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昨日よりは気温が低い。とはいえ雪が降らないでくれるので助かる。朝、ごみステーションに行くと殆ど雪が積もっていなかった!スコップを持ったついでに家の玄関前を気持ち(15センチ程度)幅広に整える。雪が降るとせっせとどのお宅も雪かきに余念がないというのにそういう時は殆ど家から出ずにこんな日に雪かきをする。そんなの私くらい… ***************************************ホテルを正面から写したもの。出発の朝、7時半頃。まだまだ薄暗い。2006年1月12日さて、とうとう最終日。6時半起床で水上タクシーに乗り空港へ!9年前と比べてマルコポーロ空港はブティックも充実。随分近代化していた。セキュリティーはこちらも厳しくブーツまで脱がされる。前回も今回と同様エールフランスでパリ乗換えだったのに免税手続きはここで済ませることが出来、とても楽だった。今回は最終出国地つまりパリで手続きをしなくてはならないんだって!不便!私たちには成田行きの接続まで1時間しかない。パリに到着後、空港内を移動。手続きのカウンターはどこに?ここで夫、我を忘れたかのように私を置いてひたすら前進…「始まったぁ~」と思ったけどここで私まで焦ってどうする少し落ち着いてもらうべく夫を捕まえたいと思うのだけど団体の渦に巻き込まれ手も声も届かぬ有様。一度だけ「そっちに行っていいの~~?」と叫ぶ私にひどくイラついた顔で「中にある!」と言う。そんな馬鹿なと思っても夫の姿を追うのが精いっぱい。彼はよりによって日本人の団体さんの集合体に飲まれそのまま手荷物検査を通り抜けてしまった。そこでようやく免税手続きのカウンターは来た道の向こうであることに気づく。そこでふたたび彼は必要書類とパスポート、搭乗券、そして品物と共に1人逆戻り。あと40分しかない!幸いにして(私にとって)15分程度で全て済ませて夫は戻るもいったいどこを通ってここまで戻ったのか思い出せない、というほど切羽詰まったようすだった~そうこうするうち搭乗開始。搭乗口に向かうとなんか変!搭乗口が変更だって…こんなことって日常茶飯事なヨーロッパ。ようやく慣れた頃にお別れ…2006年1月13日 機内泊夕食を済ませてすぐに眠くなったのでいすを倒して休む。でも3時間ほどで目が覚めてしまう。近くの座席に赤ちゃんがいて始終泣き叫んでいたのと旅行中全く痛くなかった奥歯が突然痛み出し歯茎が腫れてきた。頭や関節まで痛くなったので気圧のせいだと思う…じっと、ただ痛みに耐えて目をつぶっていたが眠れなかった。気がつくと4時間も経っていた。飛行機は行きの便のほうが確かに新しい機種だった。帰りの便は座席は半端にしか倒れず体調が悪かったので辛かった。尋ねなくても映画を観る際のリモコン操作を詳しく教えてくれたり(不慣れだと見破られた?)客室乗務員は皆とても感じが良くて親切だった食事の時お魚を頼んだのにお肉がきたり(日本人の乗務員でしたから日本語で言ったの…)紅茶を、と言っているのに華やかな笑顔でコーヒーが運ばれてきたり…夫が薬を飲みたいのでガスなしの水を頼むと常にガス入りだったり。(お薬を飲むのに~?)と、理解に苦しむことも多々あったけど。これはどう解釈してよいのかわからない。いまだかってこんな経験は初めてで…着陸の一時間前に朝食。この頃になって急に眠くなる。ここにきて時差ぼけ開始?成田へは9時20分頃着陸予定。その後羽田に移動し1時過ぎの飛行機で北海道に向かう…遠い。
2006.01.31
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一時的ながら(たぶん今日一日)今日はこの冬一番に気温が高いそう。朝から降ったり止んだりの雪は水分を多く含んでいて除雪をするのが大変そう。というのも私、今週はごみステーション当番だからこんなことも気になる。ななかまどの実がたくさん成るとその冬、雪が多いとも聞いた。そういえばいつもなら今頃は鳥達がやってきて実は食べられた後のはず。まだ、ちゃぁんと付いている。なぜか…これも気になる。今日の昼食は1月11日にヴェネツィアの露店で買ったリゾット用のお米と具が一緒に袋詰めになったものを作ってみた。作り方は記載されてあるもののイタリア語のみで理解不能。仕方がないのでいつものように作ってみるしかない…気になったのは3人前、となっていたこと。2人で食べるには多いかなぁ…と。出来上がってみると我が家の普段の2人前量であった!私たち大食い?!調味料は入っていなかった。スープ(お湯600cc×コンソメチキン固形1個)と塩コショウ、仕上げのバターとチーズで味付けをする。お米は一見日本のお米風なのに粘りがなくもっと大きくふくらむ。約17分でアルデンテに仕上がりお味上々、とても気に入った!もっと買ってくればよかった~ ************************************部屋から見た水上バス乗り場。毎日お世話になりました。とても安くて便利です。寒いのが玉に傷だけど… 2006年1月11日昨日のいやぁな思いはなかったことにして(忘れないけど!)すっきりさわやかに目覚める。今日はヴェネツィア最後の日だから。私って何て大人なんだろう~ 今回の旅で一番遅い(9時半頃)朝食。だけど朝食のレストランは今までで一番混んでいた。せっかくのバカンス、皆早寝早起きなんかしないんだきっと。ホテルを出たのは10時40分頃。今日は予定がないので先日のチョコレート屋さんを探して8日と同じ道をたどる。ついでにサン・ポーロ地区の魚市場にも行ってみようということになった。1時間ほど歩いた頃チョコレート屋さん(VizioVirtu)を発見。先日の女性がいて私たちを覚えていてくれた。チョコレートを12粒購入。持って帰って息子にも食べさせたかったから。その後職人街のような通りでガラスのプレートを展示販売しているお店を見つける。前回の旅でムラーノ島で購入した聖母子のプレートによく似たものもあった。でも値段は低め(40ユーロ位)。プレートに作者名が彫られていなかったのでそのせいかも…記念に7本の蜀台とシャロームという言葉が図柄になったものを購入。そして、その店を出ると私の前にハーブや紅茶を多数扱うお店現る。オイル漬けドライトマトを一瓶購入。こういうものを見つけるとつい…重い上に割れ物ばかり増えてゆくという不安が頭をよぎった頃幸いにして私たちは目的地サン・ポーロ地区の魚市場に到着~ 魚市場はお昼を過ぎていたので片付けの真っ最中だったが野菜やフルーツの一角は活気に満ちていた。お腹が空いたので魚市場の周囲にある何件かのオステリアの中から地元のおじさんたちがひっきりなしに出入りしていた「OSTARIA SORA AL PONTE」を選ぶ。お店のオーナらしきおじさんは人のよさそうな人でひとまず安心。地元のお客はカウンターでグラスいっぱいのお酒で盛大に会話を楽しみさっと退散。そんな感じで次々と入れ替わってゆく。従ってドアはしょっちゅう開閉され入り口付近に座ったのを後悔。とても寒かった!お料理も美味しかったのだけどお料理を運ぶ女の子がとても要領が悪く、おまけに態度もいまいち…あほらしいほど待たされて途中で帰るお客、苦情を言うお客多数。オーナーにお小言を言われていたようだけど…私たちが入った後日本人とめったに会わないヴェネツィアで3組もの日本人旅行者が店に入ってきた。私たちってもしかしてサクラになっちゃった?ごめんなさ~い!ホテルに戻る途中先日ドライポルチーニを買った露店でリゾット用のお米とハーブや具がフリーズドライで一袋に入ったもの(3人前)が売られていてこれには躊躇なく飛びつく!5種類あったので全種類購入。こういうことには無関心な夫もポルチーニのは2つ買えと言う…通りがかった人も次々買っていた。またまた、サクラになっちゃった?3時半頃ホテルに戻り一階のサロン・ド・テにてティラミスとチョコレートのムースを注文、夫と2人で半分づつ分けていただく。美味しかった~!食べてばかり…夕食はひどくがさつで込み合ったリストランテへ。リストランテというには無理ありあり~そこしかなかった… 夕食後はダニエリ(ロンドラパラスの隣)のバーに出かけて閉店時間までカクテル2杯で粘る。ピアノの生演奏や歌もさることながらかってヴェネツィア共和国時代の総督の宮殿だったという建物。う~ん。素晴らしく豪華だった!今回は年末年始の旅行シーズンからははずれていたにもかかわらずヴェネツィアは観光客であふれていた。でも地元の人たちには暇な時期なのだろうな。と、いうのもお休みのお店がとても多くそれも長期休暇中。日本のガイドブックにある定休日等の情報は当てにならないと思った。正反対の情報すらあって、行って見なきゃわからないという始末。2月から3月はカーニバルでまた多くの観光客が押し寄せるヴェネツィアの人たちには今頃は骨休めの時期なのかも。
2006.01.30
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雪は連日降り続き交通事情のこともあり予定は狂ってばかりの1週間だった…少しずつ日が長くなっているのを感じて少しだけ気が楽になったけど。例年通り居間のベンジャミン葉を落とす真っ最中の今日この頃…毎日掃除が大変。いったいどこまで葉を落としたら気が済むのか… *******************************************水上バスを待っていたら横がゴンドリエのたまり場(?)で一艘のゴンドラが動き出した。水面が光って綺麗だった~2006年1月10日今日はゆっくり9時朝食。フルーツをたくさん食べてお腹の調子はとてもいい。午後からムーラーの島にでかける。よって午前中はホテル周辺を散策、のつもりが息子にお土産の約束をしていたのを思い出し買い物に変更。途中手袋屋さんに寄る。何度も前を通っていたが入ったことはなかった。フィレンツェで手袋を1組しか買わなかったことを後悔してここにも入ってみようと思った。同じようなデザインでカシミヤライナー。あちらと殆ど同じ。値段はほんのちょっと高め。皮はしっとりとして指になじみとてもいい。日本人の店員さんがいてそれも大助かり。ロングタイプで黒(旅行中つけていた黒手袋の指に穴があいたので!)とアイボリーを購入。フィレンツェと比較すると縫製はフィレンツェのほうが細かく丁寧に思えた。何はともあれ短い私の指にぴったりなのがある、ということが一番すごいのだ!夫、途中でサンマルコ広場近くのフェラガモブティック隣の銀行で両替をする。彼曰く「ここが今回の旅行中一番レートが良かった」とのこと。ただしパスポートが必要だって。彼はコピーしか持っていなかったのでエラく時間がかかったそう。駅は手数料が高く、ホテルは手数料はないけど一番レートが悪く…結局安全性も含めて考えると成田で両替するのが一番なのだって…私にはわかったようなわからないような話だけど夫が道すがら大声で説明してくれた。お昼はヴェネツィアで3本指に入るというピッツアリアに行く予定にしていた。地図を見ながらやっとそのお店にたどり着くと長期休暇中なのか廃業したのか不明ながらやっていなかった~数日前から私たちの間で「3本指」で通っていたこのお店。とても楽しみにしていたのにがっかり。仕方なくその近くのトラットリアでピザを注文。夫、塩辛いと不満。ゴンドリエたちや地元で働く人たちが利用してるお店みたい…こういうお店も悪くないね。午後2時半頃ムラーノ島へ向かう水上バスに乗る。1人片道3.5ユーロ(前回はホテルに頼んで送り迎えをしてもらった。とても高い!)私たちの滞在先であるロンドラパラスの前の乗り場から約50分。暖房なんてないに違いないとても寒い!私、帽子に手袋、コートにマフラーをぐるぐる巻きこれでもまだ、まだ寒い!ムラーノに近づくにつれちょっと困った…ムラーノ島のどの停留所で降りるべきかわからない。(またしても!)迷っている時間はないので結局モナコへ行ったときと同じように適当な所で降りてしまった。(人の多く降りた所で)それが何と奇遇なことに前回ムラーノへ来た時と同じ地区だった!ムラーノ島は小さくこじんまりとしている。素朴で観光客も少なく私は好き。普通の生活があるなぁ。奇遇は続く。数ヶ月前日本のファッション誌で紹介されたり札幌の大丸藤井で「ムラノ島の若きアーチストの作品展」が開催された折見に行って気になっていたその本人のアトリエ兼ブティックdavidePENSOに偶然入る。店内は狭く工具がたくさん壁からぶら下り作品も同じように、あるいはほんの小スペースの棚に置いてある、といった感じでとても無造作。そして何といってもDevide PENSO氏が~!!店内には彼1人。携帯でおしゃべりしていた。数ヶ月前欲しかったものの今回の旅行があったため断念した真っ赤なガラスのペンダントをついにゲット。それにしても本人から購入できたということこれに勝る思い出があろうか~まるで夫のように浮かれてしまった…その後通りすがりのお店でワイングラスを2個購入。製造販売をしているお店でどちらかといえばモダン。夫はそのグラスがヴェネツィアングラスらしからぬ、といい顔をしなかった。仰々しいものよりは普段使いの色、デザインのほうが良いと思った。こうしてムラーノ島でガラス製品を買う。という目的は無事達成される。帰りの水上バスは頻繁にあったけどここで問題が。ここ、ムラーノ島には乗車券売り場が見当たらない。ただ、停留所があるだけ。そういえばムラーノ島行きの券を買うとき係りのおじさんから「往復?」と聞かれたっけ…つまり…仕方がないので私たちはドキドキしながら無賃乗車をしてしまった。(結果的に)今日は本当に食べ物にはついていない。夕食には2つの候補(店)があったのにどちらもお休みだった!で、ちょっとモダンでお客でにぎわっていたオステリアに入る。前菜はなすのゴルゴンゾーラソース、パスタは平たいパスタとサーモンのクリームソースメインは干鱈のトマトソース煮込み。(生姜スライスが隠し味で和の雰囲気だった)を2人で分けるが、食事中2人は険悪。夫、いつものように周りに気をとられソワソワ…上の空。私の話しなんてまるで聞いてやしない。がっかりで…口も利きたくなくなってしまった。その日はそれっきり…
2006.01.28
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昨日は9日ぶりに穏やかな1日だったが今日はまた朝から雪…こんなに降っていいものだろうか。我が家はbebeがいなくなって以来除雪は玄関前のロードヒーティングに任せきり…例年に比べて運動不足かな… *****************************************フィレンツェのヴェッキオ橋をアルノ川沿いの道路からのぞむ。屋根付き家付きの不思議な橋。アルノ川にかけられたのは1345年。古い!その名もポンテ・ヴェッキオ、古い橋という意味だって…2006年1月9日7時起床。今日は夫が欲しがっていたスエードのコート探しにフィレンツェへ向かう。(約3時間)9年前の前回は1泊で出かけ、またヴェネツィアに戻り荷物を運んだり、ほどいたり、ととても大変だったので次は日帰りにしようと決めていた。サンタ・ルチア駅10時過ぎ発のユーロスターに乗り6時半頃のユーロスターでヴェネツィアへ戻る。どーか無事で戻れますように~!駅は中国人がいっぱい!!今回はホームの変更もなく7分遅れでユーロスターは出発。ユーロスターという呼び名については色々問題(異論?)があるらしい。だけどひとまずここではユーロスターということで…この列車に限らずきっとイタリアでは常識なんだろうけど前回はホームで列車を待っていたら途中、時間が変わり、その後、ホームも変わっていた!ということがあった。大きなトランクを持った家族連れが荷物を持って右往左往…大変だった~乗れたからよかったようなもの…だから今回は手ぶらの日帰りに決定。列車は一等(外国人はこの方が良いと薦めれられた)だったせいか平日だったせいかとても空いていて静か。夫の声だけが大きいのであった。彼は乗り物が大好き。飛行機であれ列車であれ乗り物に乗るとウキウキするらしい…列車内で飲み物とお菓子のサービスがある。食堂車もあり評判がとてもいいらしいお昼は混雑。残念ながら利用しなかった~13時21分フィレンツェのサンタ・マリア・ノベッラ駅に到着。お腹が空いたので駅近くの「La Dantesca」というお店にはいる。混んでいたけどいまいち…ユーロスターの食堂車を試してみたほうが良かったかも。花の聖母教会は本当に美しい!前回は中を見学、後方のドゥオモの上まで息子達と3人で登ったのがとても良い思い出。ドゥオモの天井画にはひきつけられた…確かその時、夫は別行動。アウトレット店めぐりをしていたのだった!今回もお買い物目的。ウフィッツィ美術館を横目に目的のブティックに向かう。(前回ウフィッツィに行ったときは入館のためのすごい行列が何列も連なっていたが今回はゼロ。もしかしてお休みだったのかも?前回は前もってホテルのコンシェルジュにウフィッツィ入館の時間予約を頼んでおいたためすぐに入ることが出来た。これは是非お勧め。)夫、目的のお店は月曜休業日。お休みのお店がとても目立った。わかってはいたのに何で来たのかな?今日…午後は3時半からというお店もかなりあり。お目当ての皮手袋屋さん「Madova」は営業中。私の小さくおまけに短い指にも合うロンググローブ発見。日本でもなかなかこのサイズはお目にかからない…コートに合わせてこげ茶を一組購入。(なぜかまとめ買いしなかった!後悔)裏はカシミアでとても暖かく作りも丁寧だった。お店は狭く壁一面の棚が手袋で埋め尽くされている。日本人の若い女性が楽しげに手袋を選んでいた。ここフィレンツェは日本人観光客非常に多し!右を向いても左を向いても日本人に出会う。ここでは日本人健在。9年前、歩き疲れて子供たちとここでアイスクリームを食べたアルノ川沿いのお店がまだあった!懐かしかった~フィレンツェは寒くて風が強かった。長く歩いて辛くなったので途中「Da Scudieri」というお店に入りカフェ・コン・パンナを注文。カップにほんの少しのコーヒーと山盛り生クリームが入っていてスプーンですくって生クリームを食べるのだと列車の中で本を読んで知った。殆ど普段コーヒーを飲まない私、知りませんでした~食べてみたかったのでチャンスに恵まれよかった!ここで夫、トイレを借りるがレジで鍵を借りてトイレのドアの鍵を開けて使うというシステム。驚いた…トイレはとても綺麗だったそう。そうでしょうね~幸いなことに帰りの列車の時刻も迫った頃夫、スエードならぬムートンのコートを見つける。小柄な彼にもぴったりのサイズで本当についていたと思う。見つかって良かった~その後サンタ・マリア・ノベッラ駅から18時39分発のユーロスターでヴェネツィアへもどる。今回は12分遅れ。ホームは発車予定の5分前まで表示されず時刻表(あの機械のことを何と呼ぶのか…名前を知らない)の前には大勢の人だかり。私と夫はその最前列で上を見上げていた。私たちの乗る列車よりあとの列車のホームが次々と表示される中「何でいつまでも決まらないの~?」とぼやいていたら「出た~!」振り向くとあの人だかりはいっせいにホームへと消えていった…どうやら皆同じ列車に乗る人たちだったらしい。結果的に時間が遅れただけで今回はホーム変更も時間変更もなかった。ということ?ヴェネツィア、サンタ・ルチア駅へは21時40分着。水上バスでホテルに戻りホテル裏のトラットリアで夕食。お店は11時までだったので大急ぎで済ませる。ルームサービスにすればよかったかも…
2006.01.26
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今日も空は厚~く灰色。ただし昨日よりはましかな?時差ぼけの影響も薄れなにもかも普段の生活に…荷物の片付けも私はすっかり完了(夫はまだ!)。ただし、脳はまだ旅行の影響色濃いのかヨーロッパな夢を見る日々…**************************************ヴェネツィアは連日好天だった!朝目覚めるとバルコニーの窓を開ける。気分爽快!毎朝こんなお日様に会えるのが嬉しかった~2006年1月8日 晴れヴェネツィアの朝食はビュッフェ形式で数種のフルーツ、私の必需品プルーン、ヨーグルトのほか焼き菓子数種、チーズ、ハム、パンシャンパン(?)にミネラルウォーター各種という具合。夫、喜ぶ。お陰でお腹もすっきり…私、病が癒えたかのように元気になる。朝食後、外に出て9年前の路を(夫の)記憶を頼りに歩く。私は途中「以前ここを歩いたような…」と、いう程度の記憶、夫の記憶力は古いものほど健在なのであった!(助かる…)以前、なかったお店も発見した。ヴェネツィアは昔ながらのちょっとアンティ-クなお店が多い中小さいながらすっきり今風なショコラティエがサン・ポーロ地区にあった。VizioVirtuというお店。若い女性が一人。彼女が作っているのな?お勧めを聞くと「全部」だって…そうだよね~試しに6粒選んでホテルでおやつにした。これが!素朴な味じゃぁなかった。あまりに意外でお土産に持ち帰りたいほど。リアルト方面の市場でセミ・ドライトマトとドライポルチーニ(200g1400円位)を購入。9年前ここでイチゴを買って息子達と食べながら歩いたっけ…懐かしい。その後カーニバル用の仮面などを作っているお店で太陽の枠に入った鏡を2枚購入。(仮面は怖いけど鏡は好き!時に、鏡に映った自分が怖いこともあるけど…)昼食はピッツアリア「Bola Bola」で。とにかくピッツアが食べたかったのでくじを引くような気持ち。入り口に数人のおじさんたちがたむろしてタバコを吸っていた。なんか怖~い。後になってわかったこと。殆どの食事処は禁煙なので喫煙家達は店の外で吸うしかないのだった。なぁ~んだ!「BolaBola」は小さなお店で隣のテーブルとは3cm程度の距離でぎゅうぎゅうだった!ピッツアは薄くて私好みくじは当たり。午後、一度部屋に戻り荷物を置く。サンタ・ルチア駅に水上バスで向かう。明日、フィレンツェに出かけたかったので切符を買いに。切符を買う人の列が長いと何時間もかかると聞いていたのに列は数人であっけなく買えてしまった。往復の水上バスに乗っている時間の方が長いのだった(往復で50分)。水上バスでサン・マルコ方面に向かうが寒いのなんのって我慢できずリアルト周辺の駅で降りて、歩いてホテルに戻ることにした。変な話だけど歩いた方が楽なほど水上バスは寒かったのだ~サン・マルコ周辺は午前中とは打って変わって、すごい人ごみだった!狭い路地では前へ進めず見えるは人の頭のみ…イタリアでは州ごとにバーゲンの日取りが決められていて今年は7日から。そのせい…どのブランドもセールが始まり人が押し寄せ人数制限するお店も。日本人の好きな有名ブランドなどは日本の半値以下だったと思う。こちらも中国人がすごく多かった~夕食はホテル近くのトラットリアで。外国人観光客でごった返していた。そうじゃないところへ行きたい…でも狭いヴェネツィア、それは無理かも。それに疲れた~アボカドと小エビのサラダ、ムール貝のバター蒸し(夫のお気に入り。イタリアでもやはり食べたいのね!)魚介類のパスタと手長えびのグリルを二人で分ける。その上、デザートも注文。なにしろお腹がすっきりしたものだから…お店が食後酒のレモンチェッロ(レモンのリキュール)をサービスしてくれた。あれ?うちにもあったような…美味しかった!ホテルに戻る道、お昼の「Bola Bola」で夫が言葉を交わしたフランス人の若者達とばったり!お互い、異国で(ほんのちょっととはいえ)顔見知りに再度出会いとても嬉しく、夕食をたくさん食べたかどうか等、そんなたあいの無い会話だったけど豊かな気分になったのだった…夫、本日は上機嫌。助かった~ヴェネツィアとは相性がいいらしい…
2006.01.24
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昨日の日曜日は久々にいいお天気だった。それも一日限り。今日は朝から雪、雪、雪。高速道路は通行止め…ああ…また逆戻り。今日のお昼はサン・ポールで買ったフランス産オリーブオイルとヴェネツィアの市場で買ってきたセミドライトマトを使ってスパゲッティ!こくと甘みがあってほんのり塩味…生トマトの代用ではなく別の食材だなぁ~と思った。もっと買ってくればと、また後悔!悲しいけど欲は尽きない・・・ ***************************************ヴェネツィアに着いたときは感動!前回、また来れることを祈って離れたこの土地に9年ぶりに降り立ったのだから…好きな国はたくさんあるけどやはりここは特別。2006年1月7日 晴れ時々曇りニースは年間90日程度しか雨が降らないとか…なるほど今日もお天気はまずまず。とうとう今日ニースを離れヴェネツィアへ向かう。エール・フランス利用のため面倒なことにいったんニース・コート・ダ・ズュール空港からパリ・シャルル・ド・ゴール空港へ戻りそこからヴェネツィアのマルコ・ポーロ空港へと向かう。旅行の後半が始まる。7日目の便秘…恐るべし私のお腹。食べたものはどこへ?お腹が空かないので朝食はルームサービスで紅茶、オレンジジュースフルーツの角切りを注文。買い置きしてあったヨーグルトにのせていただく。 空港には(ニース)2時間前に到着。二度と訪れないかもしれないニースが名残惜しく(日記でまで言い訳してる!)さっそく買い物に走る。ドライトマトのペースト・オリーブオイル漬け、アイオリソースの瓶詰め、粒マスタードにバジルペーストの瓶詰め。初めて見るラベルを見つけるとつい欲しくなる…主婦は悲しい。たぶんお味は違うでしょう。これでもかなり控え目。チーズも欲しかった。こんなことをしてる間に直前になって搭乗口が変更になったり油断ならず…ヴェネツィアに着いたのは 午後5時10分。外はもう暗かった。以前来たときと比べて空港は広くモダンになっていた。前回は荷物を受け取ったらすぐ水上タクシー乗り場だったような…今回は教えてもらった水上タクシー乗り場に向かうもあまりにも遠く街灯もまばら…そこでやっと、違う方向に迷い込んだと気づく。そこは駐車場だった!夫、ここでまたキレる!慌てた挙句カートを無理やり引き回しトランクごと歩道から道路に転げ落ちたのを放り出し、血相を変え乗り場探し。(こんなことでキレるなよなぁ~いちいち…)と妻思う。口は悪くても本音だから仕方がないもんね…放り出された私(トランクと同類と見なされた?)馬鹿に重いトランクをカートに引きずり上げ、カートを歩道に戻す。一苦労だった。ちょっとしたハプニングに冷静な状況判断が出来ず率先してパニックになる夫に人生預けて大丈夫なのか?ふと、頭をよぎったこと・・・(夫のパニックと言う)苦労の末、宿泊先のロンドラ・パラスに着いたのは午後6時半。部屋はグラン・カナルに面していてウオーキングクローゼット付き!フランスより室内は暖かいのも嬉しい。部屋に荷物を置き夕食に出かける。夕食は近くのトラットリアで。味は濃い目だったが気楽でにぎやかなお店だった。夫はご機嫌回復。私は駐車場での夫が目の前にチラチラ…笑顔でいても回復不能。今回のヴェネツィアは前回と比べてちょっと寂しい印象を受けた。観光客で相変わらず賑わっていたのに日本人をほとんど見かけないせい?一方、中国人はものすご~く多かった!ほんとにほんとに多かった!以前の日本人観光客と逆転してしまったようだ。ニース同様、ここもまたひどく寒い。ニースは海に面している所は暖かく山側ほど寒かった。ここは逆。
2006.01.23
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今日も降っている!私にとっては一週間で一番ほっとする土曜日。本当によく降ること…気温はずうっと-5~-7℃というところ。帰宅して1週間が過ぎ、時差ぼけも回復、と昨日までは思っていたでも、今日はそう言いきれず。私自身がダレているのかも… **************************************これがシャトー・エザのあるエズ・ヴィラージュの全貌。右上のほんのちょっとなだらかな所がホテル。旗が立っている(見にくい…)左の頂上(切り立った断崖のような)がJardin Exotique。毎日このふもとから上へ歩いてホテルへ戻る。2006年1月6日 ニース晴れ/モナコ曇り喉は少し楽。頭痛おさまったものの声ががらがら…そして6日目の便秘。(きっとストレスのせい)朝8時40分。夫、トイレに引きこもり状態続く。あれほど長くトイレにいられる人を私は知らない…私はあと何日も日本に帰ることも出来ない?もう、うんざりだぁ!25年以上も付き合ってきた私…すごいな~えらい!私って…10時も過ぎた頃、夫、何にもなかったかのように「まだ用意できないの~?」とやってくる。「な…何だ…と?」と思ったけれどぐっとこらえる。ますますえらい!昨日のケーキに一昨日買ってあったヨーグルトにコーヒーとオレンジジュースをルームサービスで注文、ブランチとする。 今日はニース最後の日。エズ村ふもとのバス停にはモナコ行きのバスが止まるそう。それに乗ってモナコへ行ってみようということになった。何の下準備もなしに思いつき。バスはモナコまで約20分で私たちを運んでくれる、はず。バスに乗って気づいた…どこで降りるべきか私たちは知らない。夫は運転手さんに「これはモナコ行き?」と、尋ねるとモナコの先まで行くそうな…困った!こちらのバスは「次は○○に停車します」なんてことは教えてくれない。自分がどこで降りるのか知らないなんてもってのほか…でも、安全な冒険と言えなくもないこういうのって私大好き!「適当な所で降りよう」(それしかない)バスは崖っぷちを走り山を一つ越えた頃ちょっとしたにぎやかな街に出たこれがモナコかなぁと、思ったけどモナコのどこで降りればいいのかモナコのどこに行きたいのか自分達の事ながら皆目不明。人がたくさん降りるところで降りようと決める。バスを降りるとそこは坂の街。細い道路がくねくねと…とにかく下へ下へと向かう。だって港があるはずだもんね。ここはモナコに違いない。とりあえず大公宮殿を目指す。 モナコは海に面した山肌に所狭しと建物が建ち並んでいる。港を見ると港が小さ過ぎるのかヨットが大きいのかわからなくなる。どちらもホント。 地図を見ながら歩くと気が付けばもうそこにいるという感じの小さなモナコ。目指す大公宮殿は写真中央上に。この広い階段は長く宮殿まで続きそこからは下へ細い小路が何本も海の方へ向かう。大公宮殿の一角ではナポレオンゆかりの品々が展示してあった。グレース公妃が結婚式を挙げた教会を外から見学。(お葬式の最中だった)ショコラティエでお茶を飲み大きなチョコレートケーキをいただく故レーニエ大公のクラシックカーコレクションの展示施設を見学、ざっとこんなもの?が、大変なのはここから。夕食を予約してあったニースのヴィル・フランシュのレストランに向かうため今度は海沿いをニースに向かうバスに乗らなくてはならない。しかしそのバス停が見つからず…1時間は探し歩く。夫、例によって怒り狂う。地図が読みにくい!とか誰に聞いても知らないと言われた~とか(知らないんだもんしょうがないじゃない)私に八つ当たりしてもね。迷惑なのよ…日も暮れてきた…そこへ、とても親切なスクーターに乗ったおじさん登場!バス停の場所を教えてくれた。その方向へひたすら向かう私たちを後から追ってきてさらに詳しく教えてくれる。地獄で仏だった!ありがとうおじさん~夫、感激しておじさんの両手を取ってお礼を言う。夫も人の良いおじさんに豹変…バス停はすぐ見つかりバス待ちの人が次々集まってきた。皆、同じバスを待っているみたい。ところが何台ものニース行きバスが素通り。満員だと停車しないらしい。結局は1時間以上待ち続ける。道路はすごい渋滞。不安になった…最初はバスが素通りしても平然と談笑していたバス待ちの人々もしだいに口数が少なくなり…やっと止まったバスはぎゅうぎゅう詰めで皆立っていたけどそれは問題じゃなかった。外はすでに真っ暗になっていた。問題は次から次へ降りかかる。私たちの降りる場所って…アナウンスなし。あったとしてもバス停名を知らず外の景色を当てにしたくても真っ暗で何も見えなかった!大変~夫バスの中でピリピリ…「ビル・ブランシュだよね」と何度も尋ねる。「いーや。ヴィル・フランシュ」何度も答える。またまた何度も尋ねる。「ビル・ブランシュだっけ?」この繰り返し…小さな街角に来ると少し明るかったので昨日昼間見たジャン・コクトーの教会の名前が書かれた道しるべを見つけた。「きっとここだよ」とバスを降りる。現在位置がわからず夫はイライラ病…私も疲れてきたので石畳の上に大の字になって「ばかやろぅ~!!」と怒鳴りたくなった。やらなかったけど…そこから下へ下へ向かうと(真っ暗で人気がなく怖かった~)一昨日歩いたヴィル・フランシュの旧市街!何のことはない時間通りにレストランに到着。一昨日の女性ドライバーが地元の人に評判の良いレストランなのだと教えてくれた次々とお客が訪れ、とても活気があった。オーナーとお客は皆顔見知りのようで新年の挨拶を交わしていた。お料理も悪くなかったし何よりニース最後の夜がホテルの部屋で夕食無し、なんてことにならなくてよかったのだ~!
2006.01.21
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今日は二十四節気の大寒だって!朝から陽が差してここ数日より随分暖かく感じる。(ただし家の中)光があるだけで気分が違うなんてげんきんなものだな。朝、ちゃんと目覚めるようになったところをみると時差ぼけは回復したのかもなんて思ったのもつかの間昨夜、お正月の留守中録画していた「古畑任三郎」の第一話を観ていた私たち夫婦、揃って居眠りしていたからまだまだ!だった。結局2人とも殺人が起きた所までしか覚えていない。今夜また観直し。帰宅して以来胃が痛くて薬を飲んでも一向に良くならない。ヨーロッパは私にとって以前よりさらに遠くなってしまった… *******************************************腰の高さまであるような大きなコンテナがエズ村のあちこちに。口の所まで土がびっしり入っているようだった。植えてあったものは様々。2006年1月5日 晴れヴィルフランシュ(ニース)観光のため。今日は今まで一番の早起きをする。ニース市内のホテルでガイドさんと9時に待ち合わせをしていた。朝食後下のタクシー乗り場へ。でもタクシーは来ていない…8時15分に予約したのに…と夫。ほどなく焦り、いらいら癖が沸きあがってきたか「もう今日は中止!!」発言飛び出す。「まぁまぁ…」となだめても「だって云々~」と始まる。私に訴えてもしょうがないよ八つ当たりしないで…これだから疲れてしまう。私って大変…夫、昨夜タクシーを頼んだフロントの男の子が頼りなげだったとブツブツ。8時半、昨夜ココ・ビーチに送ってくれたタクシーが到着。運転手いわく「言われた時間に来た」。やけに愛想よく今日はおしゃべり。昨日のブイヤベースの味はどうだったか夫のフランス語が上手だ、どこで勉強したのかと尋ね自分はポルトガル語フランス語が話せる。両親がポルトガル人とフランス人だから(そりゃそうでしょう~)英語は世界共通絶対必要!など等、この人こんなにおしゃべりだったの?と驚く反面遅刻の件は怪しいような気が。おかしなことに彼がこの時これらのことをフランス語で話していたのか英語で話していたのか、今どうしても思い出せない。不思議だ…約束の時間ぎりぎりにホテル前に到着。程なくフランス人の40代(位)のフランス人女性がやってきて流暢な日本語で「○○さんですか今日のドライバーの○○です」と話しかけてきた。彼女がガイド兼ドライバーかと思いきやガイドは日本人男性(在仏27年)だった。小型バスで各ホテルを回りお客さんを拾い市内観光へ、と聞いていたが何と今日もお客は私たち2人だけ。ここで南仏に着いて以来疑問に思っていたことを尋ねてみた。今までどこでも日本人はあちこちで見かけたのに今回の旅ではほとんど会うことがない。お正月休み明けのせいかな~と夫と不思議がっていたので。尋ねるとお二人とも「どうしてなんでしょう私たちも知りたい!」と身を乗り出しておっしゃる。2002年頃までは日本人は大挙して押し寄せたのにピタッと来なくなったと…「年末からの暴動のせいかなぁ」と皆考え込んでしまった。一昨日のガイドのIさんも暴動は移民の多く住む一部の地域で起こっているだけ、というような事をおっしゃっていたけど…とても気の毒だった。ニース観光にはシャガール美術館も含まれていてとても楽しみにしていたのに春まで改装のため閉館とのこと。代わりにボザール美術館へ。ガイドさんはほとんどの絵を一つずつ丁寧に解説してくださった。フラゴナール、ドガ、シスレー、デュフィー(初めて実物を観て嬉しかった!)の作品やロダンの彫刻などじっくり鑑賞。その後ヴィル・フランシュ・スュル・・メールへ。ここは小さなとてもいい港町だった!ニースが今の中心地に移る200年ほど前までここがニースの中心だったそう。相次ぐ敵の襲来に嫌気がさして住人が移ってしまったらしい。ここにも旧市街があり、旧市街好きの私はこの道しるべにつられて「暗い道」(敵が押し寄せた時住民はこう呼ばれる、まさしく暗い道を通って城壁の中へ逃げ込んだそう)へ。旧市街を通って城壁の中(現市役所)を歩き、最後にコクトーの描いた壁画のある教会へ。とっても小さな教会ながらインパクト大!前衛的というか何というか…夫はとても気に入ったようだった。マチスの教会とは対照的な迫力のある壁画だった!ここに来れてよかった~と思う。その後ロシア正教会を見学後現旧市街で解散。美味しいレストランを教えてもらいその前でバスを降ろしてもらう。とってもいい方々だった~。タイミングの良いことに教えていただいたレストランは本で見て行ってみたいと思っていたお店「ラ・メランダ」。狭い店内にお客さんがびっしり!隣のテーブルと5センチも離れていないほどぎゅうぎゅう詰め。30分後に予約を取り近くのギャラリーラファイエットなどをぶらついて時間をつぶす。お味は大満足!ムール貝のバター蒸し煮(の様なもの)これは夫がいたくお気に入り。以後どこへ行ってもメニューでこれを探すことに…モッツアレラのサラダ、平たいパスタ(タリアテッレって言った?)のジェノバ風ソースの3皿を2人で分ける。その後エズ方面行きバスの始発駅向けて歩き始める。途中、早道を探して横道に入るとごく普通のケーキ屋さんが…メランダでデザートのケーキは一皿ずつ(デザートだけは各自一皿)食べたというのに…一人1個ずつ選んで大切にホテルまで持ち帰る。ここまではルンルン気分♪だった。南仏ニースにはこんな突拍子もないものが・・・この不思議な建物は図書館だって!さすがフランスなのだ~ 部屋へもどったころ体は冷え切って寒気が…頭痛が~また浴室に篭る。前日からひりひりしていた喉を見ると左上あごからサイドにかけて出血しているように真っ赤で腫れていた!どうしてこんなになっちゃったのかな。夫に診てもらうと喉の傷が炎症を起こしたのだろうって薬をもらって飲む。水を飲むのも大変。12月からこのわずかな間に具合が悪くなったのは3回目なんてこと…夫は私の知らぬ間に世界各地で使えるという携帯を香港で(5月の?)購入していたらしい。それをこの度初めて私に見せて「うまくいかない」のだという。何とかせぃと言わんばかり。ま、まさか…私に何か出来ると期待してた!?「今は成田で簡単にレンタルできるのに…」この一言が癇に障ったのかな急に不機嫌に…ふて寝を決め込む。私は具合が悪くてもう、勘弁してよ~な、気分。とても付き合う気力なし。お風呂に入ってさっさと着替える。よって、夕食抜き。こんなことってあり?旅行に来たこと後悔。
2006.01.20
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時々陽が差すことはあっても空は灰色のまま、雪は今日も降り続き気温も低い~今日もまた陸空ダイヤの乱れは相次ぎ北海道は散々… ***************************************エズ村は小さいながらあちらにもこちらにも細い通路がたくさん!5日の滞在でくまなく歩けたかどうか疑問。もっと歩くべきだった~2006年1月4日 今日も晴れ。昨日と同時刻に部屋を出て下のポーター詰め所に向かう。ちょうど階段を下りたところで「○○さんですかぁ~いやぁどうも、どうもおっはようございまぁす!フィリップでぇす!」と元気炸裂のフランス人男性あらわる!今日のガイドさんも日本人とばかり思いこんでいたので、びっくり…また、その日本語の流暢なこと。彼は基本的日本語だけを勉強し日本に赴き仕事のために5年間暮らしたそう。どうりで…語学をダラダラ長く学んだところで全く使い物にならない自分と比較すると情けなくなってしまった…当然、彼とは完全日本語のみの会話となる。今考えると惜しいことをした…彼の運転で香水の街グラースへ向かう。(40~50分程度)グラースは片田舎の小さな街だった。昨日のサンポールやカーニュのような歴史の面影が残る町ではないけれど生活感にあふれていた。私たちの目的はガリマール社の香水の調香体験だった。有名なフラゴナール社もこの街で創業、そういえばエズ村に工場とブティックがあった。ガリマール社の明るくおしゃれなショップの奥にたくさんの瓶の並んだ机が整然と並んでいた。そこに案内されいよいよ調香開始。今日も私たち2人だけ。日本語のできる優しい女性(フランス人)の調香師がつききりで指導してくれる。香水のトップノート(15分)ミドルノート(2時間)ラストノート(半日持続あるいは残り香)の説明を受けたあと、まずラストノートの香りを選ぶことから開始。多くの瓶の中から自分の好きな香りを3つ選ぶ。これがなかなか大変な作業だった。香りが充満している室内で瓶に鼻を近づけ好きな香りを選ぶといってもどれがどの香りかわからないほど強烈でそれがミドルノート、ラストノートまで6~7回繰り返される。そうして瓶詰めまで約2時間。鼻がお馬鹿さんになってしまった~お昼にはホテルにもどる。あの部屋の香りが私についてきてしまったみたい。くらくらする~出来上がった香水には好きな名前をつけてそのラベルの貼られた瓶を持ち帰った。(100ml)2週間寝かせた後使うようにとのこと。気に入れば再注文可能でボディクリームやシャワージェルも作って送ってくれるそう。すご~い!だけど私は夫が作った香水のほうが好きだった~なかなかうまくゆかないものだ。好きな香りだけ集めても好きな香りになるとは限らないのね。ちなみに私の選んだ香りの元になったのはフルーツと花の香り。でも私は甘い香りが好きじゃない…寒くて疲れも感じたので昼食はルームサービスでエザ風クラブサンドとフレッシュジュース、コーヒーを注文する。こちらでの1人前量に恐れをなしていた私たちはクラブサンドも一人前しか注文しなかった…これは失敗。確かにボリュームがあったが素晴らしく美味しかった!2つ頼めばよかった~と後悔するほど。その後40分ほどソファでウトウト…午後4時半エズ村最頂上にあるジャルダンエキゾチック(Jardin Exotique)に向かう。直訳すると異国風庭園?つまりはサボテンなどの多肉植物を集めた庭であるらしい。かなり有名みたい…ところがここにたどり着くまでどこをどういったらよいのか非常に苦労した。狭いエズヴィラージュで迷うとは…でも教会を発見、内部を見学結構見るところがあるのだった。目的のジャルダンエキゾチックの入り口にたどり着いたのはあと5分で閉館という時。寄り道し過ぎた!とりあえず一通り見なくちゃと、息を切らして上へ上へと登る。しかし…巨大サボテンもさることながら地中海に日が沈むこの様子ほど素晴らしいものがあろうか!なんて美しいんだろう!!夕食はニースの海沿い(崖っぷち)にある「ココ・ビーチ」へ。昨日のガイドさんが教えてくれたお店。ブイヤベースが有名らしい。美味しかった~ブイヤベースがテーブルに運ばれる前に夫が生牡蠣を注文。お店の男性、ブイヤベースは量が多いので生牡蠣は控えた方が…と忠告してくれた。素直な夫は忠告に従い?6ヶだけ注文。しかし…例え牡蠣がなくてもブイヤベースを食べ切るのは無理だった!と思う。
2006.01.19
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今日も朝から雪。午後からはさらに強くなるらしい気温も予報では-8℃くらいまで下がるそう…よく降るなぁ~ *************************************最初に訪れたサンポールの町。大きなオリーブの木!9:00AMポーター詰め所にてリビエラ観光のIさんと待ち合わせ。(昨夜は入浴後あっという間に熟睡)今日はサンポール、ヴァンス、カーニュ観光へ向かう。リビエラ観光のことはネットで知った。日本人運転手兼ガイドという安心感もあって申し込んだけど会うまではとっても不安。でも不安はあちらも同じことだろうなぁ~これから見知らぬ日本人と4時間も付き合うんだもの…私達以外にもお客さんはいるのかな~頭に浮かんだことを何気な~く口にすると夫は「そんなことは知らない!僕はただ申し込んだだけ!」と強い口調。さぁ始まった…朝っぱらから何でしょう辛抱辛抱…緊張すると彼はしばしばこうなる。こうして白馬に乗った王子様の幻想(妄想)は○十年かけ薄れ消えてゆくのか…楽しい1日のため…瞬時に頭の中を掃き清めIさんとご対面。とても感じのよい落ち着いた方で在仏25年。仕事の関係上フランス国籍も取得ですって。彼の運転でまずはサンポールへ向かう。(40分くらい?)お客は私達2人だけ。サンポールは昔の城塞都市で私達の滞在しているエズ村が鷲ノ巣村と呼ばれているのに対して鳩ノ巣村と呼ばれているらしい。にもかかわらず日本のガイド本にはエズもサンポールも同様に鷲ノ巣村と紹介されているので勘違いされていらっしゃる方が多く訂正して欲しいものだとおっしゃっていた。サンポールには良質の水源があるのか町のあちこちにこんな風に湧き水が流れている。町の人たちは水など買わずにペットボトルを持って汲みにくるそう。なるほど~ここは本当に静かな田舎町という感じ。一方でフランスの有名な俳優や文化人の集まる村でもあり芸術家達のアトリエも点在、そこで彼らの作品も購入できる私はフランス産のオリーブオイル(缶)を購入。主婦はついこういうものに目が行く…シャガールのお墓にも立ち寄る。近くの小学校の壁には彼の絵が描かれているとか。本物のシャガールを毎日目にして生活する子供たちってなんて幸せなんだろう。でも彼らにはごく当たり前のこと…校庭で子供たちが遊んでいる声が聞こえた。次に向かったのはヴァンスのロザリオ教会。ここはマチスが4年の歳月を費やして作ったといわれる教会。内部は写真撮影禁止なので外側の壁の一部しか写せなかった。病床にあったマチスを献身的に看病した女性が神に献身することになり彼女への感謝の気持ちがこの教会にかかわるきっかけになったとか。ガイドのIさんは雑誌の取材でその女性に電話でインタビューの仕事をしたことがあると話してくださった。残念ながら彼女は去年なくなったとか…シンプルで斬新、明るく南仏のイメージそのものの内部はステンドグラス、照明器具、壁画その他…全てをマチスがデザイン。心洗われるようなすがすがしい気持ちになった。すっかり感激している私をよそに夫はここが今日訪れた中で一番つまらなかったというから人の感じ方や興味のあるなしでこうも違うものかと驚く…そしてこれ、カーニュで私はこんな壁にも出会った。なんて素敵なんだろう…でも日本ではまねできそうにない。この壁にはブドウが這わせてあってそのブドウはレーズンのように干しあがったまま下がっていた。絵になる… カーニュ旧市街を散策。どこに行っても旧市街には魅了される。でも坂、石畳の細い道、お年寄りには大変だろうなぁと思ったのだった。ここではただ1人の観光客にも出会わなかった。お土産物屋さんもなにもなく住人だけが行き交う村。木の剪定をしていたり修理をしているおじさん。お買い物にお出かけ?のおばぁさん、村人は当然のように(まるでご近所の顔見知りのように)通りすがりの私達に「bonjour!」とあいさつして通り過ぎる。いい町だなぁ~と思った! 帰路、ガイドのIさんにニースの美味しいレストランを教えてもらう。というのもシャトーエザのレストランは今日と明日の2日間休業だという。助かったような気分と同時に困っていたので助かった。エズ村にもどりふもとの小さなレストランで昼食をとることにした。観光客やエズ村の滞在者達でにぎわっていた。郷土料理だという干し鱈と野菜の煮込みを注文。とってもとっても待たされる。こんなに混むことはないのだろうか?と思った…けどお味は悪くなくって家庭料理という感じ。デザートのアップルタルト、これもまた美味しくてレシピを教えて欲しいほど。私は好きだった!ただし欠点が唯一つ、これはここに限らずどこでも似たり寄ったりだったのだけど寒くて寒くてコートにマフラー手袋をしていたいほどだったということ。南仏は冬でも青空でお日様が出ていても気温は0度~2度くらい。とってもとっても寒いのだ!なのに暖房らしい暖房がなかったりする。私は寒くて寒くて落ち着かなかった…ホテルの部屋にしても然り。暖かいのは浴室のみで他の部屋はじっとしているには寒すぎたもの。私はしばしば浴室に篭るはめに…午後6時バス(一人1,3ユーロ、タクシーだと40~45ユーロだった!)でニースへ向かう。ニースへは20分程度。とても便利だ。ただ…猛スピードでガードレールもないような崖っぷちを走るので毎回気が気じゃなかった!Iさんから教えてもらったレストラン「ボッカチオ」はすぐに見つかる。ちなみにボッカチオは1300年代イタリアの作家の名前らしい。つまりこのお店はイタリアン。とても活気のあるお店でお味も悪くなかったけど3皿注文し二人で分け合ったのに食べ切れなかった!多すぎる…明日以降、食事の際どのような注文にすべきか考え込んでしまう。私はパエリア、夫は生牡蠣、とそれぞれ人が食べているのを見て「あれが食べたかった~」子供な夫婦であった…
2006.01.18
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深々と雪が降り、車の通る音も人の足音も吸収してしまうのかな…たしかに言い訳ながら時差ぼけの続く私まだ朝、普通に目覚めることが出来ない。昨夜は熟睡。クリーニング屋さんの鳴らすインターホンで飛び起きる。何が何だかわからない今何時?ここはどこ?これはいつまで続くのかな。 ******************************************ホテルの部屋の一つにはこんな素敵なステンドグラスがはめ込まれていた。ひび割れがあって隙間風が入り外の声がすぐそこに聞こえる。これもまたここならではのことでそれなりに味があったな~2006年1月2日午前4時25分パリ、シャルル・ド・ゴール(2)空港に40分後れで飛行機は着陸。Nice便への乗継ぎまでには4時間もあったので待ち時間が短くなって助かった!そしてこんな時こそビジネスラウンジを利用できたのは大いに救われる思いだった!空港はまだ活動前…という感じ。ラウンジも私達以外に人はまばら2~3人というところ?ちょうど24時間前の今頃、私達は千歳空港にいたんだった…まだ私達は目的地に到着していない。はぁ~長いなぁ…フランスに着いたはいいけれどまだフランス語らしきものは口にしていない。Bonjourくらい?それもトイレから出会いがしらにお掃除の(何と)おじさんと鉢合わせ、このとき交わした言葉がこれ。ラウンジでインターネットを試みるも出来なかった~8時過ぎ、ようやく外が薄明るくなり始める。成田を出たときたくさんいたはずの日本人旅行者はほとんど見かけることがなくなった。みんなどこへ?シャルル・ド・ゴールで入国審査、厳重なセキュリティー(毎回靴まで脱がされた!男性はベルトも)検査ののちやっと搭乗するも飛行機はなかなか飛ばず30分以上は軽~く遅れてNiceに向かう。Nice着は午前9時。(一時間強のフライト)初めての南フランス!ああ…(感激)でも疲れた↓ターンテーブルからの荷物を待っていた時フランス人の女の子に声をかけられる同時刻到着した便がオルリーからとシャルル・ド・ゴールからの2便だったのでどちらのターンテーブルがオルリーからのなのかと私に尋ねてきたのに「これはシャルル・ド・ゴールからでオルリーのはあっちよ」と日本語で答える。自己嫌悪…荷物が重いのでチェックインは無理としてもまずはホテルに荷物を預けることに決めエズ・ヴィラージュ(エズ村)に向かう。「タクシー代が高い!」「ボラれた?」と夫プリプリ。が、しかしこの際仕方ないと私は思うのだけど。宿泊先のシャトー・エザは山の頂上付近にあるので車では行けずふもとで車を降りそこのポーター詰め所に荷物を預ける。助かった~!!バスに乗ってニース旧市街に向かおうとバス停で待つ。ラッキーなことにバスは間もなく来そう。ニースまで20分くらいだって☆「あ~来たよ♪来たよバスが!」お向かいのバス停に…間抜けな私達、逆方向のモナコ方面行きバス停でバスを待っていたのだった…バスは私達の前を素通り、お向かいのお客を乗せニース方面に去っていった…呆気にとられて見送る私達。こんな笑える出来事に夫ここで怒り爆発!(たぶん自分に)超不機嫌になり八つ当たり開始。はぁ~野暮な人よ…旧市街はとっても素敵だった!ちょうど朝市の出る広場で月曜日の今日は骨董市らしい。欲しいものは特になくてもそぞろ歩くのはいいもの…夫はニース=治安が悪い+不機嫌で私は息が詰まりそう…何とかしてこの人を!!南仏の高級リゾート地のイメージは文化財に指定されているホテルネグレスコ周辺やプロムナード・デ・ザングレ(英国人の遊歩道)とか?夜はカジノなどでにぎわうらしい。でもきっとそれは夏のお話。冬のニースは青空でお日様は出ていたけどとても寒くて、一方で観光客であふれている。(ここでも日本人をほとんど見なかった!)この地区には何の魅力も感じず…やはり古くいものの方が好き! 午後3時過ぎ、(今度こそやっと)バスでエズヴィラージュにもどる。エズ・ヴィラージュは地中海に面した谷間にある小さな小さな村でそこにモン・サン・ミッシェルのような岩山が鎮座している。その頂上付近のシャトー・エザに今回5日間滞在。ここを知る人に「5日間も退屈だからやめなさい」とか「ホテルへの往復は本当に辛いから」と忠告された。つまり足腰の丈夫なうちじゃないとここへの滞在は無理。きっと一生の思い出になるに違いない。夫のご機嫌はこの頃回復していた。エズの石畳や坂よりもこちらの方がよっぽど疲れるよね…村は観光客であふれていた! まるでおとぎの国のような石畳に石造りの壁、大きな苔むしたコンテナに植物がしだれる様子、壁に這わせたハニーサックル。つるバラは葉を落としていてもとても絵になる!う~ん素敵だ!いや、しかし通路は人が二人並んで通るのがやっとのような細さ。延々とその道が上へ上へと曲がりくねっては続き横道も多く、まるで迷路のようなかなかきつい!本当にたどり着けるのか不安になりつつ歩き続けホテルの入り口へ。ここしかない。だって行き止まりだもん…「これがほんとに入り口?」というほど地味なので驚いた…ドア一枚、そこにChateauEZAの掛札のみ。荷物がないのは幸いだった~喉はカラカラ息も絶え絶え「み・水…」という心境だったのは事実。それは顔にも出ていたんだろうななだれ込むようにドアを開けるとそこは1m四方の小さな小部屋にカウンター。フロントであった…部屋は右に地中海左にエズ村の渓谷が一望できるテラスのついた二部屋続きのこじんまりしたつくりだった。石造りの壁がむき出しのままそこがいいと私は思うのだけど夫はどこか不満げ。古いものの良さがわからない?入り口は外の通路に面していて(他の宿泊客と会うことは一度もなかった)10室しかないらしい。部屋番号はなく部屋の特徴が部屋番号代わり。私達の部屋はそれぞれの部屋に暖炉があったのでdeux Cheminees(2つの暖炉)という名前がついていてサインが必要な場合これをいちいち書かなくてはならない。ちょっと面倒かもね。夕食はホテルのレストランで満席だった!景色も雰囲気も素晴らしい。でもお味は…う~ん…私達には味が濃すぎたみたい。シェフは疲れているのかなぁと思ったりしたけど私達こそ疲れているはず。やはりかなり濃いのだと思う…明日からどうする?
2006.01.17
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13日、怖~い飛行機の旅を終え無事我が家に到着。私にとっては人生で一番長い旅だった…生きて帰れないかも…なんて本気で考えて出発したのだから帰宅後は感無量。が、思いにふける暇もなく留守中の大雪の後始末そう、除雪作業が待っていた。そして早めに休んだものの目覚めたのは翌日の夕方4時半。大の大人が…驚いちゃう。15日、成田から宅配便で送ったトランクが2つ到着したけどいまだに開けていない…気力がない。たとえば昨夜は深夜2時半に目覚めてそれからはもう眠れない、なんて有様。完全に時差ぼけみたい。あの旅行も夢の中に消えて行きそう…地名も何もかも薄らいでゆく~という訳で今日からしばらく旅行の間つけてきた日記やメモをここにまとめてゆこうかな…と思う。 ************************第一の目的地フランスニース郊外にあるエズ村から見た地中海と朝日2006年 元旦午前11時20分大晦日を一緒に過ごした長男と夫3人で家を出発息子とは途中で別れ、さぁて!これから結婚25周年記念夫と私の二人旅が始まる。どうかけんかなんかしませんように…まずは(千歳から)成田に無事着けた…怖い飛行機の旅はこれからだというのに~ここでほっとしてどうする!元旦の成田はとっても空いていた。飛行機の離陸まで何と6時間。両替をしたり旅行保険の手続き、4時頃軽い夕食をとったり。リフレクソロジーも60分受けてそれでもまだまだ私達には珍しく余裕がある。にもかかわらず搭乗手続きをしようかという段になって出た~!夫の焦り癖…(時間は十分あるのにね)エールフランスのカウンターで係りの女性が様々説明してくれる「搭乗口は何番で何時までには云々ビジネスラウンジをご利用ください。場所は○○のエレベーターを…」と立て板に水のごとく…と、そのとき彼女は気づいた。夫がなぁ~んにも聞いていないことを。(私は知っていたけどね…)彼は自分の世界でひたすら搭乗券の確認、整理に専念。彼女も私も困ってしまった…(こ、こいつ!ちゃ~んと人の話を聞け-ぃ!)と彼女は思ったに違いない…私もそう思ったもの。出国審査もほとんど並ぶことなく終了。ビジネスラウンジにて時間を待つことに。もっと広いと思っていたら案外狭くてぎゅうぎゅう詰めにソファやテーブルが並んでいる。日本航空だと広いのかしら?ガラガラに空いていたラウンジも9時になると込み合ってきてここで気になることが一つ。小さな男の子(幼稚園くらい)連れの日本人男性が自分の子供が大きな声で騒いだり走り回ったりするのを黙認。悠々とお酒を飲んでくつろいでいた。外国人たちからはかなり顰蹙を買っていたのだけど気づいているのかいないのか…お父さんは子供の接し方が解らないのかな。そのうちお母さんらしき女性がやってきて(物腰も口調もとてもゆったりと落ち着いた方だった)注意してくれるかな?と思ったのは期待はずれだった~これが普通よといった態度で息子の様子をにこやかに眺めていた。日本人としてちょっと恥ずかしいかも。是非公共の場と自宅との振舞い方の違いを早くから教えて欲しいと思った。飛行機は20~30分ほど遅れて離陸。新しい機種ということだったがそうなの…?何か古くさ~い印象を受けたのだけど。でも映画の選択の仕方やリモコンの使い方が解らなくて困った!ということはやっぱり新しいんだ!(変なところで納得)説明書も何にもない。映画は「宇宙戦争」と「フォレストガンプ」(古!)しか日本語字幕がない↓新作なし↓男性パーサーは以前はなかなか素敵なmonsieurが多かったのだけどこの度はサンタクロースの扮装がお似合いなお腹の出た年配の方が数名…とてもユーモアがあって楽しげにお仕事をしている様子は好感が持てた。ちょっとイメージが狂ったけどね…シートはほぼ水平になりとても楽~足もむくまず大変快適。やはりこの機種は新しかったらしい!真夜中目覚めた時ふと窓を見ると星がすぐ横にたくさん見えたのは素敵だった。下のほうにも星が!!私は星に囲まれている☆☆宇宙に浮んでいるかのようでとても幻想的だった。
2006.01.16
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