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・1:31:木 このごろ外食した際、その料理に使われている塩の質が少し分かるようになって来た。 針の先生に、塩の大切さについて口うるさく言われたからである。 長年の食生活で悪い塩を使い続けると、いろんな成人病を引き起こす。 しかし良い塩は値も張る。 生活の中でどこに金を掛けるかである。 例えば使っている醤油の中にも、どんな塩が使用されているか気を付ける必要がある。 良い塩は食べても喉が渇かない。 それに味も塩辛さが少なく、円やかでちょっと頼りない感じ。
2008.01.31
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・1:30:水 僕は中学のころから井上陽水を聴いている。 ギターを始めた切っ掛けも、彼の歌を聴き出したからだ。 去年新しく彼がリリースしたアルバムを買って聴いてみる。 聴き始めはいつも「ああ、もうこんなポップスには付いて行けない」と思うのだが、しばらく根気強く聴いていると、彼の今だあせない詩と音楽へのセンスに引き込まれて行って、毎日聴いてしまう。 彼もいまや50代後半になって、ひょっとしたらお孫さんもいるかもしれない。 何十年という時間を越えて、ファンを魅了し続けるその力はどこからわいて来るのだろう。
2008.01.30
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「2月7日のコンサートへの誘い」僕が日本シューベルト協会の理事をやらせていただくようになったのを切っ掛けに「音楽関係以外の人々に受け入れてもらえなくて、何が音楽芸術だ」という理念から、常々やってみたかった企画を考案してみた。それが2月7日にそごう劇場にて開催される「ドナウからの春風」である。ゲストをお呼びして、DJ形式で楽しくお話を聞きながら、ドイツリートに耳を傾けてみてもらおうと思っているのだが、トークが長い場合時間配分がとても難しい。限られた時間の中でのフリートークがどうなることやら、打ち合わせのしようがない。後僅かチケットがありますので、お求めの方は「メール」の欄にある『メッセージを送る』の方にご投稿下さい。詳細を下記に記します。《ドナウからの春風》はじめてのあなたへトーク&ナビで楽しいドイツ歌曲コンサート日時:2008年2月7日(木)開演 18:15/開場 17:45場所:そごう心斎橋本店 14階そごう劇場入場料:3,000円(自由席)出演者:永井 和子(ソプラノ/ゲスト)・榎 水枝(ソプラノ/司会)・小西紀美子(メゾ・ソプラノ/歌のゲスト)・茶木 敏行(テノール/司会)・今岡 淑子(ピアノ)曲目:君を思う(ベートーヴェン)/春へのあこがれ(モーツァルト)/アヴェ・マリア(シューベルト)/子守歌(フラームス)/歌の翼(メンデルスゾーン)/捨てられた娘(H.ヴォルフ)/セレナーデ(R.シュトラウス) 他
2008.01.29
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・1:29:火 今日も朝昼晩とグループレッスンでくたくたになって帰宅する。 駅からのバスで隣の家のご主人と一緒になる。 彼は僕よりも少し年下で、郵便局に勤めている。 「今晩は、またご一緒ですね」と彼が声を掛けてくれ「遅くまで大変ですね」と僕も言い、「いやぁお互い」と笑う。 「いつも朝は何時にお出掛けですか?」と尋ねると「6時半のバスで出掛けます」と彼は答える。 6時半!世間のお父さんは一体いつ寝ているのだろうと感心する。 僕のレッスンがいくら立て込んでも、疲れたなどと言うのはおこがましい。
2008.01.29
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・1:28:月 朝レッスンで、移動して昼から阿波座でレッスン。 夜は合唱団と忙しい一日だった。 昼のグループレッスンで、今日初めての女性の生徒さんが参加された。 僕のやり方として(ドイツの先生がそうされていたのだが)初めての方にもそのクラスで今やっているテーマを、一緒に挑戦してもらうことにしている。 初心者扱いするよりも、意外と一度にうまく声を開いて行けることがあるのだ。 今日来られた方は合唱経験もなく、全くの初心者に近い感じだったが、果敢に挑戦され、「難しい!」と唸ってお帰りになった。 勘の良い人なら初めてでも理解し、やりこなして行かれることもあるが、どの方もそうだとは限らない。 僕も其々の能力に沿って厳しくもしたり、優しくもしたり出来るべきなのだろう。 しかしこれが意外と難しい。 今日の僕は初めての人に対して少々厳し過ぎたかもしれない。 夕方からずっと反省していた。
2008.01.28
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・1:27:日 シューベルト協会の、2月7日の演奏会の合わせをする。 司会を担当する僕は、皆さんへのインタビューとその時間配分に気を配って進行を考える。 歌っているだけなら楽だ。 相手の魅力を引き出す司会を目指さねばならない。
2008.01.27
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・1:26:土NSK混声合唱団の練習を奈良の福祉センターにて行う。今日の練習を終えると、後2月の二回の練習を残すのみとなった。皆さんのそれぞれ個人の努力が効果を出し、うまくまとまった演奏と仕上がって来た。知的障害をお持ちの方々も一生懸命に努力されているのを見ると、ちょっと難し過ぎるとも思えた曲目も、これでよかったと嬉しく思う。しかし、何といっても障害者の方々の人数が少ない。3月以降から取り組んで行く「第九」への心配が募る。
2008.01.26
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・1:23:水南海一円と名古屋、静岡の大地震は何時起こってもおかしくないと学者たちは言っている。もし直下型地震の場合、大阪府での死者想定数は4万人。これは阪神淡路大震災の約八倍。今まではまだ遠い話のように思っていたが、突然すぐそこまで来ている現実のように感じて来た。何故だか分からないが、胸騒ぎがする。今日一日いろんな人にそのことを言ってみたが、誰にも相手にされなかった。皆さん僕の勘を信じるならば、急いで防災グッズを買い揃えて、家の耐震強度検査を受けましょう。まず必要になるのが、水ではないでしょうか。
2008.01.23
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手を真っ黒にして、土に触ったのはいつのことだったろう。 フランツ・リストのミサのキリエエレイソンが聴こえて、ふとそう思った。 曲とは何の関係もないのに、噎せ返る地球の肌の匂いと、暖かく湿って我々がそこに帰るのを待っている手の感触、そんなものを思い起こさせる。 そういったものにこそ、強く引き付けられる。 芋掘りだ。 最後に土まみれになったのは、小学校の時にクラスで行った芋掘り。 体操服からスニーカー、爪の間まで真っ黒にして、大声を上げて蔓を皆で引っ張って、ずるずると芋を太陽の当たる地上まで引きずり出した。 あれから長い年月が過ぎたが、地球はどうしているだろう。 果たして今でも同じ匂いと、同じ手の感触でそこにあるだろうか。 果物も我々も、腐敗という魔法を通してその一部に戻って行けるその時。 曲はフーガへと形を変えて行き、クリステ、クリステと口々に土に染み込んで行く。
2008.01.21
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・1:19:土 まだ若いルルは豹としての生きる術を母親の傍で一つ一つ憶えて行く。 ヒヒたちからの襲撃を恐れ、ハイエナたちの行動に注意をしながら、若いメスの豹は少しずつハンターとしての大人の豹へと変化して行く。 ルルが3歳を迎えるころ、母親はルルを一匹の大人の豹と見るようになり、牙を向いて唸り声を上げて我が娘を縄張りから追い出す。 初めてルルは生まれ故郷を離れ、一から自分一人の手で縄張りを作ることになる。 豹は群れを成さない。 常にたった一匹で狩をして生きて行く。 ルルの透明な瞳と獲物を狙う鋭い牙は、すでに森の賢者としての姿と変わっていた。 彼女たちを絶滅に追い込めば、必ず人間も同じ運命を辿るであろう。
2008.01.19
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四角いものなーんだ?青々とした比叡山がいつも見えていた僕の勉強部屋の窓。少しだけ大人になるために、外が白み始めるまで机に向かって教科書を開いて、試験範囲を指でなでる。机の前の四角い窓から鳥の声が聞こえ明るい空が見えると、ほっとして布団に潜り込んで眠った。三角のものなーんだ?あいつと僕とあの子が描く三角形。あいつに向けてと、僕に向けて。あの子が微笑み掛ける回数を、いつも数えてた。最後の日、握手して格好付けて何も言わずに別れてしまった。悔やんでたら、あいつも同じことしてた。三角はずっとそのままずっと残ってる。まーるいもの、なーんだ?人と争うことが嫌で、何を言われても、何をされてもにこにこ笑っていた。自分の意見を隠して、人の言うことに相づちだけ打った。でもある日突然全部いやになって、思っていることをぶちまけた。見事に丸は崩れさった。丸がなくなれば、三角も四角も初めからなかったみたい。角のあるものをすべて飲み込んで、丸は何処までも膨らんでポンと音を立てたら、その後ろに君がいたんだよ。
2008.01.17
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・1:16:水 世間には、人の耳にはもはや届かない言葉を大声で叫び続けている人がいる。 例えば、「人に思いやりを持ちましょう」「差別や偏見をなくしましょう」と訴えてみても、今や人々の耳には聞き飽きた平板な看板の文句のように聞こえるかもしれない。 その言葉が生まれた時の重みや衝撃はもう全く感じられない。 それではいくら叫んでも意味がないのではないか。 訴える言葉、伝えたい言葉も時代の移り変わりと事情の変化に沿って変わっていかないと、人の心には届かない。 ポスターや看板、旗に記される言葉もだ。 本気で伝えたいと思っているか、本気で変えたいと思っているかが文字に浮き出て来るようにも思える。
2008.01.16
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・1:15:火 伊賀神戸の中学に講演に行く。 人権についての授業の一環で、視覚障害を持つ者が歌うことで活動している一つの例を子供たちに見てもらうためである。 50分ほど僕自身の歩んで来た道のりを簡単に話し、話の合間に四曲ほど歌った。 話の内容は、盲学校を出て健常者の中で生きて行くとき、周りの人々の助けなしではやってこれなかったということ、歌を続けて来たことによって伴って来た、苦難のようなことについて話した。 学校側の要望としては、差別や偏見を無くすことを促すような内容が希望であったが、直接そんなことを言われたら、僕が中学生なら鼻をつまんでしまうだろう。 あくまで事実を聞いた者が自分で考えて、何かを感じてくれることが大事だと思ったのだ。 生徒たちは、物音一つ立てず150人そこに座っていた。 冗談を言っても誰も笑わない。 聞いているのか、寝ているのかも分からない。 僕の話と歌から何か感じてくれた生徒はいたのだろうか? いや、僕は彼らの心にほんの少しでも触れることが出来たのだろうか? 「少年少女に受け入れてもらえない歌など、何処へ持って行ってもだめだろう」と我恩師の大石先生はおっしゃっていた。
2008.01.15
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バブルの時期にここぞと手を出した事業が元で、皆一生働いても到底返せない借金を作った。 市場で久しぶりに偶然会った従兄もその一人。 喫茶店の机の向こうに座る彼は、空気を抜いた浮き輪のように痩せて、口数も少ない。 「どうしてそんなに痩せたの」「癌だろ」「癌だろって、医者には行ったのか」「医者に掛る気はない、この世では充分修業したからもういいよ」 彼の顔には表情がない。 今の彼の心情に少しでも近付こうと努力してみる。 生き続けるよりも、死を待つことを選ぶほど毎日が辛く、すべてを諦めている。 毎日たんたんと待っている死は、彼にとっては唯一つの安らぎなのだ。 まだ若かったころ、鍵をじゃらじゃら言わせてにこやかにオープンカーから降りて来る、青年実業家だった彼をふと思い出す。 彼と僕の間には、この世の象徴であるかのようなコーヒーカップが二つ定義されている。 死こそが聖なるもので、この世の雑多な欲望が一瞬のジョークのように感じ始める。 「大丈夫、死ぬまでは生きるから」と言って彼は少し微笑む。 喫茶店を出ると、左手を薄くなった前髪の辺りまで上げて、背中を向けて安らぎの霧の中に消えて行った。
2008.01.14
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・1:13:日 2月7日に心斎橋のそごうにある「そごう劇場」にて、シューベルト協会の演奏会を行う。 これはぼくが司会を担当し、ゲストをお呼びして、いろんなお話を伺ったり、曲の説明をしたりしながらDJ形式で進めて行く初めてとも言える、ドイツ歌曲を知らなくても楽しめるという企画である。 僕も二曲ほど歌う。 このコンサート企画は僕が言い出しっぺだから、是非お客様にとって楽しめるものにして、成功させたい。 詳細はまた後日「コンサート情報」に掲載いたします。
2008.01.13
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・1:12:土 夕方地下鉄の駅でうっかり上がって来るエスカレータに反対から乗ろうとしてしまい、一人の女性が腕を掴んで止めて下さった。 見えていないとこれはよくやる。 彼女も僕と同じ電車に乗るということだったので、歩きながらしばらく話した。 ふと見ると、彼女は背中に何か楽器の入ったケースを担いでいたので「バイオリンですか?」と尋ねてみた。 「いいえ、中国の古い楽器の胡弓です、ご存知ですか」と彼女は言った。 話を聞くと、彼女はプロの奏者で、生徒さんも50人ほどおられ、大阪と福岡を一週間ごとに行ったり来たりの生活だということである。 僕が声楽の教室をやっていることを話すと、以前一度声楽家とのコラボをしたことがあるそうで、またやってみたいとお話された。 僕も「貴女のCDがあれば是非聞かせて下さい」とお願いして、我々は別れた。 偶然の出会いがまた不思議な縁を生めば、これは嬉しい限りである。
2008.01.12
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・1:10:木 NSK混声合唱団の練習を奈良の福祉センターにて行う。 今までで初めて登録メンバーのほとんどが集まって下さり、充実した練習を行う。 出演本番まであと四回の練習となり、やっと曲が形になって来た。 今日もまた数人の入団があり、新しい出会いが繋がって行く。 このまま団が膨らんで行き、来年の第九に繋がって行くことを願うばかりである。
2008.01.10
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今年に入って国道に陸橋が付いた。 学校が終わると、祐君は一人でそれを渡って帰って行った。 僕は毎日陸橋の上を歩いて行く後ろ姿と、揺れる給食袋をこちらの階段の下から眺めてから家に帰った。 「陸橋を渡って向こうに行っては絶対にだめよ」とお母さんは怖い顔をして言う。 今日も夕日の中、祐君は一人で階段を登り陸橋を渡って行く。 きっと怖ろしい魔女に魅入られた祐君は、そこへ帰って行かないと酷いお仕置きが待っているのだ。 怖くて怖くて泣き出しそうな思いを我慢して、ひとりぼっちでそこを渡って行くに違いない。 僕は毎晩夢で祐君の背中に大声で叫んでいた。 「祐君!もういいよ。いやなら帰らなくても!僕の家に住めばいい!」 陸橋の下を沢山の車が濁流のように猛スピードで過ぎて行き、その向こうに広がる黒々とした町は、祐君がちゃんと戻って来るかどうか、気難しい目でこちらを観察している。 「いつまで寝てるの!起きなさい、現実の朝よ!」とお母さんが布団を剥ぎ取る。 この現実の朝に、現実の町を抜けて、陸橋を渡って祐君はやって来るだろうか。
2008.01.09
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・1:8:火 時々掲載している詩は、僕が参加させてもらっている詩遊の会という同人誌の会でのパソコンによる「連詩」の作品である。 連詩とは、先生が100のお題を作られメンバーに送信される。 それに我々が競って詩を書いて行く訳である。 例えば「陸橋」「磁場」「十字架」「観察」などのお題を自分で選んで、その題から作品を捻り出す訳だ。 先生いわく、連詩は詩を書くための筋トレのようなものだそうだ。 お題を選んで作品を書いている途中に誰かに先を越されたり、「観音開き」と言って二つ前の作品と同じテーマや物事についての作品は認められなかったりする掟があったりするが、自分の書いたものをメンバーや先生に読んでもらえる訳だし、他の人の作品を読めたりすることが何とも楽しい。 そういった詩を僕自身のブログにも掲載して行っているのだが、その中には連詩に掲載出来なかったものも沢山ある。
2008.01.08
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・1:7:月指揮者の櫻井武雄先生90歳の誕生パーティーをホテルグランヴィア大阪にて行う。これは先生自身が我々をご招待下さったパーティーである。招待されたのは、先生が指導に当たられている二つの合唱団の団員とそのスタッフで、100人を超えていた。料理もとても美味しく、落ち着いた良い会となった。広い会場で、先生はマイクなしで明快にお話され、これからも力強くご活躍される意思を表明され、後進のものとしては大変頼もしい思いであった。
2008.01.07
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・1:6:日夕べCAC混声合唱団の新年会を行う。団員の男性が二人で会場の確保から、当日の司会、準備まですべて行って下さった。結婚式場だったので料理は期待していなかったのだが、意外と美味しかった。カラオケ大会になって、ほとんど皆何か歌った。かなり酔っ払っていたが、ピアノもあったので、僕は最後にカンツォーネと日本の歌を歌う。アルコールを飲んで歌うのは誠に喉に悪いので、歌を歌う方は是非控えて下さい。
2008.01.06
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勉強もスポーツもずば抜けていることだけが、奴の魅力ではない。でかい夢に向かって一心に突き進んで行く、その背中は男の俺でさえ憧れに血を燃やすほどだ。奴の傍にいると、生きているわくわくした喜びのようなものが感じられる。そしてそれをずっと感じていたいと思う。何を取っても、奴にがっかりさせられるところがない。それが俺を少しずつ追い詰める。いつの日か奴の人生に住めたような気になり、そして錯覚に気付き失望する。奴の傍から離れない限り、俺は自分自身を見付ける力を空っぽに失くしてしまうだろう。離れるべきは、あの子が奴を見るあの目からもだ。しかし何百キロ離れた場所に住む今でも、奴の磁場は俺を解き放つことがない。何十年過ぎた今でも、俺は俺自身を見失い続けている。
2008.01.04
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もう随分長く芝居をやっている。 その日の食べるのに困るのにも慣れた。 このままで将来はどうなっていくのだろうと考えなくもない。 芝居って何だろうって、今でも考える。 ヌードモデルのアルバイトの話が来て、食うに困って引き受ける。 画廊のような所に呼ばれ、迷った後で服を脱いで真っ裸になる。 そして勇気を出してそのまま画家の前に仁王立ちになる。 キャンパスの向こうには五十代前半ぐらいと、四十代半ばぐらいの女性がいる。 彼女たちは何も言わず、筆を取って描き始める。 僕は僕のすべてを曝け出したまま、彼女たちの視線を受け続ける。 時間が経つと共に、今の僕がいつもよりずっとまともであるように思えて来る。 二本の筆がキャンパスを擦るカサカサという音が聞こえ続ける。 卵の殻に注意深く穴を空けるような音を聞きながら、僕は愛おしく僕自身の芝居のことを思う。
2008.01.03
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さっき心斎橋で引っ掛けたねえちゃんとホテルに入る。 血が欲しい血が欲しい、美味しい天野酒も飲みたいけど、やっぱりその前に血が欲しい。 でも慌てずがっつかず、ねえちゃんと楽しくお話。 そろそろいいか、白いブラウスのボタンを一つ二つ外したところで何か見える。 キャー!大きな十字架!日本にはまだクリスチャンは少ないと思っていたのに、何という運の悪さ。 頭が痛くなって来たし目眩もして来た。 ボタンをそっとまた二つ嵌めて、お手ての皺と皺を合わせる。 「あら、どうして、私じゃだめ?」ねえちゃんは小首を傾げて尋ねる。 「もっと修業を積んで来ます。 どんな逆境にも耐えられて、どんな苦みも笑って乗り越えられる強い忍耐力を養ってまた再び貴女の前に現れます。 貴女のその新鮮な血を残らず飲み干せる日まで」僕はホテルの窓を開いて、マントを広げる。 もう一度ねえちゃんを見ると、ベッドの上できょとんとこちらを見ている。 夜空に舞い上がると一つ溜息を吐く。 「やれやれ、何をやってんだろ」空の上から道頓堀と心斎橋筋の交わる所が見えるが、それは十字架のようにも見え、また気分が悪くなる。
2008.01.02
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・2008:1:1:火 皆様明けましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 前回元旦を迎えたのはついこの間であったように思ったが、もう四つの季節を通り過ぎたことになる。 去年一年はどんなことをしたのだろうと考えてみる。 幾つかのことを新しく始めた。 それを通して、新たな人々と多く知り合った。 いろんなところで、いろんな人たちがいろんなやり方で生きていることを見た。 以前から僕が常に自分の中で大事にしたい言葉がある。 「人にはそれぞれの考え方とやり方と生き方がある。 決して自分のやり方を他人に押し付けない。 自分の物差しで他人を計らない」 実際生活の中ではなかなか難しいことだし、実行すれば冷たい人間だと思われることもあるが、今年も大事にして行きたい。 旧年中は読んでいただきましてありがとうございました。 皆様にとって2008年が実りのある年でありますように。
2008.01.01
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