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7月28日から2泊3日で山口・広島ツアー旅行に出かけていた。夫の両親が連れて行ってくれた。昨年、これまた夫の両親が連れて行ってくれた1泊2日の北海道のツアー旅行の場合は、比較的自由度の高い内容だったのだが、今回の旅行はもしかすると今時少なくなっている本気のツアー旅行だったのかもしれない。海外旅行でさえ一度もツアー旅行に行ったことのない私が、生まれて初めて本格的なツアー旅行を経験したのだ。ツアーコンダクターさんが、旗を振り振り、スピーカーでツアー客たちに呼びかけながら引率してくれる。炎天下での集合写真撮影。恒例のお土産物屋さん回り。個性的なツアー客の面々。いや、想像に違わず、それはスゴいものだったが、想像していたほど、それは苦行ではなかった(笑)ツアーメイトさんたちの人間ウオッチングは思いのほか楽しかったし、バスガイドさんが優秀な方だったので、あまりのお話の上手さに思わず涙がこぼれてしまうことさえあった。ただ、見たいものは十分に見られず、食べたいものが食べらない、自由に行動できない、それはそれなりに不便なものだと感じたし、不合理さもそれなりに感じた。正直、自分でお金を出すなら、私はツアー旅行は選ばないだろうとも思う。それでも、ツアー旅行でしか経験できないことや感じられないことはある。出会えない人もいるだろう。経験したことに無駄なことなどない。ただ、ただ、どうしても悲しかったのは、岩国城と金子みすず記念館が見られなかったことと、原爆記念館の見学時間がわずか1時間で全く足りなかったことと、厳島神社の見学を強制的にツアー引率されてしまい、そのまま境内から強制的に出されてしまったので、十分に見学することができなかった上に、あまり見所のない安芸の宮島に5時間近く拘束されてしまったことだ。話は変わるが、私の生まれ故郷は、広島県の戸河内だ。しかしこの地に親戚がいるとか縁があるとかいうことはない。たまたま生まれただけで、私はここに1ヶ月間ほど住んだだけ。それでも一度くらいは自分の生まれた所を見てみたかった。今回はツアー旅行なので諦めていたら、山口県から広島県に入る際、なんとこの戸河内を高速道路沿いだったが通ることができた。山間に拓けた村(?)という印象の戸河内。なんとも不思議な気持ちになった。
2011.07.30
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今の生活を守りたいという思いの一方で、全てをリセットしてやり直したいという思いもある。どちらが正しいか、間違っているかということではなく、何を選択するのかという気がする。結婚した当初から後悔が先に立った。なら、全てご破算にすればいいのだが、13年間で築き上げてきた物、思いもある。簡単に手放せるものではない。
2011.07.12
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日本は良い国だと思うし、日本国民も優秀でよい国民だと思う。その一方で、もう少し心に余裕があればいいのにとも感じること、しばしば。許容範囲が狭く、出る杭はあまりにも打たれすぎる。どうしてこんなに生き辛い国になってしまったのか?そういえば他国の労働者が日本で働くと、多くの場合「無能の烙印を押される」と聞いたことがある。あまりにも完璧に仕事をこなす日本人からすると、外国人の仕事のやり方はアバウト過ぎるということなのだろう。男は女を否定する、その逆もしかり若者が中高年者を否定する、その逆もしかり既婚者は独身者を否定し、その逆もしかり子のない人は子のある人を否定する、その逆もしかり
2011.07.05
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先日、とある演歌歌手を取材させていただいた。その人曰く、「人は年を取っている分だけ、人生経験を積んでいる。その分優れているし、見道を傾けるべき示唆に富んだ話をしてくれるもの」という。もう46歳になる私的には、年を重ねているから示唆に富む話をできるわけではなく、人間性に優れているわけではないと思う。それは、自分自身を省みて思うことだ。人格の出来、不出来というのは年齢に関わりがないように思う。よく出来た人は幼い頃からよく出来ていて、逆に不出来な人はいつまでも不出来だ。ただ、不出来なヤツ故に思うこと、感じることはあるかもしれない。逆もまた然り、なのだろうか?一方で、不出来な人間故に感じること、思うことにどれほどの意味があるのだろう? と思ったりもする。人生の折り返し地点を超えた46歳。そのうち、自身を省みる精神力がなくなり、反省するべき過去を覚えている記憶力もなくなる。新しいことに挑戦する冒険心も希薄になるのかもしれない。それでも生きているという意味はなんだろう?
2011.07.03
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