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北京最大の繁華街で観光スポット「王府井大街」は、東単二条通りから東安門大街通りまでの間が歩行者天国になっていた。若者達や観光客が集まる場所「王府井」(ワンフーチン)1時間の自由行動で何の目的もなく、ただ王府井大街を散策した。小路に入れば、写真の題材になるような所もあったようだが事前の勉強不足・・・ 「王府井」とは、かつて明の時代、ここに皇族の屋敷”王府”と”井戸”があったことに由来するとされている。井戸のあった場所にはマンホール型の記念碑が地面にはめ込まれている。当日、観光客がマンホールの周りに集まっていた?このマンホールの何処が珍しいの、と思ったのだが・・・井戸のあった場所を示す”記念碑”とは、後に知ったのだった。
2007.04.30
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市街南部にある天壇公園は283万平方メートルの静かな公園で天壇にある建物の中で最も美しいのが、高さ38m、直径30mの祈念殿でここは、清の時代に皇帝が天を祀り、五穀豊穣を祈ったところ。「天円地方」思想から、北側は半円、南側は方形になっており釘は全く使われていない。祈念殿に行く回廊は、音楽に合わせ踊る人、トランプやマージャンをする人などでいっぱい! 通行できる余地はない。観光客は、回廊の側道を通る。祈念殿は3層の大理石の壇上に建てられ、内部中央4本の柱で四季を表し周囲に並ぶ12本の柱は12ヶ月を、外の12本は12時間を表しているそうです。色彩鮮やかな、祈念殿の外回り!
2007.04.29
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当地は、朝から小雨模様の肌寒い天気だったが正午過ぎ突然の強風と共に雷が・・・ の里帰りに「信玄」怒る!今日、午後2時から2時半まで、高島城公園内お祭り広場で由布姫役の柴本幸と、プロデューサーのトークショーが行われそのため諏訪を訪れた由布姫であった。信玄の怒りも1時間ほどで納まり、2時ころには青空も見えてきた。トークショーを終え、由布姫も無事信玄の元に帰ることができただろう。由布姫に会いに行く予定だったが、天候が悪かったので行くのを断念した。
2007.04.28
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昼食は、本場北京の”ジャージャー麺”広い会場も満席状態!何処へ行っても見かける日本人の姿がない?西洋人ポイ顔ばかり・・・メニューは数種、初めて食べた本場の味?民族衣装のお姐さん、会場内を行ったり来たり。カメラを意識してか、それとも偶然か?一人の娘は2枚共・・・違う娘にカメラを向けたら無視された!
2007.04.28
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R20号の富士見橋方面春の遅い信州でも、桜の時期は終りに近い・・・ここは、長野県下諏訪町の砥川堤防。田中康夫、前長野県知事が脱ダム宣言をした砥川です。見ごろには少し遅いが、遅咲きの桜が・・・ 下流に見える鉄橋の先が諏訪湖です。砥川の鉄橋を渡る「スーパーあずさ22号」 車体に「風林火山」を描いて走る「特急あずさ17号」(何れも27日撮影)
2007.04.27
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北京の人たちの【maniac】な趣味!天安門広場などで見かけた大人の凧揚げ、老人が鳥かごを持って公園の片隅で鳥の鳴き声を競うもの、はたまた、下町では蟋蟀の相撲に夢中になるなど、かなりマニアックな趣味が! 天安門広場で凧揚げ/審査を待つ「籠の鳥」紫禁城を後にして、バスの乗り場へ行く途中で見かけたのんびりとした光景だ。紫禁城から歩くこと十数分、前方に駐車中のバスが見えてきた・・・この辺りに駐車場は無いのか? 客待ちのバスは皆路上駐車!トロリーバス用に張られた電線、レトロな街灯、この街路樹はなに、芽吹きはきれいだろう。
2007.04.27
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前門東大街でバスを降り、天安門広場から、天安門、端門、午門を通り紫禁城の北門(神武門)までの約4kmを征服!(チト.オーバー)時間をかけ”ゆっくり歩き”なのでそれ程には感じなかったが・・・歩いた、歩いた、歩きました。北の出口、神武門に到着した。神武門から景山公園を望む 景山公園は、高さ45mの人工丘で、中峰から北京市内が一望できここからの紫禁城は格別に美しく見える、と言うのだが、我々は公園に行くこともなく・・・ 神武門を出て、景山前街の駐車場・・ではないのか?車が見えたのでここからバスに乗るのかと思いきや・・・五四大街を歩くこと10分、路上駐車をして待つバスに向かった。
2007.04.26
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紫禁城の北門(神武門)の近くに御花園があり、園内に奇岩の太湖石で築いた10mほどの堆秀山が聳える。毎年、重陽の節句になると、皇帝は皇后や女官たちを引き連れて御景亭に登り菊の花を浮かべた酒を飲みながら景観を楽しんだという。御花園には、ピンクの花桃と黄色の花は?その奥に堆秀山が・・・画面の左から神武門へ。 太湖石で築いた堆秀山と、その上に建つ「御景亭」江蘇省太湖産の石。太湖の湖中の石が何万年もの間波に打たれて、穴やくぼみができ趣きある形に変わったもの。中国の庭園や築山に重用される。(無断借用)
2007.04.25
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写真を撮るのに夢中! ガイドの説明はそっちのけ・・・どれが何やら、何がどれ?
2007.04.24
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故宮博物院(紫禁城)1420年に完成したこの宮殿は、その後500年余にわたり24人の皇帝がここに住んで中国全土への統治を行なった場所である。 紫禁城は南北961m、東西753m、敷地は72万平方mの規模を誇り高さ1Omの城壁に囲まれ、その外に幅52mの濠がめぐらされている。四面に城門があり、南の午門は現在、参観者の入り口であり、北の神武門は出口となっている。紫禁城側からの午門で、ここからが故宮博物院(紫禁城)になる。端門へ通じる5ヶ所の通路口が見える。2006年から2年の予定で進んでいる補修工事(右側) 午門を抜けると中央に金水河と呼ばれる水路に出る。金水河には金水橋という橋が5つ掛けられており、その橋を渡ると太和門がある。金水橋のうちの中央の橋は皇帝専用、その両脇が文武官や王侯貴族の通る橋だった。
2007.04.23
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ここは、長野県松本市にある【長野県護国神社】である。護国神社には、戦没者の英霊が祀られており、毎月3回に分けて命日際が行われている。昨日は、4月21日から30日までに亡くなった、百名ほどの命日際が執り行われ参列した。(戦病死した叔父)命日際に参列するのは、両親であり、兄弟姉妹、子供、またその身内なのだがそれぞれが老齢となり、毎年のように参列者が減り、昨日は20人程度でした。 護国神社とは・・・明治維新前後から、また以降に国家のために殉難した英霊を奉祀した各地の神社で1879年までは「招魂社」と言われていたが、東京招魂社は1879年に靖国神と改称し地方の招魂社は1939年護国神社となった。
2007.04.22
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天安門側からの端門。天安門をくぐると、天安門と午門の中間に端門があり紫禁城を守る役目をしていた。その端門のお立ち台から、皇帝閣下が手を振って・・・皇帝がいる筈ないよね。端門側からの午門。午門は故宮(紫禁城)の正門であり午門には、中央と左右に五つの門が通じている。中央門は皇帝、皇后の専用で、「御路」と呼ばれ、中央門の両側は王侯貴族の専用門であった。さらにその両隣となる東西の脇門は通常は閉ざされていた。
2007.04.21
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天安門紅殻の城壁と瑠璃瓦に彩られた高さ33.7m、2重の城門楼で明、清代皇城の正門であり1420年に「承天門」として創建されたのだが、戦火により焼失した。1651年に再建され「天安門」と改名され現在に至っている。天安門広場天安門から正陽門まで南北880m、人民大会堂から歴史博物館まで500mあり長安街を含めると100万人を収容でき、世界最大の広場といわれている。現在は、中国各地からの観光客や外国人の観光コースとして賑っている。特に中国旗の掲揚や降揚式が行われることでも有名である。この場所で集合写真の撮影(購入者は我のほか4名のみ)天安門前の駐車場のような道「長安路」!ここが車道とは知らなかった。広場からは、地下トンネルを通って天安門へ。 天安門は正面からのものが多いが、この角度からのも見たことがある。毛沢東の肖像画毛 沢東は中国の政治家、軍人、思想家であり、中華人民共和国の「建国の父」とされている。その、毛 沢東の大きな肖像画が、天安門にかかっているのだが、果してその大きさは?10月1日は国慶節(建国記念日)であり、毎年国慶節の前にこの肖像画が取り替えられるそうだ。はずされた物は修復され翌年かける。(2枚を交互に使用)真偽のほどは?である。写真でしか見たことのない「毛沢東の肖像画」実物を見てその大きさが実感できた。偉大なる”毛 沢東”の、偉大な”肖像画”?(写真とばかり思っていたが、画であることを知った)
2007.04.20
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観光客で賑う【天安門広場】時計台のある白い建物は、 旧大陸銀行のビルで今は中国銀行の営業所になっている。 人民英雄記念碑と毛沢東が安置されている記念堂。新中国設立の革命のため命を捧げた烈士を追悼する記念碑。正面には毛沢東による「人民英雄永垂不朽」の文字が裏側には周恩来の文字が刻まれていた。
2007.04.19
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3/27 3日目(観光2日目)今日は北京市内観光で、先ず天安門からの観光が始まった。前日同様に、ホテルから天安門までは通勤ラッシュ!道路は大渋滞。バスは道路上に停車し「皆さん急いで降りて下さい」と、ガイド・・・地下道を通り天安門広場へ向かった。正陽門と箭楼 正陽門(右)(紫禁城に入城する皇帝専用の御門)北京内城の正門で高さ42mあり、当時は北京城で最も高い建物だった。一般には前門と呼ばれ、1988年に国家重点文物保護単位に指定され中では城楼のパネルや模型などが展示されている。箭楼(左)(北京城の防御門)正陽門の南に位置し射撃用の「箭窓」がたくさん空いている。高さ38mあり、2階に茶館があり、1998年に国家重点文物保護単位に指定された。
2007.04.18
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この写真は、3/27日.7:20分頃の北京市内の風景である。この写真には不思議?な物が写っているのだ!客待ちの”リンタク”ではありません・・・1月1日から北京ではバイクが全面禁止になっているという。そう言へば、バイクを見たのはこれ一台だけで勿論、走っているバイクなど一台も見ていないのだ。北京に限らず中国では、人も車も好き勝手に移動しているのにバイクを利用した犯罪が多発していることや事故による死者が多いことが禁止の理由と言うから面白い。(バイクを禁止する前にやることがあるのでは?) なんの変哲もないこの写真だが、バスをよく見て下さい。そうです、トロリーバスです。トロリーバスが多いことと、普通のバスやトロリーバスも連結バスが走る北京です。
2007.04.17
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万里の長城を後にして北京市内へと戻る。案内されたのは”お茶屋さん”二つのテーブルに別れ説明を聞きながらの試飲。(日本人より上手な日本語で説明!)お茶を買った人は?次に向かったのは夕食会場のレストラン。しゃぶしゃぶ料理の食べ放題!肉や野菜が次々に「もう食べれない!」今日の最後は、オプションにて雑技観賞。25名中20人が参加し、5名はバスにてホテルに直行した。(上海で雑技を観ているので今回はパス)ホテルに向かうバスの車窓から。
2007.04.16
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息を弾ませながら登り詰めた女坂の頂上にて貸衣装を着てポーズをとるアメリカ人女性(右)仲間がカメラを向けている後から(盗撮)?「美女と野獣」これまた失礼・・・自由行動の後、集合場所となっている土産品店。女店員にカメラを向けたら・・・「1万円頂戴」だって!勿論、あげはしなかったけどね。
2007.04.15
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「ハァ~ ハァ~」目指す望楼に着きました。望楼に登ろうと思ったが!長蛇の行列で諦めた。さて、今度は下るのみだが・・・その下りが意外と難儀!(膝が笑う) 110m毎に設置された望楼兼のろし台。
2007.04.14
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【万里の長城】余りにも有名な世界文化遺産であるが、今回北京を訪れたのもこの遺産を見るのが目的のひとつである。北京を拠点に観光として規模の大きな「八達嶺」入場すると左右にルートがあり、左に進むと坂の勾配が急な男坂へ。右手は混雑しているが歩きやすい女坂となっている。ゲートを入り左側の高台で集合写真撮影・・・その後1時間の自由行動となり、画像中央に聳える女坂の”望楼”を目指す。(往復40分)
2007.04.13
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定陵の見学を終へ昼食予定のレストランに直行したのだが・・・案内されたのは”七宝焼”の工場(食事じゃないの)?何とこの建物は、工場、売店、レストランが入っていたのだ。工場を見学 売店を通り昼食会場のレストランへ。食事は”広東飲茶”(この食事は皆満足した様子) 作業中のところを失礼して・・・七宝焼(しっぽうやき)金属などの表面にガラス質の色釉を焼きつけて模様絵などを表す装飾工芸。
2007.04.12
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地下宮殿の出口。前方の建物は陵墓側から見る明楼。地下宮殿を出て、明楼の後ろ側へと向かう我がツアーのご一行。明楼から遠くに十三陵のひとつである永楽帝の陵墓”長陵”が見える。
2007.04.11
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ここは長野県岡谷市の弥林山平福寺。境内にはお日限地蔵堂があり、願いごとをかなえてくれるという「おひぎりさま」で知られ毎月23日には縁日で賑う。寺の境内にある彼岸桜と垂れ桜が咲きました。 入り口にある彼岸桜とおひぎりさま会館。境内にある竜の手水舎 。 桜の下に弘法大師。弘法大師の密教を擁護する道場であったとも言われる。中央に咲く垂れ桜。
2007.04.11
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万歴帝宝座のある中殿万歴帝の宝座は白大理石で作られており、座席は幅2m位あり背もたれにも無数の白い玉が散りばめられていた。左端に少し見えるのが、複製の棺である。アメリカ人観光客も・・・紙屑ではない・・・日本でいうお賽銭か?箱もなくご覧の通り!
2007.04.10
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北京の中心から北西へ約50km、昌平県の天寿山南麓に広がるのが”明の十三陵”だ。15世紀初頭の明朝の3代皇帝「永楽帝」から7代皇帝を除く16代皇帝まで13人の陵墓が散在している。13の陵墓の内、現在一般公開されているのは、「永楽帝」の陵墓「長陵」隆慶帝の陵墓「昭陵」そして14代皇帝である「万歴帝」の陵墓「定陵」の3つだけである。定陵正面公開されている3ヶ所の内、訪れたのはここ「定陵」だった。この重門を潜ると、その奥に定陵博物館と巨大な石室、定陵の地下宮殿がある。門を入って直ぐの所に竜の爪に似ているところから付けられた竜爪槐と言って皇帝の木(竜爪木)が・・・
2007.04.09
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来年行われる北京オリンピックに向け競技場、選手村、地下鉄など北京の街は建設ラッシュであちこちにクレーンが林立している。この変った建造物は2008年北京五輪のメインスタジアムとなる国家体育場(愛称:鳥巣)昨年9月に鉄骨構造部分が完成し周りの足場がとりはずされた。選手村の建設現場
2007.04.08
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動物園を後にして、次なる見学地?に向かう途中、車窓より変った建物が・・・ 左折するのかと思ったら・・・後続車や対向車を何台も止めていきなりUターン!中国ではこのくらいのことは”朝飯前”?(3枚車窓から) 路上でUターン、止まった所は”宝石店”前 (右が宝石店)予定表に”ショッピング”とあるはこの宝石店!宝石を買い求めた人は?
2007.04.07
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渋滞路を約1時間!最初の見学場所”北京動物園”に到着した。総面積50万平米の中国最大規模の動物園で900余種、2万匹以上の動物を飼育している。正面ゲートを潜り、パンダ館へ行ったがパンダが居ない?「ただいま寝床の掃除中です」・・・パンダは屋外で朝食中だった。以前は5頭いたそうだが2匹しか見当たらない。カメラに収め、ガイドについて行くと先ほどのゲートに向かっている?動物園の見学はパンダ館だけ!(激安ツアーのため?)2万分の2匹!頭上で鳥の鳴き声カメラに収めるものがないので パチ、パチリ。渋滞の中、1時間もかけて来たのに皆、不満顔・・・
2007.04.06
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3/27 今日の予定は終日北京郊外観光となっている。ホテルで朝食を済ませ、7:15分出発・・・出発から5~6分屋外レストランでの朝食風景!このような光景は決して珍しいことではないというが今回の旅で初めてお目にかかった。カンボジア(シェムリアップ)で、家族揃って屋台で夕食をする光景を思い出した。何処も同じ、朝の通勤ラッシュこの状態が9時ころまで続くそうだ! 彼女達の職場は? 路上ミーティング! (全て車窓から)
2007.04.05
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ここは北京の有名な屋台通り。むかしは屋台らしい屋台で、もっと多かったというが北京オリンピックに向けて整備・改装中のためか?それでも30店くらいが並んでいた。画面の右側が軒を並べる屋台だが、夕食時のビールで手元が・・・ 美味しそう、と覗き込む子供は我がツアー同行の一人!串刺しの”ゲテモノ”も・・・見るだけよ・・・焼そば、巻物はもとより、ゲテモノの蛇、タツノオトシゴ、タガメ、バッタ、カイコ、セミなどの串焼きがずらり!我ら一行は夕食直後でもあり見学のみで買う人はいない・・・その後ホテルへと向かった。
2007.04.04
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入国審査の後、荷物を受け取りロビーへ・・・ロビーではガイドの高爽(コウソウ)さんとカメラ担当の黄さんが出迎えてくれた。↓中央がガイドの高爽さん・・・黄さん↓ 迎えのバスに乗り約40分北京市内中心部にあるレストランへと向かった。
2007.04.03
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満席の乗客を乗せ、3時間のフライトを終えた機体は18時過ぎ(北京時間17時)無事チャイナに到着した。北京上空機体は着陸態勢に・・・建物が迫り間もなく着陸だ 日没間際の北京空港に無事着陸した機内での楽しみ、やはり”機内食”
2007.04.02
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「間もなく左前方に富士山が見えます」のアナウンスにカメラを構えたのだが・・・席こそ窓際だが、わが席は右側で見える筈もない。少しして機外に素晴しい山並み!目が冴え夢中でシャッターを切ったこの写真・・・どの辺り?
2007.04.01
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