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先端技術は何をもたらすか
橳島 次郎
急速な発展が生み出す未来
希望と倫理的課題を探る
化学に依存し生きる私たち
この 7 月から本欄(「社会・文化」欄)で、「先端技術は何をもたらすか」と題する連載論票を書かせていただくことになった。
この連載では、現在急速に発展する、生命とその情報を扱う科学と技術が私たちにどのような未来をもたらすのか、そこにはそのような懸念と倫理的課題が出てくるかを、読者の皆さんと共に考えていきたい。
本稿ではその前段として、連載で取り上げてみたい先端技術の例を挙げ、どんなことを考えなければならないか、いくつかの切り口を示してみよう。
◇
私たちの生活の基盤は、科学技術によって支えられている。言い換えれば、私たちは、科学と技術に依存する社会に生きている。スマホなしにはもう生きられないという人は多いのではないだろうか。だから、科学と技術のありようが、私たちの生き方を大きく左右することになる。
科学とは、世界の森羅万象について、何がどうなっているのか、どうしてそうなるのかを知ろうとする営みである。この人間独特の営みを通じて得られた知識を、「実施に応用して自然の事物を改変・加工し、人間生活に役立てるわざ」が、技術である(『広辞苑』第七版)。
観測や実験を通じて自然現象を合理的に理解し解明する科学研究の礎を築いたのは、物理学と化学だった。その知識を応用した技術が、近代の産業革命を実現させ、科学技術中心の文明を成立させた。そしてそこに、 20 世紀後半から今世紀にかけて、新たな科学と技術が加わった。生命科学・生命工学と、コンピューター科学・情報工学である。この二つの分野は、いまや科学・技術の振興をリードする存在になっている。
遺伝し、精神までもが対象に
どこまで委ねてよいのか
生命科学は、全ての生物に共通する生命現象の大本である、遺伝子の仕組みを解明した。遺伝子の仕組みを解明した。今年はワトソンとクリックによるその画期的な論文が発表されて 70 年に当たる。そして、遺伝子を構成する DNA の塩素配列を情報として四来とって、どれがどういう働きをするか、明らかにしてきた。病気や障害の原因となる因子があるか調べる、遺伝子検査も実用化された。
さらに、遺伝子を人為的に組み替えて、生物を改変する技術も生み出された。これにより微生物や動植物だけでなく、人間も技術による改変・加工対象となった。 2010 年代に実用化され普及したゲノム編集は、精度と効率が格段に向上した、最新の遺伝子改変技術である。それは人間にも応用され、病気の遺伝子を健常なものに置き換える遺伝子治療の臨床試験が行われている。
それをさらに進めて、生まれる前に受精卵の段階で、特定の病気や障害をともなわないようにゲノム編集を施す試みも出てきた。だがそれは、作物の品種改良をするように望みの人間を生まれさせる優生思想の実践につながりかねず、倫理的な是非が厳しく問われる。
またコンピューター科学は、厖大な計算を超短時間に行える技術を生み出しただけでなく、あらゆる種類の情報を数値化して蓄積・保存し、解析処理する情報工学を発展させた。この情報科学・技術の最先端の成果が、人工知能である。そこでは、人間が行う知的作業を、どこまで人工知能にはできず、人間だけができることとは何かが問われるのである。
高まる懸念と利用の是非
そして今、生命科学・技術と情報科学・技術は、密接に結びつくようになった。人工知能を使って生命現象に関わる情報を膨大に集めて解析し、新薬候補を探しだしたりすることができるようになった。病気の脳の様子をデジタルに再現して診療に役立てる研究も始まろうとしている。
生きた細胞でコンピューターを作り、半導体の代わりにヒトの脳神経組織を人工知能の基盤にしようとする研究も行われている。人工的に培養した脳組織に知能を持たせると、独自の意識を持つようになるだろうか。そのような人工知能は、機械ではなく人間に近い存在として扱わなければならないだろう。
また、人間の脳を人工知能とつなぎ、神経活動を調べて何を見たり考えたりしているか読み取ったり、心身の能力の強化向上を図ったりする技術も研究されている。そこでは、人間が直接、人工知能に操作され、支配される懸念が高まることになる。
能と人工知能をつなぐ技術は軍事利用されていた、その是非も問われる。
さらには、人格を構成する情報を人工知能に学習させて、亡くなった人をアバター(仮想空間上に現れる分身、キャラクター)に再現して、死後もその人と言葉を交わすことができるようにする技術も開発されている。その先には、精神をすべて電子回路に移して、肉体を離れた不死を獲得しようという発想も出てきている。男子回路上にある精神だけになっても、人間は人間のままでいられるだろうか。
◇
連載では、こうした生命科学と情報科学を融合させた先端技術の現状と将来について、時々に話題になる別の分野の動向にも目配りしながら、見ていきたい。
まず次回は、身近な例として、診察の現場に普及してきた人工知能が、医療のあり方にどのような影響をもたらすか、考えてみよう。
(科学文明論研究者)
ぬでしま・じろう 1960 年、横浜市生まれ。社会学博士。三菱化学生命科学研究所室長を経て、現在、生命倫理政策研究会共同代表。専門は生命科学・医学を中心とした科学技術文明論・生命倫理。著書に『先端医療と向き合う』などがある。近刊に『科学技術の軍事利用』(平凡社新書)。
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