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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 化学兵器による全ての犠牲者を追悼する日。 こんな日がありとは日本人は知る由もない。☆ オスカー・ワイルドが死んだ日(1900年)。同性者から崇拝される皇帝のような人間。むしろ神。サロメチールの発明者にして『幸福な王子』でデビュー。☆ ココム設立(1949年)。ココム…お判りかな、1994年3月に解散したのでご安心のほど。 さあれど、筑波研究学園都市がひらがなのつくば市となり、その知的レベルの低下が暴露される(1987年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月30日】中国の大都市、警察が厳重警戒 「ゼロコロナ」抗議は鎮静化=BBC News__11.29. /////上海では、主な抗議デモが行われた通り沿いに大きなフェンスが設置された。警察はこれまでに数人を逮捕している。また、抗議行動の写真を撮影する人を止め、写真を消去している。ソーシャルメディアには、上海や北京、成都、武漢などの大都市で撮影されたとされる、新型ウイルス対策のロックダウンに反対するデモの画像が多数投降された。中国当局は、これらが話題にならないよう、ソーシャルメディアでの検閲を強化。何千万件もの投稿を、検索にかからないようにしている。国内メディアは、新型ウイルス関連の報道は控え、サッカー・ワールドカップ(W杯)や中国の宇宙開発など明るめの話題を優先的に取り上げている。中国政府はこの抗議行動について言及していない。習近平国家主席にとっては前例のない政治的な難題となっており、どう対応するのか、国中が注目している。上海では27日、抗議デモを取材中だったBBCのエド・ローレンス記者が、殴打され蹴られるなどして警察に拘束され、数時間後に解放された。イギリスのジェイムズ・クレヴァリー外相はこの件について、「深く憂慮すべき」だとツイートした。一方、香港では28日、中心部と香港中文大学のキャンパスに数十人が集まり、中国各地のデモとの連帯を示した。<関連記事>• 北京と上海でも異例の抗議行動 ゼロコロナに反発、習氏辞任の要求も(https://www.bbc.com/japanese/63777262)• 「ロックダウンやめろ」、中国・ウルムチで異例の抗議 10人死亡の住宅火災きっかけ (https://www.bbc.com/japanese/63771287)• 「W杯は別の星の出来事?」 ゼロコロナ政策の中国で不満の声(https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-63754434)今回の抗議行動は、西部ウルムチ市で24日にあった高層集合住宅火災で10人が死亡したことを受け、全国的に広がった。この火災では、新型ウイルス関連の規制のため住民が火災から逃げられなかったと広くみられている。現地当局はこれに反論している。中国は主要経済国の中で唯一、厳格な「ゼロコロナ」政策をとり続けている。国内各地の当局は、小規模な流行でも集団検査と隔離、即時ロックダウンを実施し、感染拡大を抑え込んでいる。今回の抗議行動では、検閲や逮捕を避けながら抗議する戦術として、多くの参加者が白紙を掲げた。しかし、さらに踏み込んで、習氏の辞任を直接的に要求した人もいた。厳しい検閲にもかかわらず、デモのニュースや動画、画像は、ソーシャルメディアやメッセージアプリを通じて広がっている。中国の著名な反体制派芸術家で映画監督の艾未未(アイ・ウェイウェイ)氏はBBCの番組で、中国の厳しい新型ウイルス対策について、1990年に河南省で起きた公衆衛生のスキャンダルのようだと語った。当時は人々の売血をきっかけに、数十万人がエイズウイルス(HIV)に感染した。艾氏は、政府による情報統制の試みにおいて、多くの類似点があると主張。「ゼロコロナ政策は、中国か北朝鮮でしか起こりえない。(中略)政府は決して人々に真実を知らせない」と述べた。そして、「経済が崩壊しており、若者には仕事がない。学生には未来がなく、卒業しても仕事が見つからない。そうした状況が、今回のような抗議行動が起こる理由をたくさん作り出している」と付け加えた。中国のワクチン問題中国は独自の新型ウイルスワクチンを開発している。しかし、他国で接種されている、メッセンジャーRNA(mRNA)技術を使ったファイザーやモデルナ製のワクチンより劣るとされる。2回の接種によって重症化や死亡を防ぐ確率は、ファイザーとビオンテックが共同開発したワクチンが90%なのに対し、中国のシノバック製ワクチンは70%とされる。中国では、ワクチン接種が十分ではないという問題もある。死亡リスクが最も大きい高齢者層で接種済みの人は、ごくわずかにとどまっている。また、新型ウイルスを確認次第、感染拡大を阻止するため、感染経験者が身につける「自然免疫」もほとんど存在していない。そのため、新たな変異株が、3年前に出現したウイルスよりもはるかに早く広がる。新型ウイルスとの共存を選んでいる国からウイルスが持ち込まれる危険性も常にある。(英語記事 Heavy police presence after days of China protests) 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/30
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ いい肉の日。だからってうしじま嬢の××をゲットして凸してしまうのはダメだし、そのまんま氏は既にリタイアしてますからw &so 歓喜の歌が日本で初演(1924年)、なかなか好評だったので音楽家が年越し資金を稼ぐための暮れの風物詩となる。☆ リチャード・バードらが史上初めて南極点上空を飛行(1929年)。“R.・スコット”と“R.・アムンセン”の南極点に到達競争は人類のロマンを賭けた戦であった(1911年アムンセンが南極点に到達し、三日後にスコット到着するも帰路全員が遭難死)☆ 熊本市・大洋デパートが火だるまとなり(1973年)、中核派が、国労などの官僚主義的姿勢に対し鉄槌を下し、中曽根康弘による分割・民営化への支持を表明(1985年)。しかし、これを機に中核派は退潮のサーフィン。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月29日】中国共産党大会から見えてきた習近平体制の暗い未来 =終節== NewsWeek_Column_2022年11月18日 中国経済事情 丸川知雄アントの上場に直前で待った微妙な変化ではあるが、2013年から2019年の間にあったことを考えるとなかなか意味深長である。すなわち、2017年に発足したアメリカのトランプ政権が中国の一部のハイテク企業を敵視するようになり、半導体やソフトの輸出を制限するようになった。その結果、工場の操業停止や市場シェアの急落に見舞われる中国企業が出てきた。こうした状況を踏まえて、国有企業の力を利用して半導体やソフトを国産化しておけばこんなことにならなかったはずだ、という議論が共産党のなかで高まったことは想像に難くない。さらに、2020年秋以降、社会の中で大きな力を持つようになった民間企業に対する締め付けが強まった。まず、2020年11月にネット小売大手アリババの子会社であるアント・フィナンシャルが香港と上海の証券取引所に株を上場しようする直前に、アントが担っているネット上の金融仲介事業に対する規制が強化され、そのためアントの上場が無期限延期となった。2021年4 月にはアリババが独占禁止法に違反したとして182億元もの巨額な罰金を科された。さらに、2021年7 月にはライドシェア・サイト大手の滴滴出行が突然アプリの配布を禁じられた。滴滴はその数日前にニューヨーク証券取引所に株を上場したばかりであった。同社は中国国内での人々の移動に関する情報を大量に処理していたが、そうした企業がニューヨークに上場すると「外資企業」になり、国内の情報流出の危険が生じた、というのが停止の理由であったとみられる。また、2021年8 月より、義務教育段階の子供を対象とする学習塾を営利企業が経営してはならないとする規制強化が行われた。この規制強化は教育費の負担や学習の負担の軽減が目的だとされる。以上挙げた規制強化はそれぞれ別の理由があるが、有力な民間企業がこうも立て続けに規制強化の対象となるとなれば、この底流には民間企業の成長を抑制しようという意図があるとの疑いが浮上する。実際、2021年12月の中央経済工作会議の決議の中にそうした底流の存在を感じさせる文言が含まれた。すなわち、「資本には積極的な作用は果たせなければならないが、同時にその消極的作用を有効にコントロールすべきである、資本に対して交通信号を設け、資本に対して有効な監督をし、資本の野蛮な成長を防止しなければならない」という一文である。ここでいう「資本」は民間企業を指しており、それらが社会の中で大きな力を持っている現状を「野蛮な成長」だと否定的に評価しているのである。「李克強印」の政策は排除されたこのように、2013年から2019年夏までは国有企業も民間企業も両方とも発展させましょう、という両論併記的な政策だったのが、2019年秋からにわかに国有企業強化・民間企業抑制に転換してきている。それは要するに、最高指導部のなかで習近平派が優勢を占め、李克強など共青団派が排除されるプロセスでもあったということが今回の大会で明らかになったといえる。では習近平派で固めた中国共産党指導部は今後どのような政策を展開していくのだろうか。習近平演説から読み解いていこう。まず確認しておきたいのは、「社会主義市場経済への改革方向と高水準の対外開放を堅持する」「市場の資源配分における決定的役割を発揮させる」「国有資本、国有企業の改革を深化させる」という文言が入っており、改革開放政策は大枠では維持されていることである。だが、「大衆創新、万衆創新」や「衆創空間(コワーキング・スペース)」といった言葉は演説のなかに入っていないし、国有企業を改組した投資ファンドを意味する「国有資本投資会社」という言葉も入っていない。「李克強印」の政策が排除されており、民間企業育成の動きは弱まるであろう。また、「強国」という言葉や「安全」という言葉をやたらと乱発しているのも特徴である。「強国」の方は今回の演説に始まったことではないし、「教育強国」とか「スポーツ強国」といったような平和な内容も多く含んでいるので、さほど気にならないが、「安全」の乱発の方は今回の演説で特に目立つ。すなわち、「人民安全、政治安全、経済安全、軍事・科技・文化・社会の安全、国際安全、外部安全、内部安全、国土安全、国民安全、伝統安全、非伝統安全、自身の安全、共同の安全、国家政権安全、制度安全、イデオロギー安全、食糧・エネルギー・重要なサプライチェーンの安全、食品薬品安全、バイオ安全...」といった具合である。背筋が凍る「文化・社会の安全」日本で「安全」というと、多くの場合はセーフティーを意味するのでそれほど怖いイメージはないが、中国で安全というと、諜報活動や外国スパイの取締りを行う「国家安全部」が想起され、より安全保障(security)のニュアンスが強い。国土や経済の安全だけならまだしも、「文化や社会の安全」にまで言及しているのには背筋が凍る思いがする。異端の文化が公安警察によって抑圧されたり、社会の安定を乱すとされた人が拘束されるといった寒々とした将来を暗示している。「イデオロギー安全」という言葉は、党の公式イデオロギーと異なる思想を持つ人は国家の安全を脅かすとして統制されることを正当化するのに使われそうである。このように、習近平演説から読み取れる中国の将来とは、これまで中国経済の活力をもたらしてきた民間企業が沈滞し、「国家の安全」を大義名分として思想や文化や社会の自由が奪われた世界である。ただ、とても地味ではあるが、演説のなかの次の文言に私は注目した。「中低所得層の要素収入をさまざまなルートを通じて増やし、都市・農村住民の資産収入を増やす」社会主義の大原則は「労働に応じた分配」であるが、ここで述べられているのは、庶民の労働所得(賃金)以外の収入を増やそうということである。例えば、株や投資信託に投資して配当をもらったり、農民が土地を又貸しして地代を受け取るといったことが含意されている。とりわけ、「資産収入を増やす」という点は、わが岸田政権の「資産所得倍増」と期せずして同じ方針を打ち出しているのである。配当や地代といった資産所得はもちろん資本市場や土地市場があってこそ生まれる。これらを増やそうというのだから、市場経済化の方向を逆転させるようなことはないだろう。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/29
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』が初演(1811年)。言っておくがフランスの山師に捧げた訳ではない!! 山師と言えば、海を荒らしまわったマゼランがマゼラン海峡を通過。太平洋を命名(1520年)☆ 時の政府の肝煎りで、白人と富裕層専用の社交クラブ・鹿鳴館がオープン(1883年)。有閑マダムと白人がこの館に隣接する逢瀬を楽しむ場所が必要と帝国ホテルが計画される(1886年=落成は1890年11月3日)。☆ フランキー・レインの「Rollin' rollin' rollin'」が全米の電波に乗り始め(1959年)、数年後にはそのテーマに乗る格好でサントリーウィスキーの売り上げが伸びる。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月28日】中国共産党大会から見えてきた習近平体制の暗い未来 =前節== NewsWeek_Column_2022年11月18日 中国経済事情 丸川知雄今年10月中旬に中国で5年に一回の共産党大会が開催された。その大会後に発表された人事や、大会での習近平総書記の演説は私にとって大きな驚きであった。前任の胡錦涛時代に慣例となっていた、総書記は2期10年までというルールが破られ、習近平が3期目に入る、ということは多くのメディアが予想していた。驚いたのは最高指導部を構成する中央政治局常務委員7名のうち6名が習近平に近いとされる面々で固められたことである。そのなかには、2017年11月に、北京市郊外の出稼ぎ労働者約4万人が住む町をものの2週間で叩き潰した北京市書記の蔡奇も含まれる。習近平派以外の一人は学者出身の王滬寧であるが、彼は習近平の治世を特徴づける膨大な量の空虚なキャッチフレーズを作るのが専門であり、政治的影響力は小さいであろう。共青団派のホープは降格一方、現在の首相である李克強や、経済に明るい汪洋は暗黙の定年年齢である68歳にまだ達していないのに常務委員から退任し、胡錦涛や李克強と同じ共青団派のホープとして常務委員入りが期待されていた胡春華は中央政治局からも外れ、降格となった。王滬寧以外の常務委員6人の経歴を見ると、みな地方で地道にキャリアを積んできた「たたき上げ」の人たちであり、習近平に対して異議を唱えうるような見識や人脈を持っているようには見えない。これまでは李克強首相など、習近平に対抗しうる見識と実力を持った人たちが最高指導部に入っていたが、そうした力のある政治家たちが今回の人事で排除されたため、今後習近平の独裁色がますます強まる可能性が高い。また、最高指導部人事のもう一つの特徴として7名の常務委員を含む24名の政治局員が全員漢族の男性で占められていることである。政治局に女性が一人も入っていないのは第15期(1997~2002年)以来であり、何やら切羽詰まって権力の集中を図っているように見える。もう一つの驚きは、大会会場のひな壇に座っていた前任の総書記である胡錦涛が強制的に退去させられたことである。胡錦涛の表情や様子から、おそらく彼は認知症を患っており、卓上に置かれた決議文に対して「気に食わん。破ってやる」といったような不規則発言をしていたのだろうと私は想像している。胡錦涛が大会に対して不満を持った理由はよくわかる。大会後に公表された習近平の演説原稿を見ると、そのなかで前任者の治世を徹底して貶めていたからである。その部分は大会では読み上げられなかったらしいが、次のような厳しい調子であった。「10年前、中国共産党のなかでは、党が国家の一切を指導していくんだという気概に欠けている人たちがいた。そのため、党の指導力が弱かった。党内には、党の理念に対する信念が揺れ動いている人たちもいて、そういう人たちは形式主義や官僚主義、さらには享楽や贅沢に走っていて、自分たちには特権があると思っていた。一方、経済の構造的な矛盾も激しく、発展が不均衡でうまくかみ合わず、それまでの体制では持続性がなかった。中国の政治制度に自信を持っていない指導者もいて、法があっても従わず、法の執行が厳格ではないという問題があった。拝金主義、享楽主義、極度の個人主義、歴史虚無主義といった誤った思潮がネット上などではびこっていた。」経済政策の背景に政治闘争この激しい非難と、大会での胡錦涛の退去劇、胡春華の降格、李克強や汪洋の早すぎる引退とを合わせて考えると、習近平には胡錦涛やそれに連なる政治家たちを排除する明確な意志があったと考えられる。そうなると、2012年に始まった10年間の習近平の治世も、政治闘争という側面から見直す必要があることを今さらながら痛感している。習近平の時代、特にその前半においては、中国共産党の政策は玉虫色で両論併記的なことが常であった。その典型が2013年11月の中国共産党中央委員会総会における「改革の全面的深化に関する決議」である。この決議は胡錦涛時代10年間の国有企業改革の停滞を打破する画期的な内容を含んでいた。国有企業に民間資本を導入することを意味する「混合所有制改革」が初めて提起され、その後実際にほとんどの国有企業で混合所有制が実施された。国有企業は工場などの事業を自ら運営するのはやめて、工場などは売り払い、シンガポールのテマセクのようなソブリン投資ファンドに転換すべきだ、と解釈できる文言も織り込まれていた。このようにこの決議は、国有企業の民営化を推進すべきだと考える人々の主張に沿った解釈が可能であったが、同時に国有企業を強化すべきだと考える人も自らの考えに沿った文言を見つけることができた。そうした玉虫色の性格をよく表しているのが次の文章である。「少しもブレることなく公有制経済を強固にし、発展させ、公有制を主体とする方針を堅持し、国有経済の主導的役割を発揮させ、国有経済の活力、支配力、影響力を不断に強める。少しもブレることなく非公有経済の奨励、支援、誘導し、非公有経済の活力と創造力を刺激する。」なお、「非公有経済」とは民間企業のことを指す。その後の実際の政策も「両論併記的」に進んでいった。一方では、李克強首相が2014年に「大衆創業、万衆創新」のスローガンを打ち出し、民間のベンチャー企業やベンチャーキャピタルが活発化し、多数のユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)が誕生した。他方では、半導体などへの国策投資ファンドが作られたり、国有企業同士の大型合併を通じて独占力を高めようとする試みが行われた。だが、2019年あたりから両論併記というよりも、国有企業の強化、民間企業の抑制という方向に政策が傾いてきた。そのことを示すのが2019年10月の中央委員会総会における「中国の特色を持った社会主義制度のもとでの国家ガバナンス体系とガバナンス能力強化に関する決定」である。そのなかで、「少しもブレることなく...」という2013年の玉虫色の文章が繰り返されているのであるが、「国有企業の競争力、イノベーション力、支配力、影響力、リスク対応力を高め、国有資本を大きく強くする」とも書かれているのである。つまり、以前にはなかった「イノベーション力」「リスク対応力」という言葉が付け加わっている。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/28
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはこう語った』が初演される(1896年)。 曰く、私はニーチェの難解な哲学書“ツァラトゥストラはこう語った”が理解できず、摘まみ食いの断節をインスピレーション。☆ フランスの鉄道教徒アルテュール・オネゲル=フランス6人組のメンバーの一人=が死去(1955年)。自らの信仰告白である『パシフィック231』(1923年)が大ヒットしたものの、その30年後に『私は鉄オタではない、作曲家である』と殆ど自己否定とも取れる著作を出した。☆ 伊勢湾台風のドサクサで、近鉄王国が三重から愛知へ本格的に進出(1959年)。三重県が近畿に乗っ取られるという危機感が、俄かに東海地方で高まった。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月27日】中国は「GDPアメリカ超え」を諦め、ゼロコロナを突き進む =後節== NewsWeek_Column_2022年11月23日(水) ジョン・フェン(本誌記者)何しろ、「ゼロコロナ」には習のメンツが懸かっている。だから新規感染をゼロに抑えるという政策には完全な成功が求められ、妥協の余地はない。つまり、この政策は今後も続く。そのことは、習も政治報告で明確にしている。香港では9月に、新型コロナ関連の規制が緩和された。今は香港政庁も中央政府の言いなりだから、香港で規制緩和が始まったなら本土の各地でも規制が緩和されるのではないかという淡い期待も浮上したが、そうはならなかった。何しろ、「ゼロコロナ」には習のメンツが懸かっている。だから新規感染をゼロに抑えるという政策には完全な成功が求められ、妥協の余地はない。つまり、この政策は今後も続く。そのことは、習も政治報告で明確にしている。一方で中国国家統計局は、10月17日に予定されていた主要な経済指標(第3四半期のGDPを含む)の発表を延期した。理由は示されなかった。この動きは各国のエコノミストや投資家を驚かせた。こうした数字が定期的に、包み隠さず発表されなければ、世界第2位の経済大国に対する信頼は失われてしまう。また党大会初日の2時間近い報告で、習は「経済」という単語を22回しか使わなかった。彼が党総書記に選ばれた10年前の第18回党大会では102回だった。10年前には24回登場した「市場」も、今回はわずか3回。逆に「安全保障」は36回から50回に増えた。従来並みの経済成長率であれば、いわゆる「2035年目標」は達成可能と予測できた。しかし、今の中国はもっと差し迫った政策決定を迫られている――そう指摘するのは、米ブルッキングス研究所の客員研究員で政治学者のフィリップ・シューだ。「今の中国経済はいい状態にはなく、少なくとも来年後半まではこの状態が続きそうだ。2035年までにGDPを2倍にするという目標が今回の報告で言及されなかったのは、これが主な理由だと思う」国立台湾大学の教授で同大学の中国研究センターの所長でもあるシューは「第3四半期のデータは誇るに足りないので、晴れの党大会に泥を塗るのを避けるために発表を遅らせたということだろう」と分析する。さらにシューは「成長減速の主因は不動産部門の構造的な問題にあり、これが十分に解決されない限り、以前のような成長率に戻ることは難しい。それくらいは習も理解している」と言う。「確かにゼロコロナ政策もブレーキになっているが、減速の主因ではない。ゼロコロナ政策のせいで消費と投資が冷え込んだのは事実だが、現在の規制が緩和されれば、そう無理なく回復するはずだ」「しかし習は党大会で、今後もゼロコロナ政策を続けると言った。この点は軽視できない。今までも地方政府は、不動産部門を下支えするために相当な資金を注入してきたが、状況はあまり改善されず、中国のほぼ全域で地方政府の債務が急増している。こんなことをいつまで続けられるのか、大いに疑問だ」遠ざかるハイテク立国の夢外的な要因もある。米商務省が10月7日に発表した対中輸出規制の強化だ。先端的な半導体を製造するアメリカ製の製造装置を中国企業が入手できないようにする措置が含まれている。これに対する政策的な対応を、中国はまだ打ち出せずにいる。ジョー・バイデン米大統領の国家安全保障担当補佐官であるジェイク・サリバンは、この規制強化の背景には「国家安全保障上の明らかな懸念」があると述べた。10月13日にはジョージタウン大学で行った講演で、「こうした技術は大量破壊兵器や極超音速ミサイル、無人機、監視カメラを含む高度な軍事システムの開発と配備に使用される」と語っている。この制裁措置の長期的な影響を正確に予測することは難しいかもしれない。少なくとも、中国の大手半導体メーカーはアメリカ製の部品やソフトウエア、あるいは米企業が関与している部品を入手できなくなり、確実に大打撃を受けることになると思われる。今回の輸出規制の特徴は、ハードウエアだけでなく、人的資本にも規制が及んでいることだ。米国民や永住権の取得者は、中国の半導体関連企業で働く場合は商務省の許可を得なければならず、さもなければ訴追されることになる。この規制が導入されれば、科学技術で世界をリードするという中国の長期的な野心の実現に不可欠な分野で協力してくれるアメリカ人はいなくなるだろう。中国政府は、そんなことをすれば米企業にも大きな打撃になると反論している。従来の規制はもっと緩く、中国企業には一定の抜け道もあった。だが規制の強化で「中国の先端的半導体開発は大きな打撃を受ける」と、台北のエコノミストの林は言う。中国にとっての選択肢は限られている。林によれば、アメリカの技術が手に入らなければ、中国は国内の半導体産業に多額の補助金をつぎ込み、台湾を含む国外から人材を集めて在来型の半導体市場でシェアの拡大を目指すほかない。しかし、「そうした方法でアメリカによる規制の影響をどこまで軽減できるかは不透明だ」と、ブルッキングス研究所のシューは言う。「中国がどれだけ早くアメリカの規制に打ち勝ち、技術的に望む水準に到達するか。その見極めは難しい」「アメリカの規制が中国の軍事力と経済力に影響を与えるのは確実で、人工知能(AI)やEV、ロボット、5Gの通信技術など、中国国内の広範な産業が衰弱するだろう。一方で、今も中国企業とかなりの取引をしている多くの米企業も相当な影響を受ける」と、シューはみる。中国政府は10月24日に、遅れていたGDPの数値を発表した。第3四半期の成長率は3.9%で、4~6月期の0.4%から回復した。だが1~9月累計の成長率は3%となり、通年でも5.5%という目標を下回ることが確実になった。3.9%でも一部の予測を上回っていたが、投資家の信頼感を高めるには至らなかった。中国と香港の株価指数は、この数字が発表された24日に大きく下落し、終値はこの10年で最低の水準だった。中国共産党が全会一致で習を総書記に推挙し、異例の3期目続投を認めた翌日に、株式市場が暴落した。偶然ではないだろう。習が党の指導部を自分に忠実な党官僚で固め、建国の父・毛沢東以来の強大な権力を握ったせいだ。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/27
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 明治天皇が江戸城に入城する。名称を東京城と改めて現在の皇居とする(1868年)。因みに、本日の誕生花はペチュニア、花言葉は「決して諦めない」。決してカサブランカではない。君の瞳にカンパイ!! …として、日本野球連盟がセ・リーグとパ・リーグに分裂(1949年)。 職業野球選手救済の抜本策……☆ 国鉄がこの日より8日間全線運休、しかしトラックだの私鉄だの自家用車だのの代替手段で用が足せてしまう現実を見せつけられ、結果的に国鉄の地位低下を咋にする結果に(1975年)。☆ イスラーム過激派と見られる勢力によるムンバイ同時多発テロ(2008年)。 以降、各地でイスラーム過激派の自爆テロが発生す。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月26日】中国は「GDPアメリカ超え」を諦め、ゼロコロナを突き進む =前節== NewsWeek_Column_2022年11月23日(水) ジョン・フェン(本誌記者)アメリカに追い付け、追い越せの夢は捨てたのだろうか。10月に開かれた中国共産党第20回全国代表大会の初日、政治報告に立った習近平(シー・チンピン)総書記の口ぶりからは、経済成長の減速という現実を受け入れ、建国100周年に向けた長期計画の見直しを余儀なくされたことがうかがえた。中国政府は2049年までに「全面的な社会主義現代化強国」を築くという壮大な目標を掲げており、その前段として2035年までに国民所得を引き上げ、経済規模を倍増させるとうたっている。多くのエコノミストによれば、この「2035年目標」を達成するためには最低でも年率5%の経済成長を維持する必要がある。この5%という数字は、以前ならかなり現実的な目標に見えた。それを続ければGDPでアメリカを追い越すのは時間の問題と思えた。世界銀行によれば、2021年のGDPはアメリカが約23兆ドルで、対する中国は17兆7300億ドルまで追い上げている。「社会主義現代化の基本的実現」を目指す2035年目標は2年前に発表され、15年あれば達成可能とされていた。しかし今回の政治報告では、そこまで勇ましい発言はなかった。2年前の習は、2035年までにGDPの総額と国民1人当たりGDPを倍増させるのは「完全に可能」だと言っていた。だが今回、GDP倍増に関する言及はなかった。シカゴ在住の経済アナリストで、米ポールソン研究所の研究員でもある宋厚沢(ソン・ホウツォー)はこの点について、中国政府は「世界一の経済大国になるという野望をこっそり放棄」したらしいと評している。2年前の2035年目標ではGDPの総額と国民1人当たりGDPの両方について具体的に言及したが、「習は今回の報告でGDP総額に言及せず、国民1人当たりの所得に関する新たな目標にしか触れていない」と宋は言う。なお2035年目標の起草時には、2020年に実施された国勢調査の結果がまだまとまっていなかった。「当初のGDP目標を断念した理由は、主として2つある」と宋は本誌に語り、こう続けた。「まずは中国政府が、自国の人口減少が想定よりも早く始まりそうだという事実に気付いた。人口が減り続ければ、高い成長率の維持は難しい」「第2に、GDPの増大という目標が以前ほど重視されなくなった。5.5%成長の目標が達成されなくても構わない――今はそう考えているように思える」台北にある国防安全研究院の準研究員でエコノミストの林雅鈴(リン・ヤーリン)は、「経済発展に関する中国の目標は変化してきた。かつては高度成長に突き進んでいたが、今は成長の質を重視している」と述べ、さらにこう分析する。「ここ数年は環境への配慮やバランスの取れた発展を重視する傾向にある」中国は自国の経済を再編し、半導体などのハイテク分野を強化したい。「今の中国は過去の『大きいだけで強くない』状態を脱して強国となり、本格的にアメリカと競い合おうとしている」と、林は考える。迫り来る「中所得国の罠」ころが2010年に1度の国勢調査で、出生率の低下と労働人口の縮小傾向が明らかになった。こうなると、経済成長で豊かになる前に国民の高齢化が進んでしまう、いわゆる「中所得国の罠」に陥りかねない。もちろん、それだけは避けたい。いま中国の人口は14億を超えて世界一だが、今年の出生数は1950年代以降で最も少なかった昨年の1062万人をさらに下回る見通しだ。また労働年齢人口についても、2020年代の半ばには2014年のピーク時に比べて3500万人ほど減少する見込みとされる。そうなったら深刻な人口の危機で、このままだと中国の生産力は中長期的に押し下げられることになる。習も党大会の政治報告でこの問題に触れ、中国政府は「出生率を支え、出産や子育て、教育にかかる費用を軽減する政策体系を確立し、人口発展戦略を最適化させていく」と述べている。中国政府は1979年から厳格な「一人っ子政策」を採用してきたが、2015年末に廃止し、2人目までを容認した。その6年後の2021年5月には3人目も容認する方針に転じたが、わずか2カ月後には全ての産児制限を撤廃した。そして出産を奨励するため、新たに育児家庭に対する税額控除や住宅助成金などの支給も開始している。また習は国内統治について中央政府に権限を集中させる政策が目立ち、大きいだけの国有企業を優遇する一方で、民間企業の成長を阻害しているとの指摘がある。ここ数年は、習のこだわる「ダイナミックなゼロコロナ政策」が民間の中小企業を苦しめ、その生産性を押し下げ、多くの倒産や若年層の失業率悪化を招いているとの批判もある。「ゼロコロナ」の縛りのために、党大会の始まる1週間前からは中国各地で約2億人が、何らかの行動制限を課されていた。町全体、あるいは地域を限定したロックダウンが実施され、国内外の旅行者に対する強制隔離措置も継続された。香港では9月に、新型コロナ関連の規制が緩和された。今は香港政庁も中央政府の言いなりだから、香港で規制緩和が始まったなら本土の各地でも規制が緩和されるのではないかという淡い期待も浮上したが、そうはならなかった。何しろ、「ゼロコロナ」には習のメンツが懸かっている。だから新規感染をゼロに抑えるという政策には完全な成功が求められ、妥協の余地はない。つまり、この政策は今後も続く。そのことは、習も政治報告で明確にしている。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/26
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 破産した父が夜逃げの後、機雷製造で成功。 四男坊のA.ノーベルは爆発物の研究に没頭し、ダイナマイトの特許を取得(1867年)。以降 戦争特需で稼ぎに稼ぎ“ダイナマイト王”と呼ばれ、バクーでノーベル兄弟石油会社を設立。巨額の資産を得る。☆ 三島由紀夫を代表とするアングラ劇団「楯の会」が、自衛隊市ヶ谷駐屯地の総監室で、9年前に発表した短編小説『憂国』を本人主演で上演。しかし三島婦人が麗子の役を拒否したため、やむなく森田必勝が代わりに追い腹を切った(1970年=三島事件)。☆ かの府中市で起きた三億円事件の二匹目のドジョウを狙って、フランスからやって来た3人組が有楽町で強盗事件を起こす(1986年=有楽町三億円事件)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月25日】「おすわり!」名門大学の学生も深夜のキャンパスで「ハイハイ」する理由= NewsWeek_Column_2022年11月21日、 Superpower Satire (CHINA)風刺画で読み解く中国の現実 辣椒(ラージャオ、王立銘/中国人風刺漫画家)&唐辛子(トウガラシ/コラムニスト) 「発瘋(ファーフォン)」は中国語で発狂すること。新型コロナの流行が始まってもうすぐ3年になる今、中国の大学生らの間ではやっているのが「発瘋(発狂)文学」と「発瘋(発狂)行為」。支離滅裂な言葉で相手を混乱させつつ自分の不満を伝える「発狂文学」、そこから派生したのが「発狂行為」だ。中国の大学はほぼ全寮制で、学生は基本学内に住む。彼らはゼロコロナ政策のおかげで外出できず、学内に強制的に閉じ込められる。1日24時間のうちネット授業の時間を含む23時間を学生寮で過ごす。そのストレスは大変なものだ。「発狂文学」や「発狂行動」はそのストレスを発散する手段である。陝西省西安のある大学では、「段ボール犬」の飼育が流行している。ペットが飼えればストレスも減るが、学生寮では当然禁止。そこで本物の犬ではなく、手作りした段ボール犬を飼う。わずかに認められた1時間だけ、段ボール犬を連れて学内を散歩する──その時間がメンタルケアなのだ。「ポテトちゃんはとてもお利口。ほえないし、食事も要らない。ウンチもしない、お風呂も要らない。ホントにいい子!」と、ある大学生はネットに投稿した。全ての段ボール犬に名前が付けられ、学生寮の各部屋の前で「お座り」している。深夜に大学生の集団が四つんばいになって歩く「爬行(パーシン)」も人気だ。北京の清華大学のような名門大学でも「爬行クラブ」が設立された。「ずっと学内に閉じ込められ、いつ外出できるか全く分からない。毎日2万回以上頭がおかしくなる!」と、ある大学生は投稿した。ずっと移動制限されている大学生にとって、「爬行」は唯一の気晴らしなのだ。勉強だけでなく、自由な友人関係や恋愛を楽しむのが大学生活の理想だろう。それが段ボール犬との散歩やハイハイで歩く毎日......。「コロナゼロ年」の2019年に入学した学生は、このままだと卒業までの4年間をゼロコロナ政策の下で過ごす「新型コロナ大学生」の1代目になる。ゼロコロナ継続を宣言した習近平(シー・チンピン)政権は、これから何代の新型コロナ大学生をつくるのだろう? そのうち中国社会全体に段ボール犬やハイハイ歩きが広がるかもしれない。ポイント : 品种:大学生/禁止投喂 ≪品種:大学生/えさの投げやり禁止≫北京伝媒大学の学生がネット掲示板に「運動場で一緒にはいつくばりたい学生はいないか」とメッセージを残したところ、多くの学生が応じた。動画がSNSで公開されると、清華大学以外の全土の大学・高校に波及。警備員が校庭を封鎖したり、呼び掛けた学生が警察に呼び出されるといった規制も始まっている。LAオートショーで見える、進む世界の電動化と日本車の抵抗= WEDGE REPORT 《LAオートショー2022》 From LA 2022年11月20日 土方細秩子 (ジャーナリスト) 11月17日、オートモビリティ・ロサンゼルス(LAオートショー)が開催された。初日はメディア向けの記者会見が主だが、各メーカーによる試乗会やデモンストレーションも行われた。その中で大きく感じたのは、特にカリフォルニア州において電動化への道はすでに不可逆である、という点だ。 カリフォルニア州は今年夏に「2035年以降州内でのガソリン車の販売をハイブリッドを含めて禁止する」という法案を発表した。全米では初であり、北東部などを中心に複数の州がこれに追随する意思を表明している。 同州はこれまでにも米政府が定めた基準よりも厳しい排気ガス制限を課す、など連邦政府や自動車メーカーから数々の訴訟を起こされてきた。今回の法案に関しても、反対勢力が中間選挙と同時に行われた住民投票で是非を問う動きがあってもおかしくなかった。ところが州民は戸惑いながらも法案を比較的すんなりと受け入れた。 というのも欧州を中心に世界は排気ガスゼロ社会に向かっており、隣国のカナダはすでに欧州と足並みを揃え35年からのガソリン車販売禁止を定めている。世界的に見れば米国、そして日本の方がこの流れに遅れを取っている形だ。米国のメーカーであるゼネラル・モーターズ(GM)、フォード、そしてステランティス(旧クライスラーを含む欧州との合弁会社)も35年以降域内ではガソリン車を生産せず、オール電気自動車(EV)の方針を打ち出しているのだ。展示された過半がゼロ・エミッション 今回のオートショーはこの流れを象徴するものだった、と言える。展示された車のほぼ6割がEVもしくはプラグイン・ハイブリッド、燃料電池などのゼロ・エミッション(排気ガズゼロ)の車だった。記者発表を行ったメーカーもほとんどが打ち出したのはEVと燃料電池である。 例えばステランティスの一部であるフィアットは人気の小型車フィアット500のEVを出し「今後500はガソリン車を提供しない」と語った。フィアットらしくジョルジオ・アルマーニやブルガリなどの高級ブランドとのコラボデザインの車で、テーマは「Reuse 」「Reduce」「Recycle 」とエコを打ち出しながら、デザインなどで比較的高価格帯での販売は可能、という姿勢を見せた。試乗会でも8割がEV ところでオートショーはメーカーにとって新車発表や企業としての方針を打ち出す場であると同時に、顧客にダイレクトに製品を販売するショウケースでもある。そのため多くのメーカーが試乗会を催すのだが、こちらも試乗に供された車の8割以上がEVだった。 ガソリン車としてはフォードブロンコ(EVであるF150ライトニングピックアップと共に試乗会が開かれた)とステランティスのダッジラムトラックくらいで、あとはオールEVだったのだ。会場の外に設置された試乗コースにずらりと並んだのは起亜、VinFast、シボレーボルト、ジェネシス。日本車で唯一EVの試乗を提供していたのは日産アリアだ。異彩を放っていた、トヨタとスバル このオール電動化なショーの中で異彩を放っていたのが、トヨタとスバルである。トヨタは記者会見は行わなかったが、タイミングを合わせて新型プリウスを発表。そのシャープなデザインに注目が集まったが、内容はハイブリッドとプラグイン・ハイブリッドだ。 確かにオール電動化については電力供給が十分に出来るのか、という懐疑的な声はある。しかし今回のオートショーを見て、その方向性は揺るぐことはない、と実感できた。2035年まであと13年。まだガソリン車は普通に販売されているが、今後リセールバリューなどを考えると「次に買うのはEV」と考える人は確実に増えている。日本のメーカーはこの現実にどう対処していくのだろうか。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/25
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 『種の起源』出版(1859年)。ダーウィンは冒険家の植物学者A.R.ウォレスが送ってきた論文盗用して発表したとか…☆ 山崎晃嗣が、抱えた莫大な借金を清算する目的で青酸カリを呷りエクストリーム・自殺(1948年)。東京大学の学生による闇金融起業が法律違反として警察に検挙された事件=光クラブ事件=☆ 一昨日にジョン・F・ケネディをぶっ殺したオズワルドがリンチされる(1963年) &so 山一證券がギブアップ。記者会見ではトップ・野澤が“社員は悪くありませんから”と号泣したが、責任者達は粗方あの世に行くか時効を迎えて逃げ切る(1997年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月24日】コラム:投資家引き寄せ続ける暗号資産、明るい未来は訪れるか= REUTERS_Column_2022年11月21日 Jamie McGeever[オーランド(米フロリダ州) 18日 ロイター] - 暗号資産(仮想通貨)業界で有名企業が巨額の負債を抱えて破綻し、不正も伝えられ、時価総額最大の仮想通貨が急落している。それにもかかわらず仮想通貨への信頼が揺らいでいないとすれば、一体どんな要因なら信頼が損なわれるのだろうか。 仮想通貨ビットコインに投資した人の半数以上は今、含み損に陥っている。それでも専門家によると、仮想通貨はなおも投資家を魅了し続けている。実際、そうした投資家の間では関連の資産や株式や上場投資信託(ETF)を投げ売りする気配は乏しいように見える。暗号資産大手交換所FTXを巡るスキャンダルや創業者サム・バンクマンフリード氏に対する訴訟、さらにはビットコインが過去半年で50%も値下がりしたことで、機関投資家は恐怖に駆られたはずだ。JPモルガンのアナリストチームの推計によると、ビットコイン市場からの5月以降の資金流出は約250億ドルに上る。ところが市場関係者は、ビットコイン市場に入ってくる資金も途切れていないと主張する。もっともそれが新規流入なのか、別の低迷した仮想通貨から移動してきただけなのかはよく分からない。ブロックチェーン分析企業グラスノードによると、ビットコインが弱気相場に入ったことで、投資家の55%は現在の保有価値が取得原価を下回っている状態。それにもかかわらず個人などの小口投資家は市場にとどまったままだ。グラスノードは、ビットコイン供給が消えた分も考慮すれば、今が恐らくビットコイン史上で最も深刻な弱気相場に当たると指摘する。それでも欧州最大の暗号資産取引業者コインシェアーズのデータを見ると、デジタル資産投資商品に前週に入ってきた資金は総額4200万ドルと、ほぼ3カ月ぶりの高水準だった。コインシェアーズのアナリスト、ジェームズ・バターフィールド氏は「投資家がこの安値局面に対し、購入のチャンスであり、非中央集中的な取引所や関連のETFに資金を移す機会とみなしている様子がうかがえる」と述べた。個人投資家の資金フローを追跡するバンダ・リサーチのデータによれば、FTX破綻後の5日間で仮想通貨関連の株式とETFに総額2700万ドル、1日平均では540万ドルもの資金が流入したことが分かる。年初来の1日平均の1440万ドルからは下振れしたとはいえ、純流入は維持している。より目につくのは、ビットコイン価格が昨年11月の過去最高値から75%も下がっている中で、個人投資家が仮想通貨関連の資産やファンドに計37億ドルをつぎ込んでいるという事実だ。<鍵はステーブルコイン>仮想通貨市場のメルトダウンや幾つかの有名な詐欺事件によって、投資家の姿勢はいずれは変わるのかもしれない。しかし、今はまだそのようには見えない。リフィニティブ・リッパーのデータに基づくと、今月9日までの週にプロシェアーズ・ビットコイン・ストラテジーETFからは差し引き1460億ドルが流出し、過去9週で最大の流出規模を記録した。しかしその翌週は差し引きで1230万ドルが流入し、17日時点で月間ベースの資金フローは250万ドルの純流入となっている。同ETFはビットコインが約1年前の最高値から足元まで75%下がった期間を通じても、差し引き約3億ドルが流入した。もっとも暗号資産市場全体が非常に透明性が低いという特性がある以上、より広範な資金フローのデータを入手するのは困難だ。JPモルガンのストラテジスト、ニコラス・パニギルツォグロー氏はそうした市場全体の動きを探る指標として、ドル資産の裏付けがあるステーブルコインの需要動向が有効だとみている。ステーブルコインの時価総額は今年になって一時約1700億ドルまで膨らんだ後、5月以降でおよそ250億ドル縮小した計算という。つまりこの250億ドルが暗号資産から逃げ出し、大半が法定通貨の現金ないし現金に近い金融商品に転換された公算が大きいという。同氏は「ステーブルコイン市場の縮小が止まらない限りは、仮想通貨の価格が持続的に回復する展開は想像しがたい」と述べた。暗号資産大手FTXの経営破綻、上位債権者50人に4400億円の債務=BBC News_2022/11/21暗号資産(仮想通貨)の大手交換業者FTXが経営破綻した。上位債権者50人に対する債務は約31億ドル(約4400億円)に上ることが、同社が裁判所に提出した19日付の資料で明らかになった。FTXは今月11日、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請した。上位債権者10人に対しては約14億5000万ドル(約2000億円)の債務を負っているとしているが、債権者の名前は公表していない。世界第2位の暗号資産交換業者の経営破綻は、すでに問題が生じている暗号通貨市場の信頼を揺るがすこととなった。FTXの共同創業者のサム・バンクマン=フリード氏は最高経営責任者(CEO)を辞任した。FTXが14日付で裁判所に提出した資料によると、債権者は投資家や企業など100万人を超える可能性がある。同社は19日、世界の保有資産の見直しを開始し、一部事業の売却や再編を計画していると発表した。破産申請の法廷審理は22日に予定されている。FTXに資産を預けている人のもとに、破産手続きが終わる時点でどれくらいの資産が戻ってくるのかは不明だ。多くの専門家たちは、預けたうちのほんの一部しか戻ってこない可能性があると警告している。FTXのジョン・レイ新CEOは先週、破綻に追い込まれた同社の運営方法を非難。「企業統制がこれほどにまで完全に失敗している例は見たことがない」と述べた。また、「信頼できる財務情報が全くない」と批判した。バンクマン=フリード前CEOはニュースサイト「Vox」に対し、破産申請を残念に思うとし、この決定により自分では財務問題が制御できなくなってしまったと語った。また、金融規制当局に対する軽蔑も示した。(英語記事 Crypto exchange FTX owes biggest creditors $3.1bn ) 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/24
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 勤労感謝の日。こんな飯の種にもならないサイトばかり見てないで、たまには親御さんや周囲の大人に感謝していいツマミでも出しなさい。さりとて、風船をつけたゴンドラでアメリカを目指して太平洋横断に挑戦(1992年、三日以降消息不明)した風船おじさんのあとを追わぬように。☆ ダイバーのジャック・マイヨールが人類史上初めて素潜りで100メートルを超える記録を達成(1976年)。如何に測定・判定したのか・・・・簡単な思考回路でなしでも判るが!!?☆ マイクロソフトが「スタート!」の呪文で日本人をIBM PCの下僕とする様に洗脳し始める(1995年=Windor NT 発表)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月23日】アメリカ式か中国式か? ビッグデータと国家安全保障をめぐる「仁義なき戦い」勃発=4/4== NewsWeek_Column_2022年11月17日(木) アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)アメリカはデータ保護後進国アメリカには個人データ移転に関する規制がろくにない。あるのは分野ごと、省庁ごとにばらばらの政策や基準、規制だけだとサックスは言う。そんななか、アメリカの巨大テック企業は個人データを食い物にし、巨大化してきた。中国がアメリカのデータを収集できるのも、そうした混沌とした状況があるためだ。おかげでアメリカ人のデータは利用され放題だ。デューク大学サンフォード公共政策大学院のサイバーセキュリティー専門家、ジャスティン・シャーマンが大手データブローカー(消費者の個人情報を基にビジネスをしている企業)10社を対象に調査したところ、アメリカ人の個人情報(人種や年齢、政治的信条や医療関連データ、親族の名前などを含む)を大っぴらに宣伝して売りさばいていたところばかりだった。そもそも多くの国々は、国民の個人データを中国から守る必要性とシリコンバレーから守る必要性の間に線引きなどしていない。アメリカとEUの間では、データ移転ルールの法的根拠となる新たな合意に向けた交渉が続いている。EUの消費者プライバシー保護法規を米企業に遵守させるためだ。アメリカは、スノーデンによる内部告発後にEUとの間で結んだ「プライバシー・シールド」合意の下、自国の情報機関が違法に集められた個人データを用いてヨーロッパ市民の権利を侵害することがないよう、新たな防止策を取ると約束していた。しかし、プライバシー・シールドは2020年に欧州司法裁判所によって無効と判断された。また、アメリカの情報機関が合意に違反した場合、ヨーロッパ市民はどのような救済を受けられるのかについての交渉は、何カ月も行き詰まったままだ。アメリカのソーシャルメディア企業の飽くなきデータ収集欲は、この議論と切っても切れない関係にある。アイルランドの個人情報保護当局であるデータ保護委員会は今年7月、フェイスブックの運営会社メタが、ヨーロッパからアメリカにユーザーの個人情報を移送することを禁止する決定案をEU当局に提出した。するとノルウェーの規制当局は、この決定案を支持する意見書を提出。メタがEU域外に個人情報の移送を続けるなら、高額の罰金を科すべきだと主張した。このためメタは、米欧がプライバシー・シールドの改訂版に合意できなければ、EUではフェイスブックとインスタグラムが使えなくなるかもしれないと警告した。もし米欧の交渉がまとまらず、フェイスブックがEU市民の個人情報を域外に移送できないことになれば、米欧間のデータの流れは大混乱を来し、企業は「数十億ドル規模」の損害を被る可能性があると、米オルブライト・ストーンブリッジ・グループの上級副社長(中国とテクノロジー政策担当)であるポール・トリオロは指摘する。アメリカがこの問題にどう対処するかは、諸外国にも広く影響を与えるだろう。この5年で少なくとも62カ国が新たなデータ・ローカライゼーション規制を設けた。データの国外移送に制限を加えたり、国内にサーバーの設置義務を課してデータのコピーを保存させたりするルールだ。アメリカでさえ、国防総省の業務委託を受けているクラウド事業者には、機密データを国内のサーバーに保存することが義務付けられている。「データ保護ナショナリズムは激しくなる一方だ」と、デューク大学のシャーマンは語る。だが規制が行きすぎれば、外国からの投資や経済成長が打撃を受けるだろう。外国にデータを移送するつもりがない企業も「データ保護のためのインフラを整備しなくてはいけない。弁護士やコンプライアンスの専門家も雇う必要がある」と、シャーマン。「ある顧客について、データやメールを転送するのにも、煩雑な承認プロセスをクリアしなければならなくなる」新たな多国間協定や、WTO(世界貿易機関)のような国際機関を新たに設けるべきだという声もある。そうすれば、中国が世界からのデータアクセスを遮断した場合、欧米企業が対抗する助けにもなるだろう。「国境を越えるデータの流れについて拘束力のある原則を定めるための枠組みが必要だ」と、ダートマス大学経営大学院のマシュー・スローター学院長は指摘する。「今はそういうものが全くない」進むデジタル世界の二極化多くの国は、こうした枠組みづくりを支持するだろう。19年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で日本の安倍晋三首相(当時)は、「信頼ある自由なデータ流通(DFFT)」を唱えた。OECD(経済協力開発機構)は既に、政府による監視に歯止めをかけ、法執行機関によるデータアクセスを明記した共通原則を策定中だ。米バイデン政権も、データガバナンスに関する米欧作業部会を設置した。だが、こうした国際ルールがまとまるまでには数年を要するだろう。それまでの間、アメリカは中国の旺盛なデータ収集活動をどのくらい心配すべきなのか。一部の中国専門家は、現在の中国のデータ政策は、もっぱら国内を念頭に置いたものだと指摘する。「中国当局は、データに莫大な価値がある一方で、安全保障上の弱点になることに気付いている」と、エール大学のサックスは語る。「現時点では、中国はデータ管理に膨大な力を注いでいる」だが、長期的な危険を警告する専門家もいる。「中国政府が集めている情報の価値は、一見したところでは分からない」と、ポティンジャーは言う。「山を見て、ただの山だと言うようなものだ。だがその山は金鉱山でもある。その価値は隠れているが、やがて私たちの安全保障や競争力を脅かすものになり得る」いずれにせよ、デジタル世界は二極化に向けて着実に進んでいるようだ。「現在のインターネットは2つある」と、米クイーンズ大学のフランク・H・ウー学長は言う。「グレートファイアウォールに守られた中国のインターネットと、アメリカ主導のインターネットだ。そしてヨーロッパやアフリカや中南米の国々は、どちらかを選ぶよう迫られている」バイデン政権が今後数カ月にやることは、こうした二極化の回避につながるかもしれない。ただし、その流れを加速する恐れもある。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/23
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ いい夫婦の日。どの夫婦が今後離婚するのかしないのかはっきりする日でもある。 &so ヴァスコ・ダ・ガマが不安と恐怖で喜望峰を通過(1497年)。 ☆ リー・ハーヴェイ・オズワルド、昼休みにダラスの教科書ビルへ行って6階から外へ銃弾をお見舞い。その後大急ぎで階下へ降りて、コーラを一杯飲ってバスに乗り俺は今、ケネディを撃ってきたのさ! ウヒャハハハハ!と車内で大笑いする。(1963年)。☆ 静岡にあるポピュラーソングの聖地で観客が過熱し過ぎてガス爆発、14人が死亡(1983年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月22日】アメリカ式か中国式か? ビッグデータと国家安全保障をめぐる「仁義なき戦い」勃発=3/4== NewsWeek_Column_2022年11月17日(木) アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)バイデン政権も強硬姿勢にバイデン政権は、少なくとも形の上では前政権の厳しい姿勢を引き継いでいる。昨年6月の大統領令では、外国の敵対勢力と関係があるテック企業がアメリカでもたらすリスクを評価し、その活動を制限する広範な権限を商務長官に与えた。ドナルド・トランプ前大統領は一昨年、中国発の動画共有サービス「TikTok」がアメリカのユーザーのデータを収集・保管している可能性を示唆し、アメリカ国内での利用を禁止する措置を打ち出した。この方針は激しい論争を呼び、アメリカの裁判所で「恣意的で不合理」と判断されて差し止めになっていた。ジョー・バイデン大統領はTikTokの利用禁止に関して前政権が打ち出した措置を撤回したが、他の中国企業に厳しい措置で臨む意思は示している。今年3月には、外国の敵対勢力と関係がある企業がもたらすデータ関連リスクに対処する専門グループを商務省に設置した。今年1月にロイターが3つの匿名の情報源を基に報じたところによると、政府は中国の電子商取引大手アリババのクラウド事業について調査しているとのことだ。しかし、同社に対して国外へのデータの持ち出しを禁止したり、アメリカ人に同社サービスの利用を禁じてはいない。一方、複数の商務省当局者が本誌に語ったところでは、同省は最近、外国の敵対勢力と関係がある少なくとも4社のテック企業に対する調査を開始したという。「外国の敵対勢力」のなかには、中国以外に北朝鮮、イラン、ベネズエラ、キューバ、ロシアが含まれるが、アメリカでの活動が活発なのは圧倒的に中国企業だということだ。5月のロイターの報道(匿名の情報源に基づく)によるとバイデン政権は、データの販売と閲覧を内容とする商取引を調査し、国家安全保障上のリスクが大きい場合に取引を差し止める権限を司法省に与えることを検討している。記事によれば保健福祉省に対しても、連邦政府の資金援助の下で国民の医療・健康関連のデータが外国の敵対勢力に渡ることを防止させることが検討されている。しかし、どのようなデータが国家安全保障上のリスクをもたらし、そのリスクにどのように対処すればいいかは、意見が分かれるところだ。ポティンジャーのような対中強硬派が指摘するリスクは確かにあるが、過度に厳しい規制を導入すればアメリカの利益が損なわれかねない。米自由人権協会(ACLU)などは、早くもその兆候を指摘している。司法省は昨年1月、中国系アメリカ人のナノテクノロジー研究者であるマサチューセッツ工科大学(MIT)のガン・チェン教授を起訴した。中国の大学などから資金提供を受けていた事実を開示せずに、米政府の研究資金を受け取ったというのが理由だった(司法省は今年1月、起訴を取り下げた)。アメリカの研究機関で働く中国系の科学者に圧力をかけたところで、癌研究から半導体までさまざまな分野で「逆・頭脳流出」が起こるだけかもしれない。「政策決定に携わる人々の間では科学、特にバイオテクノロジーを安全保障問題としてみる傾向が強まっている」と、中国におけるバイオテクノロジーの発展を研究しているバッサー大学のアビゲイル・コプリン准教授は言う。「その結果、失われるものについては誰も気に掛けていないようだ」バイオテクノロジー分野の場合、コプリンの言う「行きすぎた安全保障問題化」は、アメリカで病気と闘っている人々、アメリカの競争力、そして世界的な科学の進歩にとって明らかなリスクになる。新しい治療法の開発につながるはずの研究協力や知識の共有が阻害されるからだ。アメリカでは報道においても、中国によるデータ収集は「アメリカ人のプライバシーへの脅威」として語られることが多い。だが世界的に見れば多くの人が、アメリカこそ最大の脅威だと考えている。ヨーロッパの人々は、エドワード・スノーデンが13年に公表した米国家安全保障局(NSA)の大量の機密文書のことを忘れていない。この文書には、米政府が世界各国の指導者や一般市民の電子メール、ショートメッセージ、携帯電話の位置情報といった膨大な量の個人データをかき集めていたことが示されていた。「私たちはアメリカ対中国の枠組みでしか考えない傾向があるが」と、エール大学法科大学院ポール・ツァイ中国センターの上級研究員サム・サックスは言う。「ヨーロッパやインドでは、アメリカによる監視やアメリカ企業による一般市民のデータの利用について懸念が高まっていることを、私たちは失念している」アメリカ以外の国々のデータプライバシーの専門家の多くは、中国のデータ覇権の脅威に関するアメリカ政府の警告を眉唾ものだと思っている。グーグルのエリック・シュミット元CEOらアメリカのテック業界の大物たちは、米テクノロジー大手を分割したり、データ収集に規制をかけることは中国企業が優勢となる事態を招く恐れがあり、賢明な政策とは言えないと主張してきた。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、トランプがTikTokを禁止した20年、フェイスブックがロビー活動に投じた資金は一企業としては最高額だったという。中国企業への厳しすぎる扱いは、厄介な前例にもなりかねない。世界の国々は自国のデータ保護について等しく懸念を抱いており、米企業に対して同様の厳しい措置を取る可能性がある。「世界各国で米企業に対し似たような措置を容易に取れるようにするロードマップや青写真が生まれ、結果として逆説的に、第三国の市場において中国企業を利する可能性がある」と、サックスは言う。世界の国々がプライバシーに関する法整備を進めている一方、アメリカでは党派対立とテクノロジー大手による激しいロビー活動のせいで、基本的な消費者データ保護の法律すら制定されていない。そうした消費者保護の仕組みがあれば、アメリカ国内のデータを中国から守る枠組みにも応用できるかもしれないのだが。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/22
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 日蓮が亡くなった日(1282年)なので、富士の麓のお寺では前日とこの日に追悼法要。何故か身延のお山や蒲田の近くのお寺では10月13日に行うそうだ。☆ ナポレオン・ボナパルトが宿敵イギリスを兵糧攻めにしてしまえと大号令を発する(1806年=ナポレオン戦争, 大陸封鎖令)が、逆にヨーロッパ全体が封鎖される破目に。☆ 夜の蝶達が挙って読んだ『特殊な相対する性の理論』発表される(1905年=アインシュタインの特殊相対性理論/ E=mc²)。その難解さに彼女たちは独自の性理論を展開したとやら・・・・【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月21日】アメリカ式か中国式か? ビッグデータと国家安全保障をめぐる「仁義なき戦い」勃発=2/4== NewsWeek_Column_2022年11月17日(木) アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)標的は技術から個人情報へ中国の産業スパイ活動も新時代に突入した。08~13年、中国人ハッカーは米企業のサーバーに侵入し、年間2000億~6000億ドルともいわれる知的財産を盗んだ。最も有名なのは、米国防大手ロッキード・マーティンが4000億ドルかけて製造した最新鋭戦闘機F35の設計図を盗み出した事件だ。その数年後に登場した中国のステルス戦闘機J31(殲31)は、F35に酷似していた。13年に国家主席に就任した習近平(シー・チンピン)は、インターネットを「世論闘争の主戦場」と位置付けた。ネット上のコンテンツを監視・検閲する技術に巨額の資金をつぎ込み、規制を容易にする新法を作り、違反者を罰するキャンペーンを強力に推し進めた。さらに習指導部の中国はこれらの技術を利用して、新しいタイプのオーウェル的監視国家を構築した。当局は自国民の(最近は他国民についても)膨大な量のデータを蓄積し、それを使ってさまざまな社会統制の手法を試している。例えば「天綱」と呼ばれる大規模な監視システム。これはパターン認識技術を利用した顔認証や歩行分析などを通じて、個人を特定・追跡するものだ。習の産業高度化戦略「中国製造2025」では、データの支配が中国の野望実現のカギとされている。「ビッグデータ技術を制する者は、発展の資源と主導権を握ることができる」と、習は就任直後に中国科学院で語っている。その後、中国人ハッカーは産業・軍事技術の窃盗から、外国の個人情報収集へと活動を拡大し始めた。18年には、人民解放軍とつながりのあるハッカーが米ホテルチェーン大手マリオット・インターナショナルのサーバーに侵入し、5億人分の顧客情報を盗み出した。15年には米連邦人事管理局から、現役または元職員400万人以上のファイルを奪った。流出したデータには、最高機密へのアクセス権を持つ職員の背景調査に関する情報が含まれていた。17年には信用調査機関エクイファックスから、1億4800万人のアメリカ市民(つまり成人のアメリカ人のほぼ全員)の名前や誕生日、社会保障番号を含む個人情報を盗んだ。この事件は国家ぐるみで行われた過去最大級の個人情報の窃盗だった。アメリカ人の個人情報を狙う工作はその後も続いている。ワシントン・ポスト紙が昨年、中国の警察、軍、宣伝工作機関、国営メディアなどが20年初めに作成した政府関連プロジェクト300件の入札書類と契約書をチェックしたところ、ツイッターやフェイスブックのような欧米のSNSから外国人ターゲットのデータを収集するソフトウエアの設計を発注する文書が含まれていた。その一方で中国は、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)のような通信機器メーカーが世界中で第5世代(5G)通信網のインフラ構築を受注できるように積極的に後押ししてきた。アメリカの法執行機関と情報当局はこの技術が、中国のデータ窃盗をさらに容易にする可能性があると警告している。マイクロソフトは撤退を決定ウォール・ストリート・ジャーナル紙の集計によれば、中国政府は最大750億ドルの補助金、信用枠、減税などの資金援助をファーウェイに提供した。おかげで同社は、ライバルより30%安い価格を武器に世界最大の通信機器企業にのし上がった。AIの進歩によって、データをめぐる争いはますます重要になっている。AIは国際競争力のカギを握る技術であり、国家安全保障に及ぼす影響も大きいと考えられているからだ。例えば、標的を狙う誘導ミサイルやドローンの精度をAIによって向上させるなど、兵器の性能アップが期待できる。敵対国の世論を操作したり民主的制度を弱体化させて、軍事大国に新たな攻撃手段を提供することも考えられる。盗み取った個人データを活用すれば、情報機関が入手したい情報を扱う職に就いていて、しかも経済的に困窮している人物を見つけ出して接触することも可能になるだろう。AI大国を目指す中国は、2030年までに1500億ドル規模のAI産業を築くために、情報テクノロジーに数十億ドルの資金をつぎ込んできた。しかし、AIの質を左右するのはデータの質だ。機械の知能が正確な予測を導き出せるようにするためには、充実したデータを与えて「訓練」しなくてはならない。データの戦略的重要性は、中国政府もよく理解しているようだ。中国共産党は既に、データを土地、労働力、資本、テクノロジーと並ぶ重要な生産要素と位置付けている。中国では、データに関して政府に強大な権限を与える法制度が相次いで導入されている。それによって中国当局は、国内で生成された全てのデータの流れをコントロールし、国外へのデータの持ち出しを制限し、そうしたデータの全てを閲覧する力を得た。対象には、中国国内で外国企業が集めたデータも含まれる。これを受けてアップルと電気自動車大手のテスラは、中国の国内で収集したデータを保管するためのデータセンターを中国に新設することを決めた。ニューヨーク・タイムズによると、アップルは少なくとも2カ所のデータセンターで、データを「コントロールする権限」を中国側に譲り渡したという。同社は暗号化を解除するキーを中国側で保管することを受け入れ、中国企業の職員がコンピューターを操作することを許したとされる。その一方で、中国からの撤退を決めた企業もある。マイクロソフトは昨年10月、傘下のビジネス向けSNS「リンクトイン」の中国版サービスを閉鎖することを明らかにした。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/21
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ ベートーヴェンが、自作のオペラ『フィデリオ』のリサイタルを開催する(1805年)も、散々な評判と出来だったので後で作り直す破目になる。☆ 北九州は小倉で、ギャンブル目的の自転車レースが始まる(1948年)。因みに 最古の自転車競技はパリ郊外のサンクルーで1868年5月31日に行われた1200mのレースとされている。☆ 加藤紘一が自分の師匠に倣って総理大臣の座を獲ろうとするも、直前に腰砕けになった挙句総理大臣どころか派閥のボスの座からも追い出される(2000年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月20日】アメリカ式か中国式か? ビッグデータと国家安全保障をめぐる「仁義なき戦い」勃発=1/4== NewsWeek_Column_2022年11月17日(木) アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)ビッグデータ時代における米中間の軋轢の激化を示す格好のエピソードがある。新型コロナウイルスが猛威を振るうさなか、中国人の遺伝学者・実業家の汪建(ワン・チエン)が米当局に新型コロナの検査機関を新設したいと申し出たのだ。汪はアメリカのバイオテック業界ではよく知られた人物だ。アメリカのいくつかの大学で研究者として経験を積んだ後に起業し、現在は深圳に本社を置く世界最大のバイオテック企業BGIの会長を務める。BGIはヒトゲノム解読の国際プロジェクトにも貢献。アメリカの遺伝学者とも縁が深く、ゲノム編集を使った先駆的研究で知られるハーバード大学のジョージ・チャーチ教授と共同研究を長年行い、彼の名を冠した研究所を中国に設立したほどだ。ところが、米当局は汪の申し出をはねつけた。汪の計画は、「外国の勢力が新型コロナの検査を通じ、生体情報を収集、蓄積、利用」する事態を警戒する国家防諜安全保障センター(NCSC)の規定に触れたのだ。トランプ前政権下でNCSCのトップを務めたウィリアム・エバニナに言わせると、BGIの検査機関は「現代版トロイの木馬」にほかならない。中国政府がアメリカ人の「個人データを発掘する」ための「足場」になる、というのだ。この一件は、ビッグデータをめぐる米中の緊張の高まりを浮き彫りにした。グーグルやフェイスブック(現メタ)が利用者から収集し、企業のマーケティング用に売る情報など、インターネット上を日々飛び交う膨大なデータ。このビッグデータの保護管理は国家安全保障上の重要課題となっていると、一部の政治家は主張する。彼らが警戒するのは、中国がアメリカの国家と市民のデータを強力な掃除機で吸い取るように奪うこと。それも企業秘密を盗み、世論を操作するためだけでなく、将来的に技術覇権を握るためにデータを集めることだ。人工知能(AI)の活用が進む今、ビッグデータは戦略的重要性を帯びつつある。このところ米政界のタカ派寄りの安全保障問題通の間では、中国共産党によるデータの監視を警戒する声が高まっている。中国共産党は国内のデータのやりとりを完全に監視下に置こうとしており、中国に進出した西側企業もその対象になるというのだ。中国は以前から国家ぐるみの産業スパイ活動を行っているとみられているが、今後その活動が一段とエスカレートする恐れがある。対中強硬派は、中国のデータ収集がアメリカの国家と経済の安全保障を脅かすと主張。アメリカに進出しているテクノロジー関連の中国企業を広く調査すべきだと、バイデン政権に訴えている。この手の脅威を見過ごせば、アメリカの経済・軍事・通商上の利益が損なわれ、市民は中国のスパイ活動と世論操作の餌食にされかねないと、彼らは主張する。対中強硬派の圧力は効果を上げているようだ。商務省関係者が本誌に明かした話では、同省は中国など外国の敵対勢力と関係があるテック企業の調査を少なくとも4社に対して行い、さらに対象を広げる予定だ。ネットは中国を変えなかったバイデン政権はコメントを控えているが、米議会では党派を超えてこの問題への関心が高まっている。エバニナは昨年8月に上院情報特別委員会で、「アメリカの成人の推定80%は中国共産党に個人データの全てを盗まれ、残り20%は大半を盗まれている」と警告した。「データは21世紀の石油であり、AIのアルゴリズム、経済力、国力に欠かせない燃料だ」。昨秋ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿でそう訴えたのは、トランプ前政権で要職を務めたマット・ポティンジャーとデービッド・ファイスだ。とはいえデータ保護のために中国に強硬措置を取れば、同盟国との関係がこじれ、他国が米テック企業に同様の厳しい措置を取る懸念もある。そもそもアメリカは、大威張りでデータ保護の道義的戦いの旗を振れる立場にはない。疑うことを知らない市民から膨大な情報を収集し、ビジネスや国防に利用する──この手法を編み出したのは、アメリカの情報機関とシリコンバレーのかつての新興テック企業の面々だ。フェイスブック、グーグル、アマゾン、マイクロソフト、アップルは、利用者データの蓄積と取引という巨大産業をリードしている。アメリカ人の情報を中国の収奪から守りたいなら、まずはシリコンバレーの収奪から守るべきだろう。アメリカが中国に過剰反応すれば、各国がデータ規制を強化し、「デジタル版バルカン化」というべき分断状況を招きかねない。「ネット上の自由は米経済に大きな恩恵をもたらしている。中国への過剰反応で、その自由が奪われないか心配だ」と、米シンクタンク「情報技術イノベーション財団」のナイジェル・コーリーは言う。今後数カ月、ビッグデータに関する中国の動きにどう対応するかは、アメリカの外交政策で最も厄介な問題の1つになっている。長期的には最も重大な問題の1つかもしれない。1990年代に普及し始めたインターネットは当初、民主主義を後押しすると考えられていた。ロシアや中国のような権威主義国家には、デジタル情報の流れを止める力があるという見方は皆無に近かった。2000年3月、当時のビル・クリントン米大統領はこう言った。「インターネットがアメリカをどれだけ変えたか、私たちは知っている。中国をどれだけ変えるか想像してみよう」だが、その期待は外れた。中国は90年代後半から2000年代初頭にかけて、ネット検閲・情報統制システム「グレートファイアウォール」の構築を開始。中国本土で送受信するデータの検閲と、特定のアドレスやドメイン名との接続をブロックできるようにした。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/20
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 京都盆地内でいがみ合う神の末裔が和解(1392年=明徳の和約、南北朝合一) &so 100年後に、船員を騙し続てクリストファー・コロンブスがプエルトリコに上陸(1493年)☆ バスティーユ牢獄に収監されていた「ベールで顔を覆った囚人」=鉄仮面/正体不明=が死亡(1703年)☆ リンカーンが「人民の人民による人民のための政治」と演説(1863年)。 しかり、日産自動車が外資の玩具にされるのにこれ以上我慢出来なくなった日本人のイエスマンが、ボスを司直の手に引き渡す(2018年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月19日】「疫病の原因はアジア人」 コロナ禍で見られた思…= WEDGE REPORT 《日本人なら知っておきたい近現代史の焦点》 2022年10月28日 廣部 泉 (明治大学政治経済学部 教授)人種差別撤廃案の挫折 1918年に第一次世界大戦が終結し、パリで講和会議が開かれることが決まると、「五大国」の一つである日本がどのような態度に出るのか、モリス駐日米国大使は警戒を強めた。彼の見方は人種主義に彩られたものであった。ドイツから日本が戦争中に奪った中国の山東省の権益を巡って日中が鋭く対立していたにもかかわらず、人種差別撤廃を巡って同じ人種として日中が即時同盟を結ぶ可能性があると本国政府に打電したのだ。 結局、日本がパリ講和会議中に提出した人種差別撤廃提案は、豪州を含む英国代表の強い反対もあり否決された。人種差別撤廃提案の通過を願って多くの大規模集会が日本国内で開催されていたが、いかに日本が臥薪嘗胆して富国強兵に励んでも、白人からは永久に対等には扱われないのかと日本国民を大いに落胆させた。 パリ講和会議で日本を巡るアジア太平洋地域の安全保障の問題はまだ完全には方が付いたわけではなかった。日本は大戦中、欧米列強不在の東アジアで自由にふるまい、地域大国としての立場に居心地の良さを感じていた。 そこで1921年に開かれたのがワシントン軍縮会議であった。ここにも黄禍論的思考がみられた。米国人には、日英同盟の存在に不快感を抱いている者が多かった。もし、日本と戦争となった場合、米国は、英国という兄弟国と戦わなくてはならないのかと危惧したのである。 結局、ワシントン会議は、日本を劣位な主要艦比率に押し込め、日英同盟を廃止する形で1922年に終了し、日本人の間に不満が残った。ただ、日本が曲がりなりにも米英の秩序に加わることに同意したため、太平洋に平和が訪れたかに見えた。1923年に発生した関東大震災には米国から大量の援助物資や義援金が寄せられ、日本の対米世論も好転した。排日移民法で勢力増す「アジア主義」 そのような小康状態を一転させたのが、1924年に米連邦議会で成立した日本からの移民を一切禁止する条項を含む移民法であった。 この条項には「日本人」という文字は書かれていないが、文脈から人種を理由に日本人を狙い撃ちしたことは明らかであった。そのため日本ではこの移民法は「排日移民法」と呼ばれ、全国各地で反米集会が開かれるなど反対の声が上がった。米国映画の上映は自粛され、洋風のダンスが行われている会場には、日本刀を持った一団がなだれ込んだ。移民法改正を求める遺書を胸に切腹する者も現れた。 反米運動の盛り上がりの中、内村鑑三や新渡戸稲造といった親米派と見なされていた言論人の発言が説得力を失い、アジア諸国との連帯やアジア植民地の解放を説く「アジア主義」的な主張が急速に影響力を増し、アジア主義団体が複数誕生した。その中の一つである全亜細亜協会は、米国の人種差別に対抗することを目的として、「一朝事あるに際してはアジア洲は打って一丸となり白人の極東侵入に対抗」しなければならないと謳っていた。黄禍論に怯えていた米国は、自分たちの差別的な立法によって自ら黄禍論的現実へとつながる契機を作り出したと言える。 排日移民法が創り出した危険をいち早く感じたのが、当時はまだ数少なかった極東問題に詳しい米国人たちであった。米クラーク大学のジョージ・ブレークスリー教授は、米国のアジア人差別体質が排日移民法によって再認識されてしまったため、黄色人種という一体感が生まれ、日中同盟が実現するかもしれないと予言した。作家パール・バックも、排日移民法を契機として、日本人や中国人、インド人といったアジア人が対白人で連携するかもしれないと語った。 その後、日本政府が早々に米国政府に対する移民法に関する抗議をやめたこともあり、事態は沈静化していった。日本人にも移民割当枠を与える形での移民法修正運動が米国の民間人により自主的に進められていたことも、そのような流れに貢献していた。1931年9月17日にはスティムソン米国務長官が、自分の任期中に移民法修正を実現する見通しを出渕勝次駐米大使に語ったほどであった。日中戦争勃発後も消えない「日中合同論」 ところがその翌日、満州事変が勃発する。これを契機に米国の対日世論は悪化していき、移民法修正の機運もしぼんでいった。一方で、再び日本国内ではアジア主義の機運が盛り上がり、新しいアジア主義団体が作られていった。 排日移民法制定直後に誕生したアジア主義団体が無名の民間人中心のものであったのに対し、この時期の団体は、有力な政治家や軍人が多く名を連ねているなど様相を異にしていた。黄禍論の火消しのため日本政府関係者が対外的な釈明に追われていた1920年代とは異なり、逆に彼らはアジアへの野心を露わにするのであった。 満州事変を端緒とする日本軍の動きにより、海外で一つの文書に注目が集まることになる。いわゆる「田中上奏文」である。これは時の田中義一首相が1927年に昭和天皇に行った上奏を翻訳したものとされた文書であったが、文中に登場する人物が上奏の時点で既に故人であるなど誤りが多く、偽書であることは明らかだった。 にもかかわらず、田中上奏文は、日本が欧米を含めた世界征服の手始めに、満州事変を引き起こした証左として利用されたのである。そこには、日本が世界征服を企んでおり、それにはまず中国征服が必要であり、中国の征服にはまず満蒙の征服が必要、と書かれており、それらの文言と実際の日本軍の活動があまりにも合致していたからである。これぞまさしく現代版のフェイクニュースの走りといえよう。 その後、米国の黄禍論的見地からすると連携して白人に向かってくるはずの日中が、互いを敵として戦い始めた1937年の日中戦争の勃発は、黄禍論を巡る様相を大きく変えるかに思われた。実際、日中と手を携えて白人の圧政から脱却することを目指していたインド独立派の人々は、日中戦争の開始に大いに落胆している。 しかし、一部の米国人はそうは見なかった。日本が中国を従える形での日中合同を予見したのである。1940年に汪兆銘の南京政府によって日華基本条約が結ばれると、日中合同がついに完成したとみなして恐怖する米国人も少なくなかった。 今や日本が主対象となった黄禍論が現実のものとなったかに見える状況の中、ほどなくして日米が争う太平洋戦争が始まる。この戦争は果たしてこれまで黄禍論者が予見してきた黄色人種と白人種が正面からぶつかる人種戦争と化してしまうのだろうか。……後日改めて、太平洋戦争中の黄禍論を次回に考察する。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/19
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 桓武天皇により京都が首都になる(794年=延暦13年10月22日長岡京から平安京へ)。今天皇陛下は東京にお住まいになられてますがあくまで奠都である。☆ ウィリアム・テルの弓矢とリンゴを使った瞬間芸が成功し、後にスイスが独立する切っ掛けとなる(1307年;嘘から出た誠)。 500年後の真実、アフリカ人(黒人)奴隷反乱軍がフランス軍(ナポレオン軍)に勝利(1803年=ハイチ革命)。☆ ニキータ・フルシチョフが西側の資本主義者に好むと好まざると関わらず歴史は我々に味方する!貴様らをいずれ葬り去ってやる!と言い放つ(1956年=西側諸国大使への演説)。それから35年経って、結局自分たちが葬り去られる側になるという皮肉。 &so、ジム・ジョーンズとその御一行様が集団でエクストリーム・自殺にエントリー、この年の全米チャンピオンに躍り出る(1978年=人民寺院事件)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月18日】「疫病の原因はアジア人」 コロナ禍で見られた思…= WEDGE REPORT 《日本人なら知っておきたい近現代史の焦点》 2022年10月28日 廣部 泉 (明治大学政治経済学部 教授)イラスト:Fig-3この頃、サンフランシスコで出版されていた雑誌には、サンフランシスコ湾に停泊する中国からの船から3人の死神が浮かび上がる挿絵が掲載された。それぞれの死神には「マラリア」、「天然痘」、「ハンセン病」と書かれていた。 1880年のハロウィーンの日、コロラド州デンバーでは3000人もの群衆が「黄色い疫病を撲滅せよ」などと叫びながらチャイナタウンを破壊しつくした。そして1882年にはついに中国人の移民を全面禁止する移民法が連邦議会を通過する。しかし、事態は収まらず、1885年にはワイオミング州ロックスプリングで反中国人暴動があり、28人もの中国人が虐殺された。 1900年にはサンフランシスコのチャイナタウンにあるホテルの地下で中国人の死体が見つかる。死体の鼠径部の腫れから腺ペストが疑われた。市の公衆衛生当局は正式な検査結果を待たずに、チャイナタウンの一角を閉鎖した。白人は自由に封鎖エリアから出ることはできたが、アジア人は一歩も出ることは許されなかった。ここからもあくまで疫病の原因となるのはアジア人であり白人ではないとする考えが根強いことが見て取れる。新たなターゲットとなった日本人 この頃、移民を禁止された中国人にかわって多くの日本人移民が到来しつつあった。ただ、日本からの移民はそれまでの中国移民とは異なる受け止められ方をした。当時、清国は弱体化の一途をたどっており、自国民が米国で酷い扱いを受けても有効な対策が打てなかった。 一方、日本は着々と軍備強化を進めており、米国政府としても無視するわけにはいかなかった。加えて、白人列強と同等以上の戦いができることを示した1904~05年の日露戦争が大きな影響を与えていた。中国人移民が、白人から低賃金で職を奪う存在ということでひたすら軽蔑の対象であったのに対し、加えて日本人移民は、脅威の対象としても見られたのである。日露戦争の頃に出版されたサンフランシスコのある雑誌は、日本からの移民の流入を、日本軍の武力を補う「沈黙の侵略」と捉えた。 1906年にサンフランシスコで大地震が発生すると、サンフランシスコ市当局は、校舎が破損したことを理由に、日本人学童をそれまで通うことが認められていた白人学校から追放した。日本政府の強硬な抗議に、時の米大統領セオドア・ルーズベルトは、サンフランシスコ市に閣僚を送り込み日本人学童問題の解決に尽力せざるを得なかった。日本脅威論を信じるルーズベルトは、日本が油断ならない相手だと認識していたのである。 日米両国政府は、日本人移民問題の根本的解決を目指して1907~08年に日米紳士協定を結び、お互いの国に向けての移民を相互に禁止した。もちろん、米国から日本への移民を望むものは皆無だったため、これは実質的には日本の面子を保つための自主規制であった。 ところが、既に米国在住の者の家族呼寄せは認めるなどの抜け穴があり、それを利用して米国在住の独身日本人男性と日本にいる女性が写真を交換して入籍する「写真花嫁」が大量に米国に向かうことになった。日本髪を結い和服に身を包んだ大量の日本人女性が日々西海岸の港に到着する光景は、排日に沸く西海岸の世論に火に油を注ぎ、外国人の土地所有を禁止する州法が制定されるなど排日運動はますます勢いを増していった。 ただ、第一次世界大戦が始まると、日英同盟によって日本が米国の友好国である英国の側に立って参戦したことで、一時的に排日運動は沈静化する。しかし、それは排日感情がなくなったことを意味したのではなく、第一次世界大戦が終結すると一気に噴き出すことになる。 ……続いて、第一次世界大戦期からの展開を見ていきたい。戦間期の米国で恐れられた「日中同盟」というシナリオ / 黄禍論というと、中国人を白人が嫌悪し脅威と見なす考え方や、日本人は中国人に間違えられたせいで巻き添えとして黄禍論の対象になってしまったという考え方も根強い。しかし、歴史を振り返ると、日本人がダイレクトに黄禍論のターゲットになっていたこともあったのである。今回はそれを見ていきたい。転機となった第一次世界大戦 1914年に第一次世界大戦が勃発すると、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が連帯して黄禍に立ち向かうべきと唱えた欧州列強が、お互いを敵として戦争を始めた。欧州が主戦場となったため、アジアをはじめとする植民地の防衛は手薄になり、日本はそれを奇貨として中国に対華21カ条要求を出すなど東アジアで急速に影響力を拡大させていった。 そのような動きに危機感を抱いた米国のメディアは、日本が中国を影響下に置いた上で、西洋に歯向かってくる危険性を指摘した。ボストンの有力紙『クリスチャン・サイエンス・モニター』は、日本は小さい島国であるが、中国の人口と資源を欲しいままにしたなら、危険な大国となると警告した。 このような黄禍論的発想は米国のウィルソン大統領にも共有されていた。米国の第一次世界大戦への参戦の可能性を話し合う閣議の中で、日中合同のような黄色人種の連合と将来戦うために白人国を強い状態に保っておく必要があるなら、「弱虫」と言われようが、対独参戦しないこともありうると発言したのである。ウィルソンが当時唱え、世界中の強国の支配に苦しむ人々を熱狂させた民族自決の考えも、主に東欧に向けられたもので、非白人に適用することは念頭に置かれていなかった。 植民地の防衛が手薄になっていたのは英領インドも同様であった。この頃、インド独立派の動きを同盟国である日本が厳しく取り締まらないことに英国政府はいら立ちを募らせていた。独立派の一人であるタラクナート・ダスは来日し、日本はアジア全体の盟主として立たなければならないと宣言した。 それに呼応する形で、上海のセントジョンズ大学の舫春宗は、日本が英国側に立って第一次世界大戦に参戦したのは間違いであったとするパンフレットを出版した。それによれば、日本は同じ人種である中国人と共にアジアのために共闘しなければならないというのである。日本人以外のアジア人からの日本をアジアの盟主として期待する発言の頻発に、米英のアジアの出先機関は、黄禍論が現実のものになるのではと危機感を募らせた。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/18
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ “国際学生の日”=ドイツ軍が学生のデモ行進を鎮圧し、教授2人と学生9人を殺害(1937年)事件が起因。☆ 血まみれメアリーの治世が終わり、妹の処女王がイギリスを世界の一等国へと押し上げ始める(1558年=エリザベス朝が始まる)。But!!! 史実は、エリザベスが14歳の折 保護者的立場のトマス・シーモアが寝間着姿で彼女の寝室に入り込んでいたと彼女の金庫役(cofferer)が訊問で明言。☆ 大分県別府市のとある不動産屋が、ワイドショーへの出演を目論み妻子と一緒に自家用車で海へとダイブ。自分だけが助かり、念願がかなった(1974年)。 &so アップルがiPodを発売(2001年)。日本の特産品・ウォークマンが忽ちのうちに売れなくなり、技術立国のプライドが崩壊する一因に。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月17日】「疫病の原因はアジア人」 コロナ禍で見られた思…= WEDGE REPORT 《日本人なら知っておきたい近現代史の焦点》 2022年10月28日 廣部 泉 (明治大学政治経済学部 教授) そのような日本に好意的な世論は、日本が勝利し始めると米ブリンマー大学のキーズビー教授の「ロシアは白人を守るために重要な役割を果たしている」という発言に代表されるように日本脅威論へと変化したのである。シカゴ大学のフレデリック・スタール教授は「日露戦争は東洋と西洋の戦争であり、ロシアの敗北は黄色人種の勃興と白人の没落を意味する」とまで言い切った。 日本政府は黄禍論の盛り上がりに無策だったわけではない。当初から日本政府は日露戦争が黄色人種対白人の争いと見られることを警戒し、清国とは中立を守り、また、日本は黄色人種の代表としてではなく文明国として戦っているとして、黄禍論を否定するため伊藤博文内閣で大臣を歴任し、ルーズベルトと面識もある金子堅太郎を米国に派遣するなど、広報外交を展開している。にもかかわらず、米国内では日中が共同して欧米列強に向かってくるという記事や発言が増えていった。 日清戦争のころ欧州で生まれた黄禍論は、大西洋を越えて米国に伝わり、日露戦争を経て定着していった。このような根深いアジア人に対する偏見の歴史を鑑みれば、大谷翔平選手の活躍にあらゆる人種のファンが熱狂していることは、非常に感慨深い。……黄禍論がその後どのように今日まで展開してきたのかを順を追ってみていきたい。「疫病の原因はアジア人」 コロナ禍で見られた思… / 米国の黄禍論は、既に白人社会に定着した欧州の黄禍論とは異なった形で発展した。欧州とは異なり、米国には太平洋を越えて早い時期から、外見も生活様式も大きく異なる大量のアジア系移民が押し寄せていた。 19世紀半ばからは中国から、中国からの移民が禁止されてからは日本からの移民が米西海岸に殺到した。出稼ぎ目的で遥々太平洋を越えて来た移民は、賃金が低いなどの条件が悪くても熱心に働いたため、白人労働者の労働条件を悪化させた。遠くにいるのとは違う、今ここにいて自分の仕事を奪い五感を刺激するその生身の接触が、アジア人に対する軽蔑と恐怖の念を植え付けた。 そのような移民との出会いが、概念中心の欧州の黄禍論とは異なる米国独自の黄禍論を形成していったのである。今回は、19世紀半ばの東アジアからの米国への移民の到来と、それによって引き起こされたアジア人差別の歴史、そしてそれが米国独自の黄禍論形成に与えて影響について見ていきたい。カリフォルニアで暴発した反中国人感情 1848年、カリフォルニアで金が発見されると世界中から一攫千金を求めて人々が押し寄せた(カリフォルニア・ゴールドラッシュ)。日本ではまだ厳しい鎖国政策が有効に機能していたため、日本人が金を求めて殺到するということはなかったが、中国からは多くの人々が遠く太平洋を横断して駆けつけた。 見慣れない大量のアジア人の出現に対してカリフォルニア州がとった対応は素早かった。早くも1854年には、白人の行為に対して中国人が法廷で証言することを禁じると州最高裁が判断している。これによれば白人の不法行為によって中国人が損害を被っても、ほかの白人の証言が得られなければ中国人は法の保護を受けることが出来ないということを意味した。 翌1855年には、米国への「帰化不能者」のカリフォルニア州への移民を認めないとする州法が成立した。当時の米帰化法では、帰化して米国人になれるのは「自由白人」だけとされていたため、実質的に中国人を狙い撃ちした法律であった。また、同じ年、サンフランシスコ市は、帰化不能者がカリフォルニアの港に接岸しようとしている船に乗っていた場合、50ドルの罰金を科すと定めた。 1858年には、さらなる「中国系もしくはモンゴル系」の移民のカリフォルニア州への流入を阻む州法が通過した。これらの法律や判決は、しばらく後に連邦憲法や州憲法に照らして違憲とされたり、取り消されたりしたが、すぐまた同様の法律が制定されるなど、いたちごっこの様相を呈していた。その執拗さに当時の中国人に対する排斥感情の強さが伝わってくる。 1860年には、当時同州最大の都市であったサンフランシスコで、中国人学童が白人の通う通常の公立学校に入学することが禁じられると共に、サンフランシスコ市立病院への中国人の入院が禁止された。 その2年後の1862年には、カリフォルニア州において中国人労働者との競争から白人労働者を守る州法が成立し、また、米や茶の生産といった中国人が行うと考えられていた一定の職種以外の職業についた中国人には、毎月2ドルの税金を課すとする法律が定められている。 1870年にはサンフランシスコで、中国人がよく用いていた野菜を売るための「天秤棒」の使用を禁止する条例が施行されると共に、市の公共事業で中国人を雇うことが禁止された。また、下宿屋において1人当たり500立法フィート(約14立方メートル)の広さを必要とするという条例も作られたが、これは当時数多く見られた中国人相手の密集した下宿屋をターゲットにしたものであった。「疫病の原因はアジア人」と決めつけ 中国人に対する差別的な雰囲気が盛り上がる中、ついに1871年、悲劇が起きる。 10月24日、ロサンゼルスのチャイナタウンで、中国人のグループ同士の争いの流れ弾で一人の白人が死亡する事件が起きた。中国人に白人が殺されたということで、500人以上の白人やヒスパニックが集まりチャイナタウンに襲い掛かった。当時のチャイナタウンの人口は200人に満たなかったが、19人の中国人が虐殺され、多数がけがを負った。米国独立革命時に英国兵に5人のボストン人が撃ち殺された事件は、ボストン虐殺として米国の歴史に刻まれているが、この事件は長らく知られてこなかった。 1876年にサンフランシスコ市内で天然痘が発生すると、市の公衆衛生当局は、確たる証拠もないまま、「原因は破廉恥で嘘つきな中国人」が市の中心部に住んでいて「公衆衛生法を無視している」のが原因と決めつけた。コロナ禍に見られるアジア系と疫病を安易に結びつける思考法は、何も近年発生したものではなく、この頃からすでに米社会に存在していたのである。中には、白人は天然痘にかかるが、中国人はかかりにくいなどと述べる公衆衛生官もいた。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/17
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 本日は知るや知らぬや“国際寛容デー” さもありなんと、御茶ノ水に日本最初の幼稚園が開園(1876年=東京女子師範学校附属幼稚園開園)。大学まで一貫してお嬢様として教育させるのが目的だったとか言われているが、真相は闇の中。 ☆ 全世界的ベストセラーであるカラシニコフがロールアウト(1947年)。当初はソビエト連邦など共産圏で使われていたが、今では発展途上国の田舎町でも手に入れられるほどに。 その1世紀前、世紀の文豪と認知されるドストエフスキーに対し死刑判決(1849年)。後に、シベリア流刑に減刑。 ☆ 任天堂から袖にされたソニーが対任天堂殲滅のための特殊部隊を設置(1993年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月16日】大谷翔平活躍の中、なぜアジア人差別が横行するのか= WEDGE REPORT 《日本人なら知っておきたい近現代史の焦点》 2022年10月28日 廣部 泉 (明治大学政治経済学部 教授) エンゼルスの大谷翔平選手の活躍に、米大リーグは沸いている。大リーグの歴史は人種差別の歴史とは無縁ではないが、彼の桁違いの活躍を、人種を超えて皆が絶賛している。ただ、球場の外ではそのような訳にはいかないようだ。コロナ禍において、米国全体で「アジアン・ヘイト」の嵐が吹き荒れている。アジア人というだけで、ただ信号待ちをしていたり、地下鉄構内を歩いているだけで、殴られたり蹴られたりするのである。散歩していただけなのに突き飛ばされて命を落とした人までいる。ただ、このようなアジア人差別はコロナ禍を原因として最近始まったことではない。 19世紀末の欧州で誕生した黄禍論という考えがある。欧州の人々から黄色人種と呼ばれた日本や中国といった東アジアの人々が、その数に任せて白人国に襲い掛かり、世界の覇権を握るのではないかという説である。注目すべきは、そのような考えが、欧州列強が無敵であった19世紀末に登場したことだ。そこには1冊の書物と2人の人物が大きな役割を果たしていた。後の米大統領も賞賛した「黄禍論」 1冊の書物とは、1893年に出版されたチャールズ・ピアソンの『国民の生活と性質』である。西洋文明が世界を席巻していた19世紀末に、西洋没落論を唱えて大評判となった書物だ。ピアソンは、英オックスフォード大学で学びロンドン大学キングスカレッジで現代史を講じた歴史家で、後に豪州に渡って文部大臣も務めた人物である。この書物の中でピアソンは、これまで白人によって虐げられてきた有色人種が、近い将来、欧州を追いやるようになると主張した。彼が特に危惧したのは、中国の人口の多さであった。豪州における中国人の急増が彼に危機感を抱かせていた。中国がその人口の多さを伴って軍事大国化して欧州にとって脅威となるというのである。 この書物は、英国だけでなく、米国でも多くの読者に大きな影響を与えた。後に史上最年少の42歳で大統領となる30代の野心家セオドア・ルーズベルトもその一人である(後の第二次世界大戦時に大統領を務めたフランクリン・ルーズベルトは親戚)。ルーズベルトは本書を読むと「今世紀末における最も傑出した書物の一冊」とする書評を書きあげると共に、多くの米国人の考え方を変えた書物であると称賛する書簡をピアソン本人にも送っている。ピアソンの著書の出版は日清戦争以前であり、日本脅威論はそこには記されていない。しかし、ルーズベルトは後にピアソンの黄禍論を日本に当てはめ、日本を警戒するようになる。ドイツ皇帝が描かせた「東から迫る仏陀」 相前後して欧州大陸からも黄色人種を警戒する論が沸き起こってくる。ドイツの皇帝ヴィルヘルム2世が黄色人種脅威論を唱え出したのである。従兄弟であるロシア皇帝ニコライ2世に対しては、黄色人種の侵入から欧州を守るのがロシアの役目であり、日清戦争で日本が獲得した中国の遼東半島を独仏露の圧力によって返還させた三国干渉において、ロシアがイニシアティブをとって黄色人種である日本人の拡大を抑えたことを称賛するなど、彼の黄禍論は、日清戦争で日本が最新兵器を使いこなして高度な戦闘ができることが示されたことを受けて、中国だけでなく日本も含めていたのである。 ヴィルヘルム2世は、自ら黄禍論をイメージするスケッチを作成し、それをお抱えの宮廷画家に仕上げさせている。「ヨーロッパの諸国民よ、汝らの神聖な財産を守れ」と題されたこの絵の右側には、竜にまたがり炎に包まれた仏陀らしき影が、禍々しく西に向かっている様が描かれている。絵の左側には、空に輝く十字架の下、大天使ミカエルに率いられた女神たちが欧州文明を守るために迎え撃たんと集合している。それらの女神はそれぞれ欧州列強の各国を表していた。 皇帝は早速、その絵の複製を作らせて、欧州の王侯貴族を中心とする関係者に送らせたため、黄禍論という考えは急速に欧州中に広まった。国際政治に直接影響を与えるドイツ皇帝という立場がその説に重みを与え、それ以降、黄禍論といえばヴィルヘルム2世が想起されるようになる。新聞を通じ欧州市民にも拡大 ヴィルヘルム2世の黄禍論とそれを表す絵画については、米国にも時を置かずに伝わっている。独帝の黄禍論はすぐに英国に伝わり、ロンドンの『タイムズ』紙が件の絵画について詳報すると、米国の各紙もそれを転載する形で報じたのである。また、当時ベルリンに特派員を置いていた数少ない米紙である『ニューヨーク・ヘラルド』は、件の絵入りで大きく報じ、それが『シカゴ・トリビューン』などの各地の主要紙にも掲載されて、全米に広まっていった。 同じ1895年半ば、ヴィルヘルム2世とは別のルートから黄禍論が広まっていた。ハンガリー出身の軍人イシュトヴァーン・トゥルが、黄色人種のもたらす脅威に警告を発したのである。イタリア統一やパナマ地峡の運河建設権獲得など各地で活躍したトゥルが、有力フランス紙の取材に対して、「黄禍」という言葉を用いて警告したのだ。トゥルの警告は、フランス語圏で浸透していったが、それがロンドンの『タイムズ』紙に取り上げられて、英語圏に一気に広まった。彼は、日本の急速な発展と、中国の計り知れない人口の多さを強調して、「黄禍」はこれまでにないほど「威嚇的」であると語っていた。 このインタビュー記事は欧州で直後に報じられた後、少し遅れて米国でも取り上げられている。『ニューヨーク・トリビューン』は、「日本の進歩と武勇は世界を驚かせている。仮に、全人類の3分の1を占める中国の一群が……[日本人]に西に向けて率いられたなら、欧州はどのようにして立ち向かえるだろう」とトゥルが懸念していると報じた。このようにピアソンの著書で触発され、ヴィルヘルム2世とトゥルによって広められた黄禍論は日清戦争直後には、大西洋経由で米国に持ち込まれたのであった。転機となった「白人国家」ロシアに対する日本の勝利 それが定着するのが日露戦争である。日清戦争は、日本が近代戦での実力を示したとはいえ、所詮、日本と中国という非白人国同士の戦いでしかなかった。ところが、日露戦争は、欧州列強の中でも強国とされているロシアが相手である。もともと日露開戦前夜から開戦当初にかけては、判官贔屓から米国の対日世論は好意的であった。例えば、ニューヨークのある人気雑誌は「ロシアの3分の1の人口しかない日本では、ロシアの3倍の子供が小学校に行っているし、代議制でもある」と日本を称賛していた。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/16
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 朝、空腹時の血糖値が126mg/dl 以上、また通常時が200mg/dl 以上、この両方を満す貴方は「糖尿病」。そして、今日は“世界糖尿病デー”。☆ 水戸黄門が隠居(1690年=幕府より隠居の許可がおり、養嗣子の綱條が水戸藩主に)。以後は日本全国を彼方此方旅しては悪代官どもを懲らしめる日々を過ごし、後年 演劇界のヒーローとして蘇る。☆ 突撃取材の女新聞記者/ネリー・ブライが、リアル八十日間世界一周へとニューヨークを出発、72日と6時間11分14秒とフィクションよりも早く到着した(1889年)。& カール・ラントシュタイナーがマスゴミや占い師のネタを考案、だが当初は安全な輸血と言う切実な問題を解決する手掛かりだった(1901年=ABO式血液型を発表)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月15日】【解説】 ヘルソン撤退の打撃、プーチン氏は逃れられない=BBCロシア編集長=BBC News_Column 2022/11/12 スティーヴ・ローゼンバーグ、BBCロシア編集長(モスクワ)同じ人たちが言うことが、これほど一変するとは。ロシアがウクライナに侵攻したその直後、ロシアのテレビではトーク番組の司会者たちが自信満々で、あと数日もすればロシア軍がウクライナの首都キーウ市内を行進するはずだと予想していた。9カ月近く前のことだ。同じ司会者たちは今週、ウクライナ南西部の州都ヘルソンから撤退するという「困難な決定」をロシア軍がするに至ったと、硬い表情で説明した。ヘルソンは2月24日の侵攻開始からロシア軍が制圧し占領できた、唯一の州都だった。ウラジーミル・プーチン大統領がヘルソン州をはじめ4州を併合すると主張し、この地域は「永遠にロシア」だと宣言したのは、わずか6週間前のことだ。国営テレビ「テレビ1」の冠番組「ソロヴィヨフとの夕べ」で司会者のウラジーミル・ソロヴィヨフ氏は、「3月にはキエフに我々の旗がはためいていると思った、そうなってもらいたかった」、「我が軍がキエフやチェルニゴウから押し返されたのはつらかった。しかし、戦争の法とはこうしたもの……我々はNATO(北大西洋条約機構)と戦っているのだ」と述べた(訳注:キエフはキーウのロシア語読み。チェルニゴウはチェルニヒウのロシア語読み)。これこそまさに、ロシア政府の言い分だ。これは西側のせいなのだと。ロシア国営テレビの主張によると、ロシアはウクライナで、アメリカ、イギリス、欧州連合(EU)、そしてNATOの連合勢力と対決しているのだ。つまり、戦場での失策はロシア政府のせいではなく、外部の敵のせいだということになる。政府と国営テレビのメッセージはほかにもある。つまり、ウクライナでいろいろ問題が続いているからといって、ロシア軍やロシアの大統領を非難するな、と。非難する代わりに国民としての義務を遂行しろ、ロシアの旗のもとに結集しろ――と言っているわけだ。少なくとも今のところ、ロシアで影響力を持つ著名人は、このアドバイスに従っているようだ。ロシア・チェチェン共和国の指導者ラムザン・カディロフ氏と、雇い兵組織「ワグネル」創設者のイェフゲニー・プリゴジン氏は、ロシア軍指導部をこれまで声高に批判してきた。しかし両氏ともヘルソン撤退については、撤退を進言したロシア軍のウクライナ総司令官、セルゲイ・スロヴィキン将軍の判断をたたえている。しかし、ロシアの主戦派ブロガーたちはそうはいかない。彼らは撤退について、怒りの投稿をせっせと書き続けている。「ロシアの希望が殺された。絶対に忘れない。この裏切りは何世紀も、自分の心臓に刻まれる」(「ザスタフニ」)「プーチンとロシアにとって、とてつもない地政学上の敗北だ(中略)国防省はとっくの昔に社会の信頼を失っているが(中略)大統領への信頼もこれで失われる」(「ズロイ・ジュルナリスト」)そうならないよう、ロシア政府は一生懸命だ。ここロシアでは大勢が、ヘルソン撤退を軍にとっての痛手、そしてロシアの威信への打撃とみなすだろう。それを政府は承知している。それだけに、軍の撤退とプーチン大統領とは無縁だと、政府はそう見せようとしている。11月9日に、ロシア軍がヘルソン州の一部から後退すると発表したのは、将軍たちだった。ロシアのテレビは、スロヴィキン将軍と協議後にセルゲイ・ショイグ国防相が撤退を命令する様子を映した。全軍の最高司令官、プーチン大統領の姿は、その場にはなかった。「国防相の決定だ。私には何も言うことはない」。プーチン大統領の報道官、ドミトリー・ペスコフ氏は11日、記者団にこう話した。クレムリン(ロシア大統領府)は、これは軍の決めたことだと言っているわけだ。少なくとも、そういうことにしようとしている。しかし、ウクライナ侵攻を命令したのは、プーチン大統領だ。彼が「特別軍事作戦」と呼ぶものは、プーチン氏の発案だ。その当人がいくらこの戦争の一部から距離を置こうとしても、簡単なことではない。ヘルソン撤退の前から、この戦争はプーチン氏にとって危険要素をはらんでいた。この9カ月間の出来事は、ロシア国内での大統領に対する認識を変える危険がある。ロシア国民の受け止め方というよりも、大事なのはプーチン氏の周りにいて権力を握る、ロシアのエリートの見方だ。ロシアのエリート層はもう何年もプーチン氏のことを、一流の戦略家だとみなしてきた。何があっても必ず勝つ人だと。自分たちが属する体制は、プーチン氏を中心として作られたもので、彼こそがこのシステムの要なのだと、ロシアのエリートたちはずっと考えてきた。ウクライナ兵がヘルソン市中心部に入った時の映像、BBCが確認 https://youtu.be/Q0xrxKgeU6s 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/15
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 朝、空腹時の血糖値が126mg/dl 以上、また通常時が200mg/dl 以上、この両方を満す貴方は「糖尿病」。そして、今日は“世界糖尿病デー”。☆ 水戸黄門が隠居(1690年=幕府より隠居の許可がおり、養嗣子の綱條が水戸藩主に)。以後は日本全国を彼方此方旅しては悪代官どもを懲らしめる日々を過ごし、後年 演劇界のヒーローとして蘇る。☆ 突撃取材の女新聞記者/ネリー・ブライが、リアル八十日間世界一周へとニューヨークを出発、72日と6時間11分14秒とフィクションよりも早く到着した(1889年)。& カール・ラントシュタイナーがマスゴミや占い師のネタを考案、だが当初は安全な輸血と言う切実な問題を解決する手掛かりだった(1901年=ABO式血液型を発表)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月14日】日露戦争に並ぶ屈辱...ロシア国営TV、 へルソン撤退に「歴史的敗戦」引用し悲壮ムード = NewsWeek_Column_2022年11月12日(土) ブレンダン・コールウラジーミル・ソロビヨフは、ロシア政府のプロパガンダ拡散役を担っていることで知られる国営テレビの司会者だ。しかしこのたび、ロシア軍がウクライナ南部のヘルソンから撤退することが決まったと報じた際は、いつもとは打って変わって沈痛な面持ち。ロシア軍の「歴史的敗北」にまで言及する意気消沈ぶりだった。国営テレビ「ロシア1」で放送された番組「イブニング・ウィズ・ウラジーミル・ソロビヨフ」の司会者であるソロビヨフは、11月9日の番組冒頭で、本来ならばアメリカの中間選挙について番組内で議論する予定だったが、ロシア軍によるヘルソン撤退という、より重大な事態が発生したと深刻な面持ちで説明。その後、ロシア軍の部隊をドニプロ川西岸帯域から撤退させると発表したセルゲイ・ショイグ国防相の映像を紹介した。ショイグはヘルソン撤退について、ウクライナ軍事侵攻の指揮を執っているセルゲイ・スロビキン総司令官の提言を受けて決断を下したと説明し、撤退の理由については「兵士たちの命とロシア軍の戦闘能力を守るため」だと述べた。「我々は日露戦争に負けた」ソロビヨフは、これは「きわめて勇敢な人物」にしか下すことのできない「非常に困難な決断」だと述べ、ロシアが過去に携わった戦争に言及した。「我々は日露戦争に負けた」と、彼は1905年にロシア帝国が直面した屈辱の敗北を挙げると、「第一次世界大戦にも負けた。大戦のさなかでも革命が起きて、1914年から1918年まで続いた長い戦争に、我々は負けた」と続けた。この発言の後、パネリストたちによる活発な議論が始まったが、ソロビヨフはそのやり取りを遮って「我々はフィンランドでも敗北しなかったか?」と述べた。これは1939年にソ連軍がフィンランドに侵攻したものの敗北した「冬戦争」のことだ。そしてソロビヨフは「我々は今、NATOと戦争をしている」と述べ、さらにこう続けた。「NATOがこれほどの規模で我々に立ち向かってくるというのは、明らかに予想外だった」ソロビヨフは、戦争においては「感情に流されない」ことが重要であると同時に、戦争がいかに「痛みや恐怖を伴うものか」を考えれば「軍の決断を尊重すること」も重要だと主張。「だが戦争には独自の法則がある。我々は兵器を製造している世界経済の50%(を占める国々)を相手にしている」と述べた。だがソロビヨフは、ロシア軍の決定は賢明だと擁護し、ウラジーミル・プーチン大統領や軍幹部を直接批判することはなかった。「戦争における勝利は、一つの軍が破壊された時に達成される。我々の軍が破壊されないようにすることが、きわめて重要だ」と彼は主張した。ある有識者が議論の中で、ロシアがヘルソンから撤退することについては、何日も前から憶測があったと指摘すると、ソロビヨフはそれに対して、11月8日以前に撤退していれば、米中間選挙で民主党にとって有利な材料となり、「ジョー・バイデン米大統領を助けることになった」と主張。「だからこそ政府は、アメリカの選挙に影響を及ぼすことがないように、(米中間選挙の投票日である)8日よりも後の9日に発表を行ったのだ」と語った。番組に出演したパネリストたちは、この時ばかりは得意げに、ロシア政府にはアメリカの選挙プロセスに影響を及ぼす力があるのだと語り合った。アメリカの野党・共和党の間には、ウクライナへの軍事支援のコストを懸念する声があるため、プーチンとしては中間選挙で共和党が躍進することを願っていたのだろう。ウクライナ軍、ロシア軍撤退のヘルソン市に入る プーチン氏に打撃= CNN_World News / Opinion 2022.11.12ウクライナ・キーウ(CNN) ウクライナ南部ヘルソン市を占領していたロシア軍が東へ撤退するなか、ウクライナ軍は11日、ヘルソン市に入った。ウクライナにとって大きな勝利となる一方、ロシアのプーチン大統領にとっては侵攻開始以降で最大規模の後退となる。ヘルソン市中心部の広場には、数カ月に及ぶロシア軍の支配を生き延びた市民が高揚感を漂わせながら集まり、新たに到着したウクライナ兵と抱擁を交わしたり、兵士と自撮りしたり、ウクライナ国旗を振ったりした。ロシアはこの数時間前、ヘルソン州を流れるドニプロ川西岸からの撤退を発表。州都ヘルソン市や周辺地域をウクライナに明け渡していた。撤退はウクライナでのプーチン氏の戦争努力にとって大きな打撃となる。2月の侵攻開始以降、ロシア軍が掌握したウクライナの州都はヘルソン市のみ。ドニプロ川東岸への撤退により、ロシアは開戦当初から占領し、プーチン氏が5週間前に併合を宣言したばかりの土地の大部分を明け渡す結果となった。ヘルソン州議会の議員は「ヘルソン市にウクライナ国旗が掲揚されている。今後、市内のすべての建物にウクライナ国旗が掲げられるだろう。我々は占領当初からこれを夢見ていた」と述べた。ウクライナのゼレンスキー大統領は11日夕、喜びに沸くヘルソン市を捉えた夜の動画を投稿。ウクライナにとって「歴史的な日」になったと形容した。演説の時点ではウクライナ軍は市の郊外にいて、間もなく市内に入るところだが、特殊部隊は既に市内にいるという。ドニプロ川西岸に残るロシア兵に対しては投降を呼び掛けた。ロシア軍撤退を祝うヘルソン市、危険は去っていないと https://youtu.be/MXeUFAf5qdk 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/14
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ アメリカに於いて、白人の隣に黒人が座ったところで何ら文句を言われないことが認められる(1956年=モンゴメリー・バス・ボイコット事件: アメリカ連邦最高裁判所がアラバマ州モンゴメリーの人種隔離政策に対して違憲判決)。☆ サトウハチローが他界(1973年)。これにより、秋の発見者は永遠に謎のままに。 されど、沖縄本島の与那覇岳で新種の鳥が発見(1981年)され、永久の自然児・ハチローが口癖“ナンデモクイナ”に敬意して「ヤンバルクイナ」と命名される。☆ 宮沢りえの児童ポルノが発売(1991年)、これが大ベストセラーとなったことを切っ掛けとして規制論議が盛んになるという皮肉なことに。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月13日】文革で学習能力が欠如する習近平ら「一強」体制が、うかうかできない理由とは? = NewsWeek_Column_2022年11月9日(水) 練乙錚(リアン・イーゼン、経済学者、香港出身のコラムニスト)文革で失われた学習能力習自身を含め、今の最高指導部(政治局常務委員会)を構成する7人には重大な欠陥がある。政策の立案と執行に関して、誰にもまともな実績がないのだ。なぜか。問題の根は深い。7人中で最年長の習は1953年生まれで、最年少の丁薛祥(ティン・シュエシアン)は1962年生まれ。つまり全員が、あの文化大革命の時代に学齢期を迎えていた。中国の初等教育にダメージを与えたのは、文化大革命の時代に重なり合って発生した4つの出来事だった。小中学生も巻き込んだ紅衛兵運動、2年間の学校閉鎖(再開後も授業とは名ばかりの毛沢東式カリキュラムが採用された)、教員や知識人を徹底して攻撃した「階級隊列の整頓」キャンペーン(過激化・非人間化した生徒から辱めや拷問を受け、多くの死者や自殺者を出した)、そして都会の暮らしで堕落した一部の紅衛兵を農村に追いやり、重労働に従事させた知識青年の下放運動である。新しい指導部を構成する政治局常務委員7人の全員が、こうした異様な運動に巻き込まれ、その一部または全部に関与していた。1970年代の後半には、こうした世代の多くが(ほとんど読み書きもできないのに)「工農兵学員」として高等教育機関に入学できた。しかし、失われた学習能力はほとんど回復されなかった。新しい政治局常務委員7人のうち、4人(習近平、蔡奇〔ツァイ・チー〕、趙楽際〔チャオ・ローチー〕、王滬寧〔ワン・フーニン〕)はそうした工農兵学員だった。習が演説の原稿を読み上げるとき、よく単語の発音を間違えるのはそのせいだ。中国人なら、みんな承知している。読み書きの能力だけでなく、人格形成にも影響があった。この世代は思春期を政治に翻弄された。まともな教育を受けて社会へ出る準備をすべき時期に、「文化大革命」の名の下で残酷さとずる賢さ、道徳的規範の完全無視をたたき込まれた。だが現在の常務委員の7人は知識や能力の不足を、意志の強さと目的のためなら手段を選ばぬブルドーザー精神で十分に補ってきた。その最たる例が蔡奇だ。この人物は北京市の党委書記を務めていたとき、出稼ぎ労働者らを強引に排除する「清理低端人口事件」を引き起こした張本人だ。2017年11月、貧しい出稼ぎ労働者(役所言葉では「低端人口」と呼ばれる)が暮らす北京のスラム街で悲惨な火事が発生したときのこと。首都にそんなスラム街があること自体が大きな問題とされた。しかし蔡は、わずか40日で問題を一気に解決した。補償も引っ越し先の手配もせずにスラム街の電気や水道を止め、わずかな所持品を冷たい路上に投げ捨てて、住民を強制的に立ち退かせたのだ。人民に「奉仕」するはずの中国共産党の幹部が、どうしてこのような暴挙を命じたのだろう。後に、この措置については蔡が会議で以下のような厳しい指示を出していたことが分かった。「最前線では本物の武器を使え、銃剣で血を流せ、武力を使え......あんな火災が二度と起きたら、おまえたち全員のクビが飛ぶぞ」ひどく乱暴な話だが、驚いてはいけない。習近平は人民大会堂のひな壇で、前国家主席の胡錦濤に恥をかかせ、力ずくで退席させた。そんなことが許されるなら、蔡奇のしたことも許容範囲だ。台湾侵攻を阻む勢力習が10年前から使っているお気に入りのスローガンがある。「実幹興邦、空談誤国(地道な仕事が国を興し、空論は国を誤らせる)」だ。元は鄧小平が経済改革・開放の標語として使ったものだが、習はこれをねじ曲げ、「問答無用」の意味で使っている。この強引な手法を、習近平は国外でも貫くつもりだろうか? 台湾の民主的政権も力ずくで追い落とそうとするだろうか? むろん、彼にためらいはない。党大会の政治報告でもそう言っている。だが国内で政敵との壮絶な戦いを始めてしまった今、台湾攻めに乗り出せば内側から足を引っ張られる恐れがある。なにしろ共青団派や江沢民派にとって習近平を「台湾解放」の英雄に仕立ててしまうのは自らの墓穴を掘ることに等しい。ただし、他国との外交関係は別だ。強引な「戦狼外交」を邪魔する者はいない。党大会の開催中にもイギリスで、ひどい事件が起きている。マンチェスターの中国総領事館職員が、香港の民主化を求める抗議デモ参加者の髪を引っ張って領事館の敷地内に連れ込み、まるで紅衛兵のようなやり方で殴打したのだ。その一方、習と同じ1953年に生まれ、習と全く同じように文革の時代を生き抜き、「戦狼外交官」の代表と呼ばれる外相の王毅(ワン・イー)は、このたび晴れて政治局入りを果たした。つまり、マンチェスターで起きた醜悪な外交ドラマと北京での熾烈な政治ドラマは一本の糸で結ばれている。だから世界は覚悟すべきだ。この先も、中国では何が起きてもおかしくないと。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/13
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ ヒュー・グレイがネッシーの写真を初めて撮影(1933年)。 & 仁義を弁えなかった林長次郎が、山口組からカチコミされて商売道具に損害を被る(1937年)。そう言えば、「山菱」は美空サエズリを愛顧し ナイスガイ・児林旭を脅して結婚させている(1962年)。☆ 時計台のてっぺんに落雷したことによって、デロリアンを改造したタイムマシンで過去へと飛ばされたDQNが現在に戻れることに(1955年=バック・トゥ・ザ・フューチャー)。☆ 全国の灯台が人工無能による管理となり、喜びも悲しみも幾歳月が本当に完結(2006年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月12日】文革で学習能力が欠如する習近平ら「一強」体制が、うかうかできない理由とは? =前節== NewsWeek_Column_2022年11月9日(水) 練乙錚(リアン・イーゼン、経済学者、香港出身のコラムニスト)中国共産党の全国大会が終わった翌日(10月23日)、第20期中央委員会の第1回全体会議(一中全会)が開かれた。むろん、結果は予想どおり習近平(シー・チンピン)の大勝利。新たに選出された205人の中央委員によって任期5年、3期目の党総書記に推挙され、指導部(党中央)も側近で固めた。24人の政治局員からは反対派を一掃した。現首相の李克強(リー・コーチアン)を筆頭とする中国共産主義青年団(共青団)の出身者と、そのシンパと目される人物は排除された。異分子の一掃という意味では、その前日にも象徴的な政治ドラマが演じられた。党大会の閉幕式典の途中で、前国家主席の胡錦濤(フー・チンタオ)が無理やり退場させられた。人民大会堂に集まった2300人超の党員と世界各国の報道陣の眼前で、習は自らの前任者で、共青団派の頭目でもある胡に恥をかかせたのである。これで終わりではない。習近平はこの先の数カ月で、議会に相当する全国人民代表大会(全人代)の常務委員会も側近で固め、国家主席としても3期目に入り、自分に代わって国政の泥をかぶる首相も指名することになる。ただし、それでもまだ「習が全権を握った」と言い切るのは時期尚早だ。なぜか。宿敵の共青団派はまだたくさんいて、おとなしく敗北を認めるとは思えないからだ。共青団は14~28歳の若者を対象とする党内の巨大なエリート養成機関だ。約8000万人が所属しており、ここで優秀な成績を上げれば党員として出世街道を歩める。その対極には、「太子党」と呼ばれる革命第1世代の党指導者たちの子弟がいる。太子たちは共青団を経由しなくても入党できる。彼らから見ると、共青団の人間は傑出した革命家の血筋を引かない「平民」であり、だからこそ若いうちに徹底的な洗脳教育を受ける必要がある。結果、太子党と共青団派は互いをさげすむ間柄となった。貴族のような立場の太子党は相手を執事のように扱い、共青団派は太子党を甘やかされた無能なパラサイトと見なす。そんな関係が、派閥間の対立を醸成することになった。中国政治の3勢力とは共青団派は今度の党大会で「党と国家の指導者(党和国家領導人)」と呼ばれる指導部から締め出された。とはいえ、70人ほどで占める最高幹部の役職(100前後)を除けば、無数にある党や官庁の要職を埋めるのは、結局のところ共青団系の人間になる。習は彼らの復権を阻止したいだろうが、そうすると国家機関のシステムが回らなくなる。一方で、元総書記の江沢民(チアン・ツォーミン)に連なる一派もまだ消滅してはいない。この国に13年も君臨した江は、毛沢東を除けば誰よりも(現時点では習近平よりも)長く総書記として党トップの座にあった。そしてトウ(登∔阝)小平が始めた改革・開放路線を忠実に引き継いでいた。そんな江沢民派の人材は党や政府、市場(といっても実態は縁故資本主義だが)にたくさん残っている。習のいわゆる「反腐敗闘争」で党や政府の要職からは排除されたが、国有企業を除く経済界では今も幅を利かしている。つまり、中国では四半世紀前から、異質な3つの政治勢力が共存している。政権の中枢を占める時の権力者と、それ以外の機関の多くを牛耳る共青団派、そして国有企業以外の経済部門で影響力を持つ江沢民派だ。中国は一党独裁の国家だが、今までは指導部内にもこの3つの勢力が混在し、一定のバランスを保ってきた。互いに牽制し合うから、党内対立も抑制されてきた。ところが習はひたすら自派の勢力拡大を追求し、指導部内で権力を集中させ、この微妙なバランスを崩してしまった。西側諸国は、毛沢東なみの独裁者になろうとする習近平を警戒している。だが欧米諸国の大統領や首相も、自身の政権からは徹底して政敵を排除している。つまり権力の独占自体が悪いのではない。逆説的に聞こえるかもしれないが、一党独裁の国家でこそ、支配政党内部での派閥争いが政権の不安定要因となる。今の中国では、習近平派で固めた党中央と、締め出された共青団派や江沢民派の熾烈な争いが始まっている。第20回党大会で習が「全勝」したからといって、党内の権力闘争が沈静化するとみるのは間違いだ。今回の人事で敵と味方がはっきり見えた。だから、これからが本格的な戦いになる。果たして習は勝てるだろうか。習自身を含め、今の最高指導部(政治局常務委員会)を構成する7人には重大な欠陥がある。政策の立案と執行に関して、誰にもまともな実績がないのだ。なぜか。問題の根は深い。7人中で最年長の習は1953年生まれで、最年少の丁薛祥(ティン・シュエシアン)は1962年生まれ。つまり全員が、あの文化大革命の時代に学齢期を迎えていた。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/12
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ ぼっちがバーゲンセールで日頃の鬱憤を晴らすいい買い物の日。& 聖マルティヌスの日/リメンブランス・デー(戦没者追悼記念日、復員軍人の日)にして 介護の日。更には…☆ ポッキー・プリッツは元よりもやし・たくあん・麺、果てはきりたんぽや豚まん等色んな食べ物を記念する日。やっぱ食欲の秋だねぇ。☆ アメリカでは何かに感謝する日だが、2,738名の生贄を差し出して平和の女神が降臨した(1918年=第一次世界大戦が終結=)日でもあるからイギリスやカナダ・オーストラリアではお墓にポピーを供える日だったりする。しかしながら リビアでエコ革命が起こり、カダフィー大佐がリビアを緑一色で埋め尽くす(1977年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月11日】世界の港を次々と支配する中国...国有「海運」企業が遂に「正体」を露わにし始めた=終節== NewsWeek_Column_2022年11月3日 ディディ・キルステン・タトロブ(本誌米国版・国際問題担当シニアリポーター)コスコ・グループは16年に、ギリシャ最大の港ピレウスの運営会社の株式の51%を取得した。以来、ピレウス港は商業的に目覚ましい成功を収めている。中国の利権をめぐる懸念は誇張されがちで、中国の企業が国外で港湾や物流施設を手に入れたいと思うのは普通のことだという反論もある。しかし、経済、政治、軍事が融合した中国のシステムを考えれば、港湾でのプレゼンスはスパイ活動のリスクを伴うと、オーストラリア陸軍のある元情報将校は指摘する。ハンブルクから西に約130キロの海軍の町ウィルヘルムスハーフェンでは20年に、国有企業の中国物流(チャイナ・ロジスティクス)が新しいコンテナ埠頭「ヤーデ・ウェザー・ポート」の99年間のリース契約を締結。中国から船や物資が来るようになった。「スパイ活動を妨げるものはない」埠頭から堤防に囲まれた低地を5キロほど南下すると、ヘッペンザー・グローデン海軍基地がある。ここはドイツ海軍最大の要衝で、艦船の建造と修理が行われ、潜水艦が立ち寄り、NATO同盟国との緊密な通信や合同演習の拠点にもなる。今年2月、ドイツ海軍のフリゲート艦バイエルンが7カ月の航海を終えて同基地に帰還した。ドイツ艦船の西太平洋派遣は20年ぶりで、オーストラリアや日本に寄港し、共同訓練などに参加した。台湾を中心に地域の緊張が高まるなか、中国に対するメッセージでもあった。バイエルンは帰還時にヤーデ・ウェザー・ポートのすぐそばを航行した。先の元情報将校によると、通過する際に戦略的な軍事資産の信号を遮断するように助言されたはずだ。「ウィルヘルムスハーフェンでは、商業港から海軍基地に向けたスパイ活動を妨げるものはない」と、米シンクタンク、ヘリテージ財団元シニアリサーチフェローのディーン・チェンは指摘する。チェンによると、アメリカは例えば、軍事拠点の近くから中国の華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)の携帯電話基地局を撤去する方針だ。中国企業と港湾ハブのリース契約を結んでいるドイツの2つの州政府は「一帯一路」の一環として1億ドルの投資のプロジェクトを売り込んできた。ウィルヘルムスハーフェンがあるニーダーザクセン州に契約の詳細を尋ねたが、返答はなかった。ヤーデ・ウェザー・ポートは機密保持を理由に詳細を明らかにしなかった。ドイツ国防省はメールで、一般に個々の軍事安全保障上の問題にコメントはしないが、「われわれは事態を常に注視しており、必要に応じて調整も行っていると考えてもらって構わない」と述べている。中国はデジタル分野にも進出している。中国交通運輸省が提供する交通・運輸・物流の公共情報プラットフォーム「LOGINK」は、グローバルな物流を管理する貨物データの総合ネットワークで、少なくとも20の港と多くの企業が参加している。米中経済安全保障検討委員会は最近の報告書で、LOGINKの膨大なデータ収集能力に対し、安全保障上の懸念を示している。また、コスコ・グループは中国の電子商取引大手アリババと提携して、ブロックチェーン技術など高度な世界貿易決済システムを開発している。これは長期的な戦略ゲームの一部だと、キール世界経済研究所のラングハマーは言う。中国としては、ウクライナ侵攻後にロシアが科されたような経済制裁から自分たちを守るために、国際社会で強固な地位を築きたい。中国は長年、台湾を侵略すると脅し続けている。一方で、中国も貿易を武器にしてきた。日本や台湾、リトアニア、ノルウェーなどは、中国の非公式な貿易ボイコットで報復された経験がある。最近もオーストラリアが新型コロナウイルスの起源について独立機関の調査を要求すると、ワインや大麦など多くの対中輸出が差し止められた。チェンは次のように語る。「『あなたの国に投資したい』という礼儀正しさも見せるが、『あなたの国に多額の投資をしているのだから、私たちが撤退したり、あなたを傷つけたりしてほしくないだろう?』という強硬さも併せ持つ」習近平が「一帯一路」をまったく口にしなくなった= NewsWeek_Column_2022年9月14日 アンドレア・ブリンザ(ルーマニア・アジア太平洋研究所副代表)中国の習近平(シー・チンピン)国家主席が、海と陸に現代版シルクロードを整備して巨大経済圏を構築する構想「一帯一路(BRI)」を発表したのは2014年のことだった。当初はシルクロードという歴史ロマン的な響きも相まって、世界の多くの国が魅了された。ところが、それから10年近くたった今、一帯一路という言葉を中国の指導者たちの口から聞く機会は著しく減った。中国が中心となって世界の発展を図るというアイデア自体が消えたわけではない。ただ、グローバル発展イニシアティブ(GDI)という新しい看板が前面に押し出されるようになったのだ。一帯一路は中国の外交になされた最強のブランディングであり、習のリーダーシップと強力に結び付けられてきた。それなのに最近は、習でさえも一帯一路という言葉を単独で使うことはほとんどない。今年に入り英訳が公表されたスピーチではゼロだ。 ・・・・以下、割愛 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/11
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ オスマン帝国のスムラト2世軍がキリスト教国連合軍を敗退させたヴァルナの戦い(1444年)。10年後、コンスタンティノープルが陥落して東ローマ帝国は滅亡と欧州の地政図を塗り替える。☆ 祝え!元気に!ほがらかに!と紀元2600年の大祝典が4日間の日程で開催(1940年=皇居外苑で紀元二千六百年式典開催)、5日後には祝い終わった さぁ働こうと国民全員が強制的に日常へと戻された。☆ 全国の右翼にとっての大イベント・日教組の教研集会が初めて開催される(1951年)。 スローガン「教え子を再び戦場に送るな、青年よ再び銃を取るな」と気勢をあげる。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月10日】世界の港を次々と支配する中国... 国有「海運」企業が遂に「正体」を露わにし始めた=中節== NewsWeek_Column_2022年11月3日 ディディ・キルステン・タトロブ(本誌米国版・国際問題担当シニアリポーター)ヨーロッパには中国企業の出資を受ける港が、ギリシャのピレウスからポーランドのグディニャまでネックレスのように連なる。ここにハンブルクが加われば、コスコ・グループは経済大国ドイツの商業の大動脈への影響力を強めるだろう。「コンテナ埠頭を押さえるのは戦略的側面が強い」と、ハンブルク大学ビジネススクールのヤン・ニンネマン教授は指摘する。コスコ・グループは船舶の出入りや荷積み・荷降ろしに関して発言権を持つことになると、ニンネマンは言う。情報流出や人権侵害の懸念も情報への影響を指摘するアナリストもいる。デジタル化が進むサプライチェーンにおいて、港湾や物流の運営者は企業、輸送、個人の情報を大量に扱う。中国の運営企業はサプライチェーンを管理するために中国製の通信技術を採用し、地方の行政機関にアクセスするかもしれない。中国企業が港を買収するのは異なる種類の力が合流する「戦略拠点」を築くためだと、米海軍大学のカードンは言う。コスコ・グループの子会社である中遠海運港口(コスコ・シッピング・ポーツ)とハンブルク港を管理するハンブルガー・ハーフェン・ウント・ロギスティクAG(HHLA)の間で、出資をめぐる合意ができたのは昨年の秋だった。HHLAがそれまで海運業者によるコンテナ埠頭の所有を拒否していたことを考えれば、大きな方針転換だ。「ハンブルクはヨーロッパの物流の中枢で、大いに発展が見込める」とコスコ・シッピング・ポーツの張達宇(チャン・ターユィ)会長は言い、同市への経済効果を約束した。明るい話だけではない。昨年9月、ドイツ製ヘリコプターを積んだリブラ号がハンブルクから上海に向けて出港した。中国語の報道によればヘリは「パトロール」に使用でき、浙江省麗江市で実際にそうした使い方をされている。中国の公安部は大規模な監視活動を行っていると、人権擁護団体は警鐘を鳴らす。ドイツのロベルト・ハベック経済・気候保護相は、中国資本の受け入れに反対を表明。ドイツでは港が重要インフラと定義されており、EUは中国を「体制的ライバル」と呼んで警戒したこともある。信頼できる筋によれば、EUの幹部も戦略的懸念から反対だという。「トレローの埠頭はハンブルク港の一角にすぎない」と、ハベックは9月に述べた。「しかし中国は、戦略拠点を確立してヨーロッパとドイツの通商政策を動かそうとしている。そんなことを許すべきではない」一方、市の海運界と実業界は受け入れに賛成で、政府筋によればオーラフ・ショルツ首相府と財務省も商業にプラスになると前向きに捉えている。実業界の関係者によればコスコ・グループは、嫌ならポーランドに話を持っていくと政府に脅しをかけたという。アメリカ大陸にまで達した「一帯一路」だが世界3位の輸出大国ドイツも、拡大し続ける中国の港湾ネットワークの中では一つの点にすぎない。カードンらによる研究によれば、ネットワーク拡大の半分以上は習近平(シー・チンピン)国家主席による「一帯一路」構想の一環として、過去10年間に実現した。ヨーロッパ、アジア、アフリカと中国を海運、鉄道、デジタル通信網でつなぐ「一帯一路」は、今やアメリカ大陸まで延びている。18年12月、パナマを訪れた習はマウスをクリックして装置を起動し、太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河の水門を開けてコスコ・グループのローズ号を通した。パナマには、中国企業が権益を持つ港が3つある。習はローズ号の船長に無線で「わが国の海運業を促進し、世界貿易を繁栄させてほしい」と話しかけ、激励した。コスコ・グループによれば、パナマ運河を通過する同社の船舶は年間300隻に上るという。ほかにもコスコ・グループは19年、ペルーのチャンカイ港の埠頭を運営する会社に60%の出資を行った。チャンカイ港は首都リマのカヤオ港の広大な流通センターに隣接している。アメリカでは5つの港の運営に関わっているが、中国の国有企業が重要インフラを所有あるいは運営することへの懸念から、これ以上の拡大はないとカードンは予想する。18年にコスコ・グループが香港の海運会社、東方海外国際(オリエント・オーバーシーズ・インターナショナル)を買収した際、米国土安全保障省と司法省は安全保障に関する協定に基づき、東方海外国際が米西海岸のロングビーチで所有していたコンテナ埠頭を売却させた。大西洋の東側では、さらに活発な動きが見られる。中国企業はアフリカの30カ国で61の港湾施設に出資している。地域の沿岸や島嶼部で、中国が所有権を持つ港湾インフラがない国はわずか8カ国。モロッコ、エジプト、サウジアラビア、イラク、アラブ首長国連邦、オマーン、そしてアメリカの同盟国であるイスラエルにも中国の港湾利権が点在する。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/10
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 国政選挙が公示される度に立候・落選を繰り返す某氏を慰労する為の“発明家の日”。&so、ラジーミル・レーニンに恐れを為したドイツ社会民主党(ナチス)が、皇帝ヴィルヘルム2世の夜逃げに乗じてブルジョア民主主義の共和国を宣言したり(1918年)、間抜けな小役人の失言(!?)で国外追放予定になる筈だった市民がベルリンの壁をぶち壊して(1989年)1年も経たずにドイツの東が西に呑み込まれたり、ドイツが必ずこの日に重大な事態に直面し続け、20世紀に定着した=ドイツの厄日=であり以下はオマケ・・・・・。☆ 今の政府のあまりの無能ぶりに乗じて、コルシカの山師が鉄砲と大砲で権力の掌握に成功する(1799年=ナポレオンが軍事クーデターを起こし総裁政府を倒し、フランス革命が終焉)。☆ 余りの政治の混乱ぶりに徳川慶喜が匙を投げて、天皇陛下に全てを押っ付ける(1867年=二条城で大政奉還を宣言) 。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月09日】世界の港を次々と支配する中国... 国有「海運」企業が遂に「正体」を露わにし始めた =前節== NewsWeek_Column_2022年11月3日 ディディ・キルステン・タトロブ(本誌米国版・国際問題担当シニアリポーター)北海からエルベ川に入り、ドイツ最大の港ハンブルクを目指す大型貨物船リブラ号。甲板には色とりどりのコンテナがレゴのブロックのように積まれている。その姿は、世界の海や川を行き交う大型貨物船と何も変わらないように見える。だが、リブラ号は単なる商船ではない。中国の国有企業・中国遠洋海運集団(コスコ・グループ)が運航するこの船は、貨物だけでなく、中国共産党の下部組織や軍事委員も乗せている。船員も党に忠誠を誓い、国の経済力や国力の増進に努めることになっている。中国自身も、リブラ号のような船を「浮かぶ要塞」と呼び、世界の海運と物流の支配をもくろむ長期戦略の最前線に位置付けている。これに対して欧米の一部諸国は、これらの船から展開されるスパイ活動や経済的脅迫行為、デジタル支配、軍事拡張努力に神経をとがらせている。現在、コスコ・グループのように中国政府の息がかかった海運会社は、世界全体で100近くの港の権益を保有している。アメリカも例外ではない。今や5つの港(マイアミ、ヒューストン、ロングビーチ、ロサンゼルス、シアトル)の運営に中国資本が入っている。「貿易は地球の循環器系のようなものだ」と、米海軍大学のアイザック・カードン助教は言う。「港はそのノード(節)の役割を果たす」中国が世界各地の港湾に投資していることについて、世界最大の輸出国なのだから商業的に合理的な行為だと擁護する声もあれば、これは政治的、経済的、軍事的な利益を兼ねた行為であり、いつか軍事力を行使するときに利用される恐れがあると懸念する声もある。実際、中国資本が入った港の約3割は、中国海軍の艦艇を受け入れている。党の指示に従い、祖国のために航行本誌の取材とコスコ・グループの社内資料によると、中国共産党は同社内で活発に活動している。対外的には現代的なビジネスを展開しているように見えるが、国内では「党の指示に従い、祖国のために航行する」と明言しているのだ。中国の海洋プレゼンスを補強する役割を果たす企業はほかにもあるが、コスコ・グループはその中で最大だ。世界の港湾の買収に関わっている中国企業は約30社あり、そのほとんどが国有だ。最大手はコスコ・グループと、中国の港湾運営大手の招商局集団。3番目は香港系の民間企業ハチソン・ポートだが、やはり中国政府の影響下にある。「コスコ・グループは中国で唯一の海運会社と言っていい」と、独キール世界経済研究所のロルフ・ラングハマー教授は語る。このため同社は、中国の輸出業者や外国の港湾に対して著しく大きな影響力を持つ。世界の貿易に占める中国のシェアは約15%(アメリカは約8%)。「だからコスコ・グループは、『おたくの港の運営に関わらせてくれないなら、中国からの商品を別の港に届けてもいいんだけど』と脅すことができる。これは国有企業だからできることだ」と、ラングハマーは語る。コスコ・グループは2016年、世界の貿易で中国が圧倒的な地位を獲得するための「大掛かりな戦略的措置」として、複数の国有企業を合併して設立された持ち株会社だ。中国は世界貿易の「強力な重力場」でなければならないと、李克強(リー・コーチアン)首相は21年に語っている。国有企業だから、経営幹部は中国共産党の人事を担当する中央委員会組織部によって任命される。実際、許立栄(シュー・リーロン)会長は同社の党委員会書記でもある。船内に「共産党特別委員会」表紙に「内部資料」と書かれたコスコ・グループの船員向け小冊子(約70ページ)からは、船内での党活動を垣間見ることができる。船内の「党特別委員会」には、軍事委員とさまざまなレベルの船員が属している。船内各所には党の理念や規律が記された小冊子が常備されており、テレビ画面には中国指導部のメッセージが映し出される。本誌の調べでは、コスコ・グループで党委員会が設置されている船舶は40隻ある。また、リークされた党員名簿によると、ギリシャのピレウス港を運営する党委員会には64人、ニューヨーク港に23人、アフリカに52 人、インドネシアのスラバヤ港には24人のメンバーが在籍している。中国共産党は、世界の海でも港でも積極的な活動を展開しているのだ。コスコ・グループの船員管理会社である中遠海運船員管理の場合、船員に約1万人の一般党員のほか、150人の特殊党員がいると、同社の党委員会書記を務める韓超(ハン・チャオ)会長は19 年の報告書で明らかにしている。例えばコスコ・グループのコンテナ船ローズ号では、「船の党委員会が、党の最新の理論的成果を船員たちに教育している」と、報告書にはある。さらに、あれこれ抽象的なドグマを並べた上で、ローズ号党委員会は「大衆を結束させる中核であり、困難を乗り越えるためのとりで」だと、報告書は締めくくっている。「(海外の港にいる間)船員は外国の敵対勢力による工作を阻止し、自分の権利と利益を守らなければならない」と韓は述べ、政府の「外交に関する規律」に従うことを船員に求めた。チェコの首都プラハのシンクタンク、シノプシスの設立者マルティン・ハラは「党員は党の規律に縛られ、党の求める任務を遂行しなければならない」と説明する。中国国民は情報機関への協力が義務付けられているが、「これはそうした義務付けを一歩推し進めた形」と彼は言う。コスコ・グループはハンブルク港に狙いを定め、港内にあるトレロー・コンテナ埠頭の運営権の35%を買い取ると提案。独ショルツ内閣は10月26日、反対の声も強いなかで、24.9%の権益取得を承認した。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/09
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 写真マニアのヴィルヘルム・レントゲンが、何の因果か人の骨まで写せる写真を発明する(1895年=X線を発見)。☆ ミュンヘンでバイエルンの首脳部が酒盛りをしている最中にアドルフ・ヒトラーが乱入、無礼講の域を超えた一大事となる(1923年)。☆ 国語審議会(当時)、「ら抜き言葉」の使用を認めないとする見解を発表(1995年)。このような乱れた言葉遣いは断じて認めれない。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月08日】特別リポート:地下司令部の文書でたどる、ロシア軍敗走までの日々 =その伍== REUTERS_Report /2022年11月2日 / ロイター編集/別の表には機材の記録もあった。7月25日に5台あったドローンは8月末までに2台のみとなっていた。8台の装甲兵員輸送車は3台にまで減少。7月末には24台所有していた「ファゴット」と呼ばれる対戦車ミサイルシステムは、4台が残るのみだった。敵の電子システムを抑圧する「ズーパルク」システムも8月末までに失われた。ロイターが取材したロシア兵「プラカート・ジュニア・888」は、十分な装備がない中、相次ぐウクライナ軍の攻撃をかわさなければならなかった8月の戦況を振り返った。配置されていた3カ月の間、彼が塹壕で使っていた小さなカレンダーが、差し迫った当時の様子を物語る。「攻撃」や「包囲から脱出」という走り書きや、戦闘で命を落とした仲間の名前で埋め尽くされていた。8月27日の枠には「最悪の日」とだけ記されていた。彼の話では、彼らの陣地が激しい砲撃に遭い、友人の一人が彼の腕の中で命を落としたという。8月下旬の状況を「軍需品やドローンなどの物資は何もなかった」と説明する。ウクライナ軍が攻撃を重ねる中、「我々が砲撃をやり返すことはなかった」と話した。「2023年8月10日に帰宅、すでに家族と自宅にいる。わたしは家族、妻、そしてかわいい娘たちと、ハバロフスクで素晴らしい時を過ごしている」 氏名不詳の将校のノートより <大混乱、そして撤退>ウクライナ側は9月6日に本格的な反転攻勢を開始した。その日フラコベにいたロシア兵士はロイターに対し、ウクライナはまずロシア軍の陣地に砲撃を行ったと証言した。夜になるとロシア軍は包囲されていた。この時点で、村からの撤退命令が下ったという。戦闘は続いた。9月6日から8日にかけて、バラクレヤの司令部に対する精密攻撃が複数回行われた。この工場施設を管理していた地元民のリョボチキンさんは、施設全体が炎に包まれ、ロシア兵数十人の遺体ががれきから回収されるのを見たという。爆発で、「うちの家は踊るように跳ねていた」とリョボチキンさんは語った。9月10日にソーシャルメディアに投稿された動画では、ロシア軍が車両を置いていた格納庫が破壊された様子が映っており、ウクライナ軍兵士が「これがハイマースの力だ」と話す声が聞こえる。ここから300メートル離れた場所に住んでいる年配の夫婦、ナタリアさんとビクトルさんは、ロシア軍が占拠していた最後の日々は、ウクライナ軍による攻撃の音が絶え間なく聞こえたと語った。8日に爆音が止むと、道には30人ほどの兵士が現れた。多くは負傷しており、足を引きずったりしながら撤退していったという。ほか2人の住民も、兵士らが銃や車両を放棄して逃げたと証言した。2人の住民の一人、セルヒーさんは、司令部だった建物から道を挟んだ向かいに住んでいる。「カオスだった。逃げるロシア人による渋滞が発生していた」また、ルガンスクからの兵士も、ロシア兵の一団の後を追うように撤退したと住民は証言している。撤退後、司令部に残されたのは爆発によるクレーターと、書類の山だ。焼け焦げたロシア軍の装備の残骸からは白い煙が上がっていた。指揮官だったポポフ大佐の妻はロイターに対し、ある時点で大佐は負傷し、1カ月入院したと語った。同氏は将官に昇格し、近いうちに新しい任務に就くというが、それ以上の情報は明かされなかった。氏名不詳の参謀将校が残した手書きのノートの最後の書き込みは、日付がなく、内省的なものだった。「ある程度の時間、座って川をじっと眺めていると、敵の兵士がぷかぷかと流れてくる」次のページに進むと、ノートの主は、バラクレヤから7000キロ離れた極東のふるさとに戻ったところを想像した「未来日記」を記していた。「2023年8月10日に帰宅、すでに家族と自宅にいる。わたしは家族、妻、そしてかわいい娘たちと、ハバロフスクで素晴らしい時を過ごしている」(斎藤真理記者、Maria Tsvetkova記者、Anton Zverev記者、翻訳:エァクレーレン、寺本晶子、本田ももこ、大澤優花、宗えりか)【動画 ; インタラクティブ版:地下司令部の文書でたどる、ロシア軍敗走までの日々 】https://youtu.be/bhUXiEBXBFQ 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/08
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 民意の偽造に怒ったロシア人民が民主主義の政府を倒し、ウラジーミル・レーニンの政府を支持する(1917年)。☆ 4ヶ月前に出来たばかりの吊り橋が完成直後から風に揺られまくりで、実況されるまでになって遂にこの日落っこちる(1940年=ワシントン州のタコマナローズ橋)。 ☆ 松永安左エ門の肝煎りで、日本を電力会社の意のままにしようとする工作機関・電力中央研究所がオープン(1951年=日本最大の民間シンクタンク)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月07日】特別リポート:地下司令部の文書でたどる、ロシア軍敗走までの日々 =その四== REUTERS_Report /2022年11月2日 / ロイター編集/「クワッドコプターを!!!緊急にだ!」 7月19日付の報告資料に記された手書きのメモ<限界点に近づく>地下壕にあった文書からは、ロシア軍の司令官らが自分たちの戦力の欠点を理解していたことがうかがわれる。7月19日、フラコベでの戦闘が始まる数時間前、氏名不詳の将校は毎日の状況報告に、敵を追跡するためのドローンを求める走り書きをした。「クワッドコプターを!!!緊急にだ!」クアッドコプター(4ローターのヘリコプター)型ドローンは一般に軍用ではなく、店頭やインターネットで購入することができる。6月にロイターが報じたように、ロシア軍はドローンを購入するためにクラウドファンディングに頼ってきた。 日報の記録によると、バラクレヤ駐屯部隊は翌20日にようやく、市販のクアッドコプター型ドローン「マビック3」を3機受け取った。しかしソフトウエアがインストールされておらず、まだ飛行できる状態ではなかった。同じ記録には、兵士15人が操作方法の訓練を受けたと記されている。一方、ウクライナ軍はロシア軍の陣地にドローンを飛ばすのに忙しかった。電子戦部隊の報告書のメモによると、ロシア軍の3台の通信妨害装置のうち2台が修理が必要で作動していなかった。このため、ウクライナ側のドローン作戦はずっと容易になったとみられる。 7月21日の日報には、バラクレヤ駐屯部隊の指揮官であるポポフ大佐にとって、さらに憂慮すべき情報が記されている。ロシア連邦保安局(FSB)が、ウクライナ軍が米国から供与された「ハイマース」3基をこの地域に導入することを把握したという内容だ。また、ウクライナ側がロシア軍の司令部1カ所とバラクレヤ駐屯部隊が使用している倉庫4カ所の位置を正確に把握していたことも明らかになった。ウクライナの国防相と軍は武器や戦術に関する質問に回答しなかった。3日後の7月24日には、この手書きのノートを書いた人物は、「ハイマース」を使った攻撃により、ロシア軍のバルト艦隊第336海軍歩兵旅団に所属する兵士12人が死亡したと記録している。この戦闘で兵士の士気はさらに低下し、規律は一段と緩んだ。フラコベでの戦闘から5日が経過した7月24日、バラクレヤの拠点では、氏名不詳のノートの著者が、アルチョム・シュタンコ氏という人物について、「自身の小隊を引き戻して後退させた」ために懲戒処分を受ける「ろくでなし」だと記していた。シュタンコ氏は、フラコベの戦闘の真っただ中にいて打撃を受けた小隊を指揮していたと、同氏の父親アレクセイさんと、バラクレヤ駐屯部隊にいた「プラカート・ジュニア・888」は証言する。アレクセイさんは、息子が「部下を砲撃の中に送り込め」という中隊長の命令を拒否したと明かした。「プラカート・ジュニア・888」によると、この司令官はビクトル・アリョーヒンという名前で、フラコベ近くの司令部で指揮を執っていた。アリョーヒン氏はロイターの取材に対し、この戦闘中に中隊を率いていたことを認めたが、それ以上のコメントは控えた。シュタンコ氏の父親はロイターに対し、同氏は司令官らによって別の部隊に移動させられ、現在もウクライナで戦っていると述べた。ノートは、ウクライナ軍の猛攻を受けた第9自動車化狙撃連隊のロマン・エリストラトフ伍長の脱走にも言及していた。エリストラトフ伍長はロイターからのメッセージに応じなかった。その後、このノートの著者は、これ以上の行動を避けるためにわざと自分の手を撃った兵士のことを書いている。司令部にこの事件を知らせるべきだと彼は付け加えた。これらの情報は、ロイターが確認した公式報告書には一切記載されていない。「どれほどマシンガンの射手を替えようと、弾がなければ撃てはしない」 氏名不詳の将校が記したノートより<枯渇する物資>地下壕で見つかった文書によれば、ロシア軍は7月末までに、ウクライナ軍が「バラクレヤの支配権を取り戻す」べく反転攻勢を準備していることを確信していた。傍受した通信は、今にも攻撃が迫っている緊迫した状況を示唆していた。こうした通信の一部は、エストニアや英国、オランダ、米国などで登録された携帯電話を介して行われていた。地下壕の司令部に陣取ったロシア将校らは、それらの携帯電話が雇い兵、もしくはウクライナ軍を援助する他国の教官が所有するものだと結論付けた。この記事に関して問い合わせると、エストニアは同国の防衛部隊はウクライナ国内で活動していないと回答。英国、米国、オランダからの返答は得られなかった。一方この時期、ロシアの軍用電子機器専門家がバラクレヤに到着した。8月4日付の日報によれば、衛星ナビゲーションシステムを妨害するロシアの「ポール21」システムがハイマース対応に応用できるか調べるためだという。この試みがどんな結果に終わったかに関係なく、ウクライナ側の攻撃は続いた。ロシア兵や亡くなった兵士の親族、地元住民への取材によれば、ウクライナ北東部にある指揮拠点の少なくとも3カ所が、その翌週以降にハイマースによる攻撃を受けたという。日報やノートに手書きされた記録によると、ウクライナ側による攻撃の増加を受け、バラクレヤ指導部は追加部隊の招集に着手。しかし、8月30日付のスプレッドシートの記載によると、部隊の戦力は全力の71%にしか満たなかった。この表の中には、さらにひどい状態にあった部隊も記録されている。定員240人の第2急襲大隊には49人しかいなかった。また第9BARS旅団には、想定人員の23%しかいなかった。・・・・・・明日に続く クリック➡ 動画URL : https://queso.prod.reuters.tv/rest/v2/queso/static/id/537773/mp4 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/07
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ GHQ、三井、三菱、住友、安田の四大財閥解体を指令(1945年)。その後既に77年が経過しているが、何故か解体作業は遅々として進まぬばかりか図体がますますデカくなっているみたい。☆ 北陸トンネルが長大なロースターと化す。火種は食堂車(1972年=北陸トンネル火災事故)。☆ 松田優作が「なんじゃこりゃ~~~!」と言った後死去(1989年)。 【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月06日】特別リポート:地下司令部の文書でたどる、ロシア軍敗走までの日々 =その参== REUTERS_Report /2022年11月2日 / ロイター編集/「!!!西部軍管区の司令官は『フラコベから撤退してはならない』と命じた」<僅差での勝利>ロイターが閲覧した文書によると、ロシア軍がウクライナ軍による大規模な反攻に初めて直面したのは、この地域を制圧してから4カ月経った7月19日のことだった。その日の朝に地下壕で行われた定例の会議で、司令官のポポフ大佐に提出された報告書に変わった点はなかった。前夜は比較的動きがなく、敵の配置は変わっていなかった。その日の予定は、ウクライナ軍に向けて前から計画していた砲火攻撃を行うことだった。だが昼過ぎになると、ウクライナ兵の隊列が、戦車の支援を受けながら味方の集中砲火に隠れて前進し、フラコベのロシア軍前線部隊を攻撃してきた。フラコベは、バラクレヤに駐留するロシア軍部隊が制圧していた地域の北西部にある村だ。ロシア軍の第9自動車化狙撃連隊に所属していた部隊は、フラコベにあるコンクリート製の大穀物倉庫に立てこもった。ロシア兵らは、建物の屋根沿いに銃を配置した。10月に同施設を訪れたロイター記者は、兵士らが穀物用ベルトコンベアーの上で寝ていた痕跡を確認した。午後3時前に、フラコベの前線にいたロシア兵が、バラクレヤにいる指揮官らに無線で連絡を取った。この兵士は、陣地が攻め込まれており、撤退する必要があると伝えた。また撤退の際に、その陣地を砲撃して破壊するよう要請した。その後、連絡は途絶えた。バラクレヤの地下壕にいた氏名不詳の参謀将校は、ノートに「弾薬が底を尽きそうだ」と残している。またこのノートには、ロシア軍の中枢幹部の1人である西部軍管区の司令官が戦況報告を要求し、「フラコベから撤退してはならないと命じた」と記録されている。公式記録によると、当時の同管区司令官はアレクサンドル・ズラブリョフ上級大将だったが、その後プーチン大統領によって同氏は解任された。 だが独立系ロシア軍事分析団体CITは、同氏が7月より前に解任され、後任にアンドレイ・シチェヴォイ中将が起用されたとしている。ロイターはズラブリョフ氏と連絡を取ることができなかった。またシチェヴォイ氏にコメントを求めたが、返答はなかった。その後数時間にわたって、ロシア側の司令官らは援軍を送り込み、攻撃ヘリコプターを動員した。午後6時前には、ウクライナ軍は退却を始め、ロシア軍は一旦放棄した陣地を奪還していった。だが損失は大きかった。ロシア軍は戦車1台と装甲兵員輸送車2台、その他軍需品を失っていた。7月21日にポポフ大佐に提出された報告書によると、39人の兵士が負傷し、7人が死亡、17人が行方不明となっていた。戦車司令官のアレクサンドル・エフセフレエフ伍長は、この戦闘で亡くなったロシア兵の1人だ。地下壕の司令部で発見された死傷者リストには、同伍長の死亡時の状況が記されている。それによると、同氏の腹部は引き裂かれて腸がむき出しの状態になり、右腿上部に破片による損傷が見られたという。伍長の両親はロイターの取材に、息子は配置されていたフラコベ周辺でウクライナ軍ヘリコプターの攻撃を受けて負傷し、死亡したと語った。戦闘後、5人の兵士が「急性ストレス反応」で治療を必要とした。医療記録には、彼ら全員の名前の横に「退避させる必要なし」と書かれてあった。爆発によって負傷したとの記録がある20代のある兵士は、記憶はほとんど残っておらず、「戦闘が激しかった」ことしか覚えていないと、ロイターに語った。同兵士は、匿名を条件に取材に応じた。この戦闘後、ポポフ大佐は、部下34人に勇敢さを称える勲章を贈るよう上層部に申請した。文書には、上層部の返答内容は残されていない。兵士2人は、まだ勲章をもらっていないと、ロイターに明かした。偵察小隊のピョートル・カリーニン隊長(25)は、この34人の中に名前があった1人だ。カリーニン氏はクリミア出身で、2014年に同地域がロシアに併合される前は、ウクライナ軍で士官候補生だったことがあると、ソーシャルメディアに載せている。同氏がウクライナの軍服を着た写真も残っている。カリーニン氏はロイターの取材依頼に返答しなかった。・・・・・・明日に続く【 動画 : 巡航ミサイルを迎撃するウクライナ空軍パイロット、任務の重圧を語る 】https://youtu.be/_yM-tcvkn5s 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/06
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ ハワード・カーターが王家の谷で盗掘に専念、その執念とカーナヴォン伯の援助でツタンカーメンの黄金マスクを入手(1922年)。されど、「ツタンカーメンの呪い」に遭う。☆ 8年前にJFKに苦杯を飲まされたリチャード・ニクソンが、雪辱を果たす(1968年)。しかし6年目にして任期途中の水門事故でホワイトハウスから去ることになろうとは、誰も予想しなかった。☆ 自作の動画・尖閣諸島中国漁船衝突事件によってSENGOKU38がネ申となった日(2010年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月05日】特別リポート:地下司令部の文書でたどる、ロシア軍敗走までの日々 =その弐== REUTERS_Report /2022年11月2日 / ロイター編集/「7月21日18時時点の状況。 司令官殿、ご報告申し上げます!」<ロシア軍占拠下の町>田園地帯の村々に囲まれ、低層集合住宅の立ち並ぶ静かなバラクレヤの町がロシア軍部隊に占拠されたのは、3月のことだった。南にはロシア支配下にあるドンバス地方が広がり、北にはウクライナ軍の拠点であるハリコフ市がある。ロシア軍兵士は、町外れにある古びた自動車修理工場を占拠。ここがバラクレヤと周辺の村や農場数十カ所を支配する司令部となった。ロイターが遺棄された文書を発見したのは、この工場の地下室だった。ロシア軍の到来前にこの工場を管理していた地元住民のボロディミル・リョボチキンさんによれば、この司令部の上空ではロシア軍のヘリコプターやドローンがひっきりなしに旋回していた。敷地内には、自走多連装ロケット砲「GRAD」数十台をはじめとする軍用車両が駐車していたという。記者は司令室内で、デスクが長方形に並べられているのを見た。各デスクには、戦闘調整や電子戦、情報、無人機といった部隊内の担当を示す赤い名札が貼られていた。文書に残されていた名簿によれば、民間人担当の指揮官も含め、各班の指揮官はこの場所で毎日会議を開いていた。ロイターは、この会議に参加した将校を少なくとも11人特定している。そのうちポポフ大佐を含む5人にコメントを要請したが、回答は得られなかった。それ以外の将校には連絡を取ることができなかった。兵員名簿によれば、ロシア支配下にあるウクライナ領ルガンスク州から徴集された住民も、ロシアの第11軍団所属の兵士らと共に戦闘に参加した。兵士たちは基地の壁に落書きし、「我々が撤退すればウクライナはナチスの支配下に落ちる」と警告するビラを掲示していた。彼らが所持していたウクライナの地図は、旧ソ連時代のものだった。「喫煙禁止、ゴミを散らかすな」と兵士を戒めるポスターもあった。氏名不詳の参謀将校がつけていたノートには、近隣地域に分散配置されたロシア軍の情報部隊や他部隊の位置情報が含まれていた。部隊の1つはバラクレヤの幼稚園を占拠していた。工場の元管理者であるリョボチキンさんによれば、ロシア軍の撤退後、ウクライナの調査団が何度もこの基地を訪れた。地雷処理班は今も作業を続けている。「あらゆる場所に地雷が仕掛けられていた。彼らは完全に守りに入っていた」と、リョボチキンさんは振り返った。この基地は、捕虜にしたウクライナ将兵の収容施設としても使われていた。ロイターの取材に応じた退役軍人によれば、フードを被せられ、殴打されて監房に放り込まれた。複数の収容者と共に、そこで6日間を過ごしたという。バラクレヤ警察署に拘束された者もいた。男性2人(1人は消防士、もう1人は救急部門の監察官)によれば、見張りの兵士はこん棒で彼らを殴打し、電気ショックを与えたという。ロシア兵は監察官に、ハリコフにいる上司との通話について繰り返し尋問した。ウクライナ人のロシア軍協力者のリストを作成したという容疑を掛けられたが、監察官はこれを否認したという。消防士の男性は、武器の隠匿や抵抗グループの組織という容疑を追及されたが、やはり容疑を否認したという。救急部門のロジスティクス調整を担当していたアルビナ・ストリレッツさん(33)は、彼女や他の女性たちが拘束されたのは、単に「ウクライナ側」だったからだと説明する。「男性たちが激しく殴打されるのが聞こえた。ある時など、ロシア兵が『遺体袋を持ってこい』というのを聞いた」と、ストリレッツさんは語る。「別の時には、女性が上階で■■され、何時間も泣き叫ぶのが聞こえた」。ストリレッツさんは、女性の叫び声を聞かなくて済むように、監房のトイレを壊して水が流れ続けるようにしたという。ロシア政府と国防省は、バラクレヤで発生した事件に関する質問に回答しなかった。ロシアはこれまで、ロシア軍が市民を標的にすることはないとしている。ハリコフの警察は、同地域で新たに解放された町村で、ウクライナ側の調査団が拷問部屋を22カ所発見したと明らかにしている。「拘束された人数は数え切れない。数百人にはなるだろう。だが、あらゆる犯罪を特定し、必ず責任者を見つける」と、ハリコフ地域警察を指揮するボロディミル・チモシュコ将軍は言う。警察署の向かいにある事務所では、拘束者の親族が身内を解放するようロシア側の「V・グラニット」隊長に嘆願することもあった。数日間拘束された学校長のテチアナ・トフストコラさん(57)によれば、夫が彼女の拘束に関する情報を手に入れようとしても追い返されたという。ロイターの取材に応じた拘束経験者や家族の中で、グラニット隊長の気持ちを変えさせることに成功した者はいなかった。占領中、住民監視のかなりの部分は、ウクライナからの分離独立を掲げるルガンスク州から来た部隊に委ねられた。文書からは、この部隊が寄せ集めの集団で、ロシア軍部隊に比べて装備もはるかに貧弱だったことが分かった。ルガンスク部隊の伍長の1人は64歳だった。衛生兵の記録によれば、別の兵士は、「モシン・ナガン」ライフルの薬室が破裂する事故で指の手当を受けている。「モシン・ナガン」は19世紀後半に開発され、数十年前に生産中止になった銃である。バラクレヤの地下壕で見つかったリストによれば、階級が軍曹の場合、ロシア軍であれば通常月額20万2084ルーブル(約48万円)の給与に加えて賞与が支給されるが、ルガンスクの分離独立派部隊の軍曹は、9万1200ルーブル(約22万円)しか支給されない。ルガンスクの火炎放射器中隊の隊長は、ある文書の中で、部下のうち8人に前科があり、そのうち1人は■■と性的暴行によるものだと記録している。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/05
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 草加次郎が島倉千代子を殺そうとするも未遂に終わる(1962年)。この腹いせから草加は、以後一年近く彼方此方で花火を爆発させることに。☆ ロナルド・レーガン主演の映画「ストロング・アメリカ」が封切り(1980年)。以後8年にわたるロングランを記録。豊国では王がバットを奉納して現役引退。☆ 麻原彰晃とゆかいな仲間たちが、自分たちを批判した弁護士の一家を丸ごとポアさせて極楽浄土に導く(1989年)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月04日】特別リポート:地下司令部の文書でたどる、ロシア軍敗走までの日々 =その壱== REUTERS_Report /2022年11月2日 / ロイター編集/[バラクレヤ(ウクライナ) 26日 ロイター] - ロシア軍の兵士たちは数週間前にこの町から逃げ去った。だが、その痕跡は至る所に残っていた。【動画 ; インタラクティブ版:地下司令部の文書でたどる、ロシア軍敗走までの日々 】https://youtu.be/bhUXiEBXBFQ ウクライナ東部、ハリコフの南方90キロにある川沿いの小さな町バラクレヤ。コンクリートの階段を下り、ロシア軍が慌ただしく放棄した司令部の地下室に入った。「司令部」と書かれた鉄製のドアの向こうは、湿った臭いのする地下壕だった。焼却炉には書類が押し込まれ、その一部は焦げていた。他の書類は床全体に散らばっていた。花柄をあしらったノートに、氏名不詳の参謀将校が、兵士の漫画と、望郷の思いを書き残していた。91ページにわたる手書きのノートには、その他の情報も記録されていた。ロシア軍情報部隊の位置情報、司令官たちからの電話の記録、戦闘の推移や戦死者、破壊された装備の詳細な記録──。士気低下と軍紀の乱れに関する記述もあった。地下壕からは、全部で数千ページに及ぶ文書が発見され、ロイターはそのうち1000ページ以上を閲覧した。ロシア軍内部の仕組みが詳述され、ロシアのプーチン大統領が戦場で喫した最も手痛い敗北の1つ、つまり9月のウクライナ北東部からの混乱に満ちた撤退へと至る一連の出来事について、新たな事実が浮かび上がってきた。敗走に至るまでの数週間、ロシア軍は必死になって偵察と電子戦に取り組んでいた。市販のドローン(無人機)を飛ばしていたが、操縦するのはろくに訓練も受けていない兵士たちだった。ウクライナ側の通信を妨害する装置には故障が頻発した。8月末の時点で、戦死や脱走、そして戦闘のストレスのために戦力は低下。兵力の約6分の1に相当する2部隊では、本来の戦力の2割程度しか運用できなくなっていた。残された文書からは、ウクライナ軍部隊の能力向上も読み取れた。黒海沿岸の南部戦線でロシアが強い反撃にさらされている現在、開戦から8カ月間が経過したこの戦争の今後の展開について示唆を与えてくれるものだ。バラクレヤ周辺のロシア軍は、敗走前の数週間、最近米国が提供した高機動ロケット砲「ハイマース」による猛攻撃を受けるようになっていた。精密攻撃が可能な同ロケット砲は、ロシア軍の指揮拠点に繰り返し打撃を与えた。3カ月にわたりバラクレヤ駐屯部隊で従軍したロシア人将校は、ロイターの取材に、占領部隊を覆っていた恐怖感について詳しく語った。戦友の1人は9月初め、近隣の村に置かれた指揮拠点でウクライナ軍の攻撃に遭い、出血多量により死亡したという。「ルーレットのようなものだ。当たるときもあれば外れるときもある。どこに着弾するかは分からない」この将校は、記事中では自分のことは軍における自らのコールサイン「プラカート・ジュニア・888」と記述するよう求めた。本記事のためにロシア政府に問い合わせをしたところ、国防省に転送されたが、同省からのコメントは得られなかった。ロシアはこれまで、ロシア軍は戦争に必要なものをすべてそろえているとしてきた。地下壕にあった文書は、バラクレヤを拠点とするロシア軍部隊の指揮官としてイワン・ポポフ大佐の名を挙げている。ポポフ大佐と配下の上級士官の多くは、ロシア海軍バルト艦隊沿岸部隊第11軍団の所属だ。ロシア軍の機関紙は2017年に、ポポフ大佐のプロフィールを掲載している。それによると、ポポフ大佐はチェチェンでの紛争や、2008年の旧ソ連圏のジョージアに対する侵攻に従軍したという。ポポフ大佐は部下と一緒にジョギングを楽しみ、部下の将校たちの誕生日を忘れることはなく、「成功を達成する意欲に満ちている」という。ポポフ大佐にコメントを求めるメッセージを送ったが、回答は得られなかった。大佐の妻はロイターに対し、夫はウクライナ東部で部隊を指揮していると語った。バラクレヤ駐屯部隊には、現地の民間人の監視を担当する指揮官がいた。文書では「V・グラニット」隊長とされているが、これは仮名とみられる。拘束されていた住民6人とウクライナ当局者によれば、この指揮官は少なくとも1カ所の尋問拠点を監督し、そこでは住民に対する暴行や電気ショックによる尋問が行われていたという。ロイターは、文書に位置情報の記載があった、放棄されたウクライナ北東部のロシア軍の拠点5カ所を訪れることで、これらの文書の信ぴょう性を確認した。5カ所全てで、ロシア軍部隊がその場所に駐留していたことを地元住民が証言した。さらにロイターの記者は、バラクレヤ駐屯部隊に所属していた兵士5人に取材したほか、文書の細部とロシア現役軍人1人がつけていた同時期の記録とを照合した。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/04
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 小林旭が演歌のネタにした見世物がニューヨークで初開催(1900年=世界初の自動車ショー)。☆ ヴィルヘルム2世自らUボートにエクストリーム・カミカゼを命令したところ、水兵がブチ切れたばかりかあっという間にドイツ全土を巻き込む吊し上げに(1918年=キール軍港で水兵が叛乱。ドイツ革命が始まる)。☆ 東宝の大型新人ゴジラが銀幕デビューを飾る(1954年)。帝都縦断パレードにてファンクラブ自衛隊の熱烈な歓迎を受け全域が焦土と化した。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月03日】胡錦濤連れ去り、李克強無念の引退 習近平3期目の死角 =後節== WEDGE REPORT 《チャイナ・ウォッチャーの視点》 2022年10月24日 高口康太 (ジャーナリスト) 言論統制やネット検閲の強化、人権派弁護士やネットのオピニオンリーダーの弾圧といったネット世論統制は海外からの評判は悪いものの、社会不安や共産党批判を低減し、中国共産党内部からは高い評価を得るポイントである。ソーシャルメディアが独裁政権を打ち倒した、いわゆる「アラブの春」が始まったのは10年のこと。習近平政権発足当時はネットと社会不安に対する警戒心はきわめて高いものがあったが、完全に制圧したといっても過言ではない。 また、言論統制やネット検閲の強化、人権派弁護士やネットのオピニオンリーダーの弾圧といったネット世論統制は海外からの評判は悪いものの、社会不安や共産党批判を低減し、中国共産党内部からは高い評価を得るポイントである。ソーシャルメディアが独裁政権を打ち倒した、いわゆる「アラブの春」が始まったのは10年のこと。習近平政権発足当時はネットと社会不安に対する警戒心はきわめて高いものがあったが、完全に制圧したといっても過言ではない。 新疆ウイグル自治区や香港についても、海外からの評判は最悪ながらも、中国共産党の視点では安定を取り戻したと評価されるであろう。経済においても、チャイナショックなどの課題はあったものの安定成長を実現し、またイノベーションの分野ではこの10年で大きく飛躍したことも間違いない。 では花丸満点の評価でいいのかというと、そうではない。米中関係の悪化が続くなか、米国による制裁は中国の未来の成長をも脅かすレベルにまで強化されつつある。新型コロナウイルス流行に対するゼロコロナ対策は今年に入って破綻状態にあり、消費減速につながっている。また、長年の時限爆弾とされてきた不動産問題も過去20年でもっとも厳しい状況にある。 習近平の10年、その最後の数年間に悪材料は集中している。今後の5年、10年を見通すと、ここに高齢化問題も加わってくる。中国の人口は今年、純減に転じることはほぼ確実視されている。一人っ子政策の緩和、撤廃を続けるも、コロナ禍はそれ以上の衝撃で出生率を引き下げており、足元の状況はきわめて厳しい。 もし筆者が総書記だったらここですぱっと引退して、面倒は次の人に解決してもらうという逃げ道を考えたくなるほどだ。「才能よりも縁を重視」の不安 経済運営を直接舵取りする重責を担うのが首相だ。初代首相の周恩来から、行政と経済運営の実務を担ってきた。また、トップに意見できる数少ない存在として、政治を安定化させるバランサーという重要な役割もある。習近平体制以後、総書記への権限集中が進んだとはいえ、今なおこの構図は変わらない。この1年を見ても、不動産危機と経済減速の対策を指揮しているのは、李克強首相である。 来年3月に、李克強に代わり、首相に就任するのが李強だ。浙江省の地方政府でキャリアを積んできた叩き上げだ。習近平が浙江省トップだった時代に知己を得て、その後ロケット出世を続けた。 浙江省、江蘇省、上海市と地方政府トップを経ているが、中央政府での職歴はない。歴代の首相は副首相としてキャリアを積んできた。巨大な官僚機構である国務院(中央省庁)を切り盛りするには十分な経験が必要だったためだが、李強は初めて副首相のキャリアも、それどころか中央省庁での経験もない状況での首相就任となる。 近年の首相経験者を振り返ってみると、朱鎔基、温家宝、李克強と、歴代の首相はいずれも経済と実務に強いテクノクラートであった。地方政府叩き上げの李強とはまったく異なる路線だ。 今回の人事でパージされた李克強、汪洋、胡春華はいずれも首相候補として目されていたが、いずれも熟達したテクノクラートであり、首相向きという人物評があったためだ。最有力候補と目されてきた胡春華は16歳で北京大学に入学し、若き頃より才覚を認められていた人物である。一方の李強は寧波地区農学院の出身で、習近平と出会うまでは目立った活躍をしていない点でも対称的だ。 首相向きの能力を持つ人物がことごとく団派だったことには理由がある。中国共産主義青年団(共青団)はテクノクラートを発見し、選抜し、鍛え上げる機関として機能していた。ゆえに団派には実力派官僚がそろっている。こうした逸材らを放逐した後、国政を回せるのだろうか。 また、習近平総書記の経済ブレーンと言われるのが劉鶴副首相。「経済皇帝」との異名を取り、過去20年にわたり経済政策の第一線で活躍してきた人物だ。劉鶴副首相に代わり、このポジションにつくのが何立峰・発展委員会主任である。福建省の地方官僚だったが、その際に習近平の部下となったことが縁になり、14年から発展改革委員会でのキャリアを積んでいる。 何立峰は経済学博士(泉州市市長時代に取得)を持ち、また発展改革委員会のキャリアもすでに8年を数えるとはいえ、若き日より経済学者として高い声望を得ていた劉鶴の輝かしい経歴とは比べものにならない。 中国は過去30年間にわたり右肩上がりの成長を続けてきた。しかし、その道のりは順風満帆だったわけではない。経済、外交、あるいは感染病といった危機に見舞われながらもどうにか切り抜けてきたが、朱鎔基、呉儀、王岐山といった実務派官僚が最前線に立ってきた。 過去10年の習近平体制と比べても、次の10年ははるかに難易度の高い国政運営が求められることになる……のだが、才能ではなく、子飼いを優先した体制で果たして乗り切れるのか。今回の人事で後継候補が選ばれなかったことを考えると、習近平総書記は少なくとも4期目、2032年まではトップの座を渡さない心づもりとみられる。 だが、長期政権が続けられるのはあくまで安定した統治、経済、外交が前提だ。習近平と政策面で対抗できる実務能力を持った人物が一掃された結果、これからの中国はブレーキを踏めない車と同じ。ゼロコロナ、経済政策、台湾問題など難問が立ちはだかる今後を切り抜けられるか。習近平の権力はきわめて盤石なものとなった。だが、それは中国の安定を意味するものではない。 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/03
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ 阪神タイガース記念日。1985年に日本一になったことを記念して制定された。そりゃあ優勝回数が少ないからね(巨人ファン談)。ひがみではないが、巨人ファンにもの申す…下項…☆ 横浜で通訳をやっていた方が、庶民に漢字を教えるために新聞を創刊(1874年)。これが今の読売新聞の前身だったりするが、上から目線な態度はこの頃からの伝統だったりする。☆ インターネットに虫が湧き、数千台のコンピュータが発病(1988年=Morris worm)。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月02日】胡錦濤連れ去り、李克強無念の引退 習近平3期目の死角 =前節== WEDGE REPORT 《チャイナ・ウォッチャーの視点》 2022年10月24日 高口康太 (ジャーナリスト) 14億人の中国を支配する7人……、第3期習近平体制の最高指導陣である中国共産党中央政治局常務委員の顔ぶれが発表された。さまざまな予測、噂、リークが飛び交っていたが、中国共産党党大会、一中全会(第1回中央委員会全体会議)後に明らかとなった人事は、ほとんどの予測を裏切る結果となった。 中国共産党指導部には、党大会時点で68歳以上は引退、67歳以下ならば次の党大会まで現役という、「七上八下」と呼ばれる慣例がある。習近平総書記がこの慣例を破って再任することはすでに確実視されていたが、まだ67歳の李克強首相が引退に追い込まれたのはサプライズだ。全人代(全国人民代表大会)委員長など、実権の少ないポストに回されるとの予測が有力だった。 また、実務派官僚の大物として知られる汪洋・政協(全国政治協商会議)主席も67歳での引退となったほか、次期首相の最有力候補とも見られてきた胡春華副総理は常務委員に入るどころか、その下のランクにあたる政治局委員にすら入っていない。 李克強、汪洋、胡春華はいずれも胡錦濤前総書記と関係が深い、いわゆる団派(中国共産主義青年団でのキャリアを持つ政治グループ)とされる。団派を廃して、習近平総書記と関係が深い人物を引き上げたのが今回の人事の特徴だ。 党大会の最終日には胡錦濤前総書記が会場から警備員に連れ出されるという一幕もあった。中国国営通信社・新華社の英語版がツイッターで伝えたところによると、体調不良だったという。しかしながら、団派潰滅の人事とあわせると、不穏な匂いを感じないほうが不自然であろう。連れ出される胡錦濤の写真は、歴史的な場面として記憶されるはずだ。習近平はいつから皇帝に? 習近平圧勝の人事によって、「習近平の権力が盤石に」「ついに皇帝になった」云々と報道されるのではないかと予測しているが、こうした見出しには次のように聞きたくなってしまう。 「あれ? 今までは盤石じゃなかったんでしたっけ?」 「皇帝になった? 今までは違ったんですか?」 こういう嫌みな質問をすぐに思いついてしまうのは、自分自身がこの問いに正しく答える自信がなく、長らくうじうじと考えているからである。 振り返ってみると、2015年時点ではすでに皇帝への道は見えていた。同年出版の拙著『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)では、習近平が3期目以降も続投すると予測している。日本語の出版物ではもっとも早い段階で長期政権を予測していると自慢させて欲しい。 習近平の各種政策、とりわけ高官までも摘発した反汚職運動の徹底ぶりから導き出した予測だ。結果的に正しかったわけだが、「断言して大丈夫かしら」との不安がなかったわけではない。習近平の権力基盤が確立し、長期政権への道がほぼ間違いなくなったのではないか。そう内外に知らしめたのが18年の憲法改正だ。 国家主席は2期10年までとの規定を撤廃したことが決め手となった。その後も、過去に毛沢東と鄧小平しかなしえていなかった歴史決議を決定するなど、習近平はその権力基盤の強化に邁進していく。 15年時点でもかなり明白、18年時点にはすでに半ば皇帝然としていた習近平がさらに盤石、さらに強力になり続けての22年というわけだが、ここまでの権力強化を積み重ねすぎると、もはやオーバースペックというか、やりすぎなのではという疑惑が生じてくる。 名作麻雀マンガ『天――天和通りの快男児』に「成功は生の輝きでなく、枷になる。いつの間にか成功そのものが人間を支配、乗っ取りにくるんだ」という明言があるが、今の習近平総書記はまさにこの言葉通りの状況に陥っているのではないか。集権体制の確立には成功したものの 中国共産党は、俗に成功した独裁政権の典型例と言われるが、その大きな要因はトップを定期的に交代させるルールと定年の慣例を確立したことにある。毛沢東の独裁への反省からトップに過剰な権力を持たせること、個人崇拝することの危険性をかんがみての規定だ。 権力闘争もこのルールの枠組みの中で行われることで、クーデターを含めた突発的な政変を抑止する効果もあったとされる。また、トップは引退後の報復を恐れれば、さほどご無体なことはできないとも考えられてきた。 今回の人事はまさに「成功した一党独裁政権」の土台を崩すものである。習近平の勝利であることには間違いないが、それが果たして中国の、そして習近平体制の安定につながるかについては疑問符がつく。 積み上げすぎた成功がもたらすもう一つの不安は、首脳陣の能力だ。 12年に始まった習近平政権は順調な出だしを切った。高官をもターゲットにした反汚職運動によって、習近平総書記は絶大な庶民人気を獲得した。この反汚職運動はたんなるポーズだけではない。中国現地の経営者に話を聞くと、「木っ端役人から賄賂を求められる機会が減った」など、一般市民の生活に近いレベルにまで反汚職運動の恩恵があったと明かしている。 また、言論統制やネット検閲の強化、人権派弁護士やネットのオピニオンリーダーの弾圧といったネット世論統制は海外からの評判は悪いものの、社会不安や共産党批判を低減し、中国共産党内部からは高い評価を得るポイントである。ソーシャルメディアが独裁政権を打ち倒した、いわゆる「アラブの春」が始まったのは10年のこと。習近平政権発足当時はネットと社会不安に対する警戒心はきわめて高いものがあったが、完全に制圧したといっても過言ではない。・・・・・・明日に続く 古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/02
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★忘備忘却録/きょうの過去帳・狂★☆ サンリオ・キティちゃんの誕生日。今年もまたひとつ年を取って48才(2022年現在)。ただし中の人のそれは粛清されましたが、外皮『ハローキティ』のみが外世界で健在。☆ 千島で難破して漂着した光太夫が、日本人のサンプルとしてロシア宮廷で見世物にされ、ご褒美として紅茶を口にすることに(1791年=エカチェリーナ2世の茶会にて)。☆ 長らく日本銀行券の代表的アイドルの座にあった聖徳太子が、お役御免になる(1984年)。福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石が登場する。【彷徨癖者/如水の愛犬 “ハクとココ”が悲嘆・感嘆 / 令和4年11月01日】中国が進める「すべての安全保障化」という富国強兵= WEDGE Infinity 《世界潮流を読む》 岡崎研究所論評集 : 2022/10/31 10月16日から22日まで、中国共産党第20回大会が開催された。かねてより言われていた筋書き通り、習近平が党の指導者として3期目を務めることとなったが、中国の対外政策としては〝要塞中国〟の考え方が強く打ち出された点が注目される。〝要塞中国〟というのは、エネルギーや先端技術の対外依存を低め、金融・経済を強化し、軍事衝突にも耐える力を高めるよう、中国を再構築する方針である。 フィナンシャル・タイムズ紙は党大会が開催されている最中の10月19日に「〝要塞中国〟の習近平による支配は分水嶺の時である。彼の指導者としての再就任は国内外の脅威と戦う努力の中で行われる」との社説(“Xi Jinping’s control of fortress China is a watershed moment”)を掲載している。主要点は次の通りである。・大会の重要性は中国の政策とその世界への向き合い方を承認することにある。これらのうち、最も重要なのは「すべての安全保障化」である。習の「包括的国家安全保障」概念は、政治、経済、文化、技術、宇宙、海外での利益を含む16の異なる分野からなる。・10月16日の演説で、習は過去100年間に見られなかった「深刻な国際的発展」について警告を発した。毛沢東以来最も力のある指導者は外国による「いじめ」を強く非難し、軍事力によってでも、台湾を支配する約束を繰り返した。・この脅威メンタリティが習の世界観を支配している。2021~25年の国家安全保障戦略(21年に採用されたが未公表)は、中国の拡大する安全保障空間へのすべての内外の脅威と戦うように党及び政府を活気づけることを求めている。・米国が主導する西側の中国の進歩を妨害する努力に耐える「要塞中国」を北京が建設するにあたり、新しい規則や大衆運動が見込まれる。・北京が米国の最近の敵対的な動きへの反応として安全保障上の規制の強化を経済及び国民に課すならば、これは中国の目覚ましい経済的発展の原動力、起業家精神を窒息させる危険がある。中国はどこにも脅威を見る役人が主導する要塞経済の建設が、毛沢東時代の不足を特徴づけたことを思い出すべきだろう。 * * * * * * 中国の歴史において、改革開放に路線を変更したときと同じような大きな変化が起きていると判断される。 習近平は国際環境が中国に多くの脅威をもたらしているとの脅威認識の下、〝要塞中国〟の建設を目指しているとの上記の社説の主張は大体当たっていると思われる。「すべての安全保障化」というのは新しい言い方であるが、富国強兵のうち、富国より強兵に力点を置いた政策展開が今後行われていくと考えられる。対外的には攻撃性を高め、国内的には社会・経済を厳しく規制していくことが確実である。 中国経済は、そういう中でこれまでのような成長はしないだろう。党大会で発表されてきた今後の成長見込みも発表されていないし、今年の国内総生産(GDP)成長率の発表も党大会中は見送られた。良い数字ではないからであろう。台湾政策で求められる日米連携強化 中国経済は今後減速するとともに、中国の強国路線が強化されると考えられ、そのことを踏まえて対中政策を考えていく必要がある。世界は分断されてきている。 一番差し迫った問題は台湾有事の危険であり、台湾政策について日米間で緊密な意見交換が必要である。米国の戦略的あいまい政策は、中国による台湾侵攻の抑止に資するのか。 米国は、米中国交正常化の際、台湾は中国の不可分の領土であるという中国の主張を「acknowledge(認識)」しただけなのに、「一つの中国」政策が米国の政策であると繰り返し表明することは適当なのか。こうした問題ついて、日米は意見交換すべきであろう。 習近平は台湾の再統一は軍事力を使ってでも達成すると言うが、2300万の台湾に住む人の意向を全く無視するのは大きな人権侵害である。そういうことについても、発信を強化する必要がある。古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 ---------下記の姉妹ブログ 一度 ご訪問下さい-------------- 【壺公夢想;如水ホームページ http://thubokou.wordpress.com/】【閑仁耕筆;冒険譜・歴史譜 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon】・・・・・ クリック 宜しく・・・・・・ 再会を期して, 涯 如水 ・・・・・
2022/11/01
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