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気分を悪くする人がいたらごめんなさい。でも有り得る話ですよ。男:「好きです。付き合ってください。」女:「・・・良いですよ。付き合いましょうか。」何に注意するかというと、二番目のセリフ、告白してきた人を好きだとは一言も言ってませんよ?別に好きでなくても交際にOKを出す事なんて皆さん日常茶飯事でしょうが、自覚の元なら良しとして、無自覚な場合があるんですよね。告白されて何が嬉しいかって、相手が自分の好きな人ならそれは嬉しいでしょうよ。では、自分がそれほどまでには意識していない人だったら?それでも嬉しいと思うんですよ。恋愛じゃなくて自己愛ってやつですが。人は基本的に他人に好かれて悪い思いなんてしないはずなんです。よっぽどの偏屈じゃなければ。だから、“自分が好かれていて嬉しい”という自己愛を、“この人が私を好きでいて嬉しい”という恋愛と履き違える可能性が在るのではないでしょうか。錯覚効果ですよね。錯覚といえば、『吊橋効果』って言葉大好きです。一度、自分の恋人に尋ねてみては如何でしょうか。「本当に私(僕)の事を好きですか?」って。
2003.09.30
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「もしも」の話です。猿または他の動物が完璧に二足歩行を始めたら。気持ち悪いですね。骨格の仕組みから言って、猿がすぐに二足歩行を始める事は不可能なのですが、一般的に知られる人間の進化論に照らし合わせると猿の二足歩行というのは種の危機ですよ。笑い事ですが。広く知られる進化論として、人間は二足歩行をするようになった事によって知能が膨大化してきたものと思われています。小学校なんかで教えられますよね、脳容積との関係とかetc...猿が二足歩行するという事は、人間へ一歩近づいた事を意味します。火を使い始めたようなものですよ、文明の幕開けとでも言いましょうか。個人的には猿を撲滅したくなりますね。猿という種を絶滅させたいですよ。ゴキブリ並みの嫌悪感すら湧いてきます。猿が動物園に囲われているのはペットとしてです。他の動物にしても然り。家で飼える愛玩動物がペット。家で飼えないのが動物園に居る、それだけですからね。人は何故ペットを飼うのでしょうか。私はペットを見るのは好きですけど、飼うのは嫌いですよ。面倒くさい。癒しどころかストレスが溜まります。元来、人がペットを飼うのはその優越感に起因します。社会的欲求の一つですからどんな聖人君子にもあって然るべき感情です。自分よりも劣るものに憐れみや情けをかけて囲う。それがペットの飼育です。まぁ、元からペット業界はそんな言葉を売り文句にはしていませんがね。只管 家族の一員のように謳われているわけですよ。だから、ある意味人類よりも圧倒的に劣っているという事がペットの条件なわけで、そこから外れた後の事は侏儒には想像も付きませんが。ね、猿は猿のままで居れば良いんですよ。進歩が必ずしも良いものだとは限りません。世界の定理は「弱肉強食」に「収穫逓増」。決して平等じゃないんです。強者中心なんです。・・・で、なんでこんな事書いているかというと、ペット嫌いの羊の家に金魚が住み着いてしまったのです;妹が懲りもせずにまた飼い始めたんです。二ヶ月に十匹死なせた前科を持ちながら。どうしようもありません。視界の端に小動物がチラチラと映るだけで不快でならないんです。・・・そのうち慣れますかねぇ?
2003.09.29
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ヒトは意識の上に世界を構築する。前にも書いた羊的世界観なんだが、この線で行くと「人生ってのは一度しかないんだから」という言葉に二つ目の意味が生まれてしまう。元は、“世界の流れの中に自分という存在が生まれ、これっきりなのだから”という事なのだが、それが“自分の為に用意された世界なのだから一所懸命やらないと勿体無い”という何とも穿った前置きが付いてしまう。自分の為に用意され、しかし思い通りにはならない世界。まるで親が子どもに与える環境みたいだ。その愛情は結果として子どもを殺す事もある。檻で囲って、餌を与えて。箱庭。そう思う。世界全部が箱庭。私の為の。あなたの為の。
2003.09.28
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選択してください。十年と三億円 あなたはどちらを取りますか? もし三億円を取ると、あなたはいきなり十歳年を取る事になります。・・・選択するまでも無いね。十億積まれたって十年を手放せるものか。三億なら一年が関の山。十年なんて命と等価とも思えるよ。
2003.09.27
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よくある設定で、『明日、世界が滅びるとしたら』というのが在る。補足すると、残り短い生をあなたは何に使う?という事なのだが、多くの人は普段通りに過ごすと答える事だろう。大切な人の元に行ったり、部屋に閉じ篭って掃除をしたりとまあ人それぞれだ。恋人と一緒に居たいという人はその先の無い状態で何を話すんだろうか。仮定の話をしても明日は無いのに。ぁーでも逆に幸せなのかな。恋人が自分から離れる事無く死んでくれたら。因みに、自分は何をするか想像がつかない。先に繋がる行動をしても無意味だと思いながら、受験勉強をしたり宿題をやっていたりしていたら笑える。心の底から。それは今までの日常が心底愛しかったという事だろうから。「いつ世界が崩壊しても良いように」生活したら、大変な事になるだろう。だから、少し延ばして十年後に死んでもよいように生きてみようか。きっと面白い事になると思う。
2003.09.26
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言葉は記号である。理系の人間がよく好む類の物言いであるが、私の持論でもある。インプリンティングのような気もするが;場所により言語が違うのは幼稚園児でも知っている事で、時により言語が違うのは古文というものの存在を知っていれば自明の事である。言葉は流動物だ。時・場所、何を取っても同じ言葉というものは存在しない。言語は文化・文明に依存する。だから、ヒトの文明がこれ以上無い位に発達しきってしまったら言葉も普遍になるのではないかとも思うが、生憎 文化も流動物なので、まず仮定が在り得ない。発達が無くても どこまでも変化し続けるだろう。千万歩譲って、もし文化が停滞したとしよう。思うに、主流文化が停滞してもサブカルチャーは常に新しい物を作り出そうとしてくれるだろう。抵抗は自我を持つ為には必須なのだから。まぁ、その抵抗も期限付きの代物だが。言語学者が日本語の乱れについて論じる時、彼等は今在るもの つまり自分達が必死に創ったもの若しくは涙を呑んで受け入れたモノに無様に縋り付いてはいないか。自分が時代に置いていかれる感覚に怯えていやしないか。認めなければいけないのは誰か。何を認めなければならないのか。未だ五里霧中。
2003.09.25
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恋人同士の話は八割方が仮定の話だと云う。四六時中一緒に居れば、それはすぐに話すネタも尽きるだろうとは思う。でも、仮定の話をするとか時間をわざとらしく浪費してまで相手と一緒にいたいと思うのが凄い。これが惰性じゃなかったらもっと凄い。あと、時間つぶしじゃなくて仮定の話がメインってのは更に凄い。愛を確かめるのが目的らしい。何かの本で読んだ。確かめてどうするんだろう。一瞬々々永遠に確かめていくんだろうか。そういうのを相手を信頼していないとは云わないのか?それでも他愛の無い仮定は恋人同士の会話のメインテーマだ。一切合切はどうせ皆無駄なのだから、何かに価値を見出せる人達は羨ましいんだけどね。
2003.09.24
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最近、相対論が多すぎる、と言おうとしてこの世には絶対なんてモノの方が少なかった事を思い出した。いつからか存在は絶対だと思っていた。私が想う事はいつも移ろい変わるけど、私が存在しているって事は移ろわないと、そう思っていた。違うよね。存在だって移ろいゆくものの一つだよね。人間だって原子で出来てて、原子は消滅しないけど この体を構成している原子は私が産まれた時の物じゃない。絶対なんて無いんだよね。点とか直線とか平面とか立方体とかが厳密な意味で存在しないのと何ら変わりは無いんだよね。仏教の四法印に一切皆苦・諸行無常・諸法無我・涅槃寂静てのがある。前3つは実感した。最後の一つを実感したら仏教徒にでもなろうかと。それにしても物理的な宗教だ。。。
2003.09.23
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保健室にて休憩中に(ここからして間違ってるとかは言わないで;)元クラスメイトが『俺は変人なのかぁ~』とか悩んでた。何回も何回も繰り返し言うから、『あんたが変人であろうとなかろうとどうでも良い事だよ』と言っておいた。実際、人が変人かどうかなんて大半の人には関係無いんだよね。人が気にするのは、その人が自分にとって害が有るか無いかであって決して平均からの距離なんかじゃない。只管面白いだけの変人と、被害を与える変人と。とりあえず言っておいた。「あんたは変人だとしても害の無い変人だよ。」
2003.09.22
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芥川が危惧した。自分や自分の文章もいつかは時代遅れと憐れまれるのか、と。時代を越えて受け継がれる歌が在る。多くはシンプルで誰もが歌えるような、それでいて激情や郷愁を匂わせるもの。それは誰もが持っているような感情。思想だって結局はプリミティブなものが残るだろう。人間はどれだけ外観を取り繕って固めたところで、人間なのだから。
2003.09.21
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晩夏をすっ飛ばして秋が来たようだ。今日の予想最高気温24℃。秋が過ぎたら、また冬がやって来る。一年中で一番死に易い季節が。そう考えながら、バスを降りて目を見開いた。桜並木の真下の路。桜色。普段はクリーム色のコンクリートが桜色に染まっていた。春先の桜の蕾が付くか付かないか位の時期の幹の色。微かに色付いた幹の色は紛れも無く桜の色だと思う。あの暖かい色に地面が染まっていた。気が早い。そう思う。桜の木は秋も冬もすっ飛ばして、もう春を私に運んでくれたようだ。
2003.09.20
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人は意識の上に世界を構築する。自明の真理であり、たった一つの事実だと思う。人は互いの存在を五感でしか認識できない。ならば、互いに会えないという事は相手の死と同義ではないのか?別れたまま何年も会わない事だって在る。どれだけ気の合った仲間でもいつまでも一緒に居る人間は少ない。一期一会。今日の一瞬に出会って、話をして別れて、もう一生出会わない。そんな関係は幾らだって在る。生別も死別も実はそんなに変わりは無いのではないのか。会える事もあるという希望が在るか否かだ。その希望さえ無ければ生きていても死と変わらず、その希望さえ在れば死人だって生き続ける。彼の人 記憶に在る限り。
2003.09.19
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テレビというものは基本的に不必要だと思う。ニュースはパソコンで見られるし、娯楽も特別 ドラマやアニメが好きでない限り問題無い。現代に於いては、テレビは家族の為のものだと主張する。家族の団欒の為、その親交の為に在るんだ。結論は推して知るべし。
2003.09.18
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夕焼けになりかけの空に朱一つ。信号のように完璧な丸。羊と帰路を紅く染める。トマレ。何を止めろって?止められるものなんて沢山ありすぎるよ。朱色の羊、世界だって止められるんだから。
2003.09.17
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※先に明示しておく。 私は英語が苦手だ。ここ二、三年というか高校に入ってから通学距離が伸びた関係でよく歩くようになった。本当ならバス通なので歩く距離は100m程の筈の所を何故か時々その数倍歩いている。 理由:気晴らし。何があったというわけでもないのに、あれは気晴らしだと思う。元々散歩は好きな方で、しかも知らない道が大好きなのでよく迷う。何度も迷っているのに懲りずにまた知らない裏路地に足を運ぶ。 現実逃避にもなりゃしないのにね。何処に行ったって現実には変わりなく、人が生きてて、私は存在してしまうのだから。
2003.09.16
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何が幸せかって人の数だけ在る。そんな事は周知の事実で、幸せが希望とほぼ同一視されるのも周知。今日黒板に書く予定の数学の宿題をまだやってない。時間割片目にどの時間にそれを終わらせようか考えている。久々に体育の授業にも出ようと思っている。以前のように死にたいと思わない現在は確かに幸せなんだろう。幸福は相対観念だからいつだって不幸や閉塞感と一緒に在る。私が望むのは幸福を幸福と確かに感じる事の出来る自分自身のみ。
2003.09.15
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憎しみは簡単には消えない事を知っている。以前は憎悪さえも防衛本能の一種だと思っていた。必要があるからそこに在り、必要が無くなれば自然と消えるのだと、そう思ってた。不自由だと思う。何で不必要なものが自分の頭の中に在るのか不思議でしょうがない。今でもあなたの死体を捜す。忘れていた日常の瞬間に。あなたとはもう殆ど顔も合わせてないのに。死んでいたら良いと思う。他人任せだけど。夢見ていた。不慮の事故、一番理想的。死んでいるあなたを、動かないあなたを私が最初に見つける。・・・いや、死ぬ前が良い。死の間際に佇むあなたへ最後の言葉を告げよう。ずっと憎んでました、って。奈落の底へ突き落としてやる。
2003.09.14
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後悔というのは失敗や思い違いが在った時に表れる代物で、生きている限り悟りでも開かなければ誰もがこれに囚われる。後悔は進歩に繋がり、数年後 人は失敗さえも良い思い出に変える事が出来る。・・・都合良過ぎるんじゃない?論点ずれるけど、大体 後悔なんて本当は必要無いものなんだよね。だけど、それが無いと反省出来ない人が居るからあるんだよね。だって後悔なんて過去に起こってしまった 既に変えようの無い事を悔やむって事でしょ?無駄無駄、極地に近いね。建前上 済まなさそうな顔してなきゃいけないってのは少しは判るけど、効率の悪い事されるのも結構迷惑なんだよ。あなたは後悔するよりも反省して、注意点箇条書きにして、すぐに次の事、未来の事考えててよ。
2003.09.13
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世の中の人間は女の子とそれ以外に分けられる。それ以外ってのは具体的に男性とニューハーフだったりするわけだが、上記の文を見て元ネタが判った人は友達になりましょう。因みに、男性に喧嘩売ってるわけじゃありません。どうでも良いとは思ってるけど。
2003.09.12
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保健室のソファで寝ていたら養護教諭に首を絞められる夢を見た。その数日後 普通に夢と同じ場所で同じ様に眠る自分。・・・殺され慣れてしまったようだ。
2003.09.11
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「だって最後に意味があるものなんて愛だけでしょう。」by浜崎あゆみ馬鹿正直にこういう事を言える奴は好きだ。私は自己本位で在り続ける気でいるが、客観的にその生き方を好きになれるとは思わない。私が私を愛するのは偏に無条件だからだ。決めてしまったのだ。私の価値は私が決める。誰の評価も無意味。最後まで私は私を愛する。それだけを頼りに生きていこう、と。
2003.09.10
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「恋愛はくだらない」私は一応彼氏という存在を持っているが、そう思う。多分、快楽計算なんかやったら至上最低を弾き出してくれるだろう。遊びなら良い。しかし本気の恋愛なんてやつは理解不能な上に理解不可能だ。そもそも恋ってのは性欲を少し上品にカバーしたものを便宜的に呼んでいるだけだ。理由は言うまでも無い。社会というものを形成する上で都合が悪いのだ。三大欲求のうち、これだけが攻撃性を帯びている。恋の何がくだらないって、その矛盾性だ。最も面白い時期は付き合い始めの不安定な時。どちらかというと辛苦の方が大きい気さえするが。そこを過ぎるとあとは気の抜けた炭酸水だ。単調でつまらない。付き合っているという認識だけの世界。私は最近携帯を手に入れて周囲の人間の殆どに知らせたが彼氏にだけ言ってない。建前の理由は「いつも連絡ついたら飽きちゃうでしょ?」だが、本音は彼を怒らせたいだけだ。あまりにもつまらないから修羅場とかいうのを造ろうとしているんだ。私が彼に飽きないように。
2003.09.09
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過去の文明が無かった頃の遺産である唄を電子の海の中で聴いている不可思議さ。子孫を只残す為に産まれてきただけの生命体の種の一つが大きなコンクリートの道の上に電子の乗り物を走らせている違和感。そして、自己の存在に疑問を抱くという性癖を持つ自家撞着の愚かさ。…… (PM 09:43)
2003.09.08
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歌というものは本来、日々の苦しみ等から逃れるために唄われてきたのだと思う。恋愛にしたって只甘いだけなら誰も歌にしたりはしなかっただろう。だが、誰もが通るであろう道であるのにあまり歌にならないイベントがある。 受験だ。何故だろう。多分、あまりに現実的過ぎるのだろう。歌は只 苦しみを唄うだけでなく、しばしの現実逃避にならねばならない。恋愛はどうにでもごまかしが効く幻想であるが、受験は現実。しかし、私が唯一これに関して言えるのは、恋愛はその先に何物も付随しないが 受験は違うと云う事。 どこまでも自分本位でいこうじゃないか。唄え。 (PM 09:33) 追記。誤魔化しという言葉は当て字らしい。
2003.09.07
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小学生の頃からなのだが、私の“大人”という基準はその人がどう巧く嘘を付かずに本音を隠すか、だ。知り合いに「随分捻くれた小学生だ」と言われたが、事実だからしょうがない。彼らは上手に誤魔化す。子どもは無力ゆえに期待して裏切られて。もっと幼い時は何も疑わなかった。今は疑うようになった。私も、大人に 近づいてきている。
2003.09.06
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平均と言う言葉は、言い訳にこそなれ動機には成り得ない。何処にも議論なんかで「平均」なんて言葉を持ち出す阿呆はおらんだろうけど、説得力の無さは動機に神のお告げを持って来る狂信者とタメ張れる位だね。言い訳と動機はどう違うのかって、 言い訳は事後・動機は事前。人を動かそうとするのが動機で、辻褄合わせにも似た虚しい応酬が言い訳。閑話休題。『平均』は相対観念。一時凌ぎにしかならない。そんな所に安堵するな、特に受験生。現在平均である事に妥協せず、常にその先を見なければ。絶対的に自分が満足出来るように。先を見ろ。卒業後、就職、退職後、老後、墓の中。ここまで見通せば完璧?それでもまだ足りない。
2003.09.05
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後悔先に立たずと云う。・・・先に後悔してしまおうか。《日記をネット上に公開するのは露悪趣味である》と云う友人との論議。露悪趣味は日本の宝である。近世の日本の作家達は皆総じて露悪趣味である。などと言うつもりは無い。それにしても“ロアクシュミ”と打つと、“炉悪趣味”と出るIMEはどうにかならぬものか;彼らの場合、その悪趣味が大衆に受けたのではなく、一応その文学性が評価されていたのであり、露悪趣味もとい私小説はその副産物である、という見方も出来る、多分。ならば、ネット上に日記を公開する事は 少なくとも文学性を問われるほどの素質も無い私こと羊のような人間には少しばかり高尚過ぎるのではないか。「高尚過ぎる」というのは詰まる所、身の程知らずであり、無粋。てか只の露悪趣味;救い様が無い事この上無し。そして、羊は逃げ道を造った。これは日記じゃない。Σ(゚Д゚;というわけで、此処には羊の精神的な言葉は書いても、日常的雑記は書きません。それは普通の日常雑記よりも性質が悪いのでは、という話もあるが;この日記自体も最初は【未完成葬送禄】ていう死ぬほど長い物語の中に組み込ませようと思ってたんだけど、その物語自体、今じゃ書く意味が無くなってしまったし。まぁ、まったりと自分の性格と趣味の悪さでも露呈していきますよ。
2003.09.04
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羊が傘を忘れた。森の奥の泉の傍らに。大事な傘。羊は泉に向かった。帰ってきた羊。傘を持っている。でも 「それはどうしたの?」羊は泉に角を忘れてきた。左側の渦巻きを。
2003.09.03
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少々話はややこしいんですが、昨日、友人がそのまた友人の恋愛話をしていたんですよ。友人の友人は想い人がやっと出来て、その子とデート(のようなもの)の約束まで漕ぎ着けたそうで、随分舞い上がっているそうです。でも、思うんですよね。 そこまでは簡単だ って。今時分よっぽど潔癖な娘じゃない限り、デートくらいなら断らないんじゃないでしょうか。(相手の顔が好みから思いっきり外れている場合はその範疇ではないでしょうが;つまり、難しいのは その後だと。一旦彼氏にしてしまうと後戻りは し辛いものです。恋愛で純粋に楽しいのなんて最初のほんの数ヶ月ですから。それを解っている子は慎重になります。デートに漕ぎ着けた。恋愛の階段を一歩登ったようだけど、その実 次の段は貴方が手を伸ばしても届かないところに在って。結局、上の段にいる子の気分次第なんですよ。まぁ、精々 翻弄されろ、春を迎えた者たち。 桜はお前目掛けて降っているとは限らないのだから。
2003.09.02
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全角五千文字以内かよ。だから、某さんの日記には… [続きを読む >>]てのが溢れ返ってたのか。やってらんねぇ。。。つか、本人にしか公開されない日記ってどうよ?;そんなのはオフラインの紙の上に書けって思うんだけど、一体何が利点なんだ。・・・とか言いながら、そのうち使う事になるのかな。うん、書き初めだから こんなトコで。
2003.09.01
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