ラッコの映画生活

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2007.02.15
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カテゴリ: 日本映画
八月はエロスの匂い
藤田敏八

1.jpg

寸評:前年の『八月の濡れた砂』は一般映画として公開された藤田敏八の青春映画の傑作だが、この『八月はエロスの匂い』は経営難の日活がロマンポルノ路線に転換した初期の藤田作品。時代をよく捉えているし、それなりに見どころがある。

映画の観客数の減少で経営の難しくなった日活は成人映画のロマンポルノ路線で生き残ろうとした。製作費用や製作日数を削ってのアダルト作品だが、設備は既存の本格的ものを使えるし、裸さえ出していればストーリーや演出も自由にでき、監督としてはかなり自由な表現ができたようだ。最終的にうち切られた1988年まで、映画斜陽期に俳優や監督を育てる場にもなっていたわけだ。

この『八月はエロスの匂い』は、自分の年齢から考えても公開から何年もたった頃、何かの映画と2本だてで上映されたのを最初の20分ぐらいだけ見た。その前に上映された作品が何であったか憶えてはいないのだが、それを見ることが目的で、時間の都合で最初だけ見たわけだ。それ以来見ることも、ウワサを聞くこともなかったが、本命だった作品の方は全く忘れてしまっているのに、この最初だけ見た『八月はエロスの匂い』の方は、冒頭のデパートでの強盗シーンで主演の圭子が血を流すシーンなどが鮮明に記憶に残っていた。今回安価にビデオが入手できたので何十年かぶりに続きを見ることになった。

ロマンポルノ、成人映画と言っても、今日の状況から見れば、一般映画と言ってもいい程度の性描写だ。前バリなどという言葉があるように、もちろんヘアも性器も出てはならない時代。またストーリー性も強く、性描写のシーンもそれほど多いわけではない。2週間程度の短期間に低予算で作られた70~80分の短い作品群だが、ポルノという属性から離れても見る価値のある面もあると思う。

2.jpg

(以下ネタバレ)
田舎から東京に出てきた中原圭子(川村真樹)は、従妹の武上英子(片桐夕子)と安アパート暮らし。デパートの宝石売り場の店員だ。かつての高校の恩師で、今は大学の司書をしている芝木正秋(永井鷹男)と愛情関係にあるが、刺激のない単調な日常に疲れている。相手にする客もしみったれた有閑マダムだ。そんなある日、閉店間際で疲れ時計を見る彼女だが、そこに長い髪を後ろで束ねた若い薮睨みの青年が彼女の売り場のレジを襲う。刃物を持ってレジを襲おうというのだから彼は必死だ。彼女と犯人は見つめ合うが、その鋭い生きた視線に彼女は動くことも声をあげることもできない。次の瞬間彼女は青年に刃物を突き付けられ、手のひらを刺されて血が流れる。呆然とするうちに犯人はレジのお札をわしづかみにして消える。彼女にとってそれは倦怠の日常とは違う生きた瞬間だったのだ。そしてそれを象徴するように生きた彼女の赤い血が流れる。思うにこの演技と演出にしっかりとした内容があったからこそ、忘れがたく記憶に残ったのだと思う。

真実に生きる何かを刺激された彼女は恩師で愛人の芝木の部屋を訪れ、彼に抱かれるが、それは何かが違っていた。芝木は男の自分勝手な愛で彼女に接するだけだ。彼女が話そうとした事件の折の感情なども、芝木は真面目に聞こうともしないし、理解もできない。不満の解消をしてくれない芝木の部屋を彼女は去る。自宅近くの小さな公園でブランコに乗る圭子。うずくまった少年が彼女のスカートの股間の方を見ながら「見える、見える、はいてない、はいてない」と繰り返すが、これは彼女の生きる衝動の存在を表現しているかのようだ。従妹が通りがかり、2人はアパートに帰る。そこで彼女が食べるのはカップヌードルだ。

翌日彼女がデパートの勤めが終わって帰ろうとすると、外には芝木の姿があった。彼女は上司がいつか食事でもと誘ってくれていたので、上司と飲みにでる。芝木を避けたかったのだ。芝木は後を追ってくる。バーに姿を現した芝木を残して彼女は上司をホテルに誘い、彼に抱かれる。まだ癒えていない手のひらの傷口から生きた赤い血が男の背中に流れる。



夏休みをとった彼女は芝木と旅行にでる。車で横浜からフェリーに乗って木更津に向かうが、船上で男女5人組の怪しいフォーク集団の中に犯人の青年がいることに圭子は気付く。圭子は5人の乗ったオープンカーを追うように芝木に命じるが、芝木は彼女のペースに逆らうことはできない。道すがら犯人の青年が他の4人には溶け込めずにのけ者にされ、いじめられているのを知る。5人はキャンプ場のバンガローに向かったので圭子たちもバンガローを借りる。青年が海岸で他のメンバーに殴られ、波で呼吸も出来ないようなリンチを受けるのも目撃する。夜目を覚まし別棟のトイレに行った圭子。個室から出ようとして、戻ってきた青年が嗚咽し、やがて大声をあげて泣いているのを彼女は見る。そんな彼を誘って海岸近くの花畑へ。そこで彼女の方から青年を襲い、青年に身を任せる。常識的世界の日常に飽き、自分が真に生きることのできる居場所を見出せなかった圭子は、常識を逸した犯罪的でもある不良集団の中でもやはり自分の居場所を見出せない青年に同じ何かを感じたとでもいうのだろうか。高度経済成長の世の中で人が人らしく生きることが出来ない現実を批判しているかのようだ。2人が抱き合う姿を発見しながらも芝木はただ見ていただけだ。彼も常識の世界に生きるだけの人間なのだ。圭子に嘲弄され芝木は青年と殴り合いの喧嘩になる。

明るくなった中、芝木の車を運転する圭子。助手席には芝木、後部シートには青年が何も言えずに乗っている。後から走ってくるフォーク集団4人を乗せたオープンカー。別れ道で圭子の運転する車は右に進路をとり、オープンカーも後を追おうとするが、ちょうど対向車が走ってきたのでオープンカーは直進という別の方向へ向かうのだった。このラストは圭子が別の生き方を選んだ象徴だろう。そしてその真に生きようとする原動力となるのは圭子という女であり、性衝動を含めた女の生きる力であり、結局は男はそれに従うだけで自分からは何も出来ないと言っているかのようだ。しかし圭子が青年と抱き合うのは海岸とかではなく花畑で、それは楽園の象徴かも知れないが、その楽園すら花がまばらに咲く程度の楽園でしかない。



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Last updated  2007.02.22 02:04:59
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