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2019年01月08日
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カテゴリ: 本に親しむ
今の世の中の風潮が気になる。 流れが気がかりだ。これからの世界はどうなっていくのか? パラパラめくると、示唆に富んだ内容、ということで、、、

 以下、目次
 第一章 教養はなぜ必要なのか
  「グローバル・スタンダード」の背後にある、「アメリカの意図」を見抜けなかった日本。情報の取捨選択を可能にする「芯」のない国は、永遠に他国の思惑に流される

 第二章 教養はどうやって守られてきたか
  アレクサンドリア、コンスタントティノーブル、バグダッド。ギリシアの古典は西洋の外で守られ、やがてルネサンスとして花開く。「教養の歴史」を概観する。

 第三章 教養はなぜ衰退したのか
  教養はアメリカ人にとって、「自分たちが自らの意思で捨てたヨーロッパの遺物」である。資本主義、世界のアメリカ化、グローバリズムの進展で、教養の地位は墜ちていく。

 第四章 教養とヨーロッパ


 第五章 教養と日本
  漱石言うところの「上滑りの開花」を続けてきた日本。西洋崇拝に由来するその「教養」には、常に無理がつきまとっていた。戦前知識層の苦闘の足跡をたどる。

 第六章 国家と教養
  現代の民主主義国家で求められるのは「孤高の教養主義」ではない。大衆の現実を踏まえ、政治センスも伴った、真に血肉化された教養である。「教養の四本柱」を提示。


以下、本文より””部、抜粋引用

  “わが国ではここ20年余りの長期にわたってデフレ不況が続いていますが、これは経済統計の整った20世紀以降で世界最長のデフレなのです。それまでアメリカでの最長は大恐慌後の4年間で、日本では昭和恐慌時の5年間でした。世界金融史上ダントツに長いこのデフレの正体は、軍事上の無二の朋友アメリカが、経済上では庇護者から敵に変わったことに、世界一お人好しの日本人が気付かなかったための悲劇と言って過言ではありません。”



 “それでは教養の衰退は、資本主義や文明の発達に伴う歴史的必然、というだけで片付けられるものでしょうか?そうではありません。日本ばかりか、文明の遅れた国、共産主義や独裁主義の国も含め、世界中に蔓延しているからです。
 衰退の理由の二つ目は世界のアメリカ化です。「アメリカの反知性主義」(ホーフスタッター著、田村哲夫著、みすず書房)の第九章にはこう書かれています。「現代アメリカの小説ではすべからく、実業家たちはたいてい愚鈍で無教養、貧婪、傲慢、反動的で不道徳な存在として描かれている」。 二十世紀アメリカでは、作家などの知識人はビジネスを知性の対極に位置するものととらえてきたのです。アメリカビジネスの国ですから、知識人は大衆を知性なきものととらえていたことになります。知識人と大衆の間に、深遠で不健全な断絶があったのです。アメリカの知識人がトランプ大統領に就任前から強い拒否感を持ってきたのもこの流れの中です。
 アメリカにおいて、一般人が知性を軽視する傾向は、十九世紀の頃からありました。彼等は伝統とか知性、教養といったものを、「自分たちが自らの意思で捨てたヨーロッパの遺物」として忌避していたのです。むしろ、実用性のないものとしてさえいました。アメリカ人はそのようなヨーロッパ的なものに決別し、新しい未来を築くための指針として、功利性、改良や発明、金銭などを据えたのです。これはメイフラワー号に乗って最初にアメリカに入植したカルヴァン派の人々の発想、すなわちピューリタン的発想と完全に合致しています。”


 “漱石は明治四十四年、「現代日本の開花」という講演の中で、日本の開花は西洋からの圧力に対応するためにやらざるを得なかった、外発的で無理を重ねたものだ。軽薄で虚偽で上滑りしたものであり、それは子供が煙草をくわえ、さもうまそうな格好しているもの、語っています。
さらにその後で、「上滑りは悪いからお止しなさいと云うのでない。事実やむをえない、涙を呑んで上滑りに滑って行かなければならないと云うのです」と付け加えています。彼の葛藤を物語る言葉です。
 舶来の教養を葛藤もなく無邪気に身につけた世代は、日本という根がないため、自分たちの獲得したものが西洋崇拝に発した借り物の思想であることに気付かず、その危うさにも気付きませんでした。
 大正デモクラシーを謳歌しているうちに、ロシア革命が起きると、これが教養人はあっという間にマルクス主義にかぶれ、昭和に入ってはナチズム、そして軍国主義に流されてしまいました。日本人としての形を忘れた葛藤なき教養人は、戦後はGHQ史観に流され、左翼思想に流され、今や新自由主義やグローバリズムに流されています。明治人漱石の語った「上滑り」「虚偽」「軽薄」は、大正、昭和、平成の教養人の多くにもあてはまるのです。”


 “一人前の人間として大切な教養については、人により言い方が異なります。東京女学館女子中高の校長をしていた四竈経夫先生は、「私が生徒にどうしても伝えたいのは三つのこと、読書と登山と古典音楽の愉しさです」と私に語りました。ある会社の社長は「人間にとって最も大切なのは、人との付き合い、本を読み、旅をすることだ」と言いました。手塚治虫はこう言いました。「君たち、漫画から漫画を勉強するのやめなさい。一流の映画を見ろ、一流の音楽を聴け、一流の芝居を見ろ、一流の本を読め。そしてそれから自分の世界を作れ」表現は様々ですが、大体、私と同じこと言ってるように思います。”



 “こうして実体験は疑似体験により補完され、健全な知識と情緒と形、すなわちバランスのとれた知情形が身につきます。これこそがこれからの教養であり、あらゆる判断における価値基準となります。別の言葉で言えば、あらゆる判断における座標軸が形作られてくるのです。哲学を中心とした「生とは何か」を問うのがかっての教養で、「いかに生きるか」を問うのがこれからの教養と言ってのも良いかもしれません。”


 “座標軸とは価値基準の土台となるものです。先に述べた無限の情報から本質的なものだけを選択する仕分け装置です。”


 “民主主義国家では、政治を司る人も、選ぶ立場の国民一人一人も、十分な教養を持つこと、成熟した国民になることが不可欠なのです。19世紀までは、例えばドイツのように、一群の教養エリートに全てお任せでおけば万事よかったのですが、20世紀の民主主義ではそうはいかなくなったのです。  
 残念なことに歴史上、いかなる国家も成熟した国民という状態に到達したことがありません。これまでのすべての民主主義国家は、古代ギリシャから現在に至るまで、例外なく衆愚政治国家でした。一言で言うと民主主義とは、世界の宿痾とも言うべき国民の未熟を考えると、最低の政治システムなのです。ただフランス革命前のブルボン王朝、清朝、ヒトラー、スターリン、毛沢東、北朝鮮などを考えると、絶対王政や独裁制や共産制よりはまだましというレベルにあるのです。”


 “現代社会の病いの本質は、世界的規模での民主主義の浸透に、各国国民の教養がついていってない、という不合理にあったのです。古代ギリシャ以来19世紀まで、あれほど驚異的な力を発揮してきた教養が、20世紀に入って、いくつもの大戦争の抑止力としてまったく働かなかったことを前章で見ました。20世紀になって多くの国々で普通選挙による民主主義が導入されたため、「国民の未熟」という、歴史上ほとんど問題とされてこなかったものが、初めて大問題として顕在化してきたのです。
 ‥‥‥
 国民が教養を失い、成熟した判断力を持たない場合、民主主義ほど危険な政治形態はありません。民主主義は最悪の形態に成り果てます。各国の国民が十分な教養を持つようにならない限り、混迷した世界の現状は、今後永遠に続くということです。”


 “日本人としての情緒や形を持たない人間は、舶来の形にあっという間に圧倒されてしまいます。根無し草は雨風に弱いのです。
 ‥‥‥
 現代に至る日本の知識人のひ弱さは、世界に誇る我が国の大衆文化、すなわち日本人としての情緒や形を軽蔑したことに因があるとも言えるのではないでしょうか。
また、日本人は古来、ユーモア感覚の鋭い民族です。これがあったから、欧米や中国にみられるような独裁者が歴史上登場しませんでした。イギリスと同様、ユーモアからくるバランス感覚のおかげです。ユーモアは落語や講談にもちりばめられています。こういったものを見下しがちだった教養層が、バランス感覚を失い新しい思潮に翻弄されたのも当然かも知れません。
 この反省に立ち、日本人の形を伝える大衆文化は、是が非でもこれからの教養に入れるべきものなのです。”

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 数学者としての必須の能力であるロジック、その簡潔な論理展開で非常に読みやすい文章。それと海外での経験も豊富で、見聞の広さもあり、客観的な視点にも立っての内容と推量している。  今の時代のように言葉が軽く、ポピュリズム的でもあり、民主主義、資本主義に懐疑的な風潮になりつつある社会で、本書には一歩引いて見るのに参考になる記述がたくさんある。

 急激な人口減少と高齢化、先延ばしの刹那的な政策、内向きの若者、気候変動と多発する災害、先の見えない原子力、地政学的にも危うい位置などなど、日本がかかえる憂いだけでも数えだしたらきりがない。


 そんな中で、”「いかに生きるか」を問うのが今の教養である” とこの本で述べているが、確かに、、、、、
 みな、「いかに生きるか」に戸惑いを覚えているようにも見える時代に、この本は何かしらのヒントを与えてくれているような気がする。





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最終更新日  2019年01月09日 21時18分54秒
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