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さっき歩きながら思った。「ああ、何て気持ちいいんだろう。」オフィスの近くにあるプールで久々に泳いで来た帰り道、身体中に滞積していた血液がゆっくりと流れ出したような感覚を憶える。こういうときは、喉の奥でちょっと苦いような味がした気がする。プールは多いときには週2回も通っていたが、「物欲日記」の更新と同様、このところ少々ご無沙汰気味だった。そしてプール上がりのいつもの楽しみ「不二家ネクター」。そのトロッとした舌触りと白桃の香りがプール上がりにちょうど良く気に入っている。最近、見掛けることが少なくなったこの缶飲料はその施設内の自販機で購入できる。それを勢いよく飲み干してオフィスに戻ると今日はもうひとつ楽しみが待っている。昼間に買い置きしておいた「ケンタッキーフライドチキン」。これは6時間ほど寝かせておくのがポイント。何かと冷めた食べ物が好きな私は、よく1日経った冷めた「カレー」を好んで食したりするが、「ケンタッキーフライドチキン」もその例外ではない。(個人的な好みの問題です!)今朝まで淡々と何十回も繰り返しただろう1枚のCDを止め、代わりにFMをセレクトしてみる。しかもJ-WAVEではなく、Inter FM。エコーが強めの古めのR&Bが艶っぽい。「ああ、何て気持ちいいんだろう。」 昨夜3時にベッドに入った私は今朝6時に起きて代官山のオフィスに来る。終盤を迎えているひとつのプロジェクトが待っていた。そして私は、数週間も替えていない1枚のCDが入ったB&Oの電源をONにする。 午後2時、打って変わって晴れ晴れとした束の間の気分を味わう。テラスにチェアとラグを出し、Tシャツ一枚で寝ころぶ。真っ青に晴れ渡った秋空に雲が吹かれるのをぼんやりと眺める。風は確かに冷たいが、日差しにはまだ9月の面影が感じられた。そんなことを考えていたのも束の間、スコンと深い眠りに落ちる。しばらくして肌寒さに目を覚ますと、三軒茶屋の向こうで真っ赤な夕日が空を染めていた。「ああ、何て気持ちいいんだろう。」 そんな一日でした。 写真:代官山から三軒茶屋方面を眺めた空
2002年10月29日
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こんにちは。少々ご無沙汰でした。なんかこうやって間を空けてしまうと、どんな顔をして現れたらいいのか迷いますね。まるで久しぶりの同窓会のようで。ここは時間の流れ方が、ちょっとだけ違う気がします。今度からは、また「にゃあにゃあ」にお留守番してもらおっと。 さて、そんな訳で、少しずつ、優しく、緩やかに、また話しを始めていこうと思います。今日の写真は、昨日出張した静岡県磐田市の夕暮れ空です。朝昼食事抜きのまま、お昼過ぎから始まった打ち合わせの後に、ふと気がついた明快なコントラスト。地面!、空!。都会では、いつもその視野の大半を占めている、建物や人といった造作が、そのふたつの狭間で薄っぺらく追いやられている。ちょっと久しぶりだった、そんな青々とした広い空に、ちょっと、ふわふわと感動して思わず写真を撮ってしまいました。写真:静岡県磐田市の夕暮れ空
2002年10月25日
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ここ数日、また少し間をあけてしまいましたが、今日は、未来のインターフェースの可能性を探るサイトを2つご紹介させて頂きます。仕事が一段落したら、またじっくりと文章を書いていきたいと思いますので、それまでは、こちらでちょっと遊んでいてくださいね。SURFACE.YUGOP.COM || MONO*crafts 3.0OSQULOR.COM画像:SURFACE.YUGOP.COMより「INDUSTRIOUS 2001」
2002年10月09日
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写真:2002年9月11日、ヴェネツィア、サンマルコ広場岸
2002年10月03日
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▼神奈川で、北斎と共に。 ▼夢の中で、尿意と共に。 ▼嵐の中で、難破船と共に。 ▼ハワイで、波乗り人と共に。 ▼水槽の中で、金魚と共に。
2002年10月02日
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そう、3年前の誕生日に私はベネツィアに来ていた。その旅は元々、精神的にかなり傷ついた状態に端を発した独り旅だった。何の因果か、当時次々と起こる苦難に耐え続け、しかし次第に思考力を失い、とうとう限界かと思ったそのとき、ある人に勧められて旅に出た。多くの日常をすべて置き去りにし、無になってひたすら歩き回っていた。 そんなとき、当時はまだ大学生だった友人が、学校を休み、初めて海外へ出て、旅に合流してきたのだった。まるで弟のように感じていた彼は、なぜか不思議なことに、いつも私と同じバイオリズムを辿っていた。そんなこともあって、その旅は、彼にとっても日常を洗浄するためのものだった。 そして、自分でも忘れかけていた誕生日のその夜。ベネツィアという特別な場所での、腹を満たすためだけの普通の夕食時。そんな彼が、突然一枚のカードを差し出した。スカルパの建築の絵はがきに、決して上手いとは言い難い文字が並んでいる。辞書を引きながら一生懸命書いたのであろうイタリア語は何か変だ。いったいいつの間に書いたのだろうか。 しかし、そのたった一枚のカードは、暗くたれ込めていた雲の隙間から、次第に燦々と希望の光りを降り注ぎ、ゆっくりと私の心の氷塊を溶かしていった。大事な時期に本当にいい友人に出会ったものだと思う。 Congratulazione! compleanno!!(誕生日おめでとうございます!!) 人生は時には降り出した雨のように、like a viaggio(旅のように) 一瞬の内に景色がくもってしまう時があります。 でも、そんな雨が上がって、再び太陽の 光りが街を照らしたとき、我々が気づかな かったものに輝きを与えてくれます。 これからの日々が更にすばらしく なることを願って、そして感謝の意味を込 めておめでとうございます。 Buono per te!!(あなたが幸せであるように!!) 昨日、色々話が出来て よかったです。 当分は何も考えず ただ感じようと思います。 ソフトタッチに、ホンマさんの写真のように。 Congratulazione!!(おめでとうございます!!) anziano di vita!!(人生の先輩!!) 99.7.26 Naoaki Yamamoto 写真上:その絵はがきにあった写真は、イタリアの建築家「Carlo Scarpa」(カルロ・スカルパ)の作品写真下:そこに書かれていたのは、イタリア語はめちゃくちゃだけれど心には響く言葉
2002年10月01日
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