やっぱり読書  おいのこぶみ

やっぱり読書 おいのこぶみ

2008年01月12日
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カテゴリ: 名作の散歩道

 わたしが前回ひょっと思い出して書いてしまった事は、閉じ込めておかなければならない事だったかもしれない。しかし、その経験が松本清張の『ゼロの焦点』をわたしに忘れがたくさせているのだ。

 『ゼロの焦点』を再読した。先日TVドラマで好評だった『点と線』で大ベストセラー作家になる直前の文学色濃い作品であったと、あらためて実感した。

 やはり映画やTVドラマに数多くなっているので有名だが、金沢、能登半島の冬の暗い風景の後ろにうごめく人間臭いもの、戦後史に翻弄される人々の描写が迫ってくる。

 再読してみて新たに感じた事は、ミステリーとしては細部がやや甘いが、それがぶっ飛んでしまう清張の文のうまさ、構成のうまさである。

 主人公の板根禎子(いたねていこ)は名前からして当時古~と思ったが、今にして考えればぴったりなのだ、現在活躍、活劇している(本の中で)女性探偵のはしりだもの。

 でも禎子は結婚したばかりの夫が失踪したのでやむなく能登半島をさ迷って捜査する。夫の過去がわからない、その不安の描写がうまい。

 この小説の時代は昭和32年ごろ、お見合い結婚が主流だ。おおかれすくなかれ男女が生活を共にしだすといろいろ問題になる。事件にならなくても取り返しのつかないその齟齬が尾をひく。うなずきながら読んだ女性は多かったと思う。

 そんなところもおもしろかったが、やはり風景の描写は秀逸。列車の旅の描写もそそる。

 因縁めいたものを感じるが、たまたまわたしは友人と冬の能登半島行きを計画している最中なのだ。ほんとに偶然まだ決定の連絡がこないのだけれどね。

 能登金剛の冬景色を楽しみにしている。

しかし、ごらん、空の乱れ
波が――騒めいている。
さながら塔がわずかに沈んで、
どんよりとした潮を押しやったかのよう――
あたかも塔の頂きが幕のような空に
かすかに裂け目をつくったかのよう。
いまや波は赤く光る……
時間は微かにひくく息づいている――
この世のものとも思われぬ呻吟のなかに。
海沿いの墓のなか
海ぎわの墓のなか――

 作中に引用してある外国の詩。禎子が夫を想って涙を流す。そう、親しみの薄かった、あっという間に失踪してしまった新婚の夫を愛し初めて...。






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最終更新日  2008年01月13日 12時44分05秒
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Re:『ゼロの焦点』(01/12)  
ぱぐら2  さん
私もこの本大好きです。日本の推理小説(ミステリーという呼び方じゃない)の最高峰と思っています。
冬の能登半島、満喫してきてくださいね。
私の住む福岡県には、松本清張の記念館がありますよ。私も近々行ってみようと思っていたところでした。 (2008年01月13日 11時13分43秒)

Re:『ゼロの焦点』(01/12)  
alex99  さん


名文風じゃないのに名文です

いつも、はたして推理小説というジャンル分けでいいのか? と思います

安っぽい「推理小説」の中には、読むに耐えない文章もありますね

松本清張の作品は、その筋を敢えて忘れようとしています
一気に読んで、必ず一日で読み切ってしまうからでもありますが、再読したいと思わせる、それに実際、再読しても楽しい



(2008年01月13日 11時27分46秒)

ぱぐら2さん  
ばあチャル  さん
>日本の推理小説の最高峰♪
同感してくださる方がいてうれしい!

現代のミステリ好きにはかるくいなされて(『百年の誤読』などで)しまう清張さんなのです。松本清張以後という言葉知らないの?なんて思っていました(笑)

>私の住む福岡県には、松本清張の記念館がありますよ。私も近々行ってみようと思っていたところでした。

いらしたらブログを絶対お書きになりますね、楽しみ~。
(2008年01月13日 12時56分24秒)

alex99さん  
ばあチャル  さん
>私も松本清張の文章が大好きです
>名文風じゃないのに名文です

いいえて妙。「平明」と言う言い方ではなくわかり易い、すうっと入ってくる文章(笑)

>いつも、はたして推理小説というジャンル分けでいいのか? と思います

直木賞ではなく芥川賞というのも陰影がありますね。後世に残れば本物でしょうね。

>安っぽい「推理小説」の中には、読むに耐えない文章もありますね

それと火曜サスペンスなどで断崖のシーンがその後、何編となく作られたことか(笑)

(2008年01月13日 13時09分30秒)

Re:『ゼロの焦点』(01/12)  
オーキリ  さん
能登に行かれる予定ですか。
ぜひ、御陣乗太鼓を見てきてほしいわ。

実は10年以上前になりますが、オットと車で10日間位かけて能登半島を一周したのですよ。
(ホントは2日ぐらいで回れる場所だけど)

その時見た漁民が海賊から身を守る為に考え付いた
鬼の面を被った(今は観光として見せている)舞が
感動的で感傷的でなぜか涙が止まらなかったのです。そのときの気分もあったのかも知れないのですが、なぜか今も忘れられないのです。
時間が許すようであればぜひ...。 (2008年01月13日 19時29分30秒)

オーキリさん  
ばあチャル  さん
そうね、車であれば好きなところ行けますね。10日間もすてきでしたね!だからジーンとしたと思うわ(笑)

わたしのは季節が冬だし、女性の友人とふたりなのでたぶんツアーです。
(2008年01月13日 20時27分17秒)

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