【不眠症カフェ】 Insomnia Cafe

【不眠症カフェ】 Insomnia Cafe

2016.03.26
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欧州テロリスト 武器入手ルートを追う バルカン半島で闇取引されるAK-47と放射性物質
- 木村正人




3月22日、ベルギーのブリュッセル近郊の空港と、地下鉄の駅で爆発テロが発生。さっそくイスラム国(IS)が犯行声明を出した。欧州ではテロが頻発しているが、なぜ欧州のテロリストは容易に武器を手にすることができるのか。欧州に流れる武器の供給地への現地ルポを通じて、その答えを明らかにする――。

 2015年1月の仏風刺週刊紙シャルリエブド襲撃や死者130人を出した11月のパリ同時多発テロでも旧ソ連製の自動小銃AK-47(カラシニコフ)が使われた。

 市民生活の陰で過激化したテロリストは即席爆弾だけでなく、闇市場を通じ自動小銃やロケットランチャーまで入手している。自爆テロにとどまらず、首都機能をマヒさせる大規模テロを行う能力を獲得した。脅威はしかし、それだけではない。ウクライナ危機でロシアと欧米の関係が悪化する中、旧ソ連諸国では過激派組織「イスラム国(IS)」に放射性物質を売り込もうとする動きまで出ているのだ。

「ジハーディストの巣窟」ベルギーのモレンベーク

ベルギーのブリュッセルにあるモレンベーク地区、ムスリム女性が目立つ

 パリ同時多発テロで「ジハーディストの巣窟」「テロリストの温床」という物騒な呼び名がすっかり定着したベルギーのブリュッセル首都圏にあるモレンベーク。面積5・89平方キロメートル。人口は15年1月時点で9万5576人というこぢんまりした自治体だ。モロッコやトルコ系の移民が多く暮らし、22のモスク(イスラム教の礼拝所)がある。イスラム教にもとづき解体・処理された食肉を専門に扱う店やケバブ店が並び、スカーフで髪を覆うイスラム女性があふれる。

 パリ同時多発テロの首謀者でIS戦士アブデルハミド・アバウド(28)、バーやレストランを銃撃したブラヒム・アブデスラム(31)=いずれも死亡=、サラ・アブデスラム(26)の3容疑者はいずれもモレンベーク出身。マドリッド列車爆破(04年)、ブリュッセルでのユダヤ博物館銃撃(14年)、アムステルダム発パリ行き国際列車での銃乱射事件(15年)の容疑者も一時、モレンベークに住んでいたことから、「テロリストの棲家」「武器の調達場所」と糾弾された。




 アブデスラム兄弟がモレンベークで経営していたカフェは薬物を扱っていたとしてテロの11日前に区役所から閉店を命じられた。カフェでブラヒム容疑者とよくカード遊びをした友人は「特に変わった様子には気づかなかった」という。しかし別の友人は「ブラヒムから旧ソ連製の自動小銃AK-47を隠すよう頼まれた」と地元TV局に証言している。近所の人の話では、アバウド容疑者やアブデスラム兄弟がモスクに通う姿を見かけたことはなく、3人は熱心なイスラム教徒ではない。定職につかずフラフラして「半グレ」化した末、過激思想に染まったテロリストに分類できる。

 アバウド容疑者はISのオンライン機関誌「DABIQ(ダビク)」で、「欧州に潜入するのに数カ月かかり、最終的にベルギーに着いた。そこで武器を手に入れ、隠れ家でテロ作戦を練った」と証言している。ブラヒム容疑者のカフェが隠れ家や武器保管場所として使われたのか。しかし、寂れたカフェやバーの裏口を開けると武器の密売所というのはフィクションの世界に過ぎない。ムスリム人口の多いモレンベークだから犯罪組織の闇市場にアクセスするのは簡単というのも悪質なつくり話だ。

 ただ、6つある警察の統率が取れず、19の自治体に分かれるブリュッセル都市圏では有効な過激化対策や移民政策が打てず、闇市場の取り締まりも甘くなる。モレンベークの女性区長は記者会見で「アブデスラム兄弟の名前は過激化している恐れがある約100人のリストの中にあった」と告白した。分かっていてもカネも人手も足りず、野放しになってしまったのだ。

 「ベルギーの中でも、モレンベークを含むブリュッセル都市圏、アントワープ、リエージュといった深刻な犯罪が多発する地域に銃はつきものです。アムステルダムやベルリン、パリも武器密売のハブになっています。最近では犯罪組織が拳銃だけではなく、AK-47を持つケースが増えています」。ベルギー・フランドル平和研究所のニルス・デュケット氏はこう解説する。

 地下の犯罪組織とコネクションがあると銃は簡単に手に入る。最近の過激派には「半グレ」化した若者が目立ち、当たり前のように前科前歴がある。薬物や暴力犯罪で服役するケースも多く、犯罪組織との接点を持っている。犯罪ネットワークの中枢にアクセスできるようになると、AK-47やロケットランチャーなど、あらゆる武器を手に入れることができるという。

 デュケット氏は続ける。「1990年代に紛争地となったバルカン半島から大量の銃が流れ込みました。欧州の違法銃は正確な数字は分かりませんが、数百万丁と言われています。欧州の多くの国では発射できなく(不可動化)した銃を合法的に買えます。問題なのは、スロバキアなど数カ国では不可動化の方法が十分でなく、再び撃てるようにするのがとても簡単だということです。1月のパリ襲撃で使われた銃はスロバキアのオンラインショップで販売された不可動化銃です。再び撃てるよう改造され、仲介業者を経てテロリストの手に渡っていました」

 ベルギーには銃器の扱いに慣れた人が少なくない。06年まで銃を購入する手続きが簡単で、多くの市民が銃を保有していた。ベルギーの銃器メーカー「FNハースタル」の退職者も多く、不可動化した銃を撃てるようにできる技術者に不自由しない。スロバキアで販売された不可動化銃がベルギーで再び撃てるようにされ、密売されたとみられている。「テロリストが使うAK-47はそんなに扱いが簡単ですか」とデュケット氏に尋ねると、「誰でも数時間、練習すれば扱えるようになります。シリアやイラクの戦場に行かなくても、人里離れた森の中で射撃訓練ができるはずです」と答えた。

実射訓練ができる「シェンゲン圏」スロバキア

AK-47の試射ができるスロバキアのブラチスラバにある地下射撃場

 デュケット氏の言葉を手がかりにスロバキアに飛んだ。首都ブラチスラバの中央駅からタクシーで10分ほど行った2階建ての建物に「ハンター・クラブ」の看板が掲げられていた。赤い鉄扉を押し開け、地階に下りると、オシャレなバーがあった。壁にはめ込まれた防音ガラスの向こうは射撃場だ。

 大阪で通算16年も事件記者をした筆者だが、本物の銃を撃つのは生まれてこの方、初めてだ。客はスポーツ射撃の愛好家やカップルが多い。カウンターで「まったくの初心者ですが、銃を撃つことはできますか」と申し込んだ。「いろいろな銃のタイプがあるが、どれで何発撃つのか」と訊かれたので、「拳銃5発と、もし可能ならAK-47を10発お願いします」と答えた。



 コッキングレバーを引くのに少し手間取ったが、操作は想像していた以上に簡単だった。しかし衝撃の大きさは最初に試し撃ちした拳銃とは格段に違う。防音ヘッドホーンをしているにもかかわらず、「ドーン」という大砲のような音がして、銃口から直径20センチほどの火の玉が噴いた。1発ずつ撃っても頭の中がジーンとする。自動にすれば30発のマガジンをわずか3秒で撃ち尽くせる。パリ同時多発テロの目撃者は筆者に「テロリストは落ち着いてカラシニコフ(AK-47)を構え、タタタタタッとレストランの客を次々と撃ち殺した」と証言した。テロの前に試射を重ねたのは間違いない。

 「半グレ」化した若者はアルコールと薬物では自分をごまかせなくなり、イスラム教を騙る過激主義とテロリズムに異様な高揚感と万能感を覚えている。拳銃とAK-47の使用料と弾丸計15発で料金は39・6ユーロ。随分、安い。あまりに簡単にAK-47が撃てたことに驚いたというより、拍子抜けした。


射撃場内

 一口に「欧州」と言っても、複雑なサークルが絡み合っている。単一通貨のユーロ圏、旅券なしで行き来できるシェンゲン圏、欧州連合(EU)域内、バルカン諸国、そして旧ソ連諸国。それぞれが様々な「抜け穴」でつながり、薬物、銃器、売春婦が闇市場を通じて行き来している。スロバキアはユーロ圏やシェンゲン圏に入っており、ブリュッセルやパリ、アムステルダム、ベルリンとも直結する。

 1月のパリ襲撃や8月の国際列車銃乱射事件でテロリストが使った銃はシリアルナンバーから、スロバキアの田舎町パーティザンスケのガンショップで販売されたことが分かっている。



(注)違法銃も含む市民100人あたりの銃保有率。なお、銃社会の米国は101.05丁
(出所)シドニー大学主宰のサイト「ガンポリシー・オルグ」をもとに筆者作成

 金曜夜、パーティザンスケに向かう長距離列車に飛び乗ると、週末を家族と過ごす学生や若者でごった返していた。日曜夜に若者は地方から首都に出稼ぎに向かい、金曜夜はそれと逆の人の流れができる。パーティザンスケまで約2時間の車中、地元の若者と議論になった。「米国のように欧州でも銃保有が認められていたら、パリの犠牲者はもっと少なくて済んだ」と若者が言うと、隣の女性が「銃の管理を強化するのが正解よ」と顔をしかめる。

 シドニー大学が主宰するサイト「ガンポリシー・オルグ」によると、市民100人当たりの銃保有率は違法銃も含めてフランスが推定31・2丁、ドイツは30・3丁、ベルギーは17・2丁、スロバキアが8・3丁だ。ちなみに銃社会の米国は101・05丁と断トツに多く、銃規制の厳しい英国は6・7丁、日本は0・6丁と少ない。

 パーティザンスケ到着後、問題のガンショップ「AFGセキュリティー」を訪ねた。事前に送った電子メールに対しては「来ても無駄だ。何も話さない」と書かれていた。しかし店員は「ヤポンスキー(日本人)か」と店内に入れてくれた。しばらくして社長と息子がやって来た。「スロバキアには同じようなガンショップが100ぐらいある。警察にも協力しているのにこんな騒ぎに巻き込まれ、迷惑している」。

 店内では、初老の愛好家が拳銃の初弾を装填するスライドを手で動かして滑らかさと手応えを確かめている。モデルガンか真正拳銃か素人の筆者には見分けがつかない。

 AFGは店頭販売だけでなく、真正拳銃や不可動化した銃をオンラインで販売している。真正拳銃を購入するには免許が必要で、ドイツの軍用自動式拳銃ワルサーP38には627ユーロの値が付く。不可動化した武器では、旧チェコスロバキア製の短機関銃スコーピオンVz61が170ユーロ、対戦車弾RPG-7が513ユーロで販売されている。

 「販売先はシェンゲン圏内が中心だ。テロの続発で私たちのような正規のガンショップへの風当たりが厳しくなったのは心外だ。必要なことは国境管理や闇市場の取り締まりを強化し、銃の違法取引に対する罰則を厳しくすることだ」と社長と息子は繰り返した。


スロバキアのパーティザンスケにあるガンショップ

 不可動化した武器に関するスロバキアの規制は他のEU加盟国に比べて甘かった。最近まで18歳以上なら許可証を持たずとも購入できた。イタリアでは銃身に鉛を詰め込み、デンマークでは銃を半分に切断するのに、スロバキアの不可動化は銃身にピンを通すだけだったため、1時間もあれば簡単に再可動化できたという。

 このため、スロバキア政府は15年7月に不可動化の基準を他のEU加盟国並みに強化し、不可動化銃を購入する際にはスロバキア国内の居住証明証の提示を義務付けた。前出の専門家デュケット氏は「EU域内で不可動化の共通基準を策定しようとしています。不可動化した軍用銃の販売は禁止され、不可動化されたAK-47を買うことはできなくなるでしょう」と話す。

 英国では半自動・自動式の銃だけでなく、いかなる拳銃も民間人が所有するのは禁じられている。それでも、パリ同時多発テロを受け、ロンドン警視庁が罪に問わないことを条件に違法銃の提出を呼びかけたところ、2週間でAK-47を含む25丁が回収された。シェンゲン圏には属しておらず、ドーバー海峡で欧州大陸とは隔てられている英国にも「抜け穴」は通じている。

銃50万丁が眠るボスニア・ヘルツェゴビナ
 違法銃が欧州の闇市場に流れ込む主要ルートは、スロバキアのような「抜け穴」ではなく、バルカン半島だと大半の専門家やジャーナリストは指摘する。90年代に旧ユーゴスラビアの崩壊過程で起きた紛争のあと、600万丁の銃が闇に消えたと言われている。15年12月はボスニア・ヘルツェゴビナ(以下ボスニア)紛争を終結させたデイトン合意から20年。銃の管理は万全に行われているのだろうか。サラエボに足を運んだ。


銃撃戦の跡が残るサラエボ市内

 ボスニアはボスニア人(イスラム教徒)、セルビア人(セルビア正教徒)、クロアチア人(カトリック教徒)の3民族で構成される。血で血を洗う3つ巴の紛争は92年3月、結婚式でセルビア人が殺され、その5週間後、ボスニア人とクロアチア人の女性2人が殺害されたことから火がついた。凄絶な「民族浄化」の末、95年8月、セルビア人勢力に対する北大西洋条約機構(NATO)軍の空爆が実施され、同年12月のデイトン合意で死者10万人、避難民200万人以上を出した紛争は終結した。

 しかし20年が経った今も、ボスニア人とクロアチア人の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」(面積51%)と、セルビア人の「セルビア人共和国」(同49%)という2つの「国家内国家」に分裂したままだ。それが和平と国家の体裁を保つ唯一の方法なのだ。

 丘陵地と山に囲まれた12月のサラエボは濃い霧にすっぽり包まれていた。ボスニア人が多く、礼拝を呼びかける「アザーン」が夜明け前から聞こえてくる。メーンストリートには近代的な商業ビルがぽつりぽつりと建ち始め、中のフードコーナーでは若者たちが屈託のない笑みを浮かべている。「ニカーブ」と呼ばれる黒い衣装で全身を覆うムスリムの女性は1人か2人見かける程度で、普段はスカーフを着けない世俗化した女性が大半だ。高層住宅や民家の壁には銃撃戦の跡が残り、戦闘の激しさを思い起こさせる。

 難民危機では、まだ処理が終わっていないボスニアの地雷原にシリアやアフガニスタンからの難民が間違って足を踏み入れないか、真剣に懸念された。数年前にはハンググライダー客が誤って地雷原に落下して爆発、負傷するという事故が起きている。ボスニア政府地雷対策センター(BHMAC)のスベトラナ・ルルドジアさん(35)は地図を指差しながら、「危険地帯の表示はあるとはいうものの、クロアチアとの国境地帯がとても危険です」と表情を曇らせた。地図を見ると、地雷が眠る危険地帯がアリの巣のように広がっていた。足をワイヤーに引っ掛けると空中に飛び上がって爆発、50メートルの範囲内で殺傷能力を持つ旧ユーゴスラビア製の地雷が一番危険だという。

 紛争終結直後の96年には100万個以上の地雷が4200平方キロメートルに埋められていたが、現在ではそれぞれ10万個以上、1166平方キロメートルにまで減らした。しかし当時、民兵が埋めた地雷はどこにあるのかはっきりせず、撤去作業は難航している。


多くの地雷や不発弾が残るボスニア(BHMAC)

 国連開発計画(UNDP)ボスニア事務所によると、ボスニア国防省がUNDPの支援を受け、06年以降、約10万トンの弾薬と12万5000個の銃器、化学的に不安定な大砲の弾薬2100トン以上を廃棄した。しかし、武器の廃棄は十分に進んでいない。14年5月の洪水では対戦車砲や爆発物の入った冷蔵庫、手榴弾、爆弾、弾薬が大量に民家から流れ出して、発見された。

 UNDPボスニア事務所のパベル・バンジャク氏に取材を申し込むと、「武器の闇市場について話す立場にない」とけんもほろろだった。理由は容易に推測がつく。シャルリエブド襲撃で使われた7・62×39ミリメートル弾はサラエボの軍需工場で86年に製造されたものだと報じられているからだ。14年には軍の基地から大砲の砲弾600発が盗まれる事件も起きている。腐敗が事件の背後にあると言われている。

 同事務所によると、ボスニアでは約50万丁の武器が民家に隠され、1万6500トンの弾薬が余っているという。サラエボのホテルで働くボスニア人のアレン・ハスコビックさん(25)は「幼かったので20年前の紛争のことは何一つ覚えていません。しかしスレブレニツァでは子供も含め7000人以上のボスニア人男性が虐殺されました。減ってきているとは言え、自衛手段として多くの人が武器を隠し持っているのは事実です」と語る。2割近い家庭が武器を隠しているという報道もある。

 旧ユーゴ諸国の一つ、セルビアでも家庭に武器があるという。セルビアのタンユグ通信元東京特派員、ドラガン・ミレンコビッチ氏=ベオグラード在住=が解説する。「旧ユーゴの国防システムには民間人も組み込まれ、戦争に備えて、軍服やヘルメットなどの装備を家に持ち帰っていました。紛争の勃発で武器を保管していた軍のキャンプが襲われ、あらゆる種類の武器が民間人に奪われました。紛争が終わると、武器はお土産として各家庭に持ち帰られ、一部は闇市場に流れました。取り締まる人はいませんでした。私自身、友人から無料でいいから武器は要らないかと持ちかけられたことがあります。今でも100~150ユーロ出せば闇市場で拳銃が手に入るはずです」。

 97年にはアルバニアでネズミ講が崩壊してパニックが起き、軍の貯蔵庫から約65万丁の銃器と15億発の弾丸、350万個の手榴弾が強奪された。旧ソ連圏諸国が装備をNATO仕様に切り替えたため、AK-47など旧ソ連製の大量の武器が闇市場に氾濫した。AK-47は値崩れし、1丁1000ユーロを割ったという説まである。こうした武器は「アリの行列」のように手荷物として一つひとつシェンゲン圏に持ち込まれ、山のように積み上がっていくと一般に言われている。

 長年にわたってバルカン半島の組織犯罪を追いかけてきたジャーナリスト、ミーシャ・グレニー氏は「旧ユーゴ諸国の紛争で犯罪組織が活発に活動するようになり、紛争終結で洗練されたネットワークが構築された。今もこのネットワークを通じてEU諸国に違法銃や模造タバコ、薬物、売春婦を送り込んでいます。『アリの行列』という生易しいレベルではなく、列車のコンテナやトラック、船の底に隠されて大量に持ち込まれています。銃の80%は犯罪組織に、15%はテロ組織に流れているという警察情報もキャッチしています。テロリストの側は1回でも成功させれば良いのに対し、守る側の各国情報機関はすべて完封して初めて合格です。EU加盟国間では、情報というセンシティブな分野での協力はこれからも非常に難しいでしょう」と語る。


ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で使用されていた武器が、バルカン半島やスロバキアから欧州へ流入している
(出所)各種資料をもとにウェッジ作成
(写真上・KEVIN WEAVER/GETTYIMAGES 写真下PASCAL LE SEQRETAIN/GETTYIMAGES)

放射性物質の闇取引が行われていたモルドバ
 欧州のサークルを旧ソ連諸国にまで広げると、背筋が凍りつく事態が進行している。モルドバでは過去5年で4件もの放射性物質の闇取引がモルドバ捜査当局によって摘発されている。


放射性物質密売の舞台になったモルドバのキシナウにあるナイトクラブ

 10年には、首都キシナウで1・8キログラムのウラン238が押収された。7人の密売人が900万ユーロで売りさばこうとしていた。11年には、1キログラムの兵器級ウラン235を3200万ユーロで売ろうとした6人が拘束された。密売グループは「プルトニウムも手に入る」と話していた。14年、密売人がロシアから持ち込まれた200グラムのウラン235を160万ドルで売りさばこうとした。モルドバの国境に近いウクライナ国内で1・5キログラムのウラン235が押収された。

 15年2月にはFBI(米連邦捜査局)と協力して、セシウム135のアンプルをオトリ捜査員に売りつけた3人を逮捕。セシウム137で汚染された物質がキシナウ中心部で発見された。セシウムの大半はロシアから持ち込まれたとみられ、ロシアとつながるモルドバの密売組織がISの買い手を探していた。密売人が使った密会場所の一つ、キシナウのナイトクラブ「ココス・プリフェ」。店員に容疑者の顔に見覚えがあるか尋ねると、「ここで働いて日が浅いので分からない」と言葉少なだった。店内では富裕層とみられる若者たちが水パイプを回し飲みしていた。

 モルドバは3万3800平方キロメートルと岩手県2つ分の広さしかなく、首都キシナウは123平方キロメートルと狭い。これだけ狭い街で放射性物質を密売しようとしたら情報は協力者を通じて警察に筒抜けになる。だから4件とも初期段階で摘発された。だが、モルドバは司直の手の及ばない後背地を抱えている。90年、ドニエストル地域のロシア系住民が「ドニエストル共和国」の分離独立を宣言し、モルドバ政府軍との間で紛争が勃発した。

 ロシア軍がドニエストル側につき、欧州安保協力機構(OSCE)の仲介で停戦が成立した。事実上、独立状態にあるドニエストル側が「国境検問所」を設け、モルドバ政府は手が出せなくなっている。密売グループはドニエストルを隠れ家に、モルドバで放射性物質を売りさばこうとしていた。

 キシナウでタクシー運転手と料金交渉し、ドニエストル側に日帰りで行ってもらった。運転手は「ワシリー」という名だ。ワシリーはそわそわして、ダッシュボード内の黒いビニール袋を出したりしまったりし始めた。中から突然、拳銃を取り出したので、「オー・マイ・ゴッド!」とうめいてしまった。元警官だというワシリーは「心配するな」と銃所有の許可証を出した。携帯電話で呼び出した女性と路上で落ちあい、ビニール袋に入った拳銃を手渡す。次は運転手仲間に迷彩柄のジャケットを預け、車の登録証を更新しに行く。

 キシナウからドニエストル側までは車で片道約1時間半だが、ワシリーはなかなか目的地に向かおうとしない。「検問所に近づいたら絶対、写真は撮るな」と何度も釘を刺し、筆者の旅券を隅から隅まで調べ、「キシナウ」の印を確認すると、ようやく「国境」に向かって走り始めた。モルドバ側では軍が警戒しており、ドニエストル側では「国境管理」が行われていた。

 ワシリーは「カネが要る」と言い、筆者は行きと帰りにそれぞれ200モルドバ・レウ札(約1200円)を預けた。ワシリーが賄賂を使ったのかどうかは分からない。ただ、入国時も出国時も軍服を着た係官が後部のトランクを開けただけだった。ワシリーが拳銃をしまっていたダッシュボードには手もつけない。ドニエストルの「国境検問所」に放射線測定器もなく、放射性物質をモルドバに持ち込んだとしても誰も気づかないはずだ。


「ドニエストル共和国」の「国境」付近で警戒するドニエストル軍

 英国では06年11月、プーチン政権を批判していたロシア連邦保安局(FSB)元幹部アレクサンドル・リトビネンコ氏が致死性の放射性物質ポロニウム210で毒殺される事件が起きている。ロシアの情報機関やそれにつながる犯罪組織が放射性物質を持っていたとしても何の不思議もない。

 モルドバの密売事件に詳しい米国務省国際安全保障・不拡散局のエリック・ルンド氏は「旧ソ連諸国からは核兵器の材料になる高濃縮ウランを回収し、残ったわずかな高濃縮ウランは厳重に管理している。管理施設に出入りする科学者のスクリーニングも徹底的に行っている。高濃縮ウランが闇市場やテロリストの手に渡ることはあり得ないと確信している。過激派組織が核に関する知識を持った人をリクルートするのも極めて難しい」と断言する。

 一方、米国務次官補代理として大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)にかかわった英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック氏は「モルドバで取引された物質は核兵器の材料としては使えない。セシウム135はダーティーボム(放射能汚染爆弾)にも使えない。ISはオンライン機関誌DABIQで1年以内にパキスタンから核兵器を買えるようにすると宣言しているが、容易に核兵器が買えると考えるのは夢物語だ。現段階ではISのブランド戦略の意味合いが強いが、可能性を無視するわけにはいかない」と指摘する。

 モルドバの事件では供給側の密売人は存在したが、買い手は警察の協力者かオトリ捜査員で本当の需要があったわけではない。しかし、旧ソ連が崩壊する中、核兵器を手に入れようとしたオウム真理教の前例もある。国際テロ組織アルカイダは核兵器の製造方法について聞くためパキスタンの核兵器科学者と接触している。

 放射性物質の密売とダーティーボム、核兵器の密造を防ぐには、米国やロシアを中心とする国際社会の協力が必要だ。しかし16年春に開かれる核セキュリティー・サミットにロシアは今のところ出席しない見通しだ。

 ウクライナ危機でロシアと欧米の関係が悪化し、プーチン大統領と気脈を通じる親露派勢力の後方撹乱によって旧ソ連諸国が不安定化している。そうした混乱に乗じてロシア系犯罪組織が放射性物質の密売を活発化させている可能性が高い。シリア和平交渉をめぐり米国とロシアが協力する気運が芽生えているが、キシナウのホテルで出会った米警備会社の元米兵は不穏な予想を耳打ちした。元米兵はウクライナ軍に雇われ、訓練を担当しているという。

 「親露派勢力と言われる兵士の通信を聞いていると、ウクライナ訛りはまったくなく、ロシア兵だということが分かる。クリミアと違ってウクライナ東部の住民はロシアへの帰属を望んでいない。ウクライナ軍はかなり実力をつけており、ロシア軍の掃討に乗り出す可能性もある」

 欧州大陸はバルカン半島の旧ユーゴ内戦が今でも深い傷を残し、AK-47など大量の銃が氾濫、犯罪ネットワークを通じ簡単に手に入る構図が浮かび上がってきた。大量の武器がテロリストの手に渡るのを防ぐためにはEU加盟国が協力してスロバキアのような「抜け穴」を塞ぎ、登録銃や違法銃のデータベースを構築、国境を自由に行き来する犯罪組織やテロ組織に対応できるよう各国の捜査機関、情報機関の垣根をなくす必要がある。バルカン半島に眠る違法銃の回収を継続するため新たな資金を投下する必要もある。 過激派を抑えるのも、闇市場の銃や放射性物質を管理するのも、米露協調が前提になる。しかし、米露関係は予測するのが難しい状況が続く。欧州がEUを中心にテロ対策、武器密売の取り締まりを強化するというのも口で言うほど簡単ではない。






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最終更新日  2016.03.27 00:28:27
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