2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全21件 (21件中 1-21件目)
1
冬ごもり中。ごめんなさい。内容のない日記で…
January 31, 2005
コメント(0)
日曜日の夜。すでにかなり冷え込んできている。寝室も珍しく前もって暖房を入れたし、庭の水道にはタオルを巻きつけておいた(凍結防止)。おちびのセーターも頑張って編み編み中。母親業、なっかなかうまくいきませんのう。私はつくづく未熟な母親だなあ、と実感する毎日でござんす。それでも、おちびもあーちゃんも私を頼りにすがってくるのだから、私もがんばらなアカン。いや、もうがんばるのはやめじゃ。のんびり行こう。今日、国際電話でオットと話す。最近、週に1度ウィークエンドに電話で話すことにしている。オットも最近結構まいっているようだ。私は結婚当初から、オットの仕事内容のことは一切触れずにいた。理由は、オットの仕事そのもの(法律関連)がさっぱり分からないってのもあるし、オットの性格として、仕事のことに嫁に気軽に口出しされたくないだろう、という気がしたので。でも、離れて暮らしているので、声の調子や愚痴を聞いていると、何か言ってあげたい気持ちになる。なので、オットの愚痴を「はあはあ、ふんふん。」と聞いた後で「ほんまかいな~~でも、そんなんたいしたことないって~。誰だって皆、うまくやってる振りしてるだけで、大して出来てないよ~。もういやんなったら、はよ帰っておいない~。」と言ってみた。それを聞いたオット、ちょっと声の調子が明るくなったような?だったら良かったんだけど…とにもかくにも、単身赴任も1年経過。残り2年かな?オットよ。出世せんでもええ。のんびりやってちょうだい。いやんなったら辞めちゃえ。主婦業替わってくれたら、私が臨時教員でもなんでも仕事見つけて稼いだる。(収入は3分の1くらいになるやろけど(笑))頑張りすぎて私の父みたいに身体を壊すくらいなら、貧乏になっても家族4人で笑って暮らす方がええわ。
January 30, 2005
コメント(4)
こんな偶然ってあるだろうか!?昨日、リビングで私とあーちゃんが遊んでいる間、おちびは隣の和室でピアノの練習をしていた。しばらくすると、ピアノの音がやんだので、「遊んどるな~~。」と思いつつもほっておくと、おちびがどどどーっと廊下を走ってきて、「ママ!!(←普段はかあちゃんだが、焦るとママになる)大変や!停電になったっ!!」と半べそになっている。和室に行くと、もう6時なので部屋は真っ暗。和室の蛍光灯のヒモを引っ張るが、明かりはつかない。(和室は紐を引っ張る以外のスイッチはない)「おちび、あんた、ヒモ持ってバシバシして遊んでなかった?」「うん、振り回してバシバシしてた…」その前日、お風呂の湯船でピョンピョンして遊ぶおちびに、「お風呂の底が抜けたら(抜けるはずはないが)、おちびに一生オモチャ買うたらへん。そのお金で修理する!」と宣言していたので、おちび「なあ、もう俺のオモチャ買うたらへん??」と泣きそうになっている。「いや、これは多分蛍光灯のどれかが切れたから、つかへんだけやと思うよ。壊れたわけじゃないとは思うけど、でも、まあおちびがバシバシせーへんかったらこうはならへんかったやろね。もうしたらあかんよ。」とげん骨で頭をぐりぐりしておく。とにかく2重の輪ッかタイプ蛍光灯と豆球もはずす。これ。1つでも切れると全部つかなくなるタイプなのだ。「真っ暗やし仕方がないから、ピアノ片付けなさい。」と部屋を出て、和室を少しでも明るくしちゃろうと、和室の隣の玄関ホールの電気をつけようとすると…バシ!!っと音がして、なんと玄関ホールの白熱灯も切れてしまったのだ…がーーーん。ショック!天井が高いので電球をかえるのは至難の業だ。脚立を立てて上に上る。私は高所恐怖症ではない。高いところに上がっても別に平気だ。…下がちゃんとした床ならば。これが金網とかスケルトンだと、とたんに腰が抜けてしまう。脚立もしかりで、朝顔のネットを張るのに脚立に登るのも死に物狂いだったりする。でも朝顔ネットは壁に沿わせるから壁に手を置いて支えられる。電球をかえるのに天井に手をついたって、身体は支えられない。しかも玄関は暗くて、リビングからの明かりが頼りだ。その上、玄関の明かりは、段差の真上にあるので、明かりの真下に脚立を置けないのだ。あーちゃんは、下でウロウロして、私に気をとられていて上ばっかり向いているので、玄関に転がり落ちそうである。本当はおちびに脚立を持っていてもらいたいのだが、泣く泣くあーちゃんのお守りをお願いする。脚立のてっぺんに足をそろえて立って、ちょっと背伸びをしてやっと電球のカバーに届くのである。(こうやって書いていても冷や汗だ。)このカバー、分厚いガラス製で重そうだ。しかも頑丈に天井にくっついていて、どっちに回しても外れないのだ。「わーーん、全然とれへん~~」と今度は私が泣きそうだ。おちびに自由を奪われて、あーちゃん爆泣き。これも気が散る原因である(笑)。両手でカバーをグリグリ回して、やっと外れる。ずっしり重い。「おちび~これ持って~~。」「OK!]はっきりいって、脚立の上でかがむのは私には不可能なので両手でなるべくカバーを下に下ろす。おちびの手が確かに受け取ってくれた。おちび背が高くなったのね…ありがたや~~…それから電球をくりくりと外す。これは難なく外れた。さあ、ここからが問題だ。脚立から降りれないんである(笑)どっかに手をついて降りたい。でも天井以外に手をつけない。かがめない。どうやって上がったんだ私は?どうやって降りりゃあいいんじゃい!!「おちび~~、降りられへん~~、助けて~~~!」私が脚立の上でもがいていると、おちびが「そこからねえ、飛び降りたらええねん!!」それが出来れば整形外科はいらないんだよ、おちび!!「ああ、怖いよ~~!!パパーー!!帰って来て~~!!」心底オットが恋しかったですわ…(爆)。そして、リビングに戻ると…何とキッチンの明かりが切れ掛かってチカチカしていたのでした。こんなトリプルパンチな偶然ってありありあり~~??で、今日全部の電球&蛍光灯を買ってきました。…………また脚立のぼらなアカンねんなあ~~………おちびが小学校から帰ってきたので、おちびを助手にして蛍光灯の付け替えをする。しかし、玄関ホールとキッチンの蛍光灯は無事付け替えることが出来たが、和室の蛍光灯は、全部付け替えても点灯しない!「お~~ち~~び~~、なんでこうなったの~~!?」と怒ると、おちびは「こうなったら真っ暗人生で行くしかない。」としょんぼり。和室はピアノを置いているし、夜寝る部屋でもあるので、明かりがないのはかなり困る。まだ明るいうちにおちびにピアノを練習させる。はああ、これは照明器具ごと買い換えるしかないか…
January 27, 2005
コメント(2)
先週から、NHKの「おかあさんといっしょ」を見せるようになった。まだ1才3ヶ月やし早いかなあ~と思ったけれど、でも、あーちゃんは、すでにすっかりはまって、最初の歌のコーナーでは、音楽にあわせて身体を揺すってごきげん。最後の体操コーナーでは一緒に手をあげたりさげたり、踊っている様子。さいごの「ばいばーい」では、かなり名残惜しげに手まで振っている。私もかなり久し振りに見た。一応、おととしの、お兄さんお姉さん交代の第1回放送は見た。その前のりょうこお姉さんともうひとり濃い顔のナントカお兄さん(名前忘れた)の時の第1週の放送は、もうガッチガチに緊張していて(笑)、すみっこにいた続投のひろみちお兄さんの顔にも縦線が入っているような状態だったっけ。もう毎日目が離せなかった。歌のお姉さんなのに、素っ頓狂に歌ヘタだったし。しかし、今回のしょうこお姉さんは、元タカラジェンヌ(星組の千琴ひめかさん、娘役)で、しかも歌が上手で、ショーの最後のエトワール(大階段のど真ん中でソロで歌を歌いまくってショーをしめる、プリマドンナ)を務めたこともある実力派。そして、新しいお兄さん(また名前忘れた)も、やっと「お兄さん」と呼べる若さと、アメリカザリガニの柳原くん似の(世間ではホリケンに似てるとかヨン様に似てるとか言われてるらしい。でも絶対アメザリやと思うぞ)甘いマスクが売りで、なかなかテレビ映りのよろしいカップル。私はホッと胸をなでおろして(笑)、それ以来先週まで「おかあさんといっしょ」を見ることはなかった。しかし、ネットの某掲示板を見ると、「歌のお兄さんのズボンのチャックが全開だった。」だの「今日も体操のお兄さんがウィンクしてた。」だのなかなか楽しそうなんである。(何がや)あーちゃんも1才3ヶ月。音楽も踊りも大好きなので、30分くらいやし一緒に見る分にはいいか、と考え、平日だけ見ることにした。いやーやっぱり、子供番組は癒されますわ。久し振りの「おかあさんといっしょ」に、私も家事の手を止めて、あーちゃんと一緒に歌ったり、あーちゃんの手を持って踊らせたり、楽しい時間を過ごしている。そして、別にひろみちお兄さんのファンでもないのに、ウィンクしてもらえて、ちょっとウキウキしてみたり(爆)。これからまた数年、お世話になりますわ~。NHK受信料も、今までも払ってたしこれからもちゃんと払いますので、いい番組を作ってね。そうそう。仕事は午前中に納品。今回は、昨夜の1時半までかかったけど、というのも、夜8時半に子供たちと一緒に寝て(早っ)、1時まで爆睡したもんで…今回は、締め切りより数日早くってわけにはいかなかったけど、まあ余裕をもって出来た。今週末は仕事はナシ。でも臨時業務が入らないかなあ~~。
January 26, 2005
コメント(2)
朝、いつものようにジュウシマツの水かえをして、それから朝のしたくをして、ゴミを出しに外に出てみると、かえたばかりの水浴び用の陶器の容器の水につかって、ゴッドマザーの次長が死んでいた。びっくりして、「おちび!おちび!」と呼んでしまう。おちびもびっくり。「なんで、どうしたん?」と聞いてくるけど、私にも分からない。ほかのジュウシマツは元気にしている。次長も、朝から元気だったのだ。おちびと2人で、庭の花壇に埋めてやる。どうしてこんなことに…。多分、冷たい水でショック死したのだろう…それ以外考えられない。ヒナが巣立ちして嬉しかったのに…父の病院に向かって自転車を走らせる。もしかしたら、高校の制服姿の先輩が、道端に立っていて「おい!くららん!」と声をかけてくれそうな気がして、何となく振り返ったりしてしまう。でも…よう考えたら、私のところに逢いに来るくらいなら、奥さんやお子さん達のそばにいるだろうな。中学・高校時代、吹奏楽部に所属していた。あの頃が一番輝いていた。先輩は部長で、部を引っ張っていた。ほんと楽しかった。先輩は私にも、かなりおもろい思い出をいっぱいくれた。青春だったなあ。死にたくなかっただろうな。昨日は「あほや、バカや」と言いまくったけれど、一晩寝たら、もう2度と会えない現実が、胸に迫った。でもこれだけ、友達や後輩達から「あほばか」と言われまくったら、先輩も「誰があほや!!」ってむっくり起きてくるのではないか?私の周りで、昨年から、高校の恩師、大学の先輩、友人の親御さんと、訃報が続いているので、正直、今回はかなり、精神的にきた。
January 25, 2005
コメント(2)
なんだかんだいって、毎日更新しとるな、日記…夕方、おちびをピアノ教室に連れて行こうと思って、準備していて、いざ出発と3人で靴を履きかけていると、電話が鳴った。「なんやのんな、忙しいときに…」とぶつぶつ言いつつ電話に出ると、今日は父の病院に行く番の母からだった。「どないしよう、くららん…」息も絶え絶えなんである。「どうしたんよ、お母さん!」「どないしよう、お母さんな、ガスの火止めんと出てきてしもたかも知れへん…」「はあ?なんやて?」「火事いかしてるかもしれへん。電話がつながれへんねん、家…」「まじで!?火事!?」「どないしよう、どないしたらいい?…そうや、お隣さんに電話してみる!」「そうしなさい、私も今から見てきてあげるから!」電話を切ったものの、私も頭が大混乱。すぐ、実家に電話してみると、本当に「お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません。」というテープの声がかかっているのである。「誰から?どこが火事になったの?」とおちび。「あーもーよう分からん。とりあえず、ピアノに連れていったるから、あんただけ中入って。それからママとあーちゃん、おばあちゃんちに行って来る。」「うんわかった。」別に、ピアノ教室は親が同伴する必要はないので、おちびだけ自転車に乗って行かせてもいいんだけど、よく事故が起こる交差点を通っていくのが心配なのと、同じクラスのほかのママさんも皆さんいらっしゃっているので、成り行き上、私もあーちゃんを連れて後ろで見ているのだ。一応コマがかたっぽだけついているものの、もう殆どコマに頼らず焦げるようになった自転車をせっせとこいで、おちびは走る。その後ろを、ドキドキしながら私も走る。おちびをピアノ教室に連れて行って、その足で実家に走る。ピアノ教室からは自転車で10分かからない。実家の方向から白煙が上がってないか、目を凝らす。なにげに、夕闇の中煙っているような気がするのだ。「絶対燃えてませんように…燃えるな~~燃えるな~~」殆ど呪文を唱えてるような状態。住宅街をクネクネ曲がって、ようやっと私の実家のある通りに入る。しーんとしていた。そして私の実家は…普通に建っていた。そんなこっちゃろうと思ったけれど、どっと疲れた。ここまで全力疾走で来たことに気付く。携帯でまず実家に電話をいれてみる。すると、もう普通に呼び出し音が鳴っている。テープの声は流れていなかった。なんだったの、さっきのは!?こんなタイミングでまぎらわしい!!で、携帯で母の携帯に電話をかけた。留守電だったので「燃えてなかったみたいだわよ。」とイヤミたっぷりにいれておく。折り返し母から電話。含み笑いの声で「いやいや、どうもどうもどうも…」とか言っている。「お隣さんに切羽つまった声で電話したら、『あの…どちらさんですか?』って言われたわ。」「そりゃああなた、まずは名乗らなくちゃ。」「そやねん。『燃えてませんか?』って聞いたら、爆笑されてしまったわ。」だと。ああ、優しいお隣さんで良かったわ。実は、私の兄が転勤の辞令が出て、こっち勤務になり、今週中に夫婦でこの実家に同居することになっている。私の兄もたいがいなB型男なんだけど、それでもこの母と一緒に住んでくれるだけで、まあ安心かな…中・高校時代のクラブの友人から電話があった。1年上の先輩が死んだ。しかも、私がその頃つきあっていた彼だ。未明の事故だそうだ。もう本当にびっくりした。私も、混乱しながら同期の友人達に電話をした。すでに知っていた子も、私の電話で初めて知った子もいた。「くららんと久し振りにしゃべる電話が、こんな電話だなんて。」と泣く子もいたが、だいたいが「先輩、何をしとんねん!」と異口同音に電話口で怒っていた。私もそうだった。事故で死んだと聞いたときは、正直無償に腹が立ったのだ。いけないことだけれど。私と1年違いだ。小さい子どもが2人いる。奥さんは専業主婦だ。先輩は1人息子だったから、先輩が亡くなったらご両親が2人きりで残されることになる。やんちゃな人だった。第1志望大学についに行けず、そこからやりたいことが見つからないと言っていた。大学卒業後、就職した会社も5年ほどでやめ、仕事を転々としていた。「あの奥さんはようできた人や。」と仲間内ではよく話題になっていたそうだ。でもそれもこれも、先輩が元気でいてくれるからだろう。残された家族が可哀想だ。事故の状況は知らないけれど、普段の生活のことは噂で聞いていた。あほや。あの人。悲しくてならない。あの人が死ぬ前に、もう一度会ってきいてみたいことがあった。でも、2度ときけないんだなあ…
January 24, 2005
コメント(2)

私が編んでいるセーターの編みこみの絵。下絵で鉛筆書きで描いた絵が、セーターの中に編みあがっていくのを見て、おちび大喜び。「俺もこんな風に編んでみたいなあ~~。」と言いつつ、私が年末に編みかけていた、アンデミルミルのマフラーを、引き受けて編み始めた!アンデミルミルはリリアンと同じような要領で編み進めるので、小さい子にも取り組みやすい。「楽しい手芸のハマナカ」のHP。ここでアンデミルミルが見られます。↓ 間もなくおちびのマフラーは完成予定。うう~~。おちびに負ける~。私も編まなくては。おちび、ニット界の貴公子ならぬ、ニット界の王子様をめざせ!んでもその前に仕事仕事…
January 23, 2005
コメント(2)
昨夜は、布団で、あーちゃんに腕枕、背中におちびがぴたっとくっついている状態で寝ていたら、あまりの気持ち良さに朝まで爆睡。日記を更新できませんでした。そして今日から仕事。日記も編物も仕事が終わるまではお預け。
January 22, 2005
コメント(0)
カタキのように編み編み中。おちびのセーターを1から編みなおしています。最初はアラン模様にしていたけれど、おちびが「絵が入ってる方がいい」というので、方眼紙に絵を描いて、オリジナルデザインになる予定!!
January 20, 2005
コメント(4)
うちのHP、またタイトルを変えました。確かスタートの時は「くららんのお部屋」でしたっけね。で、「くららん家の春・夏・秋・冬」になって、今日から「くららんの『さらさら日記』」です。これは古典の『更級日記(さらしな日記)』をぱくったものですが、内容は今までどおりだし、タイトルを変えた深い意味もありません。そもそも、「くららん」という私のHNも、私の本名とは一文字もかぶってもいないし、本名のイメージにも全く近くありません。思えばずいぶん可愛らしい名前をつけてしまったものだ、とは思いますが、まあ、私と言う人間が「くららん」ってな夢々しいタイプではないことは、遊びに来てくださっている皆さんもご存知でしょう…「くららん」とつけたそもそもの発端は、宝塚の(宝塚かい!)月組の娘役トップスターに当時、映見くらら、という女の子が抜擢されまして、彼女の名前から頂きました。当時おちびの育児が一段落して、何年ぶりかで久し振りに宝塚大劇場まで足を運んで観た公演が、月組公演『ガイズ&ドールズ』。紫吹淳さんと映見くららさんのトップお披露目公演で、このトップコンビはもひとつ合ってないんじゃないの?映見くららはもひとつなんちゃうの?という声が多かった当時、逆風の中、映見さんは見事に、主役のサラを演じきって、その根性に感服いたしました。ということで、別に映見くららさんのファンではなかったのだけれど、私もあれくらいええ根性でありたいと思い、私のHNを「くららん」にしたのです。ちなみに、2人とも現在、宝塚歌劇団を既に退団されていて、紫吹淳さんは米倉涼子とかと同じオスカープロモーション所属となり、映見くららさんは、先日やってたドラマ「ナニワ金融道」(中居くん主演の)に出てはりました。まあ頑張ってください。というわけで、くららんの「さらさら日記」。お暇なときにでも、いつでもお立ち寄りくださいまし。さて、今日からおちびのセーターを編み始めました。ちょっと可愛い編み込みが入る予定。何とか今月中には編み上げたい…
January 19, 2005
コメント(0)
約10日ぶりくらいに父の病院に行ってきた。あーちゃんがウィルス性胃腸炎で大変なことになって以来、病院にウイルスを持ち込むのを心配して、しばらく遠慮していたのだ。久し振りに父に会えるのが楽しみで、かなりウキウキでエレベーターに乗った。カーテンを開けて「お父さん久し振り、くららんやで」って声をかけたら、こちらを見てくれるかもしれない(すぐ視線をそらすとしても)。今日は時間をかけて、手足の曲げ伸ばしをしてやろうって張り切っていた。でも、カーテンを開けて「お父さん、おはよう。」と声をかけても、父は少し薄目を開けただけだった。目に力がない。表情がぼーっとしていた。握った手はカチカチで、熱くて、そして少し腫れていた。10日前の父よりも、明らかに少し…影が薄いような気がした。相変わらず自発呼吸の少ない父(1分間に4回とか)。父は安定していると思っていたけれど、やはり生と死のはざまを、漂っているのだと思い知った。3時間近く病院にいて、おちびが帰宅する前に家につこうと、病院を出た。病院にはリハビリセンターが併設されている。そのリハビリセンターの前の自転車置き場に自転車を停めていた。リハビリセンターはガラス張りになっていて大きい。外から中の様子がよく見える。車椅子の人や松葉杖の人達が、スタッフの方と一緒に様々なリハビリに取り組んでいる。体が思うように動かず、つらいだろうと思う。でも、リハビリセンターの中にいる人たちが、うらやましくてたまらなかった。この人たちは、まだまだこれから何年も何十年も生きていく。不自由な体も、自力で動かすことが出来る可能性のある人たちだ。私の父の、カチカチになった身体。毎日曲げ伸ばししてやっても、翌日には元通り以上にカチカチになっている。それでも毎日、曲げ伸ばししてやる。もう自力で動かすことはないのに。いやあるかもしれない。でも、ないだろう。最近、自殺したり簡単に人を殺めたりといった事件が多い。でも、それって…うまく言えないけれど、罪とかそういうことよりも、私には、とても傲慢な行為のように思える。マッチの火のように消えそうな命を、消さないように消さないように、必死で生きる父。そして消えないで消えないでと、祈る私たち。父は決して死ぬつもりはなかった。実家の冷凍庫には、おちびにもっていってやるつもりだったらしい、アイスクリームが買いだめしてあった。あーちゃんのインフルエンザの予防接種の日程を私に確認していた。オットが帰るまでは、自分がおちびとあーちゃんの父親代わりになると宣言していたのだ。明日もあさっても、1年後も2年後も、孫たちと遊ぶのを生きがいに生きていく気マンマンだったのだ。それなのに、もう父にそんなのんびりした日常は戻ってこない。父は本当に悔しいだろうな、と思う。私だって、今まで本当につらくて、死にたいと思ったことはある。でも、生きていればなんだって出来るな、と今実感している。生きたくても生きられない人のためにも、私は生きていかなくてはならないのだ。帰り道、自転車をこぎながら、涙が止まらなくて困った。何泣いてんだろ。父はまだ生きているのに。風が冷たかった。
January 18, 2005
コメント(0)
現在18日の夜中の1時。仕事が終わって入力も済んで、小さく万歳三唱したところである。水曜日に納品なのに~~、こんなに早く出来ちゃたんだよ~~ん!!(←やや壊れかけ)さて、せっかく17日の日記を書くことが出来るので…1月17日阪神大震災の話。10年前のことを書きかけたけれど、つらくなってきたのでやめて…10年たって、私も2人の子供の母になった。ニュースのインド洋大津波の映像を見ても「わー!すげー」という感想しかなかったおちび。私自身は、16万人の人が亡くなったということの意味が分かるけれど、人の死にさえまだ直面したことのないおちびに、テレビの映像を見ただけでは恐怖も悲しみも感じようがないかもしれない。最近、阪神大震災関連番組が多かったので、おちびと一緒に見てみた。そして、被災したわけではなかったけれど、私が体験した震災の話を話して聞かせた。おちびはとりわけ、ニュースの中の「突然の地震で、家族に死なれて独りぼっちになってしまった子供が少なくなかった。」というところに敏感に反応した。「ねえ、ひとりぼっちになったら、どうなるの。どうやってご飯食べたりするの?」と半べそになっていた。私は地震関連のニュースや新聞記事を見ると、どうしても泣けてしまうのだけれど、すぐそばで10年前に突然、沢山の大切な命、愛していた人たちを奪われた深い悲しみを、震災を知らないおちびにもほんの少しでも知っていて欲しい。戦争と違って、天災だから防ぎようがないのだけれど…それから、おちびと、今一度地震が起こったときにどうやって避難するか、再確認した。おちびは余裕があればランドセルに自分のパンツや服をつめこめるだけ詰め、あーちゃんの紙おむつを持って逃げる!余裕がなければ、玄関に置いたリュックサックをつかんで、紙おむつを持って逃げる!私はいつもさげているカバンを持ち、玄関に準備している避難袋とあーちゃんをかかえて逃げる!!とにかく隣が小学校と言うのは心強い。必ず東南海地震は来るし、うちの家の近所を断層が通っているので(てか大阪は断層だらけ。)本当にきたら、もう家ごとダメだろうけれど…オットがいない間は私が子どもらを守らなくては。決意をあらたにした、震災10年目でした。
January 17, 2005
コメント(4)
確か昨日の日記で、仕事が終わるまで日記更新しないと言ってたのだけれど、昨日から始めた仕事が、水曜日納品なのに、すでに3分の2まで終わっているので、ちょっと余裕をかまして日記を書いている。今日は午前中は2人を連れて図書館へ行き、午後あーちゃんがお昼寝をしている間、おちびは絵日記と公文の宿題、私は仕事をした。これが1時間半の間にかなり要領よくこなすことが出来たのさ。この分だと、仕事の量を増やしても良さそうな気がするけれど、今は子供も小さいし、これくらい余裕を持った方がいいのかもしれない。今のペースなら、家事育児中心でやれるので。でも、おちびが宿題を終わると、「リバーシ(←オセロのこと。英語名なのかな?)しよう!」と誘ってきたので、そこで私の仕事は一旦休憩。おちびとオセロに興じた。今日はショックなことに、1度だけ負けてしまった!!かなり悔しかった。そしてあーちゃんが起きてきて、夕方の家事をして、6時になったので「ちびまるこちゃん」をつけたら、ちょうどオープニングテーマの「踊るポンポコリン」が始まって、3人でひと踊り。それからパソコンに向かっている。明日から新しい1週間だ。先週は父の病院行きを母に殆ど任せて、病み上がりのあーちゃんとおちびと一緒に過ごした。早く父のとこに会いに行きたいなあ。なかなか自発呼吸がうまくいかない上に、長く寝たきりの入院患者特有の色々な症状が出始めているのが、最近の心配。全く話が変わるけれど、この楽天のHP.日記を更新した瞬間からカウントがどんどん上がるのはなぜだろう。足跡残すのが目的だけのかたが多い(絶対日記読んでないと断言できるかた大多数)と思うんじゃが、それにしても更新したとなぜ分かるのか?↑の新着情報が更新されなきゃ、普通分からないよねえ。まだまだ私には分からない事だらけだわ。
January 16, 2005
コメント(4)
おお~~~~い。ノート今どのへんですか~~??もしかして、止まってますか~~??持ってるかた~~、お忙しいところを申し訳ありませんが、できれば早いうちにまわしてくだされ~~~。回っていたら、こんなこと書いてごめりんこ~~。うお~~、読みたいぞ~~禁断症状が~~!!(←うそ)業務連絡終了です。さて…今日からまた仕事です。今度は1日早く終るっているのは無理かも…。水曜日に納品したら、日記再開します。多分。(多分かい!)
January 15, 2005
コメント(2)
メルちゃんの服できた…けど写真のアップができませぬ。っていうか、ぶっちゃけパソコンに写真を取り込むのがめんどくさいだけ(爆)今日はなんか、なーーんにもヤル気がおきませんわ。明日から仕事なので、今日はそのための充電ってことにしときます。メルちゃんの服は、黄色のチェック地に花が散っている模様で、ノースリーブのミニ丈ワンピース。すそがもひとつまっすぐに見えないので、レースをつけたら誤魔化せました(笑)背面を見ると、模様のつじつまが合ってないのがバレバレなんだけど、前から見る分にはうまく行きましたぞよ。仕事が終ったら次のをつくろうかな?ああもう、めっちゃ眠い。こんな独り言だけの日記でもいいやろか。風邪引きかけかな?でももうすぐおちび帰って来るから、寝るわけにもいかんし。明日から共通一次……ああっと、年がばれる、大学入試センター試験らしい。そうや、震災の直前にあったんだよなあ。うちの姪っ子も受験生なんだけど、非常におっとりぼよよんとした、今時のコギャル(コギャルはおっとりしてないか)で、「多分どっかには行けると思う~。行けなかったら専門学校に行こうかなあ~~」とめっちゃのんびりしていた。ぶっちゃけ高校も公立の中の下高校で、親戚一同「大丈夫かいな…」と心配していたのですが、コンスタントに学校のテストは良い点を取っていたらしく、なんと推薦で、関西では「おお!」というイメージの名門の私大に合格!!おばちゃんは嬉しかったぞよ。でも、英文学科らしいけど4年間も英語漬けの上、あんた、卒論も英語で書くんやで。大丈夫かいな…確か中1のとき、英語の勉強見たったことあるけど……うーむ……いやいやあれから5年たってるから、きっとなんとかなったんだろう…うちのオットは、年の離れた次男末っ子で、結婚も遅かったので、甥・姪4人のうちの3人はこれで大学生だ。来年のお年玉の金額が……怖いぞ……早く社会人になってくれ…
January 14, 2005
コメント(4)
昨日、おちびが帰って来てから、科学の11月号の付録だった「手がた1年生」を一緒に作った。まず、ピンクのやわらかいのを作って(歯医者さんで歯型を取るときに使うアレみたいなやつ。)手型を取る。机の上に新聞紙を広げ、道具を全部並べてから、おちびに手順を熟読させ、順番に全部作らせた。ちなみにこれ、もしもオットが家にいたら、オットはおちびほったらかしで全部自分でやってしまうだろうな。自分の手型をとりかねない(爆)。オットが単身赴任したら、おちび、私が不器用なのを見て(ボクが作った方がマシや)と思ったのか、最近、工作や付録作りを自分でやるようになってきた。うんうん、いい傾向だ(笑)手型を取ってる間、おちび、息を詰めてじーっと手を沈めている。念のために1分多めに沈めていたら、いざ手を抜く段になって、何と抜けなくなってしまった。親子であわわわになる。(笑)「もう!ほんまにお母さんは~~!おおざっぱのO型やねんから~~!!」となぜか私のせいに…でも何とか手を抜く。うまいこと手型がとれて、次は石膏を流し込む。そしてしばらく置いておく。うまくできるかな?手型作っている間、あーちゃんは横で、私もまぜろと大騒ぎ。年の差きょうだいって、一緒に遊ばないんじゃないの?と言われることが多いけれど、そうでもないよ。上はめちゃくちゃ可愛がってくれるし、下はお兄ちゃんと同い年のつもりでめっちゃえらそうにするのである(これ、年が近くてもそうだよね)。上が可愛がってくれる分、年が離れてる方がいいかも。親はなかなか育児が終らなくて大変だけど。さて。あーちゃんは10日で1才3ヶ月である。ボキャブラリーは、パパとママとオバア(おばあちゃん)、マンマくらいであんまり増えてないけれど、最近、指示が通るようになって来た。「オモチャ箱にナイナイして。」「ゴミ箱にポイしてきて。」「おっちんして(座って)待ってて。」「メルちゃんどこいった?つれてきて。」「(掃除機のコードの)ボタンぷちんして。」ってお願いすると喜んでやっている。今のあーちゃんのマイブームが、この掃除機のボタン。コードがシュルシュルするのが面白くてたまらないらしい。なので、このコードを片付けるお手伝いを喜んでやってくれる。さすが女の子、最近ファッションに興味があるらしく(笑)、特に大好きなアイテムが靴下とヘアゴム。靴下は、可愛らしいハートやらりぼんやらイチゴ模様のカラフルなのが10足ぐらい(多すぎ?)あるのだが、これを洗濯物の山から右と左違うのを選んできて、「あ!あ!(はかせて!)」と要求する。まあ夜やしええか、と思って履かせると(履かせるな)、自分の右がピンクで左が赤の足を見てうっとりしている。髪の毛を可愛いヘアゴムでくくってやると、これも自分で鏡のところにヨチヨチ歩いていって、うっとり。そして自分用のブラシで自分で髪の毛をモシャモシャとといて、またうっとり。こりゃあ相当のナルシストとみた。(ちなみに、私自身はそんなことしとらん。超おしゃれ好きな私の母に似てしまったのか?)性格は兄ちゃんはおっとりして弱虫の泣き虫だったが、あーちゃんはかなりひょうきん者でしかも我が強い。(誰似なんだ…って間違いなくそれは私)ミルクを飲んでいても、途中でお腹がいっぱいになると、私の手から哺乳瓶をはたき落としたりする。(おっとまだ哺乳瓶です(汗))昨日、5時半ごろ、机の上にあるあーちゃん用の「やきいもクッキー」を発見したあーちゃん、「あ!あ!あ!」と(←最近全部要求はこれ)机の上を指差している。もう5時半だしお菓子はだめなので、「これか?これか?」と机の上にあったコップやらハンカチやらオモチャやらを渡してぼけてみたが、全部バシバシはたき落とす。仕方がない、お菓子の中身を机に出して、お菓子の箱だけあーちゃんに渡す。「これこれ♪」と言わんばかりに受け取るあーちゃん。ところが中を開けて見て空っぽでショック!「うえーん!」と泣くあーちゃん。あかんかったか…「あかんあかん。もうすぐ夕ご飯やからな。」とあーちゃんから箱を取上げ、お菓子を中に詰めて、お菓子の棚に戻しに行こうとすると、私から箱をふんだくって、私のひざから滑り降りる。そしていそいそと、さも用事ありげにリビングを出て行く。廊下を通って、すでに雨戸も閉めて真っ暗になっているピアノの部屋へ。おいおい!こっそり1人で食べようってのかい?おかしくなって、笑いをこらえつつ後ろからスイっと箱を取上げると…あーちゃん、廊下にひっくりかえって爆泣き。ああ、こんな食いしん坊なところ、誰に似たの…ってこれも私…おもちゃは、メルちゃんとピアノと太鼓と、クリスマスに私の兄夫婦からプレゼントされた布製のバスのおもちゃ以外は、全部兄ちゃんのお下がりである。で、お兄ちゃんと一緒にお兄ちゃんのおもちゃで遊んでいる。最近、上に積み上げるということを覚えて、お兄ちゃんの大小10個のバケツ入りコップを大きい順番に自分で選んで、高く積んでいくことが出来るようになった。最後の10個目を積み終わると、あーちゃんと同じ身長になる。「わ~~!あーちゃんすごい!!できたね~~!!」と褒めてパチパチ手を叩いてやると、満面の笑みで自分でパチパチ拍手している。そして、さっきのっけた最後の1個をもう一度手に取り、再び載せて「どうじゃ!」と得意顔。「わーー!また載せたのすごーい!!」と再び拍手すると、あーちゃんも拍手。そして、また上のを取ってまた載せるのである。「またですかい?すごいすごーい!」と仕方なく拍手してやると、あーちゃん得意げにまた拍手。そしてまた取って、載せてみせる…エンドレス…褒められるのが好きなのね……私もそうよ……(笑)
January 13, 2005
コメント(2)
現在、12日朝6時過ぎ。たった今、仕事がすべて終了し、宅配に乗せるだけになりました~。昨夜9時過ぎに子供たちと一緒に寝て、5時間半睡眠をとり、3時前に起きて、今まで一気に仕事を仕上げました~。何と締め切りまで後1日もある~。昨日、おちびと、「明日は一緒に学研の『科学』の付録を作ろう。」と約束したのもあって、ちょっと頑張ってしまいました。昨日からおちびは3学期。でも、昨日は事件が勃発してしまった。(そんな大したことではないが…)その事件とは…冬休みの宿題、結構沢山出ていたのだが、その宿題のほかに、おちびは毎日の絵日記と工作を自主的に作っていた。この工作、実はちょっといわくつき。説明し出すと長くなるが…本当はこの工作、2学期の12月に、授業時間中にするべきだったのだが、その材料が授業直前の休み時間中になくなってしまった。以前にも友達に1度物を隠されたことがあるおちび。でも、今回は誰も現場を見ておらず、おちび自身がどこかにおいてきてしまった可能性もなくはない。とにかく、なくしてしまったことがショックで、しばらく隠れていたおちびのこだわりが出てしまい、時間中ずっとそのなくなった材料を探し続けてしまった。先生が「先生も沢山材料を持っているから取りにおいで。」と言ってくださったが、どうしてもおちびの気がおさまらなかったらしい。しっかし、おちびも、なぜさっきの休み時間に突然なくなったということを先生に説明できなかったのか(それが言えたら、もうちょっと何とかなったのでは?)、なぜ気持を切り替えられなかったのか…最近だいぶこだわりがなくなっていたのに、やはりまだまだ弱いなと思う。そして何よりも、なぜそのことをその日のうちに、おちびは私に説明してくれなかったのだろう…ママに怒られるのが怖かったのか、すーっかり忘れていたのか…(苦笑)とにかく、先生は「家でもう1度材料を貰って作っておいで。」と言ってくださったのに、おちびはそのことを話してくれなかった為に、全く私は知らず、2学期の終業式の日の放課後に、たまたま所用で私が先生を訪ねたときに初めてそのことを知ったのであった。というわけで、どうせ家で作るのなら、もっと凝った作りにしようよと私が提案して、おちびは張り切って色々工夫して、工作は改心の出来になった。絵日記も毎日欠かさず書いた。文章もだいぶ表現力がついて、1日分に4ページも費やした日もあった。ところが、昨日の始業式の日、カバンに入れて持っていった工作と絵日記。提出するのをすーっかり忘れて持ってかえってきてしまったのである!あんなに張り切って作ったのに、ほかの宿題は提出したのに、である。私はブチギレてしまった。私が激切れしたのでおちびは半べそで学校に引き返し、職員室に提出しに行く。そして先生にも「先生は『他にも家でなにか作ってきた人いるかな?』って言ったでしょ?」と怒られたらしい。おちびの、あまり人の話を聞いていないところ、肝心なときにやるべき事をスカーっと忘れてしまうところ、仕方がないといえば仕方がないかもしれない。でもやっぱり、まだ1年生。私は(先生も)おちびの可能性を信じたい。自分で自分の弱さを自覚し、克服して欲しい。だけど、これを書きながら、6歳のおちびに要求しすぎているのかも、とちょっと反省…とまあ、こういうことが午前中にあったので(始業式だったので朝のうちにすぐ帰って来たから)、昼からあーちゃんのお昼寝中に、おちびが甘えて「ねえ、科学の付録の『手形作り』だけ、まだやってへんから、今から一緒に作ろう。」って言ってきてくれたけれど、「ごめん!お母ちゃんあーちゃんが寝てる間に仕事仕上げなあかんねん。」と断らなくてはならなかったのは、ちょっと可哀想だった。それで、「絶対明日あんたが帰ってくる前には仕上げるから、明日必ず作ろう!」と約束して、ちょっと昨夜は(っていうか今朝は)頑張っちゃいました(笑)。とにかく、これで今日から金曜日までは自由の身!(今週末からまた仕事)なので、おちびとあーちゃんといっぱい遊びますわ~。
January 12, 2005
コメント(2)
土曜日は午後からちょっとしんどくなって、トランプを持ってきたおちびに「ごめんね。しんどいから寝させて」と頼んで、あーちゃんと一緒にお昼寝。なんと…2時間も寝てしまった。おちびほんまごめんね。でも、寝たらすっかり元気になって、夕ご飯は久し振りに食べたくなったその食欲のまま、クリームシチューを作る。日曜日。今日からまた仕事なのだ~。入試シーズンやし、冬休み明けやし(おちびはまだ冬休みだけど)立て続けに仕事が入っている。今回の仕事は木曜日に納品なので、日記はそれまでサボる!(宣言)中学生、勉強せえよ!!
January 9, 2005
コメント(2)
我が家にはペットとして、ジュウシマツという小鳥がわんさかいる。わんさか、と書いたけど、正確に言うと17羽だ。現在1年生のおちびが、2年保育で幼稚園に入園したときに、入園祝いに、おちびにせがまれた買ったつがいのジュウシマツ「次長」と「課長」が、2年の間に産みに産んで産みまくった卵から孵った子供達である。とても、1つのカゴではおさまらず、2つのカゴに分けている。それでも、どっちのカゴでもどんどん卵は増えていく。子世帯のカゴの方の卵は、きょうだい同士なので孵化せず安心なのだが、次長課長の方は孵化する可能性があるので、、昨年1年間、せっせと卵を取り出し、孵化しないように努めてきた。(飼い主もつらいよ)しかし、昨年暮れ、また次長課長の巣に卵が増えていった。次長課長の方のカゴには合計7羽が生活している。最後に生まれたぺーちゃんぱーちゃんのぱーちゃんの方は、片目だ。これは先天性なのか、それともヒナのときに踏み潰されたせいなのかは分からない。まあかたっぽ見えていないだけで、元気に逞しく、皆とも仲良く暮らしているので心配はないのだが、もしも原因が後者の場合、絶対これ以上孵化させるわけにはいかないなと思っていた。しかし、正直、昨年12月は毎日が本当に忙しく、小鳥達への毎日のえさやり、水かえ、カゴの掃除だけで精一杯で、卵のことはあまり考えていなかった。それに、次長課長ももう4歳以上(年齢不詳)。ジュウシマツの寿命は分からないけれど、もう有精卵を産むこともなかろう、と勝手に思っていた。毎日寒いので、ジュウシマツは何羽か交代で巣に入って卵を温めていた。そして年が明けて実家に帰って、そしておとついこっちに戻ってきて…今朝、4時に起きてビデオに録っていた「金八先生スペシャル」を見、6時過ぎたので、ジュウシマツの世話をしようと玄関に行くと…ビービービービー!!と昨日までは聞こえなかったすごい声が聞こえるのである。ん??ま、まさか…そうっと巣を覗くと……うぉーーー!!すでに羽が生えかけているジュウシマツのヒナが~~なんと2羽も~~~。ずっと次長課長たちが巣にこもっていて、絶対中を見せてくれなかったので、今日の今日まで気付かなかったのだ。「は…ハッピーニューイヤー…」うーん、大きなカゴを買ってきたほうがいいかも…
January 8, 2005
コメント(2)
やはり昨日、ひどくなる前に病院に行ったのが良かったのか、あーちゃんは今日には全快。朝にミルク再開、お昼からおかゆを始めて、夜はおじやを食べている間に寝てしまった。(昼寝せーへんかったからなあ。)さて、昨日あーちゃんが盛大にゲボリンしてしまったので、大事なメルちゃんがかなり被害を受けてしまった。まあ、本体は拭けばOKだけど、服がかなり…このメルちゃんは、「おやすみメルちゃん」セットでパジャマを着ているので、そのパジャマを洗濯している間、付属のワンピースを着せることに。しかし、このワンピース、丈が鬼のように短くておしり丸出し。いくらお人形でもこの寒波に、ノースリーブ&お尻丸出しはあんまりだ。というわけで、服を作ったろうとと思い立ち、PCの検索エンジンでメルちゃんの服の型紙が、ダウンロードできないか探してみる。しっかし、ライバルのぽぽちゃんの服の型紙のHPは発見したんだけど、メルちゃんのはないのよねえ。まあ、ぽぽちゃんのを縮小してもいいんだけど。仕方がないので、このメルちゃんのおしり丸出しワンピースを方眼紙にのせ、型紙を作ることに。何をかくそう、私は洋裁がもひとつだ。型紙さえあればなんとか作るのだが、袖がついているともうアカン。中3のとき、家庭科でパジャマを作った。そのパジャマ、5泊6日の修学旅行(うちは中高一貫校だったので、修学旅行は3年だったのだ。)にも持っていって、4日目の晩に実際に家庭科の先生が部屋を回って採点することになっていた。そして私は、旅行バッグに裁縫箱を入れていき、毎晩必死で布団にもぐって裾始末やら襟付けやらを手縫いで仕上げたのであった。(旅行までにやっとけよ)というくらい、本当に苦手意識たっぷりだ。でもまあ、人形だもん。多少不恰好でもガマンしてくれるよね~メルちゃん!ということで、型紙を作り、裾を長めにしてみた。そして布は、ネット通販の福袋でゲットした安い花柄のカットクロスである。第1作目だから失敗したっていいんだい!!しかし、実際布を切って縫い合わせてみたら、なぜか前と後ろで裾丈が全然違ってしまった。な、なぜだ!!しかし、何食わぬ顔で二つに折り「線対称線対称…」と呪文のように唱えながら、裾の長さをそろえる。今のところすべての身頃をつなぎあわせただけだ。しかし、つなぎ合わせてから、ふちを折り返して縫う方が先だと気付いたのであった。ああ、女の子のママの道は険しいのう。修行を積むから長い目で見てくれ!!あーちゃん!!
January 7, 2005
コメント(6)
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます!!元旦から今日まで実家に帰っておりました。お正月は3が日は、昼間は父の病院、夕方は子供らと遊び、夜は添削の仕事……と、おいおい、どこが正月やねん、といういつもと変わらぬ生活を送ってました~~。でも、実家の近所の毎年行っている神社に初詣にも行ったし。おちびとかるたもやったし。目標だったデパートの初売りは行けなかったけど…(涙)行きたかった某大型手芸ショップの初売り福袋。なんと先着5個しかないとのことで。5個って!!せこいぞ!!○△□ストア!!ということで、ゲットできるかどうかも分からない福袋のために、朝から並びに行く気にもなれず~~。結局父の病院に直行したのでした~~。父は、年末年始はリハビリの先生もお休みなので、リハビリしてもらえなくて、手足がカチカチで大変。毎日「お父さんってば~、ほりゃ~~~」とか、掛け声をかけながら、全力で手足の曲げ伸ばししてました。年末に2日間だけ、完全自発呼吸して私たちを喜ばせたのだけれど、年が明けたら元に戻ってしまい、人工呼吸器が作動しないとずっと呼吸をサボっている状態。おちびの小学校から保護者へのお願いで、冬休み中にお手玉を作らなくてはならなくなった。3学期に授業でお手玉を使うんだそうだ。ママ友のなかには、お手玉を買う、という人も多かったけれど、せっかく山のように布の在庫があるので、作ることに。長方形に切った布4枚を、風車の形に並べてつなぎ合わせると言う、シンプルな形。中に小豆を詰めると、ぺたんこになったみかんみたい。ぽってりした感じで可愛い。おちびに布を選ばせて、星条旗カラーの6種類の布で、色違いで5個も作ってしまった。(だって小豆が余ったんだもん。)年末までにお手玉は完成したので、4日に添削の仕事を納品してから、今度はお手玉を入れる巾着袋を、お手玉を作るのに使った布を3種類パッチワークして作った。おちびは、物差しで計りもせずに、ちょきちょき布を切って手縫いで作っていく私を(というか3学期までに袋が完成するかどうかを)心配して「まったく、俺はきちょうめんな(←意味分かってるのか?)A型だけど、おかあさんはおおざっぱのO型やからなあ…」とか、「おかあさん、それからどことどこを縫い合わせて、どこからお手玉を入れるの?」とかしつこくぶつくさ言っている。それでも、合間の時間を見つけて、1日で完成して、「どうじゃ!!」と威張っておちびに見せると「ほうほう、こうやって作るんや~~!ちょんまげ!!」と巾着袋を頭にかぶるのであった。そして、今日、家に午前中に戻ってきて3人暮らしが始まった…と思ったら、夕方からあーちゃんが激しく嘔吐。大量に嘔吐して、その後しょんぼり元気がないのを見て、去年の春おちびが嘔吐下痢症で脱水症状を起こしたのを思い出した。おちびと違いあーちゃんは赤ちゃんだから、一刻の猶予もない。時計を見ると、ちょうど夕刻の診察開始の30分前。雨降ってなければ、自転車に2人を積んで、立ちこぎで野を越え山を越え病院に行くんだが(悲しきペーパードライバー)あいにくの土砂降り。でも躊躇していられない。「おちび!今から病院行くで!準備して!!」「分かった!」おちびてきぱき支度を始める。その間私はしくしく泣いているあーちゃんを抱っこしたまま、タクシーを電話で頼む。タクシーの中でも少し吐き、病院の受付でも「すみません!嘔吐がとまらないんです!」と私が訴えるその胸で更に嘔吐。なので、ほかのかたをぶっ飛ばして、最初に見てもらえることに。(皆さんすみませんでした。)病名はウィルス性急性胃腸炎。点滴を受けることに。どうやらこの病気、現在はやっているようで、老いも若きも点滴を受けていて、野戦病院状態。あーちゃん、点滴させられて、ぐしゅんぐしゅんいっていたが、次第に落ち着いてうとうとしだす。その顔を覗き込んでおちびも「よかったね~~。」とほっとしていた。おちびは、荷物もちをさせたり、受付に保険証を持って行ってもらったり、色々働かせてしまった。いつの間にか頼りになるお兄ちゃん振りです。家に帰ると母から電話がかかってきた。母は、お雑煮で食中毒か!?とびびってしまって、仏壇に「お願いだからあーちゃんを連れて行かないで!!」と拝み、病院の父に「寝てる場合じゃない!!病院までクルマを運転せんかい!!」とテレパシーを送っていたらしい。どうりで、帰り、スムーズにタクシーがつかまえれたなあ、と思った。家に帰ってきてからのあーちゃん、吐き気がおさまったらお腹がすいて、わあわあ泣いていた。でもすぐ食べさせるわけには行かず、少しずつイオン飲料を飲ませる。明日には良くなったらいいなあ。
January 6, 2005
コメント(6)
全21件 (21件中 1-21件目)
1
![]()

![]()