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昨日もさすらった……地域密着型小規模ディサービスヘ。久しぶりの新規開拓だった。 民家を改造したディサービスなので、ホント場所が分かりづらい。さすらえどもさすらえども行き着かず……開始時間は迫るばかり。情けなきやぁ〜結局迎えに来て頂いた(-_-)。 そして出迎えてくれたのが、流暢に日本語を喋るフィリピン女性であった。テキパキと指示してくれる。かつて介護系の人手不足を外国人で補おうと試みたことがあった。しかしまず言葉の障害などがあり、あまり普及されなかった、と記憶していたが……その中でも生き残っていた人がいたのだ。 彼女もそんな一人なんだろうね。大変な苦労だったと思う。それを乗り越え今や小さいながらもひとつの施設を任されているのか……。 頭も切れるし推しも強い。そして面倒見もいい。滅多に体験出来ないことだから、あえて人種が違うという視点で見てみる。面倒見がいいというのは指示が丁寧であること。初めにざっと説明してくれ、その場その場において詳しく教えてくれる。今までは初めに説明したら、それで理解できたものとして、結構違っていたこともあった。日本人同士だと、受け止め方の違いに対してあまり気にかけない。言ったのだから分かるという思い込み。言葉不足が結構ある……と、しみじみ実感。 また……。例えば着脱ひとつでも当たり前に思っていたことと違うスキルにも出会ったり、へぇ~と感心することもあった。この方が合理的とか、ね。 持ち前の明るさと逞しさも、利用者に対しても譲れないことはキッパリNOという強さも……なかなか見事だった。
2023.05.31
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いやぁ~。昨日乗ったバスの運転手さんは面白かったなぁ〜。 久々の里帰り。電車を乗り継いでバスに乗り込む。20〜30分もバスに乗れば実家だ。このバスはよく乗ったなぁ。そして今もお世話になっている当たり前の時間。だけど昨日はちょいと違っていた。バスに乗り込み座席を確保。フッとひと息つくと、運転手さんがマイクから自己紹介。「私、運転手の○○○○でございます。今日も安全運転を心掛けて…」とかなんとか。まるで観光バスのようだ。へぇ~、新しいマニュアルでも出来て礼儀正しくでもモットーにするようになったんだろうか……なんて思っていた。 すると通常は録音された停車案内。これまたご丁寧に運転手さんが自ら言うじゃないの。ふ〜ん。てな感じ。まださほどそれなり、と思えば聞き逃していた。それがいきなり耳を捉えだしたのは「次は小関。小さい関と書いて小関」ハァ?って。そして次は降りる停留所。すると「次は西村〜西村さんです」ってぇ〜。丁寧もエスカレートして停留所に「さん」付けだ。もぅダメ!! 可笑しくてクスクス笑ってしまった。「どうぞ、お気をつけて。またのご乗車をお待ちしています」ってなまたまたご丁寧な挨拶に見送られバスを降りた。しばらく笑いが止まらなかった。 帰りにまたバスに乗ったが、こちらは通常通り。録音の停車案内が流れ運転手さんの声を聞くことはほぼナシ。するとマニュアルでもなく、単なる運転手さんのシュミ、もしくは乗車時間を少しでも快適?にとか、楽しく?という心意気だったのかもしれない。 はい。お陰様で楽しいひと時を過ごさせて頂きました(笑)。
2023.05.30
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昨日は所用あって六本木へ行ってきた。午前中だったので、さほどの賑わいもまだなく……。 どちらかと言えば静まり返った街中。行き交う人もまばらで、これはこれで悪くない。自然とはかけ離れた造り上げられた光景が浮き立つ。変わった建物や手のかかっていそうな店構えも見ているだけで楽しい。相も変わらずキョロキョロ道行くのであった……と、面白いものに遭遇。何だぁ〜こりゃ??? 六本木交差点に現れたアルミホイルのオバケ〜??? 六本木の街を舞台にしたアートイベント「六本木アートナイト」だって。27日〜28日オールナイトで開催されたとか。美術館をはじめとする文化施設、大型複合施設、商店街が集まる六本木の街全域をフィールドに、ペインティング、インスタレーション、音楽、パフォーマンス、映像、トークなど、多彩なコンテンツが展開された……ようである。多分このオバケ。もといオブジェもそのひとつだったんだろうね。探し歩けば他にも色んなオブジェに出会えたかもしれない。終焉に差し掛かってオブジェだけが静かに佇んでいた。 でも。驚かせてくれて「ありがとう」。ちょっとした刺激にはなったかなぁ。 造り込まれた街中に更に創りモノを添えて、それでも「都市のいきもの図鑑」をテーマに、いきものを見出そうって……何か不思議な気もする。それでも、いきものは作り物なのだ。何か全てが作りモノって感じもする。これって都会の姿なんだろうな……いいんだかどうなんだか……。
2023.05.29
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昨日のディサービス巡り。久しぶりに若い人と遭遇……。 当たり前だが、利用者ではない。スタッフである。介護の仕事って結構それなりに年配者が多いから、若くても30台くらい。昨日はピチピチの20台、しかも新卒だって言うじゃないの。コロナ禍で学生時代をリモートで過ごした微妙な世代だ。さすがにどぅ接したら良いものか、アタクシにしては珍しく一抹の躊躇もあった。「若いのに介護に関心を持つなんて凄い」って社交辞令、本音半々でお伺い。するとここを経営する会社、色々な業種を手広く展開していて、今は研修で回されてきたようで、本命は別だって……なるほど。 昔、ディサービスで働いていた時も学生がボランティアで来ていたなぁ。インターンシップって言ったかな……。仕事として選ばなくても若いうちに介護の世界を垣間見ておくのはいいことだと思う。高齢化社会。今の日本を肌で知ることになるからね。そして人の辿りつく先も……。アタクシなんざ、親が高齢になって始めて知ったようなものだから、初めは受け容れないモノも多々あった。知らないと感情が先立ってしまって、現実を受け容れるのに時間がかかる。知ることは大切。 彼女は淡々と仕事をこなしていた……ようにアタクシには見受けられた。当たり前だけれど指示がないと待ち状態になることは多かったようだが。派遣の立場でどのくらい言っていいべきか微妙だったが、シェアできるものをみつけては声かけした……つもり。人手不足は責任者に周りを見渡す余裕すら奪う、ってな感じだったな。厄介なことだが、正社員としての、とかバイトにしても、ここに関わっているコトでのプライドはあるだろうから、そこらへんには一応の気遣いを持たないとね……ってな環境だったな、昨日は……。それはそれでアタクシにとっても勉強にはなったかな。※ホワイトボードの字は利用者さんの名前「こまえ」と、昔の文字が使われていると教えて頂いた。
2023.05.28
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アタクシはチビである。公称152cmは特に今のご時世、堂々たるチビだろうなぁ。 昔はそれが嫌だった。やはりある程度の身長は欲しいよなぁ……ってひがんでおりましたさ。見下されている感じも、それに満員電車だと完全に埋もれる〜とかね。まっいいかって思えるようになったのは、それなりに大人になってからだ。朝礼とか背の順で並ばされることがなくなったから小さいことを実感する機会が減ったからかもしれない。座っていればさほどかわりはないし(座高は替わらない?)。それでも宝塚歌劇団やスッチー(古い)のように身長制限があるのにはンー(-_-)って感じも。なりたかったワケではないけれど……。 小さいことのいいこと? 服には不自由しないことかなぁ。お下がりがよく舞い込んでくる。場合によっては大人の半額くらいの子供用で間に合うこともある……そのくらいかな。 困ることは高い位置のモノが届かない。誰かの同情を待つか、踏み台を使うか……洗濯物は干すのも背伸びしなきゃっ……てのは慣れっこだ。そうそう。飛行機に乗った時。上の棚に荷物を入れようと四苦八苦しているところを、後ろからそっと手が伸びて……その時こそスッチーに身長が必要なワケをありありと実感したっけ。 まぁ長年やってきたから慣れっこになった。それを含めての自分だしねぇ。不便さも与えられた個性のひとつ、何のそのって。まぁ何にしたって「どんぐりの背くらべ」と思えば、何となく納得を決め込む。 それでも長身の人を見るとカッコいいなぁ~って見惚れてしまう。ないモノねだりは続く……まっ、いいか……。
2023.05.27
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はぁ~って、ため息をつく程でもないけど…、気分が沈むと盛り上げようとするなぁ……。 「病は気から」ってコトバ。まるで信者のように結構何事も気分第一のところがあるかなぁ。だからしょっちゅう揺れているんだろうねぇ。まっ、しゃ〜ないか。 だからか。まわりをキョロキョロして気分を盛り上げてくれるモノも知らず知らずのうちに探している。それがアタクシにとっての「オシャレな気分」かなぁ。このオシャレっていうのはアタクシ的には「シャレ」に敬意を払って、丁寧に「お」をつけているところもあったりして……。 そうねぇ。じゃあ本来的な「オシャレ」って何だろう? ファッションに使われることが多いけれど……調べてみたら「洗練された」って意味合いのよう。う〜ん。ますます遠のいていく感じ。じゃあ「洗練」って何よ……って、また調べてみる。〜余計なものを取り除き、磨き上げて高尚にすること。 覚え方としては「洗って練るので上品になる」と考えれば分かりやすいでしょう〜ってぇ。ん〜。贔屓目には、遠からず近からず? 少しは歩みよったかしら? エッ、何処が?って。ハハハ、やはりそうか……。 では語源を調べてみたら、アッ、これこれ。「おしゃれの漢字「お洒落」は、冗談などを意味する「しゃれ」に対して当てられた漢字で、心がさっぱりして物事にこだわらないさまを意味する漢語「洒落(しゃらく)」に由来する」だって。 コトバひとつとっても色々と経路があるようでナビがないと分からない。それも時々不親切であったりするから……。ん、でも何となく「オシャレな気分」に気持ちを盛り上げてもらうのは間違いではなさそうだ。まぁ人にもよるけどね。
2023.05.26
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あゝ。一日の過ぎるのは早いなぁ……。 ここのところ晴れていればチャリンコで動くので、一日の流れをしみじみ実感する。朝、家を出る頃は晴れ空……これが気持ちいい。太陽の下、吹く風が心地よいのって♬。行き交う人もまばらで、時にはランニングをしている人や、犬の散歩をしている人にも出会う。のどかだなぁ。これって贅沢だよね!!って、しみじみ思ったり。風にさらされて頭もほぼ空っぽ状態。だけど、どんどんプラス思考に膨らんでいくようで、これまた気持ちいいんだねぇ。今日の活力を育んでいるようで。車道を通ることも少ないけれど、ただ車と人にぶつからないように気をつける……これ、わりと自然に身についている感じ?……。 日中は室内で過ごすことが多いから、その恩恵には預かれないけれど。道行く人を窓から眺め、まぁ気温も上昇して暑いだろうから、それはそれでいいか〜なんて思ったり。 そして帰路。再びチャリンコに乗って……。ずいぶん陽が高くなってきたなぁ。夕方でもまだまだ明るい。暑さも程よくなっている。運が良ければ夕焼けに出会うこともある。空が赤く染まる様は一日の終わりを実感する。見事なクライマックス。何処までも追いかけていきたい気がする。 また夜のとばりに出会うことも…。すっかり暗くなると今度は街の灯りが周囲を飾る。人工的だけど、これもまた悪くない。見上げれば月と星も……。写メではキレイに映らないが三日月である。行き交う人も少なく、ひたすらチャリンコをこいで帰路を行く。 今日はまぁまぁ……いい一日だったかなぁ……家に着いたら少しゆっくりしてお風呂に行って、一日の疲れをとったら、もぅ爆睡かもしれないねぇ……ホントそうだった(笑)。
2023.05.25
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ここのところ、移り変わりが激しい。天気ひとつとっても……。喜んでいるのは紫陽花くらいかぁ……。 日々の移り変わりに負けず自ら色を染め、姿を変えてゆく紫陽花の花。この移り変わりを「遷移」って言うんだってね。何かの拍子で知った言葉。今ほどその言葉がふさわしい時はないな、と妙に納得。 コロナも5類に変わったそうな……そしてマスクは任意となった……はずなのだが手放せない人の何と多いことか。まぁ「任意」だから個人の判断に任すってことだから、まだまだ必要と思っている人が多いのか? でも、その判断。自分の意志というより人の目を意識している方が強いんじゃあないの?……なんて思ってしまう今日この頃。 それでも最近はノーマスクの人も増えてきているようだ。まだまだマスク人口にはかなわないけれど……。いつまでも人の目ばかり気にしていては、せっかくの任意が無駄になる。 そりゃあ、病院とか保育、介護とか飲食関係の仕事に関わっていれば油断は禁物。持病のある人もそうかもしれない。でもね、誰だってマスクなんて、これから暑くなってゆく中で……嫌だと思うなぁ。 だから初めにやる人が必要なんだと思う。人の目を気にしないで。それこそ主張することだ……って。アタクシはそんな人になろうと思っている。今はノーマスクで電車にも乗るし、スーパーにも入る。そんな時やはりノーマスクの人を見ると嬉しくなる。 と、偉そうにほざいたが介護の仕事に入る時はマスクをする。何かこれはエチケットに近い感じ。病院ではコロナ以前からマスクを義務づけているところもあった。場所や職業によっては慣例になるかもしれないね。まぁそれはそれかなぁ……。 そうそう。例のスボーツジム。こちらも同様に任意になったけれど、未だお風呂でも…はたまたサウナでもマスクをしている人はいる。ホントご苦労様である。
2023.05.24
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アタクシは結構……仏像が好きだったりする。 お寺や神社が好きなのも、歴史が好きなのも手伝ってか、仏像好き。何か癒やされる。まぁ偶像といえばそうなのだけれども、でも何か色々な願いが込められている気がする。だからか、その表情が優しかったり険しかったり……その願いが色々な角度で集結されているのだろう。 一番のお気に入りは中宮寺の弥勒菩薩半跏思惟像。この穏やかな、そして情け深い、何ともいえない表情。一目惚れした。展覧会だったか……何処でお会いしたのかは忘れたが、実物を見たくて斑鳩の中宮寺まで訪ねた。中宮寺は聖徳太子の母上が住まわれていたところ。法隆寺の近くにある。意外なほど質素な佇まいの中だったけれど、神々しかった……。実物を見れたことはアタクシの財産である。 そして不動明王。こちらは弥勒菩薩とは逆に炎を背負って怒りの表情である。怖い。でも。これこそが慈愛と知ってからはお慕いするばかり。ひとえに不動明王と言っても仏師によって表情はいくらか違う。祀っている寺は多い。こちらは高幡不動のもの。お不動様と言われるところには必ずおいでた。だから色々と巡るのも愉しい。 そして仏像ではないかもしれないが、聖徳太子像。厩戸皇子と名乗っていた少年の日の姿。山岸凉子氏の「日出処の天子」を読んで以来のファンなのだ。この作品中の聖徳太子は通常のイメージからはかけ離れていて実に面白くチャーミング。アタクシ好みである。 だから仏像展は好き。あのイケメンの帝釈天もそこでお会いした。名前も?な仏像も多いけど。それでも自分好みの仏様に出会えると嬉しい。タイとか仏像の宝庫だろうな……実際に行けなくても展覧会や、はたまたそのチラシでも満足。部屋の壁にはポストカードやチラシが貼ってある。癒やしの間かって。 古からの歴史を背負って静かに佇みながらも発信している……その姿は実に情け深い。それにすがる気持ちも多々。そして糧ともなる。こういうのってオタクなんだろうか?まっ、どうでもいいけれど……。
2023.05.23
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ご近所の家庭菜園ともいえる畑。今年もまた苗が植えられ畑がスタートした。 以前はヤマちゃんなるおじいちゃんが任されていた畑。そのヤマちゃんが引退したとかで、持ち主自らが畑つくりに乗り出したそうな。ちょうど一週間前くらいに苗を植えたと言っていた。それがすくすく育っているそうだ。今頃が植付けの時季なんだね。そういえば、お休み中だった畑が何処かしこと賑やかになり始めた。野菜は実を残して、それが食卓に届くから楽しみである。 誰々がつくった……というキャッチフレーズで売り出されるものがある。う〜ん。納得。つくった人の顔が見えると親近感が沸く。それがましてや知っている人だとなおさらである。収穫までの過程を垣間見れるから、ね。スーパーで手にする野菜も誰かがつくってくれたものなんだけど、ついつい忘れてしまう。複雑なルートで巡り巡ってくるから分からないし、もぉどうでもよくなってしまう、ってのが現実かなぁ。 ここらへんはまだ農家が多いから、友人がよく農家から直に野菜を買ってきてくれる。安いし量も多くひと味違うような気がする。 話を戻そう。ご近所の畑。キュウリが形を表した。まだまだ小さいけどね。そしてトマトも。赤くなるのは当分先だろうけれど。何たってまだ一週間。それでここまで育つんだねぇ。ここのところの雨が幸いしているんだろうか。近所の子供たちが収穫を楽しみにしているという。野菜が何処から来るのか知ることは大切だね。スーパーから……なんて笑い話ではないようだから……。
2023.05.22
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あ〜あ……という感じである。何か嫌だなぁ、って。そう、嫌な印象なのだ。ドクダミの繁殖力は凄い。アッと言う間にあちらこちらに。 雑草の王様ってな貫禄なんだよね。独特の匂いのせいかな、ジメジメ陰湿な感じもする……抜こうとしても、根がはっているので結構しぶとい。そのうちドクダミは海のように拡がっている。結局根負けする。まっ、いいかって。別に雑草退治ってな任命を背負っているワケではないのだから。山や高原に行って草抜きをする人はいない。それなのに身近なところだとせっせと草を抜く。はい。勝手なのはヒトであります。 思うにコレって偏見だよね。名前に「ドク」ってついているけれど、実際には毒はない。それどころかお茶とか化粧品とかにも使われる優れモノなのだ。また薬としても古くから重宝されている。昔々、捻挫した時、母が庭のドクダミを摘んで焼いて湿布してくれたことがあったなぁ……お世話になっているんだ。西洋ではハーブとして尊重されているとか。実用化のために栽培もされているそうな……。 あゝ。それなのに……この大いなる矛盾ってナニ? って、こんなことを思うのはアタクシくらいなのだろうか??? 花が咲いている。白い愛らしい花。それを見ると、まっいいかって。そんなに嫌わなくても……って思う。やはり偏見だ。繁殖力の強さに圧倒されるのかもしれない。そういえば手をかけなければ咲かない花には手間を惜しまない。 ハハハ。これまたヒトのエゴだねぇ。
2023.05.21
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昨日。雨の中、颯爽と友人が真新しい帽子を被ってやってきた。ン。ピーンときたぞ。 帽子をポンポン叩いてみる。思ったとおり硬い。「届いたんだね」と。すると自慢げに帽子をとって見せてくれる。フムフム。確かにヘルメットである。裏返すと頭を防御する芯のようなモノが取りつけられている。外側は全く普通の帽子である。これこそ友人が待ちに待ったシロモノである。「でも雨の日だと……ねぇ」彼女は自転車をアシにしているので、ちょっとした雨でも必要とあればカッパを着てでも稼働する。だから普通の帽子だと布で出来ているので濡れてしまう、それが問題のようだ。 これがバイクだとヘルメットがシッカリしているから濡れても大丈夫。アタクシの自転車用ヘルメットは蒸れないようにところどころ穴が空いてあるようなデザインなので、雨の日だと髪が濡れてしまう。まぁアタクシは雨の日は乗らないけれど。なんだかんだ話していて「雨の日用のヘルメットはないか…」と、二人でAmazonを検索してみる。バイクのように雨の日も乗れるようなヘルメット。ありました。ありました。 見つけたのがコレ。値段的にもまぁまぁ。全面シッカリ覆ってくれている。また作業現場の安全ヘルメットと同じABS樹脂で作られているそうなので、雨も安全性もOKということだ。良かったね。これで雨の日も快適にチャリンコライフを送れそう(^o^)。これで装備は完備だけど、運転には十分気をつけてね。 早速その日のうちに注文したようだ。さて次なる問題は今ヘルメットラッシュのようで、いつ届くかということだろう。梅雨に間にあってくれればいいけれど……。
2023.05.20
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さすらいの……を始めて早や5ヶ月。初めは月2回くらいだったが、今は週2くらいを目指している。 数えてみれば施設も10ヶ所くらい行ったかなぁ。色んなところを見たかったので、気になるところをみつけては行っていた。そのうちお気に入りが出来て、新規開拓はやめにして同じところに何度か通うようになった。少しでも気心が分かるとラクでもある。 まぁ基本的なことは何処も変わらないとはいえ、細かいことではそこ独自のやり方がある。お風呂の入れ方、タオルの使い方、洗濯の仕方、掃除の仕方などなど。いわゆるローカルルールがある。郷に入れば郷に従えってことなのだ。それをやってのけるのが派遣の使命でもある。 例えば洗濯も洗剤とハイターを入れるところ、洗剤と柔軟剤を入れるところ。また干すのは風呂場だったり、外だったりなどなど。タオルも施設のものを使うか、利用者のものを使うか……数え上げればキリがない。それを丁寧に教えてくれるところと、おざなりなところ……色々である。またこちらも記憶がゴチャゴチャになって間違えることもままある。そういう意味では、新規開拓よりも同じところの方がローカルルールを覚えられるってワケだ。まぁ一種のこだわりだね。これは介護の世界だけじゃない。組織には必ずと言っていいほどあるものだ。 だから1ヶ所しか知らないと、それが常識だと思ってしまう人もいる。細かいことほど個人差として表れる。基本を考えればどうでもいいことが大切にされる……ちょいと不思議な気もするが……。言うなれば本来、常識とされるものと単なるローカルルールの違い。それをはき違えちゃいけないのだ。さすらい続けているうちに、お陰さまでそれが見えてくる。The otherは臨機応変にこなすこと。そして、そのこだわりを楽しむこと。まだまだ道は遠いけれど……。今は深めるよりも拡げることが面白いのかなぁ。
2023.05.19
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ここのところ、早く目が覚める。6時前には必ずと言っていいほどに……。 それもそのはず。めっきり夜がダメになった。起きていられないのだ。ご飯を食べるともぅ(-_-)zzz。30分でも1時間くらいでも寝てしまう。それをヨッコラショと起きてスボーツジムへお風呂に入りに行って、ビールでも呑んだらまた気持ちが良くなって(-_-)zzz。そのまま朝まで直行することもあれば、また起きて何だぁかんだして、お布団に入ることもある。そう、何処でも寝られるのだ。冬はコタツで……ということもよくある。 年齢と共に不眠に悩む人も多いようで、この有様を羨ましい、という人もいる。しかしこちらとしては、夜の愉しい時間が持てないのは少々残念である。だからほとんどTVも見れない。めっきり本も読めなくなった。ダンナと会えない日もある。思うに身体が睡眠を欲しているのだろうけど……。 まぁ家系的にも(-_-)zzzする一族ではある。父も休日は遅くまで寝ていた記憶がある。母も食事中に(-_-)zzzなんてこともあった。弟はデート中に(-_-)zzzしてフラレたこともあったっけ……。姪も甥も暇さえあれば(-_-)zzzしていたなぁ……。起こしてベッドに移動させるのが大変、と義妹がこぼしていた。 最近その兆候が激しくなった。まぁ気持ちが良くなって(-_-)zzzだから悪いことではないのだろうけれど、時間が惜しいなと思う。おかげで手に入れた朝の時間は家事に追われてバタバタだ。朝しか家事はやらないなぁ。だから自分の時間が見いだせない。それが不満といえばそうなのだ。う〜ん。これを打破するには……と思いつつも、今日もまたバッタンキュー(-_-)zzzだろうな……。
2023.05.18
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昨日はあまりにも天気が良かったので、多摩川までチャリンコをこいでボゥ〜と過ごす。 人間たまには息抜きも必要。いい景色の中でボゥ〜と過ごすなんて、最高の贅沢じゃあないの……ってなワケで自分にプレゼント。15分くらいチャリンコを転がせば、そこは多摩川のほとり。自転車ロードをただ走らせる。堰付近で一休み。ここは水の流れが小さな滝のようになっている。ちょぼちょぼだった水域も拡がっている。河原には色とりどりの花が咲いている。名前は分からないが、紫色と黄色の花が鮮やか。すすきも穂をゆらし、鳥も飛び交う。その囀りや虫の声が風の音に響き渡る。騒音ではなくホッとする思い。 また少し移動。いつの間にか川はたっぷりと水域を増している。釣り人の姿も。多摩川の鮎は有名なようだけど解禁されたのかな……なんてボンヤリ思う。川面から魚が顔を出し一面に波紋が広がる。みるみるうちに広がる円が一瞬のうちに消えてゆく。白鷺が川面に舞いおりる。水の上を器用に歩くものだなぁ。ホント舞を見るよう。自分では静寂だと思う中にも音があり、ドラマがあるんだねぇ。普段は見過ごしているもの。見ようともしないものだ。 まだまだ陽は高い。ポカポカ陽気に吹く風も心地よい。サイクリングロードを走る人、チャリンコを走らせる人。行き交う人もいるけれど誰もが一人を満喫しているよう……。 何故か水の流れは癒やしてくれる。それを飾る緑や色とりどりの花々が更に癒やしを深めてくれる……また飛び交う鳥や虫の音も自然のドラマを楽しませてくれる。 ここのところイライラしていたけれど、これで少しは優しくなれるだろうか……なんてね。
2023.05.17
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昨日は実家に帰り、母と天ぷらをつくって食べた。 もぅ主婦業をリタイヤして何年もたつ母は、それでも時々料理をつくりたいらしい。日々義妹の手料理に満足していながらも、長年やってきただけに時々そんな思いになるのだろう。だからせめてアタクシが帰った時くらいは一緒につくることにしている。リクエストは毎回決まって天ぷらだ。そんなに好きだったっけ? だから毎回、天ぷらを二人でつくる。 揚げ物は油の始末とか色々と面倒なので、アタクシは滅多につくらない。でも考えてみれば野菜などを切って、衣にまぶして揚げる……実にシンプルではある。ご飯でも、ウドンやソバにも合うし、もぅそれだけでご馳走だ。しかも揚げたては美味しいし……。 手間は確かにかかるかなぁ。でも二人でやるのだから楽しみながらやればいい……母とアタクシと、今日はパートから帰ってくる義妹の三人分だ。気をつけないと天ぷらはつくりすぎてしまう。本日はナス、サツマイモ、エンドウ、庭のセリ、ミョウガ。そしてタンパク源としてイワシと豚肉に決定。タマネギも甘く美味しいのだが、今日はやめておく。 衣を絡ませて揚げるタイミングを教えてくれるのが母の役割だ。ここらへんはベテランに任せる。「天ぷらだけは一人じゃあ出来ない」と、何度も嬉しそうに言う。はいはい、御尤もデス。一人じゃあ、まずやらないなぁ。あらあら……どんどん皿に盛り上がっていく。 昼前から始めて悠長にやっていたから、ちょいと遅めの昼食にたどり着く。「やっぱり自分でつくるのは美味しい」と天ぷらを口に運ぶ母を見ると、次回はソバもいいかなぁ……と思う次第であった〜。
2023.05.16
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あゝ。今日も雨か……。しかも雨足が強い。う〜ん。朝からちょいと憂鬱だぁ~。 明日からはまた天気が良くなるとか……ではあるが、全くもぅ梅雨ってぇの? 今日は2週間ぶりの実家帰りである。いつもは母の布団を干して、部屋を掃除して、散歩する……のだけれど、布団干しと散歩は諦めなければならないかぁ。貴重な里帰りなのに残念!! 出掛けるのも億劫になる。 でも植物には嬉しい雨か……。雨といえば紫陽花。観賞用のものは立派に花を咲かせ店頭に並んでいる。そして野生のものは花がそろそろ色づこうとしている。 この花。結構強く、もぅ何年か前に頂きた鉢植えがまた今年も勢いよく葉が伸びている。花はまだ先のようだが……。 ヨガでは今を生きろと言われる。身体で言うと、前側が未来、後側が過去。だから前反も猫背もよろしくない。こだわりが姿勢に表れるとかね。まっすぐな姿勢こそが今であると……。過去にも未来にも捉われるな、と。この「今」を捉えるのは難しい。今と思っていてもすぐ過去になっていく。そして今に納得出来ないと未来を思ってしまう。明日は晴れるだろう。もぅすぐ花が咲くだろう……ってな具合に。 そう言えば養老孟司氏は「猫のように生きろ」とかおっしゃる。それは猫は今を生きているからって。フムフム。猫はアタクシたちが四苦八苦していることを難なくこなしているのか? 今がどうあれ受け入れて楽しむってことかなぁ。♬人生楽ありゃ苦もあるさぁ〜くじけちゃいけない〜さぁゆこう♬(だったかなぁ) 「水戸黄門」のテーマソングである。今に不平を感じる時、つい口ずさんでいる。まぁアタクシの応援歌でもある。と言ってもサビだけだけれど(笑)。 明日は明日の風が吹く……ならば今日は今日の雨を楽しめるように……ってぇ〜。
2023.05.15
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昨日は例の如く「さすらいのディサービス巡り」。一度訪れて「お気に入り」に登録したところである。そこのスタッフと妙に気があったから……。それでも機会がなくひと月ぶりだった。 そこは民家を改造した地域密着型小規模ディサービスである。利用者さんも10名前後、スタッフも3名とこじんまりやっている。10名くらいなら、名前や顔はもちろん、どんな人か一応の特徴くらい覚えられる限度かなぁ。それでも何度か会ううちに、また違う一面も見えてくるだろうね。いつも、せめて名前と顔くらいは一致させたい、と思いながらも人が多いと断念さぜるを得ないことがままある。それでも覚えている人と全く忘れてしまう人がいる。何が印象に残るのか……多分それは人それぞれだと思うけど、面白いなぁと思う。 印象に残る、というのは何かしら魅力を感じるからか? これはディサービスに限ったことではないね。人の集まるところ全て。いや人だけでもないか……例えば本を読んでも忘れなれないものもあれば、すっかり記憶の外に追いやられるものもある。これ。とても不思議……。あ。話がそれちゃった。 まさこさんの話をしようと思う。彼女こそ印象に残る気になる人である。早い話、彼女は認知症だ(と思う)。まず何を言っているのか分からない。多分違う世界を生きているのだろう。しかしニコヤカで屈託がない。ちょいと問題なのは徘徊気味であること。スタッフは彼女を追いかけるのに手間が掛かる。 小柄でちょこまかと。さすがに短くした髪は銀髪だけれど、顔を見るとシワも少なく老人を感じさせるモノがない、とは言い切れないかもしれないが、とても「おばぁちゃん」と呼ぶ気にはなれない。そう、少女のまま年を重ねたという感じ。イケメン好きなのだ。スタッフにイケメンがいると人の目も何のその。ストーカーに豹変する。それ故の徘徊でもある。傍目からすると、追いかけ回すその姿は可愛らしいのだけれど……あ、いや、的になったスタッフは面倒だろうね、と同情も。ジャケにもできないし正直ジャマな時もあるはず。スタッフは彼女の恋路を阻止する如く追いかけるのだ。 認知症の表れ方は人様々だけれど、本能がむき出しになる場合も多い。また幼児退行になることも。まさこさんはその両方なのかな。だから少女なのだ。ふと。認知症って、その人の人生の集大成って気がする。その人が何を求めて生きてきたか、何に衝撃を受けてきたかストレートに現れる。自分では多分分からないだろうから勢いが増すんだろうね。 まさこさんは結婚もされず子供も生まなかった、と耳にした。それだけが彼女の人生を知るの手がかりだけれど。 自分はその時どうなっているんだろう……ずっと探してきた自分自身の姿? 皮肉にもそれは多分もぅ自分では知ることもないんだろうな……。
2023.05.14
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…その翌日も晴れる…とは限らない。それを裏切り行為だなんて、責めちゃいけない。 だいたいねぇ〜天気と猫と女は気まぐれって決まってるんだ。だからねぇ。そんなものだって認識しなきゃね。それ、ジョーシキでしょ。今は何でも先取りし過ぎなんだよ。何でも分かっちゃ、つまらないでしょ。エッ…そんなこと天気予報で知ってるってぇ~。だったら夕陽に文句言うなって。言ってない? だったらい〜じゃぁないの。雨が降ろうと槍が降ろうと…槍は降らないってぇ…もぅ、そんなのコトバのアヤだよ。アヤアヤ。違う。オヤオヤってぇ〜。 バカなこと言ってる。マジメばっかりじゃぁ〜やってられません!!っての。たまには毒を吐いて吐きまくってスッキリさせるの。こんなの他愛もないレベルだね。何処にぶつけりゃいいんだぁ〜理不尽の数々。まぁぶつけても結局のところ自分に跳ね返って来るんだけどね(笑)。こりゃ黒い(笑)だね。 かくゆう吾輩は猫であ〜る。
2023.05.13
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嫌になる。昨日の朝は快晴だった。ハリキッて洗濯して、チャリンコに乗って……気持ちのいい朝だった……。 あゝ。それなのに……午後に差し掛かると急に空の様子が……ン?……みるみるうちに雨が降ってきたぁ〜。しかもだんだん強くなる。ひぇ〜! 急いでチャリンコをしまう。そして取り置きの傘を探す。約束の時間が迫っている。更に雨足が強くなる中、出かけることに。靴も雨用ではないので、滑らないように気をつけらながら道を急ぐ。あ〜あ。ついてない。文句のひとつ、グチの2つ3つを吐きながらトボトボ歩く……。 用事がすんで外に出ると、空が明るくなり始めた。ン? 今度はみるみるうちに雨が上がりだした。全く雨が最も激しい時間に外出するハメになった、ということだ。それでも地面はまだ乾いていないから滑って転んだりしたらバカだぁ~。またまた気をつけて帰路につく。あれ〜。空はちゃっかり夕焼けに染まりはじめていた。 天気予報なんて予報だから当にはならない。朝の予報で雨なんてあったっけ? それでも午後からは雨マークがつき出した。まぁ、そんなものか……今日は晴れるようだが……果たして?
2023.05.12
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近所のばら苑が今日からオープンに。 かつて遊園地だった広大な?土地がばら苑となって、春秋と年2回オープンしている。今年もそんな季節になった。小高い丘の上にあるので、もぅハイキングコースと言ってもいいくらい。近くにいながら訪れたのは2〜3回くらいかなぁ。地元の人は結構そんなもので、遠くから訪れる人で賑わっているような気がする。よく道を聞かれるものなぁ。 ばら苑へ行く途中に、ばら苑アクセスロードなるものがある。そこにもバラが植えられ十分それで満足出来る。昨日通りがかるとオープンに先駆けてか、満開だった。 開催は今月の28日まで。それまで人で賑わうだろうね。今年は気のせいか色とりどりに鮮やかな感じがした。所狭しと咲き誇っている。赤もピンクも白も黄色もオレンジも……ってな具合に。更にグラデーションがあるから色の種類も実に多彩である。それを一緒に愛でることが出来るのはお得感いっぱい。そしてその中から、その人なりに心にしっくりくる花を見つけるんだろうなぁ。 アタクシは去年、黃オレンジのバラに夢中になった。まだ珍しくもあったし……こんな鮮やかな……って。今年は何故か白バラがしっくりきた。しみじみ綺麗だなぁ、って。あまりにも周りが鮮やかだから一層心に残ったのかもしれない。 バラの手入れをしている人を見かける。あゝ。こうやって丁寧な手入れがバラをより美しく咲かせるんだろう。既に野生ではなくなっているから人の手は必須だ。そんなことも忘れて「咲いた咲いた」と喜ぶ次第(^。^)。まっ、いいか(笑)。春のバラは香り高いと言う。香りも大いに楽しんで満喫させてもらおう。
2023.05.11
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知人が有償ボランティアで草むしりをやっているそうな……聞けば地元のお寺とか。休みをいいことに行ってきた。 天気も良い。ヘルメットも届いたことだし自転車を走らせる。場所は何となくわかるかなぁ、で、いざ。風が気持ちいい。目印を見つけると、その先に小高い丘ちょいと森のような……あらあら、お寺やら神社の密集地か。2つ3っつあるぞ。そのうちのひとつに検討をつけて覗いてみる。と、猫が迎えてくれた。本堂の前でゴキゲンに寝転がっている。それでもアタクシの存在を認めると「こっちだよ」と案内でもするように歩き出す。すると「いらっしゃい」と、知人がやってきた。 「お寺に居着いている猫。名前はみぃチャン」と、教えてくれる。役割を果たしたみぃチャンは再び寝っ転がってクルクルお腹を見せてニャンニャン。「以前は飼われていたようで人懐っこいんだよ」と。もぅ顔なじみの知人は微笑ましく見ている。 裏にまわると竹林が広がりお地蔵様も。ちょうど休憩時間らしくボランティアの仲間がお茶タイム。アタクシもお茶を頂き、一時、竹に囲まれた静かな空間でくつろぐ。現実から切り離されたような、まるで異空間。お寺ってこんな雰囲気があるなぁ。それで癒やされるのだろうか……。 時には現実から離れてみるのもいいなぁ。そして水先案内は何故か猫だ。何となくいい組み合わせだ。わずかな休憩時間だったけれど、心が落着いて浄化されたような気がする。気のせいでもいい。自分がそう思ったら、その感覚は確かなものだ。 帰路。少し軽くなった心を自転車に乗せ、来た道とは違う道を探しながらサイクリングを楽しんだ。
2023.05.10
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4月から自転車にもヘルメットを……ってんで、Amazonで注文した。それがやっと昨日、届いた。 まぁともかく……ってんで、一番安いのを注文してみた。980円也。そぅ乗るわけでもないし……ありふれた感じの……でも見ようによっては、ライオンの立髪みたいでカッコイイじゃんって。確か4月半ばくらいだったかなぁ〜注文したの……やはり電動自転車を日々のアシにしている友人も注文したって言っていた。待てども来ない。「きっと注文が殺到してるんだね」なんて話していた。とっくに忘れかけていた。オッ。国際郵便物になっている。Madein Chinaだ。 因みに友人はつばのある帽子のようなものを選んだ。アタクシと違って毎日乗るから、やはりそこは彼女なりにオシャレを考えてだろう。値段も違う。1万円くらいとか言っていた。はりこんだものだ(^。^)。まっ、そこは価値感の違い。さてさて。彼女にも届いただろうか。そしたら見れるだろうな。 実際、目にすると、ちょいとチャッちい感じもなくはない。届く前はダンナのヘルメットを借りていた。似たような感じだけれど、こっちの方が見た目のチャッさはない、ような気がする。でも、まっ、値段を考えたら……ね。使えればOK。これでい〜のだ。 自転車の事故が増えて……ヘルメットを。ってな感じだが、思えば今は当たり前とされているバイクも、かつてはヘルメットなんて必要なかったものなぁ。危険度は自転車よりバイクの方が……って感じだからね、早い時期に必須になったようだけど。バイクは後ろ専門。それでもヘルメットは持っている。造りも全然違うなぁ。 交通事故はホント痛ましい。おこさないことが一番だけれど、おきてしまってもなるべく防御できるように、との措置?だろう。一歩外に出れば危険がいっぱい!!ってぇ〜。そのうち歩行者にも必要になる日が来るんだろうかねぇ〜。
2023.05.09
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知人が持ってきてくれた芍薬の花。その時はまだ蕾もあったが……。 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という都々逸で有名な芍薬。牡丹を思わせる大輪の八重の白い花。もともと牡丹の一種というから当たり前か。来る人来る人、この花が気になるようで「芍薬」と教えると、この都々逸を口ずさむ。さすが高齢者! でもホント綺麗。母の日のプレゼントとしても人気とか。花好きの友人が久しぶりに甘夏を持って訪れたので、お礼に芍薬を分けてあげた。後日「母が好きだったので、仏前に飾った」とメールがきた。そして「こんなにもいい香りがするなんて……」と、喜んでいた。 戴き物の物々交換って感じだが、この場所はそんな役割もあるかな、と納得させる。 半分になった芍薬だが、花は開き見事な咲きっぷり。見応えも十分だ。ウンウン。確かに芳しい香りも……。香水や漢方とかにも使われるというのも頷ける。華やかだけど…こんなにも大きく成長しちゃって、よくこの大きさを支えているものだ、と感心する。 ある朝、床に花びらが落ちていた。心配は的中。大きさに耐えられなくなって花びらが落ちたのだろうか。花房は少し小さくなっていた。まだしがみついている花びらを刺激しないように丁寧に扱う。どうやら、この花は枯れるというより、花びらを落として終焉するようだ。 その姿を少しでも長持ちさせるには丁寧に扱うこと。と肝に銘じていたら、やってきたオジサンが無造作に花の近くに着ていたものを掛けた。案の定、その刺激で花びらはみるみるうちに床の上へ……。慌ててその上着を他の場所に移動させたが、落ちた花びらは戻らない。オジサンは全く気づかない。床を履いていてもお構いなし、というか気づかないんだねぇ。無言の嘆きなんてもちろん分からない。悪い人じゃないんだけれど、花を愛でるとか……そういう感性を持っていない人なのだ。不意の事故?で、また半分なってしまった芍薬。それでも残った花びらは茎にしがみついている。
2023.05.08
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石川県珠洲市で先日、震度6もの地震が起こった‥。折も折。従兄弟はちょうど里帰り中だった…。 夫の親の実家が石川鳳珠郡。初めて連れて行ってもらった時には驚いた。山の中に家が2軒って……ほぼ過疎村って感じ。家の前に広がる田んぼと山々……。それでも能登空港が出来てからは家の数も増え、車の姿も見るようになった。以来ずっとご無沙汰していたが、親たちがいなくなり、その替わりにお盆には里帰をすることにしている。そこでやはり今は住人をなくし、お盆の時だけ集まってくる家を切り盛りしている従兄弟と仲良くなった。 彼女は金沢に住み、空家となった今も親戚たちの故郷を守っている。そしてお盆の前、GWに家の手入れに里帰りすることが恒例であった。 地震のあった珠洲市よりは、金沢から見れば手前に位置するが、そう遠くはない。心配でメールをしてみる。と、その時、帰路の車の中だったとか。瞬時のことだが怖かった……と。TVで見ても凄い揺れ。さぞや怖かっただろう……。被害については触れてなかったが、まぁ大丈夫かと、とりあえず胸をなでおろす。 そういえば以前にも地震があった時も被害はさほどなかった。あの辺りの古い家はそれこそ百年選手が多く、しっかりと頑丈に造られているそうだ。囲炉裏とかあって、それこそ大黒柱がしっかりしている。玄関を入ると、我が家のキッチンより遥かに広い土間がある。そしてやっと靴を脱いで部屋へ……ってな感じである。 お盆しか知らない田舎だが、今の時季はツツジがきれいに咲いているようだ。また山にミョウガを摘みに行くだろう。 珠洲市は震源地だけに、その被害をTVで目にする。それ以上の被害を見なくてすむこと、そして復興を心から祈りたい。
2023.05.07
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いつも通る道。これ、キウイじゃないか?と気がついたのが、確か去年の秋……たわわに実がなっていた。 農家の隅っこ。道に面した塀から顔を覗かせていた。へぇ~って感心したものだ。キウイがなっているところをお目にかかれるなんて……でも待てよ。キウイではないかもしれない。アケビとかもキウイに似ているような……まさかこんなところでキウイが……それよりもアケビの方が自然発生的に可能性が高いかな……なんて結論がつかぬまま年を越していたっけ。まぁどちらであろうとアタクシにはさほど関係はない……ってね。 そんなワケで忘れていたあの木々に花を発見。淡黄色の可愛らしい花。生い茂る葉っぱの陰から風に揺れてゆらゆらと。それで思い出した。アケビ?キウイ?どっちだっけ?ってね。どっちでもいいけど、ちょいとばかり気になって調べてみた。確率性からアケビから。あらあら、5月に咲くのはあっていたけれど、色は淡紫色から白だって。花びらも3枚? う〜ん。違うなぁ。ではキウイは? あれあれ、どうもこちらの方が正解のようだ。淡黄色で花びらは6枚だって……。そうか、この木はキウイの木で、あの実はスーパーなどでも人気のキウイだったのね。 更に調べてみるとキウイは害虫にも強く、育てやすいらしい。これ全く想定外。ビタミンCを始め栄養価が高い、ということからよく購入するが、最近は高くなったなぁ……なんて敬遠していたから……もっと手間のかかるものかと勝手に思っていた。それだけの栄養価は手間あってのもの、個人では気軽に育てられるシロモノではないだろう、って。いやいや〜おおみそれしました。これって偏見だなぁ。ハハハ……。
2023.05.06
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今日でGWも終わりか……あまり関係なかったけど……。 それでも昨日は電車が空いていた。一昨日は近くの公園が賑わっていた。今日も子どもの日だから公園は更に賑わうだろうな。同じように祝日でも今日はパンチがきいている。子どもの日とか端午の節句とか、そんな伝統?が尊重されてか、鯉のぼり、兜、柏餅、菖蒲湯……とか実に色々とオマケ付き。個人宅では、よほどでなければ見られなくなった鯉のぼり。今や街や保育園、公園などがこぞって披露してくれる。だから毎年目にする。そして子どもの日を思い出させてくれる。 兜は個人宅では今でも飾ってあるのだろうか? 子供の頃は、弟のために飾っていた。いつ頃までだっただろう? 昨日のデイサービスでは折り紙で兜を折っていたなぁ。兜の折り方なんて忘れていたっけ。それでも教えてもらって、それをまた利用者さんに教えて……孫に上げると喜んでいた。そうそう、昨日のお風呂は菖蒲湯だった。これも昔、家でやってくれていたが、一番最近では銭湯での菖蒲湯かな。……利用者さんの反応も様々。懐かしがって喜ぶ人も、何で草が入ってるの?と不思議がる人もいたなぁ。 そして柏餅。まぁ子どもの日でなくとも食べるけれど。これはお菓子屋さんの儲け時。まんまとノセられて食べるハメになる。イベントにかこつけて商売繁盛!! 悪くはない。市場が回れば……。このGWはコロナからやっと少し解放されて人が動いたはずだから、それがどのくらい利益を生んだか……。全くそれには貢献してないけど。 ふと。ここで急に理屈っぽくなるが、改めて文化と利益は通じているな、って。子どもの日には鯉のぼり、柏餅って具合に。ひな祭り然り。最も顕著なのがバレンタインデーだ。まぁそれを言ったら、それを利用する企業とノセられる消費者の関係かぁ……。とかく日本人は踊らされやすいねぇ。
2023.05.05
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あまりにもお天気がいいので、近くの公園に行ってみた。 GWだけあって、さすがに人出が多いな。でも、そんな人出に負けないくらい、ここは広い。新緑が光を浴びて輝いている。店も出ている。風も心地よい。ン……。聞こえてくるぞ。ゲコゲコ……。あゝ。菖蒲池のカエルかな?って誘われるように池を覗いてみる。ン?その姿は? 姿はいっこうに見えない。声だけがこだましている。菖蒲も1か所だけ咲いているが、あとは全く……。毎年6月に見るからまだ早いのか? そういえば池に水もはられていない。葉や伸びた茎が青々と花が咲くのを待っている。 その近くに湧き水から流れる小さな川のようなものがあって、子供たちで賑わっている。水の中にはオタマジャクシがウヨウヨ。手を突っ込んで追いまわす子も……。珍しいのか、嬉しいのか、あんまりやると虐待になるぞ。確かに尾をクルクルさせて泳ぐ姿は面白いけどね。オタマジャクシがこんなにいっぱいってことは、これからカエルになるんだよね……するとこの鳴き声は? オタマジャクシが鳴くはずないし。早くかえったカエルが姿を忍ばせて何処かで鳴いているのかな。 ♬オタマジャクシはカエルの子〜♬と、思わず口ずさんでしまう……春晴れの一日だった。
2023.05.04
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この間、バラがきれいに咲いている教会の前を通った。見るとそれは「アンネのバラ」だとか…。 ホロコーストで犠牲になった「アンネの日記」で有名なアンネ・フランク。その父親が平和を願って送ってくれたらしい。 ウクライナでは未だロシア侵攻が続いている。「平和」の大切さはしみじみ実感するが、逆に日本は平和ボケか。何か妙に誰もが更に平和や正しさを暗黙のうちに主張している……ような気がする。これ以上何を?ってな感じ。それにこれだけ色々と多様化しているのだから、平和や正しさにも個人差が出てきている。ある人の平和が別の人にとっては不幸だったり、正義を振りかざすことで人を傷つける……なんてことの多いことか……。 結局淋しいのかな。人といたくてやって来る。それはそれでいいのだけれど……。喋りまくる。大声で。講演会でもないから時には合いの手を入れてキャッチボールも……とも思うが、とんでもないところにボールが飛んでくる。ひぇ~、取れないよぉ。ポールは何処へ行ったの? 探すのにまたひと手間。余計なことをしたかと反省も。それでもバンバン投げてくる。これじゃあキャッチボールならぬ壁打ちだ。それを人の前でやられた日にはうるさくて堪らない。喋りたくてたまらないのだろう。 お相手を怠っていると、他の人が来るのを待ってねばる。そして誰か来ると待ってましたとばかりに話しかける。誰かが話し込んでいると、じぃ~と聞いていて自分が入れる隙を伺い、ここぞとばかりに割り込んで来る。話を取る、ってヤツだ。思いっきり話の腰を折られる。本人は喋って楽しいだろうが、周りの人は……。あまりにも頻繁で注意を受けることもあるが本人には分からない。何度も繰り返す。そんな人が実に多い。ここでの平和?は誰のものだろう? 果たしてそれは平和なんだろうか……とも思えてくる。 申し遅れたが街のコミュニティサロンでの話。手伝っているのだが、早い話その実態とグチであるm(_ _;)m。 まぁ基本的に若い人は来ない。高齢者の域に入った人が多いかな。居場所として居着いている人も……まぁ考えようによってはデイサービスの前段階と言えるかもしれない。だったらそう覚悟すればいいのだけれど、珈琲一杯でそれをやられると……。まだまだ人間が出来てないなぁ。
2023.05.03
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介護施設に行きだして感じること。ホント利用者さんは「ありがとう」をよく言う。 悪いことじゃないのだけれど……あまりにも頻繁に言われると、何かこちらが言わせているような気になってくる。多分、世話をかけているという意識が充満して潜在意識が働くのだろうか。「いいんですよ」と微笑み返し。それですむ人もいれば泣きだす人もいる。人の手を借りないと歩行もままならない。「こんなになるなんて…」と。人に世話をかけることが辛いのだろう。そう思ってしまう気持ちも悲しい。自分だって明日は分からない。「お世話をされたのでしょう。だったら巡り巡ってですよ」と。あゝ、更に泣かせてしまった……こんなこともある。 この仕事を始めた頃は、その言葉を聞くのが嬉しかった。人の役にたてているんだ……なんてね。これをキャッチコピーにメンバーを募集する事業所も多い。でもやるほどに「ありがとう」の言葉に、特に高齢者から頻繁に発せられるモノには何とも哀愁を感じる。 逆に巷では全く言わない人もいる。当たり前のように振る舞う。上から目線? そんな時は「礼くらい言えよ」と思ってしまう。 全く勝手なものである。言われすぎても言われなくても気にかかる。無難なようだが結構難しいコトバだな「ありがとう」って。 はたまた。もぅそれが口癖になっている人もいる。90歳を越え車椅子だけれどゲンキがいいお婆ちゃま。大きな声で「ありがとッ」と「と」に思いっきりアクセントを置く。これが独特でモノマネをする人もいる始末。それはそれでいい。そして「感謝!感謝!」と叫んだ(とも感じられた)。 認知症も進んでいるだろう。でも記憶が曖昧になっていく中、残された言葉が「ありがとッ。感謝!感謝!」ってのはいいなぁ。究極それかもしれない。※ネモフィラや、ドリツあやめが咲き頃です。 碧の色合いが清々しく……フラワーデザインで用いたあやめは残念ながら造花です。
2023.05.02
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5月になりました。今や年中無休のように咲くバラ。でもやはり5月が本番かなって。 先日。黄色いバラを紹介しましたが、赤、白と見事に咲いているのをキャッチ。全く場所は違うのですが、目にとまり同じようなアングルになっていました。一同に見比べて?お楽しみください。 「どの花見ても綺麗だなぁ〜」ってな感じですが、何色が一番お気に召したでしょうか?
2023.05.01
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