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早いもので、今年も半年過ぎた今日は、夏越の大祓(なごしのおおはらえ)、輪くぐりさんの日。茅の輪をくぐることによって無病息災を祈り、紅白の形代で体の不具合な箇所をさすって、痛みを祓い浄め、神社に納める行事です。徒歩20分、創建以来、1300年と云われる我が町の熊野神社へ今年も行ってきました子供のころよく遊んだ境内の両側には、かっては、縁日の露店が立ち並び、入り切れないお店が外に溢れて賑やかだったものだが、今は、ひっそり、寂しいものです。人口の減少に加え、世話人の高齢化により、役員のなり手も少ないなかでなんとかこの行事も維持されていますが、今度どうなるかはわかりません。茅の輪をくぐった後、なんとも複雑な思いで神社を後にしました。
Jun 30, 2026
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草原を朱に染めて見事に咲き揃ったレンゲツツジ 甘利山(あまりやま)山頂周辺霧が漂いだした山頂直下とレンゲツツジ~梅雨の中休みを狙って、4年ぶりに甘利山のレンゲツツジを見るために、朝3時半に妻を誘い静岡市を出発した。山梨県の天気予報は晴マークだが、梅雨時なので雨具は持ったが自身の体調がいまいちなのでザックは極力軽くした。暗いうちに家を出ての山登りは久しぶりのこと。新東名高速道路の清水JCTから中部横断道を北上し、増穂ICで降りて、国道52号の旧櫛形町(今は南アルプス市)の柳橋北の信号を左折、韮崎南アルプス中央線(県道12 号)をさらに北上し、甘利山入口(旭町上条北割)標識のある信号交差点を左折、甘利山公園線は、民家を外れたあたりから、甘利沢に沿い、グングン高度を上げる。途中、キツネやサルが道路を横断する場面にも遭遇しながら、椹池を通過、今日は、楽をして広河原の駐車場まで直行。自宅から休みなしで、5時45分に到着。ここまで2時間15分を要した。今年は、近年になく当たり年だということで、日曜日でもあり、80台収容の広い駐車場もすでに満車に近かった。駐車場(すでに標高1645mあり)から見下ろせる甲府盆地は雲海の下で何も見えない~雨の心配はなさそう、次第にあたりも明るくなってきた韮崎市、甘利山のレンゲツツジの群生地は、昔から有名だったが、一時、全滅の危機に瀕した時期があった。かって、甘利山の山頂部一帯はレンゲツツジの宝庫であったが、同時に生える笹は、農作業用に飼育されている牛馬のエサとして、人の手で刈られることで自然に整備されていたものの、農作業の機械化によって、エサとしての笹刈りの必要が無くなった。そのため、笹が放置され、繁茂した。それが主な原因となり、レンゲツツジの生育が損なわれ、次第に減り、ほぼ全滅状態になってしまったのである。ボクもそれを見届けたくて見に出かけたこともあったが、完全に全滅しているさまを見て唖然とし、がっかりしたものであった。その後、地元関係者の方々の復元活動が起こり、積極的に笹刈りや整備が行われて、やっと現在の美しいレンゲツツジの群生を楽しめるようになっているのである。今では、甘利山までなら歩いて30分そこそこで行けるので、登山というよりも手軽に行ける観光地としてのイメージが強いようだ。さて、以前によく歩いた椹池からの登山コースを左手に見送って出発車道を横切り、緑屋根のつつじ苑を右に見ながら甘利山へ向かう~標高差にして、100mにも満たないので歩いても、せいぜい30分、軽装でサンダル履きの観光客も多く見られる。帰路は、つつじ苑の右の林道(赤いコーンが置いてある)を下ってくる予定。柵内のレンゲツツジがちょうど見頃だ~周囲には、旧汁垂(しるたる)ヒュッテ方向の保護柵内の草原にアヤメ(アヤメ科)がいくつか咲いていた小さくて目立たないが、あたり一帯に多く咲くオオヤマフスマ(ナデシコ科)も多く見られる朝露がついていかにも新鮮そのもの想像以上に、レンゲツツジ(ツツジ科)もそこかしこに咲いているではないかニガイチゴ(バラ科)東屋のそばに立つ三等三角点標石(標高1671m)ここは、経塚(きょうづか)とも呼ばれるところ足元で可憐に咲くマイズルソウ(ユリ科)キンポウゲ(キンポウゲ科)別名・ウマノアシガタ現地では、花の名を示すプレートには、ウマノアシガタと記されているが、この可憐で、花弁にも光沢のある美しい花にこの名は似合わない。ボクは、あえてキンポウゲと云いたい。この山域には非常に多い花である。山頂直下の台形状の広場を今は、鍋頭(ナベアタマ)1722mと呼ぶようだ。ここからの展望は良いすぐ先が、甘利山の山頂、その先に千頭星山(せんとうぼしやま・2139m)。その後方の稜線は、夜叉神峠から鳳凰三山に至る稜線上に位置する辻山(つじやま)である。早くもレンゲツツジの群生地は朱色一色に彩られて美しい北東方向に、鳳凰三山の薬師岳、観音岳が望める鍋頭から木道を往く~甘利山は、何度となく訪れているが、近年、これほど見事に咲き切ったレンゲツツジは、ここ数年見ていないレンゲツツジの構成は、雄しべが5本、雌しべが1本中には、、同じレンゲツツジでも黄色いもの(キレンゲ)や濃淡の色の濃いツツジ(コウレンゲ)も見られる。 東面に目を転ずれば、雲海の先にうっすらと富士山(写真では中央)が見えているよほど目を凝らさないと見えないかも知れないが、、米粒のような小さな穂をつけた、一風変わったコメガヤ(イネ科)も山道わきにまとまって咲いているうっかり見過ごしてしまいそうなほど、地味で目立たないが、同じイネ科で高山型のコメススキ同様、じっくり眺めて見ればなかなか印象に残る愛らしい花だ甘利山の山頂(1731m)着去年の11月に10才で天国へ旅立ったサラにもこの素晴らしい光景を見せてあげたかった~サラとは、たいていの山は一緒に登っているが、この山だけは一緒に登っていないのだ。そのわけは、甘利山へ登るときは、千頭星山まで行くのが常であり、奥甘利山から大西峰(おおにしうら)までの急登は、小型犬(ミニチュアシュナウザー)にとって酷であると判断したからだった。広い山頂からは、目前に櫛形山(くしがたやま)や、今日は、雲に隠れてみえないが、天気が良ければ、右の奥に遠く南アルプス南部の山々が見える筈だが~ 甘利山の山頂から、鍋頭を見下ろす これほど見事な光景は久しぶりいや、今までにも無かったかも知れない 2026/6/14<参考> 4年前の同時期、同場所から撮った写真。その年は、裏年で、前年の半分もなかった 2022/6/13 撮影 ほんのチラホラで寂しい限りであった。 サラサドウダン(ツツジ科)もそこかしこに良く咲いている秋の紅葉がまた美しい樹木である山域一帯に多く見られるのは、マルバダケブキ(キク科)葉が大きく美しい黄色い花を咲かせるがまだ開花には程遠い。ニホンジカの忌避植物とあって食害にも逢わず、勢力を広げている。甘利山から、汁垂分岐(しるたる)分岐を過ぎ、奥甘利山へ向かう~(汁垂は、昭和30年代の初めまでスキー場があったところ。閉鎖後、イーハトーブで遊んだ覚えがある)大笹池分岐を過ぎ、一汗かかされて、振り返れば、山頂部がレンゲツツジで赤く染まって見えている。天気は、やや下り気味か、下からガスが湧き出した正面は、櫛形山である コメツガやカラマツに絡みつく地衣植物のナガサルオガセ(サルオガセ科)針葉樹林帯でよく見かけるもので、霧が流れていたりすると特に幽玄な雰囲気を醸してくれる。胃腸薬として、また利尿作用もあるといわれている標高の高いこのあたりのヤマツツジ(ツツジ科)の花は、今が見頃よく見かけるのは、シロバナノヘビイチゴ(バラ科)初秋のころ、赤く熟して名前から連想できないほどに、甘くておいしい。奥甘利山(1843m)までは、やってきたが、視界はなく、千頭星山方面は、完全に雲に隠れて見えない。大西峰(おおにしうら)2066mへの急登を頑張って登れば、あとは大したことはないが、この空模様では眺望が得られないことを理由に、今日は、ここまでとし、この後は、大笹池へ下って後、南甘利山から甘利山へ戻ることにした。植林されたカラマツ(マツ科)の花大笹池分岐を右折~アズキナシ(バラ科)熊の皮はぎの跡を随所に見る同じ幹の下部をニホンジカが角砥ぎにちゃっかり使ってる以前は、たしか、大笹池まで補助ロープのついたほぼ直線の急な下りだった筈だが、その後、整備したのか、今は、電光型に山道が出来ており、大変歩き易くなっていた傾斜が緩やかになってくれば池はもうすぐそこだ大笹池が見えだした畔には、紅紫色の花を付けたクリンソウ(サクラソウ科)が群生していた数年前に比べて数が増したような気がする大笹池(おおざさいけ)標高1540m、山中に突如現れる自然の湧水池である。今日の大笹池 (2026/6/14)今でも、水底から湧水が出ているし、山の斜面からも滲み出た水が池に注がれていたが、以前に比べてふたまわりほど小さくなっているように思う。大笹池を示す標識が欠けており設置場所も変わっており、なんとなくただ置いてあるだけといった感じだった~4年前の大笹池 (2013/6.16撮影)この頃も水底からコンコンと水が湧き出し、池の真ん中あたりには、尺クラスのイワナが何匹も遊泳しており、当時、渓流釣りに夢中だったので、つい竿を下ろしたくなるような気にさせられたが、今日、丹念に確認してみたが魚影はまったく見られない。(クリンソウは、今日ほど多くはなかったように思う)これは、19年前の大笹池(2007/5/3撮影)今日(2026/6/14)の大笹池水量が少ないので池の周りが問題なく歩ける以前に比べて、クリンソウの群生地が広がったようだどうしてこんなに増えたのか?調べたら案の定、ニホンジカの嫌う毒性を含んでいるため、食害を免れていることがわかった。マルバダケブキやキオン、スズラン、トリカブト、バイケイソウなども同様である山中の湿地帯を好んで咲くクリンソウ。長い花茎の先に咲く花はどちらかと云えばうす暗い山中にあって艶やかで心が和むすでに、花が終わり、実になっているものもあったが、今を盛りと云わんばかりの花もあり、大いに目を楽しませてくれた大きな葉が、根の際に集まって着き、その表面にはしわが多いので一度見たら忘れない花である倒木も池に浸かったまま朽ちてゆくのだろう~透き通って底の見える、なにやら幽玄の雰囲気を醸す大笹池にふと、南アルプスの駒鳥池を思い出した池の水が流れ出す南西側から、甘利山方面を見る大笹池は、御庵沢川(ごあんざわがわ)の水源地。池の清水は、ここから流れ出て、御庵沢(ごあんざわ)となり、御勅使川(みだいがわ)に合流し、その後、釜無川、富士川へと下っていくなお、事前の情報から池の周囲に山ヒルがいるので注意とあったが、妻の靴に一匹付いただけで気にするほどでもなかった池のほとりの湿地に咲く花々カマツカ(バラ科)白い花弁が五枚、枝先に集まって咲いている。この木は弾力性があり丈夫なので鎌の柄に使われたところからその名がついたと云われる大笹池でたっぷり時間をとった後、南甘利山へ向かう南甘利山と清良平(せいらだいら)の分岐昔、こうした標識が無く、椹池へ行くつもりが、間違えて清良平方向へ向かってしまい、途中で気が付き戻った記憶がある今日、初めて見たフタリシズカ(センリョウ科)この後、最後の急登が始まる古い補助ロープだがまだしっかりしているのでたよりになる何が原因だったのかブナの大木が根こそぎ倒れていた周囲を樹々に囲まれてまったく展望のない南甘利山(1652m)の山頂を素通りして、、すぐに現れる椹池への分岐このコースも地味ではあるが、静寂コースを好むハイカーには、きっと喜ばれるだろう右に防鹿柵を見るようになれば、甘利山の山頂は近い甘利山までは、ワンコ連れのハイカーさんが大勢登ってきていた再び、この素晴らしい光景を目にすることが出来るのだろうか、しっかりと目に焼き付けて下山にかかる 霧が漂いだした甘利山山頂付近 ツマトリソウ(サクラソウ科) 日本スズラン(キジカクシ科)別名・君影草。花言葉は、純粋、純潔、幸福の再来など、、。あやかりたいものである。 もう、終わりかと思っていたナルコユリ(ユリ科)が一株、名残惜し気に咲いていた つつじ苑のデッキで、交通整理員のかたと花談義。今年は、近年にないレンゲツツジの当たり年だと云っていた。いいチャンスに巡り合えたものである。今年、これだけ素晴らしい咲きっぷりだと来年はあまり期待できないのかも知れないな。(年を取る毎に、クルマでの遠出が億劫になってしまったが、今日は思い切って来て本当に良かった) 帰りがけに椹池(さわらいけ)へ寄ってみた~標高1250mにある静かで幻想的な池である。浮島に、たぶんサギスゲ(カヤツリグサ科)かと思われる白い穂状の花が群生していた。早くも夏の到来を告げるかのように。(サギスゲをズーミングして撮ろうかと思ったところで予備に使っていたバッテリーもここで切れてしまった) なお、帰路は、温泉へ直行武田の郷・白山温泉(たけだのさと・はくさんおんせん)で汗を流した。いつも、こちら方面の山帰りは、旭温泉と決めていたが、ここは今回初めての温泉。入浴料は県外者700円、(ただし、広河原の駐車場でアンケートに答えた者がもらえるステッカーを提示すれば、100円引きになる)泉質は、ナトリウム、塩化物・炭酸水素塩泉のあっさりすっきりの源泉かけ流し。露天風呂もあり、湯加減もちょうど良かった。 膨大な我が山行記録を根気よく調べてみたら、初めて甘利山から千頭星山を歩いたのは、1983年6月12日だった。当時38才。静岡市内の自宅から、買って間もないHONDA・イーハトーブTL125で、椹池を経由し、広河原まで直行。甘利山から千頭星山をピストンした後、鳥居峠を経て青木鉱泉にて入湯(650円)、その後。小武川林道を走り、国道20号に出て帰途に着いたとある。甘利山にまつわる思い出は多い。花のシーズン外だったが、山サイ仲間と、旧汁垂スキー場から甘利山へ登り、大西峰(おおにしうら)から、御所山(ごしょやま)を経て、青木鉱泉へ下る途中、MTBごと前転宙返りして転倒、目の前になんと滅多にお目にかかれない高山植物のホテイラン(絶滅危惧種)を見たときは、痛みを忘れて大興奮今でも鮮明に覚えている瞬間だった。時間を気にすることもなく、気ままに花や樹木、風景の写真を撮りながらのハイキングだったので、参考にはならないが、、、<参考コースタイム>広河原駐車場6:20~6:40東屋のある経塚(三等三角点あり)6:45~7:05鍋頭7:10~7:20甘利山7:25~7:30汁垂分岐~7:45大笹池分岐~8:20奥甘利山8:35~9:10大笹池分岐~9:42南甘利山、椹池、清良平分岐~9:45大笹池10:25~10:26南甘利山、椹池、清良平分岐~10:30南甘利山、椹池分岐~11:05南甘利山~11:10椹池分岐~11:40甘利山12:10~12:30鍋頭~13:00広河原駐車場歩数計→13470歩 2.5万図 甘利山 韮崎 鳳凰山 夜叉神峠
Jun 14, 2026
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焼津市、浜当目(はまとうめ)海岸の北に位置する標高126mのおにぎりのような形の虚空蔵山(こくうぞうさん)。どこから見てもすぐそれとわかる独立した小山である。午後から焼津市のシンボルのような可愛らしいこの超低山を歩いて来た。ここは、たしか30年ほどまえに、いちど登ったことがある。今でも、行われていると思うが、2月23日の麓の曹洞宗、弘徳院の境内で行われる「虚空蔵尊大祭だるま市」を見にいったついでに登った覚えがある。低山にしては、けっこう急な登山道だった記憶があったが、それ以外はほとんど覚えていない。浜当目海水浴場の駐車場に車を止め、正面の虚空蔵山へ向かって歩き出す焼津市側から見るとこんな風に見える山 (ウィキペディアより抜粋)道なりに左へ折れ、那閉神社(なへじんじゃ)を右に見送り、、、突き当りにある、沖縄料理が専門らしい「あたびーCafe」のT字路を右折して~(邪気を払うと云われるシーサーが入口の両サイドに並んで見えている)弘徳院の墓地を右に見ながらすぐの虚空蔵山の登山口から登りだす誰が植えたか、季節の花、きれいなアガパンサスを見ながら階段を上がる古い石灯篭や丁目石を見ながら、、まもなく、山頂に着く。正面には、虚空蔵菩薩を祀った朱色の香集寺(かしゅうじ)が建っていたこの建物も記憶にない屋根瓦に本多家の立葵(タチアオイ)の紋様が見えている。登山口の案内看板によれば、田中城(藤枝市)の庇護を受けていた証しであるとのこと振り向けば、眼下に焼津港鐘楼で鐘を一突き~焼津市内に現存する石灯籠では最も古いものだそうである。それほど広くもない山頂は、周りを常緑樹に囲まれてまったく展望はない。かろうじて、わずかな茂みの間から大崩海岸と静岡市側を見ることが出来た少し、場所を変えて見たら大崩海岸の奇岩、懐かしい「たけのこ岩」も見えているではないかこれが見られただけで単純に満足上の方に見える車道は、今では、度重なる崩落によって、放置されたまま廃道となり、代わって今は山の中を浜当目トンネルが開通しているが、それすらも今は、工事中で通れず、したがって現在、静岡市から焼津市へ抜けることはできない。現在は、通行不能、廃道となっているが、左の突き出た小山が虚空蔵山である。(静岡市側から) (ウィキペディアより抜粋)今は、一部が崩壊した土砂で埋まったまま廃道となっているかっての国道150号線。30年前、ボクはこの国道150号を通勤道路として、雨さえ降らなければ毎日バイク(YAMAHA/SRX400)通勤をしていた。夜遅く、仕事を終えて、ここを通るとき、月が海上を照らすムーンロードを見て疲れも吹っ飛んだ。なお、明治時代までは波打ち際に道路があって、静岡市石部(写真では手前)から、焼津市の浜当目まで(白い大きな焼津グランドホテルが建っている)自由に行き来が出来たらしい。その後の度重なる土砂の崩落によって昭和の時代に消滅、今となれば夢のような話である。 (ウィキペディアより抜粋)かって、東海の親不知と云われたこの景勝地、大崩海岸の威容を再び目にすることはできないこれは、ドローンか、船上からでないと撮れないはずの写真であろう (焼津市観光協会の写真から抜粋)展望のない虚空蔵山の山頂は、この程度の広さだった下山後、そばの曹洞宗、弘徳院へ寄って昭和29年3月1日未明に、マグロ漁船第五福竜丸の無線長として、ビキニ環礁で操業中、アメリカの水爆実験により被爆し、亡くなった久保山愛吉さん(行年40才、そんなに若かったのかと驚いた)のお墓詣りをさせていただいた浜当目海水浴場へ戻ると多分、地元の子たちだろう、10人ほどが素っ裸で、沖のテトラポッドまでの泳ぎを楽しんでいたいくらなんでもまだ冷たいだろうに、、若いっていいなブラブラ歩きながら気が付いたのは、この海岸には慰霊碑が多いということ。漁師町だったこの地では、過去、出漁中に海難事故に会って多くの方が亡くなられたのだろうそんな切ない思いを抱いてクルマに戻ったなお、ここへ来る前に、懐かしき静岡市側の小浜(おばま)海岸へ下って見た。下る手前に古くからあった日の出館は、ライフタイムと店名を変えていたが、営業はしていないのかロープが張ってあった。坂道の集落を下り切ったところの昔の海水浴場の面影はまったくなく、海岸一帯は私有地となっており入ることすらできない。海の際にプールもあって、子供たちがまだ幼かった頃に何度か連れて行ったものだが、今は何もない。あまりに空しすぎて写真を撮る気も起きなかった。なんで、今日この小さな「山」ともいえない虚空蔵山へ来たのか、自分でもよくわからない。焼津アルプスを歩くと、常に目にするが行くことのない不遇な山が愛おしく思えたのでもない。過日、花沢の水車小屋から稜線を越えて県道416号に下った先にチラッとしか見えなかった大崩海岸の全容がこの虚空蔵山の山頂から見られるかもしれないという期待もあったのかも知れない。短時間ではあったが、とりあえず、虚空蔵山のミニミニハイクの<参考コースタイム>浜当目海水浴場駐車場15:00~15;20那閉神社~15:21あたびーCafe~15:22虚空蔵山登山口~15:40虚空蔵山(香集寺)15:55~16:10虚空蔵山登山口~16:15弘徳院16:20~16:25那閉神社~16:35浜当目海水浴場駐車場歩数計→6150歩 2.5万図 焼津
Jun 10, 2026
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東海地方は、昨日、梅雨入りだったというのに、今日は、とんでもなくいい天気。ここのところ、どうも足腰の不調が気になる。少しでも歩こうと、焼津市坂本、曹洞宗の古刹、林叟院(りんそういん)のアジサイを見てから高草山へ登ってきたスタート時の気温27℃。なんだか暑くなりそうだ林叟院から高草山へのコースは、2本あるが、今日は、坂本A(尾根)コースを登り、下山は、坂本Bコースを下ることにした。比較的、木陰の多いこのコース、夏草が茂り始め暑さが本格的になる中、ここまでやってきた庭木としてお馴染みのクチナシ(アカネ科)の花が山中に咲いている沈丁花や金木犀と並ぶ三大香木のひとつだそうでたいへん良い香りを漂わせていた登山道の脇にもアジサイが誇らしげに咲いている展望の良い坂本Bコースの分岐までやってきた林叟院からのコースは、登山道が南側に面しているため、熱い太陽を常に背に受けながらの登りが続く。夏、林叟院からのコースは、暑さとの闘いになる山頂の一角に建つ高草山大権現に手を合わせるかって電波塔のあったフェンスの前での証拠写真を1枚山頂、東方向の展望はいまいちだったが、、。今日の富士山は、あいにく雲の中に隠れて見えないノビル(ユリ科)の花だろうかオカトラノオ(サクラソウ科)先日の台風6号?でサクラの大きな枝がバッサリと裂けて倒れていた昼食後、刻字が北を向いている(通常は、コケなどが付着して見にくくなるのを防ぐため南面に刻まれている)二等三角点まで移動~近くの金網フェンスから見える筈の南アルプスや安倍東山稜は雲に隠れて見えず、手前の山々がかろうじて見えたその後、山頂を辞して、下山は坂本Bコースを下る眼下には、焼津港、焼津市街地が広がる足元に咲くコモチマンネングサ(ベンケイソウ科)地球が丸いことを実感するこの大展望、遠く御前崎まで見えている蛇行する東名高速道路や東海道新幹線が行き交う志太平野を俯瞰遠くに掛川の粟ケ岳、眼下に潮山(うしおやま)が、、。笛吹段公園を左下に見て、さらに下り続ける駿河湾と伊豆半島の先端部、波勝崎(はがちざき)この緑の山の裏側がかって、東海の親不知といわれた景勝地、大崩海岸(おおくずれかいがん)である花沢山と旧かんぽの宿を繋ぐ稜線の末端、今は名を変えて「亀の井ホテル焼津」になっている天然温泉が湧出しており、最上階の大浴場からの展望が売りのひとつ。入浴のみ700円で入れるそうだが、残念ながらボクはまだ入ったことがない。いつかその絶景を味わってみたいものだ。今日、歩いたコースを青線でたどってみたここしばらく続く体の不調を抱えながら、なんとか頑張って行ってこられたことに感謝!行って良かった<参考コースタイム>林叟院駐車場10:25~10:40坂本A(尾根)コース入口~11:10坂本A(沢)コース分岐~11:40石脇分岐~11:50坂本Bコース分岐~12:00高草山大権現12:35~12:40二等三角点~12:55高草山大権現~13:05坂本Bコース分岐~13:20笛吹段公園分岐~14:00林叟院駐車場歩数計→10660歩 2.5万図 焼津
Jun 8, 2026
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東海地方は、昨日が梅雨入り、今日の天気予報では、曇り時々雨となっていたのに朝から逆に梅雨明けのような素晴らしい青空がひろがっている。気温27℃。焼津市坂本の林叟院に咲くアジサイがそろそろ見頃を迎えるのではないかと見当をつけてでかけた。ついでに足慣らしに高草山へも登ってくるつもりだ。駐車場上の通路から、さっそくアジサイがお出迎え色とりどりのアジサイが、まさに見頃を迎えていた同じように見えてもそれぞれが異なった顔をしている。すべて、納めきれないが何枚か撮った特徴的なアジサイを載せてみたこれもまた趣ある風情だ急な崖の斜面に並ぶ数体の苔むした羅漢像歴史を感じさせる荘厳な雰囲気を醸していた曹洞宗の古刹、林叟院(りんそういん)ここからが、正式な入り口550年の歴史をもつ曹洞宗のお寺である。焼津市指定文化財の鐘楼(右)と、本堂(中央)これも又、市指定の指定有形文化財の経蔵(きょうぞう)。江戸中期の建造物で、仏教経典の収納庫である。内部には、輪蔵と呼ばれる回転式の書架があり、それを回転させることで中に納められた経典を読誦したのと同じ功徳があるとされる。僧侶が、お経を唱えながら経典をパラパラめくり倒す「転読」も似た行為。それもまた膨大な経典を読誦したのと同じ功徳があると云われている。境内を彩る350株のアジサイ~林叟院の本堂山号は「高艸山」こうそうざん、と呼ぶらしい。林叟院をひとまわり、アジサイを堪能後、高草山を目指して、坂本A(尾根)コースから入山する。
Jun 8, 2026
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下十枚山のシロヤシオも終わったこの時期、気になるのは、猪の段(いのだん)周辺に咲くズミ(バラ科)の花。そろそろ咲き出している頃だろうと、妻を誘ってでかけてみた。山伏(やんぶし)は、去年の11月30日、サラの追悼登山以来、半年ぶりであった。山伏の山頂から眺めた今日の富士山猪の段に群生して咲くズミの花は、まさに見頃だった静岡市内の自宅から猪の段登山口まで2時間弱、距離にして約50km、カーブの多い山道なので意外に時間がかかる。林道三ツ峰落合線を快調に飛ばし、まもなく笠張峠(かさはりとうげ)という場所に立つこの丸い案内看板(ここはワラビ平)は、多分、半世紀前から変わることなく立っているはずである。この道をボクは、いったいなんど走ったのだろうか。なぜかいつも愛着を覚える看板である西側に広く開けて聳える七つ峰、そして、東に安倍東山稜を一望できる笠張峠。今日の目的のひとつは、その絶好の地にサラの散骨をしてあげることだった。サラとなんども立ち寄ったこの地にどうしても埋めてあげたかったのだ。サラよ、ここで安らかに眠れ~共に登ったあの山々をいつも見られるこの地で、、散骨を済ませ、富士見峠から大日峠(だいにちとうげ)へ、林道勘行峰線(りんどうかんぎょうみねせん)を北上し、眼下に井川湖を見下ろすリバウェル井川スキー場を右手に見送って、県民の森を通過、井川峠、笹山、それぞれの登山口を通過し、牛首あたりから、特に多い落石を踏まないよう注意しつつ、猪の段登山口に到着。あたりは、一面の新緑に包まれて空気がおいしい外気温19℃。快適だ猪の段登山口をスタートすぐに現れるズミ(バラ科)の群生地~まるで果樹園を思わせる風景だ花は?おおっドンピシャリまさに見頃だったすでに白い花がいっぱいだズミは、秋、リンゴのような果実をつけるところから、別名・コリンゴ、またはコナシとも呼ばれる。花の咲き始めは、ピンクの蕾から始まり、完全に開くと下の写真のように白くなる張り出した枝に開花した白い花をびっしり付けたズミズミの名は、染み(シミ)の意味で、樹皮を染料に使うところからでたようだ真っ青な空にマッチしてすてきな光景をたっぷり楽しんだズミが群生する根元には、ナツトウダイ(トウダイグサ科)がこれまた大群生たっぷりと時間をかけて観賞後は、尾根通しに落葉樹林の中を進みます途中、二重山稜、船窪地形などを通過、この辺りは、登山道を見失う可能性があるので、古くなって褪せて見えにくいマーキングなどのそばに、いつも用意している赤テープを巻きながら、明確な目印になるよう交換しながら歩く。さらに、ここには欲しいと思える箇所にも付けながら(ただし、付けすぎに注意して)道迷いすることのないようのないように。この猪の段コースでハイカーに出合うことは、ほとんどないが、素敵なコースだけに、もっとより多くのハイカーに歩かれてもいいのにと残念に思う次第に植生が変わり、マイヅルソウ(ユリ科)もチラホラ見られるようになった大き目の葉が二枚広げた姿を鶴の舞う姿に見立てたところからこの名がついた花白い小さな線香花火のように見える花がいくつもついているミヤマハコベ(ナデシコ科)ミヤマ(深山)の名がついているが、高山性と云うわけではなく、ふつうの山でごく自然に見られる花である。長い柄が特徴、花弁5個は、深く切れ込んでいるので10個に見える。地味で楚々とした花ではあるが、ボクはこの花が好きだ百畳平(ひゃくじょうだいら)までやってきたここからは、東河内流域の山、小河内山(こごうちやま)が姿をみせる~サラが大好きだったここ百畳平リードを放してあげると、この広い野原で思い切り飛び跳ねていた様子が今も目に浮かぶ今日は、この地へも散骨するつもりでやってきた。ここは、いつも休憩していた大きな木の根元。サラよ、ここで、仔鹿たちと一緒に遊んだらいいよこの百畳平、かっては、腰丈ほどクマザサが生い茂り、夏になれば、クガイソウや、クルマユリ、シモツケソウなどの花々が咲き、登山者の目を楽しませてくれたものだったが、今では、山伏の山頂部と同じように裸地化してしまい、笹など一本もない。代わって、コケ類の進出が多く目立つようになっている。これもまた、味わいがあるが、やはり笹の海が懐かしい枯れだした当初は、ニホンジカによる食害だとばかり思っていたのが、そればかりではなく、何十年に一度という笹枯れ現象が始まっているというのが正しい説のようであるダケカンバやナナカマドの新緑が眩いほどに美しい高原ムード漂う、たおやかな稜線歩きが楽しいプロムナードコースだ山伏小屋分岐、このあたりの自然林もたいへん美しい中央の大きな樹は、昔、落雷で倒れたような、そんな覚えがあるなあ途中で、磐田から来たという単独の中年女性としばし立ち話に花が咲いたオーギ崩の上部から、南方向の笹山、井川峠、そして、リバウェル井川スキー場を眺める浸食の進むオーギ崩。静岡市内からもすぐにそれとわかるガレ場だこれほど大きな崩れではなかった頃、ここで、シモツケソウ(バラ科)や黄色いキンレイカ(オミナエシ科)を見たものだオーギ崩からは、安倍東山稜の青笹山から竜爪山までを一望する針葉樹が樹皮から出すヤニの匂いがとてもいい深山の空気を胸いっぱいに吸い込む至福のひとときだ西日影沢コース分岐を過ぎれば山頂は近いピーと一声、ニホンジカの発する警戒音を近くで聞いた一見して、緑の苔に覆われて美しくも見えるが、かってここは、一面、笹の原だったミツバツチグリ(バラ科)早春のころ、低山にいち早く咲く花が、2000mを越す山でも見られるとは、、澄んだ上品な黄色の花で、葉が3枚。根を食用にするので土栗と云う名はここから来たそうだオブジェのように立ち枯れたウラジロモミに天下の名峰、凛々しい富士山が良く似合う安倍奥の最高峰、二等三角点のある山伏(2014m)に到着。誰もいない山頂は、我々夫婦だけ、、山伏の山頂から見る南アルプス南部の山々。すっかり雪も融けて夏山の様相を呈している。いつものことながら山座同定を楽しむすっかり葉を落とした晩秋なら見える左方の光岳(てかりだけ)もこの時期は木々に隠れて見えない昼食後、名残り惜しいが下山にかかる大谷嶺の右を何気なく見たら、八絋嶺、さらに奥側に毛無山、大ザレの頭、隠れて見えないが、五老峰(ごろぼ)か?おやっ、真ん中に見えるのは、篠井山(しのいさん)かな?ということは、左が、大光山(おおぴっかりやま)右が、十枚山、下十枚山ということか笹枯れ現象でどこもかしこも裸地化し、ゴルフ場のような山頂部かって、腰丈よりも高い笹が繁茂して、一面の笹原だったことを知るひとは、今では少ないだろう昼食を摂る場所もないほどだったなんて、今このありさまを見て誰が想像できようか<参考>2008/12/19の山伏山頂部。登山道以外はこの通り、一面深い笹原で埋め尽くされていたさらに、ここ数年の間に立ち枯れた針葉樹がやけに目立っていることをボクは感じる変わって、以前は、あまり見ることのなかったコケ類の進出がやけに目立つようになった。この現象は、百畳平でも同じだった。今は初夏、ウラジロモミの新芽が美しい~まだ山中の所々に咲き残るトウゴクミツバツツジ(ツツジ科)の花濃い紫色がまだまだ新鮮です大きなニホンジカ♀が1頭、のんびりと草を食んでいた。逃げる様子もない。今日は、他に、立派な角を持った雄シカ1頭、雌シカ3頭、ニホンザル4頭、を目撃した帰りは、新緑の美しいダケカンバの林を下るだけ~市営山伏小屋(1971年秋に完成)は上から眺めただけ~ずっと昔、まだ20代のころだったが、所属していた会の山行で一度だけ泊ったことがあった~ということは、半世紀以上も前のことだったか、、今もなお存在する小屋は、泊まらないにしても避難小屋としての役目は十分担っている。以前、大勢の団体さんを案内し、山伏へ登った帰りに、雷雨に会い、この小屋へ逃げ込んだことがあった。その頃に比べればかなり老朽化はしているが、一夜を明かすにはなんの問題もない。運が良ければ、ネズミくんたちの運動会が見られるかも知れない。 この小屋がいまだに当時の面影をそっくりそのまま残していることが嬉しい。また、一時期、同じ静岡県高山植物保護指導員の仲間で、毎週のように浜松からやってきては、この小屋で寝泊まりして山伏を楽しんでいた友人がいたが、その後どうしてるのだろうか。さらに、当時、毎週、土曜部に西日影沢から通っていた友は、脊柱管狭窄症の手術後も相変わらず、この山伏へ通ってきているのだろうか。(静岡県高山植物保護指導員は、2年前に、年齢的に南アルプス登山が難しくなってきたので残念ながら解嘱させていただいた)下山後、笹山登山口で見かけた白い花の咲く樹は、なんだかわからず、帰宅後、図鑑で調べたらアズキナシ(バラ科)に該当するようだが自信はない帰路、車中から眺めた南アルプス深南部方面の山々すっきりした三角形の黒法師岳は、たぶん前黒法師岳に隠れて見えないのだろう帰路、口坂本温泉に寄るつもりで支度はして来たものの、山中でのんびりしすぎて、時間オーバー、たぶん札止めだろうと諦め、富士見峠経由で帰途についた。今朝、通ってきた県道三ツ峰落合線の錦橋の先での大がかりな工事はすでに終わって人影もなかったが、このトンネルの正体がどうもよくわからない。リニア関連の工事だとは思うが、リニア中央新幹線が開通しても静岡県には何のメリットもない。南アルプスの地下トンネル工事を行うJR東海がその見返り?に全額出資して、井川の大沢戸橋から京塚橋までをトンネルで繋ぐという話は聞いているが、京塚橋はもっとずっと下なんだけど、、。井川の地域振興とリニア工事関係車両の通行用という名目で作られる全長4.7kmのトンネルが開通することで、通行タイムが20分短縮され、がけ崩れなどによる通行止めもないので、安全には違いないし、便利になるのだが、、リニア新幹線不要論者としてはいまいち素直に喜べないんだな。最近、山伏へ行く際によく歩くのは猪の段コースが多い。以前は、クラッシックコースともいえる西日影沢から入ることがほとんどだったが、加齢と共に遠ざかってしまい、最後に入山したのは、2年前のちょうど、今頃、6月14日だった。当日の記録を見ると、山頂まで3時間40分もかかっている。最後になるかも知れないが、81才の今、もう一度、体力をつけてチャレンジしてみたいと思っている<参考コースタイム>猪の段登山口11:15~11:20猪の段~12:10百畳平12:30~12:45山伏小屋分岐~13:20西日影沢コース分岐~13:35山伏14:20~14:25西日影沢コース分岐~14:45山伏小屋分岐~14:55百畳平~15:25猪の段15:35~15:40猪の段登山口歩数計→11920歩 2.5万図 梅ヶ島
Jun 1, 2026
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