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さて、2011年12月26日。秋山氏の新宿の事務所で、初めて三人が同時に出会ったわけです。その内容は、ほとんどそっくりそのまま、『正統竹内文書の日本史『超』アンダーグラウンド1』に掲載されています。
もちろん、わかりづらいと思われるところは、言葉を足したりしていますが、ほぼそのまま鼎談の内容がテープ起こしされています。
今改めてこの最初の本を読むと、2011年は本当にいろいろな霊的なことが発生した年だなと思わずにいられません。
二度目の啓示があったのは「2011年春先」と書きましたが、本にはもっと詳しく載っていましたね。実際は2011年の年明けすぐのことでした。
そしてそのときに最初に竹内氏を取材したのは、2011年1月19日でした。
場所は新宿・早稲田のリーガロイヤル東京と書かれています。
この年の3月11日に東日本大震災があったわけですが、実はその翌日の3月12日は、秋山氏のUFO観測会が熱海で開かれる予定日でした。
ところが前日に大震災が発生。電話連絡もいっさいできなくなり、多分中止だろうとは思いつつも、12日朝は、前日に自宅に帰れなかった帰宅者で溢れる電車を乗り継いで、集合場所の熱海のホテルまで行ったことを覚えています。
結局、ホテルにはキャンセルの連絡があったことがわかり、仕方なしに熱海駅前の海鮮食堂でお昼を食べて帰りました。
そのときこそ、UFOは観測できませんでしたが、翌2012年は秋山氏のUFO観測会で二度もUFOを目撃させてもらいました。まさにそれは、私の人生を変えるほどの衝撃的な体験でありました。
再び2011年の話に戻りますが、10月にはロンドンブリッジで霊感を受けて写真撮影したところ、見たこともないようなオーブの姿が写るという体験をしていますね。巻頭カラーページに写真が掲載されています。
同年11月初めの「旧暦の神在月」には、出雲に初めて出かけています。
そのとき目撃した月の光輪と、天之浮舟のような雲はとても印象的でした。
ところで、本の巻頭カラーページに掲載されている写真では月の光輪が写っていませんね。
当ブログで一度紹介しましたが、 あらためてここで、そのときの月の光輪をアップしておきましょう。

今までこれだけ「激しい月の光輪」は見たことがありませんでした。
まるで雲が光の中で激しく回転しているようでしたよ。
そして、同じ11月の21日、『竹内文書の謎を解く2――古代日本の王たちの歴史』の著者校正が終わったその日、大きな二重の虹が出現しました。これも巻頭カラーページに掲載されています。

で、こちらがその本です。
最後は、12月10日、『竹内文書の謎を解く2』の見本が出来上がった日の夜。横須賀の劇場のそばで、月の周りにできた「ダイヤモンド・リング」のような雲を見つけ、写真に撮っていますね。

本当に盛沢山の年でした。
次に鼎談本が三冊誕生した2012年を振り返ってみましょう。
(続く)
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