全29件 (29件中 1-29件目)
1

2018.12.31
コメント(1)

昨日の雀は引っ込み線に留まって逃げず慌てず落ち着いている 普通は人の姿を見ただけで飛び去るのに病かなと心配したほどだ。 番で来ているのだから病のはずはあるまい。 3メートルの近さに寄って何度もシャッターを切った。 * 拡大して見て雀の相がきついのに気づき肉食動物の風貌と知った。 本格的に冷え餌も減り越冬の苦しみを共有したいと訴えているのか。 初めて人の生類類憐みの気持ちを理解し始めたのか。 だったら小雀にも人との信頼関係を密にするよう指導するがいい。
2018.12.31
コメント(2)

瑠璃ビタキに逢いたくてもみじ谷から徳川博物館まで散策した。 期待が外れヒタキ類、目白達には全く出会わなかった。 櫻川の崖中腹に柿がたわわに生っていたが鴉と鵯が独占していた。 特に鴉の威勢は脅威的で小鳥は深い森の中に避難しているのかも。
2018.12.30
コメント(1)

庭の彼方此方に万両の実がたわわに生っている。 でも、野鳥が啄んた跡がほとんどない。 今年は山野の生り物が豊作で食糧事情は潤沢なのか。 でも、藪蘭、老爺柿等は殆ど平らげられている。 * 庭に訪問する野鳥の種類と数が激減した。 今年は野鳥の環境でもいろいろな変革が生じたのか。 人間社会も自然災害が多発した年であった。年が改まるにあたり 「安而不忘危。存而不忘亡。治而不忘乱」を噛締める。
2018.12.29
コメント(3)

. 翅を震わし小口を開けて微かな声で呼び合う庭の目白。 学齢のころ目白仲間で山林を駆け回ったことを思い出す。 この啼き方をみんな「クデル」と言っていた。 スマホで調べると「口舌」の動詞化。「クゼル」かもしれない。 * 「クゼル」には鳥が盛んにさえずるの意もあるらしい。 「子飼いからくぜる宿屋の燕かな/玉丈」も紹介されている。 「くぜる」が訛って方言化したものかと考え疑問が解けた。 が、今までの様にクデルという言葉を使ていいかが問題だ。
2018.12.28
コメント(1)

昨日、庭に番の目白が来た。つかず離れずに囀りあっていた。 目白は少なくなり絶滅危惧種になるのかもと心配するほどだった。 目白を追った相棒たちも全て黄泉に行ったがこの鳴き声が聞こえぬか。 目白はいろいろな鳴き声を発して会話する。 * 「クデル」という言葉は最近使われずネットでも検索できない。 雄雌の愛の交換の手段なのだろうが方言かもしれない。 目白の好きな餌は蜜柑の他に百日紅の実もそうなのかもしれない。 まだまだ十分あるから何度でも来て「クデリ」を聞かせてほしい。
2018.12.26
コメント(1)

根元辺りが際立って明るい。ワケを調べている。不可思議ではなくレンズのいたずらかも。 昨日は近くのフードセンターで年末首の食材の買い物をした。 妻を連れだしたが1時間半の買い物に全く音をあげなかった。 主婦の勘を取り戻して男に気付かないものを籠の中に入れていた。 もう既に怪我以前の状態に回復した感があり安心した。 * 帰宅すると農業兼業の仕事仲間が精米したての米を届けてくれた。 高齢になってまだ米作りをしている彼に元気を貰った感がする。 彼の細君も病で仕事ができないのを良くカバーし模範を示してくれた。 彼の奥さんへの土産を差し上げ乍ら「よいお年をー」と言って別れた。
2018.12.25
コメント(1)

前日の雨が凍っていた早朝の冬菊 プランターの冬菊が咲き始めた。寒菊は黄色というが赤系統の花なので冬菊と言えば間違いなさそうだ。ビオラの苗を買うときに一緒に籠に入れたもの。連日の本格的な冬の寒さを 堪えて強かに咲き始めた。*一輪挿しで庭の様子を妻に伝えたいが折角咲いた花を切るに忍びない。スマホで撮って冬菊に負けるなと元気づけたい。ビオラは毎年苗を植えるが寒菊、冬菊は一度も植えた事がなかった。来年は各種の冬菊を植えて冬の庭を華やかにしたい。
2018.12.24
コメント(1)

左 ヒヨドリ 右 キジバト庭先で啄んでいた雉鳩が電線でその状況を観察していた鵯に近づいた。 睨みをきかせて飛んできた雉鳩の姿に鵯は恐れをなして飛び去った。 自分の餌を横取りされたわけではないのに鵯を追払う必要性はない。 しかもここは鵯のホームグランドではないか。 * 鳩は平和の象徴とされているが実態は利己主義で攻撃性の塊か。 以前、雉鳩が雀を従えていた姿を見たが或いは日和見主義の権化かも。 好戦的な人間が平和の大切さを悟り鳩に平和の願いを込めただけか。 今将に第3次大戦の危機にあり恒久平和は鳩の画餅に等しいのか。
2018.12.23
コメント(1)

包装を解いて出番待ちの竹箒 昨日、ホームセンターで年末用の買い物をした。 通用口の辺りに竹箒が陳列してあったのでカートへ反射的に入れた 買う予定外であったが新しい年を迎えるための大切な道具。 使えば周りが清潔になり、同時に自らの腕、腰辺りの筋力が躍動する。 * 去りゆく年に竹箒でさりげなく別れを告げ 新年を清清しく迎えよう。 特に今年は庭の剪定を 強めにし伐採もしたから庭中明るくなった。 これで新春の光を満遍なく頂ける環境も整った。 この竹箒一本に諸々の願いを込めて明日からの出番に期待した。
2018.12.22
コメント(1)

椋鳥が止まっているテレビアンテナに鵯が飛んできた。 椋鳥は若鳥で群れから逸れて鵯の縄張りに入ったと思われる。 鵯は闖入者の親鳥を一緒になって真剣に呼んでいる。 空腹の幼椋鳥にとってこの瞬間が生きるか死ぬかの瀬戸際のようだ。
2018.12.21
コメント(1)

今季最後の山茶花が咲き残った。寒気、霜を避けて葉と葉の間に隠れて辛うじて花の色を保っていた。そのほかはすべてうす茶色に変色したか散ってしまった。この花も風前の灯、年が改まって椿の季節につなげられる。
2018.12.20
コメント(1)

温かいので探梅行と洒落込んだ。 ゆっくりと偕楽園を歩いて一輪の花に巡り合えた。 ふっくらとした蕾をたくさんつけているから狂い咲きではない。 先週の寒気を体感して開花のチャンスをつかんだに違いない。 * 斉昭公は梅の実を兵糧の目的にしたため探梅は眼中になかったようだ。 結果、偕楽園創設時の老木は全く咲いていなかった。 多分、平成になって偕楽園拡大の際に早咲きの梅木を植えたのであろう。 斉昭公の質実剛健の性格を垣間見る想いがする。
2018.12.19
コメント(1)

遠祖は子供にヒモジイ思いをさせないよう屋敷に柿の木を植えた。しかし住宅開発でほとんど伐採されて残っているものは数少ない。 これもその生き残りでそう思うと春夏秋冬その樹が気がかりだ。 よく見ると此の樹に映像の様に乾燥した柿の実が一つついている。 * 樹になったまま秋の高温で乾燥し、身を軽くしてぶら下がっている。 縄文の 人達はこの様子を見て渋抜きのヒントを得たのであろうか。 そうとは知らぬ野鳥は全く近寄らず干し柿は寒風に晒されている。 これも木守柿。木ばかりでなくその一帯の平安を守ってくれている。
2018.12.18
コメント(2)

今の尉鶲は人に馴れず小高い枝を飛び回り地面近くの構築物に来ない。 もっと寒さが続いて食料が乏しくなると撮りやすい場所に降りてくる。 尉鶲を追っていると柿の葉が異様に明るく落葉しないものを見つけた。 奇跡でもなんでもなく幹に枝で押さえつけられているものだった。 * 葉が隔離されてから相当の日数が経っているのに頑張って張り付いている。 何時落とされ何処へ飛んでいくかが面白い。 年を越しても葉の色をとどめて幹に張り付いているのを見たいものだ。 葉っぱ一枚、明日はどうなっているかと関心を持つのも有意義ではある。
2018.12.17
コメント(1)

今朝6時頃の撮影 今朝の気温、-2度。いよいよ寒さが本格的となった。 庭先の小松菜も縮れて寒を閉じ込め、将に耐寒力の塊だ。 それを豆腐、イゴマ等を入れた具沢山の味噌汁とした。 それを食すれば小松菜の酵素とビタミンで耐寒力も鍛えられる。 今日は妻が独力で庭を散策する計画を立てた。 前日に室内の廊下を何度も往復して転ばぬ自信を身に着けていた。 その味噌汁は自ら計画を立てた餞の馳走であり活力源だ。 寒締め菜も朝採りも自分が生きているからできると自負している。
2018.12.16
コメント(2)

2018.12.15
コメント(1)

毎日通るアプローチに水仙の花が咲いた。 何かの悪戯で花茎も葉もダメージを受けたが咲けた喜びに浸っている。 それを見ると元気が湧いて「行ってくるよ。」と言いたくなる。 花は惜しみなく元気を呉れるが人間社会は不安がつきまとう今日この頃。 * マスクをしてインターホンで来意を告げた人にどうしたのと尋ねた。 上司からマスクをするようにと指示されただけと言ってマスクを外した。 寒いから風呂で温まって就寝しなさいとテレビでアドバイスしている。 それは普通の家庭風呂での死亡事故を増やす危険を拡散していると感じた。
2018.12.12
コメント(3)

急に冬らしくなり、木々の枯葉が舞っている。 庭の中央に備えたガーデンチェアにはふっくらと木の葉が積もった。 庭仕事のときはこの椅子等を用いて休憩方々木の将来像を頭に描く。 それももうこの寒さになっては家の中に移ったがーーー。 * でも、花の撮影時にはこの椅子を用い野鳥を待つときもある。 枯葉を敷いた椅子はなかなかの風情を感じ寒さを忘れて長居する。 時には七輪を用いて火を焚き炭をおこしたりもする。 先祖や自分の手で育てた木々と一緒に時を過ごすことは実に楽しい。
2018.12.10
コメント(1)

神式の結婚式典に参列したが神主の言葉が小声で不満タラタラ。 でも、自分は大きな声で自己紹介したから気が晴れ晴れとしている。 帰宅して躑躅の根締めの瓦礫に百両の実が生っているのに気づいた。 百両と名付けられた当時(江戸時代)の評価額は750万円らしい。* それも、葉が斑入りとか捩れたりで異色の物の人気度を表した評価。 古来、評価する癖がついて今は土地とか家屋に値を付けたがる。 その値が自分の持物の価値であるとされるがそれも目出度いことだ。 百両は「万両千両あり通し」に仲間入りできず縁起物から遠ざけられた。
2018.12.10
コメント(1)

12月8日軒先の梅の小枝に生贄をしたのは誰かと問題を提起した。 今まで自宅周辺に鵙が来た気配がないから鵯かもしれないと思った。 しかしアンテナに鵙が止まっていたので鵙であることの確証を得た。 このような住宅地にまで鵙が来るとは驚かされた。 * 約2キロ離れると偕楽園緑地帯があるが何故に人家近くに出没するのか。 それほどまでに緑地帯には昆虫や小鳥等が少なくなったのか。 緑地帯は美観保護のために除草作業、薬剤散布等が頻繁にされるためか。 目白等の小鳥の現象と何か関連があるのであろうか。
2018.12.09
コメント(2)

大木もない住宅地の一角に鵙が来るはずもなく また嘗て鵙の鳴き声を聞いたこともないのに 軒先の梅の梢にカマキリの生贄が刺さっていた。鵙の知恵を学習した鵯かナンテ思いをめぐらした。
2018.12.08
コメント(2)

夫婦は向き合って生活すべきであるのが私の信条。 でも、雀たちは群れに入っても目を背けあっている。 実は天敵をキャッチするには向き合ってはならない鉄則がある。 特に、辺り一面が落葉しては不安だらけで気が休まらない哀しさがある。
2018.12.06
コメント(2)

庭先の蝋梅が咲き始め周囲に芳香を放っている。 これは活花の枝を地面に挿して30年、その場所で高木になった。 今年は庭師が強剪定して3メートルの高さにし枝の広がりを狭めた。 調べると「素心蝋梅」。名前も意味深長で夫婦で可愛がっている。
2018.12.05
コメント(1)

異常気象で道路際に高砂百合が咲いていた。日中に気付いていたが忙しくてカメラを取り出すいとまがなかった。夕刻になって撮ったから暗い画像となったが師走の花らしくなった。根あかに対して根暗を非とされたがもうその時代は終わった。
2018.12.04
コメント(3)

駐車場の仕切りに植えた侘助が咲いている。 侘助は俯き加減に咲くと言うが視線を隠そうとしている花もある。 テレビアナが前髪で片方の目を隠している姿が気がかりであったが。 侘助もそれを真似ているのか。実が生らないのを気にしているのか。
2018.12.04
コメント(2)

二年前茶毒蛾に侵され耐えに耐えた炉開きの花が咲いている。枯死を覚悟したが患部を摘除し生還を祈った。妻が室内で転倒し寝たきりを克服したのと全く同じ様相だ。炉開きの花は3月ごろまで咲くがその笑みは新春への希望の光だ。
2018.12.03
コメント(2)

約半世紀前、妻が植えた「べにしだれもみじ」が真っ赤に色づいた。 庭に樹を植えた事は主婦の座の自覚と主張の顕われと黙って見ていた。 春の芽吹くころ、わざと「誰が植えたの?」と聞くのが習わしになった。 老爺柿が枝を伸ばしてその遣り取りを一部始終真似ているかのようだ。
2018.12.02
コメント(2)

此の蜘蛛、毒蜘蛛の画像と違うから恐れるに及ばない。 でも、彼方此方の防犯カメラの近くに網を張られると迷惑千番だ。 デスプレイに白い塊となって画像を汚染し効果を半減させられる。 尉鶲が退治してくれると期待しているが期待外れである。 * 幾千里の海原を渡来してきた尉鶲にとり蜘蛛は格好の蛋白源だ。 テレビアンテナ辺りで呼んでいないで働き方改革をし体作りに励め。 蜘蛛の網の粘着物が怖いのなら雄を呼び蜘蛛退治の共同作戦をせよ。 頻りにお辞儀をしているがお辞儀は馳走にありついたときだけでいい。
2018.12.01
コメント(1)
全29件 (29件中 1-29件目)
1