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さて、前回に続いて 続編の始まり始まり~・・・。▼現地7/6(水)~7/7(木)この日より本番。朝からOfficeに詰めて、昨今のフィールドでの案件やこの日から始まる多数の技術セッションの打ち合わせを午前中に集中して実施。午後から、敷地隣りにある『エグゼクティブ・ブリーフィング・センタ』(下の写真 上段左)に移って、欧州全土から集まった参加者 数10名とのセッションが始まった。勿論、その内容については書けないが、この欧州地区の『エグゼクティブ・ブリーフィング・センタ』は確かに評判通りすばらしくて驚いた。なんでも、かつて建てられた貴族のお屋敷を買い取って、内部のインフラ部分を大幅改修した経緯があるとのことで、外装と内装(下の写真 上段右)は当時のまま豪奢なのだが、ITのセッションに使用するのに何の不足もなく、むしろインフラは十分洗練されていた。イギリスのお城や荘園地区にあるように、その建物の前にはあきれるほど広大な緑地がどこまでも続いていた・・・。セッションは 本セッションの他、所謂『Side-Barミーティング』(ちなみにアルコールが出るわけでも何でもない!)と呼ばれるAs isの個別話題に基づくセッションが、大会議室とは別部屋で開催され、和んだ雰囲気の中にも熱っぽい議論が多数展開され、充実の内に終わった。その一方、7/5(火)の深夜に話が持ち上がった別案件でのスイス行きの件が現実となったことを受けて、7/8(木)2日目のセッションが終わると、大急ぎでHeathrow空港に向かい、そこから一路、空路で2時間程度かけてチューリッヒ(Zurich:現地読みでは、あきらかにズーリッヒ)へと向かった。▼今回の出張先のブリーフィング・センタ(英国)と英国ロンドンPaddington駅▼スイス7/7(木)~7/8(金) スイス チューリッヒ(Zurich)に着くと、同行のスイスの纏め者(彼は私よりずっと年長者だが、6年以上一緒に戦火を潜り抜けて仕事をしてきた中、もはや大親友と言ってよかった)の運転で、雨の高速をVWの濃紺のステーションワゴン『パサート』でぶっ飛ばして、郊外の目的地へと向かった。現地に到着する頃には、とっぷり陽がくれていたが、滞在先のホテル(下の写真 下段右)のある小さな街『Lenzburg(レンツブルク)』は まるでおとぎ話の世界のごとく、まるでドールハウスが現実の世界に並んだようななんとも可愛らしい街であることが すぐに分かった。なんでも翌日からお祭りが始まるとのことで、丘の上にある教会からは大きく印象的な鐘の音が鳴り響き、石畳が残る街並みのあちこちから、若者や子供の華やいだ声が聞こえてきており、前夜祭の高揚感がこちらにも伝わってきた。まるで宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のカンパネルラになって、その世界に飛び込んだような印象を受けた・・・。その後、夜10時という時刻ではあったが、そのスイスの同僚のお宅に、同行者と共に、お邪魔することとなった。奥様は日本人で、日本語に何の不自由もないそのスイス人の同僚と共に、赤ワインと奥様の作られたオードブルを頂きながら大いに盛り上がった。帰りしなには、スイスでは各家庭がもつと言われる大変広い地下の『核シェルター!!』を見せてもらい、その個人所有とは思えない立派な設備群に大変驚くと共に、スイスの独特の文化の一端としたたかさを見たように思った。最終日は、宿泊地のLenzburg(レンツブルク)から目的地であるBern(ベルン)まで、そのスイスの同僚の車で約90km程度移動して、午前中に2時間半ほどかけて、とある超重要案件をこなした。幸いお相手も大変喜んでくださったこともあり、わざわざ英国から移動して案件対応をした甲斐があったと共に、大きな充実感を得ることができた。そしてごく短時間、世界遺産(文化遺産)に登録されているBernの旧市街(下の写真の上段および下段左)を流した後、Bern駅に乗りつけ、英国はHeathrowでトランジットして帰国すべく、まずはスイスのチューリッヒ空港を目指すこととなった。巨大なダブルデッカーの特急列車に乗って一路チューリッヒへと向かうため、1時間半の列車の旅が始まった・・・。この車両がとにかく巨大で、日本の2階建て列車に比べて なんせ大きいこと!▼スイスでの案件処理後、英国へのフライトまでの間のスナップ集チューリッヒに着と、ソフトピギー(ソフトスーツケース)を英国Heathrowではなく、成田で直接ピックアップできるよう依頼して、Airlineへのチェックインを済ませた。英国Heathrowまでは 約2時間のフライト。Heathrowでは、約3時間ほどトランジットのWait時間があり、その後、夕方に日本の成田に向かって飛び立った。帰りは 偏西風に乗るものの約12時間をかけたフライトとなった。結局、現地5日間の滞在において、決して近くない英国とスイスの2カ国を行き来する強行軍となったが、いずれの案件でも参加者に喜んで頂くことができたのが何よりの充実感となった・・・。また、そうした濃密な時間の中で、駆け足で見た英国とスイスの景色はいずれも大変美しく、その湿気のない涼しい天気と共に、大いに命の洗濯となったことは間違いなかった。なにせ歴史があり、印象的な美しい街並みと豊かな自然は特筆もので、米国西海岸はシリコンバレーばかりではなく、やはりたまには欧州(ヨーロッパ)はいいなぁ、と心底思った次第・・・。
2011/07/11
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日本を7/4(月)に発ち、まずは予定通り英国London近郊のWindsorエリアに入り、そこで5日間を過ごすかと思いきや、急遽 後半にスイスに飛ぶことになった今回のヨーロッパ出張。さて、さて詳細は、以下の通り・・・。▼7/4(月)の出発~英国現地到着7/4(月)の様子7/4(月)は 英国London(Heathrow空港)への渡航ということで、普段の渡米とは異なり、午前中のJAL便(JAL401)へと乗り込むため、普段の出勤とほとんど変わらない時間帯に自宅を出た。同行する年長者の方が、日頃ほとんど海外出張経験がなかったので、搭乗まで様々なアテンドをさせて頂いた。その中で自分自身も少々新鮮だったのが、これまでの欧州への出張時とは異なり、英国出張向けに通貨をポンドとしてもつ必要があったことだった。英国は EUには加盟しているものの、ユーロを通貨として導入していないため日常生活では使う貨幣獲得のために久々に換金をしたのだった。(米ドルは わざわざ円に換金せずに相当な額を有しているのとは対照的。)同行者を JALグローバル会員の権利でサクララウンジに招き入れて しばし時間をすごした後、約12時間のフライトを経て英国London Heathrow空港(LHR)へと到着した。機内は非常に混んでおり、フライトが確定した時期も渡航間際であったこともあって、Cクラス(ビジネスクラス)には24名にも至るWaitingが発生しており、望むべくもなかった。結局Waitingはできないものの、空きのあったプレミアムエコノミー席に滑り込んで搭乗した。渡航時はいつも事前の準備に明け暮れてやっとの思いで搭乗するため、機内は睡眠にあてるのが常であるが、今回は例外的に 都合3本も映画を見てしまった。現地に到着すると、自社のブランチが用意してくれた車でホテルにチェックインした。この点も、到着するなり すぐに自分で車を借りて、フリーウェイを自力運転でぶっ飛ばしていく米国出張とは大分異なる・・・。現地到着は夕方だったため、路線バスで行ける『Slough(スラウ)駅』まで出かけて簡単に夕食を摂った後、帰りは幹線道路沿いに徒歩で40-50分かけてホテルまで帰ってきた・・・。気候は涼しく やや曇りがちだったが湿度も低く、非常に心地よく長時間歩いて帰ってくることができた。道すがら、幹線道路の両側には、延々と可愛らしく洒落たブリックハウス(レンガ造りの家屋)や、石造りの教会と共に豊かな緑が続き、本当に瑞々しい夏の夜の散策ができた・・・。時間帯は もう21時を回って、22時になろうとしていたが、まだまだ残光があり、日本の同時期の19時くらいの印象を受けた。▼宿泊ホテルすぐそばに位置する現役のWindsor城▼現地7/5(火)この日は 当初 事前打ち合わせを予定していたにも関わらず、前日の7/4(月)の夜になって、今回の纏め者の1人であるスイス人の同僚から『事前打ち合わせは本番のある7/6(水)の午前中に集中実施するので、急で申し訳ないが7/5(火)は 自分たちで時間を自由に使ってほしい。 周囲の観光情報なども添えて、後で改めて連絡するから。』というなんとも拍子抜けするような事態が発生した。(それならばフライトを1日延ばしていたのに・・・。)普段は こうした海外出張の全般のスケジューリングやAgenda策定含めて、私自ら取り纏めるのに対して、今回の案件では そのタスクが欧州チーム側にあり、我々は技術的な分野での後方支援に集中すればよい立場にあった・・・。したがって、このような状況になってしまうと案件をコントロールできないため、7/5(火)はやむなく、朝から比較的近辺を散策することとした。結果的に、10時から15時くらいはホテルから『Slough(スラウ)駅』を経由した近所に位置するWindsor城まで 不慣れな路線バスに乗って出かけ、3時間ほど時間をかけてじっくりと見学した。このWindsor城(上の写真参照)は 築後900年以上が経過するお城であるが、いまだ現役であり、今でもエリザベス女王の公式行事に使用される他、床面積が45,000平方メートルもあり、現存する居城としては世界最大であるという。外装および内装は いずれも豪華絢爛としか言いようがなく、当時の大英帝国の勢力がいかに絶大であったか、いやでも思い知らされるといったところだった。このWindsor城見学の後『Slough駅』に戻り、15時半から17時半くらいまでは、快速で20分ほど離れたLondonはPaddington(パディントン)エリアに出かけてみた・・・。この後、ホテルに急いで大返しし、18時からホテル1FのBarで 合流した そのスイス人の同僚と米国人と事前確認のためのラフな打ち合わせを開始した。続きは また続編にて・・・
2011/07/10
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いやぁ、暑い! やっと7月に入ったが、それまでの6月の暑さを見ると、例年の6月とは比較にならないほど暑かったと言って間違いないだろう。私のOfficeは 大口契約者(当然、法人)であるが、館内の装置を大幅に止める施策を敢行しているために、執務室の冷房はまだ比較的好調に効いているが、それだって当然、タダで手に入るものではなく、暑くなる前に様々な組織的な手を打ってこその涼しさであると言える。 その実、インテリジェンスビルでは一般的な『開かない窓』に対し、一様に遮光フィルムが貼られ、巨大な執務室の天井に埋めこまれた蛍光灯は半分が撤去され、エレベータのサービスも大きく間引かれたり、止められたりしながらの操業であるが、今のところ、皆元気である。・・・そんな中、7/4(月)~7/9(土)の日程で、イギリスはロンドン近郊に海外出張に出かけることとなった。しょっちゅう出かける米国西海岸はシリコンバレー・エリアとは異なり、ヨーロッパへの海外出張は 1999年のドイツ・マンハイム、2005年のスペインはマドリッド、2008年のフランスはモンペリエに続いて、4回目となる。ヨーロッパのご多分にもれず、飛行時間は長く、行きは偏西風に対して向かい風となるため直通で13時間もかかり、偏西風に乗る帰りだって12時間もかかる。救いは、そのわずか1週間ではあるものの、今の日本よりも大幅に涼しいことと、出張先のBizパーク一帯が美しい(らしい)ことくらいだろうか・・・。いずれにせよ、頑張ってこようと思う。 皆さんも暑さに負けず頑張って下さい!
2011/07/02
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