全6件 (6件中 1-6件目)
1

ある朝、PCの電源を入れても、画面は沈黙したままだった。 黒い画面がそこにあるだけで、Windowsの気配すら感じられない。 そういえば、前日のシャットダウンには一時間以上かかっていた。購入してまだ半年しか経っていないPCである。嫌な予感が、ゆっくりと現実味を帯びてくる。 ネットで情報を漁り、考えられる対処法を一つひとつ試した。それでも状況は変わらない。最後にChatGPTに相談すると、いくつもの改善策を示してくれた。藁にもすがる思いでそれらを実行したが、結果はすべて徒労に終わった。——これはもう、自力では無理だ。 そう判断し、メーカーに修理を依頼する覚悟を決めた。 翌朝、念のためと思い、外付けHDDを外してからPCを起動してみた。すると——あっけないほど、何事もなかったかのように立ち上がったではないか。思わず声が出た。「やっぱり、お前だったのか」 起動後に外付けHDDを接続すると、一応アクセスは可能だった。だが、嫌な予感は消えない。HDDメーカー純正の健康状態診断ソフトを実行すると、表示された結果は最悪に近いものだった。「間もなく使用不能になる可能性があります」 思い返せば、数日前から兆候はあった。外付けHDDにアクセスできなくなり、そのまま画面が固まり、PC全体が制御不能になる。やむなく強制終了すると、HDDのランプだけが点灯したまま沈黙しない。電源ケーブルを抜く——そんな行為を、私は何度も繰り返していた。 購入からわずか三年。HDDとしては決して長寿とは言えない。原因は断定できないが、TV用HDDをPC用に再利用しようと接続した際、この外付けHDDを「安全な取り外し」をせずに抜いてしまった可能性は否定できない。小さな不注意が、寿命を縮めたのかもしれない。 もう、このHDDは長くはもたない。そう悟り、動くうちにデータを移動することにした。大量データの一括コピーは避け、内蔵SSDへ、少しずつ、慎重に、時間をかけて作業を進めた。 しかし、移行が90%ほど終わったところで、外付けHDDは完全に沈黙した。再起動しても、電源を入れ直しても、反応はない。結局、残り10%のデータは諦めるしかなかった。しかも、初期化すらできないため、廃棄するにも不安が残る。 これまで私は、内蔵ストレージの“保険”として外付けHDDを使ってきた。しかし今回、その保険はあまりにも脆いことが証明された。価格も以前より大きく上がり、信頼感は下がる一方だ。 だから、もう外付けHDDは買わない!。 多少高くても、構造が単純で衝撃に強く、価格も下がりつつある外付けSSDに切り替えるつもりだ。 ハードディスクは大嫌いだ。 だが、それは憎しみというより、裏切られた者の静かな決別なのかもしれない。作:蔵研人 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.01.28
コメント(0)

真実一路~真実一路の旅なれど 真実、鈴ふり、思い出す ~ 学校の帰り、麦畑の道を声を出して歩いたこともあった。「路傍の石」山本有三の小説の一節だ。路傍の石とは、道端に転がっている石ころのこと、群れの中に紛れたひとりの人間という意味だ。 愛川吾一という主人公が小石のように踏みつけられ、蹴(け)られ、劣境にみまわれながらも、石のように硬く強い意思を持って人生の荒波を乗り越えていく物語だった。 真実に疑いの目を向けて、いじけていた天邪鬼の少年に鞭打つような小説だった。~機関車が走ってる鉄橋にぶら下がって耐えたことがある~ 愛川吾一が放ったこの一節も強烈に残っている。死のうと思ったわけではなったが、多摩川に架かる鉄橋の下の隙間に潜って電車をやり過ごしてみようかと思ったが、そんな度胸もなく、線路の下で震えて泪していたこともあった。 読み返しても恥ずかしいような昭和か大正のお説教節が満載の「路傍の石」という小説だったが、純真な昭和の少年の心には突き刺さるものがあったのだ。~ニキビ面 中学生の 得意顔 路傍の石の 本抱え~~たったひとりしかいない自分の、たった一度しかない人生を、ほんとうに生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないではないか~~世界に、なん億の人間がいるか知れないが、おまえというものは、いいかい、愛川愛川吾一というものは、世界中にたったひとりしかないんだ~~人間はな。人生という砥石で、ごしごしこすられなくちゃ、光るようにはならないんだ。~~おれは「苦労」をおれの「先生」だと思っているんだ。人間「苦労」にしこまれないと、すぐいい気になっちまう。~~人間が人間として生きなかったというぐらい恥ずかしいことはない。お月さまは、どうして落っこちないのだ。お星さまや、お天とうさまと仲よくお手てをつないでいるからだ。だから人間も、みんな、仲よく手をつながなければいけない。~ 今読み返せば、気恥ずかしい言葉が並んでる。爺さんも、いつか真実みたいなものを手に入れようと、探したこともあったが、見つからなかった、今じゃ、意味もなく町をうろつく<路傍のごろた石>だ。真実一路なんてえものは年とともに遠くの方へ逃げてしまった。~人生ってなんだったんだろうか?~ 真実鈴ふり思い出そうとするんだがねえ、狸爺さん、戯言を言っちゃあいけないよ、腰で振ってるその鈴は熊よけの鈴ですよ。 真実、あきらめ、ただひとり 真実一路の旅をゆく 真実一路の旅なれど 真実、鈴ふり、思い出す ~北原白秋~作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.01.24
コメント(0)

日向ぼこ 会いたき声の 現在(いま)想ううす曇り ライオン小舎の 初鴉作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.01.17
コメント(0)

街を歩くと、女性たちはブランドバッグを腕にかけている。 あれはもうバッグではない。 人生の希望を詰めたポータブル宝箱であり、 「今日こそは私を褒めてくれ」という無言の圧力装置であり、 時には「この値段を払ったんだから幸せにならなきゃ困る」という呪符でもある。もちろんバッグだけではない。 服もまた、彼女たちの心の天気図だ。 晴れの日は軽やかなワンピース、曇りの日は落ち着いたニット。 そして「今日は誰にも会いたくない」日は、なぜか全身黒である。 ブランド服は、ただの布ではなく、その日の気分を代弁する外交官なのだ。食事に至っては、もはや哲学である。 「今日は自分を甘やかしたいの」と言って、 予約困難なフレンチレストランへ向かう女性の背中には、 「人生は美味しいほうがいいに決まっている」という真理が漂っている。 ブランドの食事とは、胃袋ではなく、心の奥に栄養を与える儀式なのだ。旅行もまた、ブランドの延長線上にある。 北欧のホテルで静けさを吸い込み、ハワイの海で光を浴び、京都の町家で時間の流れを味わう。 女性にとって旅とは、自分の人生を一度洗濯して、柔軟剤の香りを変える行為なのだ。 しかもその柔軟剤は、ほとんどが高価なものばかり。さて、おじさんたちはどうだろう。彼らはブランドバッグも、ブランド食も、ブランド旅も持たない。 持つのは缶ビールだけである。 しかも、それはただの缶ビールではない。 「今日もなんとか生き延びた証明書」であり、 「明日もまあ頑張ってみるか」という小さな祈りであり、 時には「もう誰も俺に話しかけないでくれ」という沈黙の盾でもある。そしてテレビの前に座るおじさんは、まるで古代の賢者のようだ。 野球中継を見つめながら、 「ふむ……今年の打率は……」と呟くが、実際には何も考えていない。 考えていないという才能を、彼らは長い年月をかけて磨き上げてきたのだ。女性がブランドを抱くとき、そこには未来への期待がある。おじさんが缶ビールを抱くとき、そこには今日への感謝がある。どちらも、人生のささやかな儀式であることに変わりはない。人はみな、自分の欲望を自分で選んでいるようでいて、実は時代に選ばれている。ブランドを求める人も、テレビの前でビールを飲む人も、どちらもその人が歩いてきた道程の形をしているのだ。だから私は、ブランドバッグを抱く女性を見ても、缶ビールを抱くおじさんを見ても、どちらも少し愛おしく感じてしまう。人はみな、自分なりの“ささやかな王国”を持って生きているのだから——。それが革製であれ、アルミ缶であれ、人生は案外、どちらも悪くはないのだろう。作:河村 道玄 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.01.12
コメント(0)

檜にも翌檜(あすなろ)にもなれなかったな「あすは檜になろうと一生懸命考えて努力してる木よ。でも、永久に檜にはなれないんだって!それであすなろって言うのよ、」「ぼくもあすなろなのかな?」「貴方は、翌檜(あすなろう)でさえもないじゃありませんか!翌檜は、一生懸命に明日は檜になろうと思っているでしょう。でも、貴方は何になろうとも思っていらっしゃらない」~あすなろ物語 井上靖 ~ 初読は中学生の時だったろうか、~じぶんのことのようだ!~僕はドキッとした。あすなろは、「明日は檜になろう」と願い懸命に努力を重ねても檜にはなれない冷酷無情な運命をっ背負った木のことだった。~ひでえ、名前をつけやがって~ 檜にはなれなかった、 右顧左眄してばかりであすなろにもなれなかった、 雑木で終わる狸爺さん。 ありもしない夢をよくみて酒を飲んだもんだ。 夢は夢のまま開きやしなかった。 ~さびしさや花のあたりのあすなろう~~日は花に暮れてさびしやあすなろう~ あすは檜(ひのき)とかや、谷の老木のいへることあり 昨日は夢と過ぎて、 明日はいまだ来らず。 ただ生前一樽の楽しみの外に明日は明日はと言ひ暮して、 終に賢者のそしりをうけぬ。 ~ 松尾芭蕉『笈日記』~( 明日は檜の木になる、と言っている谷の老木がある。酒を飲む楽しみしかない男が、明日は明日はといい続ければ、愚かな奴だと叱責されるだろう) 左顧右眄してきた狸爺さん、身につまされますね、作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.01.08
コメント(0)

凧揚げを行き交う声が応援し初富士の山の湯にいる旗日かな作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.01.03
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1