2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全16件 (16件中 1-16件目)
1

ようこそ、お越し下さました。平群町、何と読むか解りますか?へぐりちょう と読みます。奈良県生駒郡平群町で、法隆寺なんかがある斑鳩の傍にあります。なかなか歴史のある町なんですよ。ここに(道の駅へぐり)があり、ここを拠点に付近を散策しております。近くには信貴山、生駒山、斑鳩の里、電車を使えば奈良市内にも行ける。この地に、大阪四天王から奈良の竜田や法隆寺とつながる街道がある。十三峠越えだ。古くは聖徳太子が法隆寺から四天王寺に通った道(聖徳太子伝私記)との記述もある。十三峠越えは、標高で言えば五百メートル足らずであったか、聖徳太子はきっと馬で越えたと思われるが、きつい道程となったと想像できる。また、東京墨田区の地名にもなっている業平(なりひら)は平安時代の歌人・在原業平(ありはらのなりひら)でありますが、業平が竜田(平群町)から十三峠を越えて枚岡神社に参詣したおり、茶屋の「梅野」という娘に恋をして、八百夜も通いつめたといわれる、『業平の高安通い』の道として伝えられている。この言い伝えにより、『業平道』とも言われているそうな。ここに、百人一首で有名な業平の歌をちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは現代訳は不思議なことが多くあったという神代の頃にだって聞いたことがない。竜田川(大和川)の綺麗な紅葉が、流れる水を鮮やかな赤色の絞り染めにするなんてとなるのですが、凡人の私には良く解りません。西暦825年生の業平が歌った竜田川、1100年を越えてその美しい紅葉は見る人を楽しませてくれています。竜田川の紅葉は、今も美しいですよ。十三峠の少し手前に、杵築神社があります。この日、何やら地元の方々が集まって何かやっている所に行きつき、普段は無住の神社ではあるが、はからずも地元の方に拝観させていただける栄に浴しました。面白いことに、神社にもかかわらず、本尊が聖観音坐像で、脇尊として祀られる2m近い巨像は、インドに赴く玄奘三蔵を砂漠で助けたとされる珍しい木造深沙(しんしゃ)大将立像です。これは、室町前期の作と言われ、初めて聞かされたお名前でした。神社なのに、本尊が観音様で、脇侍が十二神将のような逞しい武人の神。まるでお寺さんですね。これは、明治維新の廃仏毀釈の影響でしょうかね。いかに古道とはいえ、開発の手が入ってそのほとんどが舗装道路。千年以上の時の流れがあったとしても、そうは感じさせないのは何故か。六十四年の私の今生も、もう何度となく繰り返してきて今に至っているのではないか。三次元世界の生の完結に向かって、その完成度を高めているのか。相方とおしゃべりを楽しみながら旅を続ける人と、ほとんど寡黙で心の中でもう一人の自分と対話する人、私は後者の方か。千年の時の流れは重く、時には時空を超えて軽く伸びやかに私を包む。そんなこんなで、小春日和を越して初夏のような気候の中で、のんびりと往復五時間の散策を楽しめることができました。大阪側の峠から見た大阪市街。夜景が大変きれいとかで、多くの車が来られるそうですよ。
2014.11.30
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。伏見稲荷の千本鳥居をどんどん登りって行くと、稲荷山に上がって行きます。奉納鳥居の間の石段を、何百段登ったか、相当数あります。外国人から見た伏見稲荷は、日本の観光地では人気NO1との事。東山や嵯峨野よりも人気は上。ちょっと意外でしたね。鳥居が無数に立ち並び、鳥居のトンネルをどこまでも歩くのは確かに圧巻です。この長い石段をものともせずに、登ってくる外国人多数あり。登るにつれ石段も少し狭くなってきて、鳥居の羅列も十分堪能したので、途中から左(北方面)にトレイル道を折れ、東福寺に向かう。東福寺は、奈良最大の寺院である東大寺と、最も盛大を極めた興福寺になぞらえようと、東大寺の「東」と興福寺の「福」の字を取り、京都最大の大伽藍を造営したのが嘉禎2年 (1236年)。それより実に19年を費やして完成したのが東福寺だそうです。本堂に鎮座しているのは、釈迦三尊像。そして、本堂の天井に描かれた龍図。本堂は仏法を大衆に解く場所で、龍が法(仏法)の雨を降らすとされ、また龍は水を司り「火災から守る」という意味も含まれていますね。だから、多くの寺院では龍図が多く見られます。東福寺(本堂)の天井画の龍図は、堂本印象画伯の作品。天井に140畳を超す大きさで描かれた龍は、体長54m胴回り6.2mに及ぶ。寺の小僧に墨をすらせ、箒のような筆でこれをわずか17日で完成したといいます。どうです、圧巻というか、・・・普段本堂の中には入れませんが、龍図は外側から見ることができます。(この画像も、戸の隙間から撮りました)この寺院も紅葉の名所とされておりますが、どうも私の頭の中がモミジ焼け?かなんかで、紅葉は少し遠慮したいとノタマっておりますので、足早に退散いたしました。JRの駅に向かって歩いていると、昼時でもあって小さなお蕎麦屋さんらしき店をを発見。そこには90歳になられたおばあさんお一人が「いらっしゃい」と言ってくれた。決して清潔とは言い難いお店でしたが、入店してかけソバを注文。(この日はかけソバとかけうどんしかメニューがない)店の前の通りは、東福寺からの帰りの人で結構な人通りにもかかわらず、他にほとんど昼食を食べさせてくれる店がないにもかかわらず、昼時にもかかわらず、お客が入ってこない。よっぽど道路に出て客引きでもやっちゃうかなと、心配になってきた。店主さんはとても90歳とは思えない、味はともかく、しっかりした女将振りでした。「店を開けても、いつもお客が来ないんだけど、今日は良かった」と言って、笑っていたっけ。何でお客が来ないんでしょうね。準備中とかの札がかかっているわけでもなし。摩訶不思議なお店でした。おばあさん女将といろんな話をして、500円×2杯分を支払い店を出たが、何故か心の中がホッコリしていた。本当は、ソバが600円して2杯分だから1200円、それで1500円出して「お釣りはいいよ」と言って店を出たかったんだけど、勘定が1000円ぴったりだからそれもできず。店の壁には、「87歳の女将さん」という新聞の切り抜きが張ってあった。きっと、名物女将なのかもしれないね。「いつまでも、元気でお店を続けていて欲しいな。」と声をかけて店を出た。また来年京都に来たら、このお店に寄ってみよう。
2014.11.28
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。天候が下り坂になるという事で、それまでの間にいくつかの神社仏閣を訪ねてみた。まず、キャンカーを京都から少し下った宇治の有料駐車場に止める。我がボレロは、ちょっと大きめのキャブコン。一番多く乗られているキャブコンは、全長が5メートル以下というのが多いようだが、ボレロは5、5メートルと少し長い。巾も2、2メートルと大きいので、駐車場を探すのに選ばなくてはいけない。宇治では有名な平等院そばの大き目駐車場に入れる。料金は1日700円。(夕方までで、夜間は別料金)事前に1日廻るのに都合のいい場所を選んでおいて、そこに駐車するのがお得ですね。この日の予定は伏見稲荷と東福寺。勿論、平等院も見たいけど、平等院の東から上がる朝日と月を見たいという願望が、どうもタイミングが合わないため断念する。何もかにも見てしまうと、次回の楽しみが薄れるもんね。まず、JRで伏見へ。近頃は、少し離れていても駐車しやすい場所に車を置いて、歩きや公共機関を利用して移動するパターンが多いかな。この方が、車と違って物を見る目線が違うので、旅を楽しめるみたいです。「伊勢屋稲荷に馬のクソ」とは江戸を歩くとどこでも出くわすものの例えを言ったもの。ここ京都伏見稲荷は、全国に3万所あると言われる稲荷社の総本山。稲荷の語源は「稲なり」らしい。稲穂を口に咥えた狐さんもいるようだしね。稲荷は、やはり五穀豊穣の神様ということか。商売人にとっての豊作は、お客様がたくさん来て下さること。だから、商売繁盛の神様にもつながる。日本人は、神様のお役目を自分たちの都合で脚色してきて今日に至った。それがまた、神社仏閣の経営にも好都合。うまく、辻褄が合うものですね。千本鳥居とは言われていますが、今では数万本とのこと。その奉納鳥居のお値段、高いと思いますか、あるいは安いと?
2014.11.26
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。古今集に「モミジの永観堂」と詠まれるほど、数ある京都紅葉名所のなかでもひと際紅葉の美しさで知られる永観堂に行ってみた。ここは、京都東山の北の方か、南禅寺の奥にあります。正式には禅林寺。禅林寺の中興の祖と言われる住持の永観が、真言宗から念仏宗に替え毎日一万遍の念仏を日課としたという。その名を取って永観堂だ。いや~~、驚きました。ここの紅葉は話題以上で、現かあの世のものか、見まがうほどに美しい。かろうじて現と判断できる材料は人混みか。まずは、下手な画像でご勘弁を。どうです、堪能できましたか。永観堂は、「見返り阿弥陀仏」という、後ろを振り返った阿弥陀様が有名です。来迎時に浄土へ戻る際、往生者を見守るために振り返るのだと考えられているようですが、何故かこの像に出会った人は、自分がまっとうに歩んでいるか、振り返りながら、見守って下さっていると思ってしまうようです。だから、人気が高いのでしょうね。私は、この襖絵に心を動かされました。正式な「題」も誰の画かも知らないのですが、「火と水」がテーマかなと思うだけですが、横6メートルくらい、縦2メートルくらいの襖絵です。この襖絵が、一つの部屋の両側に描かれている。どうです、圧巻でしょう???この部屋で瞑想なんかしたら、どこまで飛んで行ってしまうのか・・・
2014.11.24
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。旅も、25日になろうとしております。早朝の「道の駅琵琶湖大橋米プラザ」からの朝焼け私の朝は、毎日暗い内から起きていますので、その日の夜明けを迎える時が楽しみの一つとなってます。だから、このような朝焼けが見られる日は、「又今日も、素敵な一日が迎えられる」と、思わず手を合わせてしまいます。この日の予定は、比叡山です。世界遺産である観光地は、この時期は紅葉と相まって大変な人出となります。こんな時は、朝の開門と同時に寺内を廻らないと、とんでもない人混みに遭遇してしまいます。そして、出来れば11時頃までに切り上げること。これを過ぎると大変なことになる。それからはランチをいただき、キャンカーで昼寝を楽しみ、夕方前に温泉に身を浸し、夕食の買い物、そして泊地へ。こんなのんびりとしたペースがいいみたい。さて、比叡山延暦寺。平安京では陰陽思想である鬼門の方向に、京を守護する比叡山延暦寺が建てられたとされています。それを日本天台宗を確立するために任されたのが、ご存知の伝教大師最澄ですね。最澄は、空海と共に共に渡って経典を数多く集め、日本に持ち帰った僧ですね。ここに、「不滅の法灯」という、1200年間消えたことがないとされる法灯があります。しかし、織田信長の「叡山焼き討ち(440年前)」の際には「不滅の法灯」は確かに消え去っているのです。何もかにも火を放たれて灰塵と帰したからです。なのに1200年も受け継がれているということは、法灯は分灯され「立石寺(りっしゃくじ・山形県山形市山寺)」で灯し続けられていたのです。その後、立石寺のお灯明を元の延暦寺に再分灯されたと言われています。比叡山東塔の中心となる根本中堂です。「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」とは、最澄の有名な言葉ですね。一隅(いちぐう)とは、今、あなたがいるその場所。自分の置かれている場所で、ベストを尽くして照らす。あなたが光れば、あなたの周りも光り、その小さな光が集まって、日本を、世界を、やがて地球を照らそうという教えですね。お釈迦様が言われた「自灯明」という事でしょうね。この生き方は、ある意味で「自分を無くす」ことから始まり、その中に「自分を見出す」ことに終わると考えます。3次元社会の制限のある世界で、「自分を無くす」あるいは「自分色を薄める」ことが、仏教の修行の根幹をなしているとも言えましょう。その道は、果てしなく遠いと思われましょうが、まず一歩から始めたいね。
2014.11.23
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。天橋立を望む山の中腹にある、西国三十三所観音霊場二十八番札所、成相寺に寄せていただきました。天橋立から少し上がった所にあり、眺望が素晴らしい所。ここで言っている「成り合う」とは、願いがかなうと意味だそうです。寺伝によると、一人の僧が雪深い山の草庵に篭って修業中深雪の為、里人の来住もなく食糧も絶え何一つ食べる物もなくなり、餓死寸前となりました。死を予感した憎は「今日一日生きる食物をお恵み下さい」と本尊に祈りました。すると夢ともうつつとも判らぬ中で堂の外に傷ついた鹿が倒れているのに気が付きました。僧として、肉食の禁戒を破る事に思い悩んだが命に変えられず、決心して鹿の腿をそいで鍋に入れて煮て食べました。やがて雪も消え里人達が登って来て、堂内を見ると本尊の腿が切り取られ鍋の中に木屑が散って居ました。それを知らされた僧は観音様が身代わリとなって助けてくれた事を悟り、木屑を拾って腿につけると元の通りになりました。天橋立観光協会HPよりこのお話から、成相寺の本尊は身代わり観音として有名な聖観世音菩薩です。大変美しい観音様と言われているので、本堂で目を凝らしてみましたが、残念ながらそのお姿は遠くて暗いためよく見えませんでした。紅葉のグラデーションが美しい「願えば叶う」という言葉はよく聞きます。私の体験の中でも、これは何度も経験させていただいております。スポーツの世界でも、「こう成りたい」と子供のころから強く思い続けると、それが実現したという例はたくさんありますね。「思い」は、事を為すための重要なエネルギーと考えます。「思い」は、強く思う事でそれが現実に近づき現世の人生が形成される、と信じ切ることが大切と思います。この日も、観音様にこうして旅を続けさせていただいていることに、深い感謝の気持ちを祈らせていただきました。そして、再び京都経由で今日の泊地である琵琶湖湖東にある「道の駅琵琶湖大橋米プラザ」に向かいましたが、こんなことがありました。大津市で、車のナビが「ななめ左方向」に行けと言う指示に。ところが「ななめ左方向」は2本ありました。そこは、ちょっとややこしいインターチェンジになっていて、結果として間違った道に進んでしまった。「まあいいか」と思い、そのまま進んで元の正しい道に戻ったら、なんと軽ワゴン車が横転して反対車線に転がっているではないか!!!事故後すぐの時だったらしく、救急車も来ていず、やじ馬も集まり始め、ドアをこじ開けて救出しようとしている人も現れと、大変な状況に出くわした。その時、思いました。「ななめ左方向」に間違わずに進んでいたら、この事故に巻き込まれた?いや、横転してていたのはこの私達が乗っているキャンカーだったのではないか・・・そんなことが頭をよぎったのです。カミさん曰く、「観音様が助けて下さった」と。「どなたかの存在が、いつも見守って下さっている」と私よりも強く思っているカミさんは、早速手を合わせていた。すぐに頭をよぎったこの歌。何事のおはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる西行法師「運がいい」「偶然だ」と言われる事は、そのすべてにある「思い」が強くあって、その力が“時空”すらも捻じ曲げるくらいの強烈なエネルギーが介在していると思われる。だから、「感謝」なんですね。
2014.11.21
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。初めて越させていただいた天橋立。日本三景の一つという事は、教科書に乗っていたので解ってはいましたが、どうしてこれができたのか、知らずにいました。調べもしなかった。海底が隆起してできたのか、あるいは火山の噴火で湾が堰き止められて出来た土地なのか。民話では、神々が地上に降り立つために作られ、それが壊れて落ちたものというような話がありますが、実際はこうだそうです。今から約4000年前、丹後半島の東側の河川から流出した砂礫が海流により流され、野田川の流れからくる阿蘇海の海流とがぶつかったことにより、江尻側よりほぼ真っ直ぐに砂礫が海中に堆積し出来たものといわれています。(京都府のHPより)天橋立には、5000本もの松が植えられていて、その存続には大変苦労されていると聞いております。土に栄養がたくさんあると、わずかな根で栄養を吸い上げられるため、しっかりと根を張らなくなり、台風などの強風により倒木という羽目になるそうです。だから、富栄養化を防ぐために落ち葉や下草を取り除いたり、土を入れ替えたりと、ご苦労されているそうです。栄養の高い土壌では、松よりも広葉樹が繁茂するそうです。往復約4kmの天橋立の松の中を歩くと、巨木の松が斜めに倒れ掛かっているのをたくさん目にします。数年前の台風で、200本の松が倒れたとのこと。そんな中で思うこと。この過去から伝わってきた美しい風景遺産を後世に残すには、まず無料で天橋立に入場できるのを有料にすることが大切な一つでは、と思いました。金額は、一人300円程度かな。年間数億円を集められれば、この予算で何とか・・・まあ、こんなことは余計なことだね。行政がしっかりと考えていることだしね。いま日本がどんどん変わって行く姿を日毎に見せつけられていることに、憂慮を感じている私です。古き良きものを後世に残すことが、大切なんじゃあないかなと愚考する次第です。丹後地方って、いいとこだな。道端で売っていたみかんも安いし旨いし。
2014.11.19
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。週末の京都を避けて、京都府北部の日本海側にある、日本三景の一つ、天橋立に向かいました。ここは、今まで毎年のように京都に来ていたにもかかわらず、初めて訪れます途中に舞鶴の「道の駅とれとれセンター」に寄ってみた。「とれとれ・・・」は、南紀白浜にある「とれとれ市場」を想定していたので、新鮮な魚介類を安く提供している所かなと勝手に思い、少し期待して寄りました。南紀にある「とれとれ市場」は数年前に南紀にウィークリーマンションを借りて熊野古道を歩いていた頃、毎日通って晩御飯の魚を調達していた所。ちょうど昼時だったので、どこかで昼食をと思ってぐるっと回ってみましたが、どうも南紀のとれとれ市場とはかなり違う。陳列されている商品の8割くらいは魚の干物や加工された乾物で、刺身が少ない。期待していたブリもない。店員に聞いてみたが、「回遊する時と来ない時があるからね~~」と、はっきりしない。スーパーの店頭には出ているのに、ここにはないという???南紀では、いろいろな種類の魚を刺身にして並べ、自由に好きなものを取って食べられました。勿論、ご飯や汁もね。そんなコーナーがない。仕方なく、中の食堂に入りましたが、メインメニューは丼物。いくらやネギトロ、明太子に鉄火といったものを丼に乗せたもの。そんなものはどこでも食べられるわけで、日本海の傍の舞鶴に来たのだから、それらしいものを食べさせてくれるものと思っていた私達はちょっとがっかり。しかたなく、どんな刺身がのっているか解らない“刺身定食”を食べた。(メニューに写真なし)そしたらなんと、プラスチックの器で出されました。まるで、学校給食?のように。思わず、カミさんと二人して笑っちゃいました。今時、学校でもプラ容器は使わない?失礼しました。「観光地に旨いものなし」とは言われていますが、ここは町中です。島で、いつも美味しい刺身を食べさせていただいている私達、それを素敵な器に盛っていただいている。それと比較はできないかもしれないけど・・・まあ、これも「反面教師」としていい勉強です。店側にとって何百人の中の一人の私かも知れないけど、私から見たお店は一つだし今日のランチは一回だけだ。いろいろと旅先で食べてきたけど、こんな「はずれ」は初めてでした。いつも、「当たり」ばっかりだったからね。はずれがあるから、当たりの良さがわかる。塩があるから砂糖の甘みが解る、なんちゃってね。はずれを楽しみ、当たりに遊ぶ。はずれは当たりをより劇的にするスパイスのようなもの。はずれを当たりの一部にすればいい。ねえ、そうですよね。そうそう、長々とこんな事ばっかり書いてすみません。天橋立は、次回になちゃいます。天橋立の根っこにある日本三大文殊と言われている智恩寺の境内にあるご神木。なんか葉っぱが島にたくさん生息しているタブの木のそっくりで、ぐるっと回ったら立札が。これ、タブの木なんですね。島にたくさんある、あのタブの木。(島ではこの木を“モチノキ”と称している)霊木ですか。するってーと、霊木が生い茂っている網地島は、いったいどんな島なの??
2014.11.18
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。島を出て、今日で18日が過ぎました。こんなに長く旅を続けていられるなんて、何と幸せなことでしょうか。あっちゃこっちゃと立ち寄りながら、昨日、やっと京都に着きました。こちらの紅葉は少し遅く、これからが見頃のようで、まるで紅葉を追い駆ける旅になったみたい。昔、こんな歌があったな。♪なのにあなたは京都に行くの、京都に町はそれほどいいの、この私の愛よりも~~♪BY チェリッシュこの曲を知っていらっしゃる方は、40代後半、否50台以降か。ピュアな歌声が素敵でしたね。そうなんです、京都はそれ程いいんです。あなた(カミさん)の愛と一緒に~~なんちゃってね。京都の町は、車中泊する所が非常に少ない。もちろん、都会はどこでもそれが少ないのですけどね。まず京都に入って、泊地候補の東山にある将軍塚に来てみた。将軍とは、言わずと知れた坂上田村麻呂ですね。大日堂の紅葉庭園にくつろいでいるアオサギかこの無料駐車場は、何やらイベントがあって駐車できそうもない。お昼も近くなったので、まずは京都に来たら必ず行くラーメン店へ。京都でも三指に入るという人気店「いいちょ」へ。http://missanthropy.org/iichiyo/いつも通りの美味しさか。満腹となったので、寺町通りのアンティークのお店を覗きながら市バスで移動。京都市内の観光は、1回230円で乗り降り自由なのですが、一日通しチケットが500円なので、これを買って何回でも使えるから便利。京都は、相変わらず人が多い。大して歩いていないのに、何故か疲れる。金勝山のトレッキングのおかげで、ふくらはぎの筋肉痛がちょっと痛いか。早目にこの日の泊地、道の駅ガレリア亀岡へ。週末は、京都はもっとごった返すから、避けるべきだな。
2014.11.16
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。岐阜県の中山道木曽路は、そぼ降る雨の中だったので、早めに切り上げて湖南に足を延ばした。湖とは、言わずと知れた琵琶湖だ。途中に多治見市に寄って美濃焼を見た。ランダムに選んだ陶器店が問屋さんだったらしく、安くて美味しい?買い物をさせてもらった。旅先ゆえ、買い物は控えようと常々思っているんだけど、気に入ったものに出会うとどうしてもね、・・・心が動く。さて、琵琶湖は昨年の今頃に、湖北を旅して以来だ。今回は、琵琶湖の南に位置する古刹、知る人ぞ知る栗東市(りっとうし)の金勝寺(こんしょうじ)を訪ねた。天平年間に聖武天皇の勅願を得て、奈良の良弁僧正が創建されたという。その後、金勝山全体が山岳信仰の聖地であったと言われる。この辺りは金勝山(こんぜやま)の中腹の金勝(こんぜ)の里と呼ばれ、金勝山全域がハイキングコースとなっています。白洲正子さんが書いた「かくれ里」に紹介されたことにより、多くの訪問者に溢れたらしく、以前は無住の寺だったのが、私達が訪れた時は、背筋のピンと伸びた住職とおぼしき方お一人が箒を手にしていた。寺宝の木造釈迦如来坐像 (平安時代)を始め、5点の重文が鎮座し秘仏と聞いていたが、すべて拝観できたのは、白洲さんのおかげか。木造 軍荼利明王立像(ぐんだりみょうおうりゅうぞう)湖南を訪れた目的のもう一つ、それは狛坂磨崖仏だ。阿弥陀三尊とそれを取り巻く9体の菩薩が彫られ、奈良から平安時代の作と言われている。中々表情のあるお姿で、古く時代を経ているにもかかわらず、風化が少ない。狛坂磨崖仏のある所は、以前は金勝寺の末寺である狛坂寺であったという。場所は、金勝寺から登山道で2時間近く上り下りした所。この日は、平日で10人くらいの登山者とすれ違いました。出発点の道の駅こんぜの里でコース地図をいただいて登山に向かったのですが、どうもその地図が不適切というか、不親切というか、・・・まず、ハイキングでも散歩でも、帰路は来た道よりも別なコースを選びたいのが多くの人の心情です。(特に、好奇心の多い私としては、より安全な来た道を戻るのはペケ)磨崖仏まではまずまずの山道で、そこを見学した後どうするか。そのまま戻るか、あるいは別の道か。地図では、磨崖仏から更に降りてから左右に三叉路に分岐して、それぞれがぐるっと回って戻る道が描かれている。その道が昇りなのか下りなのかが描かれていない。きっと若干の下りだろうとは思った。結局そのまま戻る選択はせず、磨崖仏から下って三叉路を右に行き、どんどん下って元に戻る分岐に来た。これだけ下ったら、また昇らなくてはならないのは誰でも解る。この分岐から再び登り始めたが、この「水晶谷」という沢や尾根道の登山道は大変厳しく、随所にロープにつかまって手繰らなければ登れない所も多くあり、参った。この崖を降りて行ったのですよ。カミさんは、大いにビビってた。私一人ならどうという事はないのだけれど、カミさんが一緒だからね。途中で、何度引き返そうかとも思ったが、ついに行き切った。これって、配布する地図にはっきりと明記すべきなんじゃあないかと思ったな。「滑」という小さな文字のみではなく、「急な上りで滑る」とか「中級者向け」とかね。ハイキング気分で入り込んだ人は、冷や汗もんだと思うよ。なんせ、行者が修行で行き来する山だったのですからね。結果として、楽しい一日を過ごさせていただきました。
2014.11.15
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。長々と、草津の湯について書いてきました。私は埼玉県生まれ育ち故に、十代のころは数回近場の草津の湯に接する機会を得ています。埼玉の人は、温泉と言えば草津や鬼怒川、水上や伊香保といった群馬県が多かったと思います。貧しい生活だったから、せいぜい年一の一泊旅行か。夕方宿について、翌午前中には帰路に着くというお決まりの忙しいコース。だから、急いで宿内の湯に入り、夕食の宴会に駆け付け、飲み歌い騒ぎ、湯を楽しむ余裕はなかった。今回、改めて草津の湯に接する事ができて、思う事。それは、無料で湯を提供し続けている共同浴場とそれを守っている地元の方々、更にはそれを温かく見守る行政の姿勢です。そんなことを身近に体験させていただいて、「恩送り」という言葉にたどり着きました。「恩返し」は、受けた恩に感謝し、恩を受けたその人に恩を返すこと。「恩送り」は、受けた恩を別の人に返すというもの。「恩送り」の連鎖は、恩を受けた人は、また別の人にそれを返す、そして又・・・。島のお年寄りがよく言う「おらいの孫が知らない所で誰のどんな世話になっているかもしれないから」と言って、目の前の私や周りの人に親切に尽くすこと、そのものだ。草津の湯で受けた恩を、別な場面で別の人に、何かしてあげられることをする。だいぶ前の映画で『 ペイ・フォワード 可能の王国』というのがありましたね。主人公のトレバー少年は、「世の中をよくするにはどうしたらいいか」という先生からの設問に、受けた善意や思いやりを別な3人に“渡す”という、更にその3人もまた別の3人に“渡す”という善意のバトンを連鎖するというもの。この映画では、受けた恩を返すのではなく、“渡す”と言っています。この「恩送り」は欧米で再認識され、ペイ・イット・フォーワード財団が組織されたという。どうも近頃の風潮で、近視眼的に目先の損得を基に物事を選択するのが常識とされている風潮があると聞き及びます。仏教の六波羅密という仏道修行の中に布施というものがあり、財を施すだけが布施ではなく、笑顔で人に接することも布施なんだという教えです。これを和顔施(わがんせ)と言われるそうな。優しい言葉で話しかける「愛語施」、優しさと労りのまなざしで相手を見つめる「慈眼施」等もあるそうです。草津の湯は、私にそんな心の持ちようを思い出させて下さる湯でした。草津に別れを告げ、中山道の木曽路奈良井宿へ来ました。平日の朝だったせいか、静かな街並みです。早朝の小雨交じりの馬籠宿、向かいは恵那山なんだけど・・・
2014.11.13
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。温泉三昧で、少し体がふやけ気味の私です。十数カ所の無料の共同浴場をすべて回ってはいないのですが、ここに訪れる地元の方や常連さんとの裸の付き合いの中で、どうも「煮川の湯」(にかわ)の支持が多いように感じます。「いろいろと入るが、ここが一番」というような声かな。確かに、他所と違って超~~熱い湯なのですが、何故がはまってしまいそう。医者が見放したような末期がんの方が、この湯で治ったとかの逸話には枚挙に暇がないそうです。そういう温泉は、秋田の玉川温泉なんかは有名ですね。草津の温泉街をぶらぶら散策していて、草津町民の憲章の言葉に出会いました。それが、とても素敵なんです。歩みいる者に安らぎを去りゆく人に幸せをどうです、いい感じでしょう?ドイツのローテンブルグ市にあるシュピタール門に刻まれた「PAX INTRANTIBVS SALVS EXEVNTIBVS」を東山魁夷画伯が翻訳され、画伯の厚意により承認、使用したいるものだそうです。来る人には、温泉という自然=【神】を通じて心の安らぎを、充分温泉を堪能して帰られる方には、ほっこりとした幸せ感を持って帰っていただこう私めの駄訳で申し訳ないっす。昨日、煮川の湯で出会った常連さんのお年寄り曰く、「体が火照り、自販機でジュースでも買ってくれたら、それでいい」と、無料で湯を提供する見返りなんか求めない、そういう町の姿勢がこの会話に出ていますね。「昔は、もっとたくさんの無料の浴場があったんだが・・・」とも言ってたな。高齢化がここでも進んでいて、献身的に湯を守り続けることがこれからも続くことを祈ることしかできないか。一週間近く楽しませていただいた草津。そろそろ次の滞在地に向かう予定。ちょっと、後ろ髪をひかれる思いですが、またの機会があると思うから、・・・ね。京都奈良に行った帰り道に、また寄ろうかという話も出て・・・時間が許せばそれもいいかな。煮川の湯
2014.11.11
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。昨日の朝は、大変冷えました。手元の温度計で4度Cでした。草津は盆地になっているせいか、冷気が淀みます。白く霜が降りました。草津に来て、早6日になろうとしております。そんなにいったい何をしているのかって?そりゃあ毎日、のんびりするのに忙しい(笑)。朝から日に4回くらい、お風呂に入っている。P泊だから、お金の心配があまりないからという事が大きいですね。1日にかかる費用はというと、朝食と夕食は車内で自炊。昼食は、その土地の美味しい店をネットで探して食べに行く。車はほとんど使わないからガソリン代はゼロ。温泉は、無料の共同浴場だからこれもゼロ。だから、食料品で2000円くらい、昼食で3000円位。その他2000円としても、夫婦二人で一日7000円あればお釣りがくる。キャンピングカーがあればこそとお思いでしょうが、普通の乗用車やミニバンで車中泊しながら温泉を楽しんでいらっしゃる方も結構多いように見受けます。草津は、車中泊しながら、湯治を楽しむのに向いていますね。まずは、温泉街手前500mの道の駅、草津運動茶屋公園。そして、穴場は日帰り入浴の「大滝の湯」の道路沿いに一番奥まった無料駐車スペース。そこ以外は夜になるとロープが張られますが、そこはOKです。温泉街の中ですから、近くに無料の浴場がいくつもあって、いろいろな湯を楽しめます。難点と言えばトイレがないこと。ちょっと離れた「千代の湯」か、コンビニに行く。共同浴場は地元の方が多く、その数も少ないようなので、貸し切り風呂状態が多いです。私が特に気に入っているのは「煮川の湯」。ここはその名のとおり、「煮え」というくらいですから大変熱い。私達は、略して「煮え湯」と言ってます。足に何杯も湯を掛け、勢いで湯に浸かる。1分もすると手足がしびれてきて、それを我慢する。2分くらい経ったら湯から上がって、火照る体を冷やす。それを繰り返す感じかな。体に“効く~!”という感じがする湯です。お試しあれ。http://antoi.net/te/spa/kusatsu/sotoyu/index.htmlここ連続で通っているランチ所は、大滝の湯から坂道を歩いて5分程度の「どんぐり」という洋食屋さん。 ここは列ができるほどの有名店で、ランチは並ばなくてはいけませんが、夜は要予約。私達は、いつも11:30の開店と同時に行って、全く並ばずに入れます。おすすめの「どんぐり風ハンバーグ」は、ハンバーグにチーズを乗せ、野菜といっしょに煮込んだ赤ワインベースのデミソースをたっぷりと掛けた、本格的ハンバーグで1050円です。ここの大盛りご飯はすごい!プラス420円だったか。普通の2、5倍はありそうな特盛です。湯畑わきの「暖」という店の豚の生姜焼きは、200gは超えそうな超分厚いロースで1500円くらいか。これもまずまずの味。湯畑から大滝の湯に向かったちょっといい感じの道島にいると外食する店がありませんから、こういうときは、思いっきり楽しんじゃいます。さあそろそろ、早朝の湯でも楽しみに行きますか。今日の午後辺りから天気は下り坂との事。そろそろ次の目的地を決めて、移動も考えないとね。草津は秋から冬に衣替えをする頃か、紅葉も終わりを告げます。そろそろ南に向かって移動か。
2014.11.09
コメント(0)

ようこそ、お越し下さました。一昨日は、親しんだ栃木県を後にして群馬県軽井沢へ。少し気分を変えて、旧軽井沢の軽井沢銀座へぶらぶらと。連休後の平日でも、朝から多くの観光客が来ていました。観光バスでドカーンと来る中国系や韓国系と思しき観光客。毎年の京都でもお目にかかる光景です。過去の私たち日本人も、こんな風に海外の人に映っていたのかと思うと汗顔の至りかな。この日は晴れても風が冷たく、手袋とマフラーを付けて散策。小さな「秋」を見つけました。実生から1年のモミジも見事に紅葉しています午後にはその人ごみに別れを告げ、次の目的地である草津温泉へ。草津温泉街まで500mの所にある道の駅、草津茶屋公園に先ずは陣取りました。ここから歩いて温泉を楽しめます。草津は、無料の共同浴場が20カ所近くあるようです。これは、温泉の噴出量が多いこともありますが、温泉と白根山からの恩恵に感謝している表れでもあると思われます。温泉の中ほどにある湯畑1140年代の源頼朝が噴き出る温泉を発見されたとかの伝承があり、それ以降の湯治場としての繁栄と、近年における白根山のスキーといったレジャーからの恩恵に恵まれ、その感謝の意を表したものと考えます。古より湯治で完治した人の恩返しで、道路整備や橋を架けるといったことが行われていたという談も多く残されております。カミさんも、花の下部がカサカサしていたのが、今やすっかりと治りました。無料の公衆浴場の「長寿の湯」無料の共同浴場の管理も、地元の方々の好意で守られていると聞いております。素晴らしいことですね。実際に共同浴場に入ると、一般的な日帰り温泉より狭く、体を洗ったり髪を洗ったりはできません。それは、温泉はph2と強酸性でシャボンの泡が立たず、改めて洗い場もシャワーもありません。畳3枚位の化粧気のない浴槽に身を浸すだけです。共同浴場の浴槽は、どこでもおおむねこんな感じしかしその湯は温泉らしい温泉で、無料というのが信じられないくらい素敵です。100円でもない、50円でもない、無料です。何かの形で恩返ししないとね。そんな気にさせられます。中には、脱衣所で宴会をしたり備品を盗んだりという人が後を絶たず、存亡に危機にあると言う。悲しいことですね。キャンピングカーの泊地の代表と言えば、今や全国に1400ヶ所を超える道の駅。その道の駅も、一部のマナーの悪い人達の為に、キャンカー全部が悪役とされ締め出しにされつつある昨今。ここ草津の道の駅もその感じが否めないかな。キャンカー新参者の私としては、残念極まりないですね。ここの公衆浴場の運営の精神を学び、島に持ち帰りたい。
2014.11.07
コメント(2)

ようこそ、お越し下さました。島を出て、早いもので一週間が過ぎようとしております。この時期、どこに行っても紅葉が美しく、目を楽しませてくれます。栃木県は、この連休に合わせていろいろなイベントが行われていたようです。道の駅喜連川では、菊花展が行われ、丹精込めた作品が展示されておりました。ただ、私としては人が多すぎるのが苦手なもので、息切れしてしまいます。益子焼の陶器市もすごい人手でした。そうそう、栃木県那珂川町でフグ刺しのランチをいただきました。キャンカーを駐車しておくと、結構いろんな方が寄ってこられます。その中で、「うまいフグ食ってきた。」という方から教えて下さいました。海なし県の栃木でフグ刺しがいただけるなんて驚きです。温泉で養殖したトラフグとのことらしい。フグ刺しとフグ皮の酢味噌和え、煮物の小鉢に香の物、ご飯と汁の定食で3000円です。ちょっと、安いですね。私はそんなにフグは食べたことがないので、他店と比べて美味しいか否かわ良く解りません。興味のある方は、どうぞ。http://www.tochigi-mizuno.com/
2014.11.05
コメント(0)
ようこそ、お越し下さました。今、栃木県喜連川(きつれがわ)町にいます。「日本3大美肌の湯」というのが売りの温泉付き道の駅です。なるほど、つるつるになった肌と、いつまでも火照る体を体験しました。駐車場は夜は静かで熟睡できます。矢板ICから30分と、便利もいい。益子焼の陶器市が今日から開催され、それを覗きに来るにはさらにいい。10月30日に島を出て、2泊経ちました。久しぶりのカミさんと二人の長旅に向かい、心は躍ります。旅の予定は、11月末に大阪で予定があり、それを経てという事ですから30日をゆうに超えます。このような長旅を、毎年のようにやれてきたことに感謝です。これから関東から徐々に南下し、私達の定番である京都奈良で納めか。修学旅行で多くの学生が訪れる京都。でも、その頃はお決まりの観光コースを巡るだけで、「行った」という事実だけで京都を知ることはできなかった。年を重ねた今、どうやら京都が大変好きになったようだ。京都に良さが、少し解るようになってきた。年を重ねてから解ることって、結構あるよね。私の若い頃は、良い悪いがはっきりしていた。女性観や結婚観から始まって、人生観すべてをそれに縛ってきた。だけど近頃は、何が良くて何が悪いのか、はっきりしない。あれも良しこれも良しと、何でも受け入れられる。勿論、こうなって欲しいとかの夢や希望もある。だけど、そうならなくったって失敗でもないし悔やむこともない。こんな考えは、やはり年を重ねたせいなのかな。そうなのだよ、この宇宙には「良い」と「悪い」というものは存在しないのだよ。人間の都合で、それは決められてきた。しかも、それは時代によって変わってゆき、全く普遍的なものではない。人間の都合が時代とともに変わってきたから。でも、それがあった方が生きて行きやすいのも事実かな。3次元社会限定のルールといった所か。刺身の旨さ、これは鮮度が一番というのは言うまでも無し。でも、これだけではない。獲って口に入るまでの流れがどうだったのかという事と、魚が死んでから時間の経過で「腐る」方向に進むわけだけど、「腐る」ちょっと前の刺身もこれまた旨い。獲れたての、コチコチした身質とは違った、トロッとした熟成された味も捨てられない。これも、年を重ねた旨さなのかな。キャンカーでの旅だから、予定や予約の全くない、気ままな旅を楽しんできます。
2014.11.01
コメント(2)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


