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産まれて生きて死んで埋められて地球の質量は本当に変わってないんだろうか
2006.11.30
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吐き出すのは好きだが受け入れるのは嫌いだ.心の狭い人間ばかり.
2006.11.29
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受け入れることは諦めに似ている.心臓の反応だけは、確かに似ているのだ.その後の行動まで似るとは云わない.
2006.11.28
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実際どうかは知らない.本当に数が増えているのだとしたら、社会が変わったせいだろうし化学物質が確実に動物を変えていくせいだろう.二重螺旋の生物である以上は仕方無いんじゃなかろうか.別に人類がこの先2千年も3千年も頭が一つ腕が二つ足が二つといった形じゃなくても.何がどう転ぶかなんて今は誰にも分からないのだし.
2006.11.27
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おかしい人は昔から居ただろう.近年になって急に増えたように見えるのは今まで深い森の中や井戸の底に抑圧されていたものが出て来ただけでそして社会がそれらを取り込もうとしているから結果として目立っているだけだ.全て狐のせいにできた、盲いていた人々は少なくとも怪異として放り投げることができた.内側に在る方が難しい.
2006.11.26
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悪循環って本当に続くものだなぁ……
2006.11.25
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そういえば、私は言う気がなくてあの子もあの人も言うつもりが無い.ならば、あの人は死ぬまで気付かないんだろうか.自分が嗤われていること.それとも気付いていたから、いつもあんなにも怒ってたんだろうか.
2006.11.24
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だって結局あの人は私のためになることは何もしなかったし真実だって私を攻撃するだけだった.知ってしまったのを後悔する気は無いけどあの頃あの人が無理矢理知らせることができなくて本当に良かったと思ってる.……まあ、あの人にはどうやっても無理だろう.暴力とお金に頼るのがどれだけ醜いか教えてくれた人.
2006.11.23
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私は私にずっと嘘を吐いて騙していたけど私は私がずっと大好きだった.私を罵った時に、あの人もそれを口にしたけど敵が真実を持って来て、味方が嘘を持って来た私は当然、味方を取った.
2006.11.22
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今までに私を理解してくれた人は一人しか居ない.勿論、私が理解してもらえたと感じた人だから実際には他にも居るのかもしれない.一番最初に心から深刻な問い掛けをした時に、あの子は答えてくれた.ただ一回、一言だけ.誰かの受け売りだったけれど当時の私への回答としては充分だった.それ以降、一度も答えを聞いていない.たぶん私もその問いを避けていて、それなのにずっとあの子を求めている.今のあの子は答えてはくれなくて、十二の頃のあの子を何年も.
2006.11.21
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読書感想文をカテゴリ分けした時に、ざっと目にした大雑把な倫理観のまとめで思い出した。7、8年前だと思うのだけど、「なぜ人を殺してはいけないのか」という発言がちょっとした話題になった事があった。その時まともな回答が出来た大人は殆ど居なかったらしいのだけど実際その番組を見てたわけじゃないから分からない。あの質問に対する一つの答えとして、こういうものが在るなと思ったので書いておく。何を以て答えるかという事を先に言うと、その質問に倫理的に答えることはできない.なぜならば倫理は常に合法の余剰であるからだ.そして、それが違法であるのは社会の秩序のためだ.私は殺人が良いか悪いかを今更、感情論で語ろうとは思わんのだけど、その当時、その番組で少年が訊ねた時に「なら君は人を殺して良いと思ってるのか?」と訊ねた人はいたんだろうか。感情論なら正直それで片が付くんじゃないかと思った。
2006.11.20
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カテゴリ「近況報告」で書いていた『リアルの倫理』についての読書感想文を、カテゴリ「読書」へ移しました。ニックネームを「404not羊」から「404羊」へ変更します。どちらも「羊」でニックネームが取得できなかったからなので、呼ぶときは「羊」で良いです。
2006.11.19
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哲学者とは病人か迷子のようなものだ.誰が好き好んで、こんな厄介なものなんぞに.
2006.11.18
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本来、哲学は全ての批判の上に成り立つものであって既存の概念に容易く自らを当て嵌められるような者は元より哲学なんぞ嗜好しなくて良いわけである.
2006.11.17
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さてしかし数学者が自らの功績を大声で誇らぬように、自ら哲学者であると名乗った中に真実、哲学者であった者がいったいどれほど居ただろうか?
2006.11.16
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生存者の大多数には意識的に考えない命題がありそれは存在に関わることゆえに放っておくのが賢明とされる.その蓋をわざわざ開けようとするのが哲学者と呼ばれる物好きの集団だ.
2006.11.15
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素晴らしきアンテナを持った者にのみ届くものかそれとも何も持たぬ者にも感銘を受けさせるほどの表現力を持つものか
2006.11.14
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私はあの人も嫌いだ.あの人は私を助けないことを選択し、そしてそれを自覚していない.けれど、もしあの人がそれを自覚していても私はあの人を嫌いだろう.結局、私はあの時、助けてほしかったんだ.
2006.11.13
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相手に敬意を強要することほど滑稽なことはない.敬意を強要する言葉を吐いたとき、尊敬されていた対象は尊敬するに値せぬものに成り下がり、元より尊敬されぬ対象はそれを露呈することになる.
2006.11.12
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親子の縁なんていつでも切られるのだ.新しく親を見つけるなんてことは無論不可能だが親を無くすることなら、意志次第だ.
2006.11.11
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「あなたのために働いているのに」「誰の金で生活していると思っているんだ」それらは全て、金に頭を下げろと言っている.たとえば親が子の人生に金で介入することはできても金で敬意は買えないのだ.もしそこに彼らの稼ぐ金以外のものへの好意が無ければ金の切れ目が縁の切れ目ということにもなろう.
2006.11.10
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できないと思っていた事が今ではできると思える.自信過剰になっただけか一応の成長を自分で認められるようになったのか.
2006.11.09
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紛れもなく良い人間世間の評判は頗る良い人達そういう人々に傷つけられたら耐えるしかない.人間は無力、だけど集団は凶暴.
2006.11.08
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私はたすけてだなんて言わなかっただから彼女は助けなかった.彼女はしんじろだなんて言わないだから私は信じない.
2006.11.07
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人は完璧に客観的にはなれない.たとえば、被害者というのはその中でもかなり主観的な部類の名称だ.被害者は周囲の認識によって作られる.より多くの人間が感情移入しやすい状況こそが被害者を最も被害者らしく存在せしめる.
2006.11.06
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“余剰”というものがある.カントの云うところの倫理がそのうちの一つになるだろう.民主主義は基本的に余剰政治に思える.財産に余裕があり、意欲のある人間に権利を委ねるシステムだ.それは原理的にミスリードを含んだ腐敗しゆく果実であり我々は頑張ってそれを冷凍庫に押し込み続けねばならない.
2006.11.05
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『弱者=被害者』の図式が大半の人々の心に住み着き同情を盾に身を守ろうとする人々の何と多いこと.たぶん弱者で在り続けたい人の方が多いのだろう.
2006.11.04
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勝利者は敗北者の胸中を察しないし敗北者は勝利者の胸中を慮らない.強者は弱者の思考を知られないし弱者は強者の思考を知ろうとしない.同じく無思慮と謗られるのならばどちらの無思慮をあなたは選ぶのだろうか?
2006.11.03
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恋愛なんてしなくても人は幸せになれるのだから何も無理に結婚相手を愛する必要は無いってことか.あの人は多分、夫を夫としては愛してなかっただろうけどそれでも彼を人生の基準にしていたんだ.恋人ではなかったろうけど、立派に家族になれた.
2006.11.02
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2種類の人間がいて明日を信じているから努力する人と今日を楽しむために力を尽くす人.だけど明日の存在を信じていなくともそれのために行動することはできる.
2006.11.01
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