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芸術は永く、生命は短い.ラテン語の格言を最近になって、よく思い出す.百年そこそこしか生きない人間が数百年も生き続ける怪物を創り出す.永遠に永く、まだ死ぬことの無いものもの.人は生を定めることはできても死を定めることはできなかった.
2007.06.11
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夢の終わりを知っているか.唐突で一方的で救いも無く悪意も無い.全く無関係のものが世界を終わらせる.自分で夢を終わらせることができるのは世界を支配している者だけだ.あなたはそれに見合う行動ができるのか.
2007.06.10
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フリーページにノンフィクション小説をupしました。小学一年生と万引きとそれ以外の話です。つ「森の端」HTML編集するのが面倒で小説サイトの方にはまだupしてません。分かりづらいんですが、この楽天ブログのフリーページの中で「逆流」と「森の端」だけが小説ページです。
2007.06.09
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何度くり返しても人は智慧の実を食べて森から出て行く.蛇が囁かなくても彼らはいずれそれを食べることになった.私たちは森で産まれ、森を出て行くために産まれた.あの森で我々を創った神が亡くなろうとけっして森には戻れない.
2007.06.08
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ぼんやりと綿飴のように固まった雲が海のような空に浮いている.それを見下ろす私は、たっぷり半日は雲を見つめて呟く.「私と彼らはあの中で、それ以外は此処に居る」遠くから一陣の風と雲がやってきて、また綿飴を膨らませる.引き裂いてやりたいと思う私の背後で、空が悲鳴を上げた.
2007.06.07
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結局、何が邪魔をしているのか.公平な立場から、それを公にできる人は存在するのか.
2007.06.06
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育てることはヒトの本能ではない.ヒトを文明に適応させる必要なんて最初は無かったのだから.教えられないと学べない.子どもも大人もそう.けれど誰も大人に教えず、大人は感情のままに子どもに押し付ける.社会化されないままの大人が社会に入ってくる.今、一部のおかしな人々の行動だと思っていることが十年後には普通になっているだろう.
2007.06.05
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土地が養える人数というのはどのくらいか.今の日本には人が多過ぎる.半分でも良いくらいだ.だから何故、人口が減少するのを怖れるかというのは人口が減った後に国が弱体化するのを怖れるからだろう.優秀な人間なんて今でも殆どいないのにこれ以上、母集団の数が減れば日本は一気に転落するだろう.無智な人間ばかりで救世主を待っているこの状況.育てることを知らない大人たち.
2007.06.04
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理解できないんじゃなくて、理解しようとしない.私財を投げ打ってでも社会のためになろうという人なんて何処にいる?満ち足りるということを知らない、一部の人々と到底、満ち足りることなどできない多くの人々.何が足りない?
2007.06.03
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たとえ物質的に恵まれようとその価値を見出せるだけの心の安定が無ければそれは不遇であることと全く変わりは無い.衣食住が最優先であるとして、しかしそれら全ての価値をドブに捨ててしまう親のなんと多いことだろう.働いている人々よ、あなたがたにとってその金は己の労力を対価として差し出した、価値あるものだろう.しかし子どもにとって、それが何であるか忘れてしまったのか?自分の大切な人の苦労の上に成り立つものであるなら誰だって大事にするだろう.親子の愛情というのは一種の目くらましだ.愛されていると思えるうちは、批判も全て可愛らしいものになる.しかし一度その情を剥がしてしまえば、子どもたちは一人の人間として彼らの親を見ることになる.「もし親子でなかったとして、この人と関わりたいと思うだろうか?」自分の大切な人の苦労の上に成り立つものであるならそれなりに満ち足りた生活は幸福な思い出になるだろう.しかしつまらない人間が購った生活というのはどうやっても自嘲や虚しさ、一種の渇望を禁じえない.「金の分だけ感謝しようじゃないか」「あんな人でも反面教師にはなれる」「いつか理解できる日が来るかもしれない」(永遠に来ないかもしれない)逃げ出したい場所というものがある.そこにいると自分が全く何の価値も無い生きている意味も無い、つまらない人間に思える場所だ.
2007.06.02
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夜の風景を憶えている.まだ小学生だった頃のことだ.あの人は罰として私を少しの間、家から追い出したけれど私には夜の住宅街の方が優しかった.誰も居ない道、ときどき車が通って、一定の間隔で街灯が照らしていて、全く知り合いには見えない人たちが一緒になってランニングをしている.そこには私を哀しませる何ものも居なかった.今でも夜の街が好きだ.昼間は人でごった返している場所を自転車で走り抜ける.傷つけられるのは大嫌いだ.傷つけるのも、傷つけられることには及ばないまでも嫌いだ.夜の街に居ると泣きそうになる.安心してなのか寂しくてなのか嬉しくてか悲しくてか分からない.死んでもいいくらい幸せだとか、今死んだら幸せだろうなとか、唐突に私の意志とは関係なく、頭が勝手に考えたりする.たぶんそういう時には冷たい肉になり腐って焼かれて埋められるだけの「死」というものがもっと自由なものに見えているのだろう.たとえば檻や柵から解放されることのように.人が嫌いだ.愛しようと努力すればするほど足は遠ざかろうとする.助けてくれる人を求めようとしたけれど、無理だった.彼は私の命を助けてはくれたけれど、私を助けてはくれなかった.彼に努力や能力が不足していたからではなく、ただ私が信じきれなかったのだ.いつだって安心できない.そこに人がいるだけで緊張する.疲れる.私が今、愛していると思っている、思い込もうとしている人たちのこと彼らは本当に大事だけれど、もし彼らをあの夜の町へ連れて行けたとして私は心から彼らを招き入れることを喜べるかと考えると不快感が私の視界と喉を占領していく.全て曝け出して警戒しないことが愛情ならば、私は誰一人愛していない.人に産まれなければ良かった.そうしたら私は心から人を愛しただろう.あの街灯の一つになりたかった.あの街灯の一つとして造られたらあの日、あの夜、あの街灯の一つになれていたら、潮風や雨に晒されて雪を被っていつか廃棄されるあの街灯として無くなることができたら夜の風景.私を照らした車のヘッドライト、懐中電灯、炎、私はいつも照らし出されて、怯えている.夜の町、鍵をかけた部屋、何度も何度も振り返る.人が来ていないか確かめながら、灯の下から外れる.
2007.06.01
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