権の解釈によって自衛隊は存在している。これはまずいのではないか。
2005年09月06日
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今朝の毎日新聞の朝刊よりこの小さなカコミの広告は数日前から続いているが、毎回、いい。ワンキャッチとロゴのみの広告はコピーライターの力量が問われるところで制作にあたっているスタッフは毎晩、徹夜を重ねながらもけっこう楽しく仕事をしているんじゃないかと思う。同じ広告代理店でよその畑ではほかの政党の広告もやっているのかと思うと、選挙って結局プロパガンダの優劣なのだと皮肉な感想を抱いてしまう。このシリーズ、今後も楽しみだ。
2005年09月06日
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うつ病は依然として居座り、することといえばTVや新聞、ネットの選挙関係の報道をチェックする毎日。典型的な2ちゃんねらーの生活だ。小泉マンセー!の論調を書き連ねてもいまひとつ面白くないので、ちょっと視点を変えてみようと思う。◎ なぜ、民主党の勢いがないのか。本来ならば今回の解散劇は、民主党の「棚からぼた餅」になるべきであった。小選挙区制度は二大政党制を目的に作られ、社民や共産よさようならという制度だ。選挙制度がこうならば、振り子が逆に触れるように今度は民主にいってしかるべき。でもそうならない。なぜか。自民党の対立軸になっていないからだ。どのような世界が望ましいかという世界観がない。古臭い表現でいうとイデオロギーが確かでない。自民の保守主義に対抗する社会民主主義政党となっていない。いまどき、社会主義なんてと思われるだろうが、「大きな政府」をきちんと標榜する一派があってもよいと思うのだ。誰が支持をするかといえば、早い話が貧困層。この私も含まれる。社会保障制度を重視し、手持ちのお金がなくともどうにか暮らしていけるようにする。子供も安心して生める。お金持ちからは税金をたくさんいただく。成功者には大きな還元を求めるのだ。成果主義よりも平等主義。落ちこぼれをうまく拾う。競争より協同。生協で奥さんたちが野菜をより分け合っているような図、イメージとして。社会民主主義的な暮らしは、私がこれまで仕事(ソーシャルワーカー)としてやってきたことと密接につながってくる。私のような社会奉仕の要素をもつ人たちの地位は向上するであろう。私もうつ病で苦しまなくてもよかったかもしれない。財源は累進課税で高額所得者からドカン!ととる直接税と15パーセントくらいの消費税だ。私のどんぶり勘定では、15パーセントくらいあれば、年金も介護保険もどうにかまかなえると思う。共産党は法人税をあげよというが、会社というものは、ある程度資本を蓄積していないと安定しない。経済を活発にさせないと税収はのびない。さて、私のアタマでイメージできるくらいイージーな主張をしている野党があるかといえばない。民主は路線がブレるし、自治労を切ることができずにいる。郵政公社8万人のリストラなんて党首はいうが、組合の人は冗談じゃないといった心境だろう。消費税は3パーセント上げて、年金と介護保険をカバーするというが、霞ヶ関のみなさんは「考えが甘い」と一蹴するだろう。◎ 社民党の存在とは社民は旧社会党の左派といっていいだろう。無党派層をなんとか取り込みたいと毎回思っているだろうが、生協に加入したりボランティア活動をしている市民は少数だ。(有機野菜とか、環境保全運動とか、簡易包装などに熱心な市民)「しっかり護憲!」も大切だが、社会民主主義な主張を具体的にやるべきだ。名前も社会民主だし。財源の確保について現実的なことをまず考えていただきたい。◎ たしかな野党である共産党はやはり財源についてごまかさずに考えてほしい。反対のための反対みたいな野党のあり方はもう終わった。共産党は消費税そのものを撤廃したいらしいが、これだけ高齢化した社会をどうするのか。そして、共産党が考える理想的な社会のしくみを提示してほしい。赤旗の読者はごく少数なのだ。国営できるものは国営化し、医療費もなるべく公費を使い、平等な社会をつくると素直になぜいえないのか。例えば『共産党の考える社会ではうつ病や自殺者、過労死は減ります』なんていってくれたら私は耳を傾けざるをえない。志位委員長も「いずれは政権をとるつもりです」という。是非、ビジョンが知りたい。革命を目的とするならそれをぜひ知りたい。この閉塞した今の社会では革命を夢見る若者が増えてもおかしくないのに。選挙は戦術をもって戦うべきだが、有権者はその場かぎりの都合のよい話を聞いても信用できない。「痛みに耐えてくれ」と小泉はいい、以来、国民は痛みに耐えっぱなしだが、ネガティブなことをちゃんといったから、国民はついてきた。また特定郵便局をばっさりと切ることもした。たったそれだけのことでもたしかにやってくれれば国民は評価をする。小泉劇場のインチキに踊っている人もいるが、わかっていて許している人のほうがずっと多いのではないか。年金制度や靖国問題など、都合の悪いことはすっと逃げる小泉。そのきっぱりとしたずるさは、野党のいいわけじみた弁説よりも潔い。結局、小泉マンセーな話になってしまったが、「小さな政府」を自民党が進めていき、失敗すれば次は野党の出番だ。だから民主党とはじめとする皆さんには、10年くらいの長期の戦略を考えて、負けることを覚悟で増税などのネガな視点もちゃんと訴えてほしい。次の次の選挙は近い。小泉政権が終わってからもう1回衆議院選挙があるだろうから、そのときまでを考えて野党には頑張ってほしい。正直さと責任をもつ発言こそが自民党に勝つ唯一の方策だと思う。
2005年09月05日
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うつ病にともなう体重の増加がはなはだしく、なんとかせなばならぬと思い新しいブログをつくった。デブログである。まずはじめに己の出っ腹をさらすことにした。プロフィール画像が腹なのだ。現実をみつめるのが狙いである。現在、うつ病進行中だが、短期間の激太りにより「こんな身体じゃ、死んだ方がまし」とさえ思うようになった。かつては「別にいいじゃん、それで。肉体のことで悩むなんてわからんよ」と世の女性に諭していたのである。この変わりようといったら。ああ、あのときの私はデブの心境を慮ることができなかった。いまはわかる、肉体に悩む人たちの気持ちが。さて、そのブログであるが、このブログを読んでくれる皆さんには内緒だ。デブの人脈を築くにはまず匿名性を徹底しなければ。なにしろ肉体を惜しげもなくさらしていくログなんですから。
2005年09月04日
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金曜日に精神科受診する。トレドミン15ミリ×2の調子はよく、効果はすぐに感じたが、日中寝てしまう。不安・焦燥はなくて安心して惰眠をむさぼっているのかもしれないと主治医に伝えた。 トレドミンは25ミリに変更されることになった。主治医は『鬱がまだ残っているようね。ふあふあした感じは見受けられますが、よくなっているみたい』私「自分では、よくわからないのですが。」ということで、本人に自覚はないがよくなる方向にあるらしい。主治医はいるもどおりに明るく穏やかな診察ぶりなのだが、これだけぐつぐつ長引いていると、ホントだろうかと疑心暗鬼の念も生じてくる私「これは、一種の催眠術ではなかろうか」と思ってもしかたない。いわゆる対症療法の限界を感じてきた。カウンセリング(正確にはセラピー)が必要ではないだろうか。またセカンドオピニオンを求めてもいいんじゃないか。ということで本日の心境では近くの国立大学病院・精神神経科の診察を受けてみようかという気持ちがある。その病院のソーシャルワーカーとはいっしょに仕事をしたこともありMSWとしての力量を認めている。ここは彼女に支援を求めてもいいのでは。彼女にいいカンセラーを紹介してもらおう。ドクターショッピングとは無縁の私もついに浮気をすることになりそうである。
2005年09月03日
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