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私は死刑廃止論者じゃない。少なくとも昨日まではそうだった。囚人の数に収容所の数が追いつかなくなれば、凶悪犯や更生の見込みの無い人間が死ぬのは仕方無いと思ってた。たぶんそれは今でも変わってない。死刑を容認する立場の人間の言うことは理論だ。犯罪者を野放しにしてはいけない。治安を悪化させるな。犯罪者の数が多過ぎる。死刑を廃止しようとする人間の言うことは感情論だ。人が死ぬのは残忍だ。私は見たくない。そんなことがあってはいけない。どちらが間違っているというわけでは勿論ないし、どちらも正しい在り方だ。凶悪犯が死ぬまで凶悪なままでいてくれるわけはないし、更生するかどうかなんて私たちに分かるわけがない。結局のところ私は理論をとって、自分の未来を自分の行動で決めたのだからと、死刑を容認するだろうけどそれが全く正しいやり方だと言うことはできないだろう。誇れるわけがないのだ。刑罰だとしても、人を殺す命令書に判子を押したり、人の首に縄をかけたりということを。
2007.04.09
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あの人を恨む必要が無くなった.そして、あの人を憶えている必要も無くなった.たぶん父親でさえなければ会った次の瞬間には忘れているほどつまらない人だから.人として、血縁ではなく行動に対して評価する.私は与えられたものを返すだろう.恨みや憎しみは無かったことにして、有用であったものだけ返すだろう.そしてそれ以上は、本当に敬意を表したいと思わなければ関わることも無いだろう.
2007.04.08
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最近、周りの大人がテレビに毒されてて困る。あんたら全員テレビっ子世代か。テレビが当たり前に在り過ぎて、テレビの無い生活とか想像できないんだろ。現実に以前いた人間と比べられるならまだ良いがテレビドラマの中の登場人物と比べんでくれ。
2007.04.07
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目が見えない、耳が聴こえない、言葉を喋られない、そういう実務的なハンデを芸術的な付加価値に変えようとする心の動きが嫌い.苦しみや悲しみは、ただの苦しみや悲しみでしかないし才能は、ただ才能であるだけだ.憐れみは人の目を曇らせる.能力を貶める.何も持たないのは可哀想だから、と無理矢理に何か価値を見出そうとする.そしてもしその哀れであったはずの人が、見出された価値の為に自分よりも豊かに恵まれて見えたとき、こう言うのだ.「あいつはハンデを利用した」と.与えてやろうとするときに考えればいい.何のために与えるのか.価値を認めようとするときに想えばいい.それが背景を知らなくても素晴らしいものか.憐れみを以って乞食にやるように与えられていいのは金だけだ.「才能がある」だなんて棘付きの薔薇の花束を盲人に手渡すようなもの.本物でも紛い物でも、盲はさらに傷つき苦しみやすくなる.
2007.04.06
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私が今悩んでいるような事柄について悩まない人は確かにいる.世界の殆どはそういう人たちで構成されていて、今在る世界の愛すべき部分も憎むべき部分も全て引っ括めてそういう集団に作られてきた.善かれ悪かれ、それは絶大なこと.たとえば世界に哲学者と芸術家しかいなかったら――考えただけでも恐ろしいことだ.
2007.04.05
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好きでいる間は、誰の言葉も耳に入らない.一度、失望とともに好きじゃなくなったら、もう誰が何と褒めそやそうと価値を認められない.好きとか嫌いとか、人間の最も自由な部分.
2007.04.04
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私が彼女を好きなのは、他人に説明するための言葉と自分を解放するための言葉との両方を持ち合わせているからなのだろうと.
2007.04.03
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いい年にもなって、思春期のような真似をする.自分ではそれに気付かず、知者のようなつもりになっている.周りに愚かなものを見出して蔑視する.それが他人に映った己の影と気付かない.
2007.04.02
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最初に寂しさがあった.次に新天地への希望で、今は自由がある.
2007.04.01
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