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科学と哲学は宗教から生まれた。それらは同じものを祖としながらも正反対の道を歩み行ったかのように見えた。だが彼等はその運命に若しくは摂理に従い、再び一つの場所へ戻ろうとしている。それは、その回帰は人が皆 土に帰るが如く自然な事だ。どれだけ手を加えようと帰る所に帰着するのだ。何もかも。さて言い残した事は無いかな?
2003.10.31
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「人間、欠落が大事だね」と、のたまった教官がうちの学校に居る。周囲を見渡すに、欠落しているのは何だ。私は連続性を欠落している。切望している――――とまではいかないが、一応望んでいるにも関わらずだ。付け加え、私もしくは稀に見る人達だけだと思っていたのだが、人を人として認識できない人々が増えてきている。人に関する噂を聴いた時に、正直な感想として「見てみたい」と、「会ってみたい」ではなく「見てみたい」と言える人間の増加。せめて、体面上だけでも「会ってみたい」と言いましょう?人だって動物であり、人だって物体に過ぎない。そりゃ、誰だって心の底で思ってるだろうけど。自覚しちゃダメだよね。口に出しちゃダメだよね。欠落は埋めましょう。いつか、出来る時にでも。
2003.10.30
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祭の遺物は何処に葬りましょうか?三日以上前になる記念祭で貰った風船が、まだ部屋に有ります。風船なんて家に着く前に無くなる物だと認識していたので、こんな事 滅多にありません。やはり今年は二つも貰ったのがいけなかったんでしょう。一つは人に貰われて行きましたが、もう一つは手元に残ってしまいました;で、始末に困ってます。折角の祭の名残を自分で割るのも気が引けるし。。。幸い昨日から風が強いです。このまま夜空に飛ばしてしまいましょうか。環境には宜しく無いですが、このまま風船が萎んでいく様というのも見ていて気持ちの好い物でありません。てか、見てるの嫌です。誰かの春の縮図でも見ている気分になります。と云う事で、羊の風船 空中飛行決定。どうか落ちてきませんように。・・・あ、今日ちょっと風少ない;
2003.10.29
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※擬古文であって、ギコ文ではございません。Ars longa,vita brevis.と云ふ言葉が御座います。だうやら、らてんの言葉と御聞きします。「芸術は長く、生命は短ひ」と云ふ意味だとか。妾は侏儒にして是に何か意をまうすなど出来ませぬが、壱つ 付け加へたう存じます。はなの命も長う御座います。どちらの“はな”かと。はてさて、さのやうな無粋のことは御訊きまうすな。発見事項。日記でも古めかしく書くと一つの小説仕立てになってしまう;結構楽しいかも、擬古文。
2003.10.28
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今日は今の彼氏と付き合い始めてちょうど一年になる日なのですが、向こうからは何も音沙汰無し。こっちから一応メール送ってみて様子見てる今現在。つかそっちからアクション起こせよ!と王様な羊。今の彼氏が初めて付き合った相手なので、普通はどうとか知らないけどマメな性格の奴なら何か行動起こすだろ。他の日ならまだ忘れようもあるけど、文化祭最終日なんて忘れようにも忘れられんよ?普通に考えて。つ事で、先に送ったメール文面は「一年間ありがとうございました」と急角度。これで本当に別れたら泣けると云うより笑える。いつまで恋愛ごっこやってんのかと。
2003.10.27
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大した事はしませんでした。というより何もしませんでした。今回は本当に。祭の終わりにヒョッコリ顔を出したきり周囲をうろついて、祭の終わり行く様を見つめながら只 郷愁だけを感じていました。途中、原因も結末も分からぬまま、友人の壊れ行く様を目にして只 助けを呼びました。それは祭の終わりでなく只の途中経過でした。祭は今終わりつつあります。貴方に一つの疑問を持ちました。周囲に一つの執着を持ちました。祭は今終わりますが、宴は続きます。宴の終わりには全て明らかにしましょうね。宴の終わりに貴方と もう一度 逢うでしょう。
2003.10.26
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私は若さの全てを否定したいわけではない。ただ、時々その余りの浅ましさに閉口するのみだ。若さは、それだけで輝かしいものであるのと同時に、とても原始的で率直で莫迦々々しい。それは主観的にはとても楽しい時期で在るが、客観的になり思い出す頃には汚点以外の何物にもならない事がある。そんな事にならないように、今の青春を律するか、それとも若さを汚点と思わない寛容な大人になれるか、だ。
2003.10.25
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ナルシスという青年の話を知らない人はいないだろう。最悪、この名を知らなくとも“ナルシスト”という単語は知っているだろう。まぁ要するに行き過ぎた自己愛なのだが、思春期・青年期の人間の心の中には少なからずこのナルシスという男が住んでいる。必要以上に鏡を気にする阿呆は勿論として、自分に自信が持てずに悩んでいるというのも、これに該当する。まず、自信を持つ必要が何処にある?自分の能力等を正確に認めておきながら自身の性格や人格に自信が持てない。滑稽な話だ。周囲が我々に望むのは期待される役割を果たす事であって、それ以上でも以下でもない。個性的であれと現代社会のリポーターは言う。日本語の撹乱だ。望まれるは個性でなく意豹を付く事だ。新しい事だ。それらの全ては消費社会に繋がる只の能力に過ぎない。自分らしさなど誰が求めた?そんなもの扱いに困るだけではないか。一律の方がどんなに能率的な事か。だから君がそれでも個性を持てずに悩んでいるのなら、それは自分に関心が行き過ぎているって事だよ。自分以外の誰がこんなに自分の事を気にするよ。自作の鏡地獄からは、もう抜け出して良いんじゃないのかい?
2003.10.24
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悟りを開くと云うと、まるで無条件に善い事のように思う人がいるかもしれない。でも実際なりたいものか?人が生きていて楽しいのは感情に起伏が起こるからでしょう?人から感情を奪ったら、モダン・タイムズの歯車だ。それは部品にしかならない。もっと苦しみ、もっとあがこうよ。何でこの世が楽しいか解ってるの?歯車になるのも自由だけどさ、人の部屋の床に歯車の跡を付けるような真似は止めてほしいね。
2003.10.23
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以前同じ学校だったやつから考え方に賛同されて、複雑な気分になる。同じ学校だった時は否定しない事はあっても賛同する事は無かった。不本意ながらも一緒に過ごした一年強、お互いに及ぼし合った影響は離れてもその余波が残る程強烈だったのか。私は離れてからも変化して奴好みの思考になったのだろうか。それとも奴が人に賛同を示せる程に余裕を持つようになったのだろうか。どちらもあってなんだろうが、その割合を求めたいと思う私は涅槃には程遠い。求めても意味が無く、更に言えば求められないのに。
2003.10.22
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高校生くらいの人間が一番感受性が強いと言われたことがあるが、どういう意味での感受性なのか大いに疑問だった。人間心理なんかに関しては年配者の方が優れた描写をする。わびさび観念なんかに関しても当然 年配の方が優れている。では何処だ。何処で私たち高校生は大人に勝るのか。多分、文章全体に滲み出るものが違うんだと思う。私もネットで文章を公開している身だし、同年代のネット物書きも幾人か知っている。彼等と社会人のネット物書きを比べると、私たち高校生は、物語の設定が現実の日常に近いステージになればなる程刹那的になる傾向がある。余程 夢を詰め込んだ物語ならともかくとして、現実を正確に表現・描写しようとすればする程 文体も内容も刹那的になるのだ。理由は一つしか思い付かない。私たちの方が日常的に死を身近に感じ、そしてそれを拒まず、更には憧れさえ抱くという事。日々、生活するために一所懸命になっている社会人には恐らく芽生えないだろうし、また思春期特有の性質でもあるんだと思う。
2003.10.21
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何か最近、ODしたりリスカしたりとかいうのが身の回りに多いというか、単にそういう知り合いが多いだけというか。まぁ、そんな感じなんでそこらへんの話を一つ。少し前に読んだ小説の中の人物がこう言いました。『一つの認識に固めてしまう事を僕は良しとしない。自殺だって認めて良い時もある』羊もこれに同感なんですよ。ODしたってリスカしたって良いじゃないですか。やってるのが羊の大事な人だったら、死なないで、とは思うけど、ODとかリスカ自体を止めろとは言いません。だって、認めた方が良い事もあるんですよ。自分がやってる事を全部認めてみようよ。ODだってリスカだって、やっても問題無いです。悪い事じゃないです。何をやっても、あなた全部を認めます。大事な人です。こう思い始めたら気が楽になって、どっちもほぼ止まったのは羊ですがね;
2003.10.20
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知っている。本当は今認識している世界が偽物で私は独りなんだと知っても、自分が絶望しない事くらい知っている。毎日ふざけた振りをして友達に抱きついて何を確かめているか解っている。いつか夢から醒めて、この目に映るものが何も無くて、聴こえるものも無くなって、抱きしめるものが消失したらどう想うだろうか。友人を失った事を悲しむだろうか。それとも、自分の所有物が無くなった事を哀しむだろうか。…半々かな。どっちも同じ。多分いつも私は抱きしめる事で、この腕に納まる存在だと感じる事で、その子が自分の所有物だと確かめているのだろう。対等な人間なんて何処にも居ない。所有するか所有されるかだ。だから結局、世界が夢でも現でも 私が独りである事に変わりなんて無かった。私の所有物。全て失ったら泣けるなぁ。
2003.10.19
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タイトルの英語は正しいのか!言いたかった事は「墓場の種類」ですが;違うな、違うよな。。。「結婚は女の墓場」とよく云います。何か違くないですか?「結婚」は行為ですし、「墓場」は場所です。(そこかよという事で、羊は主張します。結婚は女の葬式!家庭は女の墓場!結婚した事もない小娘が何を偉そうに。と思って見逃して。寧ろ、見過ごせ。
2003.10.18
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自分で自信がもてなかったものにあなたが笑うと変なんだけど「これでも良いかな」って思えてくる。ずっとこうだったよね。あなたみたいな人は私の人生にこれから二度と現れないと思う。だから、いつまでも そのままでいて。
2003.10.17
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アダムとイブによって証明された事。罪は智恵を生む。彼らにとって、智恵の実を口にすることは紛れも無く罪だった。しかし彼は彼女は罪を犯し、智恵を付けた。神にとってヒトはペットだったのだから、屠殺されなかった事を感謝するのも良いだろう。いっそ殺してくれていたらと願うのも滑稽で良いだろう。彼等は楽園から追放されたそうだ。私は新約聖書しか読んだ事が無いので常識程度の知識しか持ち合わせてないのだが、楽園は幾つあったんだ?カインという子供も楽園から追放された筈だが;本題からズレた。智恵は罪である。ヒトは罪を犯し続ける。原罪効果だろうか。そんな冗談も浮かぶが、この世に何の罪も犯さずにお綺麗なままのヒトが何処に居る?幼児は数に入れないよ。ヒトの定義は今はホモ・サピエンスだから。皆 等しく汚れている。この世はゴミ溜め。三途の川は排水溝。ヒトになった途端に同時に罪人になる。そして、こうとでも思い込まないと足を踏み出せない臆病な私は、ゴミ以下だ。
2003.10.16
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本当は『青春』って『springtime』って書くみたいです。何だかんだ言っても英語勉強中なんですが;羊の学校は授業に殆ど教科書を使わないんですが、ちょっと前まではアメリカの広告について日本人が英語で論じている本を教科書代わりに使ってたんですよ。(今は受験の長文演習でツマラナイですが。ツマラナくない時があったのかと訊かれると謎ですが。その中でSamuel Ullmanっていう詩人さんが良い事言ってたんですよ。著作権がいつまでなのか分からないので全文は載せませんが、少し抜粋したいと思います。Youth is not a time of life;It is a state of mind...It is a matter of the will,a quality of the imagination,a vigor of the emotions;It is the freshness of the deep springs of life....Nobody grows old merely by a number of years.We grow old by deserting our ideals...as long as your aerials are up,to catch the waves of optimism,there is hope you may die young at eighty.良いこと言ってると思うでしょ?でも、羊 これの何処かに結構違和感感じてたんですよ。どこって、青春を時期として捉えてるところなんです、多分。青春って行動ですよね。情動ですよね。不偏的に青春な時期なんて在るわけ無いんですよね。そんなの疲れきっちゃいますから。精神力も集中力も五分程度しか続かない羊はこう弁明するわけですが。それでも青春やってます。日課です。そんな毎日をまだまだ送りたいです。
2003.10.15
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久々にイタリア語とか書いてみたりとか。書いてから昔のノート見たけど、ちゃんとスペル合ってた。凄いヨ、自分!タイトルの意味は『考えちゃダメ!』みたいな感じです。結構好きな言葉ですね。羊は17歳の期間がまだあと五ヶ月以上残ってて青春も真っ盛りなので、日々色々と無駄な事を考えてるわけですが今日は『もうダメだ』とか思って、薬飲もうと思ってたんですよ。で、その前にネットのブックマーク巡回してたら、知り合いの一人が“ODします”宣言してたんですよ。そしたら何の根拠も無く、薬飲む気が無くなったんです。多分ツマらない意地だろうけどね。その知り合いには悪いけど、あなたのOD、私の役に立ちました。感謝します。
2003.10.14
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それは、妹の中学(私の母校なのだが)に起こった出来事。妹が廊下に数人と居た時にそれは現れた。「ラン、ラーラララッラッラー(ry」風の谷のナウシカのオウム出現時のBGMを口ずさみながらスキップして去っていく男子。想像してみよう。恐い。こんなのが横を素通りして行ったら立ち退きざまに消火器でもぶつけそうだ。立ち止まったらもっと嫌だが。
2003.10.13
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タグが題名に使えるのかどうか・・・;幸せって何でしょう。追い求めるものですか?元々持ってるものですか?曖昧模糊な観念ですね。あなたは何故そんなもの求めるの?幸せになりたいって思ってる。だから不幸せなんじゃないの?そんなもの捨ててしまえよ。そうしたら楽ですよ?君が何を欲しがっているのかは知らないけど、幸せなんて無くてもいいんじゃない?
2003.10.12
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アクアと呼ばれるような水色の空には橙色の紙飛行機でも、真っ青の空には似合わないと思いませんか?最初の一文は元ネタ知らない人には優しくないね;真っ青の空には白・薄紫・薄桃色が似合うと思うのですよ。はい、分かった人は手を挙げて-。秋晴れの日はコスモスを愛でましょう。秋の桜で花見と洒落こみましょうか。
2003.10.11
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私は、私の事なんか通行人Aくらいにしか思ってない人間というのを結構好きらしい。自分の事を気にしだしたのが明からさまになってくると醒めるらしい。私が相手に興味を持っていればいるほど顕著で、相手から興味を示されると裏切られたような気分になったりもするらしい。・・・すごく報われない気がしなくも無い。
2003.10.10
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フリーソフトを色々落として、使ってません。楽曲作成ソフト、画像装飾ソフトetc...面白そうなんだけどね。期間限定シェアウェアなんて一回使ったっきりで期間過ぎちゃったし;よし、無駄なものは廃棄していきましょうか。・・・フリーソフト廃棄する前に私が廃棄処分になりそうだ。
2003.10.09
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機械と人間の違い。今のところの機械の人間近似化に於ける最重要課題。“全ての認識に連続性を見出す事。”バスの中で他人が困っている様子だと、よく口を挟む。道を教えたりなんかはしょっちゅうで、特に人見知りをするタイプでもない。全く自分と関係の無い、それこそ一期一会の赤の他人には優しく出来る。でも、クラスメイトと喋る時は緊張して、終わるとホッとする。彼女らとは、また明日も会わなきゃいけないから。明後日も、来週も...根底が小心者だと自覚している。相手の認識に少しでも合わせようとしている。突飛な行動は好きだけど、予想外の事は或る一定の枠の中でしか出来ない。あの半端な関係はあまり好きじゃない。それでも、それより深く付き合おうとは絶対思わないし、これより疎遠になろうとも思わないが。エゴ前面で、中途半端なままで。
2003.10.08
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思い出したようにというか、今まで一度も書いた事が無い、音楽ネタなのだが。随分前に、妹の友達からCDを借りた。何処の世代にも焼くのが趣味なのが居るものだと半ば感心しながら。歌手も題名も分からなかった。分かっていたのは、アルバムだという事だけ。暫く聴いていて、(暫くといっても二ヵ月近くになるが)誰が歌っているのか気になって妹に訊いてみた。返ってきた答え。「Avril Ravigneやよ。」・・・ぅっわ、超有名所やん;
2003.10.07
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寒くなってきたと感じる。夏の間に培ってきたものが壊れていく感覚が後方から迫っている。自分の造ったものが壊れる感覚は恐怖であり、嫌悪の対象になるが、壊したいという衝動も自分のものだというのは滑稽な話だ。私が、全神経を以って維持する事を望めば壊れないだろう。でも、当然ながら実際壊れた以上、私が崩壊を望んだ事になるんだ。人は他人の心に影響を及ぼす事は出来ても、それを動かす事は出来ない。私の心に触れる事が出来たのは私だけなのだから。また今年も瓦礫と化すのだろうか、この精神は。よく、傷つきやすい人の心を「硝子の様に繊細」だとか何とか言うけれど、私は人の心がそんなに繊細だとは思わない。硝子?そんなに綺麗じゃないでしょ?そんなにヤワじゃないでしょ?心って本当は煉瓦かコンクリみたいなものなんだと思う。人の心を壊すって、煉瓦の壁を壊すみたいなものなんだよね。壊した方の体が痛いよ。今年は絶対に壊さない。全神経を張り詰めて。私は私の為に。
2003.10.06
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夢に中学の時のクラスメイトが出てきた。二年の時のだったと思う。そいつともうあと一人と私は、二十歳になる前に死のうといった。十三歳の私は怖かったんだと思う。周りの大人は大変そうで、親は「誰の為に働いてると思ってるんだ」って態度で厭々、日々生活しているみたいで。それで大人になるのが怖かったんだ。手に入る、まやかしみたいに少ない権利と引き換えに、潰されそうなくらいの責任や義務を背負って。それは紛れも無く恐怖だった。惰性で大人になろうとしている今と比べたら、あの頃は余程正直だったろう。それが勇気であるとは絶対に思えないが。もし、あの時の二人のうちのどちらかが死んだら、私は哀しく思う前に一抹の気味悪さと罪悪感を感じるだろうが、そこまでだ。罪悪感にしても、死んだ元クラスメイトに対してではなく、十三歳の自分に対してで。惰性で生きてしまってごめんなさい。今は年々降り積もってきた、夢や希望に騙されていたいから死にません。二十過ぎても生き続けると思います。意識するのは怖いだろうけど。焦りとか劣等感とか怨みとか、そういう感情も持っている事に慣れたから、持ち続けたまま生きていきます。人間って誰でもそんなに綺麗なものじゃないって解ったから。死を口にした十三歳の私、遺書を書き始めた十四歳の私、散々自殺未遂紛いの事をさせてしまった十六の私。足跡はそのうち消えるから、君らを多分私は忘れるんだけど、君らが在ったから優しくなったんだ。突き放す優しさだけど、これも優しさだと思うんだ。ありがとう。道を踏み外す事なんて出来ないんだよね。私が在るから道が出来るんだし。どんな人間になっても私は。
2003.10.05
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欲しい物は何?欲しい人は誰?行きたいのは何処?人の望みは何でしょうか。「幸せになりたい」ってよく聴きます。私もよく思いました。誰でも願うくらいの資格は持ってますからね。でも、私は思いました。幸せって何でしょう?私は何が幸せなのか答えられませんでした。言えません。書けません。私は幸せが何かも知らずに、それを望んでいたようです。分からないもの、沢山あります。でも、得体の知れないものは望みません。具体的に。即物的に。昔は幸せが欲しくて、今はバインダーが欲しいなんて滑稽ですね。こうやって、大人は「幸せになりたい」なんて口に出さなくなっていくのでしょうか。衝動じみた欲求は残っているのになぁ。。。
2003.10.04
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捜している物があって、それはいつ、何処で見つかるか私には分からなくて。何故私がそれを捜しているかも分からなくて。でも自分が切望もしくは執着しているのは分かる。小さな頃は宝探しをした。宝を見つける為には謎解きが必要だった。今私は捜し物を見つける為に謎解き所か積極的な行動さえ起こさない。随分と傲慢になったものだ。我が事ながら感心する。積極的な行動を起こすべきだろうか。ただ日常の細々とした断片毎に捜し物が見つかる事を期待している今の状況は探索の神様に対する冒涜だろうか。捜し物は死体。なかなか見つからない。やはり探索圏が狭いのも不可能要素のうちの一つだろうか。まぁ、暫くはどうせこのままだが。
2003.10.03
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緩慢にウィルスが侵食していくように、平常時に自分の五感を殆ど信じられなくなった。徴候は六年生頃から有ったけど酷くなったのは中学に入ってからだった。私にとって最も信じられないのは視覚で、頻繁に周りの物をペタペタと触ったりしていた。「起立」と聞こえた声が信じられなくて いつも席を立つ時 不安だった。音楽の授業で歌を歌う時、本当は今は別の授業で皆が私を奇異な目で見ているんじゃないかと怖がってた。私が認識する世界が間違いで虚構なら私は既に気が違っていて、こんな心配は無意味だとも考えたけど、不安は消えなかった。動きたくなかった。喋りたくなかった。時は自然とそんな心配を薄れさせてくれたが、今でも一日に何度かはあの感情を思い出す。微妙な空間の違和感。まだ、壁を確かめてる。あの頃の救いは真正面からこのクダラナイ悩みと議論してくれた友人だった。あの子は今でも言い争ってくれるだろうか。
2003.10.02
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いつだったか、iframeをHPに使った時に、フレームの外に指定した壁紙がフレームの中にまで表示されたのを見た。そして、改めてそこが二次元だったと気付かされた。何となくiframeというものはページに空いた穴のように考えていたんだと思う、その時までは。その後、感じたのは虚無感で。二次元で自分一体何やってるんだ、と。今は思わないけど。そんな事はどうでも良い。何処であれ文明の及ぶ限り、向こう側には人間が居る。・・・こういう事云ってる辺り、部屋にビデオ積み上げて要塞造った奴を批判できないなぁ;
2003.10.01
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