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本日の銀輪散歩は南方向へ。 花園中央公園から恩智川沿いのいつもの道を辿って、八尾市、柏原市を過ぎ、大和川を渡り、藤井寺市・羽曳野市へ。応神天皇陵など古市古墳群のある辺りを巡ることにしました。と言うか、走っているうちに何となくそんな成り行きになったのでした。 大和川の支流、石川に別れを告げ、西に向かって最初に出くわしたのが、国府八幡神社。その奥に臨済宗永源寺派の寺、潮音寺がある。(国府八幡神社)(潮音寺) 潮音寺の門前に「孝女衣縫氏碑」と刻まれた石碑があった。この地に次のような孝女伝説があるらしい。 「平安時代、仁明天皇の頃、この地区に衣縫造金継という者がいたが、彼の娘は大変親孝行であった。娘12才の時、金継が亡くなるが、娘は墓参りを絶やすことなく、母親にも孝行を尽くした。適齢期になり、母親は良いところへ嫁がせようとするが、娘は『母様を残して嫁に行く位なら死んだ方がまし。』と言って断り続ける。母親が死んだ後も、独り身で両親の墓を守り通した。」 親の立場からすると、「それ、ちょっと違うだろう」と小生なんかは思うが、その孝女の墓がこの寺の境内にあるらしい。(允恭天皇陵・市野山古墳) 潮音寺の裏手(藤井寺市国府1丁目)に、5世紀後半築造と推定される前方後円墳、市野山古墳がある。第19代允恭天皇陵とされている。(志貴県主神社) 允恭天皇陵を左に見て、潮音寺から北に行くと志貴県主神社がある。この付近に河内の国府があったらしい。神社の境内に河内国府址の碑がある。 柏原から道明寺にかけての地は、大和朝廷の直轄地で、「河内の志貴の県」と呼ばれた。これを管理する豪族が、神武天皇の長子、神八井耳命を始祖とする志貴氏(志貴首)であった。 そんな訳でこの神社は、神八井耳命を主神として祀っている。「明日香風」、「垂水の上のさ蕨」の志貴皇子の名も思い出されて・・。(応神天皇皇后仲津姫陵・仲津山古墳) 允恭天皇陵の南西にある前方後円墳。この古墳と背中合わせのようにしてあるのが、古室山古墳。(古室山古墳)(大鳥塚古墳) 古室山古墳から西名阪自動車道高架下を潜って南に行くと、赤面山古墳(方墳)、大鳥塚古墳(前方後円墳)、丸山古墳(円墳)を経て、巨大前方後円墳の誉田御廟山古墳(応神天皇陵)へと続く。大鳥塚古墳までが藤井寺市、丸山古墳から羽曳野市となる。(応神天皇陵入口)(誉田御廟山古墳・応神天皇陵) 応神陵は余りにも巨大に過ぎて、息子の第16代仁徳天皇陵とされる大仙古墳と同様に、空から見るのでなければ、その大きさがよく掴めませんな。(道明寺山門)(道明寺本堂) 道明寺経由して、再び、石川に戻り、石川自転車道を走って、大和川で、二上山を遠望し、帰途に。 朝9時過ぎから午後2時過ぎまでの炎暑の中の銀輪散歩始末記、これにて終了。(石川・大和川の支流)(大和川から二上山遠望) 以上、前回は、自宅から見て、北方面の近隣紹介でありましたので、今回は南方面の近隣を紹介申し上げました(笑)。 ○応神天皇・ 允恭天皇 ○古市古墳群の古墳(藤井寺市分)の写真はコチラをご覧下さい。
2009.07.31
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偐万葉・ひろろ篇 本日は偐万葉・ひろろ篇であります。 ひろろさんは、この4月から、我が「偐万葉田舎家持歌集」にご訪問戴くようになり、時々、コメントを寄せて戴いて居りますが、この方も素敵な絵をお描きになられます。 特に、海とか川など水面の表現がすばらしく、小生は勝手に「水の詩人」と名付けて居りますが、この方のブログに時々に書き込ませて戴いた自作和歌も本日現在20首となりました。 よって、このあたりで偐万葉として纏めて置くことにします。併せて、皆さまに彼女の素敵なブログもご紹介申し上げます。(例によって、写真はひろろさんのブログからの転載です。) 偐家持が、ひろろの郎女に贈りて詠める歌20首やはらめる 光の春は 人もなき 森に生まれて 川となるらし夏立ちて 畝間(うねま)に敷ける 干し草に せむと媼(おうな)は 鎌持ちてゆくやはらめる 真綿のごとの 光降り 道ゆく人の みななつかしきふるさとの まちに似たるか 自転車の 人の肩辺(かたへ)に 光やさしきわが庭に 薔薇の花咲く うす桃の 朝露染むや 淡きその色たなぐもる 空に向かひて 風待つや 真白にぞ咲く 風車花(かざぐるまばな)あらたしき いのち生まれぬ 笹百合の 白く咲きたる 水無月の朝磐梯の 山もやさしき 色に染み 児ろ生まれしを 言祝ぐならむ笹百合の はにかみて咲く うす紅の あはき色なり ひめさゆりばな光降る 田ごとの水は 鏡にて 恋ひし越後の 影映すらむやはらかき 五月(ごがつ)の風の 母の背の まろきに吹きし 日のまたかなし船泊(ふなどま)り ゆらぐ水面(みなも)に 日は照りて やはらに風も たはむるならむ函館の 舟のとまりの 日はかなし 人のいづくや 海(うみ)鳥(どり)の声北の海の 潮の香恋ひし 函館の 波止場の午後の 白き船影(ふなかげ)水郷の 朝は明けゆく とまり舟 水面の影も 人や待つらむ風そよぐ 森の小道の 奥の院 いそげどなんと 遠くありける (十二キロ 歩いたか)朝(あした)咲き 夕べ散るとふ 沙羅の花 明日(あす)なき身なれ 真白にぞ咲くときじくの 香具の実にても 吾が恋の やまひは止まず かへるしかなし (初恋のぴょん太の「からたち日記」より)をさなごの うたたねのごと やはらかき ゑみもて石の 地蔵のおはす 夕映えの 遠き海原(うなはら) 来し方を 見つつたぐひて 二人しあらむ <参考> ひろろさんのブログ入口
2009.07.30
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この処、天気が不安定なので銀輪散歩も近隣巡りです。 先日(7月18日)、カマトポチさんが川崎市の川崎大師で開催されている「風鈴市」の様子をブログで紹介されていましたが、そこに「河内風鈴」も出展されていました。「河内風鈴」は初めて耳にしたので、調べると菅さんという方が廃瓶などをリサイクルして風鈴を作って居られて、その工房が東大阪市の今米地区にあるとのこと。 そんなことで、本日はその工房が何処にあるのか銀輪散歩のついでに探してみようと、出掛けました。中小企業の工場や事務所が軒を連ねる中に、自宅の倉庫を改造したという工房が確かにありました。特に風鈴に興味がある訳でもないので、通りすがりにちょっと覗いただけ。沢山の風鈴がひゃらひゃらと涼しげな音を立てていました。(河内風鈴工房) 工房を後にし、南に戻ると、小さな神社がありました。春日神社とありますから、我が地元の枚岡神社とは親戚のようなものですな。(春日神社) 春日神社から西に、広い通りに出て、交差点を渡ると喫茶店があり、黒猫君と目が合いました(笑)。(黒猫の喫茶店) 適当に、というか、出鱈目に走っていると、栗原神社というのに出くわした。境内で少し休憩。そこから少し行くと、遊歩道の入口があったので、入ってみることにした。(栗原神社)(遊歩道) 遊歩道の出口に西光寺という浄土真宗の寺があり、その門前に大阪府の文化財に指定されているという「吉原石造菩薩立像」がありました。室町時代初期のものらしい。(吉原石造菩薩立像) この地蔵さんから、家並の建て込んだ迷路のような路地を行くと、下のような昔の佇まいをのこした建物が突如あって、タイムスリップした気分になる。 以上、ご近所(と言っても自転車で1時間程度圏内を「近隣」と定義していますので、自宅から半径15km程度圏内ということで、かなりの広範囲ではあります。)の紹介でした。
2009.07.29
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偐万葉・お蔵百人一首篇(その5)~大和はまほろば氏の俳句に寄せて~ 今回で小倉百人一首に登場の100人全員の歌を替え歌にしたこととなりますので、このシリーズ「お蔵百人一首篇」は、ひとまず終了です。日と月と あればこそ見る 皆既食 雲ゐに恨む 下の人波 (前淡白太政大臣 雲原空見し) わたの原 こぎいでてみれば ひさかたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波 (法性寺入道前関白太政大臣 藤原忠通)ほとけさま 自然児が好き 地蔵盆 はだしで走れと まではいはぬも (源 年寄) うかりける 人を初瀬の 山おろし はげしかれとは いのらぬものを (源俊頼朝臣)「忍」の意味 教へてくれる 千日紅 もめても我慢 妻のまにまに (妻原惨種<みじめだね>) このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢの錦 神のまにまに (菅原道真)ハイドンを 聴く夏の夜の しじまかな ながれもあへる ムジカなりけり (張弦弾樹<はるゆみのつまびき>) 山川に 風のかけたる しがらみは ながれもあへぬ もみぢなりけり (春道列樹<はるみちのつらき>)上ツ道を 西に向かへり 夏遍路 吉野の里は そっちやないで (坂上でこけとる) あさぼらけ ありあけの月と みるまでに 吉野の里に ふれる白雪 (坂上是則)小雀が 砂浴びに来る 溽暑かな やけくそやもう 身がもちまへん (藤原定夏) こぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに やくやもしほの 身もこがれつつ (権中納言定家)銀の露 蓮の葉から 蓮の葉へ 人の顔みて 言変るかな (右往左往) わすらるる 身をばおもはず ちかひてし 人の命の をしくもあるかな (右近)蓮の露 上の蓮から 下の葉へ 人もや水と 同じならまし (中納言朝露) あふことの たえてしなくは なかなかに 人をも身をも うらみざらまし (中納言朝忠)アラカンが 塩汗流す 草テニス もうやめなはれと 人のいふまで (平 汗盛) しのぶれど 色にいでにけり わが恋は ものやおもふと 人のとふまで (平兼盛)<関連記事>偐万葉・お蔵百人一首篇(その1)同上 (その2)同上 (その3A)同上 (その3B)同上 (その4)大和はまほろば氏のブログ入口 大和はまほろば様、長らく勝手な書き込みをお許し戴き有難うございました。「まほろば偐百人一首」という形で纏めたいと存じます。<注>このシリーズの掲載写真は全て大和はまほろば氏のブログからの転載であります。
2009.07.26
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偐万葉・お蔵百人一首篇(その4)~大和はまほろば氏の俳句に寄せて~雨上り ぽんと弾ける 桔梗かな けふもか義理の 花も咲くがな (お中元する伊周の母) わすれじの ゆくすゑまでは かたければ けふをかぎりの 命ともがな (儀同三司母)染(し)みも美(は)し 雨にぬれたる 朴(ほほ)の花 妻にもつげよ 今のひとこと (愛妻家の小野篁) わたの原 八十島かけて こぎいでぬと 人にはつげよ あまの釣舟(小野篁)極楽の 風吹いてくる 蓮の花 ながくもなくば 吾(あ)も行(ゆ)けるかな (藤原ドジ孝) 君がため をしからざりし 命さへ ながくもがなと おもひけるかな (藤原義孝)早々と ワゴンセールの 夏帽子 ふるさと暑く 日焼けするなり (参議 真夏ね) みよし野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさとさむく ころもうつなり (参議雅経)大寺の 甍を抜ける 風青し 奈良の長(をさ)さへ 民主なりけり (自公法師) 夜もすがら ものおもふころは あけやらで ねやのひまさへ つれなかりけり (俊恵法師)でで虫が 子等を迎へる 小学校 子等のかよひ路 人めよくせむ (通学路パトロール) 住の江の 岸による波 よるさへや 夢のかよひ路 人めよくらむ (藤原敏行朝臣)総選挙 百日紅(ひゃくじつこう)と 百日白 花散るときぞ 秋はかなしき (猿丸候補<自民現>) おく山に もみぢふみわけ なく鹿の こゑきくときぞ 秋はかなしき(猿丸大夫)総選挙 公約急ぐ 議員かな まつこゑなけど またかへりこむ (なり行きまかせの兄、行平<現職>) たちわかれ いなばの山の 峰におふる 松としきかば いまかへりこむ (中納言行平)棘の木が 刺すほど痛き 夏日かな わが腕手(かひなで)に 塩は吹きつつ (春夏問はず頑張る光孝天皇)棘の木が 刺すほど痛き 夏日かな わがころもでも 汗にしみつつ (同上) 君がため 春の野にいでて 若菜つむ わがころもでに 雪はふりつつ (光孝天皇)花一つ 残して太る 青酸漿 太りゆくのは わが身なりけり (浅草寺きんつば) 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり (入道前太政大臣藤原公経)宿題の 花持ち帰る 夏休み 継ぎ足し作る 慌てマニフェスト (自虐蓮法師) むらさめの 露もまだひぬ まきの葉に 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ (寂蓮法師)けふも亦 からから天気 蝉の殻 と山はかすみ 立てず眩みぬ (熱中症納言 大江匡房) 高砂の をのへのさくら さきにけり と山の霞 たたずもあらなむ (前中納言匡房)まなこ開け 脳は寝てをり 青葉木菟(あをばづく) 不意の高音(たかね)に 夢は醒めつつ (山辺現人(あらひと)) 田子の浦に うちいでてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ (山辺赤人)夢醒めて 現(うつつ)の人に なりぬれど 既に遅かり 自民の鳥は (山辺落人(おちひと))闘ひは 勝たねばならぬ 小蟷螂(ことうろう) わが身大事と なりふりあらね (大江目聡(めさと)) 月みれば ちぢにものこそ かなしけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど (大江千里)草刈の 音に怯える 夏の虫 ゆくへ知れたる 老いの道にも (粗爺好忠) 由良のとを わたる舟人 かぢをたえ ゆくへもしらぬ 恋の道かな (曽禰好忠)雨上り 活気が戻る 桃畑 摘みいだす実に 掛け値さやぬき (仲買大夫 阿漕之輔)雨上り 生気が戻る 桃の顔 積み出す実にも 掛け値さやぬき (同上) 秋風に たなびく雲の たえまより もれいづる月の かげのさやけさ (左京大夫顕輔)解散日 西南西の 風が吹く 練りにぞ練りし 策は分からず (インポッシブル院麻生大輔) 見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかはらず (殷富門院大輔)兜虫の まぼろしを追ふ 里の山 いかにひさしく 見ずや経にける (ガキ大将道綱の母) なげきつつ ひとりぬる夜の あくるまは いかにひさしき ものとかはしる (右大将道綱母)雨のあと 生気を戻す 桃の顔 買ひなく立たむ 値こそ安けれ (仕様無いし) 春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなくたたむ 名こそをしけれ (周防内侍)狐雨 やみて飛び出す 夏の蝶 世を思ふゆゑ とにもかくにも (後飛ばし過ぎ院) 人もをし 人もうらめし あぢきなく 世をおもふゆゑに ものおもふ身は (後鳥羽院)木苺の 実が熟れてゐる 金曜日 ジャム用にする 食べきれぬ実の (小町ジャム) 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに (小野小町)
2009.07.26
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偐万葉・カマトポチ篇(その2) 本日は「偐万葉・カマトポチ篇(その2)」です。カマトポチさんのブログに書き込んだ歌34首を掲載します。前回の37首と併せ71首になりました。(なお、下記の写真は全て、同氏のブログからの転載です。) 偐家持がカマト朝臣ポチ麻呂に贈りて詠める歌34首花雲の たなびく空や 菜の花の 黄金(くがね)の海の 春をし行かむ吾妻なる 江戸の都の 八重桜 けふ北丸に 匂ひぬるかな (江戸大輔)風は今 さみどりにして 吹きや来る つまさき立てる をとめの如か吾が息の さみどりの風 届くらし 妹が笑まひの 青葉にそよぐ玉と置く 露はかなしき 恋妻の 涙ならずや 白き花咲く追ひ及(し)けど 葉桜なりぬ 秋田はや 小町いづくや なまはげの町 (偐深草)恋ひしくば 五能線でも 訪ね来よ われ弘前の 城にて待たむ (五所川原小町)今時の 車夫は赤シャツ 三輪車 テクシーほどにゃ 走ってみやしょ (偐無法松)屋根剥がす 奴の仕掛けし 晴れ舞台 丸の内には 雨降らぬらし (偐晴れ男)今見れば 桜の実なり 梅と見し 実のいたづらに なりにけるかも (梅田の桜)宇治に果つ 恨みも今は 五月雨に 濡れて消(け)ぬるや あやめ花咲くほの甘き 香の流れ来て 思ひ出づ 五月(ごがつ)の薔薇の 窓辺なつかし紫蘭(しらん)咲く 宇治の川辺に 浮舟の いづくゆくらむ 五月雨(さみだれ)の降るさみどりに 若葉さやげる 大銀杏 枝さし伸べて 風に恋ふらし押し照るや 浪速鶴見に まつ風の 折々に立つ もののあはれの八重咲くも 実にもならねば 花石榴 かなしき恋を 我はするかも吾妻路の 小石川なる 八重石榴 今日九時過ぎに 咲きにけるかな (偐伊勢大輔)行く春を 惜しみ桜は 咲くなるか 一期一会の ひとときの夢葛飾の 真間の手児名が 薔薇の花 咲きて涙の 雨にや濡れむ荒川の 薔薇の花道 雨上がり ゆるりゆくなり ちひさき電車サッカーも 何とか勝ちて ハナショウブ 岡田ジャパンを 言祝ぐならむ (勝つベキスタン)ひつじ草 咲きて午睡(ひるね)の 夢や醒む 梅雨の晴れ間の 白きその花咲きてなほ 悲しき恋の 赤き薔薇 雨に濡れてぞ 色益さりける甘き香の 風にまだ干ぬ 白玉の 露の光りて 薔薇の花咲くこのたびは 銀輪もとりあへず 横の浜 雨の山手を 妹がまにまに よこはまの さよのあかりの みしものは ももいそとせの ひとのいとなみ (偐八一)朝露を 帯びてぞ今朝は 凌霄の 花咲きてあり 青き大空 来ぬ消防 松帆の浦の 山火事に 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ (藤原焼家)桔梗の花 咲く時ぽんと 言ひそうな 言はでもがなの ふたことみこと (先斗町の千代女)風船の 花むらさきに 咲くなるか 閏(うるふ)五月(ごがつ)の 十二日(とあまりふつか) (明智つゆやで)百日紅(さるすべり)も 名前負けなる 千日紅(せんにちこう) 知らえぬ恋の 花と咲くかも (千日前一丁目)恋やぶれ 万年青(おもと)となりぬ 花もあり 何ぞ百日 千日の恋 (上には上が)蓮葉(はちすば)の なきに蓮(はちす)の 池といふ しか言ふ池も こひはありけるさんざめく 祭の人の 行く切れて 宵の風吹く 風鈴の音<関連記事> 偐万葉・カマトポチ篇(その1)
2009.07.23
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第40回智麻呂絵画展 智麻呂絵画展も早や40回目となります。 智麻呂氏の創作意欲益々盛んにて頼もしき限りであります。 衆議院解散の日とは何の関係もありませぬが、図らずも本日第40回目の開催となりました。 多数の皆さまのご来場お待ち申し上げます。(ハイビスカス)(朝顔) この朝顔は入谷朝顔市のもので、千葉在住の祥麻呂殿が送って下さったものであります。 白雲の 峰高々に 蝉鳴きて 今朝も咲きたり 祥のかほ花 (偐家持)(ヒイラギナンテン) 夏されば 柊南天 青き実の 葉陰に熟れて ほととぎす鳴く (偐家持) (アジサイ)(ハス) 錦織(にしこおり) 水車の池の はちす花 継ぎて咲くなれ 見れども飽かず (偐家持) (金魚の如雨露)(酸漿) これは浅草観音ほおずき市のホオズキです。東京台東区在住のリチ女殿が送って下さったものであります。白い花も咲いていますな。 りち女の やさしき笑みの 白く咲き 熟れゆくほほづき 日々の美(は)しけし (偐家持)(桃) 以下は智麻呂氏がお孫さんのナナちゃんにかつて送られた絵手紙です。 ナナちゃんからご提供いただきました(笑)。(絵手紙1)(絵手紙2)(絵手紙3) 我が庭に 色とりどりに 花咲きて 春は来にけり 愛(は)しき子もがも (偐家持)<関連記事> 過去の絵画展は下記をクリックしてご覧下さい。第26回以前のものは第27回絵画展のページの前文末尾に入口を一覧掲載しています。 第27回、第28回、第29回、第30回、第31回、第32回 第33回、第34回、第35回、第36回、第37回、第38回 第39回
2009.07.21
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淡路島・明石銀輪万葉の3日目の17日は朝から雨。雨具を着て自転車で走ることも考えたが、ちょっと気分が乗らなくて、中止。自転車は宅配便で自宅へ返送し、帰途に。 電車の中で、丁度、祇園祭の山鉾巡行の日であったことを思い出し、帰りがけの駄賃(それも言うなら「行きがけの駄賃」だろう、という声もありそうだが、小生は帰りがけなのだから、これでいいのだ<笑>。)に、京都まで足を伸ばして、少し見物してみることに。 幸い、車窓の外を見ると雨も小止みになっているみたいであった。京都に着いた頃には雨も上がっていて、これなら自転車で走れたのにと思うも「後の祭」で、祇園祭だ(笑)。四条通りでざっとその一部を見ただけですが、以下、写真を掲載して置きます。銀輪万葉とは関係なしですが、番外篇です。
2009.07.20
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銀輪万葉2日目は、岩屋港からタコフェリーに乗って明石港に上陸。「浜の散歩道」をひた走り、その先の人工島の明石海浜公園まで足を延ばしました。(明石港)(浜の散歩道・明石川畔入口)(明石川河口付近)(浜の散歩道) 「浜の散歩道」はこのような快適な道であるが、途中で少しややこしくなり、道を外れて迷ってしまうのが残念。もう少しサインが整備されるといいのだが。(浜の散歩道・海亀が産卵にやって来るという浜)(浜の散歩道から淡路島を望む。) 淡路島 見つつも行かむ 明石浜 吹き来る風も 吾が友ならむ (偐家持) 粟島に 漕ぎ渡らむと 思へども 明石の門波 いまだ騒げり (巻7-1207) 荒たへの 藤江の浦に すずき釣る 海人かと見らむ 旅行く我を (柿本人麻呂 巻3-252)(住吉神社)(カシワバアジサイ) (とうかえで・連理の枝)(アカシ象発掘地)(ハマナスの実)(明石原人腰骨発見地)秋風に 波やこすらむ 夜もすがら あかしの浦の 月のあさがほ この歌は源氏物語・明石の巻に出て来る歌ですな。光源氏が月見をしてこの歌を詠んだ(?)とされる寺、光明寺が近くにあったようですが、立ち寄らずにやり過ごしました。(浜の散歩道・江井島出口) 明石潟 潮干の道を 明日よりは 下笑ましけむ 家近付けば (山部赤人 巻6-941)(ハマユウ) (波切不動明王) 浜木綿の 花は咲きたり 白波の 間なく思はゆ 恋ひし妹はも (偐家持)(明石海浜公園) 明石海浜公園の一番奥の高みへの坂を自転車で一気に登り切ると、何故か「折り返し地点」の標識(?)。仕方ない、引き返すこととしますか(笑)。日も少し傾きました。(明石城夜景)(明石城の朝)
2009.07.19
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7月15~16日と淡路島北部と明石を走って来ました。明石に「海の散歩道」という自転車・歩行者専用道があると知っての銀輪万葉行である。ついでに淡路島に渡り、島の北部も少し走ってみようとの計画。(淡路島の道)(ソテツの雄花)(淡路島の海)(岩屋神社) 岩屋神社の境内で見慣れた名前にお目にかかりました。そうでした。渡哲也(本名渡瀬道彦)、渡瀬恒彦兄弟は、ここ淡路市の出身でした。(岩楠神社)(イヌビワ) 道端の小さな神社に入って行くと奥に岩室というか岩穴のある巨岩がありました。入口の鳥居には岩楠神社とありましたが、奥の巨岩の前の鳥居には岩樟神社とありました。隣の民家の塀越しにイヌビワの枝が伸びていて実をつけていました。万葉の「知智(ちち)」はこのイヌビワのこととされている。 ちちの実の 父の命 ははそ葉の 母の命 おほろかに こころつくして・・・ (大伴家持 巻19-4164) (注)「ちち」は、イチョウ、イチジクという説もある。(岩屋漁港)(絵島)(絵島歌碑) 千鳥なく 絵島の浦に すむ月を 波にうつして 見るこよいかな (西行 「山家集」) 「平家物語」の「月見の巻」に「福原の新都に移った人々が海峡を渡り、絵島の月を愛でながら歌会を催した」という記述があるそうな。 絵島と向かい合うようにしてあるのが大和島。島の頂上に群生しているのはイブキで、天然記念物に指定されているとのこと。(大和島)(大和島歌碑)絵島が西行の歌碑なら、大和島は柿本人麻呂の歌碑である。 天ざかる 夷( ひな)の長道( ながぢ)ゆ 恋ひ来れば 明石の門( と)より 大和島見ゆ (柿本人麻呂 巻3-255) (天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見) 現地の歌碑の説明板には、人麻呂が対岸の明石の高地に居を定め、そこから朝夕この大和島を眺めるのを唯一の楽しみにしていた、という記述があるが、このような説もあるのだろうか? 「大和島」というのは生駒、葛城、金剛などの大和の山々と解するのが普通の筈。このような小さな島は、明石からは淡路島本体に溶け込んでよくは見えないだろうに。 瀬戸内海の島々のことだという説もあるようだが、これなら未だ理解できるが・・はてさて。(ツワブキ)(道の駅あわじ)(明石大橋)(松帆浦)(江崎灯台)(夢舞台公園入口)(夢舞台)(ウェスティンホテル淡路)(夜の海岸・本州側の灯)(岩屋港)(タコフェリー・あさしお丸)(明石大橋をくぐる)(淡路島) 字数制限にかかり、文章カット。今回はこれにて、ご免。(つづく。明石・海の散歩道は次回に。)
2009.07.18
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偐万葉・お蔵百人一首篇(その3A) ~大和はまほろば氏の俳句に寄せて~ 恒例の「偐万葉・お蔵百人一首篇」です。元歌と比較しながら、お楽しみ下さい。上の句575は「大和さん」作の俳句、下の句の77が「けん家持」の作です。文字数制限の関係でA、B、2回に分割して掲載します。 水色の 浴衣が似合ふ かぐや姫 名こそなじみと 名を知られける (銭湯「かぐやの湯」) 滝の音は たえてひさしく なりぬれど 名こそながれて なほきこえけれ (大納言公任)寺参り みやげは南京 玉簾 つらぬきとめぬ 糸ぞ縒(よ)りける (ブン屋の朝だす) 白露に 風のふきしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞちりける(文屋朝康)むらさきの 風吹き抜ける 紫蘇畑 いづこも同じ 株主総会 (良暹信託銀行・証券代行部長) さびしさに 宿をたちいでて ながむれば いづこもおなじ 秋の夕ぐれ (良暹法師)郎女(いらつめ)の 梔子(くちなし)の花 咲き初むる 恋のくちなし 実こそ欲しけれ (草木染老舗相模屋の郎女) うらみわび ほさぬ袖だに あるものを 恋にくちなむ 名こそをしけれ (相模)選挙の日 ぐるぐる回る 捩り花 いつやるとてか 気にもなるらむ (中堅議員 二股兼輔) みかの原 わきてながるる いづみ川 いつみきとてか こひしかるらむ (中納言兼輔)選挙の日 ぐるぐる回る 捩り花 みだれそめにし 古賀ならなくに (「皆も通るです。」総裁候補東空振り。) みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに (河原左大臣 源融)店先の 花に被せる 夏帽子 かたぶくまでの 日をや待たなむ (赤染鬼門) やすらはで ねなましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月をみしかな (赤染衛門)葦原の 瑞穂の国の 青田風 みだれてけさも 麻生おろしか (解散門院 すげ替え) ながからむ 心もしらず 黒髪の みだれてけさは ものをこそおもへ (待賢門院堀川)牽牛花 ぐんぐん伸びて 軒を越ゆ あまたの民の 恨みなりけり (能怨法師) 嵐ふく 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり (能因法師)大雨の 予報を知らず 咲く桔梗 知るも知らぬも さっきから咳 (濡れて風邪ひいて咳丸) これやこの ゆくもかへるも わかれては しるもしらぬも 逢坂の関 (蝉丸)真夏日や 遠足の列 ばらばらに われても知らん 教師夏ばて (ほっ徳院) 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われてもすゑに あはむとぞおもふ (崇徳院)あぢさゐの 傘に隠れる 小人かな またブレずこそ おもひさだめよ (麻生忠見) 恋すてふ わが名はまだき たちにけり 人しれずこそ おもひそめしか (壬生忠見)チョゴリ着て ムグンファの花 咲き初むる 向かひの山に 行きて見るかも (今来の仲麻呂) 天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも (阿倍仲麿)雨にぬれ 妖しくなりぬ 蓮の花 なほあまりある 色気なりけり (順徳尼) ももしきや ふるき軒端の しのぶにも なほあまりある むかしなりけり (順徳院)雲の湧き 緑滴る 山に立つ むそぢも夏の 盛りなりける (自由二位藤原家隆) 風そよぐ ならの小川の 夕ぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける (従二位家隆)飛行機の 騒音去って 夏の空 人事(ひとごと)ならず いふよしもなき (左様の大夫 道無し) いまはただ おもひたえなむ とばかりを 人づてならで いふよしもなき (左京大夫道雅)梅雨晴間 えさを掻き込む 小鳥来る 喰ふよりほかに することもなし (前大僧正 鳥尊) もろともに あはれとおもへ 山桜 花よりほかに しる人もなし (前大僧正行尊)<前頁3Bにつづく>
2009.07.12
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偐万葉・お蔵百人一首篇(その3B) ~大和はまほろば氏の俳句に寄せて~ 続きです。讃岐では うどんを食らふ 半夏生 人めも何も あらぬとおもへば (讃岐芸者、源氏名生半可) 山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人めも草も かれぬとおもへば (源宗于)やつがしら 水の溢れる 梅雨かな 芋こそ見えね 秋もまだ来ぬ (八つ当り恵慶) 八重むぐら しげれる宿の さびしさに 人こそみえね 秋はきにけり (恵慶法師)やつがしら 水の溢れる 梅雨かな 芋のいづこに 芋宿るらむ (清原里芋) 夏の夜は まだ宵ながら あけぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ (清原深養父)ひつじ草 雨に命を 貰ひけり 実にならずとも 咲かむとぞおもふ (だめ元親王) わびぬれば いまはたおなじ 難波なる みをつくしても あはむとぞおもふ (元良親王) 姉上と 顔そっくの 鹿の子ゐて ながながしかほ ひとりかも笑む (鹿の本人真似) あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかもねむ (柿本人麿)よく伸びた 角ふりかざす 夏の鹿 あはれことしの 秋も角切り (角切り歌人 藤原基俊) ちぎりおきし させもが露を 命にて あはれことしの 秋もいぬめり (藤原基俊) 迷ひごと 答を呉れる 野萱草 さしも知らじな 忘れ草とは (藤原誰方) かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしもしらじな もゆるおもひを (藤原実方朝臣) 休耕田 向日葵畑に 変はるかな よに減反の 田は遊ばせじ (咳少納言ゴッホゴッホ) 夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ (清少納言)山のうへ 南風吹く 発電所 山の奥でも しかと吹くなる (青山俊成) 世の中よ 道こそなけれ おもひいる 山のおくにも 鹿ぞなくなる (皇太后宮大夫俊成)梅雨晴を 知りて集まる 小鳥かな またも昔の 話なりけり (昔語りの藤原興風) たれをかも しる人にせむ 高砂の 松もむかしの 友ならなくに (藤原興風) そよぐ風 運んで来(きた)る 夏の夢 ひるもたかきに ひとりかも寝む (後京極摂政前太政大臣 昼原寝太郎良経) きりぎりす なくや霜夜の さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ (後京極摂政前太政大臣) 露地塀に へばりつきたる 牽牛花 末の松山 待ち疲れとは (清原待輔) ちぎりきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは (清原元輔) 短冊の 屋根より高し 星祭 願へることの 多過ぎもする (色紙無い親王) 玉の緒よ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする (式子内親王) 米作り 八十八の 手間をかけ なほうらめしき 秋もあるかな (お天気屋藤原道信) あけぬれば くるるものとは しりながら なほうらめしき あさぼらけかな (藤原道信朝臣) 驕るなよ 松葉牡丹の 腰の位置 いまや目覚めぬ 須磨の胡麻すり (源やめまっさ) 淡路島 かよふ千鳥の なくこゑに いく夜ねざめぬ 須磨の関守 (源兼昌)自転車の 音に止みたる 蝉の声 くじけてものも 言はぬころかな (源しょげゆき) 風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけてものを おもふころかな (源重之) 残鶯の ホーの音長し 宇治の里 日もや暮れにし 茶葉の道かな (無理鳴き式部) めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな (紫式部)(注)写真は、大和はまほろばさんのブログからの転載です。
2009.07.12
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本日は梅田にある大阪弥生会館で、大学の同窓会総会があり、出席して来ました。この3月末日で同窓会会長を退任したので、今年の総会は新会長のもとで開催とあって、気楽な参加。やはり無役に限りますな。 参加者は100名に届いたのかどうか。例年より参加者が少なかったようだが、先輩、後輩、様々な人と楽しいひと時を過ごすことができました。(総会・第三部パーティー風景)
2009.07.11
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偐万葉・松風篇<その3> その後、松風さんの絵に書き込ませて戴いた歌も本日で36首となりましたので、ここでまとめて置きます。その1、その2と合せると106首にもなります。 氏の素晴らしい絵から、色々と刺戟を戴き、沢山の歌を作らせて戴きました。有難いことです(笑)。 偐家持が松風朝臣麻呂(まつかぜのあそんまろ)に贈りて詠める歌36首若き日の 母の声して さみどりの 野になつかしき 色のかなしき鶴見もや 渡島のみやげの 光かも 降りて明るき 色になりゆく十勝岳 真白き嶺の はてもなく 遊子のゆくや 道の遠けく大見得を 切りて立つらし 鶴見の木 傘のひとつも 持たせてみたし (偐歌舞伎)ポプラの 白き真綿の 花や散る 天ゆ風花 流れ来るかもわが道の いづくと知らね この丘を 懐かしみ行く いつしかも見し楝の 花は咲けども ほととぎす 生駒遠みか いまだ来鳴かずやはらかき 深きみどりの 椅子ありて 静かに時は 流れゆくらし名も知れぬ 道の花こそ 花よけれ 見る人にのみ 咲きてしあれば倒れ木の 安き眠りの 夏草の 夢にも咲くや 野の花もがも立ち枯れの さまのよかりき ひたすらに 生きし木のさま 水面(みなも)は知りぬ枯れ草の 原に一陣 鳥の風 立ちて静寂 さらにも深しひなげしの 咲ける夏野の 風の道 若き母ゆく 乳母車押しモネならば 傘貸さましを 丘の道 髪なびかせて 若き母ゆく飛翔する 心の軽(かろ)み 鳥なれば 鶴見の丘も 海原の島まつ風の 便りなりけり 枇杷の実の 鶴見が苑にも さはにぞなれる (偐琵琶法師)枯れて死す 形もよけれ 木の立ちて 生きにし地平 眺めやるかも夏の苑 さみどり匂ふ 葉洩れ日の 下照る道に 出で立つ少女(をとめ) (季節を間違った家持)水無月の 風やはらかく 鈴懸けの 木は古(いにしへ)を ひとり恋ふらむ子ら遊ぶ 声の遠みて 鈴懸けの 木の黙(もだ)しけり 風湿(しめ)りゆく見渡せば 花ももみぢも なきなれど ゆかし野の草 夏の丘の辺 (偐俊成)ロープ張る 禁野(しめの)も梅雨の 入りなるか をちこち匂ふ あぢさゐの花椰子の木の 風吹き来れば 夏草の 花流るらむ 青き空へと石の壁の 先に地の果て ある頃の 地の果て見ても みたくあるかな通せん棒 腕さし交へし 花守(も)るや 鶴見が丘の 夏の花園歌姫の 遠きまなざし 風の音も ジャズとなるらむ 夏の青空菜園の 朽木の柵に 夕風の いにしへ軋む 音もやすらむうす青き 色の記憶に 重なりて 北の大地の 赤き影立つうつし世と 夢の地平は 地の果てに みち交はりぬ ポプラの並木人影も なきや建屋の うらぶれて 夏野の丘に 風渡るかも未草(ひつじぐさ) をとめの白き 花に添ひ 咲くべにばなの 色のかぐはしふりさけて 鶴見を見れば 緑なる 風車の古き 丘ぞ思ほゆ (松風家持)雨誘ふ 湿れる風の 吹きゆけば 目覚むるならし ポプラの並木それぞれの 思ひのあるや 公園の 休みの朝の 広場なりけりうすべにの 花咲き匂ふ 鶴見なる 蓮(はちす)の池に 逢へる児やたれ (散歩のオヤジ)たらちねの 母が呼ぶ名は 申すまじ 道ゆく人の 誰やオッサン (絵を描く女性) (注)絵画は全て松風氏のブログからの転載です。<参考>松風さんのブログ偐万葉・松風篇<その1>偐万葉・松風篇<その2>
2009.07.08
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第39回智麻呂絵画展 智麻呂絵画展を本ブログで開始したのが、昨年の7月4日。お陰さまで一年が経ちました。前回が1周年記念日であったのですが、気付かぬままやり過ごしてしまっていました。関係ないことですが、偶然にもアメリカ独立記念日が智麻呂絵画展の誕生日でもあった訳です(笑)。 この1年間の皆さまのご来場、ご支援、温かいご声援に心から感謝申し上げます。 絵師 智麻呂 美術館長 偐家持 それでは、第39回智麻呂絵画展をお楽しみ下さいませ。(アガパンサス)(ゼフィランサス)純愛の 花といふらし うすべにの ゼフィランサスの わが庭の花 (偐家持)(ツユクサ)百(もも)に千(ち)に 人は言ふとも 月草の 移ろふ情(こころ) わが持ためやも (巻12-3059)(トマト・胡瓜・唐辛子)(パイナップル)(マンゴー) パイナップルとマンゴーは智麻呂氏のお嬢様ご一家の沖縄旅行のお土産でありました。偐家持もお相伴に与りました。美味しかったです(笑)。(車椅子) 上の車椅子と下の青い椅子は智麻呂氏がデイサービスに行かれた際に、その施設で描かれたものです。(水色の椅子)
2009.07.07
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書斎を整理していたら娘の小さい頃のアルバムの中に大昔にけん家持が描いた絵がありました。 高校時代の美術の授業で絵を描いて以来、絵など描いたことがないと思っていたのに、そうでもなかったようです。 娘が未だ2~3歳の頃に彼女をモデルにして描いたもののようです。下手糞な絵ですが、偐家持美術館長も絵を描いたことがあるということの意外性が、記事ネタにはなるというか、話題性もあるかと、本日これをブログに公開することとしました。 既に、いい大人になっている我が娘が知ったなら、怒るかも知れないということで、勿論、彼女には内緒であります(笑)。まあ、この程度の絵なら肖像権侵害とかプライヴァシー侵害などという問題も起こりようがないでしょう。日本昔ばなし、みたいな絵ですから・・。言わば、一種のギャグですな。 上の絵は、お風呂上がりでほっぺを真っ赤にしているのが可愛くて写生したように記憶している。 上の絵は、小生としては気に入っていたのだが、娘からはかなり後になって、可愛くないと、クレームがついたように記憶する。それでもこうして残っていたことが面白い。
2009.07.06
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本日の朝の銀輪散歩で、今年初めて、蝉の鳴く声が聞こえました。クマゼミの声です。蝉が鳴くと梅雨明けというのが、小生の気象判断であるが、週刊天気予報では、今週はずっと雨とのことにて気象台の梅雨明け宣言は未だ先のよう。 さて、気象台と蝉とどちらの判断に我は組みすべきなるや。以下は、散歩の傍らに目にした花です。(アガパンサス・紫君子蘭)いでたちは うすむらさきの 花衣 君子なる蘭 凛と立ちける (偐家持)(朝顔) (浜木綿)くれなゐの 花はかほばな いちしろく 夏野の朝の 風間にぞ咲く (偐家持)浜木綿の 花は今年も 咲きぬれど 妹と見し日の かへり来まさず (偐家持) (桔梗)紙風船 ポンと弾けて 朝顔の 花と咲くなれ 吾妹の笑みし (偐家持)(芙蓉)蝉鳴きて 朝日の高く なりゆけば 赤き芙蓉の 濃き色に咲く (偐家持)
2009.07.05
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第38回智麻呂絵画展 本日、久しぶりに智麻呂邸を訪ねて参りました。新作15点を仕入れて参りましたので、その一部をご紹介申し上げます。(リンドウ)竜胆の 花が好きとふ 人のあり 花咲くごとに 人ぞ思はゆ (偐家持)(リンドウ2)(ハイビスカス)赤き花 赤く咲けかし 青き空 青く澄みゆけ 我も我なり (偐家持)(茄子)なすことも なけれ茄子はも ただ青く 茄子にありてぞ 美しくあり (偐家持)(ラン)蘭の花 持ち来たりける 人のごと 咲きて夏の日 静かに暮れぬ (偐家持)(オブジェ)黙々と 作れる子らの 手のぬくみ こもれるオブジェ ここにしあれば (偐家持)(カンナ)カンナ咲く 梅雨の晴れ間の 空青く 生駒高嶺の 今日は近かり (偐家持)
2009.07.04
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