ヘナヘナライター 生態日記
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45年間生きてきて実感することは、人生のほとんどの出来事というのは、小説でいうと「行変え」、あるいは「段変え」、せいぜい「章変え」でしかないけれど、子供を育てるという項目だけは、小説のタイトルそのものを変えてしまうぐらいのインパクトがあると思う。結婚した時も、「これは今までとは根本から何かが違う」と思ったが、子供を育てるのはそれ以上だ。人生の根本が覆されるという感じ。いや、そうでなければいけないんだろう感じる。たまに、子供を育てることをそのように感じられない人もいるようだが、それはあくまでも極少数派に過ぎないに違いない。私のように自己中心的な人間でもうそう感じられるんだから、そのような人は本当に極少数派なんだろう。親が子供を育てる時、「自己犠牲」的な意識で行うことは間違っているなんて言われるけれど、経験則でいえば子育てはズバリ自己犠牲でしかない。母親、あるいは父親の「自己犠牲」的な行為の上に胡坐をかいて子供たちは健全に育っていくのだ。当然のことながら、その行為を「自己犠牲」と感じるかどうかはまた別の話だ。100%そんな風に感じられない人もいるだろうし、少し感じる人もいるだろうし、ある程度感じる人、結構、かなり…と、人によって変わってくるだろう。私の場合、たまに感じるが普段はそんなことを意識していないという程度。こういう人が案外多のかもしれない。大人がある程度自分を犠牲にしないと育てられないのが子供ならば、そんな大人の犠牲(社会的な)を少しでも容認できる社会であって欲しい。社会にとって、ひいては国にとって、子供が必要不可欠な存在だという認識するのなら。
2011.01.20
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