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この辺りの人事関係に関しては、竹内氏は詳しく語っていませんね。
『古事記の邪馬台国』でも、卑弥呼がいてその時代の天皇は崇神だったということを念頭において読んでほしいと書いて、大田田根子の話を導入しています。
オオタタネコは極秘伝中の極秘伝だからです。
私もそのことに感づいていましたら、一度だけ、竹内氏に「オオタタネコは何者か」と尋ねたことがあります。
そうしたら、「言えません。ただ・・・」と言って、ヒントだけくれました。
明確な答えをもらえませんでしたが、そのヒントから「なるほど、そういうことだったのか」と思い至る答えを見つけたんですね。
それがあっているかどうかはわかりませんが、一応それで全部説明できます。
もしオオタタネコが『先代旧事本紀』に書かれている通りだったら、私にそれを言えばよかった。だけどそれを伝えずに、あのヒントをくれたということは、『先代旧事本紀』の系図が間違っていることを意味します。
その答えも追々このブログで紹介することにして、話を先に進めましょう。
影の祭祀王がヒコフツオシノマコトにしたというところまで話しましたね。
影の祭祀王は幽祭と顕祭を執行し、表の祭祀王は顕祭のみを執行するという役割分担があったようです。
たぶんまだ、卑弥呼ことヤマトトトヒモモソヒメが生存中にそれは始まったように思います。
表の祭祀王と裏の祭祀王。
ただし中国側はそのことを知りませんから、『魏志倭人伝』では、卑弥呼が死んで男が王となったので、国が再び荒れたと書かれています。で、再び女性(宗女=一族の娘)が王になったので、国が治まったとも書いています。
この男王とは、おそらくヒコフツオシノマコトのことですね。
そして再び女王となったのは、「台与」ことトヨスキイリヒメです。
(続く)
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