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先日、小説の作者のかたに直接感想を伝える機会に恵まれ、「それだけきちんと読み込んでもらっていることが嬉しい」と言っていただけた。「なかなかないことだよなぁ…」となんだか嬉しかったのだけど、よく考えたら、人に会う前に著作を拝読し、その感想を伝えながらお話を聞くという機会がここ2週間ほどの間に3回もあったことに気付き自分でもびっくりした。どれもみな、直接収入に結びつくものではない。けれども、その考え方に触れて感化されたのも、自分から話を聞く機会が持てたのも、やっぱりベースに「仕事」があったから。こういうとき、つくづく「働くって楽しいな」と思う。 * * *私がお話を聞いた3名はとにかく「人間が好き」な方々だった。人間を、根っこのところで信用している。「現実に耐えられないかもしれない」という、人の弱さを認め。でも、その弱さを克服する本当の力はその人自身の中にあるんだよ、と。言われているみたいだった。その「人が弱さを克服する本当のちから」は、人と人の間で育まれる。時間をかけて、ゆっくりと。子どもたちが、それに気付ける大人になるよう支援することこそ「子育て」で。忘れそうになっている大人に周りが力を貸すことこそ「支える」ってことなんじゃないのかなぁ、と思った。
March 30, 2008
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昨年秋田に伺った時に子育て支援センターの方に聞いた話。・保育士が疲弊している。 手をかけなければならない子どもがとても増えた。 家族支援に時間を割かなければならなくなった。 延長保育、地域子育て支援をやらなければならない 合間に、それらのものすごく手間ひまのかかる個別 対応をしているのだ。神奈川で認可外の保育施設で働いていた保育士さんの話。・無責任な親が増えた。 37.5度の熱がありますので、お迎えに来てください と電話をすると、 「微熱ぐらいで電話しないでください。38度になったら 電話ください」 と言われたんだそうだ。 「それって育児放棄じゃーん? 児童相談所に通報 したらぁ?」と、わたし。 そういう親には、結構「●●し」と名前のつく、 えらいお仕事の人がいるのだそうだ。 そんなに仕事がしたいんだったら、子どもを産まなければ いいのにねえ。 (なんだったら、避妊の方法教えてさしあげるワ)福井で聞いた話・「24時間保育なんてしようものなら、何日も預けっぱ なしの人が出てきますからねえ」これが、子育て支援、子育て支援と、叫び続けてきたわたしたちの仕事の答えなんだろうか?悪いが、わたしはそんな母親の心には寄り添うつもりは、ない。「わかるわかる」と共感するつもりもない。でも、放棄するつもりもない。「ひどい親だ」とはき捨てて終わりにするつもりもない。「子どもの最善の利益」に近づけるための努力をするだけだ。公平公正なんかで対応できるとも思っていない。親教育でなんとかなるとも思っていない。個別に丁寧に、根本的な解決につながるような、必要なケアを行うべきだと思っている。 * * *近年、バリアフリーが進んだことで、駅では、ベビーカー連れ親子に対するほかのお客さんからの苦情が増えたのだそうだ。その理由は、外出する親子が増えたからと、駅側は分析している。昔は、よほどのがんばりやじゃないと、子連れで外出はできなかったんだね。それができるようになって、だから、多く目に付くようになり、トラブルの数も増えたのだろう。それは、ある意味、しょうがないことで、この段階にきて、さてどうしよう?と、みんなで考えることなのだと思う。たぶん、上記にあげた保育の問題も、同じような話で、「無責任な親が増えた」のではなく、今まで見えていなかった「一定程度いた無責任な親」が保育の多様化で、顕在化したのかもしれない。どちらかは、よくわからない。子育ての社会化、とは。キレイゴトなだけではすまされない。
March 30, 2008
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年度末のあわただしい中、岐阜、滋賀、秋田、福井とくるくる駆け巡って、行政の人、NPOの人と会い、いろいろなお話を聞いて帰った。行く先々で感じるのは、仕組みをつくって、あとはやれーの中央集権的な仕事のおかげで、全国どこに行っても、一定水準の物、サービスが手に入り、国民は安心・安全・快適を享受しているのだな、ということで、つくづくわが国の組織体制の見事さに舌を巻いている。一方で、その限界をみなが感じているのが、今だ。市民が、NPOが担い手になろうと思うなら、「思い」だけじゃ、ダメ。「理想」を語っているだけじゃ、ダメ。と、切実に思う。これから人と話をするときは、「これが課題だと思った」 ↓ ↓「だから、こうしたいと思った」 ↓ ↓「だから、今、わたしはこれをしている」という話を聞こうと思う。それを聞けば、だいたいその人の本気や底がみてとれる気がする。ってことは、わたしがそれができないとダメなんだよね。・・・・・・・・・・・・・・・・・秋田では、市の助役さんを辞められた女性を中心に女性問題にずっと関わってこられた女性たちのNPO法人が立ち上がったという話を聞いた。市内の民家を改装した拠点は、可能性を秘めた、素敵なお城。何が飛び出すかわからない、草の根女性ネットワーク、すごく楽しみ。また遊びに伺います!女性問題と子育ての問題は切り離しては考えられない。あわせて、シニア世代の男と女の生き方のロールモデルを、ぜひ、この活動から発信していただきたいなと思った。SEEDの山崎さんはいよいよ市内に拠点を構え、4月からいろいろな活動がスタートする。がんばれ~。福井では、土曜日の勤務時間中だというのに、200名以上の社員さんが、ワークライフバランスに関する私の話を聴いてくださった。その話のなかで、わたしは何度も何度も福井の女性の勤勉さを語り、自己肯定感を高く持って!とお願いした。子育て中でも働くのが当たり前の福井の風土が、わたしを育ててくれた。世間がM字型で悩んでいる時に、福井はとっくに台形だ。ただ、ショックだったのは、女性の管理職比率が全国最下位だったこと!!で、県議会議員に女性がひとりもいないこと!!(そんな県は福井だけだそうだ)「あのねえ・・・」って気分で(笑)。ずるいのよね、経済的自立のうまみは知ってるけど、リスク負いたくないのよね。県の男女共同参画の方には、「学びが足りないのでは」と言ってしまいました。知事さんは、女性の活力で福井を盛り上げると決めてらっしゃるそうなので、男の人の後ろに逃げるのではなく、ちゃんと応えてほしいなと思う。滋賀県の知事さんにも、「これからは女性です」と申し上げ、秋田でも「女性の力で支えるしかない」と申し上げ、だから、つまり、女性の使い方が上手な地域(会社)が、たぶん、生き残るんだと思う。そういう意味でも、福井は一歩先んじてはいる。(管理職になりたい女を増やすってのは、本人のこと 周囲の理解など、結構いろいろありそうで、簡単では ないけどね)西川知事は、子どもと家族を応援する日本重点戦略会議で、ご一緒したご縁もあり、わざわざ秘書さんに、「ちりとてちん」で有名になった若狭塗りのお箸を託してくださいました。「がんばって」と励まされているようで、すごく励みになりました。「やりたい」からといって、それがわたしの「できる」こととは限らないし、(「やりたいこと」と「できること」は違うから)24時間は増えないし、ワークライフバランスも考えるとなんでもかんでもはできないな・・・、と思っていて、だからこそ、「これが課題だと思った」 ↓ ↓「だから、こうしたいと思った」 ↓ ↓「だから、今、わたしはこれをしている」を明確にしなければ、と、思っている。あとは、ぶれない軸足だなー。しなやかにしなるけど、きちんと着地点に戻るような。これまでがんばってきたことが、わたしに自信をくれる。さて、これをどう活かすか。それは、掛け値なしでわくわくするハナシ新幹線から見た車窓の風景は、雨が降っているにも関わらず、薄桃色で、黄緑色で。春はこうして巡ってくるのだなと、改めて教えてくれた。
March 30, 2008
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福井の実家に帰省しています。ワークライフバランスの講座を依頼され、ちょうどよかった・・・ってことで息子と実家に戻っているわけです。久々の帰省。昔は民放は2局しか映らなかったけれど、最近はケーブルテレビになったので、いろんなチャンネルが入るようになったわね・・・とか。(どの局もさほど変わんないけど)ちょっと距離を置いてニュースを見るのは、おもしろいな・・・と思う。国も東京も、おじさんたちがすったもんだしている風に見える。父も母もそんなおじさんたちのことを怒ってみているんだけれど、わたしは、もう少し同情的で、「あの人たち、どうしていいか、わからないんじゃ ないのかなあ・・・」と思う。何をやっても、「ダメ!」「何やってる!」ってたたかれて、昔の成功体験があまりに輝きすぎているから、いまさら、新しいやり方が思い浮かばなくてこれじゃあダメだと、実は本人も気づいているのだけど、でも、ほかのやり方を知らないし、やりたくない。(それって、「自己否定」することになるから)だから、「ソレ見たことか!」とか言って、いぢめるのも、なんだか、子どもっぽいし、威張ってどうする・・・(威張ったり、くやしがったりして感情が逆立つ 時間がもったいない)ってわけで、そこですったもんだしている人をおいておいて、やるべきことをやるほうが賢明ダワ・・・と思っている。それには、「やるべきこと」をしっかり持っていることが大事。それにしても、困りきってへとへとのおじさん、おじいさんたちを見ながら、「何やってる、お前じゃダメだ!」と怒るってことは、政治ってものに、まだ期待しているってことなんだろうね。そういう意味では、わたしは一定「見切っている」し、「絶望」しているのかもしれない。「終わってる・・・」深い沈黙。さて、でも。子育てだって、言うじゃありませんか、3つほめて1つ叱れって(笑)。ダメな人にお前はダメだって言ったら、ますます萎縮しちゃってダメになっちゃうよって。ここで、あきらめるわけには、いかない!わたしは、母親なので。子どもにバトンを渡す役目が残っているから。そんなことを思いながら、この美しい国を持続可能な国にして、少しでも長生きしてもらうためには、どうしたらいいか・・・わたしはわたしなりに一生懸命考えている。東北新幹線に乗っていたとき、企業誘致の広告をあちこちで見た。道を作り、まちをつくり、大型開発をする?人件費削減をもくろんで、工場をどんどんとアジアにつくってきた、その後に??いまさら??限界集落のすぐそばに、大きな工場とまちをつくる???美しい山を切り崩して??それって・・・焼け石に水じゃあ・・・数年前になりますが、子育て支援が「新産業」になりませんか?ってことで中小企業庁に事業提案に言った時、「人間ってのはらくなほうらくなほうに流されるものでしょう?」と、わたしに説教した小役人のことは、いまだに覚えている。(あなたのテツガクを「人間ってのは」なんて 大きさで語ってほしくないワ。あなたと一緒に わたしをくくらないでって、心底思ったし、今でも 腹立たしい)保育園と幼稚園の違いもわからないくせに、わたしたちの提案した事業について、しのごの文句をつけてくだすった。わたしは、名前も顔ももう覚えていないけれど、彼をたぶん、許さないと思う。でも、教えて差し上げることはしない。沈黙をこめて。もう二度と会いたくない。あんな変なところに、うっかり迷い込んでしまった自分の失敗を忘れることはしないと思うけれど、そんな「怒り」を昇華して、笑い飛ばして、次にゆきたいのだ。対案はいくつかあるんだけど、まだ内緒。
March 29, 2008
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小1と年少の母です。 先日、杉山さんが「少子化対策特別部会」に提出した意見書を読んで、当時者の立場から当事者性の視点で思う事を書きたいと思います。「子育て支援=子どもを核とした人と人が関係を結ぶ作業」(すごく心に響くなぁ)これまで重視してきた点に1.「親を単なる支援の受け手にしない」2.「相互支援・地域の支え合いの視点」がある。「親を単なる支援の受け手にしない」 私は子どもを生んだ途端、「支援」される立場になるのは、正直、疑問でした。だって、私たち元気なのですから・・・。「支援を必要としている人に、本当の支援をしてあげて欲しい」こんな気持ちが大きくなり私は、「自分は支える立場になろう」と改めて地域を見直してみました。 しかし地域の「親子のフリースペース」「親子サロン」はどこに行っても無料。しかも季節によっては、おやつまで頂けるのです。「気軽に行ける、足を運んでもらう」を目的に運営するのも悪いとは言いません。 今後の課題として「担い手を育てるためにも、徐々に参加者を巻き込む仕組みを作っていかないといけないのでは」と、提案したくなりました。 でも、「山を動かすには、自分が動け」と夫の恩師から言われた事を思い出し、まさに「どう動こうか」と頭の中でイメージしています。 武田さんも書いていたように、無料で運営できる裏には「助成金」があります。助成金は元を返せば市民の税金や善意による寄付金。 当たり前に使われては困ります。 改めて、運営側の発想の転換が求められているのではないでしょうか。「相互支援、地域の支え合いの視点」 私たち「当事者」と周囲の大人の意識はどうでしょうか。 お互いに敬遠してはいないでしょうか。 困っている子どもや親子を見たら、助け合ってくれる大人がいるでしょうか。 危ない遊びをしている子どもを叱ってくれる大人がいるでしょうか。最近の出来事から・・・ 今月の初め、家の目の前の公園でどろんこ遊びをしていたら「こんにちは~!」と未就園児のママさんが声をかけてきました。 いろいろ話していると、同じ集合住宅に去年引越してきて数ヶ月で下の階の住民に「ドタドタがうるさい」と苦情を受けたそうです。それからというもの、「月一の町内清掃で、距離を置かれているみたいで・・・」なんてそのママさんはつぶやいていましたが。 この話しをわが夫に話すと、「引越してきた時に、挨拶したのかなぁ」「子どもがいるので、ご迷惑かけますと前置きしたのかな」と言っておりました。(う~・・・確かに。)・・・・・・ 「困った時はお互い様」「向こう三軒両隣り」と昔から言いますが、近所付き合いが希薄になっている現代だからこそ心開いていく意識が必要ですね。 よく夫が口にしますが、『「暑いですね」「いい天気ですね」だけでいいんだよ』の一声が相互支援の原点ではないでしょうか。(気持ちの波があるとき、これを聞くと納得する私です) 転出入の時期です。これを機に「何か言いづらいな」ではなく、お子さんを抱いて挨拶に伺ってみませんか。きっと、「ま~!カワイイ」と笑顔で迎えてくれると思います。 世の中、驚くような非常識の人もいれば、温かく子連れの親子を受け入れてくれる人もいます。まだまだ捨てたもんじゃないですよ、この国はと思う今日この頃です。 次回は、保育サービスについて書きたいと思います。
March 28, 2008
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松田妙子です。3月が終わりに近づいていて、気持ちがそわそわします。私の母方の祖父は、大工でした。夕方近くなると、たいがい自宅の仕事場でカンナをかけたり材木に墨をいれていたりしていました。学校から戻り、そばで祖父の仕事を見ながらぼーっと過ごすのが好きでした。「わかいしゅ」のお兄さんも無口で仕事してました。(ずいぶん後になって、「若い衆」だと漢字変換できた)そして祖父は、時間がくると丁寧に道具をしまい、井戸で顔や手をあらって一杯やりながら水戸黄門をみるのです。祖父の砥石で茶色くぬるぬるした指先、わかいしゅの耳にはさんだちびたエンピツ、手ぬぐいをゆすいでしぼる一連の筋肉の動き、巻尺がびゅるるっと戻っていくときの音あらためて思い出すと、シンプルでていねいな暮らしが思い出されます。あの景色が私を形作っているなと今でも感じるのです。なんのつくろいもごまかしもない、職人たちの仕事の傍らで、守り育てられた、と。もう一度その風景をつくろうってことではなくて。懐かしむだけで終わらせないで。きっと、まだ何かがつながっていて(希望)それを手渡していくことができるのが、「子育て」なんだと思っています。職人はこの国からたくさん消えてしまったけれど子育てにはまだまだ職人がいる。ちっとも失われてなんていない。だから、受け継ぐんだ。まだ間に合う。そこにはノウハウとかマニュアルとかはなくって次の次の世代くらいまでの長いスパンで。
March 28, 2008
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「子どもより親が大事と思いたい」というのは、わたしが大好きな太宰治の、「桜桃」の一節だ。つまり、親よりも子どものほうが大事というのが当時は一般的であり、なにはさておき、父も母も、そうして生きているから、だから、「子どもより親が大事と思いたい」と言っているわけで、この、思えないから、「思いたい」という太宰の気持ちに、わたしはぐっときちゃうのだ。今みたく、「子どもより大人の便利」って思う人にとっては、この切実さとか、せつなさは、わかってもらえないかもしれんな、と思ったりしている。正直な人が、いいな。かといって、「だって、ボク、そうなんだもーん」「だって、今は、そういう時代だしー」「わたしもそうされてきたしー」「悪いのは、親世代のしてきた教育っしょ」とか言って、幼児性丸出して、開き直られても困るし。子育て応援都市とうきょうの会議に参加して、メッセージを出そうということになっているのだけれど、いったい、「何が言えるのだろう?」と、あわわ~な気分になったりした。「24時間眠らない街」「多様性の街」「国際都市」それが、子どもにいいのか?どうよ?でも、便利で、知的好奇心に満ち溢れていて、お金さえ払えば結構なんでも手に入って、何でもあって、魅惑的。そこで、「子どもの最善の利益を大事にします」なんて、うそっぽくて、言えない。だって、子どもにとって何が最善か、大人になっちゃったわたしには、わからないもの。「大事にしたい」とはいえても、「大事にします」とまでは・・・。わたしは、少なくとも、それぐらいは謙虚でいたい。わからないから、わかりたいし、わかりたいから、いろんな人と議論したいし、子どもにも尋ねたいし、言葉で表現できない人たちに対しても、「こうかな」「ああかな」と想像したいし、それでもわからないなら、言わない、黙っている、「いろいろやってみたけれど、自信がないけど、 こうではないかなと思っています」という姿勢をとる。キレイゴトは、恥ずかしい。大人が考えた、「子どもの最良」は、キミら子どもにとっては、いまいちかもしれんけど、ま、「考えることはした」。少なくとも、わたしは。というスタンスでいたい。今日から読み始めた茂木健一郎さんの『思考の補助線』の冒頭に、「本当のこと」「大切なこと」「知りたかったこと」「そのためには、全力を尽くしても悔いがないこと」。そういった「感情のエコロジー」こそが、探求する心を支える。そのような心の動きの根っこにあるのは、この世のさまざまを「引き受ける」という決意であるはずだ。とあって、なんかちょっと泣きそうになった。引き受けるってさあ・・・大変だよねぇ。
March 27, 2008
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次世代育成支援協働フォーラムを終えた後山口県内の子育て支援者の方たちとMLを立ち上げ情報交換をしています。そのMLの中で私が下記のようなメールの書き込みをしたところ県立大学の看護学部の先生が「やはり医療の現状については私もほっておくことはできないわ」と声を上げてくださって「山口で『小児医療を考える会』を立ち上げましょう」と言ってくださいました。一緒にフォーラムのシンポジウムで登壇して下さった県の健康福祉部の今村部長にもそのことをお伝えすると「それはすばらしいわ」と次の日には兵庫県丹波市で地域医療を再生させた母親たちの取り組みを紹介した新聞の切り抜きをくださって「協力できることはしましょうね」と言ってくださいました。広島の福山や呉でも医師との座談会が行われているようです。相手を攻撃するだけでなくまた、医師と話ができるからとただの出張相談にならないようによりいい形での医療を考えていく場にするために全国各地で行われている医療につての取り組み教えていただけると嬉しいです。『週末マイケル・ムーアの「シッコ」という映画を見に行きました。その午後「医療崩壊をおこさせないために」という市民講座を聞きに行き次の日、朝から産婦人科医不足についてのテレビ討論を見てその夜小田実さんの追悼番組を見ました。このつながりは単なる偶然だったのですが「シッコ」と小田実さんの遺す言葉がつながった時にはちょっと背筋が冷たくなったりして。あちこちで医療崩壊がいわれています。山口の産婦人科も里帰りの受け入れはほとんどの病院でできなくなり出産の予約も月何件までとの制約がかけられています。小児科も勤務医は減る一方。医師会はこの状態になったのは患者側の自業自得だといわんばかりの文章を出したりもしました。お互いいいたいこと言いっぱなしでもなと思っていましたが、医師会側も現状をどうやって理解してもらい行動に変えてもらえるか模索中であることがわかります。市民講座では、勤務医や開業医、そして、医師達の働く現状が報告されました。コンビニのように病院を使うとか、大した病気でもないのに医療費が無料(いえ、みんなのお金です)だからと言っていつでもどんな時でも「とりあえず」病院に駆け込む親や権利意識ばかりが強くて何かあったら訴えてやると吐き捨てるように帰っていく親の現状が話されました。こういう話ってよく耳にします。でも、その親たちの生活、現状はなかなか聞こえてきません。例えば子供の病気のことを働く現場で、どれほど理解されているのでしょう?夫婦で働く親たちにとって、一晩で熱を下げて明日の朝にはとりあえず36度台になっていてもらわないと困る現状があって、そんな中で、夜中に利用するのは身勝手な親だと言われても・・・という気がします。例えば、現代の親たちは、「不安を抱えて一晩過ごす力」に欠けていると言われました。欠けているでしょう。だって、こんなに小さな赤ちゃんが高い熱で真っ赤になっているのを見たこともないし、マスコミから流される報道は極端に恐怖をあおることばかりだし、それに、病気なんて、もう私達の身の回りにそれほどないし、それにそれに、親になるまでに「命にかかわるかもしれないような不安を抱える」ことなんて今の時代とても幸せなことに体験することなんてないですよ。それなのに、親になったとたんに、我慢が足りないと言われても・・・という気がします。そして、もうひとつ見逃せない現状として親たちの必要以上の清潔志向や病気への忌避です。いま、子供が病気にかかったら親たちの一番の関心事は「どこで」「だれに」もらったか。もし感染しているのを知っていて(?)とか、感染しているかもしれないのにそれを黙って遊んだりすると、その子が発症した時にとんでもなくマナーの悪い親のように批判されるようです。場所でもそうです。「あそこの児童センターでうつされた」「あそこの広場でうつされた。だからもう行かない」というようなそんな会話をよく聞きます。乳幼児の死亡率を減らすために、皆が衛生的で健康な生活が送れるためにと医学は発展してきたのでしょうがその振り子がぶんっとゆきすぎて、こんな窮屈な環境になってしまっています。邪念のない願いも行動も時として予想もつかないような振れ方をします。山口では医師会側が積極的に市民へ、医療現場への理解や病気への知識をもってもらうための講座が増えてきました。現場の先生方の中には親たちの「不安を抱えて一晩過ごす力」を育てるために病院に行ったらとりあえず抗生剤をもらって安心ではなくて大丈夫と診断したら薬も出さず、注意事項だけ伝えて帰らせることをし始めた医師の方もいらっしゃいました。市民講座の会場の意見として一番に手を挙げた産婦人科の先生の「私たちは今まで医療をしてきた。目の前の患者さんを治すことに一生懸命医療を行ってきたが、医療制度について考えてこともなかった。それは医師会が考えてくれるものと思っていたら、とんでもないことになっていた」との言葉はほんとに考えさせられました。医師も患者側も安心して暮らせる世の中になるように何を伝え、何を引き受けていくのか、地域に出て手をつなごうとし始めた医師の人たちと知恵を出し合っていけたらと思います。』
March 27, 2008
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こんにちは、高校生の母です。初めてのアルバイトは高校生のとき。それも父から依頼されての一日家庭教師でした。「小学生に面積を教えてもらえないだろうか」小学4年生で習う、面積の出し方を教えてくれという依頼です。父はアレルギー専門医で、関西でも特に大気汚染がひどいA市の公立病院に公害によって悪化した喘息患者専用病棟を立ち上げた後、その近くで診療所を開業していました。父の元を訪れる患者さんの多くがさまざまな病院から紹介された喘息の患者さんで、面積を教えて欲しいという小学生Yくんも、その一人でした。小児喘息で、季節の変わり目や空気が乾燥する時期などはどうしても学校を休みがちになり、授業について行けなくなる。すると、それを気に病んでしまって症状が悪化し、さらに学校を休むことになってしまう。そういう悪循環を断ち切って、症状を改善させるとともに、学校へも行けるようにしてあげたい。それが父の依頼の意図でした。当時はそういうお子さんがひとクラスに一人か二人は必ずいました。現在では、治療薬の開発などによって、学校を長期に休む病気ではなくなってきています。うららかな春の休日、父の診療所の2階で出会ったYくんは、恥ずかしがりやだけれど、とても頭のよい少年でした。それまで誰かに勉強を教えたことなんて一度もない初心者家庭教師の拙い説明にも直ぐに理解を示し、終わりの頃には、応用問題も解けるようになっていました。「これで、算数の心配がなくなりました」嬉しそうに笑って、Yくんは帰って行きました。学校に行けるようになるといいね。無事に役目が終わってほっとしていると、父がこんなことを打ち明けたのでした。喘息を悪化させているのは、授業についていけないせいだけではない。Yくんはお父さんのことが大好きで、休みの日にお父さんと過ごすことを心から楽しみにしているのに、どういう訳だか、一緒に過ごす約束をした日に限って、「急な仕事」が入って、お父さんは出かけて行ってしまう。すると、発作がさらにひどくなってしまうんだ。日曜日もなかなか休みが取れないYくんのお父さんは、普段から夜遅くまで仕事をしており、Yくんがお父さんと過ごせるのはほんのわずかです。「Yくんのお父さんが、Yくんのために、 もっと休めるようになってくれるといいんだがなあ」そう言った父の表情は、患者さんの治療に最善を尽くそうとする医師の顔だけではなく、私生活ではわが子を溺愛気味と親戚から呆れられている父親の顔とがごちゃまぜになったような憤りと悲しみの入り交じったものでした。精神的なことが喘息の症状などを悪化させることは、かなり以前から知られていましたが、後に出版社の編集部員として、小児心身症の取材で、ある小児科医を訪ねたとき、最初に言われたのは、この言葉です。「子どもはおとなのミニチュアではありません。 語彙が少なく、表現もまだ拙いので、 こころの痛みをからだの症状で 訴えることもありますが、 こころの問題がからだの症状に 現れやすいんです」子どもがおとなの気持ちが自分に向いていなかったり、自分のことを受け入れてくれない悲しみや憤りを病気という表現だけでなく、さまざまな言動で表すことをおとなになった私は知っています。そして、それは算数を教えても解決出来なかったYくん親子の問題同様に、簡単に解決出来る問題ではないことも知っています。今のままでは、かつて子どもだった私から、「なんだ、当時と何も変わっていないじゃないの! なんとかしなさいよ」と叱られてしまいそうだなあ。だから4つ葉プロジェクトに賛同して、このようにブログを書いていたりするのかな。先日松田さんから頂いた4つ葉のクローバーのレリーフを手にしていたら、遠い父との思い出とともに、こんなことを考えていました。
March 26, 2008
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amigoの石山です。amigoを立ち上げた松田さんからバトンを受け取りそろそろ一年になろうとしています。amigoという現場が確実にあり、そこには確実に役割があることも感じます。その舞台にいる人、参画者も参加者も起こる出来事もすべてなま物。これをやってれば大丈夫というマニュアルはない。答えは一つではない。でも、「これだけはヨロシク」っていうのはある。生き方が多様化してきた今だからこそ、「これだけはヨロシク」って部分こそが大事なんだと思う。子どもを育てるにあたっての「これだけはヨロシク」働くにあたっての「これだけはヨロシク」つまりは生きていくなかでの「これだけはヨロシク」というものを踏まえた上で“多様化”が成り立つ。そこを外しちゃったら、それは多様化ではなくバラバラだ・・・。児童心理学の佐々木先生が「人が人たらしめるのを支えるのは自尊感情だ」という内容のことをおっしゃっていたことを思い出します。これだけはヨロシクの一つのなかに、自尊感情は含まれるものだろう。愛するわが子には、ぜひ携えて生きて欲しいと思う自尊感情。そして、母となった私も持ち合わせたい自尊感情。他者と思いを分かち合う根っこにあるもの。しかし、それは誰かが与えてくれるものではないところがこの世の真理。その「自尊感情」に繋がりそうなフレーズをこの場で紹介させていただきます。杉山さんもお気に入りの占星術家の方の文章です。女の人にきっと響く言葉かな、と思います。体裁を気にしたり、成果にびくびくしたりする必要は今はないだろうと思います。自分の感じることや愛するものに向かってまっすぐに、むきだしに歩いていく中で驚きの発見がたくさんあるはずです。愛や夢が今、貴方の手元にキラキラしている気がします。それは今まで見たことのない姿をしているはずです。だから、知っているものや安心できそうなもので満足しようとしないで頂きたいと思うのです。強みとはなにか、大事にすべきことはなにか…を自分の言葉で持てる人になりたいなと思う春です。
March 25, 2008
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ワークライフバランスってなんだろうか?この極めて曖昧な、言葉は解釈によってずいぶん違う。私はサービス業で、土日もサービスをして利益を稼がなければならない身だ。当然、子育て中の部下も土日をサービスしなければならない。土日出勤。これが、部下の家庭にどの程度影響を与えたかわからないが、明らかに、モチベーションは落ち、業績にも貢献できなかった。何人もの、育児者たちがその実情を訴え、週に1回の日曜休みを切望し、上司に訴える。「なぜ、あたりまえの生活ができないのですか?」上司は思う「使えない奴らだ、補助的な業務にするしかない」そうだろうか?育児者は使えない人材ではない、キャリアもあり、仕事にも熱心だ。しかし、労働条件が整わなければ、継続はできない。つまり労働条件さえ、できる限り整えれば、非常に頼りになる人材だ。今回、初めての試みとして、日曜日は月に4日休みにし、子どもの病気なら、有給を惜しげなく使用できるようなシステムを使った。彼女達が、業績を上げればこの制度は続くし、業績が到達しなければ制度は終了する。「働きつづける彼女達のワークライブバランスを業績で図るのですか?」という批判があるかもしれない。回答は、「企業は業績が上がり、利益が出なければ存続できません」半年後このプロジェクトが終わらないように、しっかりとサポートしていきたい。
March 25, 2008
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環境と子育ての話は、短期的なスパンでみると、うまくいってなくても、その弊害が直接自分に降りかかってくることが少ない。だから、目の前の利益を上げることに、目の前の仕事の成果を上げることに、意識やおカネが集中してしまう。 少ないっていうのは、たとえば自分が温暖化で住むところがなくなってしまうとか、すぐに労働力の減少に直面するとか、そういう状況にないことが多いっていうこと。 だから、社会の仕組みとして、環境破壊や子育て破壊(?)をコスト化して、組織や事業を経営したり実施したりするときには、そのコストを最小化する、すなわち環境破壊や子育てできないような働き方をさせることを極力抑えようとするようなインセンティブがはたらくようにする、という考え方が出てくるわけだ。わかりやすい例が、炭素税。 大学生だったころ、というと1990年台はじめだけど、その頃、環境問題がとりあげられるようになってきて、この、「内部コスト化しよう」という考え方がすごく新しく感じたものだった。 冒頭書いたように、子育ても、まさしくこの環境問題と同じ性質を持っていると思う。長期的スパンでみれば、社会の存続に関わる大きな問題も、イチ個人、イチ企業などの日々の営みの中では、2の次3の次になってしまう。また、自分のところだけよくしようとしても、自分だけ食っていけないことになって損をして、しかも全体的な危機的状況は何も変わらないというようなことになるわけで、誰もそんなことはやらない。 だから、ワークライフバランスを考えないで経営したら、社会全体、みんな同じコストがかかるんだよという仕組みにする。こういうときは行政の出番だ。 平成19年12月にまとめられた、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略では、「次世代育成支援の社会的コストは『未来への投資』である」と位置づけている。(ここで言ってるコストは、ワークライフバランスだけにかかるコストではないけど。) この文言じたいは、ほんとに隔世の感があるよね。 私が就職したころというと今から12年前だが、当時は、たとえば、医学生の友人が言うことにゃー、就職?する医科を決めるために、大学病院内の各科を回っていたときに、「外科に来るなら、子宮はとってきてください」と言われた、なんてことがまかり通っていた時代だ。その頃、すでに北欧諸国では、労働と「家庭的責任」の両立のための、事業主に対する各種義務付けや禁止規定を定めた法律が制定されていた。 あとに残る結果を考えたら、払わなければならないコストを、負担を、リスクを、オンナの人生に押し付けて、「女の幸せはやっぱりなんといっても家庭、子育て」という、すごく意図的な操作をやって、確実に、(ほんとなら大変でやんなかったかもしれない)子育てをやらせてきた結果、そればっかりじゃないでしょとか、お母さんみたいな人生は送りたくないとか、子どもは自分で選んで産むもんだとか、いろいろな女性の気持ちから、今日の少子化は起こっている。ほかの説明もあるだろうけれど、まずはこれでしょう。でも、次世代育成は、女性が「ほかのこともしたかったのに・・・」と言いながらやるもんじゃない、それは社会の大テーマだ。それを社会で考えて、コストを払わないでどうする。環境を整備しないでどうする。 炭素税みたいにほんとにカネがかかるコストにするだけじゃなくて、義務付けてやらなかったらペナルティーを課すとか、ペナルティーまで課さなくても、とにかく義務付けるとか、反対に報奨金や補助金を渡したり、表彰してイメージアップというごほうびをあげたり、と、効果のほどは別にして、手段としてはいくつかある。 次世代育成計画を事業主に提出させるようにしたり、ワークライフバランスのよい取り組みを行った企業に対して助成したりというのはこういう手段の例だ。 ちなみに、このへんのことに関しては、東京都の政策はこんなふうだ。これは18年12月に発表された計画「10年後の東京」(18年12月策定)の実現のための、3カ年計画「『10年後の東京』への実行プログラム」(19年12月策定)。ここにあります。以下は、。この中の、「全体版」の、目標5の施策24です。 働き方の見直しの推進○ 中小企業における両立支援の取組を促進・ 両立支援に積極的に取り組む企業を「とうきょう次世代育成サポート企業」として登録し、その取組を広くPR し、普及を図る。・ 育児休業の取得を促進するため、代替要員の確保に要する経費の一部を支援する。【新規】・ 両立支援制度の整備に向けて、社内でのルールづくりなどの取組に要する経費の一部を支援する。【新規】○ 企業におけるワーク・ライフ・バランスの推進【新規】・ 先進企業における取組事例や育児休業取得時の職場マネジメントなど、仕事と生活の調和に向けた具体的方策に関する実践プログラムを作成し、業界団体等を通じて広く普及を図る。 私は、実は、去年の6月に開催されたタウンミーティングで、「群読」をやった「リブラ」のメンバーで、「むとんちゃく上司」をやってたヤツなんだけど、この役は、真剣に次世代育成について考えちゃーいないけど、管理職だから、世の中そういうことになってることぐらいは押さえていて、悪い人じゃないけど全然わかってない・・・みたいな設定だった。実際、この頃は、「子宮とってこい」は言っちゃいけないってことは、多くの職場に浸透したんだろうなと思う(思うだけです。私の職場はそうじゃない!という方はぜひ、コメントにください。)。世の中そういうことになってきてる、っていうのは確実に感じるし、それはひとつ、社会が変わっていく上で、なくてはならないステップだと思う。 ただ、これだけで、ものっすごい変わるかなあと思うと、心もとない。 保育園のハハ仲間で集まっても、「妊娠中に体がしんどくて、仕事と両立するしんどさを思い出すと、第2子はとても産めない・・・」「人が減らされた上にメンタルで休む人が出てきて、もうどうやってやるのってぐらい仕事が大変で。オットは毎日遅くて子育て云々以前にボロボロだし。2人目なんて絶対ありえない」「こないだ降格してもらったよー。もうこれ以上やってられないしもうちょっと子どもとゆっくり過ごしたいし・・・」というような話がバンバン出てくる。そして、「上司」は、年配男性で、奥様が専業主婦で、そんな感じがまったくリアルでないとしたら。 1.政策はもっとないのか?と考えてみたい気持ちと。2.労働者として、何かしないと!と思う気持ちと。(だって、目の前の状況を変えるのには、よく知ってる人が具体的に考える必要が絶対あるはずだもんなあ。) 大きなムーブメントにするためには、誰かに任せていたんじゃだめだ。それに、ムーブメントになってきたときに、くやしいっていうのもある。自分もそう思っていたのに、何もしなかった。でも、今は常識になってるっていうのは、なんだかくやしい。自分の生き方として、イケてない。 ただ、2.は、雇用関係を意識しないといけない労働者としては、一歩を踏み出しにくい。労働組合という制度があってもなお、むつかしいよね。 でも、この4つ葉の目指すことについて、たとえば今日のテーマ「ワークライフバランスの実現」という命題について、みんなが何かやろうとした場合、私のように、子育て支援を生業としていないし、杉山さんみたいに審議会の委員でもないような人がやれるような具体的な方法を考える必要がある。 それは何だろう? 今年度は、それをやんないと。 やってる方からもお話ききたいです。
March 24, 2008
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Sereno葦澤です。年度替わりで忙しくしているなか、ネットで流れていた下記のニュースに目が止まりました。PTA:東京・杉並の和田中が廃止 「地域本部」が支援、公立学校で初私自身、ここのブログにも書いたことがありましたが、「PTAなんていらないんじゃない?」という問いかけは、今まで身の回りでもよく聞かれていたことです。でも、じゃぁ、実際。なくしたあと、本当にそれは「なくて大丈夫」なの?今まで誰かが担ってきた「必要なこと」の部分はどうしていくの?と考えると、答えが出ない。という部分が多々ありました。それに対して、上記ニュースの答え。さすが和田中。鮮やかだなぁ。 * * *口だけ出して、手を出さず、「あんなものはいらないでしょ?」って言っていることには、抵抗があります。飛び込んでいって、中身を知り、そこで初めて、何かを変える。この手法はとても好き。本当の意味での、とても前向きなリストラクチュアリング。その後の動きを見守っていきたいし、参考にさせていただきたいです。 * * *武田さんも書いてくれてましたが、先日、4つ葉のことを打ち合わせていた帰り道に 小学校などで、子どもが公的なお金を たくさん投入されていることについて 親はもっと自覚してコスト意識を持ちつつ、 自分(とその子ども)が受けている恩恵に対して できることをやっていくべきなんじゃないか?という話をしたのです。武田さんは「恩返し」って言っていたんだけど、私はもうちょっとドライに「コスト意識」じゃないのかなぁと思う。。。ってなことを。子どもがいる人もいない人も払っている「税金」で子どものための支援・教育がまかなわれている。「義務教育」は私たちが生まれたときからそこにあるから、当たり前にそこにあると感じているけれども。そして、それはとってもいいことなんだけど。(子育て支援と呼ばれている乳幼児の育ちに関する支出も もっと当たり前になっていいと思う)そういうこともう一度根っこのところから考えて、周りみんなが口を出し、手を出し、支えあいおんなじお財布で暮らしているという意識を持てればいいのになぁ。。。と。和田中の記事を読みながら、當間さんのブログや武田さんのブログや小学校の校長先生の話を思い出しながらまた、考えたりしてみました。でも、きっとそれは一人一人それぞれが自分の体にメスを入れることでもあるのでしょうね。上手な手術ならそれほど痛みを伴わずによくなるよ。傷あとはいつかは見えなくなるものだよ。って、思えるかどうかなのかな。
March 23, 2008
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先日行われた厚生労働省少子化対策特別部会に意見書を提出しました。セレーノのブログのほうに掲載しましたので、よかったらご覧ください。わたしなりに「大事なこと」を書いたつもりです。でも、まだまだ議論が必要だと思っています。わたしたちの子育てにすごく関係がある話なのに、知らないところで、知らない間に話が決まってたなんて、いやじゃないですか。ぜひ、関心を持って議論のなりゆきをみていただければと思っています。
March 23, 2008
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品川の武田です。不覚にも体調を崩し、一日遅れの更新でございます。4つ葉に入るきっかけとなる、杉山ゼミ以前からずーっと考えていることがあります。「いま、この活動は、誰のためのアクションか?」・・・と、いうこと。杉山ゼミでは、ミクロ・メゾ・マクロからの視点を持ち、「当事者性」をもつことの意味や重要性を知らされながらも、結局この一年、意識が「当事者」どまりだったことに地団太踏みながら、そして途方に暮れている・・・。*****************私は、2000年に大田区で第1子、01年に長女、04年に品川に転居して二女、05年に三女を出産した4児の母である。中小企業に勤める会社員の夫と年金を受ける義母との7人家族。長男は区内小学校2年、公立の無料の義務教育を受け、さらに多子家庭への給食費の助成、放課後は放課後対策事業の中で過ごし、また区立児童センターのクラブに通い、さらに小学校体育館を利用したスポーツにも週一回通っている。長女はこの春卒園、二女は入園する私立幼稚園へ通園する費用へも助成金を受ける。保育園待機児童である三女を含めて未就園児3人、区で行われる無料講座の託児ではおやつ代の実費はかかるくらいで講座代も託児代も区の予算。自身は自活というには程遠く、だからとてボランティアと呼ばれるのは抵抗あり。今年度、自主活動で30日ほど使った「理由を問わない一時預かり」も、@500円という価格は私設保育施設では考えられない価格である。それでもよぎるのは自嘲気味の「託児貧乏」というコトバ。その自主活動も、公共施設を利用し、一部助成金をもらう。長男同様、児童センターに足しげく通い、図書館ではボランティアの方々に絵本を読んでもらい(長男も学校で同様である)、公園で遊び、NPOや区内自主グループからの子育て支援を今も現役バリバリ享受してる。地域からもPTAをはじめ、地域パトロールカーの犯罪予防巡回、町内会祭事などを通じて恩恵を受け、公費では無料妊婦検診を受けて出産、現在は医療費助成(品川では中学3年生まで医療費無料)、児童手当を受けている。・・・・・・・・*****************偶然にも先日葦沢さんと公教育にかかるコストの雑談をさせてもらったのですが、一昨年、品川で初めての子育てメッセを開催する際、個人的な意見として上記のような始まりの文章(一部改変)で終着点は「自分のため」と記したことを思い出しました。とてもエゴに感じるかもしれません。でも、「あなたのために」といえるほど今の私には上記がリアルに重すぎていえる自信を持ち合わせていないのが現実。自分自身が揺れにゆれ、情報に左右され、いま何か自分の中で大切なものを見失ってはしないか、ドキドキハラハラ子育て、いや、生きてるのが精いっぱいなのです。だけどここには、希望があります。広い見地から、子育てを取り巻く環境を改善してくれようとする人々がいます。当事者性をもって、寄り添ってくれる人々がいます。おんぶに抱っこの子育て支援、なんて言葉はいわせたくない。確かに今、自分は支援をたくさん受けている、しかしその支援は使いながらも、もっとニーズが聞こえる方向へ複利を付けて手送りしたいし、最重要課題には、自分たちへの支援も差し出す覚悟もいとわない。だから私は自助・共助という小さな小さなキーワードですが、誇り高き当事者になりたく、邁進するしだいです。わたしの持っているもの、居場所を手放すことくらいなんでもない。みんなそこから芽吹いていって!わたしはまた新しい土地を開墾していこう!ついその覚悟をきめたら、数年を共にしたあちらこちらの仲間の笑顔がやけに眩しくて、立て続けに弾む会話で飲食行為が暴走、内蔵に多大な負担をかけてダウンしてしまいました。違う意味で内臓を「自助」しろよ、とつっこんでいただきたい反省の日々でもありました・・・とほほwww
March 23, 2008
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昨日は、滋賀県に呼ばれて、知事さんと、慶応大学の樋口美雄先生と、ジョンジョンの人事部の大島さんと対談をした。会の名前は「未来可能社会を語る会」。テーマは「21世紀の生き方、働き方~ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて」だ。新幹線の駅の設置に反対して立候補した女性であることはメディアを通して知っていて、その後どうなのかな?と思い、事前に控え室で担当部局の方と食事をする間、伺ってみた。「ダム建設を凍結するという仕事もあって、県のこれ までの方針を180度転換するようなことですから、 やりたいことをする前に、やらなければならないこ とをまずやらなければという状況だったと思います」と話してくださった。うー。国土交通省はじめ、建設業界の人たちや派閥の議員など、もろもろの人たち相手に、そりゃあ大変だったのじゃないかなあ・・・。その後、知事さんにお目にかかったのだけど、すてき~~というのが第一印象。ファッションセンスもいいし、きれいだし、話し方もソフトで、でも、言うべきことはちゃんと言う。わたしたちが座談会をしている周囲を県の職員(若手が多かった)やメディアの人たちが取り囲んで傍聴されてらっしゃったのだけど、知事はすかさず「今日のお話を聞いて、自分たちの部署でワーク・ ライフ・バランスについて何ができるか、A4 一枚にまとめて提出してくださいね。 必ず読みますから」と、おっしゃった。こういうトップを盛り立てよう!ということから、仕事が変わるし、その総体として県が変わるんだよねーと、思うんだけど、気づいているか知らん??母なる湖を懐に抱える滋賀は、何をおいても豊かなところ。京都の隣で、交通の要衝として、放っておいても栄えたところ。人も栄えている。「もったいない」のは、地元の人はそのことに気づいていないことなんだよね。灰をかけたら、満開の桜が咲くんじゃないかな?花咲かじいさんよろしく、灰をかけに行きたいな * * *それにしても、新宿区、三鷹市、滋賀県と何人か女性の首長さんにお目にかかったけれど、みんな素敵だ。「いるじゃーん」と、内心思っていた。でも、もっと、もっと増えなければ。そのためには、すそ野が広がらなければ。ワーク・ライフ・バランスを推進する要は、女の意識だと思っている。どんなにいい制度を国や企業や組合が用意しても、肝心の女がへなへなしていたのでは、魂は入らない。世の中には、いろーんなワナが仕掛けられていて(笑)、女を骨抜きにして、ただのカネ払いのいい「ママ」、ただの便利な「主婦」にしようとしている(それぐらいは知ってるよね?)。それは、日本の損失なんだけど、提供している人たちは目先しか見えてないから、それしかデキナイんだよね。それも気の毒なのだけど。選択権・決定権を持っているのは、エンドユーザーであるわたしたち。このワンパターンのワナをどう上手に切り抜けて、わたしらしく生きるかが、勝負。母親でもあるわたしたちは、子どもの生き方にもまだ責任を負っているので、「気をつけて!それはワナよ!」「評論家になるな。やってみろ」「ほしいものは、クチをあけて待ってないで、 自分でとりに行きなさい!」「え。ほしいものがわからない!? ギャボーン」みたいな真摯なやり取りを繰り返さなければならないんだ。滋賀県の知事さん、あるいは資生堂の岩田さんや大日向先生や、そうした先輩たちを見て、自分なりの筋を通しながら、やらなければならないことから逃げないで、がんばることの大切さを、思う。個を超える(上回る)。個を越える(通り過ぎる)。機は熟した。これまでのやり方は通用しない。ぼやぼやしている場合では、ない、ってことだ。
March 22, 2008
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春にむかい、花粉症全開の松田妙子です。花粉症対策はまったくで、ノーガード、ぼろぼろ泣いています。なにも手を打たないという、そこにまったくもって意味があるわけではないのですが・・・。予防が大事。プランが大事。対処療法じゃだめ。花粉症にまでご親切に教えられる今日この頃です。以前のブログで思い出せなかった日曜のFM番組を教えてもらえました。嬉しい!そうそう、いつもオープニングはこんなせりふでした。もとこさんの語りかけにきゅん、となっていました。聞かせて下さい。あなたの思ってること。教えて下さい。あなたの暮らし。新しい出会いはいつも胸がときめく。音楽の向うにある風景をいっしょに見つめてみませんか?ニューサウンズスペシャル、高橋基子でございます。あぁ、あのころから私は「きかせて、あなたの思ってること。教えて、あなたのくらし」ってとこに共感してたんじゃん!!!すごい驚きでした。と、自分の立ち位置が確認できたところで(笑)、ブログは日曜担当から、金曜担当にかわりました。どうぞよろしくお願いいたします。
March 21, 2008
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先週久しぶりに建築現場へ家具の納品に行った。山の手線内の3階一戸建て。建築士による完全オーダーメイド。金額を想像しただけで、ふ~ッという代物。年度末は工事関係者は大忙し。エンドユーザーが個人の場合はあまり関係ないはずなのだが、建設会社さんの決算期だったり、公共施設関係だったりと、この一月にあちこちの現場を掛け持ちしている職人さんも少なくないからだ。さて、納品を、と現場に踏み入ると、「おい、家具取り付ける気かよ!(怒)そんなことされたらこっちの仕事がはかどらなねぇなっ!!」「ここ(階段)は、ダメだぜっ!運ぶなら梯子使いなッ!」おおぉぉぉーー、なんだこのピリピリした雰囲気はっ?!?!納期が迫っているのに、まだこんなに仕上げが残っているせいとは言え、“そんな意地悪せんといて~”というカンジ。監督さんも現場掛け持ちなのか、朝だけすこしいたら姿が見えない。調整はいわゆる当事者間でするしかないのだけど、パズルのように組み合わさった工程で、全体を見渡さないと上手くいかないのが通常。う~ん、こういう状況で監督不在って、ありかい??ま、とはいえ、こちらも仕事を終えなきゃならないわけで、、、一人ひとりの職人さんに状況を尋ねたり、ボヤキも聴いて、「いやぁ~お互い大変っすよね、ところでね、」と持ちかけると、少しずつ調整がとれていく。本当はみんな気持ちよく、いい仕事をしたいんですよ。それぞれの技と経験で。で、お客様に、いいウチできたわね!って思って、永く大切に使ってほしいと思っている。それができる環境づくりが監督の仕事。(予算管理っていう大切な仕事もあるけど。)そういや昔はよく監督してたよなぁ~と思い出した。みんなの仕事が活きる環境づくりをマネジメントするって、なんか、今の私と共通してるなぁと、ふと感じた現場のひとときでした。
March 20, 2008
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こんにちは、高校生の母です。少し前に、医療費は月々支払っている健康保険料が元となっている社会保険制度から賄われる部分と自己負担分とがあること、お住まいの自治体によっては、自治体のの財源=税金から自己負担分を補助する制度があって、たとえ窓口でかかった分の医療費=自己負担分を支払わなくてもよいとしても、医療費がただになっている訳ではないというお話を書きました。(社会保険制度の部分は、 加入している健康保険によって 加入している組合健保の事業主、 あるいは国や市町村との折半となっています)直接お財布が痛まないだけで、日頃から払っている保険料や税金が回り回って費やされていること、=結局は私たちが負担していることに気づいていただきたくて書いたものですが、もうひとつ、大事なことがあります。それは、医療に関わるお金なのに社会保険制度と自治体の補助金とで賄う→お財布が別々になっている→異なる仕組みが関わっているということです。(お住まいの自治体によって、 医療費の補助金対象年齢が異なります)こういう話でピンと来るのは、幼稚園と保育園。前回、「そうか、保育には教育も含まれるんだ」なんておバカなことを書いたのは、子どもの保育に関わることなのに、別々の制度=厚労省と文科省の管轄に分かれているよということを暗に示したにほかなりません。幼稚園と保育園はその違いがとても判りやすいですが、子どもに関わる制度には、同じようなことがたくさんあるんです。乳児保育に関わるお金は各自治体=税金から出ていますが、育児休業制度に関わるお金は雇用保険、つまり事業主と被保険者本人とが出し合ったお金。産休明けで乳児保育に子どもを預けて職場復帰の場合、子どもに関わる費用はその所得から決定される保育料と自治体の助成金が賄いますが、育児休業を取得した場合は、育児休業基本給付金または育児休業者職場復帰給付金が雇用保険から支給されます。地方自治体のお財布=税金から支援されるか、雇用保険から支援されるか。どちらも働く人の生活を支える仕組みではありますが、その支援内容も財源も違います。子どもに関する制度のほとんどが税金から賄われており、育児休業のように、保健から賄われているものは一部にすぎません。児童虐待の対応を担当する児童相談所は都道府県の管轄ですが、通告などの窓口は最寄りの市区町村となっています。市区町村は、通告を受けた後に児童相談所へつなぎます。児童養護施設に入所させるかどうかは、児童相談所が判断し、児童養護施設入所後は施設のある市区町村へと(運営費は都道府県予算だが、健康保険や教育関連は市区町村予算)子どもの担当が変わっていきます。その財源は、それぞれの担当部署が賄います。次々と担当が変わることが、子どもを継続的に見守ることを難しくさせています。東京都の児童虐待死に関わる事例検証では、養護施設から一時帰宅したときに暴力を受けて亡くなったケースが複数報告されています。万全を期して家族の元へ帰ったはずなのに、どうしてこのようなことが起こるのか。虐待の芽が完全に摘まれているかどうかの判断や子どもがいない間の家族の変化を把握することの難しさのほかに管轄部署が分断されていることによる関連部署の連携の難しさを指摘する専門家は少なくありません。制度の切れ目=お金の切れ目。お金の切れ目=制度の切れ目。そこに落ち込んで困っている親子がたくさんいる。身近なところで、同じような切れ目がどのくらいあるか、是非探してみてください。このお話の続きは、先のお楽しみ。予習としては、ここを読んでみてくださいね。(4つ葉としては復習かな)
March 19, 2008
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いま、必死の思いで、昨年1年かけてよっさほっさと全国駆け回って実施した次世代育成支援協働フォーラムの報告書をまとめている。ここで期待したいことは、各分科会を担当した人がどれぐらい戦略をもって分科会を企画運営したか、その後どうするつもりなのかが浮かび上がる文章。求めているのは、そのときの単なる報告ではなく。担当者がいかにまとめるかなのだが、「くうう。時間切れ。書き直しをお願いする 時間がない」ので、単なる記録になっているところもある。一方の子育てタクシーのマニュアルは、そこは考えなくてもよく、とにかく「マニュアル」。読み物としての完成度をあげるために、プロの仕事に徹する。どっちもおもろい。冊子作りという作業を通して何をしたいのかでつくり方が全然違ってくる。ところで、フォーラム報告書をまとめながら、協働はいまいちだったけど、原稿のデキはすごいというのがあって、またもや考え込んでしまった。「やれやれ、クチばっかり達者になっちゃって(笑)」って感じでしょうか。ことばはつくづく怖い。そのときのリアルな状況は、かりにビデオをまわしたとしても、伝えきることはできないだろう。結局、残るのは、写真と記録だけになってしまう。すっごい盛り上がったように見えたけど、・・・テンテンテンの内容は、どこにも残らない(笑)。だから周囲は「あそこはできている」ように思っちゃうんだろうね。でも、わたしはいかにもな報告がほしいんじゃない。「ディスカッションではいろいろな意見が出て 協働の難しさおもしろさがわかった」なんて文章はいらない。(いろいろな意見って何よ。 協働の難しさおもしろさを知るために分科会 やってるんだから、わかるに決まってるじゃん。 そんなこと報告してもらってもしょうがないのよ)とすると次に出てくるのは、具体的な様々な意見と事例の羅列だ。で?それを並べてどうする?となる。もはやそこまで追求している時間はなく。タイムマネジメントをしそこなった自分に、「失敗した」と、ため息をつく。でも、具体的意見、事例のその先が書けるように分科会を設定するのは結構に大変で、そこまでするつもりなら、準備段階から意図的に動いていかないといけなくなるはずだ。それは、相当にレベルの高い要求であり、さらに、それを報告書に載せるべく、言語化するのも相当に難しいことだと思う。そのときの文章の書き方、報告書の作り方は、読み手を想定した作品をつくるときとは全然違うものであるはずで、なんというか「動く文章」というのか。動きを見せる。白日のもとにさらす。瞬間を切り取る。その人のやることが、ことばと行間から透けて見える感じがいいな。情報を伝える原稿とは別に、そういう目的で文章を書くってことも確かにあるなと、思うこの頃。
March 19, 2008
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こんばんは、amigoの石山です。先週ご紹介させていただいたイベントはお蔭様で本日無事、開催&終了の運びとなりました。育児中の母をターゲットにしたイベントと少し違った層の女性にアプローチできたことが今回の新たな一歩。産後もずっと続く「女性の暮らし」というラインを感じることができました。あ、残念ながら写真がありません~アミーゴプリュスとしても初めての大きな会場での大きな仕事ということでスタッフとしても様々な方にご協力いただきながらの開催でした。「何が宝って、ここにいる人だよなー。」と一日に何回も思いながら今日を過ごしました。子育て当事者が参画する良さ、それに適した分量、内容、打ち出せるメッセージを存在させつつ、そこに甘んじない。いわるる仲良しごっこ、にならない物をつくりたい。そういう思いが自分の中に確実に積み上がっていることも感じました。今回のイベントも無事に開催できてホッとするという部分はありつつもこの経験こそが血や肉となるのだなぁぁぁ。と、子どもに添い寝をしつつ考えていました。企画をするにも、会場を設営するにも、当日の動きも何もかも机上では学べないことばかり。今回は一日のイベントだったけれど、これは何においても言えることだなと。やることで覚える、身体で覚えるしかないことなんだ・・・。先日ある人から頂戴したことば。「今はいっぱい怒られなさい。いっぱいいっぱい怒られて、謝りながらやって仕事は確実になるし、手はどんどん早くなるから。」そして、ある方がおっしゃっていたのはこんなこと「生きること、暮らしていく中でつけた筋肉っていうのは質が違う。筋トレとかで作った筋肉ってのは、使わないとすぐたらーんとなっちゃうけど、目的ではなくて、必要なものとしてつけた筋肉っていうのは、どんなに年をとろうが、こんもりしてて力があるもんなんだ。」もっともっと研ぎ澄ませて生きていきたいと考える今宵でございます。
March 18, 2008
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今日はわたしの43歳の誕生日でした。「オメデトウ」って年でもないんですけどね・・・。病気してこの方、誕生日を迎えると、やっぱり無事に年を重ねられることを、神様に感謝します。先週、14日にほわーんとなってお花とお菓子を持って帰ったのを見た我が家のヤックルくんたちは、ちょっとムッとして「花はもういらないよね」というので、「いや、こっちのはピンク色だったんで、 誕生日には、オレンジ系でお願いします」とお願いした。浜田山のケーキ屋さんのケーキ。息子が買ってきてくれました。しあわせ~。明日は卒業式です。何着かある、光り物は着ないようにと、強いお達しがあり、地味な感じでお祝いします。 そういや、わたしは18歳で、親元を離れ、京都で一人暮らしを始めたんだった。ものすごい生活の変化だったけど、親も結構な覚悟だったろうなあ。今年の春は、わたしの周りで、本当に!いろいろな変化があって、それが一気にくる感じで、少々戸惑っています。「え?オレのこと?」「え?わたしのこと?」って思っている人たち、そう、あなたのことです。そんなことが一気に来てます。で、わたしはどうなるんだろうねえ。そそ、そんなこと考えている間はなく、とにかく今は、「今年度」を無事に終わらせるのだ!!
March 17, 2008
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Sereno葦澤です。「4つ葉」提唱者でもある柏女霊峰先生の著書が数日前にやっと手元に届き、娘たちのピアノの発表会の客席で、こっそり読んでいました。本にラインを引いたり、メモを書き込んだりするのが好きではなく…いい言葉があっても、すぐに忘れてしまうタチなのですが、いくつか覚えておきたい言葉があったので備忘録的にコチラに書き込んでおきます。………………………………………………「子ども虐待防止のための地域における対応」の項目で。。。通告とは悩み苦しむ家族を援助のルートにつなげる手段であり、決して親を告発することではありません。………(専門機関の)基本的姿勢としては「聴く(「十四の心を耳にする」と書きます)こと」、「看る(手を差し伸べつつ看る)こと」、「見守り」、「ちょっとした手助け」、「相手の心のコップを空にしてあげること」などが大切だと思います。「子はかすがい」の項目で。。。子どもは私たち大人が次の時代に贈る生きたメッセージ………子育ては、人と人とをつなぎ、また、時代と時代を結ぶかすがいの役割を担う大切な営みと言えるでしょう。…………………………………………………(『子ども家庭福祉・保育のあたらしい世界』:生活書院・刊)見開き2ページのなかに、これだけの言葉を残すことが出来るような人に私もなりたいな。(大それた野望)
March 16, 2008
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わたしが毎週、気に入って読んでいる占いの人が、この4月を目途に、仕事を大幅に見直す(減らす)というお知らせを読んだ。連載なども順調に増え、本も刊行し、ものすごい勢いでファンを増やしているのが、単なる一読者にもわかっていたので、それを、自らストップしてしまう英断に、「この人は、本当に、自分の仕事に誠実な人なんだな」と、思った。ホロスコープを読み、そこから占い師の感性で、つまりはこういうことですね・・・というものを差し出すのが、占い師のお仕事なんだなーとか、その解釈と表現が占い師の勝負なんだなーとか、彼女の書くものから、そういうことを教えてもらったのだけど、ものを書くってことを、大事にすると、やっぱりそういうことなんだな、と、改めて思った。大量生産は、無理。 * * * 先日の少子化対策特別部会で、大阪市立大学の山縣先生が興味深い発言をなさっていたのだけど、この少子化対策の問題に取り組む時に、おおよそ3つぐらいの立場、観点でものをみておられる人たちがいる。1.出生率をあげようとする人2.生産力(労働力)をあげようとする人3.社会のなかで子どもの育ちを考えようとする人というように整理された。人口問題の観点、経済行動の観点、福祉の観点ともいえると思うけれど、どこに軸足を置くかと言えば、わたしはまぎれもなく3番なんだけど、3番の人たちだけで、「阿吽」の呼吸で、心地よい議論をしている場合でもないのが、今なんだな、と思っている。なぜなら、子ども・子育てにもっと財源を!といった時に、お金を出す人たちの発想は、1番と2番だからだ。保育サービスなどに関して、規制改革会議が出してきた注文は、長年子どもの分野に関わってきた人たちの神経を尖らせるようなものも入っていて、感情的にもなってしまいそうになるのだけれど、「味方になっていただきたい」ので、一つ一つに誠実にお答えしていく姿勢が大事だと思っている。「3番ぶりっこ」をして、「子どもの育ちが~~」を錦の御旗に、努力を怠って、既得権益にすがってあぐらをかいている人が、わたしは一番罪深いと思っているしね。 * * *人口問題と見るか、経済問題と見るか、児童福祉と見るか、等々、あるけれど、大事なのは、全体像で見ることだろうと思う。切り替えは必要だが、思いっ切り切り替えて、「それはそれ、これはこれ」とやっちゃうのではなく、全体像としてみたときも、矛盾せず、美しい姿であるよう、バランスをとることが大事なのだと思う。いま、子育て支援はブームなんだそうだ。追い風なんだそうだ。そうかもしれないな、と、ちょっと思ったりしている。それは、悪いことではないはずだ。ブームが過ぎたら、別のブームに乗り移る人が、ほんの数年、したり顔で「子育て支援、大事ですよね」と、言ったとしても、「これって、誰のための“子育て支援サービス”なの?」と思うような、とぼけた、でもいかにもキャッチーなサービスを始めたとしても、まあ、それは、その人の生きる美学の問題で(そういう人は、何度言っても、同じことを繰り返す だろう)、わたしがとやかく言うことでもないし、別段、悪いことではないはずだ。重要なのは、より根源に近いほうにいる人たちの自覚だ。「たぶん、わたしは最後までここにいるだろう」と知っている人たちの自覚だ。ほんの少し、先にはじめていた3番の問題意識の人たちの力量次第で、これからさらに加速度を増すであろう、子育て支援や少子化対策の施策は、成功もするし、失敗にもなると、思っている。大量生産は無理。定期的に、一定の品質で、コンスタントに差し出すことはできる。それが、自然な人の営み。暮らし。機械を育てているわけではない。人が人と出会い、かかわりを持ち、感じ、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、考え、語り、表現し、行動し、自らを成長させていく。それが、わたしたちの暮らしの基本であり、「子育て」であり「子育て支援」だ。
March 16, 2008
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はじめまして。いつもブログを読んで頂いています皆様、今月から隔週土曜日を担当させて頂きました、横浜市在住の「小1と年少の母」です。現在は、年長と3歳9ヶ月ですが4月にはカテゴリのように、小学生ママと幼稚園ママになります。【4つ葉プロジェクトの出会いとこれからの私】『出会い』 昨年、横浜市内でも都心に近い区で活発に活動する子育てママさんに出会い、その方のブログ内で、4つ葉プロジェクトのバナーをクリックしたのが最初でした。 その頃は杉山さんがブログ更新をされており、毎回うなずきながら読んでいたものでした。いつの間にか4つ葉プロジェクトのブログを読むのが日課になっていました。 そして迷いに迷ったあげくテーマに誘われ、6月の「タウンミーティング」に参加しました。そこで初めて拝見した顔ぶれ・・・ まずは杉山さん(あ~!杉山さんだぁ)、びーのびーの 奥山さん(あ!あの方が奥山さん!)、わっははネット中橋さん(お~!器の大きそうな方)の挨拶から始まり感動、感動でした。その後、子育て支援の世界にハマってしまった私。 それ以前に「幼児虐待は他人事なのか?もっと当事者のレベルでも現状を知るべきではないか」という疑問を心に思っていた時期でもあります。 視点を地元に戻し、「よこはま」「かながわ」のネットワーク団体に飛び込み、各区、各市の現状を把握しつつ勉強、勉強の年でした。 けれども、武田さん同様、私は特別な存在ではありません。ただ6年間の子育て経験を、初めて母親になったママさんへのヒントにしてもらうだけなのです。そして、「いいのよ。子どもの成長は個人差があるのだから、見守ってね」とか「ようこそ広場に来てくれました!」と迎えてあげる番になっただけなのです。『これからの私』 今年は次女の入園をきっかけに、気持ちの整理をしようと、行き込んでいた矢先・・・。地元でとてもショックな事故があり、「もっと子育てママの気持ちに寄り添わなければ」という気持ちが大きくなりました。 4月からは常設の親子の広場や地域の親子サロンで見守りボランティアをしていきます。少しでもお母さんの気持ちが楽になればと思っております。 そこで気がついた事などを今後のブログに紹介していこうと思っている今日この頃です。今後ともよろしくお願いします。
March 15, 2008
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世田谷の松田です。この2週間、私にとって正念場のようで、印象的な出来事がありました。そうか、そうきたか。と思いつつ、静かに受け止めつつ、でもどっしり構えているようで実はどうしていいかわかんないから、とにかく動くっきゃない。みたいなことになっています。初めてのことだらけで、無駄が多く、あちゃー、ということもやらかしていますが、気持ちはけっこうすっきりしています。そんな状態で、やはりはげまされるのは、仲間たちの存在です。私の大好きな漫画(医龍)のなかのかっちょいい一言。「思い出せよ。成長したから信じたんじゃない。成長する事を、信じたんだ」あー、これ、私のスタンスかもしれない、デス。私は、あなたを信じています。松田さんは甘いね、といわれてしまうんだけれど、こういうとこが私にはある。それが裏目に出ないように、クールなアタマも持たなければいけないけれど。そして、自分自身も成長するってことも、信じつつ。さて、「話がしたいモード」をこのごろ身の回りで感じます。つまり話ししたい、と思っている人ばかり。自分も含め、ね。これはどういうことなのかな・・・とつらつら考えたのですが「おしゃべりがしたい」のではなく、今感じていることや課題を共有したいんだ、ということなのです。これはいいタイミングがきているな、と思っています。ただ、課題を共有して終わるだけでなく、解決にむかって、具体的に行動レベルにおとして決めていくチャンスです。どういう解決イメージをもっているか、すりあわせをする時期です。(意外と人は、いやだと思っていたり、感じている課題があっても、じゃあ実際どういう状態が理想なのかをはっきりともっていなかったりする)来年度の私のテーマは、「仮説を立てて、実践を行う」としようと思っています。(私は体内時計が4月始まりになっております、手帳もね)最初に仮説を立てること。良い問いを立てること。そしてどういうアウトプットをしていくか、イメージしてから始めること。今までも、実は「勘」「鼻が利く」「肌で感じる」みたいなことはたくさんあった。やってきたことは正しかった。そう思えることもたくさんあった。でも、もうそのやりかただけではダメなんだ。んで、その仮説を実践しながら、「あたらしいものさし」をつくるんだ!そんな気持ちでいっぱいの、春です。どうか、良いはじまりのために、よきおわりを。
March 14, 2008
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「こっちは、誕生日のお祝い」「これは、ホワイトデー」少子化対策特別部会が終わるのを待って、わざわざ霞ヶ関まで届けてくれました。くらっ。中橋さんに自慢ダワいいお仕事、しようね。どうもありがとう。
March 14, 2008
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昨日、NHKのドキュメント番組を見た。定時制高校に通う子どもたちを描いたものだ。今、定時制高校に通う高校生が増えているという。私立に行くお金がないからだ。番組によると、全日制の公立高校の人気が高まっていて、入れない子が増え、その中で私立に行く子もいるが、経済的理由でそちらには行けず、昼間働いて家にお金をいれつつ、夜高校に通う子が増えているんだそうだ。ギャーな気分。この国のセーフティネットは、いったい!?息子と同じ年の男の子が、定時制の高校が終わったら深夜のバイトに向かうのだと、弁当を食べていた。夜のほうが時給が全然いいから。遊ぶ金のために、そんなことはしない。家にお金を入れるためだ。ある日突然、お父さんの勤めていた会社が倒産した。この子には、何の責任もないことだ。我が家にだってありえた話だ。たまたま、倒産しなかっただけだ。でも、この先、何が起こるかわからない。求人も少ない。早く親を楽にさせたいと、安定した職業に就きたいと願う子もいるが、なかなか決まらない。大好きな漫画を描きたいと思うが、とてもじゃないが専門学校に通うお金が出せないと親に言われた。「この子たちが通える専門学校をNPO法人で つくりたい~」と言ったら、「お金がないとできないよ。●×みたいなお金のある 企業が、自分のところのためだけじゃなく、こうい う子たちのためにって学校つくればいいんだけど。 やらないよね」と夫。(だよね。事業所内保育室でさえ、地域の子どもたち に開放したくないっていうし、ラーニングコストを 聞いて、従業員のためにだって出さないもの)昭和天皇が亡くなられた日、つまり「平成」になった日に、妊娠がわかった。その日を堺にわたしの人生と子どもの人生と夫の人生が大きく動き出したわけだけど、世の中的には、平成元年とは「1.57ショック」の年でもある。バブル真っ最中の子育てで、まだまだ「子育ては楽しいもの」と世間は思い、「そうじゃなくて、つらいんです!」と当事者が声を挙げた最初の世代でもあり、子連れハワイ旅行が大ブームで、母親達の自費出版の子連れマップがあちこちで創刊され、公園デビュー服がデパートで売られ始め、ブランドの子供服が登場し、渋谷には、子どものものだけを売るデパートが登場し、「育児産業」と呼ばれた。ちょうど、VERYの創刊時でもあり、にこたま界隈でお買い物中の子連れの写真がバンバン出て、読者モデルの紹介は、なぜか、子どもの通う幼稚園や小学校の名前と、夫の職業っていう笑える紙面で、NPO法人はまだなかったので、母親経験を生かしながら起業する人が私の周りにもかなりいた。浮かれていた時代があって、能力主義だ成果主義だといわれ、「自己責任」って繰り返し言われた。で、中学入学時が、ちょうど2002年で、ゆとり教育の始まる年でもあったので、普通の家庭がお受験するようになった年でもあった。で、2008年春、平成元年生まれの、ひとつの結果が、定時制高校に通う子どもが増えた・・・なの? 「勝ち組」とか「負け組」とかわかりやすすぎる線引きしか思い浮かばないのが、昭和生まれダワ。あの子たちは、もっと複雑。「多様」の意味を、わたしたちなんかより、もっともっと深いところで、自覚している。失恋とか部活で試合に負けるとかは、「セイシュン」だから、いいと思うけど、学校に通うとか、お金の心配をそんなにしなくてすむとか、食べていけるとか、卒業しても「なんとかなるでしょ」と楽観できるとか、そういう環境を整備しようよ。自分の努力ではどうすることもできないようなことで、何かをあきらめなければならないようなことには、子どものうちはできるだけならないようにしたいんです。それが、大人の責務のように思うんです。と、なんか情けないぐらい、そう思う。そんなこともしてあげられなかったオレたち。「ほんと、すまん」な、気分。我が家の息子にも、両親であるわたしたちにも、これからちょっとシビアな現実が待っていて(息子がブログには書くなって言うから~)、でも、あなたよりもっともっと優秀な子たちが、自分のせいではない理由で、進路をあきらめざるを得ないという現実をあなたとわたしたちは、受け止めないことには、何もはじまらない。お前は、お前の能力を、絶対に、自分のためだけに使うなよと、母は強く思うのだった。と、ここまで書いて、中橋さんのブログを読む。平成以降、少子化の深刻度が増すごとに、子育ての困難度も増しているのではないか?子どものおかれている環境も悪くなり続けているのではないか?わたしたち市民が、やっていることなんて、「焼け石に水」なんじゃないのか?あきらめるつもりはないけれど、間に合わない感じというか、気が抜けない感じが漂っている。詳しくはhttp://www.npo-wahaha.net/index.php?cID=1http://mytown.asahi.com/kagawa/news.php?k_id=38000240803130001
March 14, 2008
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年度末が迫ってくる中、本年度主催したフォーラム事業、調査研究事業、子育てサイト事業の最後の取りまとめを一つ一つ済ませる日々。気がついて振り返ってみたら、短い間にずい分いろんなことに携わらせていただいたものだなぁ~、異状なまでに働いたよなぁ~、ワークライフバランスできてたかって訊かれると、、思わず苦笑だよね~。(仕事中毒系人間なのかも。イカン!次年度は、もそっとバランスよくいかねば!)フォーラムで次世代育成支援後期計画を見据えていろいろなセクターの関わり方について鳥瞰し議論した時、子育て支援サイトの様々な可能性について熟考した時、調査研究で関西の中間支援組織にヒアリングした時、ホームスタートインターナショナルアンナ事務局長と熱弁した時、NGO研修から企業研修に踏み出した時、中小企業オーナー達と人材獲得戦線について話した時、CSRのあり方研究会に出向いた時、NGOの国際会議で人脈作りできた時、その時々に、人を機軸にした「働くことと暮らすこと」についての思考が、時には水平方向に、時には垂直報告に、拡がっていった。現場を運営しながら直接支援を実践している人や大学の先生など研究に携わる有識者、そして行政パーソン、子育て支援道の達人や専門職のプレーヤーの中に異邦人のように舞い込んできた自分。企業人が異業種交流をしていろんなヒントを得るように自分の中にある縦・横・ナナメのいろんな面を交差させながら展開できることが、きっと何かあるハズ。わけもわからず、ただただ事務支援に徹した初めての年、状況が見えてきて自分なりに考えだした年、そして三年目の年度がもうスグ始まる。昨日の研修で発した最後の言葉、"Your standing point is your view point."自分にも向けて考えてみたい。人を繋ぐこと、人の潜在能力を伸ばすこと、を念頭にいろいろな世界を通り抜けて来た自分だから見えることを、その視点を現実的にどう活かすのか、どう実践し人様の役に立てるのか、、、これって、自分自身の40代後期計画かも?!次世代育成支援後期計画についての分科会報告をまとめながら、何だか共通する言葉に行き着いたなぁ~。さてさて、忙しい年度末ですが、こんな風に、次を見据える時期でもありますね。みなさんの「これから」は、どんなルートマップですか?
March 13, 2008
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今、作成中の子育てタクシーのマニュアル本では、わたしたちの直接のクライアントはNPO法人わははネットであり、中橋さんで、だから、わたしは「中橋さんのために!」と、がんばってしまう。そのがんばり方は半端ではなく、「子育て中のお母さんたちがベビーカー押しながら タクシーを止めようとしても、面倒臭がってよう 止まらないんです!」と、ぷるぷる憤慨するのを見たりすると、「ほんとそうだ!」と思って、中橋さんの気持ちを100%くもうと思い、読者であるドライバーさんには、できるだけ母親の気持ちを知ってほしくって、「ママはとっても繊細!」という文章を書いてしまったりする。(何気ない一言がお母さんを傷つけるよってことが 言いたいんだけど)あとで読んで、「わたしともあろうものが。ちっ」とか思ってくやしがったり。(ママなんて呼ぶな!母親を甘やかしてはいけない!って 言っているのに)そこで、ふと我に返ると、わたしと中橋さんの子育て支援のスタンスの微妙な違いに、ちょっとおもしろくなったり、自分のことを改めて知ったりする。つまり、テッテイテキにプロなのだ、わしは。中橋さんのためなら(信頼するクライアントのためなら)なんでも書けるな、たぶん。だから、自分を傷めないように、仕事を選んでいるのかもしれません。撮影用の紙おむつを探して、Sサイズ、Mサイズ、Lサイズ、全メーカーそろえるべく、ドラッグストア駆けずりまわったり、肌着、一枚一枚にアイロンかけたり、読者モデルさんの服が派手すぎるからと、編集さんに彼女がはいているズボンを脱いでもらって、モデルさんにはかせたり。(編集さんはその間、バスタオル腰に巻いて撮影に立ち会っ てたし)いいページ、いい本のためなら、なんでもするんだと思う。(って、バスタオル巻いて仕事つづけるし、カメラマンも そんなのお構いなしだし、そこにいる人はみんなそうだ からね)いいのか、悪いのか、わからないけど、なんか、わたしには、そういうところがあると気付いた。テレビ局の人とお話するときなども、「あー。内容的にはちょっとと思いますが、新番組なら、 インパクトあるし、そっちでいったほうがいいかも」とか言ったりしていて、ギリギリでとまらないと、ダメだって、と、自重するのだった。 * * *いま、恭子ちゃんたちが4つ葉公式サイトのリニューアルのために取材などで動いてくれているんだけど、いよいよ今度、某先生にインタビューに行くということで、「こういう質問しようと思って」とすっごく楽しそうに報告してくれたのに、「それは愚問ね」と一刀両断してみたり。でも、わたしが聞くと変だけど、恭子ちゃんが聞くと、意外におもしろい返事が返ってきて、いい原稿ができるかもしれないな・・・などと、あとで考えているあたり、「オニ」だと思う。この前、恭子ちゃんがインタビュアーになって取材に応じた時のテープ起こしがメールで届いたけど、「みなさんが考えた、4つ葉的においしいところを、 使ってください」が、わたしのオーダーで、あとは完全にお任せのつもりだ。何を出してくるか楽しみ 教育係さん、よろしくわたしが誰かからもらったもの。シェアしよう。伝えよう。枯れないうちに。いいところだけ。そうしたら、また別のギフトを、きっと受け取れる。いま、花粉症で、結構つらかったりするんだけど、仕事が楽しくってならない。いえーい待っててね。わたしに仕事をくれた人。
March 13, 2008
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この3月10日にフレーベル館より、『地域交流』part2が発売になりました。かわいくて目立つ表紙が目印です。昨年、杉山ゼミに参加してくださったみなさんにあちこちの保育園、幼稚園に取材に行ってもらって、それをまとめました。まだ手元に届いていないので、お見せできないのが残念ですが、保育園や幼稚園の園行事を地域交流でやる場合のやり方を丁寧に書いています。子育て支援を実践してみたい方におすすめです。ぜひ、買って読んでみてくださいね。
March 12, 2008
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こんにちは、高校生の母です。ちょうど今、保育に関する本を読んでいます。子どもの発育や発達については、発達心理学や小児精神医学、小児医学など、仕事を通じて得た微々たる知識はあるものの、保育の本質や原点については、全く知りませんでした。「子どもは、実の親のみではなく、 実にさまざまな大人たちのもとで育ち、 その影響を受け、人間として育っています。 実の親による家庭養育という営みとともに、 保育者を始め社会のさまざまな人々による 保護、養育、教育の営み、 それらの総体が保育という営みです」(「これからの保育者にもとめられること」ひかりのくに・刊 第1章保育の原点より抜粋)もう、序文でいきなり、「保育の中に教育という要素が含まれていたのか! 」と驚くぐらいですから、いかに何も知らずに子ども関連の事業に携わってきたか、自分でも呆れてしまいます。でも、これでもう「保育か、教育か」で悩む必要がなくなりました。少なくとも、私の頭の中では。* * * * *乳幼児のお世話や遊ばせ方なんて、何も知らずに親になり、それこそおっかなびっくりで始まった幼な子との暮らし。幼稚園教諭だった義理の姉が上手に姪や甥たちの相手をしているのを思い出すにつけ、「もっと将来のことを見越して、 職業を選ぶべきだった」なんて、嘆いたことがありました。自ら望んで就いた仕事に誇りを持ち、充実した毎日を送っていたくせに、なんだかおかしな話ですが、当時は切実な思いでした。雑誌の編集という仕事柄、取材テーマに沿ってそれにふさわしい専門家にお会いするのが当たり前のようになっていて、子どもとの暮らしにも専門的な知識と経験が必要だと思ってしまう辺りは、なんだか職業病のような気もします。何も自分自身が保育士である必要はなく、専門家という第三者にご登場願えばいい。実際に、仕事の打ち合わせのときなどにわが子をベビーシッターさんに託して出かけるようになっていったので、彼女たちの専門的な知識と経験のお世話になりました。子どもとの接し方や見守りの心構えなど、当時の私に足りない部分も、たくさん教えていただくことが出来ました。その後、幼稚園のお迎えから私たち夫婦が帰宅するまでの時間帯の見守りをお願いするようになってからは、私たち家族にとってかけがえのない存在になって行きました。娘の幼稚園時代は、ひとりのベビーシッターさんにお願いし続けました。子どもの気持ちに寄り添って、ときに代弁者となってくださったベビーシッターのMさん。当時もとても感謝していたけれど、改めて、深い感謝の気持ちが湧いてきたのは、保育の本を読んでいることと全く無関係ではありません。* * * * *どうしても出来なかったのは買い物や自分自身のゆとりの時間のために彼女たちの手を借りることでした。「どんなときでもいいのよ。 仕事のときだけじゃなくても、 あなた自身のために お子さんをお預かりすることも 考えてみてね」今思えば、とても有り難いアドバイスをもらっていたのにそれだけは、どうしても出来ませんでした。何故だったんだろう。* * * * *冒頭でご紹介した文章には続きがあります。「一部の子どもや家庭にとって保育が必要なのではなく、 すべての子どもとくに乳幼児にとって、 保育は必要です。 “子どもは保育を必要とする”という認識は、 今日のわが国の状況を見ると、 とくに必要で、重要な認識です。」子育て支援関連施策が進む中で、保育制度そのものにも変革が迫られています。保育士ももちろん例外ではなく、子どもの育ちの援助である「保育」と保護者の子育てに対する援助である「保育指導」の二つの役割を担うようになりました。これから子育て支援の中心的担い手として、その役割も必要とされる場所もますます広がって行くであろう保育士という職業。しばらく注目して行きたい職業の一つです。
March 12, 2008
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こんばんは、amigoの石山恭子です。4つ葉プロジェクトも今度の4月で3周年を迎えるにあたり、いろいろ着々と準備を進めているところです。今日は午前中事務局関連の打ち合わせ、午後は杉山さんと厚生労働省に今後に関することでご挨拶に・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・子育て(支援)界隈にきて3年が過ぎた今、私も子育て周りの状況も、3年前と今とでは随分と変わってきたように思う。子どもが生まれて、生活が変わり私の暮らしも随分と変わった。産後の身体について考え、母となった女性のメンタリティについて考え、多くの母となった女性と接してきた日々。子どもの育ちと女性の生き方と社会の制度を感じながら私と仲間が思ったことは要は「暮らしが大事なんだ」ということ。時間に余裕があっても無くても大事なポイントを押さえること。暮らしの中にこそ、健やかさへの鍵はあるのだということ。第2回のタウンミーティングの群読でも高らかに読み上げた・・・「クオリティ・オブ・ライフ、命の循環!」と。そう、クオリティ・オブ・ライフです。amigoの大家さんでもある「大きな木保育園」の園長先生も話します。子どもに生きる力をつけて欲しいと思うなら「まず“食っちゃ寝”を守りなさい。」と。“食っちゃ寝”の中にある大切なもの。と、いうことでコチラのイベントを開催します世田谷区保健所からの委託で開催するイベントでアミーゴプリュス(子育て支援グループamigoから生まれた会社)が手がける初めての大きなお仕事でもあります。「こころ」「からだ」「食事」「眠り」「社会」の5つのキーワードで、暮らしを見ていきます。実際に体験、体感しながら、ご自分の暮らしを見つめてもらえるよう知恵を絞りました。暮らしって目に見え見くい、言葉にしにくい、成果も見えにくい。ましてや「こころ」なんて誰にも分かるものじゃないから、具体性を持たせることに苦労もしましたが何とかかんとか因数分解しました。食に関しては「だしのワークショップ」なるものも開催されます。日本人だからこそ知っている「うまみ」について学ぶ場です。そして眠り。知っているようで知らない。意外な盲点・・・。“快眠案内人”こと素敵なコーディネイターを招いてのワークショップをします。自分の暮らしを「カルテ」に落とし自分に必要な情報を得て自分にとっての“健やか”とは何かを持ち帰っていただけるといいなと考えています。正解はひとつではないので。小さい子どもがいる暮らしでも自分の地図を描き続けたい。欲張りな(笑)amigoチームのメンバーの暮らしの中から生まれた企画ともいえるかもしれません。「やりたいことやるために、まずやること」とでも言いましょうか。アミーゴプリュス代表社員市川望美からの告知もどうぞご覧ください。社会のコーナーでは4つ葉プロジェクトもモチロン登場。品川から武田さんにお手伝いに来ていただきます。開催まであと一週間。そのためにだけ活動できればよいのだけどルーチンも回しつつ、他の仕事もしつつ、あ、まだ確定申告も。ということで年度末らしい毎日を過ごす私です。今日も元気に過ごせていることがありがたい。
March 11, 2008
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はじめまして。私も、3月からの「新体制」で、月曜日のブログを隔週で担当させていただくことになりました。中村美香子と申しまっす。 私の毎日の、いわゆる本業として食い扶持を稼いでいるシゴトは、今のところ、直接、子育て支援とは関係ありません。現在2歳と4歳の子どもとオットが私の家族で、少女のころから夢見た「ワーキングマザー」でありまっす。 私は、男女平等参画主義者です。子育て関連の政策について考えるとき、私の問題意識の根本は常にそこにあります。男女の役割分業的な考えかたがキライです。家庭責任、とりわけ子育てを女性に押し付けているうちは少子化は絶対止まらないと思います。押し付けてるっていうのは、結果、という意味でね。そういうつもりはなかったんだけどそうなっちゃったというのも含めて、制度的に、文化という名のもとで、意識の上で、職場の雰囲気で、家庭の中で、・・・いろいろな場面があるでしょうが。・・・ この考え方が根本にあるから、私は、自分の子どもが大きくなっても、すでに過ぎた年代の子どもも含めて、子育てについての政策や社会のありようを考えることに興味を失わないだろうと思います。むしろ、娘が大人になったとき、私のように、「少女の頃夢見たワーキングマザーとだいぶ違うぞ~!」という状況のまんまにしたくないから、何かしなくてわっ!と思うのです。 で、私がやってることは何なのかというと。 私は世田谷区に住んでいて、世田谷区の産前産後支援事業(産前産後の家庭に、家事援助または育児補助をする「子育て支援ヘルパー」を3回まで派遣する事業です。)という区の事業が下の子の出産の頃に始まり、利用者として「えー?」と思ったところから、さんさんぷろじぇくとという活動を始めました。この事業が通称「さんさんサポート」という名前だったところから、名づけた活動です。まあ、はっきり言って制度の使い勝手が悪かったんですね。それに、このヘルパーさんというのは、ベビーシッターや介護などの業を営んでいる事業者の方々なのですが、子どもが生まれるまでそういった事業者のサービスを利用する機会のない、私たち「赤ちゃんの親」は、区から事業者の一覧表を渡されてもどこに電話をかけようか、迷ってしまう。などなどの理由で、「うーん結局使わなかった・・・」という人が、サロンなどで会った人々の中でも多く見受けられる感じがして、「そりゃもったいない!」と思い、1.さんさんサポートを使ってみたよの感想・情報を交換する場、2.この制度、もっとこうしてほしい等の意見を交換する場、としてサイトを設けたわけです。 と、ここまではよかったのですが、これが今のところ、あんまり盛んな活動になっておらず、私個人のほそぼそとした活動になってしまっています。私個人では何をしたかというと、世田谷区に対して、事業全般に対する改善案を持っていったり、その中でもピンポイントの項目について、「このようにやってはどうか?」という具体的な対案を提出して説明しに行ったりしています。細かい点については直してくれた部分もあるのですが、望んだ結果は出せていません。こういう活動の難しさを感じ入った!まではいいのですが、ここからどうもっていくかが課題です。人と共有する、ほかの人も動く仕組みをつくるってほんとに大変な作業なんですよね。そういう意味で、この4つ葉プロジェクトをやっている杉山さんは本当に尊敬に値します。 今回、この自分のカテゴリに銘打った「さんさんぷろじぇくと」は、この世田谷区の事業改善発展のためのプロジェクトという狭い意味ではなくて、私自身の、いわば、「子育て関連政策を成功させる→男女平等参画でハッピーなシャカイをつくる→本当は望んでいない少子化を止める」プロジェクトという意味と考えていただけるとありがたいです。何しろ、ほかの子育て支援に携わっているかたがたと違って、本業と別プロジェクトの両方をやろうとする身にとっては、別プロジェクトのほうに名前をつけて、自分の業としてきちんと位置づける必要があるので。ま、どっからそっちが本業になるかわかりませんし! その中には、カウンセラーとして地域で活動するという目標もあります。 子育て生活を幸せにし、幸せな次世代を育てるには、いわゆる、制度だけでは不十分。もっというなら、制度にしても、ココロに着目した政策が必要だと思ってます。子育て支援には、家計、仕事との両立など、どこを支えるかでいくつかの種類があるわけですが、親のココロと夫婦関係を支えるという観点が必要だ!と、自分の体験からも強く感じています(笑)。今、資格取得のために勉強中です。勉強自体が自分のカウンセリングになるのでめっちゃいいです。さんさんぷろじぇくとのサイトのほうでは、「なんちゃってカウンセリング」を時々やってます。 そのほかにも、アタマの中には、「これできたらステキだよなー」と思っている企画がいくつかあります。忙しいけど、ほんとに忙しいけど、私も「やってみせるにこだわりたい」と言い切りたい。どうぞよろしくお願いします。
March 10, 2008
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セレーノ葦澤です。「生まれたときからいるみたい」な顔をして(?)子育て支援界隈に出没している私ですが、実はつい先日、やっとセレーノに通いだして丸1年になりました。この1年に起こったこと、たくさんの人との交流、形になり、走り始めている仕事…などなどのことを思うと、なんだか感慨深いものがあります。 * * *もう一方で、もうすぐ1年になることに小学校のPTA執行部の仕事があります。(いちおう副会長。。。)今までも広報・選考・卒対などの役目は数回引き受けたことがありましたが、学校全体の方針に関わったり、意見を言ったり出来るというのは全然違う立場だな、と。その立場で地域に出て行き長年地域の裏方をされている方達や行政の方とお話する機会というのも新鮮でした。時代が変わり、子どもたちも親も生活・行動範囲が広くなっています。にもかかわらず、「形」や「枠組み」の変化は遅い。そして、そこに縛られて凝り固まった「意識」の変化はもっと遅いのかもしれません。「無難にこなせばいいんじゃないの?」と言う人、「いらないんじゃないの?」と言う人、「変えていけばいいんじゃないの?」と言う人。閉ざされた枠組みのなかにもたくさんの価値観がぶつかり合いながらの1年間。やっとお互いの中身が見える頃にはもう年度末でした。 * * *誰もが関わるわけではないけれど、親であれば、誰がやってもいい仕事であるPTA。似たようなタイプの人たちばかりじゃないからこそいろんなことが起きる、公立小学校。いろーんな人がいるからこその「地域」。そこにコミュニケーションの難しさがあるわけだけど、今の時代、それをいちばん感じているのはきっと子どもたち一人一人…なのでしょうね。だからこそ、私たち大人が、「価値観の違うあの人たちと、 ぶつかりあいながらも仲良くなったよ」って、“見せていくこと”の大切さを感じています。 * * *子どもたちの成長につられて、「中3と小6の母」になるのも目前。親として、大人として、胸を張って彼女たちの前に立てるよう負けずに成長しなくてはな~と(ちょっとは)思っていたりするところです。
March 9, 2008
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土日は予定がない限り、ヨガやヒップホップやピラティス三昧の日々なのだけど、わたしが大好きなヒップホップのYUKAセンセイ(25歳)とか、元モデルだったというピラティスの先生も、「やってみせる」の人達だなーと、思うこの頃。先にやって見せて、わたしたちと一緒に踊って、全体を見ながら、「ここはこうしてくださいねー」と、クチでも説明できる。すごいわ。で、「やって見せる」の本格的カタチが、資生堂の岩田さんだと思う。新聞報道でもご存知の人が多いと思うけれど、資生堂の岩田喜美枝さんは、今度副社長になられるそうだ。男女雇用機会均等法は、わたしの人生にとって、(上手に生かせなかったことも含め)大事な法律で、そうした法律づくりに関わった人たち!というだけで、「きゃあ」となってしまうところがあって、そういう意味では、旧厚生省と旧労働省が1つになって厚生労働省になり、「雇用均等・児童家庭局」という局ができ、そこの初代局長は、「岩田さんって女性なんだー」と、会う前からインプット状態だった。初めてお目にかかったとき、わたしの名前を知ってくださっていたのもうれしかったし、ちっともいばったところがなくて、みんなに目配りができて、想像以上に、やさしくて、素敵で、しなやかな感じが、「こんなにえらくなっても、こんなふうに、働ける んだー」と思えて、(髪の毛振り乱して)とか、(女を捨てて)とか、それは、仕事のせいや忙しいせいではなく、本人次第であることを、知ったのだった。局長を最後に、資生堂に移られると聞いた時、「えー。なんで資生堂?」と思ったけれど、その後の仕事っぷりを見た時、最善の決断であったと、思った。ご自分で資生堂に、「私を雇ってくれませんか」と面接に行かれたとお話されていたのも、「アマクダリじゃないのね」と、新鮮だったし、その後の岩田さんの働き方は、古巣の雇用均等児童家庭局にとってもよかったし、資生堂にとってもよかった。いわゆるwin-winだ。役所でずっとやってこられた女性の雇用に関する制度づくりを、人生後半で、実践に移されたのだと思う。で、副社長でしょう?資生堂が使えない人をただ有名だからと言って副社長にすえるわけがなく、企業にとっても、役に立つ方なのだろうと、思う。資生堂のCSRの担当の方などにもお目にかかったことがあるけれど、岩田さんの進めるワーク・ライフ・バランスの取り組みを、自分たちが実践しないと、WLBはこけるとみんなわかっているので、育児休業復帰後の女性などは時短を使って、その間にクオリティの高い仕事をするべく、それは必死なのだと、教えてくださった。こういう話、むっちゃ好き。優秀な人材ってのは、そういうのだと思う。で、資生堂には、そういう優秀な女性が集まるから、そんな女性に出会いたくて、男性も集まるのだと。以前、ワーク・ライフ・バランスに関して岩田さんがお話されていたのをどこかで読んだことがあるのだけど、「WLBに気づかない企業はおいていかれるだけ。 企業は本気で職場環境・人事管理の整備をしている わけだから(そこだって競争なわけで)、 置いていかれる企業は、消えていくだけ、答えは 市場が出すと思う」というようなことを、おっしゃっていたのが、印象的だった。もちろん、これは、301人以上の大企業が行動計画をつくることを念頭においての発言なので、中小企業に関しては、多分、別の発言をなさるだろうな、でも、もう彼女がワーク・ライフ・バランスについて個別に発言することはないだろうな、それよりももっと大きな視点で経営を見るポジションに立たれたのだろうなと、思う。役人は役人で終わるのではないということを、かつての部下達に、やってみせ、ワーク・ライフ・バランスってのは、こうやるのよ!と、他の企業に、やってみせ、女性は自分の能力を生かして生きていくのよ!と、私たち下の世代に、やってみせ、言ってるだけより何百倍もの効果がありますぅ~。日本国憲法の策定に尽力したベアテさんのドキュメンタリー「ベアテの贈り物」をつくろう!という話が起こった時、先輩の赤松良子さんに、「あんた、お金出しなさい」と言われて、退職金の一部をポンと出したというエピソードも、チョーかっこいいっす。男女雇用機会均等法ができてすぐの時に、男性と同等に働ける職場にいくわと、R社に入社したまではよかったけれど、1年半で早々に辞めちゃって、専業主婦してフリーのライターやって、小さな会社を作ってほそぼそと働いている、そんなしょぼい雇均法世代だけど、「気持ちはアリマスッ!」みたいな。20年前に比べると、女性の選択肢は間違いなく広がっていて、だから、女性の登りつめる職域もかつてより高くなり、その分、すそ野も広がる。(三角形が大きくなるイメージ。わかる?)岩田さんたちのバトンは、あまりに高いところのバトンなので、なかなか受け取れないんだけど、まあ、そのうち、誰かを経由して受け取れる時がくるでしょうもちろん、他のちょっと先行く素敵な先輩からはいくつものバトンを受け取ってます。で、わたしたちはわたしたちで、次の人にバトンを手渡すべく、がんばる。スカスカの三角形にならないよう、いろんな女性たちの力と魅力がつまった、元気で美しい三角形になるといいな。
March 9, 2008
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この国の多くの人たち(もちろん、そうではない人もたくさんいらっしゃいますが)は、「やりなさい」と決まったことに関しては、「なぜ?」とか、「なんのために?」とか聞くことはあまりなく、「どうやって?」ばかり知りたがるんだなあ!と思うことがある。例えば、先般、ワーク・ライフ・バランスについての集まりがあったのだけど、開始早々に、事例報告が続き、各都道府県の取り組み事例の紹介を参加者の自治体職員のみなさんがものすごく熱心にメモをとって聴いておられた。でも、企業の人事担当者や社長にあって、「国の法律で定められていますから、やってください」とお願いしても、「このグローバル化の世の中で、そんな余裕はない!! なぜ、やらなきゃいけないんだ?」と聞かれると、答えられないんだそうだ。説得する人が、本気になれないと、「ぢゃあ、体面気にして、行動計画だけはつくっておき ましょうかー」みたいな感じになっちゃうのかしら?ってゆーか、企業はもうちょっと必死だから、無駄な作業はしたくないと思うし、ワーク・ライフ・バランスが企業にとって、「何重にもオイシイ」と、納得できれば、やると思うんだよね。で、特定事業主(国・自治体)も、自分たちの職場の行動計画をつくり、公表し、進捗状況も公表する方向にあるのだから、「みなさんが、まずやってみせて、自分たち公務員も 残業しないように、ここまで努力しています。 やってみたら、すごくよかったです。 ぜひ、企業のみなさんもやってみてくれませんかと 言わなければ、説得力がありませんよ」と、会場の公務員のみなさんを前に申し上げたら、シラーっとされちゃった(笑)。「住民や現場の保育所には地域行動計画をやらせるし、 企業には、働き方の次世代育成行動計画をやらせる けど、自分たちは関係ない」と思っているんだなーある意味、スゴイ仕事の仕方しているんだなあーと、ちょっと思った。 * * * まあ、人はどうでもいいんだけど、「やってみせる」が究極だなーと思う今日この頃。わたしは、大きな組織を束ねているわけでもなく、どちらかというと、個に近いかたちで、ことばを扱う仕事をしているので、「現場でやってみせる」というのが、わかりづらいのだけど、「ことばを扱う仕事」をやってみせるということはできるし、その延長線上で「新しい現場」を創造するということをやってみせるということもできると思っている。とどのつまり、同じ言葉であっても、陳腐に聞こえるか、説得力のある言葉になるかは、使い手次第。であるなら、こうやると言葉に命が吹き込まれるよというのを、やってみせたいし、「新しい現場」づくりも、試行錯誤だけど、そのプロセスも全部ひっくるめて、「やってみせたい」。そういう観点で、ぜひ、4つ葉プロジェクトと武田さんを「みて」ください。そこぢから、見せてくれて、ありがとう。「わたしのそこぢからは、こんなもんぢゃないっすよ」という人たちと、いろんな冒険をやってみせたい。
March 8, 2008
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4つ葉プロジェクトのブログの更新を毎日心待ちにしている皆様、はじめまして!品川で「おやこであそぶ、しながわ子育てガイド」を発行している、SKIPの武田ひろみと申します。今月より隔週で土曜日を担当させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします!まず、申し上げておきますと、私はぜんぜん特別な存在ではありません。去年の今日は、4つ葉ブログを毎日読むことが楽しみでならない読むことで元気をもらってる、まだひとりの大ファンでしかありませんでした。「この、いつも痛いところをついてくるけど、放って置かれているワケでも見限られているワケでもない。怒られているような、でも、ここだけが本気で叱ってくれてそしてわかってくれる!!」そんな魅力にひきつけられて、いったい杉山さんってどんな人?の一念で、無謀にもブログで告知されていた「杉山ゼミ」に申し込みしてしまいました(爆)はるばる飛行機や新幹線でやってくる子育て支援者の方々、子育て支援といえばこの方、のみなさまが集うゼミ。想像していた火を噴くが如くの女傑はまだおみえではないようで「杉山さんは・・・まだ・・・?」と聞いたときにルンルン♪でスープを注文する、おしゃれで華奢で柔和な目の前の女性が、まさにそうだったと知ったときほど自分の想像力の乏しさを痛感したことはありません。そんなこんなで、ふとした拍子でいただいたご縁ではじまった今年度。終わってみれば、6月のタウンミーティングでは朗読劇をさせていただき、12月の次世代フォーラムでは「SKIP」として登壇し、そのとき席を並べた方とのご縁をきっかけに、応募したマイタウンマップ・コンクールで厚生労働大臣賞を受賞するなどいままでにないほどの実りの多い一年を過ごさせていただきました。しかし、私が、「SKIP」が特別な存在とは思ってはいません。恵まれているとは日々感じています。しかし、SKIPそのものは、無敵の精鋭集団なんかではなく、ひとりひとりが子育てに幾度も悩み、そのつどつまづき、情報という救いの手に引かれて、支えられ、居場所を模索し、活路を求めようやくたどり着いた場所が「SKIP」だったわけです。どこにでもいそうな、子育て仲間。だけどその「仲間」が、実はそんなに簡単にできない現代の子育て。メールでつながっているだけ、返事が来ないくらいでドキドキハラハラ気兼ねして何にも頼めない、助けを求められないなんて「仲間」と呼べるのかな・・・・?同じ方向をみて、自分のできることを出し合いできないことに助けられ、お互いを認め、認められる。「社会全体で子育てする」ってこういうことなのかな?とようやく気づき始めたじだいです。本当に特別なことでなく、子育ての「こうであったらいいな、が、叶いそうな場所」、それを真面目に叶えるのが4つ葉。もう一度読んでみてください。「具体的になにをすればいいの?」を。そして、来年の今日に思い描いてください。なんだか、何かできるような気がしませんか?子育て支援者ばかりに頑張ってもらうなんて子育て当事者として、どうでしょうか?去年のタウンミーティングのタイトルを思い出してください、「今こそ見せてよ、おかあさんのそこぢから」。おかあさんを信じてくれて、ありがとう!4つ葉ちゃん、おかあさんたちも、がんばるからね!!どうぞ、これからよろしくお願いいたします。
March 8, 2008
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今年度よりわたしも作成委員として参加させてもらっているのですが、内閣府が作成している「バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進要綱」に関するパブリックコメント募集が始まりました。募集期間は3月18日までで、その後3月中に関係閣僚会議で決定する予定です。パブコメ募集の詳細は下記からご覧ください。<内閣府HP>http://www8.cao.go.jp/souki/barrier-free/h20-iken.html要綱案のPDFファイルはhttp://www8.cao.go.jp/souki/barrier-free/pdf/h20-soan.pdfこれは、平成19年12月に決定された「生活安心プロジェクト 緊急に講ずる具体的な施策」(http://www5.cao.go.jp/seikatsu/tenken.html))において「バリアフリー化推進要綱を改定し、新たに子育てバリア フリーの視点を取り入れるとともに、マニュアルの策定 など心のバリアフリーの取組を強化する」と示されたことを受けての対応です。具体的には、・基本認識のなかに「障害者、高齢者、妊婦や子ども連れ の人などに主な焦点を当て、」と明記されました。・取組方針のほうでも、「すべての生活者・利用者の視点に 立って、妊婦、子ども及び子ども連れの人なども対象とし た更なるバリアフリー・ユニバーサルデザインを推進する」 と明記されました。・分野別の取組の1.心のバリアフリーの推進の中に「マタニティマークの認知度」の普及目標(50%)が掲げら れました。・外出の際、困っている障害者、高齢者、妊婦や子ども連 れの人等を見かけても手助けをしない人のうち、対応方 法がわからず手出すけできなかった人の割合向上目標が 掲げられました。「子育てバリアフリー」に関心を向けてくださったのは、大変ありがたいのですが、世の中がユニバーサルデザインに向かって進む中で、「バリアフリー」のなかでも特に「子育て」に特化するような働きかけがはたしてどれぐらい有効か(特にハード面において)というあたりを、委員会のなかでは少し発言させていただきました。(補足説明)ハードにおいては、公共施設についてはかなり進んできていると実感している。追いついていないのは、「ソフト」「こころ」の面のほう。それは、ここ数年活動を続けてきて、自分たちの主義主張だけ言っていても、どうも効果的ではないという認識。「共生社会」を意識しながら、私たちも考えていきたい。(補足説明終わり)それよりもむしろ、障害者と子どもの施策の挟間にすっぽりと落ち込んでしまう、障がい児の問題を丁寧に見ていく必要があるのではないかな?と、委員会では指摘しました。わたしも気づいた点を事務局にお伝えする予定ですが、ご関心のある方は、ぜひ、内閣府のほうへ、パブコメをおよせいただければと思います。
March 7, 2008
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残業しないで早くうちに帰ろう!偏った仕事量はシェアリングして過負担のないようにしよう!それがクォリティ・オブ・ライフに繋がる!本当は残業なんかしたくないし、上司に付き合って居残りもしたくないし、仕方ないのだ、、、と、そういう人がほとんどなんだろう、、、と考えていた。が、残業しないと給料が減るから困る!という主張もあって、現場サイドでの抵抗もある、、、、という話を聞いた。一筋縄ではいかないんだなぁ。あまり前向きな発想じゃないんでは???と個人的には感じるけれど、生活がかかってるんだから、そんなことは言ってられないよという声が想像もでき、、、。2:6:2の論理じゃないけど、様々なな人を包容する社会全体で、どこで折り合いをつけて、どう説得して環境改善していけるのか、、、制度やルールを考えるシゴトをしている人たちは多分、こんなこと考えなれているんでしょうね。社会を考える、どう変えられるか考える、戦略的思考。女性は不得意とされているけど、その一言で片付けられると悔しい。鍛錬鍛錬。
March 6, 2008
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杉山です。産後の女性のからだに着目し、NPO法人も取得してがんばって活動中のマドレボニータから、杉並の子育て応援券アンケート調査の報告会のお知らせです。「自分たちの活動の大切さを裏付けるには、ニーズ調査が必要だ」ってところに着目して、杉並区の子育て応援券を利用した母たちに調査に協力してもらったそうです。子育て応援券の制度づくりの折はわたしも検討委員に参加させてもらい、この応援券を親を単なるサービスの受け手にするのではないものにしたくて、夢ある応援券になるよう、みなさんと議論を重ねました。担当者のみなさんも熱くて、この応援券事業を成功させたい!と、がんばっておられます。親と子と、行政担当者と、事業者と、地域とみんなで、「子育て応援券」というツールを使って杉並の子育て環境をよくしていけるといいなーと思っています。そんなモデルが、全国に波及していくと、さらにいいな・・・。なんて思っています。でも、まだ1年もたってない事業なんだよね・・・。先行きを温かく見守っていきたいな。お父さん、お母さんたちも、応援券ができた背景などを想像して、税金が投入されることの意味も、少しだけ考えて、で、次の親にバトンを渡していってもらえたらいいな・・・と、思ったりしています。ご興味のある方は、ぜひ、ご参加ください。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ すぎなみ子育て応援券・利用者アンケート報告会 ~応援券利用者の生の声をいち早くお届けします!~ 主催:マドレボニータ・産後白書プロジェクト━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━このたび、マドレボニータ(東京都杉並区・代表吉岡マコ)と産後白書プロジェクトは、日本初の子育て支援バウチャー制度『すぎなみ子育て応援券』に関する報告会を開催することになりました。昨年6月に杉並区で施行された『すぎなみ子育て応援券』。子育て支援のサービスに特化した、全国的にも例がないこの制度に、マドレボニータは早くから着目し、大きな可能性に期待を寄せていました。施行と同時に、「産後のボディケア&フィットネス教室」は、子育て応援券の対象事業となり、受講者全員にアンケート形式で、サービスの満足度調査や産後の体や心の意識調査、すぎなみ子育て応援券の利用調査などを行ってきました。日本初の子育て支援サービスに特化したバウチャー制度を行った杉並区、日本初の産後女性に特化したプログラムを提供するマドレボニータ。この新しい試みがどのような効果を生み、また、どのような課題を残しているか。制度の施行から9ヶ月経った今、利用者からの率直なご意見をデータで表し、共有することで、これからの新しい子育て支援を考える一助となれば幸いです。開 催 概 要 ――――――――――――――――――――――――――――●日 時 : 2008年3月13日(木) 14:00~16:00●会 場 : あんさんぶる荻窪 (JR中央線荻窪駅下車徒歩3分)●内 容 :(1)杉並子育て応援券のできるまで~施行後の区民の反応。 ゲストスピーカーに、 田中 徹 氏(杉並区保健福祉部 高齢者施策課長・前児童課長) 山本 佳子 氏(杉並区保健福祉部 子育て支援課)を をお迎えし、この制度の立ち上げの経緯から、事業登録数の推移、 現在の区民の反応などを伺います。(2)マドレボニータが提供する産後プログラムについて 『産後のボディケア&フィットネス教室』の様子をご紹介しながら、 マドレボニータがこだわる出産後の子育て支援についてお話します。(3)杉並子育て応援券利用者アンケート結果報告とこれからの産後支援モデル 『産後のボディケア&フィットネス教室』の満足度調査や 産後の体や心の意識調査、すぎなみ子育て応援券の利用調査の報告をします。 また、寄せられたデータからみえた新しい子育て支援のニーズや これから求められる産後支援のモデルをプレゼンテーションします。(4)子育て応援券利用者の体験談や質疑応答 実際に子育て応援券を利用した区民の方をお迎えし、体験談などを伺います。 制度を運営する行政と利用者である区民、事業提供者の3方面から この制度にかける子育て支援の未来を語ります。 ●対 象 : 各自治体の子育て支援担当者、子育て支援をなさっている方。 杉並区民のみなさま。マドレボニータの活動に関心のあるみなさま。●定 員 : 50名 ※お子さまの同伴不可。●参加費 : 無料(資料代のみ500円)●報告会に関するお問合せ・お申し込み : 件名を【3月13日報告会申込】として、産後白書プロジェクト(野田)までお名前とご所属、お電話番号、メールアドレスをsango_research@yahoo.co.jpまでお送りください。折り返し、詳細をご連絡致します。*主催 産後白書プロジェクト、産後セルフケア研究会*協力 マドレボニータ(美しい母)プロジェクトほか【マドレボニータ・団体概要】団体名: マドレボニータ(美しい母)プロジェクトURL: http://www.madrebonita.com
March 6, 2008
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ここ数年間の間で、思い出しても、気分が悪くなるような、もう二度とごめんだという場面に数回だけど出くわしたことがある。いま、思い出してもキツイので、そうとうショックだったんだと思う。いるのに、存在を認められないような場面。ことにわたしはそういう場面に慣れてないので、苦手なのだ。そこにあるのは、エゴ、エゴ、エゴ。ぶつかりあうエゴ。人の存在を消してでも、自分を主張したいエゴ。「なんでわたしを呼んだのかな???」と、帰り支度を始めようとすると、それは許されないようで、「黙ってろ。オレの言うとおりにしろ」と言うことだった、ってことに、ようやく気づいたりして。そのときのわたしは、まさしくKY(空気読めない)だった。(そんな空気が読めたら、たぶん、やっぱりそこには いないね) * * *氷山の例えでいうと、その人のやっていることで、カネになるのは、その一角だったりする。カネもうけのうまい人は、その一角が大きな人。わたしの周りにいる人は、水面下の大きな氷山のほうをやりたがる人が多い。「んもう、おひとよしね」。ひとの夢(あるいは企画)を聞きながら、カネになる(あるいは、出世につながる、職場の評価につながる)一角を探し、この話はかめるかかめないかを、クンクンと品定めをする人を何人かみた。カネ(あるいは、出世や評価)にならないとわかったときの、逃げ足の速さに、もうびっくりしたこともある。ならないうちは、適当にそばにいて、なるとわかってから、やたら動きが活発になる人もいる。「無欲でこい!」とは言わないけどさ、手ぶらできて、なんなんだ???とは、正直思っています。(本当に能力の高い人は、そういう状況を変える力を 発揮するし)結局はその人の「人間性」につきるんだけど、だったら、最初から、「子育て支援」になんかやってくんなよ!って気分。夢なんかないくせに。カネ(おのれの出世や評価)の嗅覚だけは、ずいぶんと長けているのネ。たぶん、わたしは、お金が嫌いなのではなくて、きれいごとを言ったりながら、子育て支援いいですね、共感しますといいながら、理念にはちっとも共感しなくて、勉強も全然しなくて、結局は、カネになるかならないかだけで動き方を変える人が嫌いなのだと思う。そういう人を見るものだから、おひとよしにも氷山の見えない部分を全開にしながらなんでもかんでもやってあげちゃって、「別にお金がつかなくても、やりたいんでしょう?」とまで言われたりしている人のことがなんか、「それでいいの?」という感じになってしまうのだ。NPOのボランティアか労働かわからない中度半端な働き方が、価格破壊を起こしている状況を見て、いらだったりするのだ。バランスなんだろうと思う。価値。これまで「ただでやるんでしょう?」と言われていた部分に、価値を発生させる。そのお金は、「常識的に見て、ちょっと高すぎませんか?」「これって必要ですか?」というところから、もってきたらよいんじゃないか?と思う。たぶん、そういうふうにしたら、人の流れが変わると思う。その変化のことを、「社会を変える」と、わたしは呼びたい。杉山さんが(4つ葉の活動なり、環境整備を)やってくれたら、わたし、子育て支援を仕事にするとか言う人は、個人的にはあまり好きくない(笑)。 * * *いいじゃないですか、結果がよければ、プロセスはどうだってと、先日言われた。わたしも昔はそう思っていましたけど、でも、それって、結局、ロスなんですよね・・・とわたしの見解をお話した。もちろん、なんでもかんでも理想のかたちにこだわるつもりはないけれど、すごく大事な場面では、ちょっと踏ん張りたいかなと思う。できあがったあとに、理念がないことに気づいて、魂を入れることの難しさを、実感することも増えてきたもので、やっぱり、プロセスも大事だな・・・と、つくづく思うこの頃なのだ。(なにもないところに、かたちだけでも先につくろ うとがんばってくれた先人がおられたから、その ことに気づくことができたわけで、 だから、第2ステージに突入したってことでもある のでしょうね)プロセスは、氷山の見えない部分。そこにいったいどれだけの時間とエネルギーと思いをこめたか。青臭いと笑われてしまうかもしれないけれど、それをやっておくことが、最終的に、長く使えるいいものづくり(制度づくり)になる、と思うのだ。安かろう、悪かろうのものやサービスは、ご遠慮願いたいな、特に子どもの分野ではと思う、今日この頃。
March 6, 2008
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こんにちは、高校生の母です。いよいよ3月。地元の子ども関連施設の運営委員としての残り任期も1カ月を切りました。現在は都内の区市町村のほとんどに設置されていますが、その多くが都の子育て支援施策の一環としてここ7年ほどの間に設置された施設ばかり。私が関わって来た施設も同じです。施設の機能が拡大していくにつれ、運営委員会の担う役割も当初とは随分変わって来ています。また、設立当初、運営委員会は、区の子育て支援担当職員と児童相談所職員、長年保育園や母子支援施設運営に携わるなど、親子を支える立場で関わって来た方々で構成されていました。現在ではそのすべてが区民で構成され、区の職員が事務局を担当しています。区民の運営委員が、関連団体などの推薦と公募により選ばれているところは、設立当初から変わっていません。ご本人の経歴から選ばれた運営委員の中には保育園にお子さんを通わせながら、フリースクールに勤める方などもいて、夜の会議参加など、子どもの見守りに不安が生じるときのために少しずつ、その環境が整えられてきました。準備段階から深く関わっていた委員による提案で、要請があれば保育者を手配出来る仕組みを用意、在宅で子育てしている委員からの要請で、それまでは夜中心だった会議を隔月で夜と昼間交互に行うことになりました。体制は整えたものの、現在に至るまで、保育者の手配が行われたことはありません。運営委員就任への打診や公募に応じるにあたり、夫婦がともに日頃から協力し合ってお子さんと暮らしている、あるいは、実家が近くて、頼ることが出来る、というような家族のサポートが得られる環境にあったというのが、その大きな理由のようです。会議参加用の保育手配を用意しておくことは、「いざというときは、こういう用意もありますよ」という保険のような存在だったかもしれませんが、小さなお子さんと暮らす方と一緒に活動するためには必要不可欠だったと思っています。しかし、今年の2月から新規オープンの施設の一部を運営することになり、運営委員が交代で常駐することになりました。育児サークルなどの活動への支援事業も始まります。担う役割は変わらなくとも、事業内容の大きな変化で、求められる人材にも変化が生じることもあるでしょう。今後、公募による運営委員募集の機会が増えてくると、小さなお子さんの親御さんの中からも、意欲があって、応募したいと手を挙げてくださる方が増えていくだろうと予想されますし、すでに、そういう方にお会いしたこともあります。お当番のときの保育はあるのか?と問われれば、それは今後の課題。今の段階ではお答え出来ないのが残念です。
March 5, 2008
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今日は、とうきょう子育てねっとの事務局の山田さんとNPO事業サポートセンターが開催する「NPO塾」に出席した。久しぶりにおもちゃ美術館の多田さん(4月20日に東京おもちゃ美術館が四谷にオープン! おめでとうございます!)や、チャイルドラインの林さんにお目にかかれて、ご機嫌モード。その後、何人かの人と食事をしたのだけど、「NPO法ができて10年経った」というお話を聞いて、「ちょうど節目の年でもあるのだなあー」と思った。「当時とメンバーが変わってないのが・・・」という指摘に、やや苦笑い。団塊の世代よりも年上の、それこそ、日本を支え続けてきた世代のおじさまたちが、ここにきて、ようやく(?)、次世代育成を考え始めたようだ。「よかったわー。後ろを振り向いてくれて~」って言っちゃったワ。お話をうかがいながら、この人たちは、ずっとずっと闘い続けてきたんだな、と、思った。闘いつづけてきてくれたから、今のわたしたちの暮らしがある部分もあるだろうし、NPO法の成立なども、闘わないと、成し得なかったもののひとつなのかもしれないな・・・と、思ったりした。「わたしはあの時期、子どもで、何も言えなかった。 でもあなたたちは、立派な大人だった。もうちょっ とやりようはあったのではないか?」と、団塊世代にも、その上の世代にも、言いたくなる部分は、確かにあるのだけど、でも、もう、言っても仕方がないのかな。あのときは、ああするしかしょうがなかったのかもしれないし、闘うしかしようがなかったのかもしれないし、あとからだったら、なんとでもいえるものね。でも、わたしは、同じことはできない。闘うんじゃなくて、育てる、とか。例えば、闘って勝ち取ったNPO法を、育てるとか。闘うにしても、別の闘い方にする、とか。だって、わたしは、花を咲かせたいんだ。「きれいだね」とみんなが喜ぶ、花を咲かせたいんだ。もちろん、4つ葉のクローバーも。 NPO事業サポートセンターの方には、以前そちらと一緒に作らせてもらった『子育て支援環境づくりハンドブック』で取り上げた事業が児童福祉法のなかで制度的に位置づけられたんですよ、と報告した。あの冊子を2002年の時点で、世に出せたのは、NPO事業サポートセンターさんがいてくれたからだ。そして、今、また、宝物のような、きらっと光る冊子の作成を請けている。(完成したらご案内しますね)意義ある内容のもので、しかもかたちに残る仕事はたまらなく楽しい。こんなふうにお仕事をさせていただいていることを、とってもうれしく思っている。続けてきたから見えてきたものもあるな。10年経って、NPOもようやく、後ろを振り返り、この先をじっくりと考えるタイミングになってきたのかもしれないな。それは、とりもなおさず、これからの市民社会をどうつくるか?ということでもあるのだと思う。そんなことを、きちんと念頭に置きながら、これまでと変わらず、10年後を見据えて、こつこつやっていくしかないな、でも、もう不安はないな。手ごたえを感じているから。先を照らす光も感じているから。
March 5, 2008
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amigoの石山です。本日3月4日は第6回目「世田谷子育てメッセ」が開催されました。今年のテーマは「地域で支えよう!子どものこころとからだ」!ということで区内各所のNPO団体や主催の世田谷区もブースを構えての開催でした。外遊びの話し、ミニコンサート、乳幼児の救命救急ありのステージ発表やミニ講座では読み聞かせ、子どもの靴選び、子どもの育ちetc・・・古着交換会ありの充実の内容でした。約500組の親子の来場だっだそうです。全体的に人の広がりが感じられたメッセだったな、というのがまず第一の感想。(品川の皆さん、ご来場&差し入れをありがとうございました!)産後クラスや子育てサロンに通ってくれていた方に久しぶりに会ってお子さんの成長ぶりに驚いたり、当事一緒にクラスに通っていた人たちが連れ立って来てくれていて嬉しかったり。自分が、定点(amigo)にいて何人もの産前産後の女性に関わってきていることを実感しました。中には、確実に参加者から参画者になっている人たちもいて感慨深かったりもしました。今回amigoでは「今からわかる産後の暮らし」というテーマで妊婦むけにミニ講座を開催。地域に暮らす妊婦さんが、集まってくれました。第一子妊娠中に「子育てメッセ」に足を運んだことは出産準備の確実な一歩。産後に備え、身の回りにある地域資源の紹介と利用のコツ。つまずく前に知っておきたい心身のセルフケアのポイント。多くの人がつまずきそうになるポイントとその回避のコツ(!)をお話する。一見“つまずき”に見えるそれらは、決して恐いものではないのですよ、ということも・・・。私が持っているのは数多くの事例、そこから見出せる傾向と法則。それこそが私の「飛び道具」。任意グループの代表として柔軟に自由にお話させていただきました。amigoの大家さんである大きな木保育園の園長による「子どもの育ち」のミニ講座では、ファシリテーターとして参加。「食っちゃ寝」「遊び」の中で獲得する「子どもの生きる力」の話しを聞く。ここでも妊婦さんを巻き込みながら(笑)。子どもの健やかな成長、幸せを願うのは誰しも同じ。“教育”のその手前にあるものの大切さ。食の安全、楽しみを守り、寝の質、リズムを守り、遊びを見守り、寄り添うかかわり。特別なことをするんじゃなくて、繰り返し守り続けること、一緒に共感すること。派手ではないけど確実な愛情。園長はメッセ会場の混雑ぶり、人ごみのなかにいる乳幼児の多さにも驚いていた。「なんで皆ここにいるの?空気薄くないの~?」「なんで昼寝しないでここにいるの??」と目をぱちくり「藤井さん、これが在宅子育ての姿なんですよ。」と説明。「一時保育とかさ、ちゃんと考えなくちゃいけないよね。」とつぶやいておられた。ということで、一緒に一時保育情報を探し回った。会場いっぱいの情報の中で一時保育に関する情報は片手にも満たない数だった。整備の現状を垣間見た気がした。沢山の情報があふれる今日の子育ての現場でそれをつなぐ人、噛み砕いて説明する人、次の必要を考える人、情報は文字だけど、人が渡したりすることで息を始めたりするんだよな。と今回は感じながら会場を見渡しておりました。「そうか、私は接着剤みたいなものか~。」とお弁当をほおばりながら考えたのでした。
March 4, 2008
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ご覧になった方も多いと思いますが、今朝の朝日新聞の社説に希望社会への提言として、「こども特定財源」こそ必要だとした記事が掲載されました。セレーノのブログのほうで、記事の詳細とわたしのコメントを掲載しましたので、よかったらそちらもお読みください。http://diary-sereno.cocolog-nifty.com/diary/世論が味方についてくれないと、こうした話は先に進まないので、本当に心強いと思います。そして、灯台であるわたしたちは、繰り返し繰り返し、伝えていくことが大切なんだと思います。 4つ葉プロジェクトにとって、このブログは、メッセージを発するための大切なツールのひとつだと思っています。そして、これまでは「読む人」だった人たちが「書く人」になろうとしています。4つ葉のブログに限らず、試行錯誤したり、悩んだり、いろいろする、そのプロセスが実はとても大切なのではないか・・・・と、わたしは思っています。(わたしもこの場を与えてもらって、ずっと悩み、試し ながらやってきました。)それは、いろんな機会のなかで、みんなに必要なんだと思います。傍観者から参画者へ。「社会のノリを変えちゃおう」って言った人がいて、その軽さにげんなり脱力したことがあるんだけど、たぶん、世の中はそんなに甘いものではない、とわたしは思っています。闇の深さ、濃さを、わきまえて、変える、なのでしょう。その気配や空気感を、わたしは少し先ゆくものとして若い人たちに伝えたいと思っています。先ゆく人たちがいったい何をこれまで大事にしてきたのか。わたしたちが譲れないと思ったのは何だったのか。そこには、大切な宝石がたくさんたくさん隠されている。4つ葉プロジェクトに共感してくださっているたくさんの若い人たちに、それを正しく伝えたいと思っています。若い人たちは、それを受取って、自分たちなりにアレンジして、また使うことでしょう。それが、正の循環。ぼちぼちと、でも確実に。(回り道している余裕はない)4つ葉プロジェクトでは、そんな仕掛けを、考えたいと思っています。
March 3, 2008
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こんばんは。セレーノ葦澤です。あっという間に3月ですね。今年度のまとめや次年度への準備と慌ただしくしているなか、「4つ葉プロジェクト」ではホームページリニューアルに先駆けてブログの体制が変わります。フレッシュなメンバーが数名加わり、新たな気持ちで更新を続けていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。 * * *私自身は、週1回のこのブログ担当を仰せつかってから9ヶ月半ほどになるようです。「4つ葉的」ということを念頭に置きながらたくさんの方に読んでいただきたい話題……と頭を悩ませ、思い悩んだ挙句にお休みしてしまうこともありました。でも、今振り返ってみると、そうやって悩んだことも含めてとても有意義でした。自分はこう考える!こう行動していきたい!ということを発信する場が保証されていること。そこに共感してコメントをくださる方がいること。そこからたくさんの学びをいただいたな、と思っています。そんな「4つ葉プロジェクトブログ」という場に「私も書きたい!」と名乗りを上げてくださった同年代の方がいる。とても心強いです。 * * *先日、友人と喧嘩をしました。別の日記で書いた私の言葉が気に障ったそうです。気心の知れた友人が「不愉快だ」と伝えてくれたこと。びっくりしましたが、ありがたいな、と思いました。そのやりとりのなかで、私は「“思う”ことは自由だ。必要であれば根拠も伝える。 それに対しての異論・反論・オブジェクションは大歓迎。 でも、人からどう思われるかを気にして 何も言わなくなるということはしない」と、ムキになって(笑)伝えていて。自分のなかへ「4つ葉マインド」が浸透していることを実感しました。w(仲直りもしましたよ)数日後、その友人が今、会社で学んでいることや自分の受けた教育について思うところを下記の記事とともに伝えてくれました。興味深い内容だったのでリンクを貼っておきます。「ゆとり教育」の先に…自信も失った若者たち * * *今、私たち(以下)の世代はどんなことを考えているのか?何が不安なのか?必要とされていることは何か?何なら出来るのか?私に出来ることは何か?これからの子どもたちが大人になるにあたって何が不安なのか?必要とされていることは何か?何なら出来るのか?私たち大人に出来ることは何か?たぶん、これは私にとって大きなテーマなのだと思います。ブログ当番を名乗り出てくださった方達もきっと、それぞれの立場でそれぞれのテーマを持っていらっしゃると思うのです。たくさんの意見や想いを読ませていただくこと、イチ読者として楽しみにしています!追伸:先ほど、すごく時間をかけて書いた文章が「アクセスが集中しており~」云々のお詫びとともにあっさりと消えてしまい、書き直しました。。。(大ショック!)
March 2, 2008
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わたしにはやりたいことがあって、それに関して、共感してくださる方たちのお力をお借りしたいのです。あなたの力を貸していただけませんか?たぶん、それだけのことなのだと思う。高校時代の友人のIちゃんは、福井で介護の仕事に携わっている。「ホームヘルパーはわたしの天職!」というような人で、わたしたちはみんな「ああ、きっとそうだよね」と、納得したんだけど、そのIちゃんは、コ●スンのヘルパーだったので、先般、職を失い、しかし、「これまでお世話してきた方たちを最期まで、 わたしがお世話したい」と、NPO法人を立ち上げた。あまりの自然な流れに、「Iちゃんらしいねー」と、わたしたち。しかも、「富山式でやりたいの!」と言い出すから、ますますもって、「あああ。あなたならそう言うね」と、高校時代の面影そのままの43歳に、愉快な気分になってしまった。しかし、現場では最高のケアをすると思うのだけど、マネジメントはからっきし(笑)。Iちゃんのことだから、なんとかやっちゃうだろうとわかってはいるけど、友人達は、心配でならない。で、リソースの確認(笑)=リタイアシニアの活用!わたしの父は元公務員で、しかも仕事で富山の「このゆびとまれ」に視察に行ったこともある人だから、たぶん、なにかと役に立つと思うよと、紹介した。今度福井に帰るときは、彼女が建てた新しい施設をぜひ見学に行きたいと思っている。朝日新聞には、福井県池田町の試みも紹介されていたし春だなあ~。がんばってほしいな~。わたしもがんばろうっと。 中島みゆきさんの宙船の「お前が消えて喜ぶ者に お前のオールを任せるな」の「お前が消えて喜ぶ者」は、外にだけいるわけでもないんだな・・・と、最近思う。「お前が消えて喜ぶ者」は「お前」のなかにも確かにいる。「独身時代のわたしはもっといろんなことに前向き だったし、がんばってました。でも、最近の私は 子どもを言い訳に、本当はやれるはずのことを やらずにきてしまいました・・・」と、正直に話してくださった方もいた。早い時期に気づけてよかったね。やらない言い訳にされた子どもが、ちょっと気の毒だものね。「あなたならやれる」と子どもに言うなら、その姿をまず自分が見せないと、ちっとも説得力がないものね。 年長の女性から教えてもらった「生かされて、いまある」という感覚。不肖のわたしは、自分のことでいっぱいいっぱいで30代は気づくことができなかった。年を重ねることの深みとか、味わいとか、ありがたさとか、そういうことが、おもしろいし、楽しい。それは、新しい価値づくり。自らのオールを、しっかりと自らが握り締めている者だからこそできる、新しい価値づくり。
March 2, 2008
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(イデザキさんの日記から)県内でも育児サークルが活発な街として元気を誇っていた地域でしたが、幼稚園の園児獲得競争のための過剰サービス(イベント時のお土産やプレゼントの豪華さ、昼食が付いている、下の子どもを預かっていてくれるなどの情報がゆきかい、そこをジプシーするママ達がいっぱいです。ノンプログラムの施設はクリスマス会の季節は閑古鳥が鳴いている状況です)やとにかく増やせよの子育て支援の中で瞬く間に主体的に活動していこうという育児サークルは衰退してしまいました。イベント時のお土産やプレゼント・・・を配布すると、母親の孤独や不安が癒えるんだろうか?なぜ、お土産を配るのか?理屈っぽいわたしは、そんなことばかり、考えている。つい先日、国の借金は830兆円になったという報道があった。「この国に、ムダなカネ使っている余裕はどこにもないだろうに・・・」と思う。「お土産を配ることはムダ使いではないわ!」と、その「子育て支援(?)」をやっている人がいうなら、どんな問題意識と課題を持って、そのお土産がどんな解決策なるのかを丁寧に、説明してほしいと思う。正しい配布の方法や、ターゲットなどをきちんと説明してほしいと思う。 * * *危機意識や問題意識、社会性。それが、子育て支援の原動力になるはずではないか?と思う。「監視」に近いような(!)「地域の見守り」が行き届いているような、過疎の地域であるならば、どの保育園もがらがらで、働いているいないに関わらず何歳からでも預けられるような地域であるなら、「地域子育て支援」はさほど話をする必要はないだろう。そのまちの、「危機意識や問題意識」は別のところに向けられるはずだ。(あああ、いったいいくらの地方交付税交付金が、 待機児が続出で、保育園に全然入れないと嘆く都会から そのまちに投入されているんだろうね?)地域地域によって、「うちのまち、ヤバイ!」というポイントは、違ってきているはずだ。その課題を確認して、解決策を検討し、行動計画をたてるのが、「次世代行動計画づくり」なんだろうと思う。そして、「わがまちの危機、わがまちの問題」をいかに地域住民に伝え、共感してもらえるか?行動につなげてもらえるか?が、担当公務員の腕のみせどころなんだろうと思う。もちろん、現場における「子育て支援の質」の向上はセットで議論しなければならない話なんだけど、うちのまちの財政はひっぱくしています、だから、子育てに困難を抱えているようなちょっと気になる家庭や虐待をしてしまうようなとても気になる家庭に、専門性を持つ人たち、お給料をもらって「子育て支援」をしている人の力と時間を投入したいのです。元気元気ママを、ダメダメママにするようなサービス過剰の子育て支援をするカネも余裕もどこにもないんです。という話が前提で、じゃ、元気元気ママと元気な子どもには何しようか!?ちょっと気になる家庭や、今すぐ援助が必要な家庭に対してどんな支援を行おうか、ってことなんだろうと思う。(何もしなくていい、ということにはならない。 「正しい支援」を考えるわけだ。それが仕事だ)そんな話を昨日の仙台市でもさせていただいた。三角形を3等分して整理してお話しているのだけど、「これは使えるわ。部長の説得材料にします」と保健師さんに言われた。そうそう。お金が湯水のようにある国だったら、わたしは、何をやってもいいと思うんだけど、そんなことやっている余裕は、たぶん、ないからね。何のために、どこに、どのように、お金と人とものと時間を投入するのかの、戦略がとっても必要なんだと思う。
March 1, 2008
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