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内閣の改造が決まりました。今回の内閣閣僚の面子を見て、なかなかに手堅い人事をしたな、というのが私の感想です。官房長官は安部晋三氏。現時点での次の首相に一番近い人となった様子です。小泉首相と安部氏との間にすきま風が吹いているのではないかという向きもありましたが、どうやらそのようなことはないようですね。対中国・朝鮮半島に対して強行な姿勢をみせるタカ派の安部氏が官房長官ということで、国内の左派、また中国・韓国のメディアは警戒モードでしょう。麻生太郎氏が外相というのがちょっと意外でした。猪口さん、あるいは小池さんをマスコミは注目していましたが、サプライズ人事にはなりませんでした。当たり前といえば当たり前です。女性は2名。最初から女性枠を決めてのことではなかった。これはよいことです。総務・郵政民営化大臣に竹中氏ですか、重責ですね。首相は彼を非常に買っていることがわかります。党内の人事では武部さんがそのまま。結果をみれば当たり前。「偉大なるイエスマン」と報道ステーションで出ていましたが、言いえています。小泉チルドレンの校長先生を続投されるということです。21:30より始まった、首相の会見をみると、小泉首相は一言一言、ゆっくりと言葉を選んで演説していました。これだけ大勝した政権での組閣は、意外にプレッシャーを感じたのかもしれません。第一次組閣の際の真紀子外相なんていうトンデモ人事はさすがにできないでしょう。民主党の前原党首は、今回の組閣を評価していました。野党はただ、反対攻撃していればいいわけではなく、このようなスタンスを持つのは政権を狙う野党として正しいのではないかと思います。社民党・共産党のコメントはここで紹介するまでもなく、ニュースを見るまでもないのですが、福島さんが「これで、大増税、改憲に向けて大きく…」というご意見は正しいですね。谷垣さんはまだまだやり残している仕事はたくさんあるわけです。早い話が2009年に向けての増税ですが、国民に納得されるように頑張ってほしいです。どこの国の国民も増税に納得することはありませんか、そうですか。これからの1年は政治にとって大切な1年だと私は思います。小泉首相が続投することはまずありませんから、閣僚の皆さんにはこの1年間で中身の濃い働きをしていただきたいものですね。明日の朝日新聞の社説は、察しはついております。中国・韓国との外交についての懸念が必ず言われることでしょう。毎日新聞もちょっと近いかな。読売は改革にむけてのエールを送るといったところでしょうか。産経は、…よくわからないや。麻生外相の発言に要注意ですね。なんかちらりと失言があれば、メディアが待ってましたとばかりに煽るでしょうから、とにかく己の一言一句は外務大臣として公的な発言であると心してもらいたい。今夜の感想はこんなところです。おれ、けっこう、まじめだよな、政治について。
2005年10月31日
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いま、夜をやり過ごすためにかけているCDがモノクロームセットの『Volume,Contrast,Brilliance…』というベスト盤である。知っている人はけっこうなロック通ではなかろうか。アズテック・カメラ、オレンジジュースといったネオアコと当時呼ばれていたジャンルだ。79年にラフ・トレードレーベル創成期にデビューしている、その道でのオーソリティだ。日本においてはフリッパーズ・ギターが多大な影響を受けている。つうかフリッパーズはマンマ、モノクロームみたいだな。記憶をたどれば90年代初頭は私はネオアコースティックサウンドにはまっていた。ずいぶんマニアックなアルバムを購入していたものだ。私は基本的にはメジャーな音楽しか聴かないのだが。当時の私はかなり入れ込んでいた様子である。20代前半のおぎーのは、ロキノンを欠かさず購読する、UKロックヲタクであったようなのだ。CDラックが検索においてうまく機能していなくて、ちょっとアレを聴いてみたいと思ってもなかなか見つからずにあきらめることがよくある。皆さんはどうやって管理しているのでしょう。パッケージと中身が違っていたり、どう考えても引越しのどさくさで紛失していたりと、管理のずさんさに我ながらうんざりすることもある。iPodに全部保存しておこうかと思うこともあるが、所有する枚数が多すぎる。パッケージも重要な要素だし。CDってパッケージがあって始めて音楽が成立すると思うのだ。Cabosで落とすこともあるが、所詮、MP3だ。私はいわゆるP2Pで視聴してみて、改めてCDを購入することも多い。50枚くらいのCDをジャンルわけもせずに適当ににラックに突っ込んでいくと、その場で手にするCDは偶然の賜物なのだ。(imihumeina,bunnshouda)このいいかげんなチョイスな選択が好きだ。ハプニングでしょ。人生、ハプニングを楽しむことは生活に潤いを持たせると思う。iPodシャフルのような偶然性に実を預ける音楽の聴き方は楽しいもの。これからも、なんで所有しているのか今ひとつ自分でもわからないCDにスポットを当ててみようと思う次第である。(yuubeha,daibu,yotteitarasii)
2005年10月30日
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angel1964さんのブログがおもしろい。チャットレディの仕事についてのレポートである。失礼ながらコムスメではないangelさんが、いくつかの動画チャットに登録をして仕事をする。立ち上がったばかりで顧客もまだなく、また無料時間内でお客が去ってしまうなど、そうそうにお金が稼げるほどに簡単な仕事ではない。彼女はアダルト系ではなくて、あくまでおしゃべりをサービスの内容として頑張っているが、先ごろ、仕事用にセクシーなコスチュームをヤフオクで落札された。私は「これは、いいのではないか」と思っていたが、確かにセクシーモードによりお客の食いつきが俄然アップしたのである。セクシーなナリをすれば、それなりに自然と身のこなしも艶っぽくなるのが女性というもの。このあたりの微妙な心理もなかなかに興味深い。お客さんは当然、エロを求めてやってくる。そこをいかにいなしながら、時間をひっぱっていくのか、これはチャットレディとしての腕の見せ所だ。angelさんは文章が簡潔でおじょうずである。たぶん国語の成績はよかったのではないだろうか。チャトレと国語は関係ないようで関係あるのだ。チャットは音声でする場合とキーボードを使用する場合があるとのこと。キーボードを使用すると会話の感じが音声とは異なってくる。言語の瞬発力が問われ、また、音声ではいいにくいことでもキーを叩けばいえることもあるのだ。私は、angelさんがチャットレディとしてどのような進化を遂げていくのか、興味がある。場末のスナックにおいて若いフィリピーナがいっぱしのホステスへ変わってゆく様を経過観察するのは面白かった。しかし。動画チャットという擬似的な接客がチャットレディの精神にどのような影響を与えるかはわからない。angelさん自身もブログを公開しながら自分自身の変容を楽しんでいるのではないだろうか。私自身はこのようなサービスを利用したことはない。もう10年近くまだモデムが56kの時代だった頃、動画盗撮のサイトを見つけて驚いたものだ。まあ、当然ヤラセなのだが。インターネットを始めたばかりの私はかなり信じておりました。無料で視聴できる時間だけ恐る恐る覗いてみたが、女の子が宿題をやっているのであった。さて、動画チャットを利用する男の精神はいかなるものであろうか。なぜ、チャットなのか。不惑を迎えたオサーンにはよくわからぬ。PC越しの動画の方が実際に会って話をするより萌えなのか。近所のスナックに出かけることにも飽きてしまったのか。チャットサイトの玄関にいけば、確かにきれいな女性が多いぞ。面接での難易度の高さも納得だ。待ちの状態が長い人もいればパーティチャット状態(何人かお客が同時にいる)のコもいる。お客としてツーショットで楽しみたいところだろう。エロオヤジの心理としての興味は、やはりオフで会うことがあるのかということだ。いわゆる“同伴”はあるのか。※チャットに興味のある男子諸君、angel1964さんのチャット部屋へ行くべし。若いネーチャンより熟女のほうが優しくていいに決まっているのだ。angel1964さんのブログ
2005年10月30日
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毎日の過ごし方がわからない私は、金もないのにしかたなく本を買ってしまう。ほんの2時間ほどを楽しくやり過ごすためにだ。この本は書評が雑誌等のメディアで紹介されていて、関心を持っていた。中身が漫画なので、うつ病患者にも読みやすい。内容そのものもうつ病患者にお薦めかもしれぬ。あるとき、原稿から逃げたくなって本当に失踪する作者。失踪中の生活の様子がなかなかに興味深い。うつや焦燥感を訴え、自殺しようとするが未遂に終わる。このへんの展開は、時の運のようなものだ。何もかもから逃げたい作者は逃げながらも、生きるための工夫をいろいろとする。この気持ちと行動のギャップが、メンヘラーの私も非常に共感できる。でも、いわゆるホームレスとして毅然と(?)生きることすら拒否をしながら、雑木林で生き続けている状況というのも凄い。生活能力、サバイバル精神ゼロの私には到底できない行動だ。病院へ逃避するという案を持つことはなかったのであろうか。奥さんがいることも私には興味深い。なぜ妻に相談できなかったのか。自立心の強さ(?)、依存心のなさも私にはとても興味深い。仕事を断ることができない性格である作者。漫画の世界というのはこんなものであろうか。哀れを感じる。アルコール依存についてや失踪時にやりだした仕事等、面白い話が満載。よくぞこちらに帰ってきたものだ。奥さんは立派だな。
2005年10月29日
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覚醒時の気分の悪さがひどくて本日の起床は14:00なり。このところ、私はほとんど新生児のごとく眠っている。今回のうつ病は回復の兆しはなかなか現れなくてホントにしんどい。文章に表現できないのだ。ライブドアが自殺防止の運動をしているのを読んで『へ~』20だ。ホリエモンの思考回路はユニークだな。私はこれまでの人生経験上、六本木ヒルズの会社は要注意だと思っていたのだが。20代までだな、イケイケ、ゴーゴー!で仕事ができるのも。そのライブドアが昨今の自殺者増加を心配するなら、社員たちの福利厚生なんかも充実しているのかな。この一件は素直にいいことだと褒めましょう。いつまでも出口が見えない私は、昨日、カウンセリングを受けたあと、アパートへ戻った。ほぼ、3週間ぶりか。下水道料金をずっと払っていない現実に向き合った。ガスも督促状が来ていた。台所も三角コーナーがえらく気持ち悪い状況で、手をつけることができない。私がすることといえば、点在するCDの塊を拾っては再生するという繰り返し。昨夜はTHE JAMの日であった。コンプリートDVDで、遅くまで若き日のポール・ウェラーを見つめているのであった。年月が経ってもジャムはいいねえ。あのギターワークはなんともいえん。どんなコードを弾いているのか、じぶんでもわかってないんじゃないか。そのコードの独創性はソロになってまったくなくなってしまう。ふつうの弾き方になる。大人になるとデタラメができなくなるということなのか。本日のBGMはピチカートファイブだ。CDをだいたい所有しているが、今となってはなぜ、あんなに入れ込んでいたのかよくわからない。オサレ!に近づきたいという思いかな。女にモテたいという思いかな。いや、私の周囲にピチカートを聴く女なんていなかったしな。ディテールのこだわりに乗ってしまったのだろう。なにしろリミックスまで持っているのだ。スピーカーの前で正座して聴くようなものじゃないのに。10年前のじぶんの若さを垣間見ることができる。知人を乗せているときにピチカートを流しても、誰ものってこなかったもの。『東京は夜の7時』くらいだな、ヒットは。『モナムール東京』というシングルもあった。東京への徹底したこだわりだ。渋谷系か。でも小西康陽の考える東京ってどこにもないんだよな。実在しない東京をつきつめる作業。これは小津安二郎の映画も同じだ。あんな言葉づかいをする家庭なんて実際にはない。ないのに、ありそうな気にさせるところが職人の仕事なのだな。ピチカートファイブを解散したのは、マンネリに耐えられなくなったのであろう。野宮真貴は今は子育てをしているのかな。渋谷系のカリスマといわれた野宮の後継者は木村カエラだろう。なんだろうな、この継承は。女子高生のカリスマであるカエラに、このオヤジもちょっと関心あり、なのだ。カエラの周辺に興味ありというか。カエラが出没するお店に言ってみたいとか、それはないか。
2005年10月29日
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カウンセリングを受けに大学へ行った。郊外のキャンパスは静かで、今日のような穏やかな日和ではベンチに座っているだけで少々愉快だ。アポイントの1時間も前に着いてしまい、ダラダラと時を過ごす。うちの中でソファに沈み込んでダラダラと過ごすよりもずっと健康によい。道行く学生は微笑んでいるやつが多い。いいなあ。ただ、歩きながら微笑んでいるんですよ。前途有望だなあ。大学って娑婆の空気を感じることもなく、時間の流れがゆっくりなのだ。先週のインテークは助教授の先生だったが、今回より私の担当となるOさんがやってくれた。大学院の学生さんである。うまは合いそうだ。正直にいうと助教授の先生はセンシティブな感じがして、また、年齢が近い同じ男性なので、やりづらいなと感じていたのだ。今日、出向いて「若い女の子かな」とオヤジな期待をしたが、優しそうな青年であった。彼のスピードになるべく合わせるように今の仕事の役割、ポジショニング、展望、将来性、給与等について話をした。カウンセリングを終えて、クルマを運転しながら振り返った。とにかく、現状が嫌だったのだな、じぶんは。このままのポジションで生活への不安を抱えながら生きるのが嫌。キリスト教の勧誘を受けるのが嫌。ケアマネージャーという専門職だけで生きるのももう終わりにしたい気持ち。管理者じゃないといかんという気持ち。だからそのためにMBAを取得するといいのかなと思いつつ、じぶんはソロバンは苦手という気持ちがある。できれば、先生になりたいのだな。福祉の先生に。Oセンセイとカウンセリングをしながら、いろいろとセンセイに教えていたもんなケースワークの実際を。Oさんは私の話がわかりやすくて勉強になったといってくれた。そうなんだ、やはり私は大学の先生が向いている。ホント、じぶんでいうのも何だが教えることが得意なのだな。難しい理屈をやさしく説明することは楽しい。ヘルパー2級の講座をちょっとやってみてわかったのだ。この大学、ぴったりだな。私の専門領域を専攻科目でいうとなんというのだろう。「ソーシャルケースワークの実技」といったところか。昨年、叔父が亡くなり、葬儀の席で、関西のK大学で社会学の教授をしている従兄弟が、「***ちゃん、そんなら大学で教えられるじゃない」とリップサービスをしてくれたのを、私は真に受けてしまったのだな。ただ、センセイになるにはどうしたらいいのか、手続きからしてわからないのだ。非常勤講師→助教授→教授 といったコースに乗れないかな。学問しながら、施設の運営にも携わることができたらよいな。道筋さえ誰かから教えてもらえれば、あとは、なぞるだけなのだ。
2005年10月28日
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なにげなく筑紫哲也のニュース23を観ていたら「愛国心」についての特集をしていた。精神科医の香山リカと筑紫とで最近のプチ・ナショナリズムとやらを論じている。私の感想では『まだやっているのか、こんな話を。』ってところだ。要するに右傾化する日本に対するネガティブ・キャンペーンだ。『軍靴の音が聞こえてくる…』といった情緒は、私が幼少の頃からある。なにかあれば「ぐんくつ@2ちゃんねる」だ。私の印象では、今の日本が軍国主義へ向かうような危険なナショナリズムに向かっているようには思えない。サッカーやその他、スポーツにおいて君が代を歌うことが危険なナショナリズムであるとは思えないし、ワールドカップの時にはマスコミだって一緒に踊っていたではないか。もちろんニュース23だって。そもそも、じぶんの生まれた国に誇りを抱いて何が悪いのだろうか。私の相方は(もう1ヶ月以上会っていないが)フィリピン人だ。もちろん自国を愛しているしフィリピン人は優秀な民族であると自負している。私はときどき軽口を叩いて彼女の愛国心を侮辱するようなことをいうが、あくまでちょっとした意地悪であって、心の中ではじぶんの国を愛する彼女をリスペクトしている。筑紫さん的な世界では、中国や朝鮮半島が考える歴史認識に反することを思っているようでは悪い愛国心だということなのであろう。私がこの番組を気に入らないのは、映像や音響などで憂いに満ちたムードを演出しているところにある。彼ら左翼的な人たちの警戒感について理解できるところもある。経済の閉塞感を国家主義により発散しようとする向きが、昭和15年くらいの日本の状況に似ているのではないかといった危惧だ。現在は戦前ではないか、という危惧だ。もちろん、経済の閉塞感をサッカーのワールドカップで発散する人たちはアルゼンチンしかり、イングランドしかり、世界中にいっぱいいる。戦争の代わりにサッカーを代償として溜飲を下げるという輩はいくらでもいる。で、それを日本人がやってはいけないのだろうか。ネット世代の若者の愛国心とやらは八紘一宇の頃の精神とはまったく異なると思う。実際、街宣車を繰り出す本物の右翼な人には、プチ・ナショナリズムとやらはあまり気持ちのよいものではないらしい。一緒にされたくないらしい。(ニュース23がソース)現在の若者がほんとうに愛国心を抱くなら、これほど国民年金を未納にすることもないだろう。軍国主義的に国家に忠誠を尽くすってことは、まず、お国のシステムに盲目的に自己を組み込んでいくことだろう。筑紫さんを始めとするリベラルな人たちへの嫌悪の理由に、じぶんの信条と異なる人たちへの蔑みがあって、それを感じてしまうところにある。今夜の香山リカとの対談では、プチ・ナショナリズム=閉塞した現代人の病理のような図式を思わせるところがあり、ふたりの阿吽の呼吸はなかなかであった。香山というフィルターを通して、筑紫の信条を代弁させているところがあった。筑紫さんが日の丸を前に君が代を歌っているところをみたいなあ。もしサッカー観戦の機会等でそんな状況におかれた場合、彼はどうふるまうだろうか。見てみたい。
2005年10月27日
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アメリカからの牛肉輸入が再開される運びとなってきた。私の立場は反対。これまで農水省は日本の消費者の心情を汲み取って、米国に対して毅然とした態度をとってきた。エリート官僚のこの姿勢を評価したい。日本の検査スタイルは世界で類を見ないほどに厳格だとのこと。全頭検査ですから。日本においてのきBSE騒動の際、ハンナン、スターゼン等が輸入肉を国産と偽って不正に援助を受けるという事件が起こったが、そのへんを差し引いても農水省は水際で感染予防に努めてきた。そうとうの地道な努力を要したとお察しする。何ヶ月か前にライス国務長官が来日した際、牛肉の輸入再開を強くプッシュしたが、小泉首相はその場ではウンとは言わなかった。米国の業者にすれば「なんで日本はこれほど神経質なんだ?」と理解できなかっただろう。広大な面積での牧畜では牛の生年月日など正確に把握できるはずもない。月齢20ヶ月基準でいいじゃないかと。国内だけで2億人の胃袋を満たす米国肉業界にあっては、その中で1年に5人くらい狂牛病に感染しても許容の範囲内といったところが本音ではないだろうか。現在、再度、輸入再開の動きが顕著になり日本の有識者の機関における反対の声がかき消されるようになってきている。アメリカの圧力が強く、官邸も農水省もこれ以上は抑えなれなくなったのだろう。解決策はある。日本輸出向けの牛に全頭検査をすればよい。しかしこのようなダブルスタンダードは米国の食肉業界では面子が立たないのだろう。喧嘩宰相の小泉さんは、このへんの駆け引きを自衛隊のイラク派遣とバーターすることで解決できないかなあ。輸入肉をOKし、自衛隊は撤退する。アメリカ国民はイラクのことより牛肉の輸出を選択するであろう。そもそもこんな駆け引きは嫌らしいものだが、靖国参拝問題ではうまくやったからなあ。牛肉輸入を再開し、自衛隊は帰還。吉野屋はマンセー。牛丼復活。ちょっと、電波が入りすぎたかな。
2005年10月25日
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まず、私は株についての専門的な知識をなにも持たない。勘で思いついただけのことだが。楽天の株は落ちる。と思った。楽天のブログを利用していながらネガティブキャンペーンをするつもりはない。できれば、いいことだけを言いたい。しかしながらここ数日間の様子をみると、TBSはよく企業防衛をしている。電通×アマゾンとの提携、これは大きい。スーツをきっちり着込んだ人たちががっちりとスクラムを組んできた感じだ。楽天の株価は現在でも高いのではないか。何をもって高い・安いを決定するのか。IT企業の価値というものはわかりにくいものだが、私はつぎの視点でモノを見る。楽天グループの総合受付がしょぼい。と、株式投資家が聞いたらゲンナリする理由なのである。1兆円の資産価値のある楽天だが、それにしては会社の玄関先がしっかりしていない。もしも、社用で訪問したら結構待たされ、その間所在無い思いをするような気がする。楽天に限らず、ライブドアだって六本木ヒルズだから同じじゃない?という意見があろう。私には楽天の方がライブドアよりひとつ格上の位置にいると思えるのだ。会社の建物が立派であること。これは大企業を継続することに重要な要素なのではないかと感じるのだ。(旧長銀のような例もあるが)TBSはご立派でしょう。楽天はTBS株を買い増しするために外資より資金を調達していることだろう、何千億円も。石橋を叩いて渡るような三木谷社長にしてはずいぶん乱暴な方針だ。TOBをするのかもしれないが、なんかうまくいかない気がする(このあたりなんの裏づけもなくて申し訳ないが)。放送業を敵対的買収するのは、日本には馴染まないのではなかろうか。諸井さんというおじいさんが怒っている。三木谷社長に対する強い不信感を持っている様子。今回の経営統合劇のキーマンはこの爺さんで、世論の声なき声も同調するのではないか。それが決定した途端に、楽天の受付は企業の規模の適正となるのかもしれない。
2005年10月25日
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AV男優がうつ病患者だったら。まず、予定の時刻に男優が現れない。女優をはじめ、監督、スタッフ等もイライラ。とりあえず、軽いオナニーシーンでも撮りながら時間を稼ぐ。ヌボーっと男優が登場する。遅刻したことへの自責の念慮が甚だしく、女優、監督へ目を合わせることができない。蚊のなくような声で「ゴメンナサイ。」とつぶやく。とにかく、今回のテーマはうつ病男モノなのだ。ドキュメンタリータッチなので、このようなイレギュラーがあってもよい。やる気マンマンで男が登場したら、そちらがおかしい。まずは、男優と女優がご対面。先ほどオナニーに使用したバイブを手にしたうつ病男は、おもちゃに関心を持った様子で、あれこれといじっている。アプローチをしかけるのは女優の側からである。女優には監督よりあらかじめ指示が出ている。うつ病でインポ男のマラを立たせ、最終的には男の本能を開眼させることが彼女の使命なのだ。ややとうの経った女優はベテランAV女優のメンツをかけて、男をリードすることになる。女優は男の手をとって、乳房や下腹部を触らせたり、男の身体を優しくタッチする。男はボーっとしていて、あまり積極的な行動をしない。このへんで、ビデオを観ている毒男たちは苛立ってくる。『はよ、いかんかい!』と心の中で思わず叫んでしまう。男は当然のようにバイアグラを服用する。しばらくすると薬の効き目が表れた。女優は、やっとだわ、といった思いでフェラを献身的に行う。がだ、撮影現場には監督、助監督、照明スタッフがすぐ傍にいるわけだから、そんな環境にあってうつ病男がセックスに集中できるはずがない。次第に気分が悪くなってきた。男は撮影の中断を申し入れた。「ちょっと、横になってもいいですか?」男はベッドに横になって目をつぶる。AV女優にとってはこんな展開は初めてだ。どんな男だって血走ってかぶりついてきたものだ。プライドを傷つけられた女優は怒りを監督にぶつけた。男は女優にいった。「もし、できたら、横に寝てくれませんか。そのほうがぐっすり眠れそうなので。」プライドを傷つけられた女はしぶしぶ布団の中に入った。男はぐっすりと眠ってしまう。女は男の寝顔を見つめながらこれまでのじぶんの人生を振り返った。(エンド)
2005年10月24日
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先週末もダメ人間であった。アパートにいた方が少しはマシだが、きっかけがつかめない。またしても過ごし方がわかららない状態だ。そもそも趣味といえるものがないのだ。仕事をすることで心の平静を保っていた人が仕事をはずすと、もう、廃人なのだ。せっぱつまった気持ちが強く、血が収縮して腕がゾっとする。もうだめぽ。↑こんな文章、アップしたくないが、一応記録のために残しておくか
2005年10月24日
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某大学大学院の心理学科へカウンセリングを受けに行った。じつは先日、セカンドオピニオンでも受けてみようかと近所にできた心療内科で受診をしたのだ。女医で、某航空会社で産業医をしていたとリーフレットに書いてある。投薬療法ばかりの現在の診察にない新たな診療が受けられないかという切なる思いの私は、オープン初日に飛びついたのだ。診療所は多目的ショッピングセンター内にあり、内装もおしゃれ。60歳くらいの女医は医師なのに白衣を着ずに紺のブレザーにスカーフを巻いている。コムスンのケアマネージャーみたいなナリである。カルテも電子カルテ採用で、問診しながら、キーボードを打っている。精神科の診療でも電子カルテを使うようになったのか、なんか患者としては落ち着かんぞ。オープン初日の診療所は患者で待合室がいっぱいになっていた。私は5番目で、患者みんなが初診なのだから、すごーく待たされるぞ、と心していたが案外すんなり番が来た。私はインテーク(受理面接)をしやすいように、問診表にはケースワーカーが記録するようなフェースシートを記した。先生は、なんというか佇まいが医者ではなくて生命保険の外交員のような雰囲気をかもし出している。白衣って重要なツールだよな。私は今回受診した理由を簡潔に述べた。現在の主治医に大きな不満があるわけではない。投薬治療はうまくいっている。ただ、診察時間が非常に短い。例えば認知療法等の対話による治療を受けてみたいと希望している。こちらで受診しても当面は薬の按配は先の医師に任せたい。といった内容。先生は、薬は何?と訊いたので、「トリプタノールです」というと、『トリプタノール?トリプタノールは、うちは扱ってない。』ときた。インテークの時間も10分くらい。対話による診療、いわゆる問診についても『ほら、待っている人がこんなにいるから、うちでも、そんなに時間はとれないわ』『できることとできないことがあるけど、できることはやるわ』『わたしは、いつもこんな感じだから』といったやりとり。こりゃダメだ、と思った。インテークがきちんとできない人はダメだ。初回の診察は40分くらいかかるものですよ。いくら患者がいても。オープン初日で待合は混んでいたが、私の主治医のクリニックはこんなもんじゃないよ、と。『待っている人が多いから…』のような舞台裏を診察する側がいってはいけない。投薬についても患者のいうことを鵜呑みにしてはいけない。心療内科ってこのような医師が多いかもしれない。「リタリンください。」っていう患者の要望にそのまま応えそうだ、この先生。ということでこの診療所にはもう行くことはないだろう。ただ、先生はカウンセリングをしてくれるところを教えてくれた。大学院が行っているのでオカルトなところはないだろうし、料金も良心的。それで、その日に電話で予約をして、本日、カウンセリングのインテークを受けてきたところなのである。カウンセリングの内容については次回につづく。
2005年10月20日
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楽天とTBSの経営統合の件がニュースとなり、午前中の暇人がみるワイドショーにおいても楽天および三木谷氏についてくだらないことも含めて報道されている。楽天はたいへんな会社ですね。なにがたいへんかというと、月曜日の朝は社員みんなで机を拭き掃除するのだ。みんなでやるところが重要のよう。六本木ヒルズというおしゃれな事務所内で若い社員達が拭き掃除をしている映像は部外者の私からすると、ちょっぴり異様にみえた。机は白いシンプルなものでひとつのシマが12個くらいくっついている。(たまたまTVに映ったところがヒラ社員の場所ということかな)各1台のノートPCが置かれていて、基本的に机の上にはPCしか置いてはいけない掟のようだ。この光景で楽天の社風が伝わってくるのだな。殺伐なのである。ビルはカッコいいが、社員がオフィスに根を生やすことを会社は拒絶している。これでは私はいつまでたっても落ち着かない。私の机は(といっても現在私の机は主不在だが)よく使う資料や本が積まれ、パーテーションにも電話の内線表などが張られ、机の下には小説本の類まで置かれている。HPのPCは私だけ。(社内のPCメーカーはいろいろ)安いのをネットで自らみつけて物品購入した。主なき机には『ナンバーワンホストの…』なんていう本まであって、たぶんT田に気づかれて笑われているだろう。要するにじぶんの匂いをくっつけているわけだ。他人が座ると私を感じざるを得ない雰囲気を漂わせ、おそらく私のことが嫌いな人は座りたくないと思う。楽天においては許されないだろうな、幹部社員以外は。机周りがきれいかどうかで仕事の良し悪しを推し量ることはたぶん正しい。20代前半の社員にこのあたりをきちんと教育することはよいことだと思う。私はもう順応できないオサーンだということだ。日本のIT関連の会社は、こんなオフィスが多いのだろうか。なんか、あったかみがないな。三木谷社長の訓示のような言葉で『人間にはいかなる困難もやり遂げられる者と、現状から脱却できずにうじうじしている者の2通りある(こんな雰囲気の文)』や『スピード、スピード!』なんてのがあり、社内に貼られているのを見ると、さすが三木谷さんは体育会だ、と思う。たった8年ほどでこれだけの成長を遂げたのだから、それなりのモーレツさは想像できたが、そうはいっても、楽天のみなさん、お体は大丈夫ですか。私の場合、そもそも20代前半に在籍していたR社においても現在と同様の机周りだった。森高千里のどでかいポスターをどーん!と貼っていた。制作部門のボス的存在の先輩が「おい、おぎーの!おまえワーナーパイオニアに電話して森高のファンクラブについて調べろ!」なんていう。いっしょに入会するぞ、というのだ。デザイナーの机はピシっとしているものだが、ライターさんの場合、整理整頓が行き届いていると落ち着かず、一度掃除をしてから、あえてバラバラとペンやら定規やらをぶちまける猛者もいた。仕事中にウォークマンを聴いているものも多く、入社当時は驚いたものだが、じつは原稿つくりと必死に戦っていたのだ。いいコピーができるかもしれないと深夜誰もいないオフィスにおいてフルチンで仕事をした先輩もいた。不運にも総務部長に見つかってしまったが、お咎めなし。R社もまさにベンチャーで離職率の高い企業だが、六本木ヒルズの若者のような、しつけのよさはまったくなかった。時代ですね。※楽天広場の担当者の方へ。削除しないでね。ブログのページビュー数を管理ページで公開しているのを見て、これはプレッシャーだろうなとお察ししておりますよ。とにかく走り続けるしかないです。いけるところまで行く。そうすればいかなる結果が待ち受けていよいうがへこたれませんよ。この先3年が正念場です、ジャパニーズドリームを手にしてくださいませ。
2005年10月19日
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フランク・キャプラの映画といえば『素晴らしき哉人生』が有名だが、今日は『群衆』について語ってみたい。製作は1941年、第二次世界大戦がはじまり、キャプラはこの映画のあと、戦意高揚映画の製作に携わることになる。ある女性新聞記者が捏造記事を書く(バーバラ・スタンウィック)。ジョン・ドーという架空の人物を設定し、世相への批判をこめて「社会への抗議のためにクリスマスの夜12時に投身自殺をする。」と声明を出した。女性記者アンによるリストラのあてつけにやった捏造の投稿記事であったが、読者の大きな反響を招き、「ジョン・ドークラブ」なる市民運動が全米規模で広がっていった。ここで主人公(ゲイリー・クーパー)ジョン・ドーの登場である。アンはオーディションで、元野球選手のしがない生活をしていたクーパーをハントし、ジョン・ドーとして仕立てあげた。クーパーはジョン・ドー役で隣人愛を民衆に説きながら、次第に彼自身、そのメッセージに傾倒し、また世間を騙している己に罪悪感を抱いていく。クリスマスに近づくに連れて、クーパーの心理はどのように変化し行動するのか、というところがキモだ。原題は『Meet John Doe』だが、邦題は『群衆』ひとつの投書がきっかけで群衆が興奮していく様はジャーナリズムの怖さをよく表現している。群集心理からとったのだろう、この邦題は。60年近く経った現在においても、このテーマは十分に通用するものだ。メディアが視聴者を扇動してしまう危険は、今ここにある危機といってもよい。ネット社会になり投稿の形態も変容してきた。ひとつの書き込みが社会的な現象を産むこともある。(電車男がそうですね。これは稀な美しい話ですが)※今、TVがタイゾー議員を映した。彼も、日本のジョン・ドーのようだ。私は好意的に見ている。これも何かの縁だと思って政治家として頑張ってほしいな。映画『群衆』においてのジョン・ドーはクリスマスまでの半年間で変容し苦悩する。そしてクリスマスの夜12時に、果たして彼は投身自殺をするのか、しないのか。これは観てのお楽しみだが、私はこの映画を現在版でリメイクしたら面白い映画ができるのではないかと思う。「ユー・ガット・メール」よりひとつ骨太なネットモノ映画になると思うのだ。
2005年10月18日
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今朝のニュースを聞いて、今日のブログネタは靖国参拝についてにしようと決めていた。タイトルは『反対!首相の靖国神社参拝』ってところか。夕方のニュース報道をみて、「やられた!」といったところが素直な感想だ。私の見解では、首相が靖国神社に参拝することは政教分離の点でアウトなのだ。私は靖国神社へ参拝したことがある。本殿に上がり参拝した。このスタイルは、まずお清めのお払いをしてから参拝し、宮司からもなにかお説教のような言葉があったように記憶している。参拝後には巫女さんから、白酒らしき酒の入った杯をいただいた。そのほか、菊の紋章の入った杯をお土産としていただいた。宗教法人としての靖国神社の存在をリアルに感じたものである。私が靖国神社に参拝したきっかけは、戦死した長兄の叔父を追悼するため。父と海軍将校であった次兄の叔父、叔父の戦友という♪海ゆかば~なモードであった。彼らにとっては当然な追悼である。参拝後に一同で食事をしたが、元海軍将校殿は戦争の不毛を訴え、A級戦犯が合祀されている靖国神社に首相が参拝することを非難していた。軍人恩給をもらっている方々の間での首相参拝については意見が分かれるところであろう。今回の参拝スタイルだが、首相は戦術を変えた。じつは私が「やられた」感を抱いたのはこの点にあるのだ。まず、本殿に上がらない。祈りのスタイルも手を合わせお辞儀する形で二礼二拍手一礼ではない。玉ぐし料も出さず、ポケットからのお賽銭。記帳もなし。政教分離の視点で反対ブログを書くつもりでいた私は肩透かしを食った気がした。高裁での憲法違反判決も出ている中での策である。この参拝は私的であり、また宗教的でもないと小泉さんはいいたいのだろう。なぜ、ここまで執拗に参拝をするのか。うちのオフクロに言わせれば「意固地になってるだけだよ」とのことだが、小泉の脳内はそれほど単純でもなく、中国・韓国に対する牽制球のメッセージの意味もあると私は推測する。今朝の毎日新聞の朝刊でも、中国の潜水艦がグアムと中国本土の間を往復したとの報道があった。油田開発の軋轢もある。小泉の行動は、特に中国に対するジャブの面があるのではないだろうか。19:00時点では中国政府よりの激しい抗議の声明は出ていないが(韓国は抗議しています)、中国外交部が大慌てであることは推測できる。外交上の喧嘩戦術としてみた場合にどうかということだが、中国に対してはある程度の効果はあるだろう。早い話が、中国は小泉政権において関係の改善は無理だということを確認したのではないか。これも任期限定だからなせるわざだ。私は今回の参拝にはやはり反対する。中国に対する外交カードの切り方としてスマートには思えないのだ。もっと違うアプローチがあるのではないか。例えば魚釣島や海底油田の問題について、油田調査を行う企業の安全のために自衛隊を派遣してセキュリティをはかるとか。参拝方法のリニューアルが中国・韓国の神経をなだめることもなかろうし。中国・韓国に対して土下座のような外交をすることを私は望まない。この2国の動向にこびへつらうことのない小泉首相の態度は支持したいが、カードの切り方がエクセレントでないのだな。(追記)※中国も大使が抗議しておりました。
2005年10月17日
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ファン心理というものは、ファン以外の者にはとうてい理解できないこともある。ポール・ウェラーの新譜『As Is Now』が9月28日に日本先行発売された。私は特にこの場で隠すこともなく2ちゃんねらーであり、洋楽板の住人である。当然ながらポール・ウェラーのスレには時々いって、様子を伺っている。新譜がでればスレの流れは新曲についてが主になり、ROMに徹していても、話の流れには当然ついて行きたいものだ。ということで先日、新譜をアマゾンで購入した。1曲目はソリッドなギターがかき鳴らされ「おおお!」と在りし日のジャムを思い出す。今回のアルバムは違うぞ、と期待したが2曲目からはいつものウェラーのソロサウンドへ。マンネリなウェラー節が続いた。やっぱり今回もこれか。私は憚ることなくポールウェラーフリークなのである。アニキと呼んでいるくらいだ。ジャムの解散時、私は高校3年生。解散とともに私も卒業し、その後20代の前半はスタイルカウンシルとともに歩んできたのである。スタカン解散後にポール・ウェラームーブメントと題して、小さなライブハウスを回った際にも渋谷ON AIRでアニキの姿を確認した。ソロ一作目は、ギターをかきむしりコスモス、イントゥ・トゥモロー等ノリのよい楽曲が並んで、私のロック魂を満足させてくれた。しかし、その後のウェラーはなんかもっさりした音つくりで、地味で、私の心をはじくことはなかった。いい曲はもちろんありますが。ジャムを聴いていた高校時代、「サウンド・アフェクツ」のLPに針を落とした瞬間の驚きのような経験はソロになってからはないのだな。それでも、ウェラー兄貴の動向を無視するわけにはいかない。04年のロックオデッセイのライブはよかった。年季が長いだけのことはあった。前作の『スタジオ150』は全曲カヴァーだが、なかなかによい出来栄えであった。特ダネという小倉の番組でも天気予報のBGMで使用されていた。要するにここ10年のアニキには音楽のミューズが降りてこないということなのだな。聴く者をノックアウトすることがない。それをわかっていながら新作が出れば購入してしまう。この理由のない期待感は、ファン心理というものか。まだ、聴きこみが足りないのかな。あと20回聴いてみればわかるかしら。
2005年10月16日
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楽天がTBSとの経営統合をいきなり投げかけた。村上ファンドもからみ憶測が飛んでいる。しかしながらライブドアとフジの件でこの問題にはもう慣れてしまい、私も世間もいまひとつ盛り上がりに欠けているよう。会見で、三木谷社長はホリエモンの時と同じ言葉で統合の目的を語っている。「テレビとネットの融合」なのだそうだ。この言葉がどうもピンと来ない。将来、テレビとPCが一体となると予想しているのだろうか。ホリエモンも話していたが、例えばテレビドラマの女優の着ている服に関心を持ったら、その商品に近寄れて、購入もできる、とか。やかましいテレビ画面になりそうだ。楽天の商売はたいへん上手で、敬服に値する。バーチャルな商店街という発想までは、私でも考えうるものだが、ポイント制とかアフィリエイト、ブログと商売のリンクと、ネットビジネスのさまざまなフォースが融合している。私が楽天で買い物をすれば、データとしてこんなおっさんはこんな商品を買う、といったマーケットリサーチになるし、(ブログで買い物履歴をアップしたりして)楽天は架空賃貸の収入が得られてそれだけでも馬鹿にならない収入だろう。スケールの大きさではアマゾンを越えるなあ。今回の経営統合をAOLのタイム・ワーナーの買収に例える人もいる。あのときは私も驚いた。しかし、あの件もビジネスとしてテレビとネットがそんなに融合しているようには見えないなあ。創設者のCEOもすぐにクビになってしまったし。ネットはあくまでテレビのサブだと思う。料理番組を観ながら、ウェブでレシピを確認するといった利用法であろう。三木谷さんもM&Aで楽天を大きくしてきた。TBSについても自分がやらないと誰かがやる。やられる前にやるといった気持ちではないだろうか。背後に見えるはソフトバンク、またグーグルなり。
2005年10月15日
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今、I君より電話があった。どうも飲み屋からの様子。スタジオに入って音を鳴らさないか?というお誘い。とにかく行動してみようと、私の病気にもいいんじゃないかと。まさに、音楽療法だ。音楽は聴くよりも演奏するほうが鬱にはずっといいらしい。メンバーは私を入れて4人。I君の友人にギターのうまい彼がいて、早い話が彼のハードなギターサウンドを聴いているだけでも楽しいと思う。私はベース担当だ。ロングスケールのプレジジョンを女の子にあげてしまったことが悔やまれる。ヤマハのミディアムスケールのベースしかないが、まあ、いいだろう。エフェクターもないが、まあ、いいだろう。ドラマーがいない。ということは、この私が叩いてもいいわけだ。これは音楽療法だ。高校の頃、ドラム担当の男のバスドラがぜんぜんリズムキープできずにルートを刻むベース担当の私はイライラしていた、それで、試しに叩いてみると私の方がキープできて、ドラム担当者へのあてつけになったことを思い出した。◎10分遊びで叩くと結構のストレス解消になりそうだ。お題となる曲は後に連絡がある。ギターのうまい彼はメタルが好きなので基本はハードロックだ。AC/DCが候補に上がっているとのこと。ハードロック、大いに結構だ。ハードロックか。たぶん、知らない曲ばかりだろうな。エアロスミスなんかもどお?
2005年10月14日
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アパートに忘れてきたと思っていた薬がカバンよりひょっこり昨日でてきた。トリプタノールの10mgです。睡眠薬のロヒも出てきた。ということで、激しい焦燥感は収まるわけですよ。要するに薬の自己管理が出来ていなかったことが今回の自殺念慮騒動の原因であった。今日もほぼ1日寝て過ごしたが、激しい焦燥と闘っているわけではないのでだいぶ楽に過ごすことができた。やっぱ、薬の遵守は重要だ。人の心が薬3錠くらいでこうも変わるのかと思うと不思議なものだ。とりあえず最悪の事態は回避できたと思う。髭もそったぞ。シャワーは2週間ほど浴びてなくて、アタマが臭くてしょうがないが、たぶん、明日、受診の際に浴びるであろうぞ。明日は予約なしで行くだけいくぞ。◎ 2~3日前に中学2年の子供が野球クラブのしごきで死にましたあれは、ひどい事件だと思う。TVニューズで総監督やらがインタビューに答えているのだが事の重大さがわかっていない様子だった。そこは全国的に有名な野球クラブで後にプロ野球に行った人もいるという。親たちも総監督には絶対服従なところがあるらしい。クラブに入る前に誓約書にサインさせられるのだそうだ。練習方針に従うことを。2ちゃんねるの「芸能板」でこの事件のスレが立ち、結構伸びていた。野球にひそむ根性とか非科学的な方法論を非難する人が多かったが、同業者と思われる人が「総監督」を擁護する書き込みを続けて、当然ながら火達磨となっていた。まだまだ、全国にはあの総監督みたいな人がたくさんいるのだろうな。野球に限らず、スポーツの指導者の中に基本的な生理学を知らない人が多すぎるのではないだろうか。まず、懲罰の練習ってまったく意味ないな。懲罰で強くなるなら、プロスポーツは懲罰だらけだろう。スポーツもレベルが上がるほどに科学的なトレーニングになる。野球という競技は瞬発力が重要らしい。基本的に無酸素運動のスポーツなのだ。なのに、野球の練習って有酸素運動が多いという。有酸素運動は「やった!」と達成感を得られやすいから。私が学生のときは運動中には水を飲むなと言われていたな。夏休みの部活というものは技術を鍛えるというよりもいかに脱水と戦うかという、妙な目標になってしまっていた。高齢者介護の経験でものを言うと、水分補給はお茶よりも水だ。いちばん吸収しやすいのは薄めたポカリスエットではないかな。塩分が濃すぎても吸収しづらいのだな。空手をやっている知人の話を聞くと、空手という武道はとてもラジカルな競技のようだ。型ひとつとっても肉体を科学しているところがある。それに空手は個別的な鍛錬をする武道で、例えば車椅子に乗っている障害者にも、その人のための空手がある。いぜん、アメリカの空手道場で車椅子に乗った子供たちが「押忍!」のポーズをしている写真を見て、ちょっぴり胸が熱くなった。知人によれば、空手という武道は、例えばミスター・オクレのような人が来ても、彼にあったメニューがちゃんとできるのだそうだ。私は彼に空手をずいぶん薦められた。そのうちにうつ病になってしまったのだが、空手をやっていればこんな無様なことにはならなかったと思う。◎その知人は片方の目が見えない。それでも3年で黒帯を取った。試合の動画をみれば、素晴らしく俊敏で美しい動きをしている。彼は片目については神様が与えた試練だといっている。克服しろと。また、彼は私のような運動音痴に比べて、身体に対するディフェンスの概念が強い。深酒など絶対しないし、また彼は空手の練習やジムでのトレーニングのためにいっさい残業をしない。それで、お客さんや職場の人に負荷がかかろうがしない。仕事振りはいたって真面目で、合理的で、私は彼の仕事振りを職場で一番評価している。(これだけ評価しているのは私だけで、残業をしない彼に対する不協和音はとうぜん耳にする。もしも聞こえても彼は意に返さないだろう)彼の生き方を見習うべきだと思う。少しでも彼の精神に近づきたいものである。
2005年10月10日
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2002年から2003年の過去ログを面白いとコメントしてくださった方がいらっしゃった。まことに嬉しい限りだ。じぶんでもあの頃の方がブログとなった現在の状況よりも面白かったと自覚している。あの時は熱がありました。ついこのあいだ書いたと思っていた話が、じつはもう2年も前だったりする。2004年から2005年の現在までよりも濃厚なのだ。なにが違っているのか。ひとつには、あの頃は現在のように、通りがかりの人の数が少なくて、読み手の傾向が(ターゲットが)明確に決まっていた気がする。うつ病の記録として始めた日記だが、1回目の発病時の日記は再発を重ねる後の日記よりもピュアだった。悪化と回復がはっきりしていてV字回復していくのが過去ログを読むとわかる。(私には)それから、初期の頃はとにかく下ネタが多かった。ちょっとHな奥さん達にそのあたりがよかったのかな。スタートはエロだったブロガーは多い。あの日記が面白かった。って昔話をコメントしてくれる人、いないかしら。筆者としてはとても励みになるのだな。生きる支えとなるのだな。老年期になる前に(ちゃんとそれまで生きて)もう1回くらい華のあるジンセイを過ごしてみたい。仕事に女に家庭に(ちゃんと身を固めてね)バリバリ働く10年を過ごしてみたい。今回の鬱が複雑で袋小路に入って抜け出せないのは、「仕事が楽しくて」っていってしまう状態になるにはどうすればよいかと考えあぐねているからだ。2002年より今まで私の日記をロムってくれている人は何人いるだろう。リアルな私を知っている人意外で、ずっと読んでくれている人は私が知る限りでは一人だ。ほんと、うれしいですよZさん。このZさんはロムに徹していて一度も書き込みがない。スタンスが一貫しております。私自身よりある意味、私を知っているのではないだろうか。そんな気がする。現在の私はどんな状態で、そして、これから私はどんな人生プランで生きていけばよいのか、少なくとも細木和子やオーラのおっさんよりも、お言葉を信頼できそうだ。なにかしら日記の内容に面白さがあるから読んでくれるんだよな、と確信しつつ終了。
2005年10月09日
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南海キャンディーズのしずちゃんが人気だ。このコンビを知ったのは最近のこと。成功の秘密はあの男がしずちゃんと組んだところにあり、しずちゃんという素材の利用法がすべてだ。彼女はどのくらい意図としてあのキャラクターでいるのかがよくわからない。一説にはしずちゃんはアスペルガー症候群という。ああ、なるほどね。とも思ったが、私が出会ったアスペルガーらしい女性はしずちゃんとはちょっと雰囲気が違っていた。まず、視線を合わせない。表情に薄く、相手に波長をあわせようという視点がない。焼き肉をいっしょに食べてもどこで肉をひっくり返したらよいかわからず、見つめているだけ。28歳にして子供がどのような過程で出来るのかを知らなかった。やっぱ、似ているか。しずちゃんがアスペだとすると、そのキャラクターを活かしてお笑いにもっていった彼は偉いと思う。しずちゃんが一般事務といった社会で順応するのは難しいから。幸せって適材適所をいうのではなかろうか。しずちゃんが、強い意志をもってお笑いの道に進んでいったようには思えない。きっと誰かが、アドバイスしていると思う。周囲の人に恵まれていれば、どのような個性でも輝くチャンスをもつことができる。
2005年10月08日
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ここ、2日ばかり、鬱の状態が非常に悪い。昨日は通院の日なのであったが、行けなかった。今日も行けなかった。昼夜逆転。薬も切れてまずいなあ。究極の認識状態なのだな。認知の歪みがひどい。全か無かという思考から抜け出せないでいる。自分ひとりで内向することはたいへんよくないのだが、孤立した環境にあって、また職場のつきあいの人に助けを求めるわけにもいかずに困っている。なんで、こんな苦しんでなきゃいかんのか。夕べは2ちゃんねるで徹夜ですよ。「浪人して4流大学なので、もう死にたい」なんつうスレでそいつに「人生はこれからだ」と説教したり。じぶんのことを棚に上げるとけっこういい助言ができるものだ、人間って。とにかく生き続けることが大事。生きていれば、必ず浮上すると思って、苦しい心と向き合っている
2005年10月07日
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新疆ウイグル自治区で何が起きているのか。噂話のようなものはネットで耳にしていたが、詳細についてはさっぱりわからなかった。新聞もTVも報道しないので。それが2日くらい前より大きく動き出してきて、毎日や産経といった新聞が、東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)の独立派が中国共産党へ宣戦布告をしたことを報道している。BBC、アルジャジーラといった海外メディアもこの戦争を伝えているという。この50年くらいの間、新疆ウイグル自治区では中国政府による弾圧が続いているらしいが、なにしろほんの最近に知ったこと。何が起きているのかよくわからない。まず東トルキスタンという地域の存在を知らなかった。主要メディアが報道しなくても、インターネットの世の中にあっては、誰かが告発する。現在、2ちゃんねるにおいて祭りのごとくスレが消費されているが、それはメディアが伝えない鬱憤を晴らしているかのごとくだ。それにしても、ホワイトバンドのお金が流れていく先のNGOは、中国内の独立運動についてはどのように思っているのだろうか。チベットにしてもね。ここをクリックすれば結構な情報が得られます。情報の確からしさについては皆さんのご判断で。
2005年10月05日
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このブログのトップにくっつけているホワイトバンドプロジェクト。(リンクしてなくて飛ばないところがオレらしい)コレ、貼ったままでいいのかなという疑問が、じつは9月10日以前よりある。ホワイトバンドを知ったのは、ライブ8のTV番組のCMからだった。ライブ8はみなさんご存知のように、始まりは1984年のバンドエイドから。ブームタウン・ラッツのボブ・ゲルドフがエチオピアの貧困についての大掛かりなチャリティをした。クリスマス時期にチャリティのレコードは世界中で売れて、翌年のライブエイドへと発展した。あれから20年。再び、アフリカ諸国に対する債務の取り消しをG8に求めるべく、サミットに時期を合わせて世界の8箇所でチャリティライブをやった。ライブに出演していたバンドの人にも腕にホワイトバンドをしている人がいた。だから番組の間に流れるCMの活動もライブ8と同じなのだと思っていた。しかしながら、じつは団体が微妙に異なっていた。バンド野郎がつけていたバンドは「ほっとけない、世界のまずしさ。」が販売しているバンドとはその成り立ちが違っていた。興味のある人は「ほっとけない世界のまずしさ」のサイトで詳細を読んでみてください。私も十分に理解しているが、この運動は募金活動とは異なるのである。ホワイトバンドの300円がそのまま募金になるのではなく、ほとんどが、この企画に参加しているNGO(20くらいある)の活動費にあてられるのだ。バンドを購入しているたいていの人は具体的にそのお金が流れる先の団体のことは知らない。これは、非常に賢い作戦だ。NGOのみなさんも、活動を続けるにあたっての経費の確保については頭の痛いところだろう。カンパ獲得にあたり合同で「ほっとけない…」のキャンペーンを打つ作戦はグッドアイディアだと思ったはずだ。また、CMの出来が凄くいいんだよね。この広告は今年度の広告賞を取るだろうな。『***』が今年度のコピー最高賞。いや、作った人は優れたクリエーターです。先の衆院選挙においてもバンドをつけている候補者がみられた。イメージアップになるもんね、リベラルなかんじで。ということで、胡散臭さを感じながらも、今日現在、消さずに掲げているgif。このまま流行に乗り続けるか。それともインチキを糾弾すべきか。チャリティとは何かを考える材料として、ホワイトバンドは価値があるのかな。
2005年10月03日
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自称ロック通の私である。ふだんよりビッグネームには耳を傾けるように心がけているし、新人のバンドだろうがなんだろうが、いいと思ったバンドは評価する。ケツメイシ、リップスライム。いいですね。m-floというのもいい。ファーストアルバムは買いましたよ。プロデュースが小西ってこともあったし。小室の田舎くささを浄化するとm-floになるのですよ。今の若いモンはセンスがいい。ニューオーダーは彼らには神なわけですよ。知らないかな、NOなんて。しかしながら、たまに観るMステーションはつまらない。オレンジレンジがまずわからない。(フレーズひとつ記憶がない)まずバンド名がださいな。エグザイルというのもさっぱり、ひっかかるものがありません。結局、ダメじゃん?といわれそうなので、わかりやすいモノサシを考えてみました。私はベイFMがダメ!J-WAVEならばOK。これで、みなさん、おわかりいただけましたでしょうか。誰もがよく知り、カセットテープの1本でも持っているようなバンドでも、私には反応しないバンドがあります。大御所ではサザンオールスターでしょう。グッとくるものがありません。最近、ニューアルバムを出しましたがCM等で聴く限り、まいどまいど、よくやるなあと。サザンの1曲は「勝手にシンドバットですね」。私の評価では、彼らはどこまでも「勝手に…」を超えることができない、と結論づけました。「いとしのエリー」は素晴らしいです。ほかにも数曲、いい曲と思う曲がありますが、進んで聴こうという気はないです。◎もう1バンド、世間ではビッグネームでありながら私にはさっぱり、というのがB’zです。ベストアルバムが300万枚も売れるんですか。これは凄い。昨年、稲葉さんのライブを日産スタジアムで聴きましたが、なんか、ニワトリが首を絞められたような声で、エモーショナルなものを全然、感じませんでした。音だけは凄く大きかった。PAが割れてました。その稲葉さんが在籍するB’zについてなのですが、盗作ばかりで、なお悪質なので驚きました。2ちゃんねるの邦楽板で知ったのですが、聴き比べると、「これは犯罪だ!」といいたくなります。これはインスパイアされた、なんてものじゃなくて、そっくりそのままなんですよ。調べた人によれば91曲も盗用があると。アマチュアバンドならばいざ知らず、莫大なセールスを挙げるバンドがこんなことをしていいはずないですよね。ネタ元はエアロスミス、ビッグカントリー、AC/DC等、洋楽モノで、彼らは知らないのでしょうね。知ったら激怒しますよ、そのくらいひどいのです。裁判になったら大事件になりますな。ザ・モッズというパンク系バンド(私も高校時代に聴きました)が、クラッシュのミック・ジョーンズとジョー・ストラマーの家族より訴訟を起こされています。賠償請求額は数億円とのことです。B’zが訴訟を起こされたら、これは数十億でしょう。ちょっと、コレはまずいんじゃない?と周辺の人がなんでいわないんでしょう。「この曲はニール・ヤングっぽくやろうぜ」みたいなことは全然、かまわないです。パフィなんかいろいろとしかけがありますが、聴いている私にすれば、ニヤリと笑ってしまう意図的なもので、これもパクリだと非難する人もいますが、私はかまいません。奥田民生の「コレ、シッテル?」のメッセージを受けて、シッテル、シッテルと知っているもの同士のコミュニケーションが成り立つわけです。それにしてもB’zは酷い。もしもファンであったら、ショックを受けるでしょうな。
2005年10月03日
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今日は何を書こうかな。日記として特筆すべきことは、本日、私は洗濯機を3回まわし、ほっぽりぱなしの衣類をタンスにしまい、六畳の畳に掃除機をかけて、そのあと拭くという偉業を成し遂げたこと。自分自身もうっすらと汗をかいてシャワーを浴びた。少々の満足感あり。もちろん、部屋はこれで完璧ではなくて、雑誌・書物の類やPC関連の書類、デバイスの管理など、片付けなければならないことはいっぱいある。が、ま、いいでしょう。うつ病で完全に閉じこもるようになってから、うつ病関連の書物をずいぶんと読んだ。本を読んで治れば、こんなにいいことはないが、現実はそう簡単ではない。認知療法についての書籍は多く、また読者も多い。投薬治療だけでなく、なんとか己の力で治りたいという意思の表れだ。ただ、読んでは見たものの、それを実現するのが難しく投げてしまうことが多かった。多くの読者も同じだろう。記録シート付の本は、最初は実際的で使えそうに思うが、いざ、やろうとしても一日の己の行動を記すのは大変だ。私の意見では、これが書き込めるような人はうつ病ではない、とつい思ってしまうくらい。また、認知の歪みを書き記すことはたいへんラジカルなことであり、結構な知性を必要とする。導く正しい認知については、「そりゃ、もっともだろうよ」とつっこみたくような二元論である。アメリカのインテリ層に受けはよいのはわかるが、ほとんど寝たきりになり、キーパーソンもいないケースにおいては有効だろうかという疑問も沸いてくる。これまで3万円くらいうつ病本を購入してきた私が、「これはいいじゃないか」と思った本がある。バーンズ著『いやな気分よさようなら』である。バーンズ先生はベック先生と同様、認知療法のオーソリティだ。日本人医師による認知療法の本はこのふたりの焼き直しといってよい。分厚い本で(3650円だったかな)文章量が多い。「いやな気分よ…」が気に入ったのは、文章を読んでいけば、なるほどそうかと、認知療法の、メカニズムが理解できることである。ダブルカラム法といった認知療法を実践するにあたっては、とにかくノートが一冊あればいいのだな、と納得する。テンプレートを埋める作業をしなきゃならないと思わせる、他の書物には私は馴染めなかった。今日、とにかくまず行動をとって、それなりの満足を得られたのも、ここ数日、再度この本を読んでいることがきっかけとなっているだろう。そばにあると安心できる本だ。
2005年10月02日
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ポルノサイトの無限ループをする。まったく最低な暮らしぶりだ。バナーが多すぎてどこから入っていけばよいのかわからなくなる。なにか、多少の目的をもってクリックしたはずなんだが。例えば巨乳とか、女の子がかわいい顔だとか、何かしら動機があってクリックしたはずなのに、リンクの大洪水を前に、どこに行くべきだったのか、また。どこから入ればよいのかわからず、しばらくすると再度以前のサイトにいつのまにか戻っていたりする。ノートンが入ってなければポップアップの連続でフリーズだ。土曜日の馬鹿男は、そんなどうでもいい暇つぶしにも飽きて、TVをつけるとNHKで『いのちの対話』という番組をやっていた。◎産婦人科のドキュメントだ。ふたりの医師が運営する病院がある。一人は中山というきさくなおっさん(66歳)、もうひとりは鮫島という40代の医師。年間600人も出産があり、また80件ほどの中絶をしている。ドキュメントは鮫島を中心に展開される。ひとりの未婚の女性が受診する。妊娠8週とのこと。彼女は、中絶を希望した。彼のことを信頼できないのだそうだ。鮫島は、彼とよく相談するように促す。そして、その後も数回、受診をしながら、中絶を希望する患者と鮫島との間にやりとりがあって、映像は経緯を記録する。鮫島という医師は、これまでに中絶の手術をしたことがないのだそうだ。これは彼のベーシックな信念というか倫理観だ。中絶を希望する患者に対して「殺す」とか「この子は2度と現れることはない」等、患者に罪悪感を与えうるコトバが続く。鮫島の表情は、なにかにとりつかれたかのように真摯な顔で、胎児の尊さ、命の大事さ、生んで後悔することはないのだ、という持論を展開する。中絶に強い決心をしていた女性に対して、彼氏は「生んでくれ」と強く願っていた。中絶への日程も決まり、担当が鮫島から、中山に代わる。中山はふたりに胎児の心音を聴かせたりする。結局、最後に女は中絶を撤回することとなった。牧師のような鮫島とちがい、中山は中小企業のおっさんのような親しみやすさがあって、中絶後にも患者の心の相談に乗ってやっている。りっぱな先生だと思った。私が気になったのは鮫島の診療に対する理念についてだ。彼は中絶手術をいっさいしないわけだ。中絶が決まれば、中山オヤジが、メンタルなケアの面まで丁寧にかかわり、そして中絶をする。私は、鮫島に対して、いのちの大切さを患者へ訴える立派さと同時にじぶんの理念にかなわぬ医療を行わないことの漠然とした嫌悪を感じた。中絶する人もその理由はさまざまだと思う。避妊の意識が薄いDQNカップルもいれば、すでに3人の子があり4人目は経済的にも苦しいといったケースもある。鮫島の診療には生活の実際という視点に欠けているように思う。彼の考えではいかなる貧困においても、また、複雑な家庭環境においても生みなさいということだ。もう宗教的な価値基準といって差し支えないであろう。鮫島に望みたいことがある。それは、「私は堕胎をしません」と最初に患者に説明をすること。首からカードをぶら下げてもよいし、開業準備のクリニックには「中絶に反対します」と看板を出してもらいたいのだ。鮫島が自分の信念を曲げずにいられるのも中山のオヤジさんのような堕胎手術をする医師がいてのこと。鮫島にはその点をいつもじっくりと見据えてもらいたい。◎しばらくポルノサイトを見ることはないだろうな。こんな番組を見たら、全然、楽しくないよ、ポルノなんて。うんざりするよ、世の中にポルノでセックスを晒す女性がこんなにいると思うと。ヘタすると自分の知り合いに出会ってしまいそうだ。それでも、人間の性はその他の動物のように単純ではない。望まない妊娠がなくなることはないのだ。
2005年10月01日
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