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朝、カナに変化はなくいつもどおり。ただ運動能力は低下しているような気がするので、オスたちに追われないうちに早々に戻した。エサは食べている。先日ゲンの急変があったので、考えすぎているのだろうか。お腹が大きく食欲が旺盛なら、産卵期のいつもの現象とも見なされるのだが、どうもとらえどころがない。
その後も様子をうかがうたびに、デコと並んでケロッとした顔でこちらを見返している。午後の短時間放鳥も朝と同様だ。 やはり気のせいかもしれない。夜の放鳥時も一時間ほどうろついた後、自主的にカゴに帰っていった。今日は開口呼吸なし。何かを食べあさったり、水浴びをしたりしていないのが気になるが、抱卵中は普通のことだ。やはり昨日は、オスたちに終われて息が上がっただけなのだろうか。
どうも自信が持てないが、今のところ要観察程度に止めておくしか無さそうだ。
悪女と呼ばれたカナが比較的に静かな様子だが、それが全体に影響はしていない。昨日も今日も水浴び場はすさまじい水しぶきが飛び散り、2リットルの水が15分で空になった。
また、やはり抱卵中のアイが、こちらは元気はつらつで、いろいろなものをいろいろとむしり取り口にくわえて右往左往していた。多くは煮干しで、これを巣に塗りたくるつもりなのだ。ただ、右往左往するうちにほとんどクチバシから落ちてしまい、アイの企図はあまりうまくいかなかったようだ。
とにかく、少し念入りに掃除して、綿ボコリなどを持ち出させないように気をつけよう。
【余談】
母方の従兄弟に子供が生まれたそうで、母が絵を送りたいと殊勝なことを言ってきた。芸術の欠片も理解出来ない老婆が、このような発言をするとは、何とも驚きだ。これは、玄関に飾られているRAKA画伯の作品に感化されたに相違あるまい。実に結構なことだと思う。
しかし、予算が少ないので、額を入れれば50cm超の作品には手が出ないし、そもそも資金が潤沢でも、大きめの絵は他人の家に送るのは考えものだ。その家が手ぜまな場合は飾る場所がないだろうし、もし送った絵がその家族の趣味に合わない場合、無理してスペースを作って飾った絵が大きいほど目障りになってしまう。その点、コンパクトな絵は、玄関の端などにひっそり飾る分には、よほど目立つ絵柄でなければ邪魔にならない。
残念ながら、RAKA画伯やBAGIA画伯の文鳥の絵にコンパクトサイズのものはない。とりあえず、アート・ルキサンさんの 小サイズコーナー
にある作品から、TEGIG画伯の実にお値打ちな作品を薦め(文鳥愛好者ではないので、文鳥を描いた作品である必要はない)、さらに、それより高いGAMA画伯の「 水辺の野鳥
」を強く薦めた。強く薦めるどころか、こちらにするなら、両者の差額である新渡戸稲造さん1枚は、自分が出すとまで申し出たのであった。
「水辺の野鳥」、なぜこの作品が福沢諭吉さん1枚で買えてしまうのかと、常々不思議に思っていた作品だ。機会があれば自分で買おうと決めていたので、絵を見る目など節穴以外ではない従兄弟何ぞにはもったいなかったが、子供(女の子)がいる家庭にはカラフルな小鳥も描かれている、くっきりしながらシンプルなデザインのこの作品、ディズニーアニメのセル画的な雰囲気をもつこの作品がピッタリだ、という自分自身の論理的帰結に抗うことが出来なかった。口惜しいことだ。
そこで早速注文したのだが(オマケしてもらいました)、しかし、作品の画像を改めて見れば見るほどもったいない気分がしてきた。やはりこの絵は、芸術を見る目があることにしてしまっている『俺様』の手元にこそ置くべきではなかったか?まぁ、もしかしたら22世紀まで生き続けるかもしれぬその子供が(そう考えると有り難いような、空恐ろしいような・・・)、少しは絵を見る目のある人間に育ってくれたら万々歳なのだろうが・・・、親がその前に売り払わないとも限らないし・・・。「他に売るなら俺に売れ!」、と会った時に言っておこう(転売してみろ、ぶん殴ってやるぞ!)。