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2部優勝の東洋大が1部6位の駒大に競り勝ち、2連勝で21年春以来、5季ぶりの1部昇格を決めた。就任1年目の井上大監督(49)は初の1部昇格。駒大は粘り及ばず、17年秋以来の2部降格となった。試合後、ベンチ前に集まった選手たちを前に、井上監督の目から涙がこぼれた「おめでとう…ありがとう…」。今年1月に監督就任し、わずか6カ月にしての1部昇格。私生活から「厳しく」見直す井上監督のチーム改革が実を結んだ。(以上、日刊スポーツ)6月24日 1・2部入替戦 2回戦東洋大 001 100 100 =3駒沢大 000 000 000 =0(東)〇野澤‐島田‐石上祐、(駒)●高井‐東田 試合は中盤まで東洋大のペースで進んだ。3回、二死二塁の場面で2番・石上泰輝(4年、徳島商)の左前適時打で先制すると、続く4回には4番・水谷祥平(4年、龍谷大平安)の右翼線二塁打を皮切りに捕逸などで2点目を挙げた。7回にも1点を加え、1部昇格に向けて着実に試合を進めた。 守っては先発の野沢秀伍(4年、龍谷大平安)が6回まで無安打無失点の好投。唯一ピンチの場面は7回だった。3本の安打を浴びて二死満塁に。ここで降板し、救援の島田舜也(2年、木更津総合)が次打者を三ゴロに抑え無失点でこの回を乗り切った。 実はこの7回、一死一塁の場面で平凡な二ゴロを4-6-3の併殺で終わるところを、二塁手から遊撃手へのトスが乱れて走者を残してしまうミスがあった。小さなミスが天国から地獄へ突き落す入替戦。続く打者に連続安打を喫してピンチが拡大したが、なんとかここを無失点で抑えたことがこの試合の勝利を呼び、東洋大の1部昇格を確実なものにした。 勝敗が決した後、マウンド付近で歓喜する東洋大ナイン。一方、敗れた駒沢大は泣き崩れる選手たちも。入替戦恒例の場面だが、駒沢大応援団の挨拶では「今日負けて秋は2部になるけれども、もっと応援を強くなって、再びこの神宮に戻ってきます」といった趣旨のことを話していた。その声はたまたま内野席にいた私にも聞こえた。よくある”学生注目”風の力強いものではなく、学生やOBたちに切々と語りかけるような語り口は、私まで心打たれるものがあった。
2023.06.25
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1937年(昭和12年)9月11日、小石川砲兵工廠跡に近代設備を整えた後楽園スタディアムが開場した。これまでは交通の便の悪い上井草球場や、高汐になると水浸しになる洲崎球場が主な球場であったことから、やっと安定してリーグ戦を開催できる見通しがついた。そして、時期を同じくして新球団後楽園野球俱楽部イーグルスが誕生した。 そもそも後楽園球場の新設を目論んだのは、かつて職業野球の芝浦協会で失敗した河野安通志や押川清ら。「球場と所属野球チームは一体であるべし」が彼らの理想だったが、資金がないため球場建設は他の資本家に頼り、球団経営だけに閉じ込められた。
2023.06.20
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