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折角思い出を頑張ろうと思った矢先パソコンがフリーズした。しりあいに頼んでやっとつかえるようになった自分は、生活の多くをパソコン頼みなので、ここがストップするのは大いに困ってしまう。スマホは便利だけど、やはり通信が主、ねっとでの買い物は見本とか文字が大きいパソコンがべんり、その他一応仕事にも活用する。ともあれ思い出は続けよう母の話になるといつも胸がうずく、母の亡くなった年令に近づいたこのごろのこと。母は病院で一人で旅立った。私のそばに行きたいといっていたのに、兄を始め弟たちがいる東京から連れてくるわけにはいかず、都心から遠く離れた施設で一人亡くなったかと思うと立場などにこだわらずつれてくればよかった、、と。それは、私が今いる家のそばに病院兼施設があってそこはははもよくしっているところで、そこにいきたいというのだった。私も一人暮らしだったから、ひきとれたのに、、と。
2025.02.21
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父は大学時代アルバイトに牧場のサイロを作る仕事をしたらしい。その牧場に後年1頭の名馬が生まれた。私は北海道在住の従姉妹と一緒にその牧場へ行って名馬と遭遇してきた、競馬ははじめたばかり、というか殆どお金をかけたりするというより、馬が身近にいる世界に興味深々だったから。競馬をしたことがある一昔前の人ならだれでも知っている「無事これ名馬」といわれた馬のこと、その言葉はいつも頭から離れず東室蘭からレンタカーを借りてでかけたのだった。室蘭は父と母の故郷。そして私の出生の場所。
2025.02.07
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最近しきりに亡き両親や兄弟の夢を見る。多分このところ折に触れて昔のことをおもいだしているからだと思う。明治に生まれ、大正、昭和と生きた私の祖母や両親、そして兄弟たちのことを書いてみようと思った。今日はまだはっきりと系統たててはいないのでテーマだけにしておく。いきなり父のことを思い出したのはテレビで江差追分という言葉をきいたから。その言葉ははるか昭和の中期に父がラジオから聞こえてくるこの民謡を感動して聞いていたことが発端。私は勿論その民謡をきいたこともなければ題名も知らない、ただ、なぜか父がすごくご機嫌で祖母と一緒に口ずさんでいたのをその情景だけ切り取ったように覚えていたから。
2025.02.06
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