ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2016/01/31
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カテゴリ: 美術・博物館
2016年 1月31日(日)】

 悪天候で二度にわたって延期していた三重へのお墓まいりに家族で行ってきました。延期して大正解でした。天気もよく、暖かかったです。

 往きは10時半に出て、途中の甲南SAでお世話になっている方々への手土産を買い、亀山SAで昼食。渋滞なく順調に運転して、芸濃インターで降り、近くのスーパーでお花とお供えを買い物後、お墓参り。

 お正月ですので、宗祖廟所、義祖母の納骨堂、阿弥陀堂、御影堂にもお参り。氏神様にも遅い初詣。実家の空気入れ替えとお仏壇でのお勤め。お正月で神棚のお詣り。

 その後。土地を借りてくださっている中古車ディーラーへ新年の挨拶へ。しかし、お休み。電話したところ、特別に昨日、今日とお休みとのこと。契約更新が近いので、後日電話をいただくことになりました。以前土地を売却してもらえないかとの話があったので、そんな話がまたあるのではないかと思います。私としては賃貸を続けたいのですが・・・

 駐車場の除草剤で枯れた草を、刈り取って袋詰め。前回含め3分の2が終わりました。新しく緑の草が生え始めていました。やはり今年も除草剤を撒き続ける必要があるかもしれません。

 午後4時に、約束していた商工会のNさんに来ていただきました。1月中旬にあった地元行事で、2日間だけ空き店舗を手づくり市にお貸ししていました。鍵を返却いただきました。ささやかですが、こういうかたちでお役に立ててうれしいです。

 最後にお隣さんに今年初めてのいあいさつ。京都の手土産を渡しましたが、2、3日前に近所の婦人会で京都に旅行に行ったとかで、逆に京都土産をいただき、野菜もいただいちゃいました。

 午後4時半頃出て、途中高速の渋滞を避けるため、部分的に下道を走りましたが、6時過ぎには自宅に戻ることができました。

 実家の処分のこと、そろそろ行動を起こさないといけません。やりたいこと、やらねばならないこと、バランス感覚が大切です。

 少々疲れました。明日はまたのんびりとします。


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フェルメールとレンブラント展 #11

昨年の12月19日に二人で京都市美術館に観にいった「フェルメールとレンブラント展」の作品を、ネットの情報を使って紹介しています。


【2】オランダ黄金時代(続き)

【2-7】風俗画家たち


風俗画、というとオランダ絵画を浮かべることが多いのではないでしょうか。数々の名作が残るオランダ絵画の人気分野の一つで、代表的な画家を多く輩出した分野でもあります。ヨハネス・フェルメール、ヤン・ステーン、ピーテル・デ・ホーホなど、世界的に有名な画家の目を通して、当時の日常生活を垣間見ることができます。また、風俗画には実際の生活場面を描いているように見えて、オランダの格言や教訓を伝えている作品も多く存在するといわれています。作品を読み解く面白さが味わえる分野です。



●作品40 エサイアス・ファン・デ・フェルデ《庭園の宴会》
     1615年 アムステルダム国立美術館


広い緑地で、豪華で色鮮やかな服装をしたカップルたちが宴会を楽しんでいます。テーブルの端で給仕の少年がピューター製のピッチャーを使って注いでいる様子、画面右側の男性が背中を向けている女性の服をつかんで誘いをかけている姿など、華やかに賑わっている雰囲気が伝わってきます。

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【エサイアス・ファン・デ・フェルデ】
《庭園の宴会》を描いたエサイアス・ファン・デ・フェルデは、1/18に紹介した《砂丘風景》の作者でもあります。彼は、風景画、戦闘画、そして屋外の饗宴画などの主題を描き、同時に素描、エッチングも制作しました。




●作品41 ルドルフ・デ・ヨング《ヴァージナルを弾く女性》
     1651年 ロッテルダム美術館

一見すると肖像画のようですが、若い女性が美しい音楽を演奏し、バラの花を手に鑑賞者を誘惑するように見つめ、恋人が現れるのを待っている「若く美しい女性を主題」とする非常に魅惑的な作品です。

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【ルドルフ・デ・ヨング】
《ヴァージナルを弾く女性》を描いたルドルフ・デ・ヨングは多才な画家で、肖像画や居酒屋の場面、狩猟の場面から都市景観まで描いています。若い女性が音楽を演奏し、鑑賞者を誘惑するという主題は彼独特のものです。



●作品42 ヘラルト・テル・ボルフ(2世)《好奇心》
     1660-62年頃 メトロポリタン美術館、ニューヨーク


若い女性たちが机を囲み、椅子に腰掛けた中央の女性は熱心に書き物をしています。机の上には開封された封筒があり、彼女は手紙(おそらくラブレター)の返信を書いているのでしょう。背後から覗き込む若い女性の行動は、この作品のタイトル通りの「好奇心」の強さを示しています。

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【ヘラルト・テル・ボルフ(2世)】

テル・ボルフはオランダ黄金時代において最も才能のある画家のひとりです。彼は、豪華な室内にいる男女の衣服を表現する際、驚くべき筆遣いを見せました。美しい人々の集いを見れば、絹の衣擦れの音が聞こえてくるようです。テル・ボルフは、当時ヨーロッパ中で名を馳せていました。‪

●作品43 ヤン・ステーン《恋の病》
     1660年頃 メトロポリタン美術館、ニューヨーク


この作品は、鑑賞者に若い女性の病の性質を伝えるためのヒントが数多く組み込まれています。たとえばドアの上にはクピドのシルエットが見えますが、クピドは娘に向かって「愛の矢」を射ようとしています。また奥の方では、つがいの犬が入口で交尾しています。

43.jpg





●作品44 ヤン・ステーン《女将と戯れる老人とバックギャモンに興じる
     ふたりの男のいる酒場の室内、通称「二種類の遊び」》
     1660-79年頃 アムステルダム国立美術館



酒場にいる人々が生き生きと描かれています。大きな暖炉の正面でバックギャモンに興じているふたりの男。そのうちひとりは動揺しており、上着とシャツを緩めて、つい先ほどまで座っていた腰掛けをひっくり返して立ち上がったようです。このゲームの行方を見守る男や女給仕を触ってたしなめられている老人など。この宿屋ではみな快楽に溺れて、道徳心はすっかり忘れ去られています。

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【ヤン・ステーン】
ステーンはさまざまな主題を扱いましたが、焦点があてられるトピックは限られています。それは家庭生活と青少年の教育であり、恋愛の愚かしさ、そしてさまざまな誘惑─飲酒、金銭の浪費、怒りや欲望に自制心を失う人々の姿です

(別の紹介文)
◆ヤン・ステーン(1626-1679) 
1626年にライデンで穀物業、ビール醸造業を営む家に生まれ、ユトレヒトとハールレムで学んだことが知られています。1640年代後半にライデン出身の風景画家ヤン・ファン・ホイエンに師事し、1648年にライデンの聖ルカ組合の創立者の一人となりました。1656年には各地を転々としています。家族の度重なる死のあと、ステーンはライデンに戻り画家としての活動をつづけ、1679年に53歳で亡くなりました。ユーモアに満ちた愉快な風俗画で知られますが、肖像画、風景画、歴史画も描いていました。彼の作品には、社会に対する鋭くウィットに富んだ批評性があり、彼が当時の喜劇、大衆文学、そしてネーデルラントの古今の芸術を深く理解していたことを示しています。

(続きます)

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最終更新日  2021/07/16 09:12:38 AM
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