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GoToキャンセル殺到 業者悲鳴「なぜ東京だけ」「致命的」秋以降も影響旅行需要喚起策「Go Toトラベル」事業は東京都だけを外してスタートすることになった。旅行ツアーでは早くもキャンセルが相次ぎ、混乱が広がる。旅行会社「四季の旅」(東京都)では16日夕方から17日にかけ、予約キャンセルの電話やメールが殺到した。同社のツアーの95%は東京発着で、会員約6万人の約7割は都内在住者。大半のツアーや旅客が対象から外れるという。2月下旬以降はツアーを全て中止し、緊急事態宣言解除までの約3カ月間の売り上げは前年比99%減に落ち込んだ。宣言解除後は少しずつ旅行客も戻り始めたが、それでも前年の7割程度。「Go To」効果に希望を託し、夏の巻き返しを目指して多くのツアーを用意していた。旅行業者などが加盟する「東京都旅行業協会」専務理事によると、加盟社からは16日以降「なぜ東京だけなんだ」「この先どうしたらいいんだ」という問い合わせが相次いでいるという。「都内の旅行業者にとっては致命的な状況。弱り切っている」と話す。東京からの客を期待していた地方の観光地もショックは大きい。一番のかき入れ時を迎えるはずだった長野県軽井沢町。「旧軽井沢ホテル東雲」の予約担当者は、「1週間ほど前には殺到していた申込が鈍り始めた」と明かす。お盆の時期の宿泊予約も7割程度。年間130万人が訪れる北海道登別市の温泉街。その予約販売を受付ける「野口観光札幌営業所」の営業副本部長は「多くの消費者を抱えるマーケットが除外されるのは大きな損失だ」とこぼす。「東京の感染状況を見ると、仕方ない」と理解も示す一方、政府の対応について「ネット予約では(客の)住所を確認するのは難しく、東京からお客様が来た場合の対応も不明。キャンペーンに関し、情報が少ない」と不満を漏らした。(要旨)---いろんな意味で最悪の状況と言うしかないでしょう。私は、GoToキャンペーンに対しては複雑な心境があり、正直なところあまり賛否を公然と書きたくない気分がありました。というのは、こういうキャンペーンは果たしてどうなんだ、という思いは当初からあった一方で、親しい知人に旅行業の関係者もいるし、何よりも私自身が旅行(登山も含む)に行きたい、行く予定もあるからです。全額自分のお金で行くつもりで、GoToキャンペーンを利用するつもりは一切ありませんでしたが、それにしても「自分は旅行に行くぞ、でもGoToキャンベーンには反対!」というのは、さすがに矛盾がありすぎて、ちょっと言いにくい(笑)最初からGoToキャンペーンなんかなければ、それぞれの判断で旅行に行く人は行く、という話で済んだはずです。ところが、GoToキャンペーンを散々煽った挙句(東京だけ)キャンペーンを中止となると、そうはいかない。キャンペーン中止の趣旨は「旅行に行ってはいけません」ということではないはずですが、どうしたって「東京在住者は旅行に行ってはいけない(あるいは旅行先に東京を選んではいけない)」という気分が生じることは避けられません※。旅行することへの心理的敷居が高くなり、素直に楽しみにくくなってしまうではないですか。それでも、私は行きますけどね。煽っておいて後で冷や水をかけるなら、最初から煽らないでくれ、と言いたい。※東京だけに限った話ではないでしょう。東京は、日本最大の人口を抱えていることは言うまでもありませんが、「観光地」としても東京都は47都道府県中第1位の観光客数を集めています。それに、上記のような気分は他の道府県にも伝播せずには済まないでしょう。しかも、その後の報道によると、「キャンセル料は補償しない」というのです。客が泣き寝入りするか旅行会社が被るか、宿泊施設や交通機関が被るか、とにかく2階に上げておいてはしごを外された状態です。更に、引用記事最後の「ネット予約では(客の)住所を確認するのは難しく、東京からお客様が来た場合の対応も不明。」という指摘も重要です。国内旅行のネット予約の場合(ツアーの予約をネットでしたことはありませんが、バスや飛行機、宿の予約はよくします)、住所の記入を求められたことはないように思います。東京発着と東京が目的地のツアーを対象外とすることから、実質的には大半の東京在住者は利用しなくなるとは思いますが、その気になれば横浜発着、さいたま発着、千葉発着などのツアーに申し込んでGoToキャンペーンを使ってしまう人も出てくるんじゃないでしょうか。というわけで、「東京だけ対象外」という折衷案みたいなやり方もまた、相当に無理があり、これもまた「やめるなら全部中止(または延期)にすべきだった」ということになるんじゃないか、と思います。このような異常事態によって恐慌状態に陥っているときに、公費によって何らかの景気刺激策を講じること自体は、否定されるべきではありません。ただ、そのやり方、タイミングが新型コロナ感染再拡大の動向をあまりに無視したもので、結果的に逆効果(やらない方がマシ)なものとなってしまったと言わざるを得ません。このことに限らず、安倍政権のやることなすこと、ことごとく外ればっかりで、劣化ぶりがあまりに酷い。いや、安倍政権のやることは最初からずっと酷かったのですが、このところはどう見ても破滅的としか思えません。
2020.07.18
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在日米軍経費「80億ドル」要求、「トランプ氏は本気だ」…ボルトン氏米国のジョン・ボルトン前大統領補佐官が読売新聞のインタビューに応じた。ボルトン氏は在日米軍駐留経費の日本側負担に関し、トランプ大統領が年間80億ドル(約8500億円)を求めたとしたことについて「トランプ氏は本気だ。米軍を撤退させる可能性も十分にあり得る」と述べた。ボルトン氏は回顧録で、昨年7月の訪日時に谷内国家安全保障局長(当時)に対し、駐留経費をめぐるトランプ氏の要求額を伝えたと記した。インタビューでは「これを下回る妥協額も頭にあるだろうが、交渉の起点となる要求額だと思う」と語った。回顧録には在韓米軍駐留経費の韓国側負担に関し、米国が韓国側に年間50億ドルの支払いを求めたとし、積算根拠について「駐留経費の全額に5割を上乗せした額」だと明記されている。ボルトン氏は日本に対する80億ドルをめぐっても「(トランプ氏は)日本を守る上で米国が利益を上げるべきだと考えている」と説明し、同様の方法で積算された額であることを示唆した。---私だったら、そういう提案を受けたら即座に「ではどうぞ撤退してください」と言いますどね。私は軽武装中立論者(非武装ではない)なので、自衛隊は日本の安全保障に必要だけど、在日米軍は撤退の方向にもっていくべきと思っております。日本側からあまり露骨にケンカを売るわけにもいきませんが、わざわざ先方から「(駐留経費負担を増額しなければ)在日米軍を撤退させる」と言ってくれるなら、そりゃ渡りに船、千載一遇のチャンスというものです。在日米軍全軍の撤退までは無理でも、この際半分以上の部隊に撤退してもらいましょう。と言いたいところですが、まことに残念ながら、我らが日本政府は安全保障と言えば日米安保体制維持という固定観念にとらわれて、それ以外の発想は一切ありません。元々は、在日米軍は、日本が太平洋戦争に負けた結果、占領軍としてやってきたものであり、当然のことながら日本が求めたものでは一切ありません。その後も米国が日本に軍隊を置き続けたのは、自らの世界戦略、つまるところ国家的利益のためです。ところが、その状態が75年も続いたら、占領軍であったはずの米軍が、日本に「居てやっている」「米軍が居てくださる」になってしまった。親米政権がずーーーーーっと続いた結果、お互いに考え方の逆転現象を起こしてしまっているのです。80億ドルという金額は、現状の在日米軍駐留経費の日本側負担の4倍といいます。そんなトンデモない金額を吹っ掛けられても、「じゃあ日米安保体制なんてやめちまえ」とは(政権内からは)誰も言い出さない。多少の値下げ交渉くらいはするのでしょうが、「日米安保体制維持」以外の選択肢を拒絶している時点で、足元を見られるに決まっており、80億ドルを70億ドルに値切りました、という程度のことしかできず、結局唯々諾々と払うのでしょう。それにしても、そうなった場合はその費用をどこから捻出するんでしょうか。国債増発して国の借金を増やすか、新型コロナ対策の費用を削って米軍に貢ぐ金に回すか、社会保障の費用を削って回すか、いずれにしても、米国様の利益のために、日本人はもっと苦しめ、ということになるわけです。何とも無残な未来図と言うしかありません。
2020.07.16
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東京都知事選 現職の小池百合子氏 2回目の当選過去最多の22人が立候補した東京都知事選挙は、現職の小池百合子氏(67)が、2回目の当選を果たしました。東京都知事選挙の結果です。▼小池百合子、無所属、現。当選。366万1371票。▼宇都宮健児、無所属、新。84万4151票。▼山本太郎、れいわ新選組、新。65万7277票。▼小野泰輔、無所属、新。61万2530票。▼桜井誠、諸派、新。17万8784票。(以下略)---予想されたこととはいえ、残念な結果となってしまいました。小池百合子がそんなにいい、というのは私には信じられないことですが、それが都民の選択なんだから仕方がありません。私自身は宇都宮健児に票を投じました。山本太郎とどちらを選ぶか、迷いは多少ありましたが、それほど深くは迷いませんでした。宇都宮さん、私は直接的にはまったく面識がないのですが、縁の深い知人が何人かおりまして、「彼等が支援するなら、人として間違いはないだろう」と思っていました。今回は単に票を投じただけですが、実は、前回都知事選で政治献金をしたこともあるのです。それも、出馬を辞退した後に。出馬辞退しても、すでに作成したポスターやチラシなどの費用が発生していたことを知っていたからです。あの時、陣営に参加していた人たちの葛藤と落胆は、察するに余りありました。鳥越俊太郎がよくないとは思いませんでしたし、票も投じましたが、都知事候補としてより適任だったのは、あの時も宇都宮さんだったと思っています。残念ながら、今回結果は最初から見えており、ほとんど期待も抱けない状態でしたが、それでも宇都宮都知事、見てみたかったです。山本太郎については、政治家として大いに期待している部分は多々あるものの、今回の都知事選に関しては、野党陣営の統一を割ったことについて、ちょっと興ざめな感覚を抱いたことは否めません。政策的な面でいうと、総額15兆円の都債発行という公約には、実現性と、もし実現した場合の財政状態悪化への懸念が、私にはどうしても消すことはできませんでした。確かに、東京都は全国一の富裕自治体であり、実質公債費比率も都道府県の中で群を抜いて圧倒的に低い。しかし、順風満帆の状態で15兆円の都債を増発するわけではありません。リーマンショックを超えると言われる急激なコロナ不況の進行は、東京都の税収とも無縁であるはずがなく、これから急激な財政悪化(それはそのまま都債の増発につながる)を迎える中で、更に15兆の都債が加わる(「総額」だから一度に発行するわけではない、とはいうものの)ことは、私ですら、「本当にやって大丈夫なのか?」という懸念を抱かずにはいられませんでした。発想自体が悪いとは思いません。このような状況に際して財政再建最優先、財政赤字を拡大させるようなことは一切まかりならぬ、などという財務省的態度では、状況は悪化するばかりです。しかし、程度というものがあります。2兆3兆と言われれば「そのくらいやるべきだ」と思うけど、15兆と言われると、私でも「ちょっと待て」と思う。全面的に反安倍・反小池の私ですらそう思うのですから、世間一般的に、これを「確かに実現性がある、この人に都政を託そう」と考える人が多数派にならないのは、そりゃ仕方がなかろうと考えざるを得ません。人並なことを言っていたのではとても都知事選に勝つことは覚束ない、「まじめに」突拍子のないことを言わなければ(不真面目に突拍子もないことなら、誰でも言えますが、それでは話にならない)世間の注目を集めることもましてや当選も見込めない、ということは分かります。山本太郎が非常に真面目に考えたのは間違いないところですが、でも、今回はそれがちょっと外れたかな、と思います。そのことと、新型コロナの影響で選挙運動も制約がある状況では、現職が極度に有利になる傾向が否めないなと思わざるを得ません。現職は現職であるというだけで有利というのは、選挙における(特に首長選)普遍的原則ですが、今回のこの新型コロナ騒動によって、それが極大化したように思います。街頭演説もしない、討論会もしない、選挙運動らしい運動は何もしない、ところが、小池の名前や記者会見がマスコミに登場しない日はない。少なくともここ1か月以内に限れば安倍に匹敵、いや告示後は安倍以上のマスコミ登場頻度だったと思います。都知事は元々何かとマスコミに取り上げられることが多いものの、この登場頻度(それも選挙直前、選挙中の時期に)は過去の都知事に例がないのではないかと思います。連日連夜、自分で選挙費用を使わずに、勝手にマスコミが名前を売ってくれるんだから、そりゃ自分で選挙運動なんかやる必要もないでしょうよ。戦う前から知名度、注目度で巨大な差を付けているんだから、そりゃ圧倒的大差で勝利できない方が不思議というしかありません。ともかく、小池百合子を私は1ミリたりとも支持はしません。これまでも、これからも。
2020.07.06
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外出禁止や休業を強制できる法改正必要62% NHK世論調査 感染症の拡大を防ぐため、政府や自治体が外出を禁止したり、休業を強制したりできるようにする、法律の改正が必要だと思うかNHKの世論調査で尋ねたところ、「必要だ」と答えた人が62%に上り、「必要ではない」と答えた人の27%を上回りました。調査の対象となったのは2202人で、58%にあたる1270人から回答を得ました。新型コロナウイルス対策で国民に一律に給付される10万円をどのように使うか、5つの選択肢を示して聞いたところ、▽「生活費に使う」が52%、▽「生活費以外に使う」が28%、▽「貯金する」が12%、▽「寄付する」が3%、▽「受け取らない」が0%でした。感染症の拡大を防ぐため、政府や自治体が外出を禁止したり、休業を強制したりできるようにする法律の改正が必要だと思うか尋ねたところ、▽「必要だ」が62%、▽「必要ではない」が27%でした。9月入学について、政府は今年度や来年度からの導入を見送る一方、長期的な課題として検討を続ける方針です。将来的に、9月入学を導入することの賛否を聞いたところ、▽「賛成」が51%、▽「反対」が32%でした。---定額給付金に関しては、5つの選択肢が提示されていますが、「受け取らない」を除けば一部を生活費に、一部をそれ以外に、残りは貯金に、みたいな使い方をする人が多いと思うので、この調査結果にどの程度意味があるのかは謎です。ちなみに、私の場合も多分「受け取らない」以外の全選択肢に該当します。それはともかく、残りの二つの調査結果には、愕然とする数字が並んいます。私自身が、当ブログで「自粛しません」と宣言し、実際にこの間外出していたわけですが(もちろん、感染しないようそれなりの注意は払っていました)、この行動は将来的には違法ということになるかもしれません。もちろん、このような事態に際して、政府が外出をできるだけ控えるように呼びかけること事態は当然のことです。私だって、「自粛しません」と公言はしましたが、普段に比べれば外出は相当に控えました。ただ、政府の(強制を伴わない)政策、個人や企業の心がけのレベルではなく、従わない者には罰則を課して強制する、ということなら、曖昧な理由、恣意的な判断、因果関係や効果のほどがあやふやであってはならない、と私は思います。大量の死者を出した欧米諸国が罰則付きの強力な外出制限を課したから、死者数がきわめて少数にとどまっている日本で同じことをすべき、とはならないでしょう。しかも、日本がなぜ、欧米諸国ほど深刻な事態にならずに済んだのか、実際のところはよく分かっていません。したがって、罰則付きの外出制限が効果を発揮するかどうかも、分かりません。効果のよく分からないものでも、やらないよりやる方がマシな場合もあるでしょう、副作用が小さなものならば。しかし、罰則付きの外出禁止は、副作用が巨大です。そんなものを、とりわけ安倍のような政権に好き勝手に使わせたら、どれだけ恣意的な使われ方をするか、分かったものではありません。そのような規定には、私は反対です。学校の9月入学も、まさかこんなに賛成が多いとは思いませんでした。これについても、私は反対です。詳細は以前の記事に書いたとおりです。役所の会計年度を4月から3月ではなく、9月から8月に改める(職員採用や定年も)、企業の新規採用もすべて9月採用に改める、そこまでやることとセットで、9月入学に変えるというなら、まあ良いでしょう。しかし、それができますか?就職という出口が変わらないまま、入学という入口だけ9月に変えても、卒業後どうするんですか?新型コロナの影響で休校が長く続いたから、という理由だけで9月入学に変えるのは、あまりに近視眼的と思わざるを得ません。それじゃあ、9月入学に変えてまた感染第2波で休校が続いたら、もう一度4月入学に戻すんですか?というあたりを、考えた上での意見なのかな、という気がします。
2020.06.25
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自民党広報の「改憲漫画」で誤りを指摘する声相次ぐ自民党広報のツイッターアカウントが、憲法改正の必要性を訴えた4コマ漫画をアップし、その内容に誤りを指摘する声とともに批判が相次いでいる。問題となっているのは、「教えて!もやウィン」のタイトルで18日にアップされた4コマ漫画。登場するキャラクターが「ダーウィンの進化論ではこういわれておる」と、ダーウィンの“名言”とされるものを引き合いに出して憲法改正が必要だと説いている。しかしこの内容に「ダーウィンはそのようなことは言っていません」「憲法とは全く無関係の進化論を持ってきて変化の必要性を訴えるのはこじつけに過ぎません。また進化論の理解も間違っています」「自民党のみなさんが進化論を理解していないことがよくわかりました。全世界に恥を広める前に、削除することをお勧めします」などといったコメントが多数寄せられた。国民民主党の原口一博衆院議員もツイッターで「『適者生存』理論は、かつてファシストに利用されて民族浄化の惨禍をもたらした。そもそもダーウィンの説でもない」と指摘。「誤りに誤りを重ねて、それを憲法改正に結びつけようとするなど、どこまで劣化したのか?」と批判した。---問題の自民党の4コマ漫画はこちらです。教えて!もやウィンいやはや、改憲の必要性を叫ぶためにダーウィンを持ってくるとは、筋が悪すぎます。引用記事にも指摘されていますが、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるのでもない。唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」というのは、ダーウィンのことばではありません。この言葉の起源は、1960年代に米国の経営学者レオン・メギンソンがダーウィンの考えを独自に解釈して論文中に記した言葉であった。それを他者が引用を重ねるうち少しずつ変化して、最後にダーウィンの言葉として誤って伝えられるに至ったものである。とのことです。そもそも、上記の考え方は、生物進化のとらえ方として間違っているし、生物進化の考え方を人間社会の中での行動にあてはめることも正しいとは言い難いのです。まず、「変化できる者」を、「進化する能力のある者」と捉えるなら、すべての生物がおおむね平等に進化(変化)する能力を有します。「進化」とは、簡単に言えばコピー不良です。生物は親から子へ、遺伝子を受け継いでいきますが、その遺伝子に稀にコピーミスが発生します。一つ一つのコピーミスはごく小さなものですが、何千世代にわたって、小さなコピーミスが集積されると、はっきりと目に見える変異になっていくことがあります。また、同じ集団の中では繁殖によって常時遺伝子がやり取りされているので、前述のようにコピーミスがあっても孫の代で片親からの正しい遺伝情報で補正されたり、補正されない場合は、やがてコピーミスは集団内のすべての個体に共有されるので、その集団全体が同じ方向に変化します。しかし、「地理的隔離」つまり、何らかの理由で集団が二つに分かれて、その間の通婚が途絶えると、それぞれの集団が別々の方向にコピーミスを繰り返すので、両集団はやがて枝分かれ(種分化)していきます。遺伝子がコピーミスを起こす確率は、遺伝情報をDNAによって受け継ぐ生物である限り、大差はありません。したがって変化(進化)する可能性(能力)も、どんな生物でも大きくは変わりません。ただし、寿命の長い生物より寿命の短い生物の方が一定期間内の世代の代替わり回数が多くなるので、当然変化のスピードも速い、ということにはなります。また、これはあくまでもDNAを持つ生物の話です。RNAはDNAより遺伝情報のコピーが圧倒的に不正確なので、RNAウイルスはけた違いに早い変異スピードになります。「変化できる能力」は大差がないのに、何億年もさほど変化していない生物もあれば、数百万年でとんでもなく変化する生物もあります。それは、能力の問題ではなく環境の問題。環境が変わらなければ変化する必要はないし、環境が変わればそれに合わせて変化していく・・・・・とも限りません。変化は偶然の産物ですから、必ずしも環境の変化に合致するように変化すとは限りません。ただ、環境の変化に反する変化を遂げた生物は繁栄できない、あるいは絶滅する可能性が高く、環境の変化に合致する方向に変化したものは繁栄する可能性が高まりますから、結果として環境の変化に合わせて生物が進化したかのように見えるだけです。環境の変化とは生物自身の主体的な選択ではありませんし、生物自身の変化(進化)もそうです。では、「変化できる者」を、進化する能力ではなく、「結果として変化(進化)した者」と捉えた場合はどうでしょうか。これもまた、明らかに間違いです。「生きている化石」と言われ、何億年も姿を変えていないシーラカンスは今もしっかり生き残っています。というか、シーラカンスに限らず「魚」と総称される生物は、陸に上がった脊椎動物に比べれば、何億年間もそれほど姿を変えていませんが、現在も大繁栄しています。もちろん、個別に見れば、多くの種や多くの科が登場しては絶滅していきましたが。一方、この間に陸に上がった脊椎動物は、水中に残った魚に比べて信じられないくらい大変化しましたが、絶滅した種類もまた数知れずです。恐竜が(鳥以外)絶滅したのは有名ですし、我々哺乳類の祖先である単弓類は、ペルム紀の終わりに、哺乳類に連なるわずかな系統を残して絶滅しました。我々人類にしても、400万年前にアフリカにアウストラロピテクスが登場して以降、いくつもの種類の人が進化しましたが、現在生き延びているのは我々「ホモ・サピエンス」1種類だけです。つまり、「変化した者」が生き残り、「変化しなかった者」が絶滅した、という一般法則もありません。また、そもそも純然たる生物進化の法則を、人間社会内部での個々の行動にあてはめることには無理があります。生物の変化(進化)は生物自身の主体的意志や判断によるものではありません。言い換えれば「偶然」です。進化とは偶然でしかないのです。鳥は飛びたいと願ったから空を飛んだわけではないし、人は頭がよくなりたいと思ったから頭がよくなったのではありません(人類社会内部での個々の努力による優劣の話ではなく、生物種としての人類全体の能力の話てです)。元々一つの集団が、見分けるのも難しいような別の種類に分かれるだけだって、何千世代か何万世代かかるのです。四つ足の類人猿から人が枝分かれするには、数十万世代かかっているでしょう。1世代か、せいぜい数世代の中で、個人の意思であれ集団の意志であれ、何かの意志を持ったりそのために努力をすることは、生物としての進化とは関係ないのです。このように、憲法を変える、変えないという話と、ダーウィンの進化論とは、何の関係もありません。ダーウィンの進化論は、生物学における極めて正しい学説ですが、それを人間社会の内部における社会構造の変化にあてはめようという考え方は、基本的には見当違いと言わざるを得ません。その中でも、「社会ダーウィニズム」と呼ばれる考え方は、ダーウィンの学説を曲解し、「弱肉強食」「優勝劣敗」といった恣意的な理論で強国による小国への侵略や植民地支配を正当化したり、ナチスの「優生思想」つまり「劣等民族」の虐殺や障害者、社会的弱者の抹殺につながるなど、猛毒を発揮しました。進化論を人間社会にあてはめようとする考えのすべてが社会ダーウィニズムというわけではありませんが、「変化できない者は絶滅」という発想は、かなり社会ダーウィニズムに近いと考えざるを得ません。長々と書いたけど、私程度の「生物学が大好きな素人」程度で分かる生物学の素養もないままダーウィンの進化論のうわべの部分に誤った理解で飛びついちゃって、改憲につなげようという、実に浅はかで底の浅い行動、ということです。ところで、このダーウィンの進化論に関する理解もトンデモだけど、続く第2話「憲法とは」もまたトンデモです。「はじめの憲法」に、いわゆる聖徳太子(厩戸皇子)の十七条の憲法を持ってくる神経。これもまた唖然とします。それは名前が同じなだけで、近代憲法とは関係のない話です。いわば、「最初の戦車」と言って第1次大戦の英軍マーク1戦車ではなく、古代ローマの馬の曳く「戦車」を持ち出すようなものです。「馬鹿か?」という印象しかありません。更に、「憲法の役割」には、「リーダーも国民もみんなが憲法に従う義務がある」と書いている。これまた、憲法に対する誤った理解と言わざるを得ません。世界に殺人が非合法ではない国はないと思いますが、憲法に殺人は禁止します、などと書いている国もまたありません。憲法とは、国の形の基本を定める法律であり、また為政者を律するための法律であって、一般国民を縛ることを目的とする法律ではないのです。一般国民を縛ることは、憲法ではなく、その下の様々な法律によって行われます。まさに殺人は禁止なんてことは、刑法に書いてある。憲法に書くべきことではない。憲法についてこんな書き方をするのは、自民党が作りたい新しい憲法には、国民を縛るような規定を一杯作って、それに国民を従わせたい、という考えが根本にあるからでしょう。そんな憲法は御免こうむりたいです。
2020.06.20
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河井克行・案里夫妻18日逮捕へ 検察方針、参院選巡る買収の疑い昨年7月の参院選広島選挙区で、票の取りまとめを依頼する趣旨で選挙区内の地方議員や首長らに現金を配ったとして検察当局が18日に、河井克行前法相と初当選した妻案里氏を公選法違反(買収)の疑いで逮捕する方針を固めた。河井夫妻はこれまでの複数回の任意聴取で買収行為を否定しているという。克行氏は安倍晋三首相らに近いとされ、参院選では自民党本部が案里氏の擁立を主導。資金面を含めて支援しており、安倍政権への打撃は必至だ。克行氏は県内の県議や市議、後援会幹部数十人に現金を配り、公選法が原則無報酬と定める陣営関係者らにも現金を渡した疑い。配布先は100人近く、総額約2500万円に上る。案里氏も一部の議員らに計百数十万円を配った疑い。同選挙区では1億5千万円の資金提供を受けるなど自民党本部の後押しを受けた案里氏と、無所属の森本氏が当選し、6選を目指した溝手氏が落選した。案里陣営を巡っては、車上運動員に法定を超える報酬を払ったとして、公設第2秘書と克行氏の元政策秘書が今年3月に同法違反(買収)の罪で起訴された。広島地検は公設第2秘書について、案里氏が失職する連座制適用対象の「組織的選挙運動管理者」に当たるとして「百日裁判」を申請。広島地裁は懲役1年6月、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。懲役刑は連座制の適用対象で、案里氏が失職する可能性が濃厚となっている。(要旨)---逮捕自体は時間の問題と見られていましたし、当然、何でこんなに時間がかかったのだ、という思いもあります(証拠固めにはそれなりの時間を要するのでしょうが)。それにも関わらず、河井夫婦は「党に迷惑をかけた」として自民党を離党したのみで、議員辞職はしないそうです。あきれた物言いと思わざるを得ません。「党に迷惑をかけた」とは、具体的に何を指しているのでしょうか?河井夫妻は「やましい政治活動はしていない」と言い張っており、それなら自民党に迷惑などかけていないはずでしょう。そうではなく、やましいことはしていないが無形の迷惑をかけた、ということなら、「党に迷惑をかけた」その何倍も選挙民、国民に迷惑をかけたんじゃないでしょうか?そこに責任を取る気はなく、自民党に対してだけ責任を取るつもりだ、ということがよく分かります。いずれにしても、本人たちは今日明日にも逮捕され、議員も失職し、おそらく有罪になるのでしょう。それなりの報いを受けることになる、と言えそうです。だけど、問題はそれだけではありません。引用記事にもあるように、自民党は案里議員の選挙運動に、1億5千万円もの資金を提供したと報じられています。関係者によると、この額はあまりに異常だということです。自民党の他の候補者には1500万円の資金提供というので、えこひいきの度が過ぎることは言うまでもありません。しかし、問題はそこではありません。選挙においてかけてよい費用には上限が定められており(法定費用)、その上限はこの選挙の場合4700万円で、しかも河井議員が実際にかけたと報告した費用は2405万円と報じられています。つまり、自民党は、法定費用の3倍の選挙資金を提供したわけです。いくら何でも法定費用の上限を認識しなかったはずがないので、法定費用を越える選挙費用を使うことを黙認、どころか推奨していたと言われてもしょうがないでしょう。河井夫妻が悪いことは言うまでもないけれど、それだけが全てではない、ということです。法定費用の上限を遙かに越える1億5千万円を、どのような使途に充てる考えで、このお金を渡したのか、それを決めたのは誰か、そのあたりの説明をする責任が、自民党にはあるはずです。トカゲの尻尾切りのごとく、離党したからもう自民党の議員じゃありません、悪いのは河井夫妻です、で済ますつもりですか?
2020.06.18
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「何もやってない人が政権を批判するのは卑怯だ」43年間拉致問題を放置した政治家とメディアに対する横田哲也さんの怒り横田めぐみさんの父、滋さんが43年間娘に会えず亡くなった。安倍首相は「申し訳ない思いで一杯だ」とコメントしたが、少し泣いているようだった。僕も記者のはしくれとして横田さんに申し訳なく思った。~結局2002年に当時の小泉首相が訪朝し金正日に謝罪させるまで25年間、我々日本人は拉致問題を放置していたのだ。本当に恥ずかしいことだ。そしてその後18年間我々は再び放置した。「バイキング」の中で東国原・元宮崎県知事が「(拉致に)結果的に進展はなく、政府の責任は極めて重い」と発言した時に、「拉致問題の進展がないことを安倍さんのせいにするのはおかしい」と思ったが、確かに進展はしておらず、いまだ帰ってこない肉親を待ち続ける家族の方々にはそういう気持ちもあるのだろうなと思い黙っていた。僕もこの拉致問題を30年ほどだが追いかけているので少しモヤモヤしていたら昨日、めぐみさんの弟の横田哲也さんの会見を聞いて驚いた。哲也さんは問題なのは「安倍政権」ではなく、「40年間何もしてこなかった政治家や、北朝鮮は拉致などしていないと言い続けたメディアである」と指摘した上で、「何もやってない人が政権批判をするのは卑怯だ」と非常に厳しい言葉で政治家やメディアを批判した。---横田滋さんが亡くなられた、ということです。謹んでご冥福をお祈りします。 私は、小泉純一郎という政治家を好きではないし評価もしないけれど、ともかく拉致被害者5人を帰国させるという快挙を成し遂げました。さらに言えば、その前に初めて北朝鮮の拉致問題を国会の場で公にしたのは北朝鮮や朝鮮総連(当時は中国とも)仲違いしていた共産党です。それに対して、安倍はいったい何を成し遂げたというのでしょうか。ところが、なぜか家族会は小泉のことは罵倒し、安倍はひたすらに持ち上げる。あえて言いますが、帰国した5人以外は、どう考えたって生きているはずがないのです。生きているはずがない被害者が帰ってくることもありません。したがって、安倍がこの問題について何も進展させられなかったのは仕方がない。というか当然です。生きていない人が生き返るはずがないんだから、安倍でなくたって、誰がやったって進展なんかするわけがない。だから、私も実現しなかったことが悪いとは思いません。明らかに実現なんかするはずがないことを、さもできるように言い続けてきたことが、安倍の責任の本質です。肉親が「拉致被害者は生きている」と思うのは仕方がないです。自分の娘が死んだなんて信じられない、認めたくない、生きているはずだ、そう信じるのは分かりますし、それを非難すべきこととは思いません。だけど、国家全体が、拉致被害者が生きているという、もはやあり得ない前提を基に政策を定めるのは間違っていると思うわけです。それでは、何事も絶対に解決するはずがありません。北朝鮮のやったことは欠片ほどの弁護の余地もない酷いことだし、拉致被害者やその家族にも同情します。しかし、そのことはそのこととして、安倍がやったこと言ったことはまったく評価できないし、彼らがこれまでずっと、そしてこの期に及んでなお安倍を同盟者として活動し、それに異論を唱える蓮池透氏を追放し、そういう路線上で今後も活動するなら、その部分には何のシンパシーも感じないと言わざるを得ません。
2020.06.11
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抗議デモ「国内のテロ行為」 トランプ氏 軍派遣に言及アメリカの黒人男性死亡事件をきっかけに発生した抗議デモでは、一部が暴徒化し、略奪行為も起こっている。トランプ大統領は、「国内のテロ行為だ」と非難した。アメリカで、白人警察官が黒人男性を押さえつけ死亡させた事件をきっかけに発生した全米各地での抗議デモ。夜間の外出禁止令が出ているニューヨークなどで続いているデモは、一部が暴徒化し、店舗などからの略奪行為にも及んだ。1日に演説したトランプ大統領は、「国内のテロ行為だ」と非難した。アメリカのトランプ大統領「国内に拡大している暴動と無法状態を終わらせる。今をもって終わりだ」また、トランプ大統領は、各州の知事に州兵を動員するよう求め、拒否すれば軍を派遣すると強調した。 ---問題となった黒人男性は、偽造紙幣を使ったとの疑いで警察に拘束された際、手錠をかけられた状態で数人の警官にのしかかられて窒息死した、とのことです。逮捕容疑であった偽造紙幣使用の疑いは、それが本当に偽造紙幣だったのか、また亡くなった方が偽造紙幣だと認識していたのかについての続報はありません。仮にそれらの容疑が事実で、偽造紙幣と認識して使っていたとしても、死刑に相当するほどの罪ではないし、手錠をかけられて抵抗できない状態で殺害する、いかなる正当性もありません。現に、圧死に関与した警官は免職となって逮捕されています。ともかく、この件が契機となって全米で激しい抗議デモが起こっています。そして、その一部が残念ながら暴徒化してしまっている、ということですが、ただし、それはごく一部であって、大半は平和的なデモに終始しています。そして、デモを支持するあるいは理解を示す側の著名人、政治家の多くは、そのような暴動化を憂慮し、対立を激化させず養和を求めるメッセージを発信しています。ところが、デモを非難し攻撃する側、その筆頭がトランプ大統領であるわけですが、彼等はひたすら対立をあおるような言動を繰り返しています。確かに略奪や暴動は許されざることです。しかし、火のないところに煙は立たず、理由があるからそういうことが起こるわけです。その理由から目を背けて、略奪や暴動という現象だけに、力には力を、みたいな対応をとることは愚の骨頂と言わざるを得ないでしょう。そもそもの発端は、前述のとおり、警察の暴力によって黒人男性が殺害されたことから始まっているわけですが、それ以降も警察はデモに対して激しい暴力を振るっていることが各所で目撃されています。デモに対してのみならず、取材するマスコミに対しても警察が度々暴力を振るっていることが報道されています。米抗議デモ、取材班への暴力相次ぐ トランプ氏のメディア批判が一因との声も抗議デモの現場で発生した報道の自由に反する事案は192件。うち131件で記者らに対する暴力があり、さらにそのうち108件は警察による暴力だった。また記者らの逮捕は31件、ゴム弾の使用は46件、機材の損傷は30件、催涙ガスの使用は30件、ペッパースプレーの使用は17件あったという。---デモ隊の略奪や暴行ばかりがクローズアップされますが、これを見る限り警察の方が、はるかに激しい暴力を働いていることは歴然としているのです。現状でもそんな状態で、更にデモ隊に対して軍を投入すれば、「お前らと話し合う余地なんかない、叩き潰してやる」というメッセージそのものです。さすがの米国でも、今回のこの件でそのような対応を取ることは、実際にデモが発生している各州知事が拒否しています。そりゃそうでしょう。仮に軍隊を投入してデモを圧殺しても、そこにはさらに巨大な不満と怒りが蓄積され、より大きな暴動を招きかねないことは歴然としているからです。日本の安倍なども同じと思いますが、トランプも支持者しか見ていない。賛成派も反対派もいる、多様な意見のある一国のトップ、ではなく、自分の支持者だけの色に染まった国のトップ、という意識しかないのでしょう。だから、反対派との融和とか、異論に耳を傾けるとか、そういう意識は最初からない。人間は感情の生き物です。徴発されれば暴発する、それは人間の対応として失格ではあります。ただ、一定以上の人数が集会に参加すれば、挑発されたらすぐ激発してしまう人が存在することは、避けがたいことです。腹の中に不平不満がたまれば溜まるほど、そういう人の割合が増えていくこともまた、不可避です。したがって、彼らを激発させないためには激発させないような対応を取るこつが不可欠です。人質を取って立てこもる犯罪者に対応するときですら、普通は犯人をなだめたり説得しようとするものです。「てめえなんか早く逮捕されて死刑になれよ、バーカ」などとは、普通は言わない。そんなことを言えば、激発を誘発することになりかねないからです。もちろん、挑発されて激発して人質に手を賭けたら、その犯人は悪い。それは当然ですが、犯人を激発させた警察の対応も、極めて重大な問題がある、ということに当然なります。トランプが今やっている、やろうとしていることは、そういうことです。まあ、トランプにはそういう対応を取るための「配慮」とか「融和の精神」は元々ないのかもしれません。挑発されたら感情の赴くままに激発する暴徒と同じで、感情を抑える、ということは能力的にできないのでしょう。そのような人間が世界一の大国の大統領を務めている、ということがこのような事態につながっているということなのでしょう。暴動過激化の背景に、「アンティーファ」という組織があり、トランプはそれを敵視して「テロ組織に指定する」と息まいています。アンティーファというのは、「アンティファシスト」の略、つまり反ファシストということですが、日本で言えば「しばき隊」に相当するような、右派、保守派、差別主義者の示威活動に対する「カウンター」つまり対抗的示威活動を行っているようです。日本の「しばき隊」もそうですが、アンティーファも、統一的な組織や指導者がいるわけではなく、自然発生的な組織であり、一部過激なメンバーがいるものの、大半は平和的活動に終始しているようです。要するに、ごく一部の暴動を極大視して、危険を煽っているだけ、ということです。有り体に言えば、トランプのここまでのやり方が、敵対者を過激化させてきた、ということにすぎません。
2020.06.04
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「総理の“お言葉”伝えるべき」発言の三原じゅん子議員、ネット中傷対策検討PT座長に就任Netflixやフジテレビなどが放送する『テラスハウス』に出演していた木村花さんが急逝したことを受け、SNSなどインターネット上での誹謗中傷の規制を強化する議論が過熱している。自民党もネット上の中傷や権利侵害への対策を検討するPTを発足した。ところが、このPTの座長に就任したのは、これまでネット上のさまざまな発言で物議を醸してきた同党参議院議員の三原じゅん子氏だった。規制論議は、「自由な批評や批判、風刺」と「誹謗中傷」を線引きするという非常にセンシティブなテーマを抱えており、今回の政府与党の采配にネット上はざわついている。三原氏「批判と誹謗中傷は違う」三原氏は25日、自身の公式Twitterアカウントに次のように投稿した。「政治家として #批判(物事に検討を加え、判定・評価する事)は甘んじて受け止めますが、#誹謗中傷(他人への悪口、罵声等により名誉を毀損する事)は違います。付け加えるなら法的場面では誹謗中傷そのものではなくその結果としての名誉毀損、侮辱、信用毀損、業務妨害が罪に問われることになります。」そして26日には、次のように投稿した。「何度も書いていますが、批判と誹謗中傷の違いを皆さんにまず理解して頂く事が大切。まして政治批判とは検討を加え判定・評価する事です。何の問題も無い。ご安心を。しかし、政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものでは無いですよね」つまり「政治家であるかぎり、批判は受け入れる。ただし、法的場面での誹謗中傷は罰する」という主旨だ。だが今、議論の焦点になっているのは「何が誹謗中傷にあたるのか」「批判とは何か」という法律的な定義や規制を、誰が、どのように決めるのかという点だ。(以下略)---「政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものでは無い」のだそうですが、では三原じゅん子自身の発言、野党に対して「恥を知れ」「愚か者」は「口汚い言葉での人格否定」ではないのか?産経新聞が菅直人元首相に対して投げつけた「完全に乾ききっても雨が降れば蘇生するネムリユスリカの幼虫、セ氏150度でも零下150度でも生き延びるクマムシ、切り刻んだ分だけ個体数を増やして再生するプラナリア…。そんな驚異の生き物たちと比べても、生命力で負けてはいない。そう、民主党の菅直人元首相のことである。」などという言葉(いまもその記事は現存している)、鳩山由紀夫に対する「ルーピー」、それらは誹謗中傷ではないのか。(これらは一例であって、民主党政権時代、鳩山、菅両首相は、サンドバックのようにボコボコに批判されまくっていました。今の安倍に対する批判なんか、目じゃないくらいに。三原自身はそれらを、腹の中では「許されざる発言」とは思っていないのでしょう。その反面、野党側からの自民党に対する厳しい非難に対しては「批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害」だと思っているのであろうことが容易に想像できるので、このような言い訳にも批判が集まるわけです。何しろ引用記事タイトルにあるように、総理の「お言葉」を伝えるべき、などと公言してしまう人物です。自民党がいかに強力与党であろうとも、そしてその自民党内でいかに安倍が絶対的存在だろうと、自民党の外、正解の外では、そんなことは「知ったこっちゃない」のです。にもかかわらず、自民党の中の価値観を外に持ち出して「お言葉」を伝えろ、なんて言う人に、公平とかバランスなどというものは、元からあるはずもありません。ちなみに、上記に挙げたような「愚か者」だの「クマムシにも負けない」だの「ルーピー」だのは、私は暴言であるとは思います。したがってそれらの発言を批判はしますが、取締りや損害賠償の対象にするとなったら、それには絶対反対です。何しろ、私自身にしたって、民主党政権時代にはずいぶん失望を味わい、そこまで酷い言葉ではないけれど批判もずいぶん書きましたから。そもそも、政治家、特に首相や政権中枢にいる人間は、その政策一つで多くの日本国民の生活(時と場合によっては生死も)を左右できる権限を持っています。それだけに、その言動には責任が伴います。したがって、批判の言葉が多少荒くなったり、罵倒が混ざるのは「仕方がない」と言わざるを得ません。「ルーピー」であれ「アレ首相」であれ、その発言に対して賛否はあれど、非難されること自体は甘受するしかないのです。しかし、芸能人は、どれほど知名度が高くても、何らかの権限を持っているわけではありませんから、その言動には必ずしも責任は伴いません。権力と結びついて特別な発言力を保持しているような場合は別でしょうが。したがって、この問題について単なる著名人一般と政治家(を含め、権力の中枢にある者)を一緒くたにして「政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものではばい」と言うこと自体に問題があると私は考えます。
2020.06.02
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ブルーインパルス感謝の“航空ショー”は誰の発案?航空自衛隊の「ブルーインパルス」6機が29日、新型コロナウイルス対応に当たる医療従事者への感謝と敬意を示そうと、東京都心上空に白いスモークでラインを描いた。好意的な受け止めが広がる一方、防衛省は誰の発案で、いつ決まったのか明らかにしていない。約20分にわたった異例の“航空ショー”について、省内からも説明を求める声が上がっている。~記者会見では歯切れの悪かった河野氏だが、ツイッターでは一転、飛行経路の地図を示し「入間基地を離陸しました」「二周目、開始」などと逐一投稿した。終了時には「ブルーインパルス、帰投します。ありがとうございます!」と結んだ。こうした姿勢に、省内では「はしゃぎすぎだ。自分の宣伝に利用したと言われても仕方がない」との指摘も。自衛隊幹部は「ブルーインパルスの飛行が、どうして医療従事者への感謝になるのか」と冷ややかに語った。東京上空は航路が過密状態でブルーインパルスが飛行する余裕はなく、1964年の東京五輪開会式など限られた機会にしか実現していない。~新型コロナの影響で羽田空港の発着便が減少しているとはいえ、政府関係者は「相当な調整が必要だったはずだが、一気に決まった」と打ち明ける。防衛省幹部は「公表直前まで知らされなかった」とこぼした。別の防衛省幹部は「政治利用ではないかとの批判を警戒しているのだろうが、誰がどう決めたのか説明しないと臆測が広がりかねない」と話した。---米国が同じことをやったから日本も!ということなのでしょう。最初の発案が誰かは知りませんけど、安倍が直々に「やりたい」と言ったのでしょうね。私の知り合いの中でも結構はしゃいでいる人もいて、それに水をかけるつもりはありませんし、ブルーインパルスの飛行に興味を持った人、感動した人を否定したり文句を言う気もまったくありません。好きなものは人それぞれですから。ただ、私自身の偽らざる思いを書けば、まず基本的には、まったく関心がないというのが第一です。私は飛行機が好きですが、「医療関係者への感謝」と称して行われた飛行には、何の興味も抱けませんでした。そもそも、事前にはそういう話に気が付いていなかったのです。報道は目にしていたはずですが、興味がないので見落としていた。第二に、それが何で「医療関係者への感謝」になるのか、私には皆目見当がつかない。「感謝」の対象である医療関係者だって、私と同じで、そんなもん、忙しくて見ているヒマもなかっただろうし、病院の上空を飛行機に飛んでもらって、騒音をまき散らしてもらって(長時間ではないけれど)、嬉しいものかねえ?感謝という名目で自衛隊をアピールしているだけじゃね?としか思えません。これに関しては、引用記事によると、防衛省内でさえ省内では「(河野太郎大臣は)はしゃぎすぎだ。自分の宣伝に利用したと言われても仕方がない」との指摘も。自衛隊幹部は「ブルーインパルスの飛行が、どうして医療従事者への感謝になるのか」と冷ややかに語った。だそうで。第三に、今は新型コロナ騒動で民間航空機も欠航が相次いでいるからこんなことができたのでしょうが、それにしても、過密な東京上空でこれをやるのは、相当の無理があったんじゃないか、ということ。これも、引用記事に指摘されています。事故がなくてよかったですけど、万が一の事態を避けるために、当日民間航空機の飛行は相当制限されたんじゃないかな。今は乗客もガラガラだろうから、問題として顕在化することはなかっただろうけど。第四に、今回結果的に事故はなく済みましたが、過去にはブルーインパルスは何回も事故を起こしています。観客の前での「本番」飛行での事故は1回だけですが、訓練中の事故は他に何回か起きており、パイロット8名が亡くなっています。過去60年間の累計とはいえ、6機だけの部隊ということを考えると相当多いです。現に、カナダでは、同じく「医療機関への感謝」という目的で飛行していたカナダ空軍のアクロバット飛行チームが墜落事故を起こしています。そんなことが日本で起こらなくてよかったですが。今回はいわゆるアクロバット飛行は行わず、単に編隊飛行を行っただけとは言うものの、その編隊飛行は大変な密集体型であり(飛行機が密!)、民間航空機なら確実にニアミス扱いです。一瞬の操縦ミスが即接触事故につながるという意味では、あのような密集編隊での飛行自体がアクロバットだと言えなくもありません。それを大都市の上空でやるのはどうなのかな、ということは思います。それらのことを考えると、基本的にはブルーインパルスの飛行に興味はないけれど、少なくとも好意的に見る材料はないなと思います。ただ、「許せない!!」と叫ぶほどのものでも(私にとっては)ありませんが。ただし、繰り返しますが、「見た」「好きだ」「感動した」という人を否定する気はありません。蓼食う虫は好き好き、ではありませんが、好きな人が好きなのに文句を言っても始まりません。と書くのは、立憲民主党のある議員がこの飛行をツイッターで好意的に取り上げているらしいのですが、そのことが、反戦平和主義を標榜するとあるFBグループで非難の対象になっていたからです。どうしてそう狭くなっちゃうかねえ。今回の飛行自体はともかく、それに対する反応に対して非難しても仕方がないじゃないですか。そこの部分は意見が違う、で流すことが、どうしてできないのかなって思ってしまうのです。自分の主張とちょっとでも相いれないものはすべて非難の対象にするような「純化路線」では、物事は何も変わらない。仲間がどんどん減っていくだけだよ、と思う。
2020.05.31
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トランプ大統領、WHO脱退を宣言 香港優遇も廃止へトランプ米大統領は反政府活動を禁止する「国家安全法」を香港に導入すると決定した中国への対抗措置として、香港を優遇してきた特別措置の廃止手続きを始めると表明した。新型コロナウイルスへの対応を批判してきたWHOについても「中国寄り」の姿勢に改善がないとして、関係を断絶して脱退を宣言した。トランプ氏は香港への国家安全法の導入決定について「香港の高度な自治が失われた。中国は『一国二制度』を『一国一制度』に変えた」などと断定。米国が1997年の香港返還後も関税やビザ発給などで中国本土より優遇してきた措置を見直す手続きに入ると明らかにした。さらに「香港の自治侵害に直接、間接に関与した中国と香港の当局者」に制裁を科す方針も表明。米国から中国企業の締め出し強化を示唆し、米大学による研究を守るため「安全保障上の脅威」があると見なした中国人大学院生らの入国を拒否する考えを示した。新型ウイルスを巡っても「中国による隠蔽」で「感染拡大が引き起こされ、米国で十万人以上が死亡し、世界中で深刻な経済的な損害が生まれている」と非難。WHOは「中国が完全に支配している」と指摘し、WHOへの資金拠出を他の国際公衆衛生活動に振り向けると表明した。 ---世界のどこの国であろうと、政治的自由への干渉と迫害には大反対であり、したがって中国の国家安全法にも私は大反対です。ただ、それはそれとして、中国にとって、香港の一国二制度という状態は、本音から言えば許容し難いものであろうこともまた、容易に想像できることです。何故なら、本来は紛れもなく中国の領土であった香港をイギリスに奪われた挙句、それを取り戻すためにどうしても取らざるを得なかった苦肉の策だったからです。それこそ、植民地主義の遺物の最たるもの、と言えなくもない。当のイギリスや米国自身が、もし自国の領土の一部に「1国2制度」を要求されて、それを唯々諾々と受け入れるはずがないことは明白です。とはいえ、一国二制度を解消するのに、非民主的な方に統一するのはやはり大いに問題ありです。民主的な法に統一する形で解消してほしい、と思います。それはともかく、中国がこれまで香港の高度な自治を受け入れてきたのは、そうしなければイギリスとの返還交渉がまとまるはずもない、という計算ももちろんあったでしょう。しかしそれだけではなかったはずです。香港の特別な地位を保証することによる経済的メリットも大きかったから、それをなくしてしまうことは中国にとっても望ましいことではない、という理由もあったはずです。1997年当時は、中国はまだまだ貧しく、香港との経済的格差は圧倒的でしたから。しかし、その後中国は急激に経済発展を遂げ、新型コロナ騒動の前は世界を中国人観光客が闊歩する状況となっていたのは周知のことです。今でも香港の一人当たりGDPは中国全体の5倍ですが、1997年当時は35倍もの開きがあったことから考えれば、その差は急激に縮まっています。それに、近年の香港の経済成長は、むしろ中国本土の経済成長に引っ張られてのものと言ってもよさそうです。つまり、香港の経済的な地位は相対的に地盤沈下してきており、中国が高度な自治を保障するメリットもなくなってきている、という現実もあるのでしょう。で、トランプは中国への「対抗措置」として香港への優遇措置を撤廃するそうなのですが、それって本当に「対抗措置」なんでしょうか?むしろ、私には「香港は見捨てる宣言」にしか見えません。だって、前述のとおり、中国が香港に特別な地位を認めてきたのは、あけすけな言い方をすれば香港に利用価値があったからです。トランプが香港への優遇措置を撤廃すれば、むしろなおさら中国にとっては香港を特別扱いすることのメリットが失われるだけのことになるんじゃないでしょうか。で、もう一つのWHO脱退という話も、ひどいなと思います。確かに、WHOにも、あるいは中国の保健衛生政策にも間違いは多々あるでしょうし、改めるべき点も多々あるでしょう。しかし、だからWHOから脱退してしまえ、ひいてはWHOなど潰してしまえ、というやり方が、世界の、あるいは米国の保健衛生環境の向上につながる可能性はどう考えてもありません。米国がいくら大国でも、自国だけの努力で世界的に流行する感染症の国内への侵入を押さえることなどできないのは、今回の新型コロナ騒動からも明らかです。トランプはWHOから脱退を言い出しただけで、それに代わって新たに自国主導の国際的保健衛生組織を作るつもりなのかどうかは定かではありません。しかし、作ったとしても、数えるほどの国が参加しただけの国際組織で実際上の能力が発揮できるはずもありません。しかも、主導するのがトランプです。「新型コロナ対策には漂白剤を注射!」などという見識の持ち主、保健衛生に金をかける気など全然ない大統領が音頭を取って、マトモな国際的保健衛生組織ができるわけがないのは言うまでもありません。日本が米国に追随してWHOを脱退するなどという愚行を行うことがないように注視していく必要がありそうです。
2020.05.30
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9月入学「受験が公平に」「未就学児はデメリットだけ」 渦巻く賛否「いろんな人の声聞いて」新型コロナウイルス感染拡大による休校で生じた学習の遅れや学校間格差の解消策として浮上した9月入学案に対し、京都新聞社の双方向型報道「読者に応える」のLINEに、賛否とともに数多くの意見が寄せられた。受験生や未就学の子どもがいる親、教員など、それぞれの立場で受け止め方は大きく異なる。(以下略)---以前にコメント欄でちょっとだけこの件に触れたことがありますけれど、基本的に私は9月入学に変更することには反対です。それこそ、役所の会計年度も9月から8月までに変更する、つまり社会のすべての年度の区切りを変更するならそれと合わせて9月入学にするのもありでしょう。しかし、役所の会計年度は現状のまま、学校の入学だけ9月に変更しても、就職はどうするんでしょうか?民間企業は学校の卒業に合わせて新卒採用も9月に変更するところが出てくるでしょうが、すべてが直ちにとはなりません。時間がかかるし、できない企業もあるでしょう。まして、役所は会計年度が変更にならない限り、人の採用だけを9月にするのは無理です。そうすると、結局9月入学にして8月に卒業しても、就職できるのは翌年4月、という人が相当の割合で出てくることになります。それでいいのでしょうか。もちろん、個人単位で見れば、8月に高校か大学を卒業して4月に就職するまでの空白期間を使って、人生に有意義なさまざまなことをする人、出来る人は大勢いるでしょう。でも、社会全体として考えれば、卒業と同時に7か月間無職で放置される人が何十万人か出てくる、という状況は非常に問題があります。つまり、学校を9月入学にするには、社会全体(その中核は役所)の会計年度もセットで9月新年度に変更することが必須になります。でも、そのために役所の会計年度も9月新年度に変更しますか?いや、できますか?できないですよ。5か月分だけの予算(または17か月分の予算)を1年だけ策定する、その労力はすさまじく大きく、また予算の立て方、執行の仕方を失敗するリスク、その影響もすさまじく大きい。そんなことに労力とリスクをつぎ込むことが妥当かどうか、という話にならざるを得ません。それに、コロナで休校が続いたから9月入学、ということなら、秋冬にはコロナ第2波が確実視される中、9月入学に変えた後でまた休校に追い込まれたらどうなるんでしょうか。また授業日数が足りなくなる、そうしたらもう一度4月入学に戻すのでしょうか?入学時期をそんなにコロコロ変更できるわけもありません。授業日数が足りなくなる点については、別の方策で解決するしかないのです。学校を9月入学にすることの利が一つもない、とは言いません。利は多少はあるでしょう。しかし、そのために払う代償が、あまりに大きく、とても割が合う話ではありません。その場限りの思い付きを深く検証しないまま、話が大きくなっているような気がしてなりません。それはともかくとして、やっと緊急事態宣言が解除されました。子どもの学校、早く始まってくれないかなあ。いろいろと限界なんですが……。しばらく分散登校とかって話が出ているようですが、正直これ以上授業日数を減らすのはやめてほしいです。
2020.05.26
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ドサクサ紛れの検察庁法の改正案によって検察幹部の役職定年の延長規定を押し込もうとしていた問題は、とうとう安倍政権が法案成立を断念する、という結果となりました。とりあえずは望ましい結果となりましたが、そのことが悔しくて仕方がない人たちもいるようです。【阿比留瑠比の極言御免】支持者の利益損ねた立民なるほど確かにそうだと膝を打った。検察官の定年を65歳に引き上げる検察庁法改正案の今国会での成立が見送られたことに対して、自民党の世耕弘成参院幹事長は19日の記者会見でこう述べた。「逆に立ち止まって考え直すいい時間ができた。これだけ(新型コロナウイルス感染拡大によって)経済が苦しく、雇用環境が厳しくなっている中で、国家公務員や地方公務員だけが給料も下がらないまま5年も定年延長されていいのか」検察庁法改正案は、国家公務員法改正案と一体化した「束ね法案」である。野党はこの2つの切り離しや、検察幹部の定年特例延長部分の廃止を主張していたが、これらは混然一体となっており、「いったん撤回して組み直さないと無理」(法務省幹部)なのが実態だった。---有料制の会員記事だそうで、産経に金を払う気はしないので、その先に何が書いてあるかは知りませんが、だいたい言いたいことの予想は付きます。検察庁法の改正が断念されて、その巻添えで国家公務員の65歳への定年延長も白紙に戻ったから、立憲民主党の「支持層」である公務員の不利益になった、立憲民主党は支持層を敵に回した、ザマーミロ、ということです。底の浅い理屈としか言いようがありません。そもそもの入り口で、「公務員なら誰でも65歳まで定年延長してほしいと願っている」という前提自体が、果たしてどうなんでしょうか?この問題って、結構当事者でも意見は割れると思います。それぞれの個人的利害が、人によって千差万別だから。私自身の個人的都合に基づく個人的な意見としては、65歳までフルタイム残業付責任付で仕事をするのは、勘弁してほしいです。仕事をしたくないわけではないけれど(年金がもらえる年齢まで無収入で厳しい)、でもフルタイムは嫌です。60歳以降、一応短時間勤務の選択肢は設けられるものの、「フルタイムが前提」みたいな流れになるのは怖いですし、「退職」という節目のゴールが60歳から65歳に延ばされるのは、絶望感しか感じません。だから、今回の騒動で公務員の定年延長がいったん頓挫したことは、内心ホッとしている部分があります。が、私の個人的な事情はともかく、65歳への定年延長自体は、社会の流れ全般から見て、止めようがないのかな、今回は頓挫しても数年後には通るのかな、と思います。そんな中、「逆に立ち止まって考え直すいい時間ができた。これだけ経済が苦しく、雇用環境が厳しくなっている中で、国家公務員や地方公務員だけが給料も下がらないまま5年も定年延長されていいのか」という世耕の言い方には唖然とします。だって、君たち自分らで法案提出したんでしょ?国会への法案提出は3月13日だから、すでに新型コロナ騒動が非常に深刻化し、株価が暴落していた時期です。本心は抱き合わせの検察幹部の役職定年骨抜き化を通すため、抱き合わせの他の法案にどこまで教務があったのかは知らないけれど、とにかく、先週まではこの法案を通そうと猛烈な強硬策を取っていたんでしょ?自分たちが出した法案という自覚を欠いた、この他人事的言い分はいったい何なのでしょうか。もし本当にそのように思っているのなら、「誤った法案を提出してしまい申し訳ありません」が、当事者としてまず言うべきことでしょう。そして、「国家公務員や地方公務員だけが給料も下がらないまま5年も定年延長され」って、なに言っているの?国家公務員法等の一部を改正する法律案の概要3.60歳に達した職員の給与~当分の間、職員の俸給月額は、職員が60歳に達した日後の最初の4月1日(特定日)以後、その者に適用される俸給表の職務の級及び号俸に応じた額に7割を乗じて得た額とする。60歳以降給料を3割減らすことになっています。ほんと、これ自分たちが出した法案でしょ?出した当事者が法案の中身を知らないのか、知っていて意図的にデマを流したのか、どっちなんでしょうか。「これらは混然一体となっており、いったん撤回して組み直さないと無理」というのも、私にはよくわかりません。何故なら、昨年秋にまとめられた最初の法案では、検察幹部の役職定年に定年延長規定はなかったそうです。それが、黒川の定年延長問題が取り沙汰されている間に、いつの間にかそのような規定が付け足されていたわけです。そのようなふざけた規定だけを取り除くのは、そもそも最初はそういう法案になるはずだったのだから、さして難しいこととは思えません。いずれにしても、世耕の言い分は滅茶苦茶にもほどがあり、それを無批判に報じて、それどころか野党攻撃の材料に利用する阿比留の論旨のクズっぷりは、いつもながらどうしようもありません。
2020.05.21
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月内解除へ自粛継続を 2次補正「日本経済守る規模」 西村再生相西村康稔経済再生担当相は17日の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため引き続き緊急事態宣言の対象とした8都道府県について、「(感染の)第2波は来ると思わなければならない。気を緩めずさまざまな自粛をお願いしたい」と述べ、5月中の宣言解除の着実な実現に向け、改めて協力を呼び掛けた。安倍晋三首相は同日午後、西村氏らと首相官邸で会談し、新型コロナ対策の状況について協議。8都道府県の繁華街では緊急事態宣言が続いているにもかかわらず、人の流れが戻ってきていることが報告された。西村氏は記者会見で、21日にも宣言解除の可否を再判断するに当たり、感染者の推移と併せてPCR検査の整備状況を注視する考えを示し、「専門家の意見を聞き適切に判断したい」と語った。宣言を解除した39県についても「経済活動をいっぺんに元に戻すことは避けてもらいたい」と要請。解除された県同士での移動や、接客を伴う飲食店の営業再開なども、月内は「慎重に対応してほしい」と求めた。(以下略)---学校の休校は3月初めから、このままいけば今月いっぱいの3か月に及び、緊急事態宣言も、4月7日から、8都道府県に関してはどうも今月一杯までの2か月近くに及ぼうとしています。みんなもううんざりしきっているんじゃないでしょうか。わたしはそうです。既報のとおり、私は外出自粛する気はありませんけど、それでもかなり気を使った外出しかしていないし、2月24日に目下のところ最後のグループ練習をして以降、職場と家族以外は知人友人とは一切会わない生活が続いています。演奏仲間とも高校時代の仲間とも、誰ともまったくあっていません。4月に一度だけ、あるグループでZOOM飲み会というのをやりましたけど、それだけでも涙が出るくらいに懐かしかったですよ。それでも私は家族があって一人暮らしではないだけ、まだマシですけど。「自粛」の意義について、細部に関しては思うところはいっぱいありますが、あえて細かいところは文句を言いません。ただ、いくら自粛生活が大事だと言われても、人間の忍耐力には限界がある。人間が人間である限り気の緩みは絶対にあるのです。「気を緩めるな」と口で言うのは簡単ですが、そんなことを言ったって、出来ないものはできないんですよ。「寝るな」「起きるな」と言っているのと同じで、それが仮に倫理的には正しかったとしても、出来ないものはできないのです。感染の第2派は来るとのことですが、そりゃもちろん来るでしょう。どの程度の深刻さなのかは私には予想もつきませんが、もはや新型コロナウィルスの根絶は不可能な状態ですから、どう頑張ったところで第2波は来るに決まっています。自粛の徹底で新型コロナの蔓延を食い止めたとしても、それによって新型コロナを壊滅させられない以上、自粛を緩めれば、いずれ新型コロナは勢いを盛り返すに決まっています。でも、それを言ったら自粛の解除なんて未来永劫不可能になります。しかし、今のような自粛体制を何年も続けるなんてことはできるはずがないのです。たとえ「自粛を緩めれば新型コロナが再流行する」と分かっていても、どこかのタイミングで割り切らなくては、社会と経済が維持不可能になってしまいます。とはいえ、ともかく今回仮に終息できたとしても、第2波がいつかは必ず来るであろうことは覚悟しておいたほうが良いのだと思います。自粛解除した途端に来るのか、何か月もあとに来るのかは分かりません(個人的には、夏場はいったん落ち着いて、秋冬に再び、という話に説得力を感じますが)が、来ない、ということは考えにくい。歴史を紐解けば、スペイン風邪の際は、第2波が一番死亡率が高かったと言われます。それにしても、新型コロナによる医療崩壊の危機がよく言われます。すでにギリギリの状態だとも言います。実際、それを裏付ける話は私も個人的にいろいろな方面から聞いています。ところが、現在日本の新型コロナウィルスによる感染者は1万6千人あまり、死者は750人ほどにすぎないのです。いや、過ぎないという言い方は語弊があるし、未確認の感染者数はこの数値の数十倍に達するでしょう。ただ、ともかく把握されていない感染者は医者にかかっていないか、かかっても受診だけで、基本的には入院はしていないでしょう。つまり、1万6千人がこの感染症で入院しただけで医療のリソースが破綻に瀕するくらい、日本の医療体制は余裕がまったくない、ということです。言い換えれば、自転車操業ということです。ここ十数年、「増大する医療費の財政負担」ということばかりが叫ばれ、医療のリソースは削減され続けてきました。損して得取れ、一文惜しみの百知らず、ではありませんが、結局目先の財政的都合での医療費圧縮の代償が、こういう時に大きく跳ね返ってくるのかな、と思います。日本だけに限った話ではないでしょうが。このことを教訓として、今後は医療費縮減という方向性を転換すべきでしょう。
2020.05.17
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検察庁法改正に抗議、ツイッターで200万超 著名人も検察官の定年を65歳に引き上げ、内閣の判断で検察幹部の「役職定年」を延長できるようにする法改正案を認めていいのか――。作家や漫画家、俳優、音楽家らが10日未明、疑義を唱える声をツイッター上で次々と上げた。「#(ハッシュタグ)検察庁法改正案に抗議します」の投稿が相次ぎ、その数は午前8時過ぎには約150万件、同10時過ぎには200万件を超えた。9日深夜から投稿数が急増したことについてジャーナリスト津田大介さんは、「深夜にこれほど伸びるのは見たことがない」と驚きを隠さない。「新型コロナウイルスへの政府の対応は緩慢な一方、『不要不急』にみえる定年延長の法改正は迅速に進む。一般になじみがなく、わかりにくい問題だったが、政府に注目が集まる今だからこそ気づかれることになった」と読み解く。自粛要請が続くなかでさまざまな情報を調べている人々が、著名人のツイートをきっかけに関心を持ち、大きなうねりになった可能性もあるという。内閣の判断で検察幹部の「役職定年」を延長できるようにする検察庁法改正案の委員会審議は今月8日、与党が強行する形で始まった。黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題を追及する野党側は、森雅子法相の出席が必須などと求めているが、与党は応じず、与党は週明けの委員会採決をめざすとみられる。---いやー、唖然とせざるを得ません。検察幹部の役職定年延長は、「不要不急」などというものではないと私は思います。「不要不急」は、「平時」ならやってもよいけれど、緊急時の今真っ先にやることではない、という意味ですが、黒川を検事総長にするための法改正など、今は言うまでもなく、平時においてもとんでもないことだからです。つまり、有害不要がより正しい。少し前に、ネトウヨの機関紙産経がこんな記事を出したことがあります。「国民一丸」阻む敵は誰か? 批判ばかりの左派野党にあぜん、不安あおるワイドショーには罰則を~これで多くの国民は腹をくくったのだ。権力と国民がいたずらに対立せず、危機には自然と一つになって冷静に立ち向かう。これが、わが国の特質の一つだが、なぜか相いれない人たちも国内にいる。一部野党のほか、緊急事態宣言の翌朝から昼のテレビのワイドショーもひどかった。~(元記事は既に削除されているので、リンクは省略します)お前らの偶像崇拝に都合の悪い報道は弾圧せよ、ということかいに一部引用この種の、「国難だから政権批判なんかせず国民一丸になれ」という言い分には非常に問題があります。ただ、百歩譲ってそのような言い分が成り立ち得るのは、最低限、「国難」に際して「誰がやってもこのくらいだろう」と思える程度の対応はとっている(神様じゃないんだから、何も「誰にもまねできない素晴らしい対応」なんて期待しません)ことと、公平無私の姿勢で事態に対応していること、です。「国難」に際して、忠実な僕に対する横紙破りの論功行賞を実現するための法改正、なんて、およそ公平無私の対極にあるような行動です。それなのに、「国民一丸になって」というのは、そんなことをやるような輩を批判するな、ということです。いや、私自身も、この騒動の途中までは、「どうせ誰がやっても、そんなに素晴らしい解決策なんか出来るわけがない」と思っていたので、普段の当ブログでの反安倍姿勢から見れば、かなり控えめな批判しかしてきませんでした。今も、そんなに素晴らしい解決策なんかあるわけがない、という考え自体は変わりません。しかし、まるで火事場泥棒のごとき、どさくさ紛れの「お友達」への利益誘導の法改正は別です。他の誰がかじ取りをしたとしても、これほどひどい私利私欲の行動を、こんなときにはとらないでしょう。これまでも、政府が国民に対して「外出自粛」を言っているときに(そのこと自体には、私はいろいろ異論がありますが)、当の首相の奥さんは平気で「不要不急」の外出をして、それに対する反省の弁もないこと、安倍自身もお友達との夜の酒席をギリギリまでやめようとしなかったことなど、およそ姿勢を疑わせる行動は多々ありました。その挙句がこれです。今度は法改正というこの上なく公的な政策において、お友だち優遇を強行しようというわけです。こんな輩、そしてその取り巻きと、「国民一丸」になって?お断りだ。としか言いようがありません。こんな時にこんな行動をとる為政者と「国民一丸になって」などと言える人間の神経を私は心の底から疑います。ほんと、一刻も早く政権から降りてほしい。
2020.05.10
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保守派による「新型コロナは生物兵器」というトンデモを検証する新型コロナに関するデマやトンデモ説、陰謀論がしい。いまのところ複数の専門家による推測では、新型コロナの発生源はある種の動物を媒介としたものとされているが、詳細な特定には至っていない。そんな中でも保守系雑誌や日刊紙から発信される新型コロナウイルス=生物兵器説が大手を振って駆け抜けている。専門家がいくらトンデモと否定しても、この説は今や、まるで真実のように保守界隈内を闊歩している。このような発信は、今次の新型コロナ禍への間違った認識を深めるばかりか、流言飛語の温床になっていることは論を待たない。~保守系雑誌『WiLL』(20年4月号)では、『中国が進めていた”ウイルス研究兵器”』と題して、新型コロナウイルスが武漢にある研究所から漏れたものではないか、という断定的な記事が掲載されている。~そもそも、「武漢から30キロ離れたところ」にある研究所から漏れたウイルスが、なぜ飛び地のように武漢市内の海鮮市場で発生したのか。30キロという距離は、東京23区の端から端までに相当する距離だ。「漏れた」のなら、発生源はその研究所から連続的につながっていなければおかしいはずだが、その疑問への回答はない。~新型コロナは生物兵器説は早々に専門家が否定している。~世界各国で研究されている生物兵器の中に、コロナウイルスは含まれていないというのである。考えてみれば当間の話で、今次新型コロナ禍における致死率は、最も高いとされる武漢で約5%未満。このような低い致死率では、到底生物兵器としての利用価値はない。(以下略)---もはやかなりの旧聞に属する話題となってしまいましたが、例によって例のごとく、お話にならないトンデモ陰謀論が、ネトウヨ界ではまるで定説のように扱われているようです。中国が、というより厳密に言えば武漢市の当局が新型コロナ感染が始まった初期の段階で、感染症の拡大阻止のための策を講じるのではなく、それを隠蔽しようとしたことは事実です。おそらく事態の重大さを認識しての隠蔽ではなく、深刻さを見誤まり「たいしたことのない事態を針小棒大に騒ぎやがって」という認識ではなかったかと私は想像しています。いずれにせよ、初期の段階で感染症拡大阻止の適切な策を講じず関係者の口を封じようとしたのですから、その対応が問題だったことは間違いないでしょう。しかし、だからと言ってそれを「中国が作った生物兵器だ」というのは、明らかに事実に反するのです。問題は、この種のトンデモ論に、米国のトンデモ大統領のトランプまで乗っかってしまっていることです。何しろ、新型コロナ対策に家庭用消毒液(漂白剤)を注射したらいいんじゃないか、などという超トンデモを公の場で言ってしまうほどの人ですから、何でもありなのでしょうけど。※いや、トランプ大統領閣下におかれましては、是非ともまず自らが率先してそれを実行していただいて、範を示していただきたいところです。多分全世界にとって好ましい結果と何のではないかと思います。もっとも、医師がその処置を行った場合、その医師が殺人罪に問われる可能性が生じてしまいますが・・・・・。これについては、WHOから、新型コロナの塩基配列の分析などから、その期限がコウモリなどの動物にあり、人工的に操作されて作り出されたものである可能性が低いという(性質上100%絶対という断定は困難であるものの)ことが発表されています。でも、ネトウヨ脳の人たちは、WHOは中国の手先だとか言って、一切信じないのでしょうけどね。まさしく現実の新型コロナの感染拡大の経緯が、このウィルスが兵器として使いようがないことを示しています。そもそも、兵器とは使用者の意思でコントロールできるから兵器なのです。敵に向かうか味方を全滅させるか分からないないような代物は、(味方にとっても)たんなる危険物に過ぎないのであって、兵器の態をなしません。その「威力」もまた、兵器としての威力を疑わせるものです。つまり、高齢者、基礎疾患のある者は比較的重症化しやすく死亡率も高いけれど、健康な若年層にはそこまで深刻な脅威にはならない、というのが新型コロナの特徴です。ところが、軍隊というものは一般に高齢者とか基礎疾患のある者はあまりおらず、健康な若者を中心とした集団です。例えば、米空母「セオドア・ルーズベルト」は4800名の乗組員のうち600人以上の感染者を出して行動不能状態に陥っていると聞けば、新型コロナの兵器としての威力は一見とても高そうに思えます。それはしかし、今が、他国との紛争という意味では平時であって行動不能であっても問題が生じないからです。逆に、「新型コロナウィルスとの闘い」という意味では今は戦時同然であり、それが「人間同士の戦い」より優先されているので、「セオドア・ルーズベルト」は行動不能状態にされたのです。いざとなれば、この空母を動かすことは簡単です。何故なら、600人の感染者の6割は「無症状」で、入院するほどの重症者は6名、死者は1名というのです。「人間同士の戦い」という意味での緊急事態になれば、軽度の風邪程度の症状の者は軍務に付かせるか、乗組員を入れ替えるなりして行動を再開するのは不可能ではないでしょう。240人の風邪っぴきと6名の重症入院者、1名の死者という「戦果」は、兵器として考えたらおよそ笑ってしまうような代物です。しかもそのために中国が失ったものの大きさを考えれば、とうてい割の合う代物ではありません。これらあらゆることから、こんなものを生物兵器として利用しようと考える専門家がいるわけがない、という結果しか導き出せないのです。それにもう一つ、武漢の何とか細菌研究所で研究していたウィルスが、管理が悪くて漏れ出した、という説も同様に荒唐無稽なものです。引用記事でも指摘されていることに尽きます。研究所から市場までの30kmの距離を「至近」と言えてしまう感覚が、すでにおかしいのです。武漢は1000万人都市で、東京と人口がほぼ同じですから、日本に置き換えてみれば分かりやすい。海鮮市場は豊洲市場としましょう。そこから南西に30km行けば横浜より先です。北に30kmなら浦和より先です。もしも豊洲市場で何か奇病が発生したとします。そして浦和か横浜にウイルスの研究施設があったとしましょう。浦和や横浜は豊洲から30kmも離れていない、至近距離だ、だからその奇病は浦和か横浜の研究施設の管理が悪くて漏れ出したに違いないーそんな主張をしても、都民や神奈川県民や埼玉県民のほとんどは「どこが至近距離だよ、ぜんぜん遠いじゃないか」と思うに決まっています。それを「至近距離」と思うのは地球儀や世界地図の感覚であって、人間の生活感覚とはかけ離れたものです。
2020.04.28
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橋下徹氏「公務員も議員も10万円給付受け取り禁止に」元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏がツイッターで、政府の10万円一律給付について怒りをあらわにした。橋下氏は「給料がびた一文減らない国会議員、地方議員、公務員は受け取り禁止!となぜルール化しないのか」と訴え、その上で「それでも受け取ったら詐欺にあたる、懲戒処分になると宣言すればいいだけなのに、これも各自に任せるといういつもの無責任政治。国会議員でも絶対受け取る奴はいるよ」と政府の方針に疑問を呈した。続けて「感染のリスクの中で奔走している現場の公務員たちには、たっぷりと特別手当を支給すればいいだけ。それ以外の公務員は給料もボーナスも満額支給で生活は安泰なんだから10万円給付なんて要らんやろ。議員は特に要らんやろ!」と持論を展開している。---話しになりません。これに追随したのか、広島県知事もこんなことを言い出しています。広島県知事「県職員は10万円寄付を」発言で議論 新型コロナ 広島県の湯崎知事が、県職員が受け取る国からの現金10万円の一律給付を寄付してもらい、県の新型コロナウイルス対策の財源にしたいという意向を示したことについて、労働組合からは「職員の財産に手を突っ込む行為だ」と反対の意見があがっているほか、ネット上でも投稿が相次ぐなど、大きな議論を呼んでいます。国からの現金10万円の一律給付をめぐって、広島県の湯崎知事は、21日、県職員が受け取る分は寄付してもらい、県の新型コロナウイルス対策の財源に生かしたいという意向を示しました。(以下略)---広島県知事の発言の方は後に撤回したみたいですが、橋下の方は撤回どころかますます意気軒高のようです。しかし、冗談ではないのです。「公務員は給料もボーナスも満額支給で生活は安泰なんだから」受給するな、というのですが、これは明らかに事実誤認です。なるほど、現時点では公務員の給料やボーナスは、「まだ」減ってはいないでしょう。しかし、そういう意味では世の大手企業の正社員も、まだ給料、ボーナスが下がったという人はほとんどいないはずです。つまり、こういうことを言い出せば、結局は30万円給付案の迷走と同じで、もらえる人が圧倒的に少なくなり、「絵に描いた餅」化するだけのことです。言うまでもなく、大手企業の正社員も、公務員も、あくまでも「まだ」給料、ボーナスが下がっていないだけで、これから下がるだけのことです。公務員の給料、下がりますよ、もちろん。よく知られているように、公務員の給料、ボーナスは国家公務員は人事院、地方公務員は人事委員会が給料の公民格差の比較をして、勧告をしています。したがって、民間企業の給料が大幅に下がれば、公務員の給料も必ず下がるのです。これとは別に、3.11の際は、国家公務員は2年間、7.8%の給与カットが行われています(地方自治体については約7割がこれに追随する一方、追随しなかった自治体も約3割ありました)。今回震災と同様のことが行われるかどうか分かりませんが、可能性は低くはないだろうと思います。したがって、公務員(大手企業も)の給料、ボーナスは下がることが確実なので、当然10万円の給付金を受け取る権利がある、という以外の結論が出てくる余地はありません。この話に関連して、安倍自身は10万円の給付金を申請せず、各閣僚も同じことを申し合わせたと報じられています。麻生が「手を挙げた人」というトンデモ発言で批判を浴びていますが、これも表裏一体の発想でしょう。受け取らないことを声高に宣伝して、受け取る人への心理的圧迫を増させるのはどういうものかと思いますよ。この問題について、もっとも正しいことを発言したと思うのは、国民民主党の玉木です。国民民主党・玉木代表「受けとらないことを善とする風潮を政治家が作り出すのはナンセンス」閣僚が10万円給付辞退に不快感国民民主党も玉木議員も好きではありませんが、この発言自体は、「まったくそのとおりだ」と申し上げるしかありません。
2020.04.23
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世帯に30万円という給付案が撤回されました。所得制限をつけてとか、でも世帯主以外の減収も考慮してとか、話が迷走を深めるとともに訳の分からない複雑怪奇な条件を付けようとして、その度に、実施部隊である市区町村の担当部署が真っ青になっていったという話です。この種の給付は、所得などの制限をつけるだけで、そのための確認作業の事務コストがとてつもなくかさむのです。システム的にほとんど抽出不可能な条件まで取り沙汰されて、本当に実行されていたら各役所は大混乱状態に陥り、かつ支給時期は大幅に遅れることになったと思われます。それに代わって決まったのが所得制限なしの一律1人10万円支給案。事務コスト的には、所得確認不要であることから、大幅に楽になりました。今回は公明党が強硬に主張したとのことで、私は公明党も嫌いではありますが、そういう決着になったこと自体は歓迎すべきことだと思います。ただ、ここまでの迷走で時間を空費したことは問題だと思いますが。それに、新型コロナ騒動が5月6日で終息するならいいのですが、もしそうならない場合は1人10万円では全然足りないでしょう。それはともかくとして、こんな暴論が出てきました。10万円給付歓迎「電子マネーでの給付が望ましい」経済同友会政府・与党が新型コロナウイルス対策として国民1人あたりに10万円の現金を給付する検討に入ったことを受け、経済同友会の桜田謙悟代表幹事は16日、報道陣の取材に応じ、「ほぼ条件をつけないで給付することは危機管理にスピードが必要なことを考えれば、いいことだ」と歓迎する考えを示した。同時に、タイムリーに配布することと、消費に活用されることが重要だとして、「電子マネーでの給付が望ましい」との考えを示した。現金給付ならば、貯蓄に回る可能性もあるが、電子マネーなら「消費力を維持するのにつながる」と強調した。---前段についてはそのとおりとして、後段は「何言ってんの?」という感じです。「電子マネーなら消費力を維持するのにつながる」というのは財務省が現金給付に抵抗したことと軌を一にした理屈としか思えません。そもそも10万円給付の目的は何なのでしょうか。私は、基本的には新型コロナ騒動で困窮する国民を緊急的に救済するための措置、ということだと理解しています。最終的に撤回されたとはいえ、当初は給付に所得制限など様々な制限を設けようとしたのも、タテマエ上はそれが理由でしょう(本音は費用を減らしたい、ということだけど)。コロナ危機でも生活に困っていない人に給付する必要はない、ということです。(純粋な「理念としては」私もそうだと思っています。しかし、その理念はあまりに膨大な労力がかかり現実的でなさすぎるので、全員一律にすべき、ということです)しかし、経済同友会は、そして財務省も同じのようですが、これを経済対策として景気刺激策として使いたいらしい。無理ですよ、そんなこと。以前にも書きましたが、今回の事態は通常の経済危機のように経済が意図せず止まったものではなく、海外との行き来を閉ざし、更に不要不急の外出を止める、つまり経済を「止めた」ことで生じた事態です。こんな状態の中で、少なくとも政府のいう「不要不急の外出自粛」を忠実に守るとしたら、生活を維持する最低限以外のどこにお金を使う余地があるんですか。給付が1人10万円だろうが1000万円だろうが、不要不急の外出自粛が掲げられている間はお金を使う余地なんかないのです。その間は、「経済対策」なんてまったくの無駄です。そう考えれば、「消費力を維持」なんて理屈がどれだけバカバカしいものか分かるはずです。だいたい、電子マネーの流通度はそれほど高いものではありません。例えば、家賃が電子マネーで払えるか?まずほとんど払えないでしょう。光熱費公共料金は電子マネーで払えますが、多くの人が引き落としにしているはずなので実質的には使えません。そう考えると、電子マネーが使えるのは、日常生活のうちごく一部だけに過ぎません。特に、経験則で言えば、貧困層や高齢者層ほど電子マネーの利用度が低い傾向があるように感じます(体感なので、何らかの統計によるものではありません)。純実務的なことを言えば、SUICA/PASMOはチャージの上限が2万円です。Edyも上限5万円(一度にチャージできる上限は2万5千円)だそうですし、WAONもやはり5万円とのことです。10万円もチャージできません。今回のこのためだけに仕様変更を要求するのでしょうか?それが実現するのは何か月後?※経済同友会の主張の意図が今一つ分からず、各自がすでに持つ電子マネーに10万円をチャージする、という意味に捉えてしまいました。現金か銀行口座への振り込みを経由せず、第三者が他人の電子マネーにチャージする?どうやって?そこで気が付いたのは、そうではなく、10万円をチャージした電子マネーを配布しろ、ということなのでしょうね。だとしたら、更にバカバカしい。今から日本の全人口分の電子マネーを準備するのにかかる時間は?費用は?単なる振り込みより確実に時間と費用がかかります。「危機管理にスピードが必要」と言った同じ口でそんなことを言っているんだから、アホか、としか言いようがありません。何も考えずに思い付きだけでしゃべっている、ということです。こんなのが日本の経済団体の仕切り役なんだから、日本経済は沈没するのもむべなるかな、です。
2020.04.18
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「国民一丸」阻む敵は誰か? 批判ばかりの左派野党にあぜん、不安あおるワイドショーには罰則を【有本香の以読制毒】緊急事態宣言の翌日、東京・銀座を車で通った。有名店のシャッターがことごとく下りている。「強制力」など行使せずとも、「総理の一声」で、これだけ見事に営業や外出を「自粛」する国民は、世界のどこにもいまい。国民が本気になりさえすれば、わが国に「ロックダウン(都市封鎖)」など不要であるかのようだ。この「自粛」移行の裏に、実は、日本流「根回し」があったとも聞く。臨時休業を求めたいが、影響の大きい大規模商業施設や、反対に「自粛」期間中も、動いてもらわねばならない業種には、行政から事前の照会がされていた。大混乱がなかったのはそのためもあろう。「このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1カ月後には8万人を超えることとなります。しかし、~私たち全員が~1カ月間、人と人との接触の機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます」安倍晋三首相が7日夜に述べたこのくだりで、賢明な国民はすべてを悟った。筆者は、緊急事態を宣言した首相のスピーチを高く評価する。これで多くの国民は腹をくくったのだ。権力と国民がいたずらに対立せず、危機には自然と一つになって冷静に立ち向かう。これが、わが国の特質の一つだが、なぜか相いれない人たちも国内にいる。一部野党のほか、緊急事態宣言の翌朝から昼のテレビのワイドショーもひどかった。安倍首相のスピーチについて、「強い言葉がない」「覚悟が見えない」という情緒的でアホな文句のオンパレード。肝心な宣言の中身への論評がない。目下、日本最大の難題は、新型コロナと「こんな人たち」につけるクスリがないことだ。先週の本コラムで、テレビのフェイク報道への対抗策として、NHKのチャンネルの1つを政府に返還させ、「期間限定・政府専用チャンネル」とすることを提案した。今週はもう一段進んだ、劇薬を提案したい。非常時の悪質なフェイク報道には「電波使用停止」などのペナルティーを検討すべきである。(要旨・以下略)---いやはや、「ネトウヨ機関紙」産経の、本性丸出しの記事です。タイトルを見ただけで「おなか一杯」で、中身もまったく予想を裏切らない内容です。それにしても、有本と「国民一丸」になる気など、私には絶対ない、ということだけは、声を大にして言っておきたいですな。それはともかく、当ブログは、従来の反安倍スタンスから見れば、新型コロナ騒動に関してはそれほど安倍批判は前面に出して来ませんでした。もちろん、批判していないわけではないけれど(場当たり的臨時休校騒ぎなど)、冗談みたいな布マスク2枚騒動とか、あまりに不十分な休業補償とかに関しては、腹の中ではいろいろ思うところはあるものの、当ブログには大きく取り上げませんでした。安倍じゃなくて、他の誰かがやれば、もっとマシなことができたかというと、そうとも思えなかったかったからです。国庫というお財布を握る財務省の態度を変えられない限り、石破でも岸田でも、あるいは民主党政権でも、そうそう大きく違うことはできないからです。ただし、安倍や、その取り巻き連中はこれまで散々「悪夢の民主党政権」などと言い続けてきたのです。そう言ってきた以上は、自分たちは、震災と同じような緊急事態に際して、民主党政権とは違う、よほどご立派な対応策が提起できるんですよね?前述のとおり、民主党政権だって「布マスク2枚」とたいして違うことはできなかったと思いますよ。だけど、いや、だからこそ民主党政権は、その一挙手一投足に至るまで徹底的に批判され続けたのです。それも、批判の多くは、自民党、安倍とその取り巻きの保守系の連中によるものでした。ならば、安倍政権が「悪夢の民主党政権」と大して違うことができない時点で、非難を浴びるのは「あったりまえだろ」としか言いようがないのです。だいたい、自民党だろうが民主党だろうが、為政者がその政策について各方面から批判を浴びるのは当然のことです。その中には理不尽な批判もあるかもしれない。だけど、それは政治家としての宿命。それが耐えられないなら政治家なんてやめちまえ。それを「なぜか相いれない人たち」「こんな人たちにつけるクスリがない」って、馬鹿も休み休み言ってくれとしか言いようがありません。ちなみに、有本は2月28日、百田とともにに安倍と会食した「お友達」の一人です。政府が感染拡大防止に向けて大騒ぎになり、夜の宴会の自粛などが取りざたされている中でも堂々と会食したくらいに大事なお友達というわけです。そのように首相と特別に親しい関係を誇示する自称「ジャーナリスト」が、首相に批判的な報道姿勢の放送局に対して「悪質なフェイク報道には電波使用停止などのペナルティーを検討」しろというのですから、これほど恐とんでもない話はありません。しかも、「悪質なフェイク報道」の根拠としては、「強い言葉がない」「覚悟が見えない」という情緒的でアホな文句のオンパレード。肝心な宣言の中身への論評がない。しか言っていないのです。「肝心な宣言の中身への論評がない。」と言いながら、自分は報道のどこが「フェイク」なのか指摘しない。いや、指摘できないのでしょう。だって、「強い言葉がない」「覚悟が見えない」というのは、会見を見た人が受けた印象そのものなのだから。「強い言葉がない」という印象を受けた人がいる、ということのどこが「フェイク」なんでしょうか?だいたい、安倍が「人と人との接触の機会を~8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます」と言った直後に、当の自民党幹事長の二階が8割削減を「できるわけがない」と水をぶっかけちゃっています。二階の言い方もどうかと思いますが、端的に言って、安倍のスピーチとなど、当の自民党幹事長ですら「できねーよ」と口にしてしまうくらいの説得力しかない、ということを図らずも露呈してしまったわけです。そのようなスピーチを「高く評価する」のは有本の勝手ですが、それに同意しない意見に対して「こんな人たちにつけるクスリがない」「電波使用停止などのペナルティーを検討すべき」というのは、有本の、ひいては安倍の「お友達サークル」連中の、人としての許容度の狭さ、オツムの程度といったものを如実に示していると言うしかありません。
2020.04.12
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【米大統領選2020】 サンダース氏、民主党候補選びから撤退 バイデン氏指名確実米大統領選で野党・民主党の候補指名を目指していたバーニー・サンダース上院議員が8日、選挙戦からの撤退を表明した。これにより、11月に予定される本選は、ジョー・バイデン前副大統領とドナルド・トランプ米大統領の対決になる見通しとなった。サンダース氏は8日、支持者に向けたライブストリームで、候補指名争いで勝利するのに十分な票を獲得できる道は残されていないと述べた。また、支持者の中には、最後の予備戦まで戦ってほしいと願っている人もいるだろうとした上で、選挙戦からの撤退は「非常に難しい、つらい」決断だと明かした。「候補指名を実現できる道が我々にはあるという確信があれば、私は間違いなく選挙戦を続けていただろう」サンダース氏は続けて、この選挙戦は「自分たちがどのような国民になれるのか、ということについての米国人の意識を変えた。また、経済的正義や社会的正義、人種的正義そして環境的正義のための終わりなき戦いの中で、この国を大きく前進させた」と述べた。サンダース氏は、票の過半数を「30歳以下の人だけでなく、50歳以下の人からも」獲得したと述べ、「この国の未来は、我々の発想と共にある」とした。自らを「民主社会主義者」と形容するサンダース氏は、国民皆保険制度や大学の学費無料化、富裕層への増税、最低賃金の引き上げなどを公約に掲げていた。(以下略)---選挙戦序盤、サンダースが優位に立った時は、このまま民主党の大統領候補になれるのではないか、と期待したのですが、残念ながらそう甘くはありませんでした。中道派がバイデンに一本化して「大同団結」する一方、サンダースは立ち位置が近かったウォーレン上院議員との対立に至ってしまったことも影響は大きかったのかもしれません。サンダースは、急進左派扱いされていますが、実のところ「国民皆保険制度や大学の学費無料化、富裕層への増税、最低賃金の引き上げ」といった主張は、それほど極端なものであるようには思えません。国民皆保険制度は日本やヨーロッパでは実現している(ほころびはあるにしても)し、ヨーロッパの多くの国で大学の学費は無償もしくはかなり安価です。最低賃金の引き上げも、具体的な額はともかく、引き上げること自体は多くの国で行われています。ただ、米国においては、この程度の主張でも「革命的」であることは事実なのでしょうし、そのような「急進左派」にかくも多くの支持が集まったこと(4年前もそうでしたが)は、米国における「草の根」が変わりつつあることを示しているのでしょう。サンダースでは本戦に勝てない、という意見もあったでしょうし、それは必ずしも否定しません。ただし、ではバイデンなら勝てるのか、というとどうでしょう。相手が別の候補ならそうかもしれませんが、相手がトランプでは、むしろバイデンよりサンダースの方がいい勝負になるのでは、という気がしないこともありません。いずれにしても、日本人の私がこんなことを言っても仕方がありませんが、「サンダース米大統領」見たかったです。サンダースの敗因は色々言われます。黒人層にあまり浸透できなかったこと(しかし、マイノリティ集団の中で、ヒスパニック系には猛烈に浸透した)、民主党内の主流派層の支持を獲得できなかった(そりゃ、「民主社会主義者」を名乗っているんだから、そりゃそうなるでしょう)などが指摘されるところですが、年齢もネックだったんじゃないかな、と思ってしまいます。78歳、投票日には79歳になっています。4年の任期が終わるときには83歳となると、「大丈夫か?」とは思ってしまいます。本当は、前回の大躍進の後、後継者にバトンタッチしなきゃいけなかったのでは、とは思います。さすがに4年後は否応なくそうなるでしょう。まったくの余談ですが、バーニーサンダースと、元日弁連会長で都知事選に出馬したこともある宇都宮健児、似ていると思うのは私だけでしょうか。単に禿げ上がったおでこと眼鏡が似ているだけ、かもしれませんが。もちろん、政治的立ち位置も近いですが。
2020.04.10
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自殺職員の手記読んだ首相「胸が痛む」 一方、再調査はしない意向 森友学園文書改ざん安倍晋三首相は19日の参院総務委員会で、森友学園に関する財務省の文書改ざん問題で「国民の信頼を揺るがす事態となり、行政府の長として大きな責任を痛感している。改めて国民におわび申し上げる」と陳謝した。国民民主党の森本真治参院議員の質問への答弁。文書改ざん問題では、自殺した近畿財務局職員の手記が18日発売の週刊文春に掲載された。首相は自らも手記を読んだことを明らかにしたうえで「真面目に職務に精励していた方が自ら命を絶たれたことは痛ましい出来事であり、本当に胸が痛む思いだ」と述べた。一方、この問題に関する再調査については「財務省で事実を徹底的に調査し明らかにした。検察当局による捜査も行われた」として実施しない考えを改めて示した。また、週刊文春の記事中で、改ざんのきっかけは2017年2月に国会で「(同学園への国有地売却に)私や妻が関係していたら首相も国会議員も辞める」とした首相答弁だったと書かれた点については「(そうした記述は職員の)手記の中にはない。週刊誌側の考え方を書いたに過ぎない」と指摘した。---一連のモリカケ疑惑は、行政の公平性を完全に失墜させたという点で極めて重大な事件であると思いますが、ただ、残念ながら「えこひいき罪」というようなものはないので、道義的政治的には重大であるにもかかわらず、刑事責任を追及するというのはなかなか難しい話です。しかし、公文書の改ざんは違います。これは、公文書偽造というれっきとした犯罪です。ところが、どこからどう見ても公文書偽造であることは明らかであるにもかかわらず、この件では大阪地検特捜部が不起訴にしています。黒川の定年延長事件などを見ればわかるように、検察の独立性が危うい状況の中、不起訴が本当に捜査を尽くしたうえでの結論なのか、忖度の結果なのかは、大いに疑問があります。それにしても、安倍は本当に、「お友だち」に対しては優しいんだということがよく分かります。文書改ざんを行った佐川を国税庁長官に取り立てて報いたわけです。そして、文書改ざんが表面化すると、安倍の意向に反するような態度を取っていた下っ端の公務員に全責任を押し付けて保身を図る彼らを、「不起訴」という形で守った、-どこまでも「お友達」には優しい。しかし、お友達ではない人間に対しては、全然優しくない。「本当に胸が痛む思い」っい、口だけならなんとでも言えます。「再調査はしない」、自身の責任についての問いかけには何も答えずに背を向ける、その態度がすべてを物語っていると言わざるを得ないでしょう。(もっとも、「責任」も口ではなんとでも言えますが。安倍は、「任命責任は私に」等々何回も責任を口にしていますが、実際に責任を取ったことなどありません)もっとも、そのことよりも何よりも、私が驚くのは、そんな安倍を支持する日本人がいまだにこんなに多い、という事実です。先月はいったん内閣支持率が急落する気配だったのが、今月は元に戻る様子です。これほど露骨なえこひいきもにも目をつぶれるくらい安倍のおかげで経済好調なんでしょうか。もちろん、そんなことはありませんね。この1か月で株価は7000円も落ちて、アベノミクス崩壊、リーマンショックの再来ともいうべき状況です。このまま日本が地獄に落ちるまで、いや、地獄に落ちてもなお、みんな安倍を支持し続けるんでしょうか。だとすると、日本人は誰も北朝鮮を笑えない、と思うんですけどね。
2020.03.19
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加計学園「不正入試」疑惑 不合格の韓国人受験生は筆記試験トップだった加計学園・岡山理科大学獣医学部獣医学科の推薦入試における不正疑惑。今回、新たに取材班が入手した資料によると、不合格となった韓国人受験生の一人は、筆記試験でトップの成績にもかかわらず、面接点が0点のため、不合格となっていたことがわかった。不正入試が疑われるのは、日本人受験生と同一基準で行われるはずの「推薦入試A方式」。志願者69名のうち韓国人受験生は8名。実際に受験した7名が面接で一律0点とされ、全員が不合格となっていた。「A方式」での合格者は計24名だった。 「A方式」は、2科目の筆記試験と面接試験、それに高校等での成績を反映した評点平均値、それぞれ50点の計200点満点の試験だ。外国人受験生の場合、評点平均値は一律35点で計算されるため、実質的に筆記と面接での点数が合否を分けることとなる。今回入手した資料によると、全受験者のうち筆記試験でトップだったのは韓国人受験生だった。さらに調べると、筆記試験の上位20位以内に5名の韓国人受験生がランクインしていることも分かった。いずれの韓国人受験生も面接試験では0点とされ、不合格となっている。加計学園のベテラン職員が指摘する。「各メディアの取材に対し、加計学園は『一般入試で合格した韓国人受験生がいる』と弁明しています。しかし一般入試は、筆記試験のみの選考で面接試験がなく、筆記試験の点数が高い受験生が合格するため、恣意性が入る余地がない。さらに筆記試験の採点は、岡山に在籍する別学部の教授陣が行い、獣医学科が関与できません。一方、『A方式』における面接試験は、獣医学科の教授の要請により、今年度から導入されたもので、面接官は今治にいる獣医学科の教授なのです」---この問題を取り上げるのがだいぶ遅れてしまいましたが、何とも呆れた話です。加計学園の獣医学部(岡山理大獣医学部)と言えば、今更説明するまでもなく、安倍のおともだち依怙贔屓のゴリ押しで獣医学部を新設した大学です。そこで、韓国人受験生が全員面接点を0点とされて不合格になった、という問題です。韓国人というのが、韓国在住者なのか在日韓国人なのかは分かりませんが、後者なら言うまでもなく、仮に全員が前者だったとしても、試験問題は日本語だったと報じられています。つまり、日本語の読み書きに関しては充分な能力を持っていたことは明らかです。にもかかわらず、面接は全員が0点だと。そこに何の作為もありません、などということがあり得るはずもありません。私立大学とはいえ、学校教育法に基づいて、私学助成を受けて(それも巨額の)設置、運営されているのに、入試でこのような不正が許されてよい訳がありません。それに、安くはない受験料をとっているのです。最高得点でも合格させる気がない受験生から受験料を取るのは、詐欺といってもよいでしょう。数年前、全国の医大、医学部で類似の出来事があったのは記憶に新しいところです。女子と浪人生が合格しにくいように面接点を操作していた、という問題です。今回の事件と手口としては同じです。ただ、さすがに女子と浪人生を全員不合格にした、などと、そこまで極端なことをやった医学部は、私の記憶ではなかったように思います。それでも、各大学私学助成金を減額されるペナルティーを受けており、特に東京医大は助成金全額カットになっています。加計学園の入試不正の悪質さは、それらを遙かに越えるものであり、当然に私学助成金は減額または全額カットにならなければおかしいわけですが、そもそもが安部首相との特別な関係を最大限利用してえこひいきで獣医学部開設にこぎつけた加計学園の不正(そもそも設立の経緯自体が限りなく不正)にたいして、文科省がどこまで断固たる態度をとれるのか、結局、安部政権が続く限りは、この不正もあいまいにもみ消されてしまうのではないか、と思わざるを得ません。一方で、落とされた受験生に関しては、おそらくこんなことをする大学に入学するよりは、他の(あからさまに言えばもっと偏差値のよい)大学に行く方が、本人の人生にとっては正しい選択だったのでしょう。言っては何ですが、最高得点を取った受験生に、国籍を理由に不合格にするような点数操作をする大学、わざわざ優秀な学生をとらない大学が、6年後、獣医師免許の国試でまともな実績を残せるんでしょうか。こういうことをやった報いは、そこで返ってくることになるんじゃないでしょうかね。それとも、安部のお友達の威力で、獣医師免許の国家試験でも特別扱いさせるんでしょうか。いや、さすがにそれは冗談ですけれどね。
2020.03.12
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新型コロナ対応「年を越えて続くかも」 専門家会議、長期化の可能性示唆新型コロナウイルス感染症の政府専門家会議は9日、今後の国内感染について「当面、感染者の増加傾向が続くと予想され、警戒を緩めるわけにはいかない」とする見解をまとめた。感染拡大防止についてイベント自粛などの効果が見えてくる19日頃まで自粛を当面求める方針だ。政府はこれを受け自粛継続要請を表明する見通し。感染者の約80%が他の人に感染させず、1人の感染者から感染させた平均数は1人程度で推移しているが、複数人に感染させた事例もあるため、当面増加傾向は続くと予想される。感染の状況を把握するためには、2週間程度のタイムラグを生じ、全ての感染状況が見えておらず、依然として警戒を緩めることはできないという。また、新型コロナウイルス感染症の対応について「数カ月から半年、年を越えて続くかもしれない」と述べ、長期化する可能性を示唆した。今後の長期的な見通しは諸外国で患者が増えているため、「国内での急速な感染拡大を抑制できたとしても、世界的な流行を完全に封じ込めることはできない」とし、「国内での流行を抑制できたとしても、いつ再流行してもおかしくない状況だ」との見方を示した。(一部要約)---まだまだ当分現在の状況が続く、というわけです。しかし、すでに当ブログで何度か指摘しているように、新型コロナウィルスがどの程度危険なものかについては、私は疑問符をつけざるを得ないように思います。死亡率はおおむね1%程度で、高齢者、基礎疾患等のある人では危険性が高く、健康な人、若者では危険性はかなり低い(重篤になった例が皆無ではないけれど)ということです。在来型の季節性インフルエンザより、死亡率はおそらく若干高いものの、感染力は、暫定的ですが季節性インフルエンザほどではないと見積もられています。学校を休校にする根拠として、若者は新型コロナに感染しても重篤化しにくいので、感染の自覚がなく、あちこち動き回って感染を広げやすい、ということが言われます。一見もっともらしいですが、疑問符が大いにつきます。第一に休校になって子どもが遊びに出歩くよりは、学校に通学している方がまだマシではないのか、という点。そしてもう一つは重篤化しにくいのは子どもだけなのか、という点です。以前に、新型コロナ騒動がまだ武漢でとどまっていた当時、私は、感染者の実数は発表の10倍いても不思議ではない、という趣旨のことを書きました。そして現在の日本でもそれはおそらく同じだろうと思います。発覚している感染者は氷山の一角でしょう。若年層で重篤化しにくいというのは程度の問題に過ぎません。中高年でも発症しない、あるいは重篤化しない感染者がいることは、報道等からも確認できます。ということは、中高年でも重症化するのは(若年層よりは割合が高いけれど)ごく一部であろうと推測できます。つまり、大半の感染者は自宅で日常生活を送っているはずです。現状は、大多数の「わからない人」を、ある意味潜在的感染者とみなして自粛要請が出ているわけです。それが文字どおり「1~2週間」ならまだしも、終わりの見えない自粛要請は、社会と経済に与える弊害がきわめて大きいといわざるを得ないでしょう。よく分からないのは、新型コロナの判定検査(PCR)を、色々な理由を付けて検査数を増やさないようにしているように見えることです。検査を増やすと、大量の検査希望者が病院に殺到して医療崩壊を起こしかねないとか、新型コロナと判定されても治療法がない、などと言うのですが、どうもそれらの理屈を一言で言うと、「知らぬが仏」と言っているようにしか見えないのです。知らぬが仏というのも考え方として間違ってはいません。ただ、それならそれで、感染のことなど気にしても仕方がないだろうと思うのです。現状は、片方では「知らぬが仏」状態でありながら、一方では「自粛」という形で、全国民に新型コロナに感染しているか、感染者が身近にいる前提での行動を要求されています。こんなのは、どう考えても無理があるのです。PCRは偽陽性とか偽陰性とか、精度が今一つである点が難しいのは分かりますが、PCR検査をどんどん進めて、感染者は外出を自粛させる、そうでない者、あるいは治癒した者は日常生活を送る、と振り分けていかないと、いつまでも一億総感染予備軍扱いの行動など、続けられるものではありません。これが、エボラとか、スペインかぜ(死者は全世界で5000万から1億人、日本で約40万人)、発生が懸念されてきたH5N1起源の新型インフルエンザ(散発的に人が感染した例では、死亡率は6割を超える)とか、あるいは中世のペストのように(今の医療水準の元では、ペストがどこまで危険な病気かはともかく)バタバタ人が死んでいく病気なら、それも仕方がないでしょう。MM-88※とかね。※MM-88 小松左京のSF小説「復活の日」に登場する架空のウィルス。細菌兵器として開発されたものが流出し、インフルエンザウィルスを隠れ蓑にして、インフルエンザの流行に乗って全世界に拡大し、最終的に南極以外の全人類を全滅させる、という物語。初めて読んだのが、中学生か高校生の時で、風邪で寝込んでいるときに読んだので、強烈な印象があります。映画版はずっと後になって見ましたが、私にとっては小説版の方が映画よりはるかに強烈。しかし、新型コロナは顕在化している感染者に対する致死率が1%前後です。前述のとおり、発覚していない感染者が大勢いることを考慮すれば、多分実際の致死率はそれよりもっと低いでしょう。この危険性の程度と、現状行われている「自粛」のバランスが取れているようには、どうも思えないのです。新型コロナ特措法の緊急事態宣言が問題となっています。先に触れたような重大な感染症の流行という事態を想定すれば、私権制限の規定はやむを得ないかなと思います。しかし、現状の新型コロナでそのような規定を発動すべきではありません。病気としての新型コロナの危険性より、それに対する「自粛」がもたらす社会や経済への打撃の方がはるかに大きいからです。すでに周知のとおり、スポーツ・エンターティメント関係のイベントは総崩れ、旅行や交通運輸への影響も甚大、株価は2月最終週以降日米とも急降下状態です。病気の前に世界経済が緊急事態に陥っているんじゃないでしょうか。
2020.03.10
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政府「新型コロナ特措法」急ぐ、緊急事態宣言で外出自粛も日本の国会では、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた法整備をめぐる議論が行われました。「とにかく改正をして、これを適用したいというお話だと伺っていますが、どこを改正するんですか」(国民民主党 森裕子参院議員)「新型コロナウイルス感染症を対象とするということで改正をお願いしたい」(安倍首相)政府は、7年前に施行された「新型インフルエンザ特措法」を新型コロナウイルスにも適用させるべく法改正を急ぐ考えですが、野党側からはこれまでの対応の遅れを批判されました。「(新型インフル特措法を)適用できないと言い続けて、対策を遅らせて、場当たり的な対応をして、感染を大きくした安倍政権の責任は極めて重い」(立憲民主党 福山哲郎幹事長)安倍総理はこの後、立憲民主党など野党5党の党首と相次いで会談、協力を求め、改正案を来週、成立させたい考えです。これにより、感染被害が拡大した場合、「緊急事態宣言」を発令することで、外出の自粛やイベント会場の使用制限などを求めることが可能となります。ただ、野党だけでなく、与党からも「行政の権限を強め私権を制限する内容を含む」との慎重論もあり、法律の効力を2年間に限る時限立法とする方針です。---なんだか、立憲民主党も法案に賛成はしないものの、設立に強い抵抗はしないらしく、むしろ与党内の異論の方が目立つ状況ですが、この改正はまったく意味不明のものと言わざるを得ません。引用記事には「7年前に施行された「新型インフルエンザ特措法」を新型コロナウイルスにも適用させるべく法改正を急ぐ考え」とありますが、この法律は正式名称を新型インフルエンザ等対策特別措置法と言い、新型インフルエンザ「等」とあることからわかるように、新型インフルエンザのみを対象とする法律ではありません。新型インフルエンザ、再興型インフルエンザと、新感染症が対象であると明示されています。新型コロナは言うまでもなく新感染症ですから、当然にこの法律の適用範囲になるはずです。ところが、安倍政権は適用範囲にならないのだと主張しています。理由は、「原因となる病原体が特定されていることなどから困難だと判断した」というのですが、その説明に「なるほど、もっともだ」と思える人がいるでしょうか。未知の病原菌やウィルスが特定された途端に「新感染症ではありません」なんて言ったら、新感染症に分類される病気などなくなってしまうではないですか。だいたい、これまでさんざん憲法や各種法律の解釈変更、拡大解釈、独自解釈を繰り返してきた安倍政権が、この法律だけ、異常に狭い法解釈を変えようともしないのは、これまでの行動とあまりに整合性がなさすぎます。何故こんなことをするのか、公明党のベテラン議員は「(現行法で)いまさら適用するとは言えない。なぜもっと早く適用しなかったのかと批判される」と漏らしていた。との報道がありますが、ではなぜ「いまさら」ということになるまで適用しようとしなかったのか、という説明にはなっていません。巷間言われているのは、現在の新型インフルエンザ特措法が民主党政権の作った法律だから、そんなものは使いたくないのではないか、ということです。もし事実なら(多分事実でしょう)、なんとうつわの小さいと・・・・・いや、今更ですね。安倍のうつわの小ささは、すでに十分明らかですから。とはいえ、この異常事態下でも民主党政権の作った法律は使いたくない、とは、ほとんど子どもじみたレベルと言わざるを得ないでしょう。稲田朋美なども同じですが、普段勇ましいことを言っている連中が、本当の緊急事態発生時に勇ましい行動がとれるわけではない、ということなのでしょう。パンデミックのような事態の発生時に緊急事態条項のような規定が必要となること自体は否定しませんが(だから現行の新型インフルエンザ特措法にもそのような規定がある)、現状の新型コロナが、そんな条項を振りかざさなければならないほどの危険性があるとはとても言えません。それに、こんな子どもじみた政権に緊急事態条項などを好きに使わせるのは、子どもに拳銃を与えるようなものと言わざるを得ません。
2020.03.06
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夜の会食は「宴会ではない」 首相、野党に反論「意見交換」「いけないことなのか」安倍首相は28日の衆院総務委員会で、政府が新型コロナウイルスの感染拡大防止に取り組む中、自身が夜の会食を続けていることについて「いわゆる宴会をやっているわけではなく、さまざまな方と意見交換を行っている」と説明した。大型クルーズ船で乗客の感染が増えていた12日以降の平日夜(11日間)のうち、首相が知人や企業経営者、与党議員らと9日間会食していたと立憲民主党の高井崇志氏が指摘。「民間企業は飲み会を自粛している。首相の危機感のなさが国民を不安にしている」と批判した。これに対し首相は、20日に評論家の金美齢氏らと会食した際は台湾情勢をめぐって意見を交わしたと説明し、「何かいけないことなのか」と反論した。さらに夜の会合で経営者からはコロナウイルス対策などを聞いたとし、「大人数の会食ではない。首相としていろいろな話をうかがう大切な機会だ」と強調。今後も自粛はしない考えを示した。首相は28日夜には、作家の百田尚樹氏とジャーナリストの有本香氏を公邸に招き会食した。26日に大規模イベントなどを2週間自粛するよう自ら呼びかけた首相だが、その後も「身内」との会食を続けており、野党の批判は続きそうだ。---いやー、26日まで連日誰かと会食していた安倍が27日には会食していないので、さすがに態度を変えたのかと思いきや、昨晩はネトウヨ小説家の百田とネトウヨ運動家(自称「ジャーナリスト」)の有本と会食だそうです。「さまざまな方」と言っていますが、金美齢にしても、イデオロギーをともにするお友だちと会食しているだけではないですか。それこそ「不要不急」の最たるものだと思うんですけどね。でも、良いんじゃないですかね、私も「いけないことなのか」と思います。つまり、「意見交換」を伴う会食は首相自らどんどんやれ、と言っているわけです。第三者から見て不要不急に見えようが何だろうが、「意見交換」の会食の何を遠慮する必要がある。友達と飲みに行っても「意見交換」すれば何の問題もないというわけです。皮肉の成分も多少混ざっていますが、半分以上は皮肉じゃありません。以前にも書いたように、「演奏イベントを行う店や主催者、さらに出演者にとってライブは不要不急ではない」のです。いや、そもそも何が「不要不急」で何が必要不可欠かなんて、人によってまちまちであり、一概に決めつけられるものではありません。それを一律に「不要不急」と烙印を押して自粛を押し付けるような風潮は御免こうむりたい。ちなみに、これとはまったく別の話になりますが、明日開催予定の東京マラソンについて、日本陸連は「参加選手が数百人で大規模イベントには当たらない」と言っているそうです。今回の東京マラソンは一般参加を中止して招待選手のみとしていますが、それでも選手は200人、びわ湖毎日マラソンは300人とのことです。もちろん選手だけでマラソン大会はできません。役員、設営、警備関係など含めれば、人数は1000人を超えるんじゃないでしょうか。つまり、少なくともその程度以下の規模のイベントは「大規模」じゃないから自粛する必要はないわけです。安倍と同様、日本陸連もそのように具体的に規範を示してくれたわけですから、是非それを参考にすべきではないでしょうか。
2020.02.29
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臨時休校要請 安倍首相「実情踏まえ柔軟に対応を」 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、政府は28日、全国すべての小中学校や高校などに来月2日から春休みに入るまで臨時休校とするよう各都道府県の教育委員会などを通じて要請しました。これについて安倍首相は衆議院財務金融委員会で「今回の要請は法的拘束力を有するものではなく、最終的な判断は学校を設置する地方自治体や学校法人などで行われるものだ。それぞれの地域や学校で事情が違うわけで、基本的な考え方としてお示しした。各学校や地域で柔軟に判断いただきたいと考えている」と述べました。また、萩生田文科相は閣議のあと記者団に対し、「この状況を乗り越えるため、この1、2週間は極めて重要な時期だと判断した。臨時休業を実施する期間や形態については、地域や学校の実情を踏まえて、設置者においてさまざまな工夫があってよいと考えている」と述べ、休校の期間などは、地域や学校の実情を踏まえ、柔軟に対応してもらいたいと呼びかけました。---実は、昨晩はニュースなどを見ずに寝てしまったので、今朝新聞を開いて、休み明けから小中高校は臨時休校という記事を見て仰天しつつ出勤したところです。そうしたら、帰宅するころになったら「実情踏まえ柔軟に対応を」というので、二度びっくり。ちなみに、都立高校は「柔軟な対応」はせずに要請どおり春休みまでずっと休校するみたいです。子どもの学校も明日から(土曜は隔週で授業あり)臨時休校と決まったようです。うちは高校生だからまだしもですが、小学校低学年とか、共働き家庭で急に来週から学校なしというのは、親が立ち往生してしまう例が少なくないのでは、と思います。すでに、独自に昨日から臨時休校が始まった北海道では、看護師の2割以上が出勤不能に陥って、外来診察を休診に追い込まれた病院もあると報じられています。その騒動が、全国規模に拡大することになるのです。もちろん、こういう事態の発生に際して(どんな時でも同じかもしれませんが、このような異常事態では特に)、誰もが不満を抱かず物事を解決する妙案などあるはずがなく、あちら立てればこちらが立たず、こちら立てればあちらが立たず、となることは避け難いものでしょう。その限りでは、大嫌いな安倍と言えども同情の余地がないわけではない、とは思います。ただ、北海道における前述の騒動は、昨日の午後6時過ぎには報道されています。また、新型コロナウィルスは、若年層での死者は非常に少ないことが知られています。熊本で20代の看護師が重篤な状態に陥っていると報じられていますが、10代以下で亡くなっている方はほぼいなかったはずです。そこから考えても、わざわざ学校を休校にする必然性がどこまであるのか、疑問の余地は大きいと言わざるを得ません。北海道における休校後の推移をもう少し見守るくらいの、検討の期間は必要だったのではないでしょうか。迅速さを求めるあまり、拙速にことを決めてしまった感が否めません。それで、翌日になって「柔軟に対応を」というのですが、首相がそれを言ったときにはもう学校の授業が終わる時間帯だったわけで、これでは柔軟に対応させないために、その時間になって「柔軟に対応しろ」と言ったのか、と思えてしまいます。なんにしても、子どもが3学期の期末試験もなくなり、こんなに長い期間家でゴロゴロしている状態が教育上好ましいとは、親としてはまったく思えないのです。かといって外で遊び歩いていたら、ウィルス対策で休校にした意味もないでしょうけど、だけど現実問題として10代の若者たちに「1か月家の中でおとなしくしてろ」って、従うわけないじゃない、って思います。政府が右と言えば国民全部が右を向くはずがないのと同様、親や学校が「1か月家の中でおとなしくしていなさい」と言って小学校低学年はまだしも、中学生や高校生がハイハイとそれに従うはずがないのです。うちの子は家でネット三昧かもしれないけど、それはそれでほんとに頭が痛いです。
2020.02.28
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検事長の定年延長「口頭決裁も正式な決裁」森法相東京高等検察庁の検事長の定年延長をめぐり、法務省が国会に提出した、定年延長が妥当だとする文書について、森法務大臣は、口頭の決裁を経ているとして、正式な決裁の手続きが取られたという認識を示しました。法務省が国会に提出した、東京高等検察庁の検事長の定年延長が妥当だとする文書について、森法務大臣は、今月20日の衆議院予算委員会で、「必要な決裁は取っている」と答弁しましたが、翌日の予算委員会の理事会で、法務省の担当者は「正式な決裁は取っていない」と述べました。これについて、森法務大臣は、記者会見で、「文書は、内閣法制局と協議するのにあたって、事務次官まで部内で文書を確認して内容を了解する口頭の決裁を経た」と説明しました。ーーーいやいやいや、何言ってんの?という感じですね。この問題については、すでに当ブログで取り上げたとおり、検察官の定年は63歳で検事総長だけ定年が65歳であるところ、安倍のお気に入りの黒川東京高検検事長を検事総長にするために、稲田検事総長の退任が見込まれる時期の少し先まで定年を延長した、という騒動です。その続報で、1980年に国公法が改正された際、内閣法制局が作成した法案審議のための想定問答集が発見され、そこには国公法改正案に定める勤務延長(定年延長)は、検察官は除外、と明記されていたことが表沙汰になったわけです。行政府における法の番人である法制局が定めた法律解釈を覆したわけです。その「根拠」だと称する文書(実態はメモ書き)が、どのような決裁を経たのかと問われて「口頭決裁」と宣ったわけです。唖然とします。もうちょっとマシなうそをつけよと言いたい。確かに、文書の口頭決裁は、理論上法律上は、あり得ないことではありません。また、公文書は、何も「保医発第××号」とか、「事務連絡」で始まって所定の書式で書かれたものだけではありません。メモだって立派に公文になり得ます。が、しかしです。法制局が明示した法律解釈を変える、という重大な決裁文書が「メモ書きで口頭決済を取りました」って、あり得ないでしょう。例えば、契約においても口頭の契約は有効とされています。しかし、蕎麦屋に出前の電話をするならいざ知らず、大企業が社運を賭けたプロジェクトを書面の契約を結ばずに口約束でやるか、ということです。法的論理的にはあり得ても、実務上あり得ないことは火を見るより明らかです。あり得ないというより、やってはならないことです。口頭では言った言わないの照明が困難だから-なんてことは、いちいち説明の必要などないでしょうが。あえて言います。森法相や安倍の取り巻き連は、内閣法制局がそんな法解釈を定めていたことなど、まったく知らなかったのです。それで法の盲点をうまく突いたつもりで地雷を踏んだのです。それで、慌てて、「定年延長を決める前から法解釈を変更する手続きを取っていました」という態を取り繕おうとして、狐のしっぽが丸見えの、稚拙で不様なアリバイ工作を行っているのです。法律の解釈を、事実上首相の一存で、まともな決裁も取らずに恣意的に変える、こんなことが法治国家でまかりとおってよいわけがありません。残念ながら、このままこの件が覆らなければ、先の投稿にも書きましたが、もはや日本は法治国家などとは言えません。人治国家、あるいは法恥国家、法痴国家と呼ぶしかなくなってしまいます。ところで、今回は無所属(野党会派)の小西洋之参院議員が国立公文書館で文書を発見したのだそうです。大ヒットですが、そのような文書の存在に法務省の官僚の誰も気が付かなかったとは思えません。過去に前例のない法解釈を強行しようというのに、その法解釈で本当に大丈夫か、法制定当時の国会審議録での政府側答弁やその元となる想定問答集を確認する、官僚なら真っ先に考え付くことです。だから、元郵政省のキャリア公務員だった小西議員がそこに気が付いたのは不思議ではありません。それにもかかわらず、法務省では誰も気が付かなかった、そんなはずはありません。気が付いても、誰も森法相にも安倍の取り巻きにもご注進には及ばなかったわけです。何故でしょうね。その理由はともかく、森法相、あるいは安倍政権が今回の定年延長を強行しようとしたことについての、法務省の官僚との関係性を暗示する出来事であるように思います。人心を掌握できていない、裸の王様と化しているということじゃないでしょうか。末期的状態です。
2020.02.26
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他の衆院議員の立件見送り東京地検特捜部は、中国企業「500ドットコム」側が現金を渡したと供述した自民党の岩屋毅前防衛相ら衆院議員5人や、中国旅行に同行した白須賀貴樹衆院議員の立件を見送った。関係者への取材で分かった。---あれだけ大々的に事情聴取をして、実際少なくとも一部の議員は現金の受領を認めていて、しかし立件はしない、とはどういうことでしょうか。一部報道によると、秋元議員の件はこの件の入り口に過ぎないと検察は言っていたとも言います。それが大山鳴動してねずみ1匹だけですか。そして、広島の河井議員の件もどうなったのでしょうか。容疑はもはや明らかと思いますが、広島地検は家宅捜索までやって、その後はなしのつぶてです。まさかとは思いますが、そのまま立件せず捜査終了、なんてことはないでしょうね。検察にも面子があるでしょうから、いくら何でもそれはないとは思いますが、一抹の不安を感じることは確かです。折も折、こんな事実も報じられています。不可解な高検検事長の定年延長 詳細語らぬ首相や法相政府が東京高検の黒川弘務検事長(62)の定年延長を決めたことが波紋を広げている。安倍政権との距離が近いとされる黒川氏が、検察トップの検事総長に就く可能性が残ったことになる。政治的中立性を厳しく求められるポストだけに、野党からは政権の人事のあり方を危ぶむ声が上がっている。官房長や事務次官を務めた黒川氏は、捜査畑よりも法務官僚としてのキャリアが長い。安倍政権では共謀罪など重要法案にも携わり、「菅官房長官と近い」と言われる。誕生日は2月8日。検察庁法では検察官の定年は63歳と定められていることから、7日に定年退官する予定だった。政府は1月31日、国家公務員法の規定を使い、黒川氏の定年を8月7日まで延長することを閣議決定した。検察官の定年延長は過去に例がない。稲田伸夫検事総長が慣例通り、約2年の任期で8月に勇退すれば、黒川氏が後任に就くことが可能となった。---要約すると、安倍の忠犬を検事総長に据えるために、法の抜け穴を突いた、ということです。引用記事には検察官の定年は63歳とありますが、検事総長だけは定年が65歳です。しかし、現在の稲田検事総長は8月まで任期があるので、それまでに定年になってしまう黒川は検事総長にはなれない、はずでした。そこで8月まで定年延長というウルトラCによって、黒川を何が何でも検事総長にするぞ、ということなんでしょう。検事の定年延長は過去に例がありません。そもそも検察官の定年は国家公務員法ではなく、検察庁法に規定されています(国家公務員法に基づく一般の国家公務員の定年は60歳)。そして検察庁法には定年延長という規定はないそうです。63歳という定年年齢は検察庁法に基づき、定年延長は国家公務員法に基づく、そんなつまみ食いみたいなご都合主義があってよいわけがありません。そんなことまでして、自分の取り巻きを取り立てたいというのです。よりによって、法の番人ですからね。検察には政治からの独立が求められます。少なくとも近代的法治国家においてはそうであり、日本もまた同様であったはずです。裁判所もそうですが、政権与党の政治家に違法行為に対しては大甘で、野党政治家や反政府的態度の人物に対してはちょっとした違法行為も厳しく厳しく取り締まる、というような恣意的な刑事訴追があってはならないからです。現実には、そういった傾向がこれまでも皆無だったわけではありません。でも、少なくとも政権が自らの忠犬を検察トップの地位につける、そのためにこのような法の抜け穴を突くような、そこまで露骨な政治による介入はさすがにありませんでした。中国のことを「法治国家ではなく人治国家だ」と批判する人がいますが、もはや日本も同じじゃないのか、という印象しか抱けません。
2020.02.06
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新型肺炎「緊急事態の一つ、改憲の実験台に」 伊吹元衆院議長自民党の伊吹文明元衆院議長は30日の二階派会合で、新型コロナウイルスの感染拡大について「緊急事態の一つの例。憲法改正の大きな実験台と考えた方がいいかもしれない」と話した。自民党がまとめた改憲四項目の一つである緊急事態条項の導入を念頭に置いた発言。同条項は、大規模災害時に内閣に権限を集中させ、国民の権利の制限を認める内容。政府は28日に新型肺炎を感染症法上の「指定感染症」とする政令を閣議決定したが、施行日の2月7日までは感染者の強制入院などの措置は行えない。伊吹氏はすぐ強制措置が取れることが望ましいとし「周知期間を置かなくてもいいことにするためには、憲法を変えてもらわないとできない」と語った。(以下略)---新型コロナウィルスのパンデミックという緊急事態を、改憲という政治目的に利用しようという魂胆がミエミエです。国民の権利を制限するという重大事態を「実験台」で使われたのではたまったものではありません。そもそも、権力を振りかざし、国民の権利を制限すれば緊急事態が何でも解決するかのような考え方自体が、大いなる思い違いと言わざるを得ません。もちろん、緊急事態に際して権利を制限せざるを得ない事態そのものは、残念ながらあり得ます(憲法にそんなことを唄うべきであるとは思いませんが)。ただ、それは最後の手段です。一連の話の直接的なきっかけは、おそらく武漢からの帰国者を乗せたチャーター便の搭乗者中2人がウィルス検査を拒否したことでしょう。確かに、こういう状況でウィルス検査は受けてほしい、受けるべきだとは私も思います。それを拒否した理由は報じられていませんが、想像するに、もしウィルスに感染していたら隔離を余儀なくされ仕事や社会生活に多大な支障を生じると考えたからではないでしょうか。チャーター便で帰ってきたのは、現地にそれなりの生活の基盤があった在留邦人です。それを捨てて(事態が収まればまた渡航するにしても)日本に帰ってくるにあたっては葛藤もあれば、今後の生活への不安もあったでしょう。ことによると、明日からハローワークで仕事探しをしなければ、という人だって、いないとは限りません。そういう中で「ウィルス検査を受けてください(陽性だったら一定期間隔離です)」というのは、やはり重たい話です。想像するに、厚労省の担当者は、相当に低姿勢で帰国者にウィルス検査をお願いしたのではないでしょうか。だから、検査を拒否する人が2人しか出なかった。あるいは問題の二人だけ、何らかの感情的な行き違いが生じるようなことがあったのかもしれません(あくまでも想像ですけど)。もし一律に高圧的な態度で臨んでいたら、拒否者は2人では済まなかったのではないか、と思います。つまり、こういう時に国民の権利を制限して有無を言わせず命令して従わせる、その方が簡単で効率よく物事が進むように見えて、実際は違うということです。人間には感情というものがある。高圧的な態度は反発を招き、結局は手間と時間を余計に要して、更にお互い不信感が残るだけの結果になります。憲法に緊急事態条項を、とか私権制限を、と叫ぶ人たちは、根本的にそのあたりが分かっていないように思います。個別具体的な話をすれば、「政府は28日に新型肺炎を感染症法上の「指定感染症」とする政令を閣議決定したが、施行日の2月7日までは感染者の強制入院などの措置は行えない。」とありますが、施行日をいつにするは、政府が決めることです。施行日の2月7日までは強制措置が取れないことが不都合なら、施行日を早くすればいいだけのことです。実際、その後の報道によると、政府は施行日を昨日(2月1日)に前倒ししました。前述のとおり、緊急事態に際して権利を制限する場合があること自体はやむを得ないことです。しかし、現在の憲法下でもそれは憲法違反ではなく、だから現に感染法上の規定が存在するわけです。結局は法律をどう運用するのか、ということに尽きるのであって、憲法な何かの不備があってできない、などということはありません。まして、なんですって?「周知期間を置かなくてもいいことにするためには、憲法を変えてもらわないと」ですって?周知期間は必要に決まっているじゃないですか。「緊急事態につき午後11時に明日午前0時より××の規定に従わないものには罰則を設けることにします。だからお前は逮捕ね」とでも言うつもりですか?知らないことには従いようがないわけで、これまで認めていたことを禁止するのに周知期間を設けるのも面倒だから憲法改正って、どれだけ滅茶苦茶な強権国家を作りたいのですか。ほんとうに、こういうことを考えている連中に政治運営を好き勝手にさせておいたら、ろくなことになりそうにありません。どんな疫病より、恐怖政治の方が恐ろしいと言わざるを得ません。1918年のスペイン風邪の日本での死者は推定40万人前後ですが、太平洋戦争ではその8倍死んでいるわけですから。
2020.02.02
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情報筒抜けか。河井案里氏ウグイス嬢の報酬疑惑がバレた裏事情今の選挙運動、連呼をするウグイス嬢の力量にいかに頼っているかが浮き彫りになったのが、公職選挙法違反の疑いで家宅捜索を受けた自民党・河井案里参院議員のケースである。河井案里氏は昨年夏の参院選で初当選した。その選挙運動で、ウグイス嬢と呼ばれる車上運動員に法定1万5000円の2倍、3万円を支払った疑いがかけられている。参院広島選挙区は、かつてない激戦だった。自民党岸田派の重鎮、溝手顕正氏の金城湯池とされてきたところに河井案里氏が乗り込んできたのである。党本部は表向き、参院広島選挙区の議席を自民党が独占するためと大風呂敷を広げたが、そこには無理があった。自民党公認候補が二人も出たら、まさに党組織のまとまりを砕く分裂選挙。溝手氏を支持する地元の県連は猛反対した。ところが、今の自民党には官邸に逆らうエネルギーがない。官邸は参院広島選挙区の議席を、齢77歳の溝手氏よりも、河井克行という忠臣の妻に与えたほうが都合がいいと考えたのだろう。ウグイス嬢争奪戦が熾烈だったことは想像に難くない。溝手、河井陣営ともに同じ自民党だけに、来てほしいウグイス嬢も共通していたのではないかと推察される。従来なら、溝手氏は参院選、河井克行氏は衆院選、案里氏は広島県議選と、すみわけができていたが、昨年の参院選はそうはいかない。河井陣営は法定上限1万5000円の倍額を提示することで、意中のウグイス嬢を確保できたのではないか。だが、カネにまつわる裏工作は、敵陣営に筒抜けになりやすい。ウグイス嬢たちの横のつながりがあるからだ。文春のネタ元は、落選の溝手陣営についた自民党広島県連の関係者ではないだろうか。克行氏のこれまでの選挙でも同じことが行われていた可能性がある。プロを自任するウグイス嬢や派遣会社には、プライドにかけて1万5000円では引き受けないところも多いと聞く。ウグイス嬢への二重報酬の違法行為は選挙における「商慣行」として一部で定着しているという。河井夫妻は何のためらいもなく、違反行為に走ったのではないだろうか。“アベ本位主義”のもと、首相に近い政治家たちの“傲慢指数”はうなぎのぼりだ。河井克行氏も、法務大臣ともあろうものが、地元のイベントに間に合わせるため、警護の警察車両か後続していても平気で、80キロ制限の高速道路を140キロで秘書に走行させるなど、言語道断。法軽視、特権意識の丸出しだ。こういう政治家のことだから、ウグイス嬢の一件も、「何が悪いんだ、みんなやっているではないか」と、むしろ自分たちだけが血祭りにあげられているような被害者意識を抱いて2か月余りも雲隠れしていたのではないだろうか。(要旨)---なるほど、そういうことですか。驕れる平家は久しからず、自民党現職議員を押しのけて、安倍お気に入り議員の妻を当選させたら、その遺恨で法行為を刺されてしまった、ということですね。そのこととは別件で、河井は選挙資金として自民党本部から1億5千万円の選挙資金を受け取った、との報道もあります。ウグイス嬢買収の件では一切だんまりの河井夫妻が、この件では受領を認めて「違法性はない」と主張していると報じられています。いや、選挙資金として党本部から1億5千万円受け取ることが合法か違法かは私も知らないけれど、自民党内であってもとてつもない「えこひいき」を受けたことだけは間違いありません。なんで河井がそんなえこひいきを受けられたのか。引用記事にも触れられていますし、それ以外の報道からも、河井は菅官房長官の子分の一人であり、安倍の取り巻きとして重用されていた人物であることは分かります。ただ、安倍の「おともだち」の議員でも、さすがにこんな額の選挙資金をもらった人はさすがにいないわけで(多分。まさか、他にもいたりして…)ここまでの特別待遇はいったい何が原因なのでしょうか。ということを考えていたら、Bill McCrearyさんから興味深い話をお伺いしました。今回の選挙で落選した溝手顕正議員が2012年2月に、安倍を「もう過去の人だ。」と批判したことがあるのですね。もちろん、当時自民党は野党であり、安倍は野党自民党の総裁ですらありませんでした。なるほど!ある意味、非常に分かりやすい構図です。7年前に自分が貶されたことへの恨みをずっと抱いていて、それを晴らすために追い落としを図った、ということです。そのために、対立候補にほかの候補の10倍の軍資金という下駄まで履かせて。そりゃ、下駄を履かせてもらった方も、なにか特権を得たかのような勘違いをするわけですよ(欠片ほども同情はしないけど)。それにしても、7年前の遺恨を晴らす、そのために絶対的な権力をかさに着る、実に安倍という人物の人間性が分かろうというものです。だけど、自民党のほかの議員は何とも思わないんでしょうかね。安倍の覚えめでたい取り巻きの一人だけが選挙資金を1億5千万円もの選挙資金を受け取って、自分たちは1500万円(なのだそうですね)それでも何とも思わずに安倍に付き従っていくんでしょうか。きっとそうなのでしょうね。私には想像もつかない考え方ですけれどね。今回の記事はBill McCrearyさんのブログからの情報を参考にしました。ありがとうございました。
2020.01.26
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「結婚しなくていい」やじ 夫婦別姓訴える野党質問に国民民主党の玉木雄一郎代表は22日、衆院代表質問で選択的夫婦別姓の導入を訴えた際、議員席から「だったら結婚しなくていい」とやじが飛んだと記者団に明らかにした。自民党の女性議員だったとして「非常にショックだった。こういう自民党だから少子化が止まらなかった。古い自民党には任せておけない」と批判した。玉木氏は質問で、若い男性が交際中の女性から「姓を変えないといけないから結婚できない」と言われたとのエピソードを紹介し「夫婦同姓が結婚の障害になっている」と指摘した。その際、やじが飛んだという。---報道を総合するとこのヤジの主は杉田水脈のようです。まあ、「やっぱり」としか思えないんですけど、こういう言葉は、直接的には国民民主党の玉木に向けられたヤジかも知れませんが、現実的には、夫婦別姓を望む人たちすべてに向けられたヤジも同然です。夫婦別姓については、過去に何度か記事を書いたことがありますが、我が家は夫婦別姓にするつもりはありませんけれど、知人には別姓制の実現を待ち望んでいる夫婦も何組もおり、選択的夫婦別姓制の導入には私は大賛成です。世論的にも、賛成の方が多数ですが、保守層に反対が多いため、自民党政権は全然先に進める気はないようです。それにしても、「だったら結婚しなくていい」ですか。なるほどね、今より更にどんどん結婚が減って、それに応じて、もっともっと少子化が進行していくことが望ましい、どんどん日本の人口が減って、日本衰退をどんどん早めよう、ということなのですね。それなら、そういう発言も「あり」でしょう。でも、多分杉田の主観ではそうではないのだろうと思います。たぶん彼女の主観では、夫婦同姓の「清く正しい日本の伝統」(笑)を貫いて、子どもを増やしましょう、とでも思っているのだろうと思います。しかし、そんなのは無理なのです。今時、そんな清く正しい伝統を守れ、などと言われたら「そんなの不便だから結婚をやめます」という人が出てくるのは必然です。「清く正しい日本の伝統」を墨守してこれからもどんどん子供が減っていく状況を後押しするか、それとも、少しでも少子化に歯止めをかけるために、多様性を認めるか。杉田は、意識してか無意識にかは知りませんが、前者を選んだ、ということでしょう。別報道によれば、杉田は2015年にブログで「『相手の姓になるのが嫌』なら、その人と結婚しないことをお薦めします」「事実婚をして、子どもを作るくらい相手が好きなのに『相手の姓になりたくない』とかたくなに言う人がそんなにたくさん存在するとは思えません。子どもは確かにかわいそうです。そのかわいそうな状況を作っているのはかたくなな親であって、国でも法律でもありません」などと書いているそうです。根本的に勘違いしていると思うのですが、別姓を望んでいる人の多くは、「相手の姓になるのが嫌」なのではなく、「自分の姓を変えるのは実務上困る」のです。夫婦別姓の動機は、ほとんどの場合、主義主張といったものではなく、職業や社会的キャリアの問題です。我が家の場合は、相棒が結婚の時点でいったん退職しているので、自分の姓を変えては困る職業上の理由はなかったので(それだけが理由のすべてではないけれど)、相棒は別姓を望みませんでした。それでも銀行口座の名義からパスポートの名前から(実は、結婚当初はパスポートはそのまま、つまり旧姓のままのパスポートで新婚旅行に行っちゃったのですが)、苗字を変える手続きはそれなりに面倒だったようです。まして、それが職業上の、言い換えれば経済的な不利益につながるなら、そこに強いこだわりを持つのは当たり前です。もっとも、たまたまこの暴言を吐いたのが杉田だから彼女をやり玉にあげましたが、結局のところ選択的夫婦別姓制に対して拒絶的なネトウヨ系はみんな同根です。そういう連中が安倍政権の支持母胎である現状では、選択的夫婦別姓制は一歩の先に進まないのでしょう。結局日本はそのことすら実現できずに、このままどんどん衰退していくんだろうなあという、暗い未来像しか思い描けないのが現実なんですけどね。
2020.01.23
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4野党、カジノ禁止法案を提出 IR汚職事件受け衆院に立憲民主、国民民主、共産、社民の野党4党は20日、カジノを含むIR事業を巡る汚職事件を受け、カジノ営業を禁止する法案を衆院に共同提出した。政府、与党に事件に関する説明を迫るのと併せ、通常国会初日に提出することで「カジノ国会」との位置付けを強調する狙いがある。安住氏は法案提出後、記者団に「カジノ反対の国民運動と連動し、政府に導入を断念させる。汚職事件と関係なく事業を進める矛盾を徹底的に追及する」と強調した。法案は、2016年に成立したIR整備推進法と、18年成立のIR整備法を廃止する内容だ。---IR法案が成立した途端に大規模な贈収賄の発覚したことは記憶に新しいところです(というか、まだ現在進行形ですが)。以前より何度も書いていることですが、カジノ、つまり賭博を認めることは、害悪しかない、というしかありません。元々そう思っていましたが、今回の贈収賄でなおさらその感を強くしました。それを、「カジノ禁止法案」という目に見える形で提起したことは、非常に良かったのではないかと私は思います。私は、内心はパチンコの換金だって事実上の賭博なんだからあれも禁止すべきと思いますが、まことに残念ながら現実的には、今や警察の利権にもなっているパチンコを禁止するのは関係者の抵抗が強すぎて絶望的に困難と言わざるを得ません。既得権益ではないけれど、この種のギャンブルがひとたび定着してしまうと、それが利権化して、たとえどれほど害悪が大きくても、それを禁止することは至難の業と言わざるを得ません。であれば、カジノを廃止するのは、まだ法案が通っただけで現実にはカジノが営業されていない今しかない、ということになります。ひとたび始まってしまったら、おそらくもう止められない。とはいえ、パチンコ、競輪競馬競艇宝くじなど既存の公認(もしくは半公認)ギャンブルと比べても、カジノは問題が大きいと思います。つまり、パチンコよりもカジノの方が明らかに、短時間で大きな金額を賭けることが可能です。しかも、開催/発売日が限定される競輪競馬競艇宝くじと違い、カジノは毎日入りびたることができてしまう(この点はパチンコも同じです。特に駅前の一等地などにギャンブル施設が並んでいることの悪影響は非常に大きい)。それだけ害悪は大きいと言わざるを得ません。政府には、カジノを観光の目玉にして訪日外国人をさらに増やそうという考えがあるようですが、第一にそんなことをしなくても、近年の外国人観光客は激増しているではないですか。そういう中で、しかもすでに先行するカジノ立国(例えばマカオ)がある中で、カジノの効果など限定的であると考えざるを得ません。それに対して、カジノが誘発する経済、社会的マイナス(ギャンブル依存やそれに伴う経済破綻など)の方が大きいと考えざるを得ません。
2020.01.20
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米軍、イラン革命防衛隊幹部を空爆で殺害 高まる緊張感イラクの首都バグダッドの国際空港で3日、米軍による空爆でイランの精鋭部隊・革命防衛隊の実力者ソレイマニ司令官らが殺害された。米国防総省が殺害を認める声明を出し、イラン側も死亡を認めた。ソレイマニ司令官はイラン国内で英雄視される存在で、米国とイランの緊張関係がいっそう高まるのは必至だ。親イランのイスラム教シーア派武装組織のムハンディス副司令官らも殺害された。ソレイマニ司令官が航空機でバグダッドに到着した後に空爆があったとしている。米国防総省は声明で「大統領の指示で、米軍はソレイマニを殺害することで、海外の米国人を守るための断固たる防衛措置をとった」と表明。ソレイマニ司令官が「米国の外交官と軍人を攻撃する計画を積極的に進めていた」と指摘し、昨年12月末に米国人が死傷したイラク国内の基地への攻撃を指揮したことなどを挙げた。イラン国営テレビは3日、ソレイマニ司令官が死亡したことを認めた。革命防衛隊に近いファルス通信も同日、「ソレイマニ司令官が米国のヘリコプターによる攻撃で殉教者となった」とする革命防衛隊の発表を報じた。---米国のこの行動は間違いなく暴挙であり、あとに高い高いツケを払うことになるのは確実です。そもそも、どういう経緯でイランの革命防衛隊司令官がイラクを訪問していたのかは私は知りませんが、首都バグダッドの国際空港で、イラク側のシーア派武装組織の幹部と一緒だった、というところから考えて、イラク政府の了解のもとでの訪問だったことは確実でしょう。かつてフセイン(スンニ派)の時代にはイランとイラクは長く戦争をしていたくらいの不倶戴天の敵同士でしたが、現在のイラクはイランと同様シーア派主体の政府になっているので、基本的には関係は良好のようです。昨年、イランのロウハニ大統領もイラクを訪問しています。しかも、イランの革命防衛隊は、米国にとって好ましからざる側面があったことは確かにしても、それだけではなく、スンニ派の超過激組織であるISの掃討にかなりの功績があったと伝えられています。急勃興したISに対しては、結果的にではあれ、欧米と利害が一致する側面も小さくはなかったはずです。一方で、言うまでもなく現在のイラク政府は、イラク戦争によってフセインが倒された結果として樹立されたものです。現在でもイラク国内にはまだ米軍が駐留しているので、よく言えば米国の友好国、悪く言えば属国とも言えます(日本と似た立場、ともいえる)。つまり、現在のイラクは、互いに中の悪い米国とイランの両方と良好な関係を維持している(これもまた日本と同じ)わけです。そのイラクの国内、それも首都の国際空港で、訪問中のイラン要人を殺害したわけです。言ってみれば、羽田空港か成田空港で、日本訪問中のイランの要人を米軍が殺害した、というのと同じです。今の日本政府なら、そんなことをされても米国の靴をなめ続けるかもしれませんが、イラク政府はどうでしょう。宗主国米国と決定的に袂を分かつか、政府がそうしない場合、国民が怒り狂って政府が倒れたり、倒れなくても国内統治能力を喪失することになるでしょう。どう転んでも、米国にとっては自らの首を絞める結果にしかなりそうにありません。もちろん、革命防衛隊の司令官を殺害されたイラン自身もまた、黙ってはいません。すでにイランはこの殺害に対する報復を宣言しています。そんなことはやめてくれ、とは思いますが、無理でしょう。トランプはこの殺害について「われわれの行動は戦争をやめるためであって戦争をしかけたわけではない」とのたまったそうですが、このような行為は、いかに考えても戦争をけしかける行為そのものであって、イラン自身もまたそのように受け取っています。「戦争をやめるため」なんて、馬鹿も休み休み言ってくれ、としか言いようがありません。今回のこの行為は、間違いなくより大きな暴力の応酬の引き金になります。トランプは、どのように決着をつけるつもりでこのような導火線に火をつける行為を行ったのか。まったく信じがたいことです。そして、我らが日本はどうしていくつもりなのか。2月に海上自衛隊の中東派遣が予定されています。派遣海域にホルムズ海峡を含まないことで、イランに対して配慮した、と言われます。確かに、今回の事件が起こる前だったら、その程度の配慮でイランも納得したかもしれません。しかし、事実上米国がイランに戦争を仕掛けたも同然の事態が起きてしまった以上、おそらくそれでは済まなくなります。米軍の隊列の一員に日本が加わっていること自体が、イランに対する敵対行動にならざるを得ないのではないでしょうか。海上自衛隊の中東派遣はいったん中止すべきだし、米国の対イラン政策には同調しないことを明言しなければならない時ではないのか、と私は思います。
2020.01.05
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「国会議員5人に現金」中国企業側が供述 IR汚職巡りIR事業をめぐる汚職事件で、衆院議員の秋元司容疑者に現金を渡したとされる中国企業側が東京地検特捜部の調べに対し、自民党などに所属する他の国会議員5人の名前を挙げ、「それぞれに100万円前後の現金を配った」と供述していることが関係者への取材でわかった。特捜部は供述と符合するメモも押収しており、実際に金が渡ったかどうかなどについて慎重に調べている。IR事業をめぐり、中国企業が日本の政界に幅広く工作しようとしていた疑惑が新たに浮かび上がった。関係者によると、5人の内訳は自民党4人、日本維新の会1人。北海道を含むIR誘致を検討していた自治体出身の議員や超党派でつくるIR議連の幹部らで、閣僚経験者や現職の政務官も含まれる。5人に現金を渡したと供述しているのは、贈賄容疑で逮捕された中国企業「500ドットコム」の顧問で、元沖縄県浦添市議の仲里勝憲容疑者。(以下略)---さて、100万円前後の金を受け取った自民党4人と維新の党1人の議員というのは、いったい誰なのでしょうか。既報のとおり、白須賀貴と勝沼栄明前という二人の自民党衆議院議員(勝沼は落選中)も選挙事務所が家宅捜索を受けていますが、検索した限り、問題の5人は、上記2人とは別人物のようです。また、これとは別に、安倍の実弟である岸信夫が、今回逮捕された500ドットコムの顧問とツーショットで写真に写っていたことが発覚しています。犯罪者と一緒に写真に写ることは犯罪ではありませんけれど、ズブズブの関係ぶりを伺わせるはなしではあります。最初にこの件を報じた上記朝日新聞の報道には5人の具体的な名前はありませんが、後追い報道によると自民党の岩屋毅前防衛相、宮崎政久法務政務官、中村裕之元文部科学政務官、船橋利実氏、日本維新の会の下地幹郎元郵政民営化担当相とのことです。なるほどね。ネトウヨ連中は二言目には「左翼は中国の手先」「左翼は中国から金をもらっている」みたいなことを叫ぶわけですが、おかしいですねえ、「左翼」(と彼らが考えているであろう)共産党や社民党、立憲民主党の議員は一人もいないようですねえ。まあ、そりゃ当然のことで、別にこれらの野党が今後未来永劫絶対的にクリーンな政党である、などというわけではありませんが、少なくともこの問題に関する限りは、IR法案そのものに反対していたし、成立後も具体的なカジノの設置にも反対していますから、金を渡したって便宜を図ってくれるはずがありません。野党だから政策決定権もない、ということもあるでしょう。ちなみに、逮捕された「500ドットコム」の顧問2人のうち、元沖縄県浦添市議の所属会派は自民党、もう一人は、維新の党の室井邦彦参院議員の子どもとのことです。どこまで行っても、自民党と維新の党の人脈しか出てきません。前述のとおり、私は何も「野党議員の方が倫理的に優れている」などと主張したいわけではありません。しかし、カジノなど推進すればこのような利権漁りの温床になるのはそもそも最初から分かり切った話で、それにも関わらずカジノを推進した自民党と維新の党は、腐敗とか利権漁りに対して断固とした姿勢をとる意思が、そもそも最初からない、ということは言えるでしょう。今からこうなんだから、実際にカジノができたら、魔界のような状態になることは確実です。すりガラスの向こうで書類をぶん投げた横浜の市長といい、日本にそんなに利権の巣窟を作りたいのか、と言うしかありません。
2020.01.03
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秋元議員を逮捕、IRめぐる収賄容疑 認否明らかにせずカジノを含む統合型リゾート(IR)をめぐり、IR参入をめざしていた中国企業側から370万円相当の賄賂を受け取っていたとして、東京地検特捜部は元内閣府副大臣でIR担当だった自民党の衆院議員、秋元司容疑者を収賄容疑で逮捕した。特捜部は、秋元議員に賄賂を渡していたとして、IR事業への参入をめざしていた中国企業「500ドットコム」副社長を名乗っていた鄭希、同社顧問の紺野昌彦、同じく顧問で元沖縄県浦添市議の仲里勝憲の3容疑者も贈賄容疑で逮捕した。秋元議員は17年8月から昨年10月まで内閣府副大臣のIR担当を務めていた。特捜部の発表によると、秋元議員は17年9月下旬、同社がIR事業を行うための便宜を図る見返りに、東京都内で同社側の3人から現金300万円を賄賂として収受。18年2月中旬にも、妻子とともに北海道への旅行の招待を受け、航空運賃や宿泊代など計約70万円相当の賄賂を受けていた疑いがある。---一連の疑惑については少し前から盛んに報道されており、選挙事務所の家宅捜索、逮捕令状の請求などの報もあったので、逮捕は時間の問題だったようです。安倍政権になってから与党の議員が逮捕まで至るのは初めてのケースです。(もっとも、政治資金規正法、公職選挙法違反の容疑を、ハードディスクをドリルで破壊して証拠隠滅を図るという暴挙に出た小渕優子など、どう考えてもアウトだと思われるのに不起訴で済まされた自民党の議員は何人かいます)そして、どうやら一連の疑惑はこれで終わりではなさそうです。白須賀貴樹衆院議員と、現在落選中の勝沼栄明前衆院議員(いずれも自民党)も地元選挙事務所が家宅捜索を受けたと報じられています。別記事によれば、秋元議員は直前まで「地検いい加減にしろ。絶対裁判勝つ」などと言って便宜を図ったり利益を供与したことを否定していたようですが、東京地検が現職の国会議員それも与党の議員を、絶対確実な証拠を握らずに逮捕するわけがないので、それは「見え透いたウソでしょ」と言うしかありません。IR推進法、つまりカジノ推進法が成立したのはまだ去年のことで、実際にはカジノはまだ一つも営業していません。それなのに、もうそれをめぐって賄賂が飛び交い、自民党の議員が1人逮捕され、ほかの議員と元議員も家宅捜索を受けているのです。つまりカジノの合法化がどれだけの不正と腐敗の温床になるかを端的に物語っている、ということです。このままいくと、日本の各所にカジノが林立するころには、どれほど巨大な不正と腐敗と利権の温床に発展するのか、まったく空恐ろしい限りです。やはり日本でカジノを合法化などすべきではなかったし、これからでも遅くはない、カジノの設置など一切やめるべきなのです。この事態に、カジノ合法化を推進した政党や議員の責任を問うべき、と私は思います。
2019.12.25
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伊藤詩織事件で残るTBSへの疑問伊藤詩織事件でマスコミがまだ騒いでいるが、これは犯罪事件としてはもう終わっている。真実は当事者以外にはわからないが、疑問が残るのは、山口氏が帰国するとき高輪署の取った逮捕状を警視庁が執行させなかったことだ。これは異例だが、その原因は今も不明である。コメンテーターは安倍首相との関係を憶測しているが、首相官邸が個別の犯罪捜査に介入することはありえない。それよりはっきりしているのは、山口氏が事件当時、TBSのワシントン支局長だったという事実である。TBSは警視庁クラブの加盟社であり、その関係に警察が配慮したことは十分ありうる。その経緯を時系列で整理しよう。2015年4月2日:ベトナム戦争のときの韓国兵の「慰安所」があったことを山口氏が書いた『週刊文春』が発売。4月3日:伊藤氏が一時帰国中の山口氏とホテルに行く。4月9日:伊藤氏が原宿警察署に相談する。4月23日:山口氏がワシントン支局長を解任され、営業局に異動。4月30日:伊藤氏が被害届けを高輪署に提出。告訴状も受理される。6月8日:山口氏が帰国したとき成田で逮捕する予定で捜査員が空港に待機していたが、直前に逮捕状の執行が停止される。8月26日:警視庁が山口氏を書類送検。2016年5月30日:山口氏がTBSを退社。7月22日:不起訴処分。2015年4月から2ヶ月ほどの間に、文春事件とホテル事件という二つの系列の(互いに無関係な)事件が連続して起こっている。文春に無断で記事を書いたことが社内規定に違反するというのがTBSが彼を解任した公式の理由だが、その直後にホテル事件が起こった。文春の記事とホテル事件には因果関係はないが、伊藤氏が警察に相談した直後に懲戒処分が出たのは偶然とは思えない。山口氏が文春に記事を書いたのは初めてではなく、それまでも何度かアルバイト原稿を書いて黙認されていた。1本の記事で支局長解任という処分は重すぎる。つまり警察からTBSに(4月中旬に)「山口氏が帰国したら逮捕する」という連絡があり、TBS幹部が警視庁に「逮捕だけは勘弁してほしい」と取引したと推測できる。ワシントン支局長が逮捕されたら大スキャンダルで、特に採用にからんだ事件となると経営責任も問われる。このとき警視庁が逮捕しない代わりに、TBSは支局長を解任して社会的制裁としたわけだ。(要旨・以下略)---また例によって池田信夫が、すぐに分かるウソを書いています。確かに、TBSが、公式発表のとおり、本当になにも知らなかったのか、という点については、この時系列から見れば強い疑念を抱かざるを得ないことは事実です。4月23日に山口がワシントン支局長を解任された裏の理由はTBSが山口の犯罪的行為について知ったからではないか、という限りにおいては、私もそうではないか、と思います(それについては後述します)。しかし、だから警察と裏取引で山口の逮捕をやめさせたのはTBSd、という理屈は成り立ちません。なぜなら、6月に山口は、逮捕状が取られて逮捕寸前の状態になっているからです。裏取引をしていれば、そんなことになっていない。TBSが警察とどのような裏取引を試みたにしても、それは役に立たなかったから逮捕状が取られたのでしょう。逮捕状(逮捕令状)は、警察が裁判所に請求して発行されるものです。捜査までの段階なら、警察は手抜きをしたり後回しにしたりということはあるかもしれません。でも、逮捕令状を取る、という裁判所を巻き込んだ、逮捕のための法的手続きを取ってしまった後で、報道機関という民間企業との裏取引で逮捕を見送る、なんてことができるのか、ということです。警察の側だって、そんなことが発覚すれば責任問題となるリスクを負います。冤罪が判明したのなら分かりますが、その後山口は書類送検されているのだから、その時点で警察は山口が無実だなどと認識はしていません。従って、それは外部の民間企業との裏取引ではなく、警察に対して指揮命令できる立場の者から発せられた指示、と考える方がはるかに自然です。そして、逮捕の見送りを直接指示した中村格警視庁刑事部長は、安倍首相にきわめて近い警察官僚です。それに、山口がこの件について、会社にではなく官邸に相談していることについては、それを伺わせる証拠が残っています。すなわち、この件は2年後になって週刊新潮が察知して記事にしたわけですが、その際週刊新潮から送られたメールの質問状を、北村滋内閣情報官に転送しようとして誤って「北村さま~転送します」という文面のメールを週刊新潮に返信するというミスを犯しています。従って、山口がこれ以前から、この件について首相官邸と連絡を取り合って、その判断を仰いでいたことが伺われます。逆に、山口がこの件について、会社に何かの相談をした証拠は、一切ありません。また、これとは別に、この間、山口は「総理」という安倍礼賛本を執筆して、TBSを退職した翌月の2016年6月に発行、さらに翌月の7月22日に不起訴処分となっています。安倍礼賛本を書いたご褒美として不起訴にしてもらった、タイミング的にはそのように受け取れます。もちろん、これらは状況証拠ではあります。ただ、逮捕状をとって逮捕直前の状況で、何らかの非公然的な取引、あるいは圧力によって逮捕が見送られた、その理由の説明として、「TBSが警察と取引した」よりはあるかに蓋然性の高い推測であることは間違いありません。そういうわけで、池田信夫のこの珍説は、唾棄すべき論外の主張であるとは思います。ただし前述のとおり、TBSが本当になにも知らなかったのか、については私も疑念は抱きます。この点に限定すれば、池田の言うとおりです。TBSの顔であり、山口の前のワシントン支局長であった金平キャスターが、報道特集の番組中、「今日は残念ながらお伝えできませんが、いつの日かこの問題を取り上げたいと私は思っています」と発言したとの報を見ても、TBSはすべてを正直には語っているとは思えません。有り体に言って、TBSは事態を秘密裏に知って、山口を左遷し、表沙汰になればともかく、ならなければそのまま退職で済ませようとした(実際、そうなった)のではないか、ということです。本来、山口のやった行為をきちんと把握していれば、自己都合退職などありえず、懲戒免職しかないはずですが、やったことを知りながら、そうしなかったのではないか、という疑念は消えません。この際、TBSも、この件での自社の対応がどのようなものだったのか、きちんと検証して公表すべきではないのか、と私は思います。
2019.12.23
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「性 行為に合意なし」 伊藤詩織さん勝訴 元TBS記者に330万円賠償命令 東京地裁ジャーナリストの伊藤詩織さんが、性 的暴行を受けたとして元TBS記者の山口敬之氏に1100万円の慰謝料を求めた訴訟の判決で、東京地裁は18日、「性 行為には合意がなかった」として山口氏に330万円を支払うよう命じた。判決によると、伊藤さんは山口氏に就職の相談を持ちかけたことをきっかけに2015年4月、東京都内の飲食店で飲酒。その後、ホテルに入った。地裁は、伊藤さんが当時、強度の深酔い状態にあり、自らの意思でホテルには行っていないとした。さらに、その日のうちに産婦人科を受診し、数日後には友人や警察に相談していることを挙げ、合意のない性 行為だったと認めた。山口氏は「同意があった」と反論したが、地裁は、伊藤さんが意識を回復した後も、山口氏が体を押さえつけて行為を続けようとしたと指摘し、「信用性に重大な疑念がある」と退けた。山口氏は、伊藤さんに記者会見などで名誉を傷つけられたとして1億3000万円の賠償を求め反訴していたが、地裁は名誉毀損には当たらないとして請求を棄却した。---予想されたとおりの判決です。民事と刑事では事実認定の基準が違うものの、ホテルに入る際のドアマンの目撃証言は決定的と思えます。時を前後して、立憲民主党の初鹿議員が強制わいせつ容疑で書類送検されています。これまた、まったく弁護の余地がない。本人は謝罪し、捜査に協力すると言っているけれど、そのような行為に及んだことが事実なら、辞職すべきではないのか、と思います。少なくとも世の会社員や公務員なら、懲戒免職でしょう。とはいえ、犯罪の程度として、山口の行為の方がはるかに重大であり、またそれが露見したあとの被害者に対する態度もあまりに酷すぎるものがあります(もちろん、謝れば許されるというものではありませんが)。そもそも、性的な行為に及んだ点については山口も認めていて、そこに争いはありませんでした。既婚者でありながら奥さんではない女性に対してそのような挙にでること自体、法には触れないにしても、倫理的にはどうなの、と思います。しかも、自分の保身のためか、容疑を否認するだけではなく、伊藤さんに対して名誉毀損で1億3000万円を請求する反訴まで起こしている。人として唾棄すべき行動と思わざるを得ません。今回の判決差を受けての記者会見でも、伊藤さんについて「嘘をつく傾向がある」などと言ったようです。そんな山口は安倍のお友達で、その影響力によって逮捕を免れた、とささやかれているのは周知のとおりです。前述のとおり、初鹿議員が辞職もせずにいる(これから辞職するかもしれませんが、今のところその兆候は見受けられない)のも大概だと思いますが、山口のこの事態が露見した後もテレビ局が彼を出演させ続けたことは、それ以上に信じがたいことです。いかに考えても、彼の行動は、普通なら懲戒免職に値するでしょう。なぜそのような人物が不祥事発後もテレビに出続けていたのか、やはり安倍政権と特別に親しいから、としか考え難いものがあります。やはり「お友だち」にはどこまでも優しく、特別に優遇する安倍なんだなあと、改めて思います。
2019.12.19
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「反社勢力」定義は困難 政府答弁書政府は10日、首相主催の「桜を見る会」に参加していたことが問題になった「反社会的勢力」について、定義は困難との答弁書を閣議決定した。立憲民主党の初鹿明博衆院議員の質問主意書に答えた。政府が2007年、企業の被害防止のためにまとめた指針では「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人」と定義していた。答弁書は「形態が多様で、その時々の社会情勢に応じて変化し得る」と指摘し、「あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難だ」と結論づけた。---唖然としました。反社会的勢力の定義は困難だと。しかし、引用記事にもあるように、「反社会的勢力」という言葉は、2007年6月に政府が「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」で使った言葉です。そこでは、反社会的勢力について暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人である「反社会的勢力」をとらえるに際しては、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに、暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である。と、確かに定義されています。おおむね妥当な定義だと思われますが、「犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ」としてこの指針が出されたのは、第一次安倍政権のときです。にもかかわらず、12年前に自分の内閣が出した定義に頬かむりして、「定義は困難だ」と言う。まったくあきれ果てた話です。それでは、反社会的勢力との関係を指弾されたあんな芸能人、こんな企業は、いったい何のために避難されたのか、という話にならざるを得ません。要するに、「桜を見る会」に反社会的勢力と言われる人間を招待したことについて、「反社会的勢力」の定義を明確にしてしまうとそれを認めざるを得ない、定義を明確にしなければ、どんなに真っ黒でもしらを切ることができる(と思っている)ということです。もはや「桜を見る会」は、反社会的勢力からマルチ商法の会長から、首相の選挙区の支持者から、見境なく招待して饗応する場となっていた、そのことについて安倍政権は、自らの非を認めて頭を下げる気は一切ない、ということだけは明らかです。かつて自分自身の内閣で定義した言葉を、都合が悪くなると「定義はない」とヌケヌケと言い放つ態度には、「朝令暮改」「李下に冠を正す行為」「巨大な犯罪ほど合法的である」という言葉を進呈するしかありません。指針を作る立場(さらに言えば法を定めて執行する立場でもある)の人間がこのような態度では、そのような指針、法律を、誰が真面目に守る気になろうか、というものです。
2019.12.11
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首相、憲法改正「必ず私の手で」 原案策定を加速安倍晋三首相は9日、臨時国会閉幕を受けて記者会見し、憲法改正について「必ずや私の手で成し遂げていきたい」と強調した。「与野党の枠を超えて活発に議論し、令和の時代にふさわしい改憲原案の策定を加速させる」と述べた。同時に「国のかたちに関わる大改革に挑戦し、新たな国造りを力強く進めていく。その先に憲法改正がある」とも表明した。衆院解散・総選挙について「国民の信を問うべき時が来たと考えれば、断行することはちゅうちょしない」と語った。一方で、来年4月に秋篠宮さまの「立皇嗣の礼」を予定することを踏まえ「即位の儀式をつつがなく行う責任があり、万全を期す」と述べた。---冗談じゃないよ、まったく、と思います。別報道によると、安倍は2020年改正憲法施行を断念し、2021年国民投票実施という目標に軌道修正したそうです。ところが、その一方で改憲は「必ずや私の手で成し遂げていきたい」のだと。つまり、それは2021年まで政権の座にしがみつき続けるぞ、という意思表示に他ならないわけです。今ですら、戦前の桂太郎を抜いて「憲政史上最長」の政権※となっているわけですが、更にあと何年政権に居座り続ける気なんでしょうか。※「憲政史上」と言ったところで、戦前の明治憲法下と現在の日本国憲法下では内閣総理大臣の役割も権限も異なります。明治憲法には「内閣総理大臣」についての規定はなく、「国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス」という規定しかありませんでした。つまり、天皇を輔弼する国務大臣の中でのトップ、という位置づけです。一方日本国憲法下の内閣総理大臣は、行政権の属する内閣の首長です。その戦前と戦後の首相の在任期間を並べるのは、江戸幕府の将軍と室町幕府の将軍を比べてどちらの期間が長いと比べているようなもので、実質的な意味はありません。よりによって、これほどの「お友だち優遇」つまり依怙贔屓と不公正がまかりとおる内閣が「憲政史上最長」とは、「世界の恥」としか私には思えません。その世界の恥を更にあと2年続けようというのです。2年経ったらさらに「まだ」ということになるのでしょうか。このまま、死ぬまで永久首相を続ける気なんじゃないか、と危惧してしまいます。安倍の政策がひどいのは第1次政権から変わりませんが、お友だち優遇の程度は近年ますますエスカレートしているように感じられます。それこそまさしく、長期政権は腐敗する、ということなのでしょう。どんな立派な志の人でも権力を長く握れば腐敗と無縁ではいられないのですから、あのような元々が論外の人物が権力を長く握れば、とんでもないことになるのは自明です。ともかく、少なくとも安倍の手で改憲などさせてたまるか、と思います。あのような人物、あのような人物をトップに抱く政党が作る改憲案などロクなものではありませんから。
2019.12.09
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入試の根幹揺らぐ・現場の声に耳傾けず…「記述式延期」に困惑と批判政府・与党は2021年1月に始める大学入学共通テストで、国語と数学の記述式問題の導入を延期する方向で本格的な調整に入った。萩生田文部科学相は年内に導入の是非を判断する意向を表明した。記述式問題の延期が検討されていることで、関係者に戸惑いが広がっている。全国高校長協会は、生徒が既に、共通テスト対策として定期試験や模擬試験で記述式問題を解いているとして「延期されれば試験問題や時間はどう変わるのか。国は早く決めてほしい」と訴える。共通テストの延期を求める大学教授や予備校講師らは「共通テストで信頼できない採点が行われれば、入試の根幹が揺らぐ」との声明を発表。記者会見で「記述式の導入見送りなら、英語民間試験と合わせ共通テストの2本柱が失われる。制度設計の段階から専門家や教育現場の声に耳を傾けなかったことが原因だ」と批判した。河合塾では来月、高校2年生向けに共通テスト対策の模試を予定している。教育情報部長は「細かい条件に従った解答が必要な国語の記述式は対策が必要なので、見送りなら安堵する受験生は多いのでは」とみている。記述式の採点は、ベネッセのグループ企業が2020~23年度分を約61億6000万円で受注している。延期の検討について、ベネッセホールディングスは「コメントできない」としている。---1か月前に、入試における英語民間試験導入が延期されたのに続いて、国語と数学の記述式問題の導入も延期されることになりました。英語民間試験の時にも書きましたが、見送り自体は当然と思いますが、その決定があまりに遅きに失したといえます。せめて、英語民間試験導入延期と同時に決めることがどうしてできなかったのか、と思います。うちの子は高校2年生ではないので影響はそこまで大きくはないと思いますが、それでも影響はあります。それにしても、英語民間試験もそうですが、「マークシートでは論理的な思考が見につかない」などの批判があり、それが英語の読む聞く書く話すや国語数学の記述式問題という話が出てきたわけです。マークシートで人間の本当の能力が分かるものか、という批判自体はまったくそのとおりだと私も思います。記述式の方が(あるいは、英語なら読む聞く書く話すの能力を試す方が)本当の能力、実用的な能力を試すことができる、それもそのとおりであろうと思います。問題はしかし、記述式だの読む聞く書く話すの能力だのを、公平客観的に採点する手法はない、という点にあります。しかも、一人で採点できる人数(数十人から、どう頑張っても数百人まで)ならまだしも、何十万人という人数は、何百人もの採点者を必要とします。当然個人による判定基準のずれが発生するのですから。それにもかかわらず公平客観的な採点が可能だと考えたとしたら、あまりに認識が甘すぎるといわざるを得ません。あるいは公平客観的ではないことは承知の上で強行したのかもしれません。いずれにしても、18歳の若者の運命を決する大学入試制度を、粗雑なやり方で改変しようとした(と言われても仕方がない状況だと思います)挙句の事態というしかありません。それでも、実際にこの試験制度を導入して惨憺たる事態に至る以前に見直しが行われたことは、まだしも多少マシではあるでしょうが。この責任は、やはり「身の丈」発言の文科相が負うしかないだろうと私は思いますけどね。
2019.12.07
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「国や社会を変えられる」と思う若者は5人に1人「自分で国や社会を変えられる」と思う日本の若者は5人に1人しかおらず、国や社会に対する意識の低さが浮き彫りになりました。日本財団が日本やアメリカ、イギリス、中国、韓国やインドなど9カ国の17歳から19歳、それぞれ1000人を対象にした調査によりますと、「自分で国や社会を変えられる」と考える日本の若者は18.3%で、残り8カ国で最も低い韓国の半数以下となっています。また、「将来の夢を持っている」「国に解決したい社会課題がある」という質問への回答も他国と比べて30%近く低い数字でした。さらに、「自分の国の将来についてどう思うか」という質問に「良くなる」と答えた日本の若者は9.6%で、9カ国中最低となり、トップの中国の10分の1にとどまりました。 ---ありていに言えば、日本全体に夢も希望もない、それなのに若者だけは「夢と希望を持て」と言っても、土台無理な話。夢も希望もない国にしてしまった責任の一端は、現在の大人にあるのだろうと考えると、その大人の一員である私も恥じ入るよりほかにありません。ただ、あえて言うならここ何十年か、自民党政権は若者の牙を抜くように、保守的体制に従順な子どもを育てるようにと、そういう方向の教育を熱心に進めてきて、その目論見は見事に成功した、というわけです。目論見が成功したから、将来の夢もなく、解決したい社会課題もなく、国や社会を変えることなど考えず、日本の将来に期待も持てない若者が多数派になったわけです。もちろん、それだけが原因のすべてではないにしてもね。「自分の国の将来についてどう思うか」という質問に「良くなる」と答えた日本の若者は9.6%だそうで、でも私が(若者ではないけれど)同じ質問をされたとしても、やっぱり「良くなる」とは答えないです。そうなるとはとても思えないですから。以前からたびたび書いていますが、私は当ブログでは政治的主張を全開にしていますが、実のところ政治に対してしらけ切っている側面もかなりあります。何かを期待しても結局後で失望するだけ、何を主張してもどうせ何も変わらない・・・・・といった絶望感、無力感は、他ならぬ私自身もかなり強く抱いているところです。私と今の若者の多数派では、政治的思想信条は違うかもしれないけれど、多分感性はそんなには違わないのではないか、なんて思ってしまいます。
2019.12.03
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中曽根元首相が死去、101歳 日米関係強化や民営化に功績日米関係の強化や国鉄民営化などで実績を残した中曽根康弘元首相が29日死去した。101歳だった。レーガン米大統領との親密な関係をもとに、日米関係の強化に尽力したほか、専売公社、国鉄、電電公社の3公社を民営化するなど、新自由主義的経済政策を進めた。1985年にはレーガン政権の財政悪化を受けた米ドル高是正のため国際協調の一環としてプラザ合意で円高誘導を容認。対応した日銀の利下げがバブルの誘因になったと、中国の政策当局者などはみている。「戦後政治の総決算」を掲げ戦後歴史教育の見直し、靖国神社公式参拝、防衛費1%枠撤廃などを打ち出して左派勢力から批判されたが、自主憲法制定をライフワークとしていた。冷戦が激化するなか日米同盟の強化を進め、「日米は運命共同体」「日本列島を不沈空母化」などと発言した。レーガン大統領とは「ロン・ヤス」と呼び合う親密な関係を築き、東京都日の出町の山荘に招き首脳会談を実現した。演出家で劇団四季代表だった浅利慶太氏をブレーンに登用するなど幅広い文化人とのネットワークが持ち味で、ドイツ語でカントを読むなど読書家で知られた。---中曽根元首相が101歳で死去した、とのことです。例によって、マスコミには中曽根の業績を高く評価する論調が満ち溢れているようですが、私はとても好意的に評価することはできません。国鉄民営化をはじめとする新自由主義経済推進、「ロン・ヤス関係」などという対米従属の強化、「戦後政治の総決算」を掲げて、幸い実現はしなかったけど改憲を前面に押し出す主張、そのいずれもが、現在の安倍政権の方向性の嚆矢となるものです。もちろん、現在の安倍よりはまだマシだとは思いますが、それは程度の差でしかなく、目指す方向性は基本的には変わらないところです。それはともかく、中曽根の首相在任は1982年から87年まで、私が中学生から大学生にかけての時期でした。ちょうど私自身の政治的な主義主張が固まっていく時期に首相だったのが中曽根、ということになります。その意味では、歴代首相の中でも自分にとって特別な存在(特別に反感を覚える存在)ではあります。しかし、それから30年以上、長生きはしましたね。101歳はさすがに驚きました。戦後政治の総決算ではなく、中曽根~安倍政治の総決算を果たさなければならないと思う今日この頃ですが、まことに残念ながら、なかなかその実現の見通しが立たないことも確かです。
2019.12.01
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立憲・安住氏の朝食会「原価」1人1739円 首相の会費5千円より安く立憲民主党の安住淳国対委員長の資金管理団体「淳風会」が平成24年に都内のホテルで開いた政治資金パーティーで、会合の「原価」に当たるホテルの会場使用料が対価を支払った人1人当たりで1739円だったことが政治資金収支報告書から分かった。野党は首相主催の「桜を見る会」に関し、安倍晋三首相の後援会関係者が前日に同じホテルで開いた「夕食会」の1人当たりの会費5千円を「安すぎる」と批判しているが、会場使用料などについてホテル側が柔軟に対応している実態が浮かび上がった。収支報告書によると、淳風会は2回朝食セミナーを開き、それぞれ収入は1062万円と1176万円で、対価を支払ったのは531人と588人。淳風会は会場使用料としてホテルに92万3326円と121万円を支払った。通常、使用料には飲食物の値段も含まれる。使用料を人数で割ると、1人当たり1739円と2058円。出席者が対価を支払った人の半数だったとしても、1人当たり5千円を下回る。---言うまでもなく、ネトウヨ機関紙産経新聞のヨタ記事です。これで、定期購読料をとる商業新聞なんだから呆れます。ネットジークだの保守速報だのと、質的になんら変わりません。それを恥ずかしいと思う感性すら、ないのかもしれませんが。第一に、「ホテルニューオータニの夕食会」と、「どこか分からないホテルの朝食会」の値段を同列に比較することのバカバカしさです。いや、とりあえずニューオータニ(と同クラスの高級ホテル)ということでもいいでしょう。いったいどこの世界に、朝食と夕食で同じ料金を取るホテルがあるんでしょうか?ニューオータニで会費5千円があり得ない安さというのは、あくまでもそれが夕食会だからです。朝食なら普通にあり得るでしょう。加えて、言うまでもなく夕食なら酒類が出るけれど、朝食では普通はまず酒は出ない。この点で更に差が出ます。そんなこといちいち説明せずとも、多少なりともものの分かっている人間なら誰でも知っていることですが、安倍愛に目が眩むと、そんなことも分からなくなるんですねえ。第二に、安住議員のそのパーティーは、いわゆる資金集めパーティー(政治資金パーティー)というものです。資金集めパーティーは、原価はできるだけ安くあげるものですし、出席者はパーティー券を売ったうちのごく一部というのが相場です。引用記事には「出席者が対価を支払った人の半数だったとしても」とありますが、出席率が半分にもなることはないのではないでしょうか。おそらく2~3割程度ではないかと思いますが。仮に出席者が1/3とすると、一人当たりの費用は5000円から6000円、「朝食として」ならば、ニューオータニクラスの高級ホテルとして、妥当なというより、結構高額な部類じゃないでしょうか。一方、安倍の「桜を見る会前夜祭」は、地元の支持者に対するある種の饗応ですから、政治資金パーティーとは性質が正反対のものです。そんなものを同列に比較できるわけがありません。もっとも、いくら頭の悪いネトウヨ新聞でも、そんなことを知らないとは思えないですけどね。「安倍愛に目が眩むと、そんなことも分からなくなる」と前述しましたが、産経新聞自身はそのくらいのことは知っているでしょう。知らないのは、それに煽られて踊るバカウヨ連中だけで。産経は、知っていながら知らんぷりしてこういうデマ記事を飛ばしているんだろうと思います。本当に悪質なデマ新聞です。
2019.11.21
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桜を見る会、参加者は「共に政権を奪還した皆さん」? 首相あいさつに疑問の声この一言に、すべてが凝縮しているのではないか。「皆さんと共に政権を奪還して、7回目の『桜を見る会』であります」。騒動の渦中にある毎年恒例の「桜を見る会」、今年の安倍晋三首相のあいさつである。私たちの税金で開かれるこの会、実は首相と共に政権の奪還運動をした人たちの集まりだったのか?(以下略)---すでに各所で大騒動になっている「桜を見る会」ですが、まったくあきれ果てた話だと思わざるを得ません。元々、「桜を見る会」の開催要項によると、招待の対象は「皇族、元皇族、各国大使等、衆議院議長と参議院議長及び両院副議長、最高裁判所長官、国務大臣、副大臣及び大臣政務官、国会議員、認証官、事務次官等及び局長等の一部、都道府県の知事及び議会の議長等の一部、その他各界の代表者」だったものが、安倍政権になってから、「その他各界の代表者」に「等」の文字が加えられ、招待の対象者が(かかる費用も)とめどなく拡大していったようです。結局のところ、モリカケ問題と同じで、「お友だち優遇」の公私混同なのです。引用記事によれば、「皆さんと共に政権を奪還して、7回目の『桜を見る会』であります」とあいさつしたのだとか。つまり、税金を使って「政権奪回」の恩賞というわけです。それも、地元の山口から850人もの支持者を呼び集めるという行状です。ならば、いっそのこと開催要項にも「安倍政権の支持者」とでも書き加えたらいかがかと。およそ、「自らを律する」とか「公平」ということを心がけることができない人、できない政権なのだなあ、と改めて思います。この問題を最初に国会で質問した共産党の田村議員が確か言っていたと思うのですが、こんなことを、もし安倍が自身の私費でやれば、公選法違反は明白です。そんな行為を公費でやる。ある意味バカバカしいことに、(政治家の)私費でやれば公選法違反なのに、公費でそれをやっても、外形上は違法行為にはならない、ある意味法の盲点とも言えますが、道義的にまったく許しがたいことです。安倍政権は、それに対して来年の桜を見る会は中止すると唐突に発表、それで幕引きを図るつもりのようです。こんな薄汚れた桜を見る会を中止するのは当然としても、それで問題が解決、ではないことは言うまでもありません。さて、そういうわけで、法的な面に限定して考えるとこの「桜を見る会」よりも、その「前夜祭」の方がはるかにヤバイ代物です。ホテルニューオータニで800人以上を招いての立食パーティーが会費5000円というのです。常識的に言って、ニューオータニで一人5000円で立食パーティーなどできるはずがないのです。事実、ホテル側は最低1万1000円と言っているようです。つまり、実際かかった費用より安い料金を設定することで、実質的に差額分を饗応した、ということになります。そもそも、この前夜祭の収入も支出も、収支報告書の記載していない。この時点で政治資金規正法に違反しています。安倍自身の説明によると、前夜祭の支払いに関しての明細書はない、参加者が(後援会・事務所を通さずにホテルに)直接支払っているので入出金はない、領収書も出していない、というのです。だから収支報告書に記載していないというわけです。もうちょっとマシな嘘をつけよ、という感じです。何らかの宴会(忘年会でも歓送迎会でも同窓会でもなんでも)の幹事を一度でもやったことがあれば、そんなことがあり得ないことはわかるかと思います。800人もの参加者がいれば、ドタキャンもドタ参加も一定数いる。集めたお金とホテルからの請求がピタリと一致するなんて、あり得るはずもなく、集めたお金を右から左でホテルにポンと渡して精算完了、なんてあるはずがないのです。5000円は、「参加者の多くがホテルに宿泊することからホテル側が提示した価格」とも言っていますが、実際には、どうやら参加者の多くはニューオータニには泊まっていなかったらしいことも判明しています。そりゃそうです。800人もの参加者が、みんなニューオータニに泊まれるほどお金持ちばかりとは思えませんから。立憲民主党の石川議員が同じ会場同じ人数での立食パーティーの見積もりを取ったら、一人1万3千円あまりの額になった、ということです。実際には、料理の内容などが全く同じかどうかは分かりませんが、少なくとも飲み物(ビール・ソフトドリンク)の一人1800円と、室料275万円(800人で割れば3400円)は、確実にかかる。料理を一切出さず、飲み物(それもビールとノンアルコールだけ)と部屋代だけで一人5000円は超えるのだから、もうこの時点でアウトなのです。つまり、可能性としては実際にかかった費用より安い参加費しか取らずに、その差額分を参加者(山口県の有権者)に饗応したまたは、実際にかかる費用より安い額しかニューオータニに支払わず、実質的にその差額分をニューオータニから政治献金を受けたのいずれか(または両方)ということになります。いずれにしても、収支報告書に記載していない(まあ、記載できないでしょうけどね。特に前者の場合は饗応であることが露骨に証明されますから)時点で、政治資金規正法上、限りなく黒に近い灰色というしかないでしょう。
2019.11.20
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「天皇陛下万歳」連呼 令和の時代にどう見たらいいのか天皇陛下の即位を祝う9日の「国民祭典」の祝賀式典で、「天皇陛下万歳」の唱和が繰り返された。天皇、皇后両陛下が会場を出た後も続き、少なくとも16回。万歳三唱ならぬ、万歳「四十八唱」に令和の人々は何を思うのか。皇居前広場に約3万人が集まった式典の締めくくりが万歳だった。伊吹文明元衆院議長が「両陛下の健康を祈念し、世界の平和を願い」などと前置きし、「天皇陛下万歳」と声を張り上げ、参加者も唱和。壇上のアイドルグループ「嵐」の5人も両手を上げた。その後も運営側の掛け声で、会場は「天皇、皇后両陛下万歳」「天皇陛下万歳」の連呼に包まれた。万歳に合わせ、両陛下も手に持ったちょうちんを上下に揺らした。---何やらエンドレスに万歳三唱が続いて、物議をかもしたらしいですが、私はさほど興味がありません。今の天皇に敵意はまったくありませんし、憲法の定める象徴天皇制を廃止すべきとも思いませんけれど、即位を「祝賀」しする気も特にないので、「国民祭典」なるものに行く気はそもそもありません。そこに押し寄せた人たちが、天皇のファンなのか「嵐」のファンなのかは知るべくもありませんが、少なくとも天皇の即位を祝賀する行事だという認識はあるのでしょうから、天皇の存在を好意的にはとらえているのでしょう。まあ、そういう集会で天皇制が好きな人たちが「天皇陛下万歳」を48回だろうが480回だろうが、4800回だろうが、やるのは勝手です、他人にそれを強制しない限りにおいて、好きにすればいい。ただ、蓼食う虫も好き好きとはいえ、私自身の感想としては、「グロテスク」という以外の感想は持ちえませんけどね。さすがに、ネット上でも、興ざめ、やりすぎ、というような批判が(天皇制を積極的に支持する人たちの間からも)起こっているようです。そりゃ、そうだろうなと思います。ところが、この「ハプニング」はハプニングではなく、主催者の予定どおりだったのだそうです。どんな感性の持ち主が進行を考えて取り仕切っていたか、およそ想像がついてしまうような話ではあります。
2019.11.11
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英語民間試験の導入延期=24年度に新制度実施-「ご迷惑掛けた」萩生田文科相謝罪2020年度に始まる大学入学共通テストで活用される英語の民間資格・検定試験について、萩生田光一文部科学相は1日、導入延期を発表した。文科相は「これ以上、決断の時期を遅らせることは混乱を一層大きくしかねない」と述べ、抜本的な見直しを行った上で、24年度に新制度を実施する考えを示した。英語民間試験をめぐっては、受験生らから地域間、経済的格差が生じるとの不安の声が上がっていた。大学入試制度の実施時期が、直前に変更される異例の事態で、導入に向け準備を進めていた教育現場では混乱が予想される。萩生田文科相は「(関係者の)皆さまにご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ない気持ちだ」と謝罪した。萩生田文科相は同日の記者会見で、「経済的な状況や居住している地域にかかわらず、等しく安心して試験を受けられるような配慮など、自信を持ってお勧めできるシステムにはなっていない」と制度の不備を認めた。---驚きました。うちの子も高校生で、しかも英語はどうも苦手なので、他人事ではありません。もっとも、もっとも影響を受ける高校二年生ではありませんけど。導入延期という結論自体は当然のことだと思いますが、その決定があまりに遅きに失したと言わざるを得ないでしょう。高校2年生の子を持つ知人も、「振り込んだ予約料はどうなるの」と呆れていました。いくらなんでも予約料は全額返還でしょうけど、お詫び料が上乗せされて返ってくる、とはまったく思えないので、何の利益もなく無駄な手間だけをかけさせられた、ということになります。バカバカしいにもほどがある。そもそも、国公立を含めたすべての大学の共通入試の一部を、民間に丸投げということ自体、どうかと思います。しかし、それ以上に問題なのは、英検やGTEC、TOEICなど複数の試験を選ぶ、というやり方です。方向性も難易度も違う別々の試験の点数をどうやって換算するつもりなのか。入試に選択科目があれば、選択による有利不利が生じるのは避け難いことではあるものの、それでも入試としての難易度の統一性をもたせようという努力くらいはあるものです。更に問題なのは、言うまでもなくこの民間試験のために新たに受験料が発生すること、しかも試験会場が限られるため僻地の高校生が極度に不利な立場に立たされることです。この点は、わたしは東京在住だし数千円の受験料が払えない、ということはまったくないので、我が家は個人的には有利な立場にあります。逆に言うと、僻地に住む受験生からしたら、受験料だけの問題ではない、交通費、更に家を朝出たのでは間に合わない場所も多いでしょうから宿泊費、受験料自体よりよほどそちらのほうがお金がかかるでしょう。それを一生に一度(浪人しなければ、ですが)の大学入試のためにやるのは仕方がないにしても、英語というたった1教科だけのために、それ以外に2回、つまり年に3回やれ、というのです。受験生の負担のことなど、何も考えていないといわざるを得ません。その懸念に対して萩生田文科相が「身の丈にあわせて頑張れ」という趣旨の発言をしたことが、火に油を注ぐことになりました。これって、自分の努力ではどうにもならない環境のハンデはあきらめろ、その条件の中で何とかしろ、ということです。「努力したって無駄」と言っているも同然で、これから受験勉強という努力を行おうとしている受験生に向かって、文科相という立場の人間がそれを言っちゃあおしまいでしょう。結果的にこの暴言が最後の引き金になって民間試験は延期となったのは、不幸中の幸いだったかもしれません。この発言がなければ、試験は強行されたか、あるいはもっと準備が先に進んだ後で延期となってさらに深い禍根を残すことになったかもしれませんから。(現実にも充分禍根は残っていますけど)それにしても、うちの子が大学入試を受けるときには、たったいどうなっているのかな。このあたりも、試験制度をコロコロ変えること、どう変えるのかがいつまでも明らかにならないことは、受験生にとって負担でしかありませんから、何とかしてほしいものです。
2019.11.02
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岩根社長、金品「恫喝され返却をあきらめざるをえなかった」 関電会見関西電力幹部ら20人が福井県高浜町の元助役(故人)から金品を受け取った問題で、関電は2日、社内調査報告書の内容を明らかにした。大阪市内で記者会見した関西電力社長は、幹部らが金品を受け取った理由について「多くが、金品を受け取る理由がないと考え、返却の申し出を行ったが恫喝され、返却をあきらめざるをえなかった」と説明した。 ---もはや旧聞に属する話になってしまったかもしれませんが、開催電力をめぐる信じ難いスキャンダルが表面化しました。すでに周知のこととは思いますが、高浜原発の地元高浜町の元助役森山氏から、原発マネーの還流と思われる巨額の金品が、関西電力の幹部などに送られていたことが、元助役が顧問を勤めていた建設会社への国税庁の税務調査をきっかけに表面化した、というのが発覚の経緯です。これに対して、関西電力側の言い分は、引用記事にあるように、元助役に恫喝されたというのです。報告書には、その凄まじい恫喝振りについて細かく記載されているそうです。だけど、まるで「われわれは被害者でござい」とでもいうような言い分にはあきれ返るばかりです。そんなにとんでもない恫喝をされたなら、どうして警察に告訴しなかったの?ということに尽きるのです。世の中には、トンデモクレーマーみたいな輩は少なからず存在します。わたしも、そういう人たちについて、知らないこともない。しかし、普通は、ある限度を超えれば、警察に通報するなり刑事告訴するなりの対応を取るものです。それをしなかったのは、要するに関西電力自身も元助役を利用していたからでしょう。利用価値があるから恫喝に耐えていた、それだけのことです。元助役のその恫喝ぶりは、地元においては、原発反対派を黙らせるのに、凄まじい力を発揮したであろうことは想像に難くありません。また、元助役は「原発が止まってもいいのか」というような趣旨の発言もしていたと報じられています。それに対して、関西電力は「相手の機嫌を損ねたら、会社の原子力事業がうまくいかなくなる。」と考えたというのです。すでに公職を退いている「元」助役に何の権限があるわけでもないのに、何故機嫌を損ねると原子力事業が上手く行かなくなるのか。表沙汰になったら原発を止めざるを得なくなるような秘密を握っているんだぞ、という意味でしょう。そんな秘密をもみ消してもらった、そういう弱みがあるから逆らえなかった、ということでもあるはずです。つまり、森山氏と関西電力は、共犯関係みたいなものであって、加害者被害者の関係などではない、ということです。ところで、ネトウヨ陣営からは、元助役が部落解放同盟に所属していた、という話が盛んに提起されています。このスキャンダルを何とか「野党の失点」に結び付けたいということでしょうか。確かに、元助役が少なくとも40数年前までは解放同盟に属していたこと自体は事実のようです。しかし、癒着先、金品のバラマキ先は関西電力や地元の行政組織(役所と警察など)、さらには自民党の政治家にも及んでいますが、野党には及んでいないようです。かの、ネトウヨの(元)アイドル稲田大先生などは、後援会長が元助役の関連企業の役員を務めていて、政治献金も受け取っていました。これ以外にも自民党の政治家への献金や交流の話は次々と出てくるけれど、野党政治家への献金やら交流についての話は出てきません。もとより解放同盟と共産党は極めて激しい敵対関係ですが、元々は解放同盟の支援政党だった旧社会党や民主党の政治家との接点も見えてこないのは、元助役にとって野党は「役に立たない」から切り捨てられた、ということではないでしょうか。全くの推測で言えば、旧社会党と元助役の原発を巡るスタンスが大きく乖離してしまったことが原因でしょう。旧社会党は、遠い昔は原子力の平和利用推進という立場でした。しかし、1970年代から次第に反原発の主張が増え始め、80年代には反原発が大勢を占めるに至ります。その結果、原発の利権で大きな利益を得ていた元助役と相容れなくなってしまった、ということではないでしょうか。いずれにしても、関西電力はどう考えても責任を免れ得ないのに、社長をはじめ、誰も辞任しない、これは異常なこととしか私には思えません。
2019.10.08
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あえてマスク姿で覆面禁止法に抗議 香港デモ怒り広がる行政長官に超法規的な権限を与える緊急状況規則条例が発動された香港で6日、政府に対する大規模なデモがあった。緊急法に基づき議会の審議なしに施行された「覆面禁止法」に反発し、多くの市民があえてマスクをして参加。事態収拾を急ぐ政府の思惑と裏腹に、社会に広がる新たな怒りを示した。香港島の繁華街・銅鑼湾で午後2時に始まったデモ行進は、地元メディアの推定で数万人規模に膨らんだ。覆面禁止法施行初日の5日は様子見の空気もあり数千人規模にとどまったが、この日は雨にもかかわらず、大通りは色とりどりの傘をさす人で埋まった。多くの人が拘束のリスクを承知でマスクや仮面をつけて参加し、「香港人は恐れない」などと声を上げた。警察がデモに許可を出さなくなってから、少なくなっていた親子連れや中高年の姿も目立った。---香港のデモについては以前にも記事を書いたことがありますが、香港の行政当局、あるいはその背後にいる中国政府は、わざわざ火に油を注ごうとしているとしか思えません。マスクでデモに参加することを禁じる、実際にはそのようなことをすべき具体的な根拠があるわけではなく、デモへの妨害、参加者を威圧してデモへの参加者を減らそうという意図であることは明らかです。しかし、現状を見る限り、当局の狙いとは裏腹に、デモは終息する気配はなさそうです。むしろ火に油を注ぎ、対外イメージを悪くしただけのようなものです。ただ、長い目で見ると、中国がこのようなかたちで香港に対する「特別扱い」を撤廃しようとするのは、それだけ中国の経済力が上昇し、相対的に香港の地位が地盤沈下してきたことの反映なのでしょう。香港が中国に返還された当時は、香港は中国に対して圧倒的に豊かでしたが、今となっては圧倒的な差はなくなっています。昨年の香港のGDPは、隣接する深圳市のそれを下回ったと報じられています。人口は香港740万人対深圳1250万人なので、一人当たりGDPではまだ香港のほうが上ですが、それも大きな差ではなくなりつつあります。もちろん、経済力の大きさだけがすべてではなく、依然として香港には、国際的な金融センターとしての地位とか、対外貿易の窓口といった役割があるので、中国のほかの大都市とまったく同列ではないのですが、重みがどんどん軽くなってきていることは否定し難いでしょう。そういう長い目で見ると、香港の民主派は中国の当局にとても勝てそうにはありません。どこかでおとしどころが必要なのではないか、という気はします。少なくとも、「マスクでデモは禁止」なんと話を落としどころにするわけにはいかないでしょうけれど。
2019.10.06
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表現の不自由展、土壇場の再開合意 「空中分解」懸念国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が脅迫を含む抗議で中止された問題で、芸術祭の実行委員会と企画展の実行委は30日、展示を再開することで合意した。名古屋地裁で展示再開の仮処分を申請していた企画展実行委と芸術祭実行委の和解が成立した。芸術祭実行委会長の大村秀章・愛知県知事は30日朝に臨時の記者会見を開き、再開に向けた協議を企画展実行委に呼びかけ、「安全のため事前予約制にする」「当初の展示内容と一貫性を保つ」など四つの条件を提示した。その後に地裁で開かれた審尋で、企画展実行委側が和解に応じた。大村氏が示した条件は、①犯罪や混乱を誘発しないように双方協力する②安全維持のため事前予約の整理券方式とする③開会時のキュレーション(展示内容)と一貫性を保持し、必要に応じて(来場者に)エデュケーションプログラムなどを別途実施する④県庁は来場者に(県の検証委の)中間報告の内容などをあらかじめ伝える――の四つ。大村氏は記者団に「元の形にできるだけ近い形で戻していく」と述べ、来場者への事前説明などをした上で、中止前の状態で再開する方向で詰めていく意向を明らかにした。企画展実行委も会見で、一部の作品の展示位置などの「微調整」をする可能性に言及したが、中止前のすべての作品が展示されるとの見通しを示した。---正直なところ、わたしは再開できるとは思いませんでした。主催者側の、中止せざるを得なかった状況も理解できなくはなかったので、それを「怪しからぬ」とまでは、私にはいえませんでした。だから、よく再開にこぎつけたと、嬉しい喜びでいっぱいです。以前にも書きましたが、もともとは自民党出身であり、この問題では激しく対立する河村・名古屋市長と一時は共同歩調をとっていたことを考えると、この問題での知事の対応は、良い意味で驚くべきことです。展示位置の微調整はあっても、中止前のすべての作品を展示するとのことです。ただ、さすがに名古屋は東京から遠いです。これを見るためだけに行くのは、さすがにね。東京でもやらないかなあ。ところでその一方河村名古屋市長、表現の不自由展再開に「暴力的で大変なこと」あいちトリエンナーレ実行委員会の会長代行を務める、名古屋市の河村たかし市長は30日の定例記者会見で、「表現の不自由展・その後」の再開について「暴力的で大変なこと。表現の自由を著しく侵す」と持論を展開した。河村市長は、昭和天皇の肖像を素材にした映像作品や少女像などについて「トリエンナーレは市や県が主催する公共事業なので、(再開されれば)名古屋の人が公的に出すという意味を持つ」と述べ、「天皇陛下に敬意を払おうと思っている多くの人たちの表現の自由はどうなるのか。僕の精神では考えられない」と反論した。---いかに考えても意味不明の言い分です。何故表現の不自由展を再開することが暴力的で大変なこと。表現の自由を著しく侵す」になるのか、さっぱり理解できません。「天皇陛下に敬意を払おうと思っている多くの人たちの表現の自由はどうなるのか。」というのですが、それって屁理屈にすらなっていないでしょう。要するに、「不敬」な内容の展示があることが気に入らない、ということなわけですが、それを表現の自由を侵す、というなら、天皇が嫌いな人にとっては、政府の行う即位関係の儀式やら何やらは、すべて「天皇制に反対の人の表現の自由はどうなるのか」という話になる。表現の自由とは、自分が表現したいと思うことを表現する自由であって、(名誉毀損やヘイトスピーチを除き)自分の気に入らない表現をさせない自由ではありません。「天皇陛下に敬意を払おうと思っている多くの人たち」の表現の自由など、いくらでも保障されているではないですか。わたしは今の天皇家には好感を抱いていますから、個人的には「天皇制反対!」と大声を上げる気はありません。でも、そういう意見があっていい、そういう声を上げる自由はあっていい、「天皇陛下万歳」と叫ぶ人の、せめて半分でも発言の機会が保障しろよ、とは思います。そしてもうひとつ。あいちトリエンナーレへの補助金を交付せず 文化庁発表愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の展示の一部「表現の不自由展・その後」が中止となった問題をめぐり、文化庁は26日午後、採択を決めていた補助金約7800万円全額を交付しないと発表した。慰安婦を表現した少女像など、会場の安全確保や円滑な運営をするために重要な内容があったのに、申告なく進めたことを問題視したという。トリエンナーレの総事業費は約12億円で、県が少なくとも6億円、名古屋市が2億円を負担し、国も文化資源活用推進事業の補助金として7800万円を交付する予定だった。愛知県の検証委員会によると、不自由展関連の費用は約420万円。---つまり、政府の公式見解に反するような内容の展示には補助金を出さない、政府の政策に賛同か、少なくとも無色透明のものにしか金は出さない、という宣言に等しいわけです。しかも、表現の不自由展は、引用記事の費用を見れば一目瞭然ですが、あいちトリエンナーレの多くの展示のひとつに過ぎません。ひとつに問題があったとして(実際には問題はないとわたしは思いますが)全部の展示に対して補助金を出さない、というのは、補助金を人質に取った脅迫にも等しいものと思います。もちろん、「文化庁が決めた」かのように発表したようですが、文化庁が独断でそんなことを決めるはずがなく、政府首脳部の意向によるに決まっています。いや、愛知県知事の姿と何たる違い、まったくこの政権には陰鬱たる思いしか抱けません。
2019.10.04
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北海道旅行が終わっても、わたしの心はずっと北海道をうろついていましたが、その間に、世の中ではまたずいぶんいろいろなことが-良くないことばかりが-起こっていました。NHK会長への厳重注意で「果断な措置に御礼」 元事務次官の副社長、「かんぽ不正」番組でかんぽ生命保険の不正販売問題を追及したNHK番組を巡り、NHK経営委員会が昨年10月、日本郵政グループの要求を受けて同局の上田良一会長を厳重注意した問題で、鈴木康雄・日本郵政上級副社長は昨年11月、「果断な措置を執っていただいた」と感謝する文書を経営委に送っていた。鈴木氏は総務省(旧郵政省)の元事務次官で、同省で放送行政を所管する部署の幹部だった経歴を強調し、NHK執行部に番組への指導強化を求めたことにも言及していた。同局関係者は文書について「取材や続編の放送をけん制する意図を感じた」と話す。 ---かんぽ生命の不正は、具体的には、新旧契約の保険料の二重払い、高齢者への契約内容の説明に家族を同席させない、虚偽の説明尾不利益な乗り換えであることを隠す、などの行為であり、法制違反と社内ルール違反が合計6300件もあったと報じられています。この不祥事が隠しようもない状況に至った現在でこそ、日本郵政グループの首脳陣は記者会見で頭を下げ、保険販売の自粛というしおらしい態度を見せていますが、腹の中で思っていることはまるで違う、ということを如実に示した態度といえます。つまり、このような不正に恥じ入って再発を防止するよりも、放送局に圧力をかけて報道をもみ消すことを優先する、ということです。悪いことだとは思っていないのでしょう。そのような人物が、元総務相の事務次官、その前はしかも放送行政を所管する部署の幹部(情報通信政策局長)だというのです。その経歴を、天下り先の会社の利益のために悪徳商法まがいの行動をとったことをもみ消すために使ったのだから、唖然とする話です。事務次官、局長というポストは、そういう人間が出世するためのポストですか?と言いたくなります。そのことだけでもとんでもないのですが、そのような圧力にNHK経営委員会が唯々諾々と屈し、NHKの会長を厳重注意して、問題の番組の続編の放送を中止させた、というのですからどうしようもありません。結局のところ、NHK経営委員会は悪徳商法の擁護者として、その実態をNHKに放送させないように圧力をかけた、と言わざるを得ない状況です。それにしても、前述のとおり、かんぽ不正の報道をもみ消そうとNHK経営委員会に圧力をかけた日本郵政の鈴木康雄副社長は元総務事務次官、その意を受けてNHKに圧力をかけて簡保不正をめぐる報道を止めさせたNHK経営委員長石原進は、旧国鉄出身でJ元R九州代表取締役、九州財界の中心人物の1人です。つまり、いつの間にか日本という国は、利益のためには無知な高齢者を騙してお金を巻き上げるがごとき所業を、一部の「悪徳業者」だけの犯罪行為ではなく、かつては公営事業だった超巨大企業が公然と行い、しかもそれを官界財界を挙げて擁護する、そういう国になってしまった、ということです。今はまだ、それでも一連のかんぽ不正は、圧力にもかかわらずすべてのマスコミの報じるところとなりました。でも、わたしが後期高齢者になる頃(二十ウン年後)には果たしてどうでしょう。どのマスコミもひとことも報じないまま、国策超巨大企業による悪徳商法がまかりとおる時代になってしまうかもしれません。なんだか最近、絶望的な将来図しか見えてこないような出来事が多すぎます。老後には2000万円必要だといわれ、それなのに高齢者ばかりが資産を持っているのは不公平だ、などという人もいる。長生きなんかしてもろくなことはなさそうだ、としか思えません。
2019.10.01
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