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ロシア語会話でテルミンの演奏を見た、聴いた!去年くらいに映画が公開されていたけれど観にいかれなかったんだ...。弦のない楽器に近づいては離れる手の動きに惹きつけられる。耳はテルミンの奏でる音階の安定感に驚嘆している。ぶれがない。空気を伝わる波とごくかすかなゆらぎメロディが波打っているのを聞いて、週末に映画で見たコムンゴ、そのうねるような音も思い出された。コムンゴ(玄琴)は指で弾く伽耶琴と違ってばちのような細い竹で弦を鳴らして演奏する。伽耶琴の練習で血まめを作ったことが何度かあるので(痛かった...)コムンゴは演奏がもうすこし楽だろうかとぼんやり思ったりもする。ヴァイオリンみたい、ともふと思った。映画は1979年の作品で、カラー映画だけれど映像全体がすでにセピア色になっていた。当時の空や木の緑も確認してみたかったのだけれど...。伽耶琴同様に、右手は音を弾く。左手は弦をおさえたり揺らしたりして音を響かせたりうねらせたりする。右手はまじめに仕事して左手はあそんでいるみたい。ノリ(遊び)があるのが半島の文化らしい。爪先までhomo ludensのわざ。古い映画の中でもコムンゴが空気を揺さぶって音が波打っているのははっきり聞こえた。(映画を見て韓国についてまたいろいろな発見があった...現在反芻中)The Sweet Dynastyはゆったりしたい時には足が向く。豆腐花はあたたかくて柔らかくてひとくち食べてはほっとする。甘いスープはおなかだけでなくゆびさきまであったまる。日本をイメージした北欧のガラス器は、厚みがあってなめらかで金箔と黒や紺の組み合わせがなぜか海苔みたいに輝いてとても綺麗だった。大使館の展示室は天井が高い。静かだったので天井を見上げてゆっくり2周まわって作品を見た。目の前の器も含めて気に入りの器ばかりのっている食卓を想像してみる。どんな料理を盛るかはちょっと想像つかないけど...。まだ高いものは買えないがAlvar Aaltoの雲形は展覧会で気に入って花瓶をひとつだけ買った。脚付きのあっさりした北欧の家具に合う気がして。Ed Emberleyの絵は愛らしいだけでなく、子どもに絵を描く楽しさや絵を発想することをおしえてくれるかんじがした。いろいろな画法が試されているから。手をつかって描く絵が印象にのこった(子どもの時は手に絵の具をつけてぺたぺた絵を描いていたなぁ)。指をまるく紙に押したり、指の広い面をつかって楕円形の押し形をつけて小鳥や蜂の胴体に見立てて絵を描くのが楽しそう♪○▽□を組み合わせた描法の作品もあった。これはぜったい話したい!MR. Robert Palmerを悼む。スーツを着て渋くスイングしながら歌っていたMVを見たことがあって...。ギルビーAのマダムを悼んで。101歳のマダムの店の止まり木で一杯二杯飲んで帰ろうと思っていた初秋。Mr. Edward W. Saidを悼む。つい先ごろ書評欄であらためて紹介されていた「リオリエント」という本。もう3年も前に出版されたものだが、読んでみようと心に留めた。著者も分野も異なるがOccidentalに向かい合うOrientalが共通していたので、まずは「オリエンタリズム」を読もうと考えていたところ氏の訃報を聞いて驚いた。これからも中東問題に関する発言を聞きたい、と思っていたのに。どちらの本も西洋史観や西洋中心主義を相対化しているそうなのでぜひその俯瞰的な観方に触れてみたいと思っていた。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2024 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 30, 2003
ってなんでこんなに美味しいのでしょう~♪2杯で終わりにしたけれど、あと2杯くらい食べたかった...。飛び蹴りしたいくらいおいしい。秋刀魚よりも栗ごはんをしみじみ味わって食べていた。隣町は地元より物価が安いので食材を買いに行った。発酵無塩バター(製パン・製菓用)は10%OFFだったけれど売り切れていて残念!帰り道、不動産やさんの店頭に「地元で採れた栗」とあった。1回は通り過ぎたけれど戻って1袋買った。たしか30個以上入っていて400円。どうして不動産屋さんで売っているの?聞くと、六丁目の植木屋さんが作って持ってくるとのこと。鬼皮をむくのが本当に難儀だけれど(親指は痛くなるしそのうち親指と人差し指の間も痛くなってくる)口福で苦労はすぐ飛んでいく。今度は栗を蒸すかゆでるかしてお皿いっぱい食べたい...。彼岸花がもうすぐひらきそう。秋明菊もよく咲いている。小鳥は布とたわむれるのが好きだけど(かじったりよじのぼったり)小鳥よりずっと前から布好き。さまざまな織りに手ざわり、いろいろな模様を見るのが楽しい。縞もようも好き。「遠い縞・近い縞」を見に行った。なかには縞にハイライトが入って立体的に見えるものもあった。縞の間隔が細くなっていったり、遠近感があってだから「遠い縞...」なのかとも思った。会場に入るまでは以前職人を紹介する番組で見た伊勢型紙による縞、松阪縞のような作品の展覧会と思っていた。江戸時代奢侈禁止令下では無地に見えるほど細かい縞の着物を着たと聞いていたがそういうお洒落を想像していた。あるいは、棗入れなどによくつかわれている間道の縞もよう。昨年行った縞についての展覧会を思い浮かべた。アフガニスタン暫定行政機構カルザイ議長が身に付けていた縞から部族によって異なる縞があることを知った。スコットランドの、家ごとに異なるキルトも思い浮かぶ。縞の多様な姿がおもしろい。9月ももう終わり。早いなぁ。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2020 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃もお断り。複製のみならず、翻案等も著作権侵害です。
Sep 29, 2003
「鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし」の鞦韆が春の季語とは...。秋になるとふっとこの句が思い出されていたのは漢字のつくりに秋が入っているからかな(単純)。中国語でもぶらんこは鞦韆(秋千とも書く)と言うそう。韓国語ではクネで漢字語でなく固有語だから思いは違ってくる...。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2026 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用・盗用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 25, 2003
台風の被害を受けた韓国で義捐金がすでに450億ウォン以上集まったそうだ(先週末集計時点)。IMF以後の構造改革で失業者と非常勤雇用者が増え、貧富の差も拡大している社会でみんな熱いよ、あったかいよ!支援物資も時価130億ウォン分以上集まったそうでなんだかとってもうれしくほっとした気持ち。アジア経済危機の時も市民が貴金属を供出している、と報道されていたのを思い出した。あの頃と変わっていないのかなぁ。それもうれしい。韓国は街中に教会が多いのが夜になるとわかる。塔の十字架が赤いネオン・サインで目につくから。携帯電話がまだなかった頃韓国で公衆電話をかけようとすると電話機の上に受話器が置かれていることがあった。日本の公衆電話は100円を入れるとおつりは出ないし、受話器を置いたら利用は1通話で終わるけれど韓国の公衆電話はちょっと違う。互助の精神かな、100ウォン入れて1通話(50ウォン)利用し終わった後、おつりは出ないのは同じだけれど受話器をかけないで電話機の上に置いておくと次にボックスに入った人がその残額で別のところに電話をかけることができる。夜も更けて公衆電話ボックスからそっと出る時電話機には赤い残額の数字、空には十字架が光っていた。韓国から帰ってきてうっかり間違ってしまうのは公衆電話を利用する時のテレカの入れ方だった。日本ではテレカの絵柄を上にして電話機に入れるけれど韓国では絵柄を下にして入れているからつい忘れて日本でも同じようにしてしまっていた。今は昔の話...。9月はあちこちで北海道展(物産展)をしている。ロイズの生チョコ大好き♪だと、ココナッツ、マロン、シャンパン、紅茶にバナナといろいろな味をためすのが楽しいそうだ。六花亭のお菓子もいろいろなのがやって来るのでちょっと気になる...。国連総会の大統領演説を聞いて。フランスは言葉の国だった。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2026 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用・盗用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 24, 2003
今日は秋晴れ気がつけば花水木に赤い実がついている。小鳥たちのごちそうが秋の陽にきらきら。彼岸の入りにおはぎを作った。小豆ひと袋で餡を煮たのであんこたっぷりのおはぎになった。秋刀魚はようやっと今年初めて食べた。すだちがなかったので大根おろしを添えて美味しかった。さんま、というと国語の教科書に載っていた佐藤春夫の詩がすっと思い浮かんであぁすだちをかけて...と思ってしまう。この詩があって...その後谷崎は松子夫人と出会ったのだなぁ、と感慨深い。先週末から寒いせいかサムゲタン(参鶏湯)がとても美味しい~体があったまる。こんなに寒くてパッピンス(韓国のかき氷)食べる約束はいつ果たせるのでしょう。夏は夜がいいね、とゆっくり歩いていた時とちがって秋は夕暮れ時ちょっと早足で街を歩いている。冬になったらもっと早足?それとも千鳥足?秋晴れなので夏物ドライ洗濯第2弾をすませた。靴も夏のは全部磨いたり靴底を掃除して片付けた。ブーツを出そうか迷ったけれどまだ出していない。街ではブーツ姿の人も多かったけれど...。美容院でファッション誌をぱらぱらっとみていておっというページがあった。LANVINの秋冬物の写真の1枚が草の上に横たわる女性でCindy Shermanの写真みたいでおもしろかった。人形みたいに横たわっているから...。版画の技法と表現について、をもらったのだがまだ全然読んでいない。展覧にMan Rayの作品もあった。凹版に分類されるって聞いても、好きとか気に入ったしか残っていない...。ほかに凸版、平版、孔版、その他いろいろあるそうだ。次に見に行く時まで読んどこっと(宿題)。秋の驚き。R社がY社が入っているビルに間もなく入居するそう。六本木VMallの陣が始まる(かも)。ユニクロの野菜やさんがどんどんお店を増やしている。近所にも間もなく出来るって。味の濃い野菜が食べられるのかな。畑の100円大根も好きだけど。大統領は共和党で中間選挙までは民主党が上院を支配していた。対外的にはもたつきもみられたかもしれないけれどアンバランスなようで均衡がとれていたと思う。韓国は野党が議席の過半数で、一時大統領の任命人事が何度か否決されていた。今度与党も分裂した。均衡かアンバランスか背水の陣か...。西岡幸一氏のコラム日本経済はニュートン力学のように時間の経過につれて単純に落下するだけ、という表現がぐっときた。先週末から秋もようで気温が11度も釣瓶落としに下がって経済学のりんごも釣瓶落としに落ちていく情景が目に浮かんじゃった。BBCドラマGOALでは恋人とレギュラー枠を喪った男の嫉妬がどんどん増幅していて...怖かった。男の嫉妬と女の嫉妬、どちらがすごいかといったら男の嫉妬ではないかと思った。個人差もあるかもしれないが...。知識や能力・学力、ポストで下回ったり、意中の女性の心に自分の場所がないとしった時、男性の嫉妬心が露に表現されるのを見聞することが多かった気がするから。女性の嫉妬はほんとは映画やドラマに出ているほど怖くない、と思う。ささやかな経験から言って...。ある小説で読んだのは、同棲している女が他の男とうわ気をしてきたのを知り、炊き上がったばかりのごはん(炊飯器)にゲランのMitsoukoだったか彼女の香水をぶちまけてしまう。ちょっと怖いなと思って読んだ。ミツコとは贅沢な、と思うけれど...。Route66展にちなんでハーレーも展示されていた。カラオケで歌ってみたい曲のひとつ♪Route66♪カバーしか聴いたことないけれど。BostonとかMexicoとか歌詞に地名が出てきてわくわくする。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2026 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用・盗用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、トレース、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 23, 2003
Ali Hassanの’Track and Signal’を見た。絵を見るときどきで受けとめ方が異なる、という思いはすでにあったのだが...。彼の絵に描かれたArabic alphabetは春にテキストを開いたきりの私にとっては表音文字でも表意文字でもなくただただ曲線と直線と点と面としてしか受けとめることが出来なかった。すごく遠くから絵を見ているような気分。ある題の作品に流れ落ちている文字がその表題に沿った意味通奏低音となるシニフィエを持つのかどうかその作品の神秘に深く降りていくだけのアラビア語の知識を持ち合わせていないので表面的な印象とシニフィアンしか受けとめられなかったのがちょっと心残り。普遍的な表現の水底で光る小石/シニフィエはまだ1つも掬えなかった。それは、牧谿の絵だったか、猿が水に映る月を掬おうとしている姿と重なる。朝の光と蝋燭の灯で見た時の違い、近づいて仔細に視る時と遠くから俯瞰する時の理解の差。この展覧で、絵を見るシニフィアンとシニフィエの温度差を体感した気がする。Kandinskyの絵のようにアラビア文字が鏤められた作品は来ていなかった。展覧のタイトル通り軌跡が見る人への信号になっている。輝き方は千差万別でどのBlinkを受けとめるかは受容体しだい、と言っているようだった。昼休みに友人とサントリー・ホールでオルガンのコンサートを聴きに行った。昼食は後回しにして奏者のよく見える席についた。オルガンの演奏を聴くのはほんとうに久しぶり。どのパイプから音が出ているか興味津々耳をすませたり手の動き足の動きに驚嘆したりオルガンの曲ってまだよくわからないけれどおなかに重く響いてくる音が楽しかった(空腹が刺激されたわけではなく...)。ふだんつかっていないおなかの筋肉がオルガンの音に刺激されていた!女子十二楽坊を視聴してみた。五拍(Take Five)が気に入った。砂紋を残す風のようなうねりが聞こえてきて...。ジャズだけど香木を回しているような東洋的なかんじがしておもしろかった。掬水月在手 弄花香満衣 (水を掬すれば月手に在り花を弄すれば香は衣に満つ)禅語だけどもともとは詩だったからか臨済録のように厳しくない。Sweetなかんじ。謡曲にある「草木国土悉皆成仏」みたいで、シニフィアンとシニフィエの表裏一体のようで、映画『英雄』の秦王と’知己’のようでもある。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2026 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用・盗用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、トレース、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 18, 2003
南部を中心に台風の被害がひどかった。ちょうど秋夕(旧盆)だったのに...。釜山の友人からは無事のしらせが来たけれど...人命が多数失われ田畑や養殖場が流されたと聞き沈痛な思いがした。でも、まだ、何かをしようとはしていない。遠くで心配しているだけの自分が歯がゆいけれど...。やはりこちらの社会に属してしまっているということだろうか...こういう時は自分を持て余す。「今週真夜中の人になるんだよね」と友人に言われた通り夜明けまでひと仕事して天使の分け前を飲む余力はなく今なお眠い。大使館の並ぶ丘の上からは夏のような入道雲がよく見えた。ゆるい坂を下りていくと秋祭りの神輿に出会った。今年の9月は夏と秋がいっしょにいるみたい。坂の上と下で。週末の官庁街はからっぽ。みんなどこへ行ってしまったのだろう。人影が少ないせいか町を歩くとふしぎな文字が目に入ってくる。コスミック団十郎という名の包丁、行き先に酔芙蓉と書かれたバス。ルッコラ、ベビーリーフ、生のマッシュルームなどの入った山盛りのサラダで仕事に備える。友人とランチに行く店も今日は空いている。緋色の研究(ホームズでなく)二人麗子(岸田劉生)が膝をつく緋毛氈、朱色の着物、背景の沈んだ赤。色調も明度も異なる赤なのに調和して。静けさを湛えている。あかいべべを子どもに着せるのは東洋のスタイルだろうか...。金太郎の腹かけ、ハングル講座のオープニングの曲「赤い内衣(下着)」。一方で赤い下着で新年を迎えるというイタリアの風習も思い出す。ロボコンの映画があると昼休み話題になっていた。仕事が押して遅れて部屋に入ったので、「あの赤いの?」と聞いてしまった。(ロボコンとロビンちゃんのドラマかと思った)ロボット・コンテストは何回か見たことあるのだけれど...。見ると白熱しちゃう。おもしろい。最近見たのはABU(アジア太平洋放送連合)ロボコンだった。出身国が違う子たちでチームを組んで英語でコミュニケーションしながらロボットを開発するのが楽しそうでうらやましかった。育てると言えば、今年になってカスピ海ヨーグルトの種をもらって育てはじめている。何となく続いているのでほとんど毎日食べている。酸味が少ないので食べやすい。可愛い小鳥は8年以上育てている。毎日ほめてほめて大切に育てている。「いい子ねぇ、カワイイねぇ」と1日に何度も声をかけ、あやしている。小鳥が泣くと(鳴いていても泣いているかも?!と考えて)「どうしたの?おなかがすいたの?眠いの?」と駆けつける育て方。おかげですっかりわがままになったけど可愛いからNo Problem!それに小鳥は体が弱いから過保護でも大切にしないと!あとは、南方熊楠の専門の細胞性粘菌を育てた?機会があったらまた観察したい。寒天、豆腐、蒟蒻を培地にしてどの時に一番よく育つか調べていた。寒さに弱いのでその後の植物的な多細胞生物になるところは見れなかったけれど植物ぽいところとアメーバになる動物ぽいところがepiceneなかんじでわくわくする。猿などの霊長類は骨になると人間によく似ている。あばら骨の本数がちょっと少なくてアゴがちょっと長くて右腕を丸く上げて頭をかくようなポーズを見ると猿の骨だろうかと思いはじめる。その前でまじめな顔をして立っているふたりの子どもの姿が愛らしくユーモラスな写真。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2026 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用・盗用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、トレース、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 16, 2003
まるい月の下の火星は裏千家のつぼつぼのようで愛らしかった。今日も見えるだろうか、火星と月がなかよくしているところ。Titleのマルレーニはテア・ドルンの戯曲名。8月に101歳の誕生日を迎えたばかりで先日亡くなったレニは1902年ベルリン生まれ。一方マルレーネは1年早くベルリンで生まれている。ふたりは町ですれちがうことはなかったのだろうか。ギリシャ神話のヤヌスの2つの顔のようにあるいはその戯曲でふたりがドイツの姉妹として描かれているように2人は同じ時代を闘った女神のすがたで重なっている。お気に入りの映画の一本が『嘆きの天使』だったヒトラーはマルレーネに自分の映画への出演を要請するが彼女は断って母国を去った。その後は反ナチ運動に積極的に参加した。ドイツ時代の映画は『モロッコ』や『上海特急』を観た記憶がある。アメリカ時代の映画はアガサ・クリスティ原作の『情婦』を観た。ヒールを脱ぎ捨て熱い砂の上を裸足で歩いていく姿や愛する男を助けるための、冷淡に見えて熱い愛情表現が印象的だった。アメリカの市民権をとった彼女はドイツにかえれなかったようだ。お墓はパリにあるはず。「外国は故郷にならなかったけれど、故郷は外国になってしまった」第2次世界大戦中ドイツの敵国アメリカに渡った彼女は生まれ故郷を切り捨てた苦しさを抱えていたかもしれない。ヒトラーはワーグナーを崇拝しレニを賞賛していた。戦後レニはヒトラーに加担したとして母国ドイツからも冷ややかに遇されたと聞く。マルレーネは戦前のドイツと距離を置きレニは戦後のドイツに距離を置かれていた。どちらにとっても故郷は外国になってしまっていただろう。その点でもむすびつきそうなふたりの像。外圧におしつぶされない強靭な精神と個性、creativity。似ている。向いていた方向が違うだけ、ヤヌスのように。剄いミューズたちに敬意を持っていた。試練を乗り越え創造力を失わず活力に溢れ長寿を全うしたふたりの女神。彼女たちに比べたらそれほどの修羅場をくぐりぬけたわけでもなくマッカーサーの言う12歳の少年のように自分が小さく幼く見える。(正確には『近代文明の尺度で計ると、われわれが45歳であるのに対し、日本人は12歳の子供のようなものだ』)でも、むかし見た『オリンピア』(『民族の祭典』『美の祭典』)は時代のありのままを撮っていたような気がした。開会式のシーンには第3帝国が出てきていたが...。私が今もおぼえている一コマは陸上棒高跳びでの日米決戦のようす。競技も応援もすごくおもしろかった。羽織袴で扇子に日の丸の日本応援団と紺ブレ(白黒映画だが...)にパナマ帽のUSAコール。全米オープン・テニスの日本でのテーマ曲はJBの’Sex Machine’だった。マイケル・チャンとピート・サンプラスの引退セレモニーは見たかったなぁ。17歳で史上最年少全仏チャンピオンになったマイケルの額を見ると微かにレスリー・チャンを思い出す。17歳の時の試合を見てみたい。サンプラスは史上最年少19歳で全米を制した。サンプラス、フィリプーシス、ソクラテス、アリストテレス、ヒポクラテス...ギリシャ系の名前は「ス」で終わる人が多いかも。決勝を見て、男子シングルスの試合の傾向がサービス・エースばかりのパワー・テニスに移ってしまうのかどうかちょっと気がかり。ラリーももっと見たい。TVで’Rhapsody in Blue’(performed by The Marcus Roberts Trio)をしていた。やはり聞き惚れて手がとまってしまう。色っぽい曲だ。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2026 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用・盗用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、トレース、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 10, 2003
暦の上では白露。百日紅がいまを盛りと咲いている。子どもの頃つるつるした幹をさわって「本当に猿はこの木から落ちるのかなぁ。猿がいるところにこの木があったらおもしろいなぁ」と思っていた。お花屋さんの情報でいま季節の鶏頭はむかし韓藍という古名だったと知る。古に半島から渡ってきた植物は染めに使われていたそうだ。ケイトウを中心に吾亦紅など濃い色合いの花を何種類か集めて活けると深いグラデーションが美しい。万葉集にあるよみ人知らずの歌はどれも韓藍の鮮やかさと秘めた情熱が対比されているようで心に残った。 恋ふる日の日長くしあれば我が園の韓藍の花の色に出でにけり 秋さらば移しもせむと我が蒔きし韓藍の花を誰れか摘みけむ 隠りには恋ひて死ぬともみ園生の韓藍の花の色に出でめやも韓藍の赤とはまたニュアンスの異なる朱の華やかなニットはハン・アンスンのものだった。色はあたたかく裁断はシャープ。日本にはない色遣いをするデザイナーと聞いていたが、今季の作品は黒が多いかもしれない。元気をもらいにまた朱色を見に行こうかな。もうひとつ元気になった場所がメゾン・エルメス。花人・中川幸夫のラベンダーの海に沿って歩きながら目を閉じて芳しい空気を指先まで満たした。ラベンダーに似た?可憐なへくそ蔓(Paederia scandens Merrill)も咲いている。愛らしい小花は、匂いを我慢して鼻の上にのせて「天狗に変身~」と遊んだり「鼻が高くな~れ」としばらく鼻のてっぺんにつけていたりした(1センチ弱高くなる)。小鳥の鼻にも「お鼻がたかくなるよ」と言ってつけようとしたら母に睨まれたのでもうしません。(^^;)ヨセミテの映像をTVで見て映画『コヤニスカッティ』を思い出した。コヤニスカッティはホピ・インディアンの言葉で’life out of balance’ 平衡を失った世界という意味。映画の解説によると’an apocalyptic vision of the collision of two different worlds -- urban life and technology versus the environment.’ヨセミテなど国立公園には自然が残されていて自分の暮らす環境との落差は大きい。その落差によって人類が多くのものを破壊してきたことを意識する。ドイツの国立公園を撮影した写真展(Norbert Rosing)でも鳥くらいしか住んでいないような山を見た。小説『City』(アレッサンドロ・バリッコ著)を手にとったのは主人公の名がグールドだったから。天才ピアニストのグレン・グールドを想起し、読みたいと思った。そして私のなかではグールドとチェスの王者ボビー・フィッシャーは隣り合わせだ。ボビー・フィッシャーもグールドと同じように世間の前から姿を消したから。3人のイメージは互いに透けて重なっている。元同僚からの久しぶりのメールに映画と言えば『戦場のピアニスト』は観た、と書かれていた。私は『海の上のピアニスト』と勘違いしてその映画の原作者の本を最近読んだばかり!と返信してしまった。ピアニスト違いだったことに1週間後に気がついた(遅いって)。映画を描くイラスト展「シネマ古今東西」を訪れて思った。映画への思いをこめたら、映画は1枚の絵に凝縮できるのだなぁと。かつて観た映画を思い出そうとしてもいくつものシーンがつぎつぎと脳裏によみがえるわけでもなくただ登場人物の一瞬の表情だったり、ただ田園風景や海原だったり。自分が心にのこした、刻んだ画だけが思い浮かぶことが多い。それは『ニュー・シネマ・パラダイス』の中のキス・シーンのフィルム1枚1枚のようにひらひらと1枚の画、断片になっているから。この展覧会を訪れて『CB4』という映画を観たくなった。Rap Starの話。いつまでも記憶にのこるKorean Hip Hop’n’Rap Star。DEUXの曲を聴くと話していたことごとを思い出す。ついこの間のことなのに火星が3回地球に近づいたくらい遠い日のように思える。同じ空の下にいる、というあの歌詞はあまりなぐさめにはならない。米国の産業界・ビジネス界は今もシビアな実力主義と思っていたら家族主義を打ち出し、かつての日本企業のような会社もあると言う(日経新聞)。社員持ち株制度もそうだが今やa rolling stoneよりは忠誠心のある社員を求め社員をつなぎとめようとしているようだ。小売のウォルマートがその代表でその家族的な社風と固いきずなにはちょっと驚かされた。日本は米国的価値観の後追いをして雇用環境は様変わりした。終身雇用制度は崩壊しつつあり、ドライな雇用関係が拡がってきている。ここへ来ての米国のそういった動向に戸惑いをおぼえた。Ground Zero以降内向きになってきている政策とはコインの裏表で同じ方向性なのだろうか。その後多くのアラブ系やアジア系がアメリカで生活し難くなったと聞く。正当な理由なく銃撃され、不当に強制送還された。日本人も米国に留学するためには米大使館へ出向き面接試験に合格しなければビサが下りないようになった。家族主義的な会社形態も外国人を排他しているような政策もどちらもcocoon化と呼べるかもしれない。かつてのOpen Mindedで自由競争の国アメリカのイメージは遠くなった。cocoonの中に閉じこもり、糸を吐きつづけ壁を厚くしている。かたくなに引きこもってしまっているようにも見える。映画『イントレランス』を撮ったのはアメリカ人だったはず。SCが新装開店して屋上で薪能を上演しているそうだ。残念ながら観に行けないけれど...。最近舞台に全然行かなくなった。青木雄二氏を悼んで。『ナニワ金融道』も『OL銭道』も『カバチタレ!』もおもしろかった...。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2026 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用・盗用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 8, 2003
映画についていろいろ。『英雄』風!風!と叫ぶシーンと吹き荒れる風、風になびく布がすべて結びついている。天下をとる時はこんなにも風が吹くものか、と思った。何かを変えようとし、何かが変わろうとしていたから...。無名、飛雪、残剣、長空、秦王みな選択を迫られている。天下と剣という文字の間を行きつ戻りつし戦争と平和について大局的に考えることを促されていた。剣と書は相通ずるものがある、という奥義が私には真に理解されていないが...ペンは剣を制する、という言葉や臨済録を思い出した。The pen is mightier than the sword. Calamus Gladio Fortior.武力で天下をとるのでなく、殺すのでなく生かすこと言葉をつくすこと、対話が必要というメッセージも読み取れる。ただし、これは第2Phase。第3Phaseでは心で通じ合えるはず。秦王は言う。「私は知己を得た」選択と決断の困難さが描かれている。王の心、民の心。人殺しでも英雄になり、天下をとれば英雄になる。信念と立場の違いによって世界と天下を意識できず決心できないこともある。残剣は書を通じて殺意を消し去り迷いを捨て去り客観的、相対的なものの観方の境地に至ったのだろうか。秦王が「字体が19もあるのか、めんどうだ1つに統一する」とあっさり言い放った時、無名の顔色が少し変わった。少数民族や文化の多様性を考慮しない支配者と被支配者の感覚の違いが象徴されているようだ。モンゴルやチベットを支配した時もありトンパ文字のナシ族も抱える多民族多言語国家ならではのシーンではないだろうか。それは、もちろん当時の中国国内だけでなくそのまま現代世界にスライドできる。多様な価値観を飲み込んで、天下取りは奔流のようにすすんだ。黒い矢が、最後には赤、青、白、緑の世界を吹き飛ばした。趙客縵胡纓 呉鉤霜雪明 銀鞍照白馬 颯沓如流星 十歩殺一人 千里不留行 ... ...「十歩に一人を殺し、千里 行を留めず」の殺気さえ捨てた侠客たちを後に残し、王は歩みつづけていた。『名もなきアフリカの地で』NIRGENDWO IN AFRIKAその日々の中、人生の中で 子どもは時に大人の顔を見せ、母の娘、少女、父の娘、ユダヤ人学生でもある。妻は母の顔と、女の顔、祖国にいる愛する母親の娘でもあり夫は、妻に恋する男、天職を持つ男の顔、父の顔、自分の父を敬愛する息子でもある。長い人生の中で選択に迷い、揺れながらその過程でいろいろな顔をみせつつ愛する人を愛して真摯に生きていく道のりを描いている、という印象。いつか家庭を持ったらもっと深く理解できるようにも思う。そして「よそ者」としてしか生きられなかった「流浪の民」変わってしまったドイツの市民と戦争、Nazis...歴史と人生について考えた。シュテファニー・ツヴァイク(原作) の自伝的小説は2作書かれている。ひとつがこの映画の原作’Nirgendwo in Afrika(Nowhere in Africa)’。もうひとつはアフリカから敗戦後のドイツに帰国してからの’Irgendwo in Deutschland(Somewhere in Germany)’タイトルのつけかたが素敵だ。合わせ鏡のように対になっていてよそ者の辛さをどこか淡々と対象化している。在日韓国人もよそ者で宙ぶらりんかも。しかも華僑と違ってくにの言葉を話さないし、韓国行ったら韓国語話せないということでダメ出しされたりする。日本と韓国の間で葛藤を抱えながら生きている時もある。NowhereとSomewhereの間を振り子のようにゆらゆらふらふらしている時もある、意識の上では。生活の上では例えば会社経営している友人は金融機関から借り入れするのがたいへんだから、という理由で日本国籍に帰化した。気持ちの上では揺れていても生活の基盤はどこかに据えなければならないのならそういった合理的な決断を下す場合もある、と思う。お父さん役のメラーブ・ミニッゼってグルジア出身だって!グルジアと言えばパラジャーノフの映画で詩人が主人公の「ざくろの色」と「アシク・ケリブ」はどちらも美しかった。「アシク・ケリブ」はシタールでアヴェ・マリアが演奏されていたのが胸に沁みた。親交のあったタルコフスキーに捧げられた映画だ。お母さん役のユリアーネ・ケーラーは「点子ちゃんとアントン」にも出演したという。エーリヒ・ケストナーの本は好きだったのでいつかこの映画も見たい。印象的だった言葉を映画からふたつ。「人は違いにこそ価値がある」「愛するふたりで問題なのは、どちらかが愛しすぎていること。より深く愛している者のほうが弱い」後者のはしみじみよくわかる。相思相愛にみえてもバランスがとれているとは限らない。惚れているほうが弱いのは知っている。「惚れた弱み」というか、ツテンシャン、心をかなり傾けていたり...。映画『中毒』では、より深く愛する者の弱さが露呈していたようにも思った。『中毒』男たちは自信がないようだ。彼女を深く愛しすぎていたから。この映画でひとつの愛のかたち、像を発見した。そして彼女も愛する夫とその兄弟に対する発見があった。女についてよく知らないからといってコインの秘密まで兄弟に話すなんて、何て愛に弱い男なのだろうと思った。(本当はサイアク、と思った)そしてそのことが、恋人同士だけの愛の秘密を第3者に話すことが彼女のプライバシーを侵害したり自尊心を傷つけるかもしれないとは思いもよらないのだろうか。いくつかのセリフが隠喩や象徴となって映画に鏤められている。夫は自作の家具について、「ちょっと外れた」と評していたが、それは、自らの不器用な愛を告白しているかのようにも聞こえた。同じ言葉が後で兄弟からも発せられる。その兄弟どちらの愛も一途過ぎてコースを外れた、ことを示しているようにも感じた。兄弟が同時刻に別の場所で自動車事故に遭い魂は肉体を離れ生きているようにも思えた映画。BODY AND SOUL......脳死についても言及していた映画は愛の心理劇だった。最後の張り詰めた空気は何か起こるのではないかと私を不安にさせた。じっさいは愛の風景の発見だった。観客も彼女も。愛に満ち溢れでも愛情表現に自信がなく心が弱かった夫と自我を捨て去り秘めた思いで愛を獲得する兄弟。兄と弟が別々の愛の像でなく彼女の前にひとつの血、ひとつの風景となってあらわれ理解を促す。後から生まれたけれど先に愛していた。時間も肉体も超えて最後に愛を獲得するのはちょっと鳥肌も立つけれど無償の愛でもある、と思った。アラブ人のもてなし韓国と同じ!たくさんふるまう。飯床の足が折れるくらい、という表現が韓国語にあるが料理をたくさん用意して客をもてなす朝鮮半島の心持ちとアラブのもてなしは同じとアラビア語講座で知った。カルディのお姉さんからスゴイ情報を聞いた。一番のお気に入り、辛豆らーめんの会社がなくなってしまったと。ガーン。「一番美味しかったのに...」と思わず口にしたら、「麺がもちもちして美味しかったのよね~」と言ってくれました。さらに、「キムチラーメンの会社は辛ラーメンの会社に合併されたのよ」スゴイ!何でそんなに知っているの?あぁでもどこかに在庫ないかしら。お気に入りのしょうが石鹸も製造中止と聞いて苛性曹達で自作したくなったけれど、辛豆らーめんは自作難しそう...。to be continued...!?buzz KOREAClick...にほんブログ村 韓国映画にほんブログ村 映画にほんブログ村 映画評論・レビューにほんブログ村 韓国情報にほんブログ村 K-POPにほんブログ村Copyright 2003-2026 Dalnara, confuoco. All rights reserved.本ブログ、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください。無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、表現や情報、意見、解釈、考察、解説ロジックや発想(アイデア)・視点(着眼点)、写真・画像等もコピー・利用・流用・盗用することは禁止します。剽窃厳禁。悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。複製のみならず、ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、リライト、切り刻んで翻案等も著作権侵害です。
Sep 1, 2003
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